「君と俺は似ていると思うんだ」
――その言葉を聞いた時。
少女が覚えたのは、恐らく人生で最大の嫌悪感だった。
◆◆
今日も今日とて、変化のない毎日だ。
傍から見ればその絵面は平和そのもの。
朝起きて学校に行き、友達と談笑しながら家へと帰る。
……そう、本当に――呆れるほど変化のない一日だった。
そのことに少女は、"友人ということになっている"この世界の住人達と別れるなり眉を顰めた。
そこにあるのは苛立ちだ。焦燥と言い換えることも出来たかもしれない。
この界聖杯内界において流れる時間に限りはない。
一定の日数が経っても趨勢が決さなければ聖杯が消滅するだとか、特定の時間までに何体敵を倒さなければならないだとか、そういう制度も然りだ。
にも関わらず、彼女は苛立っていたし焦っていた。それは、さながら――薬が切れた病人が禁断症状を起こすように。
「(……苦い)」
苦い、苦い、苦い、苦い。
彼女にとって、このまがい物の世界で過ごす日常はただただ苦いだけだった。
どこかで見たような顔のクラスメイトと話している時も。
少しでも周りに不審がられないようにと、通う義理もない学校の準備をしている時も。
一人きりの食事も入浴も睡眠も、何もかもが苦くて苦くて仕方なかった。
誇張や比喩なんてチープなものではない。彼女にとっては本当に――泣きたくなるくらい、絶望しそうになるくらい苦いのだ。
「しおちゃん」
だって此処には――愛がないから。
十余年も生きて、それでようやく見つけた愛。知ったぬくもり。
絶対に手放したくないと初めて執着できた、たった一人の愛する人。
彼女は此処に居ない。この世界で気が付いた時には、ぎゅっと握り締めていたはずの彼女の手はどこにもなかった。
それからずっと、苦いままだ。
何を食べても、何をしていても、苦い。
自分はあの子と出会うまでどうやって生きていたのか。
どうして、生きていられたのか――それさえ、今の少女には分からなかった。
彼女はまともな人間ではない。
肉体が、ではなく。精神が、だ。
例えばさとうは人を殺せる。
人を騙し、踏み躙り、犯し、どれだけだって利用できる。
自分の愛に殉ずるためならば、この世にやってはいけないことなどないと。
愛を偽らない限りは、この世に犯してはいけない罪などないと。
彼女は冗談でも酔狂でもなく真剣に、大真面目に――そう信じているのだ。
「……、」
部屋の扉を開けて、室内灯を点ける。
それから意味もなく数秒、玄関口で立ち尽くした。
まるで、何かを待っているみたいに。
しかし当然、帰ってきたさとうを出迎えてくれる人間は現れない。
現れるわけもないのだ。両親を幼くして亡くしたさとうは、この世界ではあの歪んだ叔母とすら一緒に暮らしていない。
たった一人でこの部屋に住んでいる。そういうことになっているのだから、お出迎えなんてあるわけがなかった。
「――やあ、おかえり! さとうちゃん、今日は随分早かったねえ」
……ただ一人、否、一体。
松坂さとうという"可能性の器"に充てがわれた、邪悪で醜い化け物(サーヴァント)を除いては、だが。
「それやめてって言ったよね、私」
「なんだ、つれないなぁ。せっかくお出迎えしてあげてるのに」
そいつは、頭から血を被ったような装いをしていた。
血の通わない肌は蒼白く、なのに風貌はひどく整っている。
古めかしい宗教的な印象を受ける衣服は浮世離れしており、そして何よりこの男は、ひどく血腥かった。
さとうは、人間の血肉の臭いを知っている。
一度目は愛を知ったその日に、二度目は友人と永遠に決別した日に。
共に自らの手で殺し、溢れ出したそれの臭いを嗅いでいる。
それでも、これほど濃密に臭いが染み付くことはなかった。
ならば一体このサーヴァントは、今までどれだけの人間を殺し、その血を浴びてきたというのか。
「……それより、偵察の成果はあった?」
「ああ、一組主従が見つかったよ。
日が沈んだら喰べに行ってくるね」
「そう。じゃあよろしくね、キャスター」
「いやあ、それにしても……やっぱり俺は感知も情報集めも不得手だなあ。
生きてた頃は歩き回って探さなくても向こうから人間がやって来てくれたから、鍛えようとも思わなかったんだよね。仲間の中にはそういうのが上手な連中もいたしさ」
無駄話に付き合うつもりはない、とばかりにさとうはサーヴァント……キャスターの自分語りを無視して足を進めた。
「ありゃりゃ、また無視されちゃった」
さとうは、何も自分のサーヴァントが弱いから冷遇しているわけではない。
むしろ、彼の実力については一定の信用を置いている。
日中に外を出歩けないという致命的な欠点はあるが、その分夜は彼の時間だ。
これまでに彼が挙げてきた戦果も決して少ないものではなく、よってその点に関しては特に不満はなかった。
さとうが彼を嫌う理由は――もっとどうしようもない部分。
生理的な嫌悪感とでも称するのが、一番近いだろうか。
「(知らない味。甘くもなければ、苦くもない)」
一言で言うなら、気持ちが悪いのだ。
最初に顔を合わせたその瞬間から今に至るまでずっと、さとうは彼に拭えない嫌悪感を抱き続けている。
軽薄な言動だとか無神経な行動だとか、そういう表層的なものではなく、もっと根の深い部分での嫌悪。
吐き気のするようなどうしようもなく不快な味を、さとうは彼から感じ取ってしまう。
「(早く終わらせて、しおちゃんのところに帰らないと。
そうすれば私は――永遠に。本当に何にも邪魔されることなく、永遠にしおちゃんと愛し合えるんだから)」
さとうには、聖杯戦争を勝ち抜かねばならない理由がある。
当然ながら、この内界で死ぬことになればもう二度と愛する"しおちゃん"には会えない。
そして賞品である界聖杯の権能――これも、さとうにはとても魅力的だった。
松坂さとうが"しおちゃん"と育む愛。
その進む先には、あまりにも敵と障害が多いのだ。
此処に来る前は彼女と何もかもを捨てて新天地へ行く大勝負に出ていたが、聖杯が願いを叶えてくれるというなら博打を打つ必要もなくなる。
さとうは、聖杯に愛するしおちゃん……
神戸しおとの永遠を願う算段であった。
だから彼女は、どれだけ苦くても寂しくても戦い続けなければならない。
そう、たとえ――
「君が懸想する"しおちゃん"への愛情を、ほんの少しでいいから俺にも向けてくれよ。
そうしたら俺たち、もっと仲良くなれる気がするんだよね」
「キャスター」
――唯一頼らねばならない"武器"が、不快な日常を更なる汚濁の味わいで彩ってくるとしても。
「二度とあの子の名前を口にしないで。
私、あなたとの喧嘩なんかで令呪を使いたくないの」
以前、何かの拍子につい溢してしまった独り言。
それをこの悪鬼に聞かれてしまったのが、
松坂さとうの最大の失敗だった。
聞かれてしまった、知られてしまった。この世の何よりも大切な"あの子"のことを。
その失敗さえなかったなら、この男の汚れた声で彼女の名前を口にされることはなかったのに。
さとうは本気の敵意と嫌悪を込めてキャスターを睨み付ける。
しかし当の本人はどこ吹く風といった様子で、ただにやにやと笑っていた。
「よっぽどその子のことが好きなんだねえ」
これ以上会話をする意味はないと判断し、さとうは再び無碍に会話を打ち切った。
が。饒舌に戯言を撒き散らす鬼の口はまだ止まる兆しを見せず。
それどころか、更に彼女の神経を逆撫でするような言葉を口にした。
「君と俺は似ていると思うんだ」
聞き流せばいいだけの戯言。
だというのに、さとうはその言葉に足を止めてしまう。
さながらそこに、無視することのできない何かがあったとでも言うように。
「俺は物心ついた時から、どうも人の心というやつが理解できなくてさ。
幸い俺は頭が良かったから、周りに合わせて"演じる"ことはできたんだけど――結局命尽きる瞬間まで、俺にとってそういう感覚は絵空事のままだったよ」
「……、」
「君はまあ、俺よりはまだ恵まれているのかな?
でも、きっと生き物としてのあり方はとても近い。
同じ病みを抱えた者同士だからかな、分かるんだ」
「……くだらないこと言わないで。私とあなたは似てなんかいない」
「まあまあ、最後まで聞いてくれよ。大事なのはここからなんだから」
似てなどいない。こんな化け物の言葉に耳を貸す暇があるなら、これからの展望にでも頭を巡らせた方が有益だ。
そう頭では分かっていても、狂ったスピーカーのような男の垂れ流す声に耳を傾けてしまうのは。
ひとえに、さとうが戯言だと断じた言葉が彼女の心に刺さるだけの真実味を持っていたからに他ならない。
何故なら彼女も、この空虚な悪鬼ほど重篤ではないにしろ。
人間が誰しも普遍的に持ち合わせ、誰かに与え、そして与えられる"とある感情"を一切持っていなかった身なのだから。
「俺は人の心を持たぬまま、人喰いの悪鬼として滅ぼされた。
でも――救いはあったんだよ。地獄に墜ちる今際の際に、俺はそれを知れたんだ。
ねえさとうちゃん。それは、一体どんな感情だと思う?」
さとうは答えない。
答えないが。彼女の頭の中には既に、おぞましい答えが浮かんでいた。
当のキャスターもまた、"分かっている癖に"とでも言うような笑みを美顔に浮かべている。
白々しいほど美しい虹色の瞳。それがさとうには、油の浮いた水溜まりのように薄汚いものに思えてならなかった。
「愛だよ、さとうちゃん」
始まりは恋だった。
しかしその感情は、すぐに蕩けるような愛に変わった。
そう言ってうっとりと表情を緩ませる、鬼。
「俺は恋を、そして愛を知ったんだ。
聖杯を手に入れたならもう一度彼女に会いたいと本気で思ってる。おかしいよねえ、俺は鬼なのに」
「……もう黙って」
「君も、しおちゃ――ああ、名前呼んだら怒るんだっけ。
とにかくその子に出会って、愛ってものを教えてもらったんだろう?」
「黙って」
「ほら、俺と君はよく似てる。
互いにがらんどうのまま生まれて生きて、女の子に愛を教えてもらった似た者同士さ」
両手を広げて、にこやかに笑いながら彼は言った。
その時さとうは、未だかつてないほどの嫌悪感と不快感に襲われた。
自分の全身の血管という血管に蛆虫が犇めいているような、頭の中で蜘蛛の子があちこち這い回っているような。
もはや甘い苦いの次元ですらない、とてつもなく強烈な嫌悪。
「仲良くしようよさとうちゃん、俺たちは同じ愛で救われた仲間なんだから。
似た者同士の俺たちがこうして巡り会ったのは、きっと運命に違いないよ」
「――黙ってって言ってるでしょ!!」
構うだけ無駄な相手だと分かっているのに、気付けば声を荒げていた。
今度こそ脚を前に踏み出して、キャスターに背を向けたまま自室へと帰る。
追ってくる様子はなかった。もしもこれ以上しつこく纏わりつかれていたなら、本当に令呪を使っていたかもしれない。
――ふざけるな。
お前なんかが、私の運命を騙るな。
お前なんかが、知った風な顔で私たちの愛を語るな。
私の運命は後にも先にもしおちゃん一人だけ。
お前みたいな汚らわしい化け物が入り込む余地なんて、未来永劫ありはしない。
叶うなら、今すぐにでもあの鬼を殺したい。
殺すのは簡単だ。陽の光の下に出ろとでも令呪で命じれば、不死身の鬼だろうが簡単に殺せる。
まだ日は沈みきっていないのだから、今すぐにだって可能な話だ。
けれどそれをすれば、しおちゃんとの永遠を叶えるどころか、彼女のところに帰ることすらままならなくなってしまう。
「しおちゃん……会いたいよ、しおちゃん……っ」
しおちゃんに会いたい。
しおちゃんの居ない毎日はつまらなくて、苦くて、苦しいから。
しおちゃんが言ってくれる誓いの言葉さえあれば、どれだけだって頑張れる気がするのに。
シュガーライフは今や残り香すらもなく、
松坂さとうの前には冷たくて苦い現実が身を横たえるのみだった。
それでも――胸の中にある、たった一つの愛を信じて。
死がふたりを分かつまでと誓った愛を寄る辺に。
咎人の少女は、地平線の果てへ旅をする。
【クラス】キャスター
【真名】童磨
【出典】鬼滅の刃
【性別】男性
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力:C 耐久:B 敏捷:A 魔力:A 幸運:B 宝具:C
【クラススキル】
陣地作成:D
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。"結界"の形成が可能。
【保有スキル】
精神異常:A
童磨は陽気で表情豊かな言動を見せるが、その本性は非常に虚無的。
喜怒哀楽のような強い感情や他者への共感性を一切持たない。
精神的なスーパーアーマー能力。精神攻撃に対する高い耐性を持つ。
鬼種の魔:A
鬼の異能および魔性を表すスキル。
鬼やその混血以外は取得できない。
天性の魔、怪力、カリスマ、魔力放出、等との混合スキルで、童磨の場合魔力放出は"冷気"となる。
捕食行動:A
人間を捕食する鬼の性質がスキルに昇華されたもの。
魂喰いを行う際に肉体も同時に喰らうことで、魔力の供給量を飛躍的に伸ばすことができる。
童磨の捕食対象は主に女性。女を喰った場合は若干だが供給量が上昇する。
【宝具】
『上弦の弐』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大補足:50人
多くの人間を喰らい、命尽きるその瞬間まで人に恐怖を与え続けた"上弦の弐"の肉体そのもの。
非常に高い再生能力を持ち、急所である頸を切り落とす以外の手段で滅ぼすのは非常に困難。
本来であれば"日輪刀"で頸を落とす必要があるが、英霊の座に登録されたことにより弱点が広範化。
宝具級の神秘を持つ武装であれば何であれ、頸を落として鬼を滅ぼせるようになっている。
また童磨は"血鬼術"と呼ばれる独自の異能を行使することができ、冷気を操り様々な攻撃を繰り出す。
技の幅は多岐に渡るが、共通しているのは攻撃の炸裂と同時に大気中に冷気が拡散され、それを吸うと肺が凍り付き壊死すること。
このため彼と戦いながら満足に呼吸をするのは難しく、戦闘の骨子を呼吸に置いている者などはかなりの苦境に置かれることになる。
しかし欠点として日光を浴びると肉体が焼け焦げ、浴び続ければ灰になって消滅してしまう。
このため太陽の属性を持つ宝具、それどころかただの太陽光でさえ致命傷になり得る。
【weapon】
二対の扇
【人物背景】
鬼舞辻無惨配下の精鋭、十二鬼月の一人。
比較的新参ながらも最古参の
黒死牟に次ぐ"上弦の弐"に位列されるなど、最上級の実力を持つ。
表向きは新興宗教の教祖を務めながら人を喰らい続けていたが、無限城での最終決戦で遂に頸を刎ねられ死亡する。
しかし彼は今際の際でも悔い改めることはせず、むしろ生前ではついぞ一度も知り得なかったとある感情を知り、高揚に目を輝かせながら地獄へ墜ちていった。
【サーヴァントとしての願い】
再臨するのもいいが、しのぶちゃんにもう一度会いたい。
【マスターとしての願い】
聖杯を使い、しおちゃんと永遠に愛し合う
【能力・技能】
美人で人当たりも良く、勉強もできる。
男遊びや叔母との生活を経た経験から人の感情を読むことに長けている。
その一方で自身の愛を邪魔立てするものを排除するためには手段を選ばず、殺人や再起不能級の制裁すら厭わない。
【人物背景】
高校一年生。
愛によって満たされるという感情を理解できず空虚な日々を送っていたが、とある少女との出会いで愛を知る。
少女――
神戸しおとの生活を守るためにすべてを尽くしている。
参戦時期は最終巻、マンションで
神戸あさひと接敵するよりも前。
【方針】
界聖杯の獲得に向けて動く。
ただ闇雲に殺し回るのではなく、頭を使って確実に勝ちを狙う。
キャスターに対しては激しい嫌悪。
最終更新:2021年05月28日 21:19