牧場に入る前、あたしは後ろを振り向いた
「来てるはず、ないよね」
あたしは昨日の風景を思い浮かべた
「そうか、元気にやれよな」
幼馴染の浩太に自分が食肉少女になることを告げた時、浩太はいつもよりもそっけなくそう返したのだった
あたしはどこか寂しい気持ちがあった
それがなんなのかわからなかった
でも、その気持ちをそのままにできずにあたしはこう返した
「いいの?このままで」
浩太は何を言われたのかわからない表情のまま
「ああ、手紙、出すから」
とだけ言った
あたしの心に不思議な空洞が開いた
それ以来牧場に来るまでこの不思議な心境は続いた
それを断ち切るようにあたしは牧場へ歩みを速めた
なんだ、あんなのなんかどうでもいい
あたしは自分のためにこの道を選んだんだから
あたしの食肉少女としての日々が始まった
「島野洋子さん。太腿の肉質は非常に良くなってます。お腹周りも脂肪と筋肉の比率が適度になってます。肉質レベルはもうA級と同等です」
講評を受けたあたしに里香が祝福の声をかける
「これでA級食肉まであと一歩だよね」
食肉少女になってからあたしの「肉質」は急速に良くなってるらしい
毎日体を提供してそれがどこかで食べられてる以外は普通の日々
違いは、毎日一通の手紙をやり取りしてるだけだった
相手は浩太
幼馴染だっただけで、特にそれ以上の何かがあったわけではないけど、牧場に行くと決まった日から
「手紙寄越せよ。気になるから」とぶっきらぼうに言ってそれからこうして手紙のやり取りを続けている
浩太は進学してリプレースのあたしと同じ大学に進んだらしい
あっちの「あたし」はずいぶんと積極的らしく浩太の手紙にははっきり書くことはなかったが、あきらかに浩太とリプレースがつきあってるらしいにおいはあった
それを読んでどこか、胸が痛くなる日々が続いた
「だから、もっともっと頑張らないと。もっと美味しくなったら審査も通るし、A級食肉にだってなれるって言ってたから」
一緒に牧場に入った里香がA級食肉の素晴らしさを力説する
それを聞いて脳裏に浮かんだのはもうひとりのあたしとそれと仲良くする浩太だった
(なにさ…あたしに手紙寄越しながらもうひとりのあたしとつきあってるなんて)
嫉妬であるのを理解してるだけにあたしの心は「もうひとりのあたし」と「それとつきあってる浩太」に向かっていた
だったら…後悔させてやる
浩太がどんだけいい女を寂しくさせてるか
里香が食肉強化ルームへ行ったらしい
それを聞いてあたしも食肉強化ルームまで行った
自分の肉質をよくすることができる部屋
その代わりに
クローンの男性に犯される部屋
浩太の顔が浮かんだ
あたしは入り口のドアノブまで伸ばした手を引っ込めた
食肉強化ルームへいかなくともあたしの肉質はよくなっていたらしく評価は上がっていった
そして、目の前に示された誓約書があたしの心を迷わせた
A級食肉になる誓約書だった
これを書けばもう人間ではなくなる
食肉として牧場で生きる毎日なのだ
浩太とも手紙をやり取りできない
そうなりたくなかった
あたしはその日食肉強化ルームへ行くことはなかった
躊躇した夜、浩太から手紙が届いた
そこにはリプレースと浩太が仲よさそうにしている写真があった
それを見た時、あたしの心の中で止めようもない何かが動いていた
翌日、あたしは食肉強化ルームへ行っていた
自分でも不思議なくらい男の前で痴態を晒していた
浩太がもうひとりの自分と仲良くしている写真を見た時からのことだった
今の「島野洋子」はあのリプレース
ここにいるあたしはただの食肉
そういうことだと思った
思おうとした
その意識がことさらに自分を食肉への道へと押していった
やがてあたしはA級食肉になる誓約書にサインした
サインしたとき、あたしには整理のつかない多くの思いが入り乱れていた
浩太に立派になった自分を見せたい
そして、もうひとりのあたしへのあてつけ
なにより浩太ともうひとりのあたしが仲良くしている事実を忘れたい
そのどれが主だったかその時のあたしには判断できなかった
サインした後、あたしは人ではなくなり、浩太へ手紙を送ることもできなくなった
肉質強化ルームへは毎日強制的にいかされた
そこで多数のクローンに犯されながら脳裏に浮かぶのはあの写真の浩太だった
その幸せそうな浩太とリプレースの表情が浮かび、ひそかに涙を流す日々だった
今自分を貫いてるのが浩太だったら…
精液まみれになった自分を洗うシャワーで涙を流して処理機にかけられる日々が続いた
自分の肉質は日々よくなってるそうだ
そして、10年後
あたしの食肉少女としての日々が終わる日が来た
あたしとリプレースが同時に生きていられる期限が来たのだ
あたしは、食肉になる選択肢を選んだ
里香も、みんなも選んだ道だった
その脳裏に浮かんだのは昔読んだことのある雑誌の一ページだった
食肉少女から人権を取り戻して人に戻った女性
彼女は好きだった彼氏に告白するが、食肉として過ごした日々のために彼氏にあまたの迷惑をかけて、最後は別れてしまうところで終わっていた
10年間人ではない食肉として過ごした自分にはその女性の気持ちがよくわかった
浩太と仲良くしているリプレースの幸せを取り上げてまで浩太を不幸にはできない
自分が食肉になる決意を固めた理由はそれだった
最後に一日だけ人権を回復されて街へ出ることが許された
あたしはリプレースと一日過ごした
リプレースは進学して、そこでモデルとして活動しているという
あたしの食肉少女としての評判のおかげだという
リプレースが時々あたしを気遣ってくれているのがよくわかる
リプレースはこうして充実した日々を送れ、これからも送ることができる
でも、自分は…
不意にこみ上げたものを消してリプレースに笑顔を振りまいた
いいの。あたしはこれで。
自分で決めたことだし、後悔はない。
しかし…あたしの人生は明日終わる…
やり残したことといえば
あたしは浩太の家を訪ねた
「あたし…明日肉になっちゃうの。お願い。あたしを抱いて。あたし、浩太が好きなの。最後に浩太と思い出作りたいの」
不思議なほどスラスラ言葉が出た。
それとともに、後悔がわいて出た
あたし、本当はそうしたかったんだ
あたしは浩太と街へ出てラブホテルに入った
浩太は途中でジュースを買ってくれた
栓を開けてあたしにくれたそのジュースを飲み干す
浩太から何かもらったのってこれが初めてだったっけ?
そして、それからあたしは浩太に抱かれ続けた
浩太も積極的にあたしを求めてきた
溶けるようにイキ続けて、いつしか意識が白くなった
…目を覚ました時、すでに時計は昼を過ぎていた
浩太は隣にいた
「え?もうこんな時間?やだあたし処理場へ行かなきゃ」
いそいそと支度を続けるあたしを浩太は制した
浩太は一枚の手紙を見せてくれた
リプレースからだった
本当のあたし、今頃どうしてるかな
リプレースは処理場でその時を待ちながら思っていた
リプレースがもっていたのは自分が生み出されるまでの自分の記憶
その中には浩太への愛情も含まれていた
本人はそれを愛情と思ってなかったが、洋子のリプレースは浩太への思いを感じ取っていた
だから、リプレースは浩太へ必死にアプローチして浩太との交際を続けた
いずれ本物の自分に人生を返した時に後悔させないために
自分を本物の洋子として接する浩太を見るたびに本物の洋子の人生を奪った罪悪感が胸を穿った
本物の洋子に浩太を返したい
それだけがリプレースの思いだった
だから、本物の洋子が食肉として食べられる決断をしたと聞いてあたしは戻ってきた洋子に今までの10年を話して聞かせた
洋子に生きる未練を失ってほしくなかったからだ
しかし、本物の洋子はそれをどこか遠い世界のように聞くだけだった
あたしは今の自分の思いを手紙に綴り、浩太に睡眠薬入りじジュースと一緒に渡した
あれを飲んだら予定通りの時間に処理場へ行くことはできないはず
あたしは翌朝処理場へ向かい、本物の洋子のフリをして手続きを済ませた
そして。リプレースはここで買い取られる時を待っていた。
やがて、買い手がやってきてリプレースは全裸のまま連れ出された
リプレースは異星人に連れられるまま飲食店まで運ばれた
手足を拘束されたまま地下に運ばれていく
地下室はコンクリートで固められた異様な雰囲気を漂わせていた
そして、ガラスの向こうでは多くの異星人がいる
どこか様子がおかしい
リプレースは拘束されたまま手を壁に固定される
同じように買われた娘たちが固定される
何人かは明らかに恐怖の表情を浮かべていた
ガラスの向こうで飲食店の店長が異星人を前にスピーチが始める
「ただ今より毎月恒例のスペシャルディナーショーを行います。
ご存知でしょうが今回調理される娘は食肉少女としての最後の競りや
ブラックマーケットで購入された
人権を放棄したうえにクローン再生も行われない娘ばかり
彼女たちの人生最後の時間を楽しみながら取れたての肉を賞味いただける機会となっております
ここでは痛みを止める薬品などの処理は行いません
苦痛にあえぎながら最後の時を過ごす娘たちをご覧いただけるとともに無添加の最良の女性の肉を味わえます」
ガラスの向こうでスピーチの中身を知る由もなくリプレースはその時を待っていた
大丈夫、大丈夫だよ、そう自分に言い聞かせながら
解体されるといっても、本物のあたしも経験してるはず
同じ体のあたしが耐えられないはずがない
そう言い聞かせながらリプレースは体を震わせる娘たちに並んで裸身を晒していた
やがて調理人がやってきてリプレースのお腹に刃を当てる
ちょっと?あたしまだ痛み止め飲んでないよ。ねえ、助けて…
「ぎゃあああああ!!!!」
絶叫が響く
リプレースは想像を超える痛みに悶え苦しむ
腹を裂かれたリプレースの内臓が無遠慮に取り出されていく
はあ…はあ…はあ…
痛いよ…痛い…お腹が…切り裂かれる…苦しいよ…誰か…助け…て…
リプレースは大粒の涙を流しながら苦痛に耐えていた
苦痛に悶え苦しむリプレースを淡々と解体していく
引きずり出された胃や腸、肝臓や腎臓が厨房で別の料理人に調理されてガラスの向こうでふるまわれる
「薬剤を使わない無添加の内臓を所有者の顔を見ながら食べられるのはこの機会だけです。
データによるとこの娘は食肉少女に非常に適した体質をお持ちのようです。
健康的に育ち、食肉少女として肉の適性を高められた娘の一番美味しいところを食べることができるのです」
リプレース自身はもはやそのスピーチを気にしてる余裕などなかった
ただただ苦痛に耐えながら自分の体が切り裂かれ、目の前で自分の内臓が食べられるのを見るだけしかできなかった
目の前で食べられる自分の体
下腹部に手を入れられて子宮と卵巣を切り取られる
それらは手早く調理されて、自分の目の前に並べられる
自分がもう異性と交わって子供を作る機能を失った喪失感が心を占めた
自分が少しずつなくなっていく…
食べられるのってこんな気持ちだったの?嫌だよ。こんなの…助けて…あたし…食べられたくない…生きていたい…
しかし、泣き叫んで力を弱めたリプレースはそれを声にする力を失っていた
目の前で自分の内臓が食べられるのを恨めしそうな目で見ながら
「ひぃ…ひぃ…」と弱弱しい声で喘ぐのが精いっぱいだった
リプレースのお腹の中は心臓と肺以外の全部の内臓が引き出され、裂かれたお腹からは大量の血を流している
続いてリプレースの乳房が切り取られる
リプレースの乳房は体から離れた
リプレースの乳房のあった場所からは血がとめどなく流れていく
「ああ…ああ…」
もはや泣く力もなく、弱弱しい声を上げながらリプレースは涙を流し続けていた
…あああ…痛い…痛いよ…お願い…これ以上耐えられないから一思いに殺して…
悲鳴を上げすぎて枯れた声だけが上がる
しかし、調理人はそれを聞くことなくリプレースの頬と唇を切り取る
顔を切り取られる苦痛に体が跳ねる
しかし、完全に固定された体は逃げることもできすただただ解体されるに任せるだけだった
心臓が動きを弱める
瞳が徐々に曇り始める
跳ねた視界に映った顔があった
…アレハ…アタシ?
もうまとまった思考を紡ぎだせない頭でも、ガラスの向こうで異星人に交じっている自分と浩太の姿だけは目に入った
自分が一人じゃないことを実感したリプレースの体に不思議な力がわいた
それはリプレースである自分が捨てていたはずのものだった
アリガトウ…アタシノ…サイゴヲ…ミテクレテ…コウタト…シアワセニナッテネ…モウヒトリノアタシ…
そして、弱弱しい鼓動を続けていたリプレースの心臓が動きを止めた
この瞬間リプレースは人間であることを止めたのだった
リプレースが動きを止めたのを確認するとシェフは素早くリプレースの拘束を解き寝かせたうえで残りの部位を解体した
リプレースの体は見る見るうちに切り分けられてバラバラになる
バラバラの体は梱包されてあちこちに売られていった。
残った骨や頭部は処理場へ送られてゴブリンの餌になっていった
頬や舌、唇を切り取られたリプレースの顔からは表情をうかがわせるものはなかったが、同じように解体された娘たちと違い眠るような幸せな表情をたたえていた
最終更新:2016年01月24日 13:20