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第一章 水と緑と命の星





そして時代は流れ、A・D4715。
地球の成層圏に、一隻の宇宙船が近付こうとしていた。
その宇宙船の中では警告音が鳴り響いているが、
それを聞くべき主は、ひたすら惰眠を貪っている。
もっとも自分では起きられないだけではあるが。

コールドスリープなのだから仕方が無いのである。
その警告を無視する形で、宇宙船はフルオートで
大気圏突入用耐熱フィルムを展開、そのまま落下していく。
凄まじい熱が宇宙船と、それを包むフィルムを襲うが、
流石に星系間移動用の特殊宇宙船である。事も無げに突破し、
宇宙船の眼下には青い海、高い山などが広がっていた。
だがそれを楽しむべき主はやはり眠ったまま、
宇宙船は減速装置を作動させ、
安全地帯と思われる場所を自動検索し、
コースを修正して軟着陸の態勢に移行する。

ずずん!

宇宙船側のシステムとしては
なるべく優しく着陸したつもりだろうが、
それでも山は軽く揺れた。宇宙船が大きいので仕方が無い。

ピー!

電子音の後、コールドスリープ装置がその機能を停止したが、
残念ながらその主、α-0057が
目覚めるまでには一時間ほどを要する。
その場所は、スイスのマイエンフェルト近郊の
山の頂上近くであった。いわゆる、アルプス山脈の一画である。

時を少し遡り、同じくマイエンフェルト地方のとある牧場――
茶色い髪の三つ編みも艶やかなる
二十二歳の女性、テスラ=ユングは
いつも通りに、元気良く子山羊達を放牧し、牛の面倒を見て、
さあ日の当たる場所で一休み、という次第であった。
動物達は好き放題に遊んでおり、今だけは自分も自由時間だ。
風があまりに気持ちいいので
うつらうつらし始めていた時だった。

ズズン!

「ひゃっ!?」
やや遠くからの轟音と共に決して緩やかではない地面の振動に、
まずテスラ自身が、次いで羊達や牛達が騒ぎ出す。
子山羊に至っては何故か死んだフリまでしていたりする。
山羊は自分に危険が及んだと判断すれば
死んだフリをする生き物だからだ。

……だが、振動はその一瞬だけで治まってくれたようである。
牧場への直接被害もないようで、しばらくすると
死んだフリをしていた山羊達もあっさりと起き上がった。
もちろん昼寝どころではない、一瞬で目が覚めた。
音がした方向を推測し、注意深く遠くまで観察していると、
そう遠くは無いが、決して
徒歩三十分程度では行けないような場所に、
見慣れないオブジェのような物が突き刺さっているのが見えた。
場所自体は見慣れたアルプスの山であるのだが。
「……?」
よく見ると謎のオブジェからは
土埃だか煙だかよく分からないものまで
巻き上がっているようだ。山火事にでもなったら大変だ。
「行って……みないと駄目かしら」
とりあえずテスラは、家に唯一配備されている消火器一本を
引っ張り掴んで、大慌てで謎のオブジェの元へ
走って行ったのだった。

「はあッ……はあッ……はあッ……」
消火器が予想以上に重く、テスラの足は大きく鈍っていたが、
それでも何とか一時間程度で到着する事に成功した。
「これ、何かしら……」
呼吸を整えて、ただテスラは呟く。
何らかの乗り物のように見えなくもないが、少なくとも
自分自身は見た事の無いタイプであると言い切れる自信があった。
何故ならこの地球において、乗り物から最も縁遠い生活をしている
部類の人間であるという自負が自らにあったからだ。
(ただしそれは本人の思い込みで、実際はそうでもないのだが)

よく見ると入口らしきものが開いている。
恐る恐る入ってみると、何かのカプセルに
人間っぽい生き物が閉じ込められている。
「人間……!?」
テスラは自らの考え付く事柄から推測し、
あんまり無い状況判断力を懸命に働かせた。
(何なの? 臓器売買? 人身売買?
 禁固刑? 拉致監禁? 自殺?)
考えれば考えるほど物騒なキーワードしか出てこない。
そして結論はこうなった。
「拉致監禁ね! 待ってて、今助けてあげます!!」
がぎゃん!!
持ってきた消火器を足りない力で目一杯振りかぶって
カプセルへと叩きつけた。甲高い音がする。
するとあっさりカプセルが開いた。
テスラ自身は気付いていないが、
触れるだけであっさりと開くように出来ているのだから、
かえってこの行為は良くない。勿論本人の知った事ではないが。
「あら、あっさり開いちゃった……」
ごん!
拍子抜けして消火器を放り捨てるテスラ。
「大丈夫かしら、この人……冷たッ!?」
つい一時間前までコールドスリープしていたので当たり前だが、
α-0057の身体は冷えに冷え切っていた。
常人なら凍傷レベルでもおかしくはないだろう。
「とにかく身体を温めてあげないと……」
テスラはα-0057の身体を
これまた足りない力で引きずり出すと、
宇宙船の外へ出し、日光に当てる事にした。
今日はいい天気だ。きっと体温も上がってくれるだろう。

そして十分後、あっさりと体温の温かみを取り戻したα-0057は、
ゆっくり、本当にゆっくりとだが、目を覚ました。
「む……!」
戦士の習慣か、彼は用心深く周囲を見渡した。
流石に数千年もコールドスリープしていただけあって、
すぐには身体が動いてくれない。が、首は動いた。
右を見る……何故か見えているのは
カプセルの部品ではない。草むらだ。
左を見る……誰だろう。なんか知らない者が横にいる。
「誰だ? ここはどこなのだ?」
α-0057はあたふたしている人物に話しかけた。
しかし言葉が通じていないらしい。ようやくα-0057は
自分が母星から出奔してきた身であって、
ここは知りもしない星だという事を
じっくり、ゆっくりとだが思い出していた。
それと同時に身体が動く。よく見ると
乗ってきた宇宙船の間近だった。そこでようやくこの人物が
自分を宇宙船から引きずり出したのだという事を概ね察した。
α-0057は女性を無視して宇宙船へと戻る。翻訳機を使うのだ。
セクターβの者が作ったというが、
何故か他の星系の言語まで翻訳可能らしい。
実に便利なものである、と別れた仲間に
思いを馳せ、翻訳機を装着する。
地球でいうヘッドセットのような
形状をしているので使いやすいのだ。
「あー、あー、マイクテスト」
突然地球語を喋り出したα-0057に、今度はテスラが驚く。
「わ、私の言葉、分かりますか?」
「翻訳機だ。これでお互いの意志が疎通出来るな」
「大丈夫ですか!? さっきまで身体が凄く冷えてたのに……!」
「コールドスリープの影響だ。どうという事はない」
素っ気無く答えるα-0057を見て、テスラは涙を流した。
「……何故、目から水など流している?」
「涙、です」
「なみだ?」
翻訳機越しでも、該当する言葉はセクターαには無かった。
「なみだ、とは何だ?」
「……あなたを助けられたんだ、って思うと、嬉しくて……」
質問の答えになっていないので、あまり気にしない方が良さそうだ。
「君は、誰だ?」
「あなたは、誰?」
まったく同時の問い。
「私は、テスラ=ユング。
 ここ、スイスのマイエンフェルト出身です」
聞いた事の無い地方だ。来た事も無い星なので当たり前だが。
しかしどうやら山岳地帯だというのは理解出来た。
「俺はα-0057」
「α-0057?」
「それが俺の名前だ」
「あなたは人間でしょ? 数字が名前だなんておかしいです」
「俺の星では普通だ」
思いがけない反応に困り果てるα-0057。
セクターαでは個人名を持つという事は、
それだけで最上位層の人間だからだ。
「そもそも俺はこの星の人間ではない。
 惑星セクターαより来た人間だからな」
「でも、おかしいもの! 人には
 一人一人名前があって然るべきです!」
宇宙人だという事は深く考えもせず、
まるで自分のことであるかのように
テスラ=ユングと名乗る人物は自分の弁舌に夢中だ。
α-0057は深く溜め息をついて黙考する。
そして語り出した。
「……分かった。どうせ母星からは捨てられ、
 追放されたも同然の身だ。戻る気も無い。
 だったら君が、今、ここで、すぐに名付けてくれないか?」
「えっ、私がですか!?」
これまた思いがけない言葉に、
今度はテスラが黙考すること、三分。
「えーと、宇宙人さんは、
 セクターαっていう星から来たんですよね?」
「ああ」
「でしたら、アルファさんです! アルファ=ストレンジャー!」
α-0057はストレンジャー、という単語の意味を理解した。
『異邦人』という言葉である。
今の自分にはぴったりではなかろうか。
「悪くない。ならば以降はそう名乗らせてもらおう」
今、ここに地球の救い主、アルファ=ストレンジャーは降臨した。
思いがけない偶然とドタバタ劇の末に。

「ここは、何という星なのだ?」
「地球です、アルファさん」
にっこりと微笑んで、物怖じもせずに話すテスラに、
アルファは悪い感情は抱けなかった。
「そうか。しかし地球人類というのは、
 随分とヤワな身体つきをしているのだな。
 それでは戦いに勝てないのではないか?」
その一言に、きょとんとするテスラ。
「いや、私は女ですから。戦いとかはちょっと……」
「女?」
女、すなわち生物学的な雌だというのである。
「凄いな。俺は母星でも女という生き物を見たことが無いぞ。
 地球とやらに来ていきなり珍しいものを見たな。俺は幸運だ」
くすり、とテスラが笑う。
「あら、地球人口の半分は女性です。どこででも見られますよ?」
「そうなのか!?」
アルファにしてみれば、驚きの文化と言って良かった。
セクターαでは、後継者を残すのに
女性との生殖行為を行わせない。
全て体外受精と人工育成によって生命が生み出されるからだ。
暴力の塊のような能力者を管理する
唯一の方法と言ってもいいだろう。
「凄い星に来てしまったかもしれん、俺は……」
懊悩するアルファを横に、テスラはひたすら笑うのだった。
「とりあえず、立ち話も何ですから、私の家に来ませんか?」
「いいのか?」
「ええ。私もあなたに興味が湧いてきてしまいました」
「では、お言葉に甘えよう」
二人は下山し、テスラ=ユングの管理する
小さな牧場へと戻るのだった。
この騒がしくも小さな出会いが、
地球人類を救い、新たな時代さえ作り出す事になるなど、
アルファは知らない。テスラも知らない。
地球人類全てが、そして運命自身さえ知りようが無い。


<第二章 へ続く>
最終更新:2016年09月17日 22:24