第二章 迎えられし異邦人
まずは詳しい事情を聞くためである。
こうして関わってしまった以上、
市役所高官の娘としては、放置しておくわけにもいくまい。
残念ながらいれば役に立ったであろう
彼女の父親は今はジュネーヴだ。
おいそれと接触出来る場所ではないし、それより何より、
テスラ自身がアルファに多大な興味を抱いていたのは間違いない。
宇宙人というのも半信半疑、と言いたいところなのだが、
あんなとんでもない宇宙船で来られては信用せざるを得ない。
確信に至らない原因はただ一つ。アルファの容姿が
地球人類とまったく変わらないという偶然のせいである。
「あの……アルファ……さん? あなたは本当に、いわゆる……
『地球外知的生命体』という事になるんでしょうか……?」
「ああ、間違いない。何度でも言おう。
俺の出身は惑星セクターα。宇宙船に調べさせたところ、
地球からでは見る事も到達する事も
出来ないと推測される星だ」
「では、私達地球人類と同じ姿形なのは?」
「偶然だ。そもそもセクターα及び隣の星、
セクターβに済む『人類』は多種多様な容姿をしており、
生命体かどうかも疑わしいような容姿の者さえいる。
我々の種族のみが地球人類に似ているだけだろう」
「……分かりました。では改めて公的機関の関係者の親族として
訊きます。あなたは、何故この地球に?」
じっ、とテスラがアルファを見つめる。
何故だかアルファは落ち着かなかったが、極力冷静に答える。
「セクターαでの人類の生業は基本的に
傭兵一択以外にあり得ない。それ以外という事は、
それだけで政府高官と言い切ってもいいぐらいだ。
他の星の軍事作戦に介入したり、
あるいは傭兵組織に貸し出されたりなど、
我々セクターα及びセクターβの人間の仕事は多岐にわたる」
「じゃあ、私達の星のどこかの国への介入が目的なんですか?」
「断じて違う。俺はその、セクターα及びβの基本方針に
大きく疑問を抱き、その結果追放されたに過ぎない。
そうでないとしてもこの星の軍事作戦に介入する意味が無い」
「何故です?」
「我々の水準から見れば地球人類は脆弱極まる生き物に思える。
そんな星に介入すれば、我々の星の武名を著しく汚すだけだろう」
「脆弱?」
「そこの窓から山が見えるだろう?」
アルファはアルプス山脈を指差した。
「俺達が本気を出したなら、あの山脈丸ごと、ものの数時間で
クレーターの帯に変えてみせる。もちろん生身でな」
「……なるほど。それが真実なら確かに地球人類は脆弱ですね。
要は戦いの日々に疑問を感じて、
追放あるいは出奔してきた、と?」
「そういう事だ」
テスラは根本的に、アルファが地球に害意など無いのだと理解し、
ようやく安堵の表情を見せた。
「安心しました。アルファさん。でも、地球に滞在するのに
バックボーン無しで大丈夫なんですか? 地球という星は、
国一つ移動するだけでも色々と五月蝿い星なんです。
でしたら、いっそここに住んではいかがですか?」
「……君は困らないのか?」
「ここまで関わっておいて、はいさよなら、っていうのは
個人的にちょっと嫌なんです。
それにあなたは悪い人じゃ無さそうだし、
戸籍の一つぐらい、パパに頼んで強引にねじ込んであげますよ。
記憶喪失者の保護目的とか何とか言えば、何とかなります」
「……そこまで甘えてしまっていいものか?」
「私自身には余裕もあります。
それにせっかく地球に来たんです。
いい星に来たんだと思ってもらいたいって
考えるのはおかしいですか?」
「……いや、確かに分かる。ではよろしく頼む」
「はい! じゃあ地球の常識とか
色々と教えるように頑張りますね。
とりあえず私の家、というか牧場の案内から始めます!」
こくり、とアルファは頷き、二人同時に席を立った。
「牧場、っていうのはセクターαにあるんですか?」
「要は畜産業だな? 残念ながらセクターαには無い。
必要であれば野生の動物を捕まえて
似たような事を現地で行う事はあるが、
それそのものの専門職というのは我々には存在しない。
しかし、地球の動物というのは随分とユニークなものだ」
と、牛を凝視しながら呟くアルファ。
どがッ!
突然牛が何を思ったのか、アルファに全力で頭突きをかける。
しかし、アルファは吹き飛ぶどころか、
一ミリたりとも動かなかった。
むしろ衝撃に驚いた牛がよろけて倒れたぐらいだ。
「何をしている?」
「見慣れないあなたを警戒して攻撃したんです!
大丈夫なんですか!?」
テスラが慌ててアルファを心配そうに見る。
「別に痛くも痒くも無いが?」
「本当に頑丈なんですねぇ……」
半ば呆れ返ってテスラが呟く。
「だから言っただろう」
本当に心の底から心配そうに、
アルファは片腕で無造作に牛の腹を掴み、
そのパワーで強引に持ち上げ、無理矢理立たせた。
「わっ!?」
テスラがまたも驚く。確かに人間業ではない。
「体格の割には軽いな。病気か?」
「け、健康体だと思いますよ……」
もはや苦笑いしか出てこないテスラであった。
「ともかく、あなたが物凄い人なのは分かりました。
しばらくここで動物でも眺めてて下さい。
ちょっとパパに連絡入れて来ます」
「分かった」
アルファは言われるがまま、地球のユニークな動物達に
しばらく見入るのだった。
「パパ、私です。テスラです」
テスラは電話を取り出し、ホットラインから父親を呼び出す。
まだ、終わりかけとはいえ勤務中だが
四の五の言っている場合ではない。
『どうしたね、テスラ?』
「信じがたい話かもしれませんが、聞いて下さい。
大事な話です。実は――」
テスラはアルファとの出会い、アルファが異星人である事、
アルファに害意が無い事、監視を兼ねての様子見のために
戸籍をねじ込んでほしい事、全てを父親に伝えた。
『……アルプス山脈に謎の人工物が
落下したという話は聞いている。というか
スイスの人工衛星が既に落下前から捉えていたと聞く。
お前がそう判断したのならそれが一番いいのだろう。
お前は賢い子だ。宇宙からの知的生命体など、
冗談かと思っていたが、本当にあるのなら、
接触が可能な事を幸いと思っておくのが筋なのだろう。
失礼の無いようにな。任せるぞ、テスラ。
親としては心配だがな。実家の牧場を
一人で経営すると言い出した時よりも、遥かにな』
「パパ、大丈夫。アルファさんはきっといい人です。
色々教えていくうちに分かってくれるわ。
困った人は助けてあげなさいって、
パパも昔からずっと言ってたでしょ? ね?」
『……そうだな。確かに私の言った事だ。
――アルファ君とやらの戸籍は登録させておく。
私の名前で彼の居住空間も作らせよう。好きにやりなさい』
「ありがとう、パパ!」
話せば分かる父親なのだ。ジュネーヴにいるせいで
ちょくちょく会う事は出来ないが、
親子の仲は非常に良いのだった。
テスラは電話を切ると、未だに外にいるアルファに話しかけた。
「色々見たでしょ? どうですか? 地球の動物達は」
「我々の世界と変わらない事も多いな。動物達は逃げたり、
攻撃してきたりだ。当然だろうがな」
「そういうものですよ。風邪を引きます。戻りましょう」
「ああ」
風邪というのは性質の悪い伝染病か何かだろうと解釈して、
アルファはあまり深々と訊かずに、テスラの後ろをついて歩く。
「にゃーにゃー」
家に戻ると、何やら一匹の小動物がまとわりついてくる。
「テスラ=ユング。これは何だ? これも家畜か?」
「テスラでいいですよ。この子は
愛玩動物です。猫っていうんですけど。
ほら、可愛いでしょう? 名前は
デュナン。
抱っこしてあげて下さい」
その猫はやたらと足の短い品種のようである。
耳も前に垂れ下がっている。
いわゆるスコティッシュフォールド・
マンチカンというものだろう。
その丸顔と短足に不思議な愛嬌を感じる白毛の猫だった。
「愛玩動物? 趣味で動物など飼うのか?」
アルファはゆっくりとデュナンと名の付いた猫を抱き上げてやる。
すると軽く鳴いたりじゃれついたりと、
実に人懐っこい様を見せた。
「地球では珍しくありませんよ。趣味で動物を飼うのは」
アルファは何故だか、この猫に不思議な感情を抱いた。
有り体に言って保護欲を思い切り刺激されたのであるが、
それは言うだけ野暮かもしれない。
「……悪く、ない」
「ですよねー?」
テスラは微笑む。アルファもわずかだが微笑を浮かべた。
(猫、か。いいものだな)
アルファはその記憶を『自らの遺伝子へ刻み込』んだ。
これがセクターαの人間の特殊能力で、自らの記憶や嗜好、
特に印象の強かった記憶をある程度まで遺伝子に刻み込み、
後の世の子等に伝える事が出来るのである。
主に好みの戦術などを遺伝させるための生態システムだが、
こういう事にも使うことが出来るのである。
もっとも彼自身も知らないセクターαの人間の生態であるが。
そして、食事の時間となった。
ありきたりの家庭料理ではあったが、その暖かい料理は
アルファの心を打った。
「心地良い……不思議な感じだ」
「心地良い?」
いまいちしっくり来ない、アルファの物の言いように、
テスラは小首をかしげる。
「俺の故郷では食料に味など無い。ただの栄養補給の手段だ。
このように暖かい食べ物というのも口にした事が無い」
テスラは納得した。美味という概念が分からないのだ。
「そういうのはですね、美味、
とか美味しい、とか美味い、とかって
言うんですよ。覚えておくといいと思います」
「なら、それに従うなら……そうだな、美味い。素晴らしい事だ」
テスラは自信のある料理が受け入れてもらえて、
心中でガッツポーズを行った。
「これもどうぞ」
デザートの林檎だ。雑に丸かじりにするアルファ。
「……優しい味がする」
さっきまで美味の概念も理解できなかったくせに、
意外と詩的な表現で林檎の味を表現したアルファだった。
その事に、テスラはくすりと笑った。
「林檎っていうんです。
甘くて、酸っぱくて、美味しいでしょう?」
「驚きの美味さという奴だな」
夢中で食べた。夢中で知識をスポンジのように吸い込んだ。
そして夢中でアルファはその後五年間を生きた。
地球という星は驚きに満ちている。
セクターαとは何もかもが違う。
母星に無い『味』が、『命』が、『色』が、『音』が、『心』が、
そして何よりも『平和』がある。素晴らしきは地球。
本当にここへ来て良かった。
アルファはそう感じ続けるのであった。
夢中で教えた。夢中で彼の世話を焼いた。
そして夢中でテスラはその後五年間を生きた。
アルファという人は驚きに満ちている。
地球人類とは何もかも違う。
地球人類に無い『味』が、『命』が、
『色』が、『音』が、『心』が。
そして何よりも『無垢』がある。
それこそ地球人類が失いかけて久しいもの。
本当にあなたに出会えて良かった。
テスラはそう感じ続けるのであった。
こんな感情を抱き続けた二人が親しくなるのには、
いくら出身惑星が違うとはいえど、そう時間はかからない。
悪戦苦闘の末、二人は5年の時をかけてお互いの事を慈しみ、想い、
そして愛し合うようになる。それは当然の帰結なのだ。
だがその幸福なる時間は長くは続かない。
アルファ=ストレンジャーは、
その存在自体が暴力の塊であるが故に。
そして世界は揺れ動く。
A・D4720も終わりを迎えようとしていた――
最終更新:2010年02月24日 00:54