第一章-第二幕- 状況
「では、これから
勇者軍の内部をお見せします。
原則的に部外秘の情報となりますので、勇者軍として活動する以上、
スカウトの時などを除き、あまり口外はしないで下さいね?」
アーム王家王女のユイナ姫が先頭に立ち、
施設などの案内を開始する、という事態に話は進んでいた。
よほどの緊急時か、任務中でもなければ、本来は
こうして基本的な事を説明して回るのが勇者軍の慣例である。
「了解です、大佐殿!」
勇者軍の一員となったことを誇らしく思う故の行動なのか、
ソニアは一分の隙も無い見事な敬礼をして見せる。
しかし、それに対し、ジルベルトも、
シエルも、そして当のユイナ姫さえ
ぽかーん、と口を半開きにして呆然としていた。
「……へ?」
どうやらすべったらしいと分かると、ソニアがたちまち不機嫌になった。
「……ぐ、軍隊でしょ!? 敬礼とか上官への敬意とか、
なんかそういうのって大事じゃないの!? 違うの!? ねぇ!」
ジルベルトの腕をぐいぐいと引っ張って
猛抗議を開始したソニアに対し、シエルは黙ったまま嘆息し、
持っている杖で軽く小突いてやった。
「だから。お兄ちゃんに言っても筆談しか出来ないんだってば」
胸ぐらを掴まれ、がっくんがっくんと無抵抗に揺さぶられる
ジルベルトを見かねて、ユイナ姫はすぐさまフォローする。
「ごめんなさいね、あまり見慣れない光景だったもので。
勇者軍は基本的に自衛目的だけの組織だから
そこまで堅苦しくないんです。
むしろゆっくりくつろぐぐらいの気分で
話を聞いてもらえると嬉しいです」
「……ふうん、変なんだ。勇者軍って」
肩透かしを食らったソニアは、
胸ぐら掴みあげていたジルベルトを放す。
理不尽な暴行にさっそくジルベルトは半泣きになりそうだったが、
それをシエルが優しくなだめてやっているのを見ると、
どっちが兄だか姉だか分かりにくいことこの上ないのだった。
ちなみに身長もわずかながらシエルの方が高いのではあるが。
「こちらは人事部。勇者軍の人事を担当する支部です」
「支部?
アーム城なのに本部じゃなくて?」
ソニアの疑問に、続けてユイナ姫が返答を続ける。
「ええ。あくまで本部の定義は、
総帥
エリシャ=ストレンジャー様の
所在地、という事になっておりますので。
あ、ちなみにジル君のお母様ですけど」
「へーえ」
にわかにジルベルトが
ストレンジャー家筆頭である
『勇者』だという事が信憑性を帯びてきたことの方に、
ソニアは感心した。
やはり見た目的には一番頼りないのは変わらないのだが。
「原則的にジル君は、平時はここに所属し、緊急時には
作戦部に所属、という兼務状態になっていますね」
「そうなんだ」
「でも勇者軍のスカウト体制は非常に柔軟で、
現地スカウトの例なんて枚挙に暇がありません。
あなたも結局はその一人なんですよ」
ユイナ姫の説明にうんうん、と頷くソニア。
反面、特に喋る事もないジルベルトとシエルの兄妹は割と暇そうだ。
「ランドルフさん、います?」
「おお、どうされたのですか、ユイナ姫」
ランドルフ、と呼ばれた初老と言ってもいい男性が姿を現した。
「この人は
ソニア=メーベルヴァーゲン。
今日付けで作戦部所属になります。
データベースへの登録をしておいていただけると助かります。
履歴書などの書類関係は後日郵送しますので、まずはそれだけ」
「了解しました」
きびきびと仕事をこなすランドルフと呼ばれた男は
すぐに引っ込んで行った。
基本的にデスクワークばかりなのだろうか、
身体もたるみがちのようである。
それは気にせず、ユイナ姫は歩を進め始めた。
「じゃ、次に行きましょうか」
「ここが情報本部です」
「情報部?」
「そう。情報部の本部はその時代、状況によって常に変移します。
数年前ぐらいまでは
シャンゼリー王国に本部を置いていましたが、
現在は暫定的にアーム城を本部としている状態です」
「何をする仕事なの?」
「文字通り情報を集める仕事、というと分かりやすいかしら。
彼等の持ってきた情報を後で嫌でも見ることになるから、
詳しい説明は省いておきますね、ソニアさん」
「ふーん」
ユイナ姫は更に歩を進める。
「ここは研究支部。技術研究などを行っていますよ」
「わー、メカがいっぱい」
ソニアは普通に感嘆した。数年前に観光で見た、
スーパーコンピュータ『メシア』3号機も
凄まじい規模であったが、こちらも素人目には
まったく分からない配線や基板などが散乱し、
さながらジャンク屋よろしくという様相を呈している。
完成品と思われる小型ロボット達もせわしなく動いており、
中には等身大サイズの人型ロボットまでいたりする。
「シルヴィアさん、いますか?」
シルヴィアと呼ばれた女性が姿を現した。
年頃も体格もジルベルトやシエルとそう大差は無さそうであるが、
顔立ちのせいなのか、いる環境のせいなのか、
どことなく知的な印象を見せてくれる緑の髪の少女である。
「はいはい」
「自己紹介してくれます?」
ソニアがとりあえず質問してみると、
少女は質問を質問で返してきた。
「その前にあなたはどちら様でしょう?」
微妙な会話のズレにとまどいながらもソニアは応じた。
「ソニア=メーベルヴァーゲン軍曹よ。
本日付けで勇者軍入りしたの」
「あ、じゃあお仲間さんですね」
身内と分かると、ぺこりと頭を下げる。
「
シルヴィア=スターリィフィールド曹長です、
よろしくお願いします」
「よろしく」
がっちりと握手する。どうやらマイペース分過多のようだが、
割と自分と相性が良さそうだと判断し、ソニアは安心した。
ようやくシエルがそこで口を開いた。
「アドマイヤーは? いつも一緒じゃなかったの?」
「あの子は自立心を持った正真正銘の
スーパーマシンノイドです。
いつまでも私の下に縛り付けておけないんですよ。
だから、あの子はもう自由の身なんです」
「そう……で、あなたは今回の作戦、参加しないの?
いつまでも昼行灯かましてる場合じゃないでしょ?
あなただって、堂々たる
メインメンバーの一人だし」
「そうしたいところだけど『スプレッダー』の撒き散らす
謎の病原菌の解析と対策を立てる方が先なんです。
私が参戦するとしたら、それが終わってからかも」
「そう。頼りにさせてもらうわよ、シルヴィア」
「首を洗って待っててね」
どことなく微妙に噛み合わない会話に
ジルベルトは一人首をかしげる。
(『首を洗って』は文法的におかしいと思うんだけど)
という文章を書いてユイナ姫に見せると、彼女も苦笑した。
「そうね、ジル君。まあいつも通りかしら。どこかズレてるのは」
どうやら『首を長くして』と言いたかったらしいが、
どうもド忘れらしいと分かると、
シエルは一人肩をすくめるのだった。
「そして、ここが作戦本部です」
ユイナ姫が最後に案内したのは、会議室らしきところだった。
「作戦本部は基本的にアーム城から移る事はありません。
もっともアーム城自体が破壊でもされれば話は別ですけど」
ユイナ姫が皮肉ったのは、数十年前に起こった
『
アームキラー戦線』についてである。
勇者軍史上稀に見る負け戦で、旧アーム城も破壊されている。
この際に新築されたのが現在のアーム城なのである。
「さて、ソニアさん。あまり時間に余裕がありませんので、
可能な限り話を端折って説明させていただきます」
「分かったわ、ユイナ姫」
「ランドルフさん、資料とモニタを」
「はい」
ついてきたランドルフという男の手際のいい作業により、
モニタに
惑星アース全体の地図が映し出され、
ソニアには勇者軍専用特製情報端末が渡された。
「勇者軍専用独自規格情報端末第31世代型のVer.8.8です。
それがあなたの身分証明書代わりなので、大事に扱って下さいね。
作戦書類もその端末にデータとして配布します。
完全音声入力対応と、操作ナビゲート機能も完備ですので、
音声ナビの指示に従って操作を実行して下さい」
「おおお」
えらくハイスペックな個人用情報端末に
感動しながらいじくってみると、
作戦書類と思わしき文書が端末のモニタに表示される。
「勇者軍は……いえ、現在惑星アースの全生命体は
惑星アース外より突如飛来した生命体、コードネームは
『スプレッダー』の魔手によって脅かされている状況にあります」
「スプレッダー?」
シエルが間に入って説明する。
「あなたがウチの仔猫、大福を預かっている間に、
アルマ・タウンで破壊の限りを尽くしていた怪獣みたいなモノよ」
「怪獣、って。そんなナンセンスな」
『比喩や冗談じゃないんだ』
情報端末を通して、ジルベルトからメールが来る。
この近距離でいちいちメールとはわざわざご苦労なことである、と
ソニアは内心思ったが、それもジルベルトの
テレパスで
読まれており、ジルベルトはひそかに苦笑した。
(『スプレッダー』の幼生体を今日
倒してきたんだけど、写真を見て欲しいんです)
そのジルベルトのメールの後に
モニタに映し出された醜悪なフォルムの
まさしく怪獣と言うほかない、奇怪な生命体にソニアは身じろぐ。
「これがスプレッダー……?
大きいのね。家を薙ぎ倒しているわ」
「お兄ちゃんが倒した奴よ。それでも幼生体なのよね」
「親玉がいる、ってこと?」
ソニアの質問に、シエルは頷き、説明をユイナ姫に再度委ねた。
「スプレッダー本体は大気圏突入の最中に
幼生体、すなわち子供を産み、
惑星アースの各地にばら撒き、自身もしっかりと着陸しました。
今、全世界で暴れているのはその幼生体達なんです。
勇者軍をはじめ、シャンゼリー王国、
各冒険者ギルド、各国連合軍などの
活躍によって、被害は最小限に食い止められていますが、
アルマ・タウンのように甚大な被害を受ける町が後を絶ちません」
モニタには次々と破壊された施設や都市などが映された。
まさに白い画用紙に、黒い筆で一筋だけ線を描いたかのごとく、
一直線に破壊された光景は不気味極まりない。
「奴等の生態は謎だけど、知性はそう高くないと思われるわ。
基本的に広い場所を探して一直線に突き進む事が多いし、
その進路中に都市なんかがあれば、
もちろんそれも前進するのみよ。
まさにデカいだけの虫、といった風情ね。見た目だけは」
シエルが苦々しい顔で毒づく。
(『幼生体だけなら』大した事はないんです。惑星アースの
全員がそれこそ力を結集すれば、
そう遠くない未来に片付くはずなんです。
大きいだけに、隠れようとしてもそう融通も効かないはずですから)
ジルベルトのメールに、全員が頷く。
それぐらいの事はソニアにも理解が出来た。
勇者軍の言う事が本当ならば、勇者軍の力が無かったとしても、
事は比較的簡単に済んだであろう、という事も。
「問題は親玉よね。幼生体なんか比較にならない巨体の上に、
なんか得体の知れない病原菌を空気感染させるから、ったく!」
「病原菌?」
穏やかではない話である。そうなると話はより一層難しい。
「命がけで情報部が持ってきたサンプルを
シルヴィアが解析したところ、
何故か惑星アース外生命体の媒介するウィルスのくせに、
どうも勇者軍メインメンバーの一部の血液成分に、それに対抗する
免疫が存在しているらしいのよ、もうワケ分からないわ」
(いい事か悪い事かは微妙ですけどね)
ジルベルトも微妙な心境でメールを打つ。
「その解析にシルヴィアさんもいっぱいいっぱいなんです。
ともかく、アーム王家王女として、
そして勇者軍メインメンバーとして
私の出した結論は一つ。どういうルートでどう動こうとも、
最終的にはスプレッダーの幼生体を生み出した本体を駆逐し、
その身体からサンプルの再度の採取、そして免疫抗体の採取を
共に第一、第二目標として動きます、そしてその旨を
全勇者軍メンバーに速やかに伝達、総員態勢で対処に当たります!」
ユイナ姫が高らかに宣言すると、
ジルベルトも、シエルも無言で頷く。
戦いの気配が理解できでもするのか、
大福、
きなこ、
みたらし、
黒ごまの
四匹の仔猫達も、テーブルの上で行儀良く整列していた。
(これが、勇者軍の作戦……ッ!)
ソニアは身の引き締まる思いで立ち上がった。
いよいよ戦いが始まろうとしているのである。
自分の置かれた状況に、不安と高揚がない混ぜとなった
複雑な気分で、その振るうべき拳を握り締めた。
ジルベルトからのメールが直後に来る。
(緊張するかもしれないけど、大丈夫。
僕と、僕の仲間達が守りますから)
ジルベルトは気負いもしていない。
これが格の差なのか、と本能レベルでソニアも察知した。
間違いない。この少年、ジルベルトこそ世界最強の『勇者』なのだと。
そしてジルベルトは、そこで初めて口を開いた。
戦いの幕開けに向けて。勇者軍の筆頭として。
「行こう、みんな。そしてソニアさんも」
珍しく口を開いたジルベルトに対し、
「お兄ちゃんも流石に気合が入る? 喋るなんて珍しいわね」
「そこがジル君のいいところですから♪」
「ようやく口を開いてくれたのね。信頼してもらえたって事かしら」
シエル、ユイナ姫、ソニア、三者三様でのリアクションを返す。
不安まみれの出撃となりそうではあったが、
戦力的に勝てない要素もそう多いわけではない。
人類は自らの手で希望を勝ち取るために生きる生物である。
そしてそれを絶対勝利に導くためには、
あと3つの偉大なる力『メインメンバー』と、
多くの力『
サブメンバー』を要するという事をソニアが知るのは、
もう少し先になりそうであった。
最終更新:2011年02月18日 01:15