【シャドー×フェザー】

 雑踏の中を歩く少女が本を開いた。
 2010年。日本。
 東京――新宿。
 人々が早足で忙しなくいきかう光景。
 眼鏡をかけて長い黒髪を腰のあたりまで伸ばした“彼女”は、新宿駅アルタ前で立ち止まり、あたりを見渡す。
「ここが、影に生きる者たちが翼を持つ一族と戦っている世界……」
 日本という島国では、古から忍びと呼ばれる数多くの一族がこの国の歴史に影から干渉してきたという。
 草、乱破、お庭番、影、様々な名称で呼ばれてきた彼らは、現代では『忍者』として社会の裏側で呼ばれ、恐れられている。
 現代の忍者達は、『天使』と呼ばれる謎の神秘存在と戦っていた。




1/石崎さんとお隣さん

 石崎さんはなにを隠そう忍者である。
 そして、いきなり窮地に陥っていた。
「し、死にそ……」
 彼が今戦っている相手とは、アパートの隣室からガンガン鳴り響いては鼓膜に直接ダメージを与える大音量の騒音。パンクロックアレンジされたアニメソング――
 通称アニソン。
「もうダメ……限界……気が狂って通行人を二三人ほどコロコロしそう……」
 石崎さんは烈火のごとく部屋を飛び出していくと、隣の部屋のドアを激しくドンドンドンと打ち鳴らす。
「ウガー! 昨日から最大ボリュームは止めなさいってあれだけいってるでしょうが! 何十回目の注意だと思ってるんだっていうか私を音波で殺す気ですか!!」
「ふわぁ~い……」
 ボロアパートのボロい木の扉を開けてセクシースレンダーボディの金髪美女が出てきた。
「……あやや、だれかと思えばこれはこれはイシザキちゃん……おっと、オハヨウゴザイマス」
 寝ぼけまなこにあやしげな片言日本語で挨拶してくるが、前半はどこからどう聴いても流暢な日本語を使いこなしている。
「寝てるな! ってまた偽片言でごまかすな!」
「OH…、ワタシ、日本語ワカリマセーン」
「ワンテンポ遅いです。インチキ外人」
 石崎さんの抗議などどこ吹く風。大口を開けながらあくびをしている金髪の服装は、ギリシア神話の神々が身にまとうような崇高な布衣をだらしなく着崩している。まるでシュールなマンガの一コマのようだ。
「で、ミカ様は、イッちゃんが何をそんなに怒っているのかわかりません」
「だから、この音波兵器です。早く止めなさいってば」
「よく聴こえません」
「こ・の・音・波・兵・器・止・め・ろ、と言ってます!!」
「OH……音波兵器……はてはて? 私の耳には聖なる賛美歌の清らかな歌声しか聴こえませんが……」
 あろうことか本気で小首を傾げて陽気に歌いだす始末。さすがに石崎さんの我慢も臨界点を迎えた。
「ギー、もういいです!」
 疾風と化して金髪美女を押しのけてちらかった部屋に上がり込む石崎さん。
 奥の部屋に毒音波の根源を発見して、スッと目を細め、懐から棒手裏剣四本を取り出す。
 風切り音。
 ほぼ同時に、金属が機械を貫く破壊音が四つ聞こえる。
 数秒後、音楽オーディオがボンッと小さな爆発を起こした。黒い煙を噴き出し、ようやく凶暴なアニソンは停止する。
 魔曲の音源は永眠した。
「ふー、かくして世界に平和が訪れました。完。さあ寝ましょうか」
「オマイガー! わたくしのー! 賛美歌ーーーー!!」
「あのね、まだあのアニメの原作は読んでいないのですか?」
 涙目でうなずく金髪美女に、石崎さんは深い溜息をつく。
「私、前にも忠告しましたよね。その原作のラノベは、神様の女の子を裸にしたり、お風呂を覗いたり、スカートをめくったりするような神様への冒涜の塊なんです。エロアニメですよ。変態破廉恥犯罪アニメともいいます」
「そうです……そしてわたくしは知ったのです。抑え切れないエロスへの飽くなき表現、迸るあられもない情熱、愚かなる挑戦精神、ああ、それこそが神への愛! わたしは感動しました!」
「頭が痛い……時々思うんですけど、あなたって本当に『天使』ですか?」
 金髪美女はさも心外だといわんばかりに胸を張って優雅なポーズを決める。
「何を言いますか。わたくしこそ絶対神の御使い、輝ける天界の剣、最強の守護天使にして大天使長ミカエル。このミカ様のことです!」
 金髪美女こと大天使ミカエルから高貴な天界の光がほとばしった。
 しかし、大天使ミカエルの周りには、山のように同人誌やBL本が詰まれていて、オーラの高貴さがむなしく空中に霧散していく。
「……私にどう反応しろっていうのよ……」
 疲れた顔で視線をそらし、影のように退室する石崎さんであった。


2/石崎さん対ミカエルさん

 石崎さんは忍者である。
 本名を石崎 風羽(いしざき かぜは)という。
 修行中のシノビとして世情をその身で学ぶため、高校進学を機に隠れ里から都会の新宿へと上京してきた。
「忍びの朝は早い――」
 朝のちゃぶ台を前にして質素な食事に手をあわせる。
「いただきます」
「イタダキマース!」
「……」
「卵焼きおいしそうでーす。天の神に感謝を、アーメン!」
 ガツッ。
 目の前にある卵焼きに伸ばされた金髪美女の大天使ミカエルのフォークだが、忍びの素早い箸さばきがそれを阻止する。
 石崎さんの殺意がミカエルを射抜いた。
「それは、私の、卵焼き……ですよ」
「おっとっと、ミカ様としたことがうっかり間違えちゃいました? てへ」
「今度やらかしたら命はありません、と思ってください」
 菩薩のやさしさで忍びは天使の罪を許して、ご飯にお茶漬けの素をふりかけ熱いお茶を注いだ。
 その時、ピンポーンとチャイムが鳴って石崎さんの気がそれたとき。
「――隙ありデス! わたくしの本命はこの花丸ハンバーグでーす!」
 大天使ミカエルは刹那の隙を見逃さなかった。
 ミカエルのフォークが光の速度を超えて花丸ハンバーグに伸びた。が、あと一歩で金属の歯が肉汁たっぷりのハンバーグに突き刺さろうとしたところで、その腕の動きが止まってしまう。
「ふっ。甘いですね。抹茶堂のみたらし団子よりも甘いですよミカエル」
「OH……これは、イシザキのカゲヌイの術!?」
「YES、です」
 畳に落ちたミカエルの影をきれいに石崎さんの放った棒手裏剣が突き刺さっている。
 敵の影を縫い止めることで本体の動きすらも停止させる術、忍法『影縫い』。たとえ天使であろうともその効果からは逃れられない。
「戦利品としてミカエルのハンバーグは私がいただきます」
「オーノー! あなたは悪魔ですか!?」
「忍者です」
 きっぱりと言い切った石崎さんの箸がミカエルの大事に取っておいたハンバーグに突き立てられ、ゆっくりと二つに切断した。ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「武士の情けです。半分だけで許してあげましょう」
「半分だけでもだめですぅ! わたくしのハンバーグです!」
「ふっふっふ、泣いてもだめです。天使であろうとも人生は厳しいのですよ」
 勝ち誇った表情で半分に切られた切り口からジューシーな肉汁を滴らせる花丸ハンバーグを掲げた石崎さんに、ミカエルは小指ひとつ動かすことができずただしくしくと泣きあかすことしかできなかったが、それでくじけるような大天使ではない。
「イシザキ……わたくしを甘く見たのがあなたの敗因デス……イッシーは詰めを誤りました……神の僕たるこのミカ様を、本気にさせました……!」
「あら、負け惜しみ? あなたのブラフはもう聞き飽きました」
「ブラフではアリマセーン!」
「そう。でもどうでもいいです」
「そ、そんなこといわないで少しだけ聞いてくだサイ!」
「……やっぱりブラフだったんじゃない」
「オーノー!」
 石崎さんはサドっ気たっぷりに目を細めて、とあるアイテムをその手に取り出す。
 やわらかく高級そうなフサフサの羽箒だ。
 消しゴムをかけた後に出る消しカスを払いのけるために用いる漫画家必須のご用達アイテムである。
「ふふふ、この躾がなってない天使には少しお灸が必要のようね」
「ま、待ってほしいです。冷静になってください、イッシー。あなたは今正気ではありません」
「私は正気ですよ。ええ、いけない駄天使に罰を与えてしっかり現実を教え込まなければならないという私の使命を、よぉく弁えているつもりですが?」
 羽箒のフサフサが動けない大天使の肌に迫る。
 朝から悲鳴とも絶叫ともつかない天使の声が響き渡り、外のスズメが一斉に飛び立った。


 《本日の対戦成績》
 ○ 石崎風羽 - 大天使ミカエル ×



 ここは忍者と天使が戦う世界。
 今日もどこかで影と翼が交錯している。


-つづく?-





キャラクターデータ

石崎 風羽(いしざき かぜは)
種族:忍者
性別:女
容姿:黒髪。前髪を短めでカットしたロングヘア。
性格:生真面目。
能力:忍術。得意技は忍法影縫い。
・大天使ミカエル
種族:天使
性別:女
容姿:金髪美女。ギリシア神話の神々がまとうような布衣をだらしなく身に付けている。
性格:ふざけた性格。
能力:?

世界設定まとめ
  • 忍者が生きている現代社会。
  • 天使と戦っている世界。
  • ミカエルさんはBL大好き。
  • 主人公の苗字は石崎。
  • 石崎風羽の得意技は、影縫いの術。
  • 植物同士が知能を持つ。

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最終更新:2010年04月27日 16:24
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