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■羊皮紙1の文章
あのときから、十年が経つ――目を覚ましたとき、在りとあらゆる全てがこの手から喪われたのを識った、絶望の朝から。
だから『私』は<br>
「彼ら」を<br>
この『私』が――(以下、判読不能の文字の羅列) <br>
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この筆跡は、何処かで目にしたものに似ている――さながら、「或る者」のそれを、模倣して書いているかのように。
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■羊皮紙2の文章
「石碑」を前にして、『私』は、「彼ら」と対峙した。<br>
皆が口々に、何かを叫んでいるのが聞こえた。もう疲れ果てた『私』には、それは只の「音」にしか過ぎないのだが。<br>
シグマは、銀のサーベルとバックラーを構えた――ここ一番で頼るのは揃いの長剣ではなく、盗賊としての得物というわけだ。
やけに老けて見えるのは、いつも浮かべているはずの笑みが、凍りついているからだろうか?<br>
ラティは、憎しみに燃える瞳で『あのひと』を睨み、長剣を両手に抜いた。仲の良かったリッピナを手にかけたのが『あのひと』だとでも、邪推しているのだろうか?<br>
ジグムントは、追ってくる道の途中で、既に長剣と大盾を構え終えていた。怒りに目を血走らせ、絶え間なく怒号を放っているが、構える姿に油断は見えない。矢張りこの人が、剣を手に対峙したときには最大の脅威となるのだろうか。<br>
ギュゲスは、背負った長剣には手をかけず、首から提げた聖印を握り締めて泣いていた。彼の脚力で遅れずに付いてこれたのは、信仰の故になのだろうか?<br>
シュタイン先生は、クロスボウを手にしていた。応接室に飾ってあった骨董品だが、問題なく稼動している様子だ。こんなことに使われるのであれば、手入れなどしないでおけばよかっただろうか?
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この筆跡は、先ほどのものよりもやや新しい羊皮紙に書かれ、先ほどのものよりも「似ている」という印象を受ける――模倣が、習熟していっているかのように。
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■羊皮紙3の文章
つまり、だ。<br>
あの魔法こそが。<br>
凍りついた谷底の川、そこで『私』に死ねと命じた――『彼ら』が選んだ宣告、『彼ら』の善の証しだったというわけだ。<br>
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しかし、彼らの善は。<br>
矢張り。<br>
正しき選択では、なかったのだ。<br>
(翻ればガンギを殺めた「彼ら」には、無謬の正義など宿りようも無いのだが?)<br>
『私』が今、ここで――あの日から10年を経て尚、こうして生きているという事実。<br>
それ自体が既に、億の言葉にも勝る証左に他ならぬのではないか?
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この筆跡は、既に「似ている」という段階ではなく、完成したものさえ感じる――そう、ここまで見たカラレナに、或る「手紙」を思い出させるに十分なほどに。
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■羊皮紙4の文章
あのときから、十年が経つ――目を覚ましたとき、在りとあらゆる全てがこの手から喪われたのを識った、絶望の朝から。<br>
だから『私』は……使徒となろう。<br>
正当なる報復者であるべき、『あのひと』に代わって。
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そしてこの筆跡は、時期こそ判然としないものの、おそらく、尤も最近に書かれたものだろう。<br>
シュタイン教授に見せられた、あの「手紙」の――教授が「ソウガ・シャロウベル本人のもの」と断じた「招待状」の書き手と、まったく同じとしか考えられない筆跡のものだった。
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最終更新:2009年08月24日 19:28