第一章-第三幕- 敵の影、骸の影
アルマ・タウン。
えぐられたように、一部が廃墟と化してはいるものの、
避難から住民が戻り始めているこの町へと、
再度、ソニアを迎えた
勇者軍主力部隊は戻ってきた。
しかし、住居が破壊された住民はまだ戻る事が出来ず、
一時的に避難所への居住を余儀なくされていた。
その怨嗟さえ吐く暇もないほどの切迫した声が、
勇者軍の耳には痛かった。
無駄な戦力分散を行わず、もう少し早く合流していれば
この難民キャンプの人数を減らす事が出来たかもしれない。
自衛組織である勇者軍としては致し方ない部分もある、が。
「ひどい……!」
ソニアは唇を噛み締めた。予想よりも被害が大きかったからだ。
「これが現実。目を背けては駄目」
シエルの叱るような声に、ソニアは頷いた。
「勇者軍は史上最強の私設軍故に、スプレッダー幼生体のような
重度の脅威もさほどとは思わない傾向にありますが、
その甘さは、今回、力無き者達にツケとして回ります。
私達の敵は、それほど甘くはないのです」
沈痛な面持ちでユイナ姫も悲しげな視線を送る。
勇者軍には世界を守る義務などない。
だが、力がある。ならば自らの居場所を守るためにも、
スプレッダーと戦ってみせねばならないのだ。
「あの……」
そんな難民キャンプから、一人の女性が出てきた。
赤子を胸に抱いている。あの時ジルベルトが
命がけで救助した親子である。
「勇者軍の人達、ですよね?」
「あ、はい」
ユイナ姫が慌てて返事する。
「そこの男の子に危ないところを助けてもらって、
本当にありがとうございます。
子供ばかりか、私の命まで救ってもらって、
お礼の言いようもありません」
「いえ、私達はそんなつもりでは……」
「いいえ。あなた達の意図がどこにどうあろうと、
私達の命が今もこうしてあるのは、
厳然としてあなた達のおかげです。
これが現実です。そしてこれは難民キャンプの総意でもあります」
暖かい言葉が周囲を一瞬和ませる。
ジルベルトは無言のまま、赤子の手を握ってやる。
(あたたかい……)
そうしてやると、少しぐずりがちだった
赤子は落ち着いてきたようだ。
「ありがとうございます。あなた達の怒りを背負って、などと
奇麗事は言いませんが、勇者軍の敵対相手となった以上、
スプレッダーには然るべき制裁を必ず下します。
ですから、あなた達も必ず生き延びて下さいね」
「はい。それでは……」
親子はキャンプへと戻っていった。
「あのような善良な者達を一瞥だにせずに不幸に陥れるのが
スプレッダーの存在……許してなんておけるものですか」
ソニアの気迫に怒気が加わり、更なる緊張に場が包まれる。
そして、スプレッダー幼生体の死骸の前に到着した。
ユイナ姫が重機らしき機材を搬入指示している間に、
ジルベルトが全員にメールで作戦を伝達する。
(今ユイナ姫が運び入れている重機は、対物蒸発破砕ビーム兵器。
基本的に人間やらに使うものじゃないけど、
今回のような特殊な事態に直面した事で、
メシア4号機が急遽建造した機材なんだ。
数万度のビームの幕をもって、対象を
溶解どころか蒸発、いや消滅させる。
スプレッダーの親玉は謎の病原菌を持っている。この幼生体も
何を媒介するか分からない。だから中に入っているものもろとも、
全てを消滅させるための特殊兵器『ビーム・カーテン』をもって、
こいつの存在を、根底から消滅させることにする)
「ビーム・カーテン?」
スプレッダー幼生体を囲むように4台の重機がビームを
展開し始めようとした最中だった。
チュン!
跳弾である。ライフルの弾丸がユイナ姫をかすめ、地面に着弾した。
「敵!?」
シエルがいち早く動き出す。いつでも回復呪文が発動できるように、
詠唱を始めたのである。こうしておけば
誰が傷付いても即時回復に入れる。
次いでソニアが、更にジルベルトが、
最後に騎乗したユイナ姫が動く。
それぞれの身と、仲間の身を守り、
かつ効率的に敵をいぶり出すために。
そうしている間にもライフルでの狙撃は続いている。
シエルが危ない。そう判断したソニアはすぐにシエルを庇う。
勇者軍は動体視力、反射神経、聴力、嗅覚など全てにおいて
常人離れどころか人間離れしたような実力を持ち合わせている。
ソニアにはライフルの弾の軌道が手に取るように理解できた。
そしてフィストナイトとしての力量をフルに発揮し、
手甲――フィストと呼ばれる部類の手に覆う武器をもってして
盾代わりとし、全ての銃弾を文字通り腕ずくで弾き飛ばす。
がきん! がん! がん! がん!
一発たりともシエルはおろか、ソニアにすら銃弾が
命中しないのに苛立ち、敵兵の狙撃が次第に雑になってくる。
それを隙と見て、ユイナ姫がジルベルトを馬に引っ張り上げる。
「ジル君、乗って!」
ジルベルトは頷くと、馬上の人となり、ユイナ姫にしがみつく。
こうしていないと馬上では振り落とされるのだ。
しかし流石は勇者軍の軍馬である。愛馬
チトセは小さい体躯で、
二人分の体重をものともせず、凄まじい速度で駆け出した。
その動きに、一切の無駄というものは存在しない。
そしてユイナ姫も銃弾の軌道から
狙撃ポイントを瞬時に肉眼で割り出す。
「チトセ、行きなさい! 目標はあそこです!」
「ぶるるっ!」
チトセの駿足は勇者軍メンバーに匹敵するか、あるいはそれ以上か。
勇者軍に存在する以上は馬さえも規格外でなくてはならないのだ。
飛んでくる銃弾のことごとくを回避し、ユイナ姫は槍を構える。
「ジル君、ジャンプ!」
ユイナ姫の指示に従い、ジルベルトは馬上から直接跳躍した。
腕の力だけの跳躍であり、ますます人外の動きである。
そして回転しつつ
槍の穂先へと乗ってみせる。
ユイナ姫は手首のスナップだけで槍をロイター板のようにしならせる。
ばっ!
その反動と、自らの跳躍力だけで、ジルベルトは高く、高く跳んだ。
もはやその一挙手一投足全てが魔技というに相応しい。
目標は崖の上。そこへ届けばいい。
ジルベルトが見た崖の上にはどう見ても雑兵というべき人間が二人。
しかも服装は、どこかの軍の制服のようにも思われた。
(……人間!?)
今、この状況で勇者軍に仕掛けてくるような
人間がいるというのだろうか?
その事実を理解出来ず、ジルベルトは一瞬攻撃を躊躇した。
それがまずかった。
ガンッ! ダンッ!
狙撃手達の銃弾がジルベルトに命中する。
ジルベルトはそのまま落着し、大きく転がった。
しかし勇者軍の人間達には銃弾など致命傷にはならない場合が多い。
先天的な肉体の頑強さも、勇者軍が勇者軍たる所以であり、
まるで人間ではないかのような扱いをされる所以でもある。
つまりは、軽傷で済んでいる。
「ジル君!」
ユイナ姫が悲鳴のような声をあげる。心配は無いと分かっていても、
ついつい強く意識してしまうのであろう。彼女の人徳である。
「
ヒールバスター!」
すると後ろから、シエルの呪文の声が響く。
治癒の力が魔力弾となり、正確にジルベルトに着弾した。
するとジルベルトの負傷がたちまち癒えていく。
ジルベルトは、痛みの消滅にも関係無く、すぐさま起き上がる。
狙いを人間の兵士そのものではなく、彼等の持つ銃器に向けた。
(彼等の目的は分からないけど、命を奪う必要なんてない!)
ジルベルトの剣が鋭く閃く。
がぎゃっ!
剣閃により、狙撃手達の銃は一撃で両断される。
「うおッ!?」
狙撃手達が初めて声をあげるが、無論聞き覚えなど無い。
見覚えが無いのと同様の理屈ではあるが。
狙撃手達はなおも諦めず、ナイフを手に取って格闘戦を試みるが、
そこにジルベルトのもう一つの武器が飛び出した。
がちっ!
ジルベルトの持つ鋼線。いわゆる『リール』と呼ばれる系統の武器が
二人の持つナイフを絡め取り、迅速に攻撃手段を奪う。
「ちいッ!」
狙撃手達はそこで妨害を諦め、素早く撤退を開始した。
「待ちなさい、あなた達!」
ソニアが制止する。あわよくば捕らえるつもりだろうか。
追いかけ始めたソニアをジルベルトが慌てて身を挺して止める。
結果的に抱きつくような形ではあるが、
なりふりは構っていられないのだ。
「ジルベルト君! どうして止めるの!
あいつらが何者か聞き出さないと!」
「…………!」
しかしジルベルトは懸命に止めるのみであった。
「落ち着きなさいって」
杖でまたしてもソニアを小突くシエル。
ようやくソニアの動きが止まった。
「ソニアさんは初陣でしょ。無理して怪我したら大変なんだって、
お兄ちゃんが殴られてでも止めようとしているの。察してあげて」
「……そうなの?」
こくこく、と頷くジルベルト。
ソニアは落ち着きを取り戻し、ジルベルトも離れる。
とにかく、結果的に『ビーム・カーテン』は防衛され、
そのビームの幕によって、スプレッダー幼生体の骸は包まれ、
文字通り跡形も無く消滅させられた。
「この『ビーム・カーテン』は人類の叡智の結晶の一つよ。
この兵器が人類を守る一つのキーパーソンになる。
だから、この兵器を破壊されるわけにはいかないわ。
今日みたいな妨害が度々あるとしても、ね」
シエルの説明に、全員が頷く。
(そして今日妨害を仕掛けてきたのは、人間だったんです)
ジルベルトのメールに、遠くからしか見ていなかった
シエルとソニアは驚愕した。
「予想はしていたけど、人間とはね」
「この非常事態に仕掛けてくる
馬鹿がいるっての!? 信じらんない!」
ユイナ姫は首をかしげている。
「逆に考えるならこうではないでしょうか。
スプレッダーの消滅を阻止し、その強大なパワーを
自分達の利益になるように扱いたい、とかでは?
そうでもしなければこれは、
説明が付かないような気がするんですけど……」
「そうかもしれないわね。そうでもないと
人類が人類に敵対するような不可解な真似をして、
しかも勇者軍に命知らずにも喧嘩を売ってみせるなんて
馬鹿げたことをしてみせようなんて考えもつかないはずだもの」
幼生体でさえ全長十メートル以上の、
文字通り『怪獣』を己が力にする、という
途方も無い発想にユイナ姫は呆れ果てていた。
だが、勇者軍の敵は常識で動かない相手も多い。
ならば早急にこの事を全
惑星アースの
公的機関に連絡しなければならない。
ユイナ姫はその旨を情報部に連絡するのであった。
ジルベルトはその間、一人思案に暮れるのであった。
ソニアを初陣から怪我させずに良かったと思う旨と、
これからどうするべきかを。
(……よし、とりあえず
ライゼリーネ・タウンへ行きましょう)
そうジルベルトの打ったメールに、
まずユイナ姫が、そしてシエルが頷く。
一方のソニアは知らない町なので、首をかしげた。
(ライゼリーネ・タウンには僕もよく知らないですけど、
勇者軍のメンバーが常駐している、と
聞いた事があるんです。きっと戦力の増強になります)
「そうなんだ」
ソニアが感心した。
「じゃ、ジル君の提言に従ってまずは行ってみましょうか。
お祖父様の故郷には、まだ私も行った事無いんですけど」
と、ユイナ姫。
「そっか……ユイナ姫のお祖父さんの故郷なんだ」
「そうらしいの」
ソニアがまたも感心する。
(それじゃ、先を急ぎましょう!
レーダーによると、スプレッダーの幼生体が
周囲をうろついている、と聞いていますから……)
ジルベルトの宣言メールに全員が頷いた。
ジルベルト、シエル、ユイナ姫、ソニア、
そして愛馬チトセと愛猫四匹という
いびつな勇者軍主力部隊は、今度こそアルマ・タウンを後にした。
新たなる謎を抱えながら。
最終更新:2011年02月18日 01:14