第二章-第二幕- 敵は常に一つに非ず
アックス
ナイトである、
ジーク=ルーンヴィッツァーを迎え、
更に戦力を増強した
勇者軍主力部隊は、
意気揚々と
ライゼリーネ・タウンへ到着した。
幸いにも、未だスプレッダーの幼生体は到着していないらしい。
そのまま成長から繁殖に至るために
適切な場所を探しているのだろうが、
その進行ルート上にライゼリーネ・タウンが無い事を祈り、
そして速やかに町の外で迎撃出来れば理想的ではあった。
「うむむ、腹が減った!」
「またぁ!?」
ジークと共に半日ほど過ごしてきたジルベルト達ではあったが、
何度彼の『腹が減った』を聞いたか分からない。
特にシエルなどうんざりしていた。
ただでさえ兄の通訳が面倒極まりないこの状態なのに、
更に面倒ごとが増えたように思っていた。
「うむ、健康優良児の証明だな! というわけで何かくれ!」
と、見事に食事をせびるジーク。
「いい加減にしなさいよ! あなた一日で何キロ太るつもり!?」
「失礼な! ものの見事に消化されているぞ!」
二人のあまりに見苦しい言い争いを見かねて、ジルベルトが動いた。
くいくい。
ジークの服の裾を引っ張るジルベルトの方を振り向くジーク。
「おう、どうした隊長!?」
(これ食べて?)
ジルベルトが黙ったまま差し出したのは川魚料理であった。
彼は彼で、いつの間にか
買い食いしていたらしい。その残りであろう。
「うむ、すまない! 好物なのでありがたく頂いておこう!」
食事を始めると途端に大人しくなる。
「まぁったく、お兄ちゃんも甘やかしすぎ!」
シエルに叱られるも、ジルベルトは意にも介さない。
どうやら彼的には、相当に対応が面倒だった模様である。
それを見て、ソニアは苦笑いしていた。
これから戦いに赴こうというのにあまりに緊張感が無い。
あるいはその自然体が勇者軍の強さなのだろうか、とも
思ってはいるのだが。
ジルベルトはまたしても買い食いに走り出した。
今度は屋台で月餅である。
「ジル君? あんまりおやつを食べると、
晩御飯が食べられませんよ?」
ユイナ姫の言葉を軽く聞き流し、
ジルベルトは買いたての月餅を差し出す。
(食べる?)
「うっ……!」
その香しい匂いにかきたてられるユイナ姫。
有り体に言って甘味類は好物。特に彼女は月餅に目が無かった。
「だっ、駄目駄目! これ以上食べたら腕が太くなっちゃうもの!」
ユイナ姫は体重を気にする癖があった。
(ユイナ姫、太くないのに)
と、ジルベルトが小首をかしげるも、
ユイナ姫は必死に誘惑を振り払う。
(食べようよ?)
ジルベルトの光る眼差しと、月餅の誘惑に耐え切れず……
「じゃ、じゃあ一個だけ、一個だけね……」
ユイナ姫はものの一分で敗北を喫するのだった。
ちなみに一個だけと言いつつ、
その後結局彼女は三個も食べていたが。
更にジルベルトの食べ歩きは続く。
締めは大好きなピザである。
ちなみに足下では大福、
きなこ、
みたらし、
黒ごまの四匹の仔猫と、
ユイナの愛馬、
チトセが必死に餌など貪っていたりする。
ぐにーん。
良く出来た
チーズが乗っている。凄まじくよく伸びるようだ。
伸びすぎのきらいさえある。まったく千切れない。
すこぶる短い腕をいっぱいに伸ばしてもチーズが千切れない。
「むー」
苦悶の声をあげ、チーズ相手に悪戦苦闘していると、
ソニアが苦笑しながら近付いてきた。
「何やってんだかね、ジルベルト君は」
ジルベルトはようやく切れ端一枚を平らげ、箱を差し出して、
(食べる?)
「うん、頂くわ」
人の善意は受けておくもの、と思い、ソニアも座って
ピザをつまみ始める。
「美味しいわね?」
(うん)
ソニアの言葉に、ジルベルトはただ頷く。
ピザをひとしきり平らげて、ソニアは何となく思った。
(ここ最近、私自身が好きなものって食べてないなぁ。
ハンバーグとかカレーとか……
ピザはジルベルト君、好きだろうけど)
しかし、それもばっちり
テレパスで読まれていた。
(今度、作ってあげようっと)
密かにジルベルトは決意するのであった。
こう見えて、ジルベルトは多少ながら
料理の心得があるのであった。
そしてユイナ姫はと言うと、
月餅を3個も平らげた事を早速、一人で後悔している最中だった。
「はぁぁ……調子に乗って食べちゃった……太りたくないのに……」
しかし、その直後、彼女の表情が一変する。
情報端末のレーダーに高エネルギー反応。
しかも一つではない、二つだ。
「スプレッダー幼生体!?」
気付いているだろうとは思っていたが、他のメンバーにも
ユイナ姫は取り急ぎ、通信を送った。急がなければならない。
もちろんシエルとジークのコンビも気付いていた。
動こうとしたところに、ジルベルトとソニアが合流する。
「ユイナ姫、四人とも同じ場所にいるわ。合流して!」
シエルの要請が飛び、ほどなくしてユイナ姫も合流。
ようやく五名全員が集合したところで、すぐさま会議が始まる。
「敵はスプレッダー幼生体らしき反応が二つよ。まいったわね」
シエルがぼやくが、ぼやいても話は進まない。
「ならば、三名と二名で分かれて同時に迎撃するか?」
ジークの提案を、ソニアは即座に却下する。
「危険ね。勇者軍の戦力をもってしても、
戦力を分散するのはあまり得策じゃないと思うわ」
「同意よ。各員の能力と認識に未だバラつきが大きすぎる。
連携行動を取りつつ、各個撃破が得策だって、お兄ちゃんが」
と、シエル。ジルベルトが頷いた。
「そうね。それに進行ルートもほぼ同じで、距離が開いているわ。
短時間でより近い方から片付けてしまいましょうか」
ユイナ姫の駄目押しにより、戦力の一点集中が決定した。
「分かった! 確かにシンプルで結構だ!」
ジークも最終的に同意し、作戦はまとまった。
作戦となれば動くのは早い。
二体のスプレッダー幼生体を一個小隊で迎撃する、無謀な
『ライゼリーネ・タウン防衛戦』が開始されようとしていた。
しかしそのライゼリーネ・タウンに唯一存在する展望台にて、
一人の長身痩躯の金髪男が、勇者軍主力部隊の向かう先を見ていた。
その腰には一振りの長剣を携えている。
「スプレッダーの幼生体、か……」
ぼそり、と一言呟くと、望遠鏡でスプレッダー幼生体、
二体のうちの一体を見てみた。より遠い方の奴である。
「あの時の奴かな」
彼は、数週間前に一体のスプレッダー幼生体を追い詰めた。
かなりの損傷を与えたはずであり、事実スプレッダーは
多脚のいくらかが欠けており、傷だらけでもあった。
迂闊にも、間に合わせの武器が壊れてしまった事で、
一度逃がしてしまったが、次は勝つ、と心に決め、
数日間かけて丹念に鍛えてもらった
本来の愛剣が完成した矢先のことだった。
「この剣はそこいらの量産物とはワケが違う。三度目は無いよ」
そして金髪の男は一人、ひっそりと動き出した。
勇者軍主力部隊の出発から遅れる事、三十分ほどであった――
最終更新:2011年02月18日 01:21