第二十四章-第三幕- ピコメートルを見る眼






妖精の森にて、高い擬態能力と奇襲能力を誇る
ザン共和王国民政部の異能者集団の一人である、
フィアナ=マーベルとの戦闘に入り、
そして勇者軍主力部隊は予想外の苦戦を強いられていた。

フィアナ=マーベルは本気を出し、更に精巧な擬態を繰り出してくる。
臭い消しも万全で、動物の嗅覚による探知も困難だ。
正直、一人で勇者軍全員とこれだけ渡り合うだけでも
異能者という響きがしっくり来るほどの、驚異の能力である。
「みぎゃー!」
大福が大きな声で鳴いたのをきっかけに全員が回避。
一秒後には地面に斧が刺さっていたりして、かなり凶悪だ。

「ああっ、もう! 鬱陶しいわね……!」
ルシアが破れかぶれの射撃をそこかしこに放つ。
たまたまフィアナのいた地点に当たったようだが、
既にフィアナも回避運動に移っていて、
その一瞬だけ葉っぱのような何かが動いているのが分かった。
が、数秒もすれば完璧に擬態して、違う色の葉っぱにしか
見えないように工夫をしているらしかった。
擬態というレベルを遥かに上回っている。
魔法による光学迷彩と言った方が正しいかもしれなかった。

どっちにしろ凄まじく厄介には違いが無い。
相手にもこちらを倒せるというほどの過信が無い以上、
出来ることは足止めに徹する事ぐらいのようだが、
それに徹している以上、相手の布陣は完璧だった。
たった一人の軍隊、ワンマンアーミーだ。
それがこれほど恐ろしい人材になり得るとは思わなかった。
正直リゼルは、これほどの人材が複数集まったら
勝てるかどうか怪しい、とさえ思っていたぐらいだ。
(全力逃走ぐらいなら可能でしょうけど、
 それでは相手の作戦が成功。
 何か……何か打つ手は無いのでしょうか!?)
リゼルの悩みを、ジルベルトがテレパスでキャッチした。

がしゃこん!
本気の射撃準備に入った。終撃砲のスタンバイだ。

ずどどおぉぉぉぉん!!

「ひゃぁぁッ!?」
突然過ぎる砲撃に、ユイナ姫やフローベールも落馬しかける。
だが、落ち葉や枯れ葉などは全て吹き飛んだ。
樹木も何本かへし折れているようだ。
空撃ちだが、凄まじい衝撃である。
(これで擬態するための物は無くなったかも)
というだけの根拠でぶっ放したジルベルトだったが、
思いの外効果はあったようで、擬態が全て取れてしまった
フィアナがそこに立っていた。
「な、なんちゅう事をしやがる、この野郎!」
フィアナは思ったより動揺しているようだった。
「その手がありましたか、今です!!」
「ええ!」
リゼルの指示でルシアが弓を射る。
すんでの所でフィアナは回避したが、何本かは掠った。
「ちいっ! 離れればまた擬態は出来る!」
フィアナは一旦態勢を整え直そうと距離を置く。
「フローベール、ソニア、ユイナ姫! 追撃を!」
ルシアの指示で機動力に長ける三人が突撃をかけるが、
惜しくも相手の再擬態を許してしまった。
こうなるとまたジリ貧に逆戻りである。
しかも切り札の終撃砲は撃ち尽くしてしまった。

「…………どこ!?」
「ふぎゃー!」
ジルベルトがまたキョロキョロし始めると、
今度はきなこが鳴き出す。
またしつこくも手斧が飛んでくる、方位特定も厳しい。
辛うじて絶壁砲剣『矛盾』の外付け装甲で弾き飛ばしたが、
反撃のチャンスがまったく訪れない。

しかし、戦局は一瞬で覆った。
がすっ、どずっ!!
「ぎゃうっ!!」
いきなり空中から矢が二本降ってきて、フィアナの両肩に刺さったのだ。
「誰!?」
シルヴィアが辺りを見回す。
「かなり精密な擬態だけど、1ピコメートルまで見極める
 私の目と、二ノンの翼からは逃れられないわよ」
空中から声。そして声の主は降りてきた。
「勇者軍メインメンバー、ルスト家現当主、セシリアよ。
 クォーターエルフの目を甘く見ていたわね」
と、勝ち誇った目で名乗りをあげるセシリア。
「現……当主!? 息子さんはどうしたんですかッ!?」
ユイナ姫が心の底からびっくりしてツッコむ。
「レイリアとエイリアに預けてあるわ。
 随分と苦戦中みたいだし、今回こそは私の出番ね」
二ノンの翼がいつになく輝いている。
まるで、十年以上ぶりの戦いに猛っているかの如く。

「くっ……直上からの射撃、とはね……!」
両腕を射抜かれたフィアナは大きくよろめいた。
出血量も少なくない上、血の臭いが強すぎて擬態が出来ない。
「覚えておいで! ここからの妨害はこんなモンじゃないよ!
 せいぜいウチの異能者共相手に苦戦するがいいさ!!」
潔く撤退していくフィアナ。厄介な相手なので
無理に追撃するような真似は流石に出来なかった。

「しかし、ザン共和王国民政部が相手、とはね」
サラリと髪を掻き上げ、気取ったように呟くセシリア。
見事な戦闘能力、見事な戦術眼だった。
退役総帥エドウィンの世代の戦士の戦いぶりの鮮やかさを
まざまざと見せつけられ、ユイナ姫は軽く嫉妬さえ覚えた。
同じメインメンバーなのに、とさえ思った。
それほどの見事な逆転の一撃であった。
だがユイナ姫も年齢の割には大人であった。
嫉妬は自然と、自らの向上心に姿を変える事であろう。
「……あら、可愛い。小さい子がいっぱいね」
と言うなり、年少者を撫でくり回すセシリア。
大人の余裕のようなものがそこには漂っていた。
「私が来たからには、彼等に好き勝手はさせないわ。
 ま、レイリアとエイリア二人分ぐらいはやってみせるからね」
「よろしくお願いします、セシリアさん」
全員と握手を交わした後、シルヴィアが提案する。
「セシリアさんも加わった事だし、長居は無用です。
 速やかに次の場所へ移動すべきかと思います
 具体的には……そうですねぇ」
ハイアード・タウン、でどうでしょう?」
リゼルが補足するように言ってくるので、全員が頷いた。

ハイアード・タウンはヴェール・シティにほど近く、
それでいてFSノア49の攻撃被害にも遭っていない。
リュミエルが退避するとしたら、そこにいる可能性があった。
だとしたら、迎えに行かねばならないだろう。
というリゼルの述べる主旨は、ジルベルトが読み取り、
それをわざわざメールで伝える事でようやく全員に伝わった。
ジルベルトはサイキッカーとしての能力をサイコキネシス
訓練にほぼ費やしており、過度の乱用は負担を増やすだけだったので、
やはりこういう手間もやむを得ないだろう。

ともあれ、予定とは違うものの、セシリアを迎えた勇者軍主力部隊は、
一路妖精の森を抜け、一気に平原からハイアード・タウンへ進む。
ひょっとしたらいるかもしれないリュミエルと合流するために――



最終更新:2011年07月30日 22:10