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第9話

もちろんこの時点で自衛隊にはシア皇国上陸制圧作戦計画など名称すら存在すらしなかった。
しかし、それはシア皇国には分からない。それに圧力を掛け続けるといってもずっと艦船をその場に留めておく必要もない。思い出したように『城』級軽空母で訓練を兼ねて、不定期に空襲してやればずっと日本の空母が近海に展開していると思い込んでくれるのだ。
そして海岸に兵力を貼り付け続けることとなる。
そうなれば同盟諸国が好機と判断してシア皇国と勝手に戦争を起こす。そうして両方とも疲弊すれば日本は簡単に漁夫の利をせしめることが出来る。
そして仮に講和するとしても締結は同盟諸国が仕掛けた跡が望ましい。交渉を長引かせればそう言ったメッセージが送れる。そして開戦した直後に講和してやれば、日本に反抗的な同盟諸国は自動的に消えてくれるわけだ。
どちらに転んでも上手く利益が出る、狡猾とも言える強者の外交戦略だった。

講和交渉は皇都にほど近いチンタオ海軍基地の一角で行われた。
講和交渉を行ったのはシア皇国側が交渉権を委任された外務卿で日本側が青島全権委任大使だった。外務卿は講和交渉の出席者を見て驚愕した。
青島全権委任大使の隣にリ座長がタイラン共和国の全権委任大使として座っていたのだ。
このことはタイラン共和国の裏で日本が深く関わっていたこと、タイラン共和国がどの国に付くか明確に示していた。
さらに2人の後に立っていた深いフード付のマントを着た人物がそれを取った時、外務卿はさらに驚いた。
中性的な整った容姿、胸元を押し上げる豊かなふくらみ、そして何より尖った耳、
それはこの世界では排斥の象徴たるエルフだった。そして、日本軍の制服を着ていた。
驚愕と同時に外務卿はこれが民主主義かと納得もした。『ニホン』は東の海の果てにあるエルフの流刑地、不毛の名で知られた名も無き陸地を『シャングリラ』と呼んで併合している。
そこに生きる者の意志が国の意思ならばそこに民族や人種は例えエルフであっても関係ないということか・・・
なぜ日本の陸軍が強いのか、その秘密が分かった気がした。
王政の軍隊は基本的に傭兵で組織される。そこには金銭的な繋がりしかない。そして命は金よりも大事なのが傭兵だ。
それに対して民主主義の軍隊は違う。命令は王ではなく所属集団からの命令なのだ。そしてそれの否定は集団での自らの否定、つまり集団からの追放であり確実な死を意味する。ならば一重でも望みのある可能性を戦場で追求するのは道理だ。
命が惜しい軍隊と命懸けで戦う軍隊。どちらがより強い軍隊か、想像に難くは無い。

外務卿は民主主義を見せ付けられて講和交渉を開始した。
日本との交渉はあっという間に最後の直前まで合意に至ったが案の定暗礁に乗り上げた。
日本がタイラン共和国との同時に条約を締結することを求め、タイラン共和国が占領下で座に発生した損害を賠償するように要求したからだ。
その額はかなりのものであり、かなり難しい判断を強いられたため時間が大量にかかってしまった。
そして、日本の書いたシナリオの通りそれを交渉が上手くいっていないと判断した同盟の一部の国々は有志連合を結成し、シア皇国に侵攻した。
そして、シナリオどおりタイラン共和国に賠償要求を撤回させ、条約内容の合意を確認したのだ。
日本国はタイラン共和国から恩を1つ買い、シア皇国に恩を2つ売って、同盟の反抗児を退治する事に成功した。
このシナリオを書いた日本の外交担当者の腹黒さは敬服に値するだろう。

しかし、迅速な交渉が可能であることからシア皇国内での交渉となったのだが、同じくシア皇国内で条約を締結しては戦勝国としての日本の面子が立たない。
だからこそ、移動可能でシア皇国の主権が及ばない軍艦が選ばれるのは当然であり、その軍艦が空母と共に日本の海の支配と陸への力の投射を象徴する『やまと』であることは当然のことであった。
この場合青島大使は全権委任状を持っており条約を締結できるが、外務卿はあくまで交渉権しか持っていない。そこで彼は一度皇都に帰らなければならなかった。
「内容は分かった。私はこれを承認する。よくやってくれた外務卿」
「はい、もったいなきお言葉にございます」
実際リク皇帝が覚悟していた内容よりも遥かに『ニホン』の要求は軽かった。
独立と内政不干渉についてはほぼ要求を呑まされたものの、賠償金は僅か年間租税収入の僅か2.2%(ただし金立替)であり、圧倒的な勝者としては驚愕とも言えるほど控えめな内容だった。
「それで外務卿、条約の締結はいつ・どこでやるのだ?」
「2日後、チンタオ沖で『ニホン』海軍の要塞艦『ヤマト』の艦上で行う予定です。交渉は終始我が海軍基地内で行いましたから。なにぶん相手方にもメンツがございますので」
「・・・よし。では私が行こう」
リク皇帝の言葉に一瞬空気が固まった。
「へ、陛下!それは!しかし!」
外務卿がしどろもどろに説得を試みようとするがリク皇帝の決意は硬かった。
「向こうのメンツを立てねばならぬのだろう。ならば私が行けば問題あるまい。それに彼らは勝利に驕る様な野蛮な民族ではないはずだ」
臣下が何と言おうと彼は自分の意思を変えるつもりはなかった。


『手空き乗員!右舷上甲板!登舷整列!』
艦橋から命令が下り、手空きの乗員達が慌しくCPOの指導で登舷整列していく。
「4分16秒です」
副長がクロノメーターを読んで経過時間を有坂艦長に伝える。
「うん、まずまずだな」
そのタイムに満足しながらブリッジから全艦放送のマイクを取る。
『シア皇国に対し敬礼』
穏やかな言葉に乗員がキリッと反応して陸地に対して敬礼する。
1戦を越えた乗員達が参っていないことを念入りに確認して、直れとマイクに吹き込む。
『以後も第3哨戒配備を維持する。全権大使乗艦の際は第1種軍装での登舷礼を行うつもりだからそのように準備しておくこと。分かれ』
その言葉に乗員が静かに興奮していることを有坂艦長は感じ取っていた。

大きい。船というよりもこれは島と言ったほうがいいな
近づけは近づくほどその巨大な質量に圧倒される。舷側はまるで城壁のように高く格の違いを見せつけている。
まるで伝説に出てくる要塞艦だ・・・さらにこれが風のように速く動くというのか・・・
海軍が一糸も報いることなく壊滅したこともこの要塞艦を見せ付けられれば納得も出来る。
いったいどれだけの艦隊をそろえればこの要塞艦を沈められるだろうか・・・100隻?いや、これほど巨大な船だ、どれだけ艦隊をそろえようとも人の力では沈められないだろう・・・
そう思わせてしまうほどその存在は圧巻だった。
程なく内火艇が舷側に着く。そこにはタラップが降ろされておりそこから甲板へと上ることが出来た。
甲板上では水兵達が白い軍服に身を包んで舷側に整列している。
その光景に親善目的で来航したアルビオン海軍の面影を思い出す。
そこに高級士官用らしき軍服に身を包んだ初老の軍人が近づいてきた。
「『やまと』艦長の有坂雄治1等海佐です。本艦の全クルーを代表しあなた方の歓迎を表明いたします。ようこそ『やまと』へ」
艦長と握手を交わし、条約の締結場所である士官食堂へ案内されようとする時、リク皇帝は近衛兵が揉め事を起こしているのを発見した。
「ですから、武器の携帯は許可できません」
「それでは陛下をお守りできぬ!」
「よい。渡してやれ」
リクの言葉に近衛兵が躊躇する。
「は、ですが!」
「それが嫌ならそこで待っておれ。これは命令だ」
強く言われ、しぶしぶ近衛兵達は武器を手渡した。
それを確認して再び有坂艦長の案内を受ける。
「臣下が失礼をしましたな」
「いえ、規定で武器の携行を許可できず申し訳ありません」
リクの謝罪をあくまで大らかに有坂艦長が返す。その態度に人柄の良さを感じた。
程なく条約の締結場所である士官食堂に到達する。
「締結は署名した文書を交換する我々の方法で締結したいと思います」
「ああ、わかった」
二人とも用意された2枚の文書に署名を行う。そして、手交した。それを確認して有坂艦長が祝いの言葉を述べる。
「この条約が両国の末長い友好の印となることを願います」
第一報はその直後だった。
『CIC砲雷長より艦長!エマージェーシーコール!』
その放送に有坂艦長は機敏に反応し、艦内電話を取る。
「こちら艦長、どうした?」
『大陸上空に所属不明の不審機4を捕捉。こちらに向かってきています。速度約150ノット、接触予想時刻+45。指示を願います』
「レーダーによる監視を継続。光学映像による確認を急げ!」
『了解!』
砲雷長の答を待って有坂艦長は電話を降ろすとリク皇帝に向き合った。
「本艦のレーダーが大陸方面から本艦に向けて飛来する機影を捕捉しました。安全が確保されるまで本艦からの退艦はご遠慮させていただきます」
その言葉にリク皇帝はピンと来た。
軍務卿か・・・
彼は代々皇室に使える武門の出身で、生真面目な人間であった。
さらに有坂艦長は識別の為ブリッジまでご足労願いますと言って、ブリッジに入れられた。
『相対距離45000、光学映像を送ります!』
モニターの一つに画像が出る。そこには4騎の飛竜、そのうち1機は旗を持っている。それは予想通りの旗だった。
「彼らはシア皇国軍ですか?」
有坂艦長が無機質な声で質問を投げかける。
「いや、そうではない」
と答えるしかない。それが軍務卿の望みであり、シア皇国を守る唯一の方法なのだから。
「それは国家元首としての信用の置ける言葉ですか?」
「ああ」
その答を聞いて有坂艦長は一瞬表情を翳らせたが、すぐに気合いを入れなおす。
「所属不明不審機を敵機と認定!総員合戦準備!対空戦闘用意!」
命令が下命され、警鐘が響き、水兵たちが慌しく動き出す。
「緊急時につき確実を期す為ミサイルによる迎撃を許可する!」
『左舷VLS1セルから4セルESSM射撃用意!』
『左舷VLS1セルから4セルESSM起動!イルミネータデータ・リンク!スタンバイ!』
『左舷VLS1セル、2セルESSM、ファイア!』
左舷のVLSが開放され、噴煙と共にESSMが飛翔を開始する。
魔法矢!?この距離で!・・・届くのか!?
この世界にもホーミング能力を持つ飛翔体として魔法技術を応用したマジックアローと呼ばれる兵器が存在する。だが、あくまで対飛竜用の兵器であり射程はせいぜい1000m以内でそれほど命中率がよいわけではない。
それに対してESSMは射程50000m、一撃で艦艇を撃沈する威力を持つ対艦ミサイルを迎撃する為きわめて高い命中率を誇る。そして飛翔速度はマッハ4、目視から対応までの時間は極めて限られており、人間の状況判断の限界を超える。
程なくしてESSMは目標に到達した。
『ESSM1番、2番、それぞれの目標に直撃!続いて3セル、4セル、ファイア!』
CICの砲雷長の無機質な声がスピーカーから艦橋に流れる。噴煙とともに再びESSMが発射される。
「・・・・・・」
「今なら、自爆が間に合いますが?」
悲痛な表情のリク皇帝の沈黙に耐え切れず、有坂艦長が助け舟を出す。
「いや、我が軍でない相手に情けをかける必要など・・・」
声はだんだん小さくなり、最後のないという言葉は消えてしまっていた。
『ESSM3番、4番の直撃を確認!本艦周辺空域の対空脅威レベルクリアー』
「戦闘配置解除、第1哨戒配備へ移行。以後5分間脅威目標探知がなければ、第2哨戒配備とする」
有坂艦長は指示を出すと複雑な表情でリク皇帝を見る。
「それではお送りします」
そう言いながら、やはりどこの世界でも政治家は変わらないのかと期待を裏切られたように感じていた。
こうして日本国とシア皇国の紛争、タイラン共和国独立戦争は航空、海上自衛隊の介入によるシア皇国空海軍の壊滅という形で幕を閉じ、タイラン共和国は独立を果たした。
そして日本は以後列強国、工業大国として世界へと進出していくことになるのである。

最終更新:2006年08月11日 15:19