第二章-第一幕- 因縁の時
「休憩よ」
夜もだいぶ更けてきた頃、シエルが突然宣言した。
「なんで!? ライゼリーネ・タウンってのはそう遠くないあいたッ!?」
猛るソニアを冷静に小突くシエル。
「隊長命令よ、従って」
「そうなの? 何も言ってないっぽいけど……」
ジルベルトは頷いた。
「言ってなかったっけ? 私もお兄ちゃん同様に、
エスパーで、
テレパスも出来るんだって。いちいちお伺いを立てる必要も無いわ」
「便利なのね」
ソニアが感心したようにすると、シエルが嘆息する。
「そうなんだけど、度が過ぎるとこういう横着者になっちゃうからねぇ」
ジルベルトをちらりと一瞥するシエル。その視線にビクつくジルベルト。
よほど頭が上がらないらしい。
ちなみに出発の際に一度喋ったきり、
ジルベルトはまったく口を開いていない。
かれこれ、もう3日近くは喋っていないだろう。
「……ちょっと分かる気がするわ」
ソニアもちらりと一瞥する。ジルベルトはますます小さくなっていく。
「まあまあ、そんなにいじめたら可哀想ですよ」
見かねてユイナ姫がフォローに入るが、シエルが更に睨む。
「大体そうやってユイナ姫が甘やかすからいけないのよねー」
「えぇッ!? 私のせいですか!?」
ユイナ姫も小さくなっていく。
「まあいいわ。休憩は休憩よ。
いえ、休息というべきかしら。交代で寝るわよ」
シエルの再度の宣言に、今度は誰も反論しなかった。
まず眠るのはユイナ姫とソニアだった。
次にジルベルトとシエル(あと動物達も)が眠りにつく。
シエルはどこから取り出したのか、野原に寝袋で寝ている。
しかしジルベルトは元々が面倒臭がりなのか、
そのまま雑魚寝のようだった。
その周りには四匹の仔猫達が団子状に丸まって寝ている。
「風邪をひくわよ?」
ソニアが呆れて毛布をかけてやる。本当に世話の焼ける子だが、
どうにも放っておけない雰囲気があるようであると、この数日間、
ソニアはなんとなく認めざるを得なかった模様だった。
ユイナ姫もやってきて、雑魚寝のジルベルトを見かねて、
膝枕するために座り出した。
「頭、痛くないの?」
そう言って、ユイナ姫はジルベルトの頭を膝の上に乗せてあげた。
まるで母親と幼児のようでもあるが、あくまで同年齢だ。
「シエルの言う事じゃないけどさ……甘やかしすぎなんじゃない?」
「ふふっ。そうかもしれませんね」
ユイナ姫がくすりと微笑む。
「でもほら、ジル君ってなんか可愛くないですか? 小動物みたいで」
「う」
分からないでもないかも、と言いかけたが
何となく腹が立つのでやめた。
「幼馴染みで仲がいいのも分かるけど、程々にしときなさいよ」
「放っておけないんですよ、見ていて危なっかしくて」
「……ふうん。難儀な性格なのね? ユイナ姫は」
「ソニアさんこそ、その険のある言い方に反して、ジル君に
悪い印象を抱いてはいないようにお見受け致しますけれど?」
サラリと核心を突いてくる。
「……まあ、不思議とそうなんだけど。
それこそ小動物っぽいからかしら」
「だと思います」
返すソニアに、また微笑むユイナ姫。
「私、ジル君が大好きなんです」
そして突拍子も無い告白。間違いなくジルベルトが
寝ているからこそ言える。
「おわっ……と、突然の爆弾発言ね。びっくりするわ。
で、その辺の事、ジルベルト君はどうなの?」
「気付いていますよ? 私の気持ちにはね。ただジル君は
異性の気持ちとして『好き』という事が
あまり理解出来ていないので、私達の関係は、
未だ恋人同士ではあり得ないんです。強いて言うなら、
家族が好きなのと同じ意味合いと思っているかも……
テレパスが出来ても、その辺は上手くいかないのが肝ですね」
「うーん、ますます難儀な相手よね」
「ですからジル君が異性を好きになる、
っていう意味がちゃんと分かった時、
その相手が私だったらいいな……って思ってるんですよ?」
「……そうね、応援するわ、ユイナ姫」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑むユイナ姫の膝の上で、
稀代の朴念仁は寝息を立てていた。
そしてその時、シエルは目覚めた。
二人の恋愛話がうるさかったからではない。
地面がわずかではあるが、振動したからだ。
地震ではない。その感覚が彼女を揺り起こした。
「……むー」
中途半端に叩き起こされたせいでやたらと不機嫌なシエルであったが、
とりあえず状況確認に努める。双眼鏡とレーダーを
同時に扱い、周囲に異常が無いかを確認する。
「いた!」
双眼鏡で目視確認出来たのは、異形の姿。
スプレッダーの幼生体らしき存在である。
シルエットも似ているようだ。
遠くで低い唸り声のような音もわずかだが聞こえてくる。
レーダーにも異常なエネルギー反応を感知した。
それとは別に、勇者軍主力部隊以外に
スプレッダーに接近する反応が一つ。
どうやら人間のようだが、今あの近くに
行かれるのはまずい。危険なのだ。
ジルベルトを起こすより先に、シエルは人間らしき反応を止めに動いた。
「シエル?」
その動きに気付いたソニアは、ユイナ姫に伝えた。
「シエルが一人で動いているわ。何かあったんじゃないかしら?」
「ジル君、起きて!」
ユイナ姫は返事もせずにジルベルトを起こしにかかる。
「…………」
顔をしかめてジルベルトが起きようとすると、
ソニアは乱暴にユイナ姫から引き剥がして叩き起こす。
「しゃきっとしなさい! 何かあったみたいよ!」
その一言でジルベルトもすぐに覚醒状態に入った。
(何があったんですか?)
と、目で訴えかけると、ソニアも察して、走り出す。
「シエルが勝手に動き出したの! 何かあったんじゃないかしら。
こっちよ、二人ともついて来て!!」
「!」
「分かりました」
ジルベルト、ユイナ姫は騎乗するのももどかしく、走り出した。
先にその人間と接触したシエルは、
その謎の人物――男性だろう、を相手に
どうにも真意を計りかねている様子であった。
「あなた、この先に何がいるか知っているの? 噂は聞いたでしょ?
惑星アース外危険生命体『スプレッダー』が暴れ始めてるのよ!
危ないからとっとと避難してって言ってるの!」
「そこをどいてくれ! 私はスプレッダーを倒しに行くんだ!
アルマ・タウンの私の家を壊したあいつ等を、絶対に許さない!!」
謎の男性は、斧を手に取った。
「どうしても避難所に戻る気が無いって言うならしょうがないわね!
怪我しても知らないし、ここで止めるわよ……
プラズマバスター!」
雷の呪文が謎の男性を襲い、命中するが、男性はビクともしていない。
「馬鹿な!?」
「雷の呪文は私には効きはしない!!」
「しまった! 相手も同じ
守護精霊……ッ!」
シエルが苦虫を噛み潰したような顔をする。
守護精霊とは人にあらかじめ憑依した精霊の事である。
これのタイプにより、大きく使える呪文が変動するのである。
そしてその理を無視できるほどの
魔道技量を持つ『
マージ』でない以上、
この不利を覆すのは相当に難しいのである。
その理によれば、雷で雷の者を討つのは意味がほとんど無い。
それを充分にシエルは理解していたのだった。
「私の行く手を阻むなら容赦はしない……」
男性は斧を構えて高らかに宣言する。
「私は
ジーク=ルーンヴィッツァー! 尋常に勝負せよ!」
ジークと名乗った男が突撃を開始する。
(速い!?)
シエルは手持ちの杖で必死に斬撃を受け止めるが、
馬鹿力で一撃の元に転倒してしまった。
「チェックメイトだな。大人しくギブアップするといい。
そしてそこを通してくれ。
私とて女性に手を上げるなど、良心が無駄に咎めてしまう。
まして君のようにか弱い者と
なると、な……」
勇者軍
サブメンバーを前にこの言いよう。
この男の実力が測り知れない。
もっともシエルが直接戦闘を不得手とするのも原因ではあるが、
シエルといえど、一般人では太刀打ちする事さえ不可能な女傑なのだ。
しかし、彼には一抹の良心というものが宿っているらしい。
ならば尚更、全力で戦闘を回避しなければならない。
シエルは真剣な気持ちで、ジークの斧の刃を手に取り、
自らの喉元に刃を当てた。
「な、何をする! やめろ!!」
「いいえ、やめないわ。あなたが一人で立ち向かうと言うのならね」
明らかにジークは狼狽していた。
シエルはその心の隙をえぐるように、鋭く言い放つ。
「何が何でも一人で行くと言うのなら、私を斬り殺せばいいわ。
それで良心が咎めるというのなら
腕を斬り落としたってあなたの勝ちよ。
脚でもいいんじゃないかしら? 覚悟はとうに出来ているもの」
「やめろ、やめてくれ!」
「さあ、どうするの! さあ! さあ!! さあ!!!」
「分かった、認める!! 私の負けだ!! だからもうやめてくれ!!」
遂には泣きそうな目で精神的に負けを認めるジーク。
シエルは自らの殺気を消し、斧をジークに返してやる。
ジークは自らの敗北がショックだったのか、その場に立ち尽くしていた。
そこへジルベルト達が遅れて到着した。
「誰なの、その人は?」
ソニアの質問が飛ぶ。ユイナ姫もジルベルトも概ね同意のようであった。
「今から私達の仲間になってくれる人よ」
シエルの口走った言葉に、ジークは、いや全員が驚愕した。
「あなたは優しいのね。少々甘すぎるけど、嫌いじゃない」
シエルの投げかけた優しい言葉に、
ジークはただ不可解な顔をするのみである。
「君は……君達は何者なんだ。只者じゃない」
「私は
シエル=ラネージュ。
こっちが兄の
ジルベルト=ストレンジャー。
そして私達は勇者軍の最前線、勇者軍主力部隊。
ジーク。あなたは私を倒したの。その強さと心根に感服するわ。
あなたさえ迷惑でなければ、勇者軍として一緒に戦って。
そして、この惑星アースからスプレッダーを駆逐、一掃するの」
「勇者……勇者軍……!」
ジークの目にたちまち光が宿る。
「分かった。このジーク=ルーンヴィッツァー。
シエル=ラネージュの意志を宿し、粉骨砕身戦う事を誓おう、
そして皆と共に、怨敵スプレッダーを駆逐する!!」
ジークとシエルは固く握手した。
ジルベルトとソニアがにこやかに拍手する中、
ユイナ姫は微笑みながらも複雑な疑問を口に出した。
「ジークさん、でしたっけ。
あなたの苗字に覚えがあります。
もしかしたら勇者軍に縁のある方では……」
「祖父は
レオン=ルーンヴィッツァー!
祖母は
エレイン=トリクシーという!
二人とも勇者軍の事を知っていると言っていた。
奇遇だな、本人同士知らないとしても、
縁のある者がこんな所にいるとは!」
「ええ……縁、というよりは因縁ですけど。それもまた昔のこと、
昨日の敵は今日の友、ぐらいの
気持ちの方が楽かもしれませんね……」
「名前も聞いていないが気にすることなんてない!
所詮昔のことなど、今の俺達には関係無いからだ、あと、誰だ!?」
「私は
ユイナ=カザミネ=ザン=アーム王女です」
「おお、確かにその姓には聞き覚えがある!
やっぱり所詮は昔話だな!」
あくまで気楽なジークに、ユイナ姫は若干救われる気がした。
「さて、どういうわけだかよく分からないけど、戦力も増えた事だし、
細かい事はあんまり気にせず、ちゃきちゃき進みましょっか!」
ソニアのテンションの上がり具合が全員の士気を高めつつあった。
ライゼリーネ・タウンはもう目の前まで迫っていたが、
未だスプレッダー幼生体の影は、見えない。
最終更新:2011年02月18日 01:21