◆
決めようか。
紳士と極道───────何方(どちら)が生存(いき)るか死滅(くたば)るか!!
◆
東京の夏は、暑い。
熱気が籠りやすい気候で、その上湿気も強い。
粘ついた大気が肌に纏わりつき、垂れ流しになる汗は服に張り付き、不快感を何乗にも重ねる。
雨上がりに至っては、ほぼ天然の蒸し風呂だ。
止めに陽光はビル壁やアスファルトに照り返され、更に熱を高める相乗効果まである。
逃げ場のない、巨大な電子レンジの箱に入れられているようなものだ。
つまりとにかく暑い。風情や風流も華麗に吹き飛ばす。つまり至上最悪(クソ)であった。
「あ"あ"あ"あ"〜〜〜〜酷暑(アヂ)い〜〜〜〜……!
こんな時間(トキ)になんでわざわざ俺らが徒歩(ある)かなきゃならねえんだぁ〜〜? クソがぁぁぁぁ〜〜〜〜!」
戦化粧(ガムテープ)は外して、髪はふたつつに結わえてあるお忍び姿は、すれ違う通行人に彼が生粋の殺し屋であるとは悟らせない。
道化(おど)けて、餓鬼(ガキ)になって、周囲の油断と侮りを誘う。
『割れた子供達(グラス・チルドレン)』の最狂(ナンバーワン)、ガムテの殺人(コロシ)の技術の常套手だ。
ガムテの脳機能は異常な発達をしている。
体と脳を休憩(スリープ)させ、休憩と成長に充てる生理機能が、停止している。
壮絶な家庭環境と虐待を経て覚醒した感覚は、医学的では障害とすらいえる傷痕(やまい)だった。
研ぎ澄まされた刀(ドス)の如き集中力。
照準から外れない銃(チャカ)さながらの精密性。
たとえ灼熱の密林の中でも、極寒の氷山の中でも。
1秒1ミリも性能(パフォーマンス)を損なうことなく、ガムテは仕事を実行してみせるだろう。
でも暑いものは暑いのだ。嫌なのだ。徹頭徹尾クソなのである。
そのあたりの幼児性を誤魔化せるほど、ガムテは大人ではない。ならない。
顔面から滂沱と汗を流し、奇形な表情(カオ)で不平を往来の只中で叫ぶ。
それを見た者は、目を逸らし、関わり合いにならないように道を空ける。
暑いのは彼らだって同じだ。ここでいちゃもんをつけられて苛立ちの種を増やしたくはない。
それでも。
道行く人々は彼を意識する。
直接目を合わせず、横目でちらりとだけ視界に入れながら、遠巻きに眺めている。
”ああ。馬鹿(ザンネン)な奴だ”。
そう、動物園の檻で痴態を晒す猿を見て嘲笑うように。
アレは下等(下)に見ていい生き物、アレよりは自分たちはよっぽど上等な大人だと。
飼い放されている珍妙な動物を鑑賞して、社畜(ケダモノ)という隷属の立場に縛られる己の自尊を保っているのだ。
「しょうがないでしょ。あのバ……ライダーが芸能事務所(ドルムショ)より先にお菓子喰うんだって聞かないんだから」
袖から踵まで女制服(セーラー)を整えて着る黒髪の令嬢(オンナ)には、別の意味で周囲の目は引きつけられている。
そんな好奇の視線を黙殺して、舞踏鳥(プリマ)はのたうつガムテを嗜める。
「……ったく、わかってるっての。
菓子与えなかったら、麻薬(ヤク)をキメられなくて禁断症状(ラリ)った中毒者(ジャンキー)みたくなって暴れるからなー」
そもそも、ガムテ達が283プロに出向くと決めたのは朝方の頃だ。
日が登り切る前なら気温もそこまで高くならないという打算の一面もあった。
なのに日が最も気温が高い正午を超えても、一行は目的地に辿り着いていない。
何故ならば───出発するよりも先に、拠点のライダーの我慢が切れたからだ。
『ハ〜ハハママママ!! トウキョウのお菓子は味はいいが量が少ないのが玉に瑕だね! もっと口いっぱいに頬張れるサイズはないのかい?
おれが聖杯と獲ったら店は残してやるが、そこの見直しはしねぇとなぁ〜〜〜〜!!!』
シャーロット・リンリン。四皇ビッグ・マム。
甘いお菓子を何より愛す暴食の海賊。
要求が満たされなければ、本能の赴くままに破壊し尽くす『喰い煩い』。
界聖杯に再現された21世紀の菓子の数々は、果たしてマムのお眼鏡に叶うものであったが、一個ごとの質量についてはその限りではなかった。
なにせ8メートル超の、巨人の血筋を疑う全長だ。
「一口」の基準が、常人とは秤が違う。
ホールケーキでは丸呑みしたところで喉に挟まらない、派手に積み立てたウェディングケーキでようやく「一口」だ。
なので『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、『マスター捜索』の他に『お菓子調達』という、奇妙な指令が渡っていた。
幸い元の世界に準じた資金は十分にあり、買い付けるには困らない。
ただそれを毎日、トン単位に渡る供給を維持し続けるには金だけではどうしても足りない。
大衆用に大量生産されてるモノなら、人脈で片っ端から買い占めれば済む。
現代の技術で作られた駄菓子の味にはマムも興味を示し、満足して舌鼓を打っていた。
その興味が玄人の職人の手による逸品、いわゆる高級菓子に移ると、話は途端に変わる。
製造(つく)る側に追いつかせるよう、わざわざ脅迫(オド)しつかせる必要があった。
これについては一つ、とある失敗談がある。
その日のマムは、1日分のお菓子を食べきっても満足せず、次なるスイーツを催促した。
この頃になるとガムテも要領がわかってきて、『菓子が無えんだったら取り寄せれば名案(イイ)じゃん!』と、アシがつきにくいネットショッピング方式に切り替えていたのだが。
聖杯戦争の余波で物流の便が滞ったのか、発注していた海外銘菓が、既に届いている筈のこの時間にはまだ届いていなかったのだ。
タイミングの悪さは重なり、買い溜めしていた菓子群も丁度切らしてしまっていた。
買い出し班がアジトに帰って来たのは『その時』から5分後。
その5分の間に、メンバーの数名が致死レベルの『寿命』を奪われた。
菓子を切らしたと聞いたライダーの癇癪という、ただ脅迫(それ)だけの理由で。
酷暑なぞはただのブラフ。
ガムテの苛立ちが募っている原因の一番は、常に自身のサーヴァントにある。
今ライダーの菓子(エサ)やりはメンバー内で効率的に回す作業と化している。
ライダーにしてみれば、お菓子はサーヴァントとマスターの契約金代わりの供物の認識なのだろう。
お菓子を捧げる見返りに庇護下に置く。支払いがなければ別の代償を求める。
当時のビッグ・マム海賊団の基本
ルール。それに図ったに過ぎない。
知ったことではなかった。
ガムテには、『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、そんなカビの生えた
ルールを墓下から持ち出されたところで知ったことではない。
奴は奪った。ガムテの部下を。ガムテの仲間を。ガムテの同志を。
ガムテの心に送られる筈だった魂を、代官気取りで徴収した。
それは『簒奪(うば)う者』と『簒奪(うば)われた者』という、二人の元の世界での立ち位置を明確に示すものであり。
この大人(ババア)は絶対に最後に殺さねばならないと、ガムテ達が心に決めた最大の理由だった。
「……手狭(ちいせぇ)〜〜〜〜〜。三流(チンピラ)の組の事務所(ムショ)より矮小(チャチ)くね?」
殺意を懐に隠し持ちつつも、蒸した道を進んで数十分。
ライダーの食い道楽に付き合わされた大幅なロスを経て、ようやく283プロダクションの看板が見えた。
「……大手以外なんて、何処の業界でもこんな規模(もの)でしょ」
街角にひっそりとそびえる、3階建家屋の2階から上。
周囲に馴染んでいるといえば聞こえはいいが、要するに街に埋没してるということ。
そうと知らなければただの風景と見過ごしてしまいそうな、小さな囲い。
目覚ましい活躍も、晴れ晴れとした大成も、夢のまた夢でしかない、ガラス並に脆い城。
醒めた目で窓を見る舞踏鳥(プリマ)の瞳の奥に、仄かな郷愁の念が漏れ出ていたのを、果たしてガムテは気づいていたか。
「まっいっか。今日は襲撃(カチコミ)じゃなくて挨拶(アクシュ)しに来ただけだし。
お仲間殺した手を出されたアイドルってどんな表情(カオ)で握ってくれるかな〜〜〜〜?」
「殺したのは私だけど。あと手じゃなくて脚よ」
「鬱陶(ウゼ)! 些細(コマケー)こと刺すなよな〜〜〜!
なんだよ舞踏鳥(プリマ)機嫌悪いな。まさか俺がアイドルに会いに行くって言ったの嫉妬してんの〜〜〜〜?」
「貴方、本当(マジモン)のバカァ?」
ガムテの言った通り。
283プロに向かうことにしたのに大きい理由は無い。
始末したマスターの所属していた組織だから、他にもマスターがいると決めつけるほど、単純に考えはしない。
確率としてゼロではない。しかしそれならそれでメンバーを数人斥候につけるだけで済む。
こうしてマスター直々に出向くと決めたのは、曖昧とした勘としかいえず、しかしガムテが絶対の自信を置いてる”武器”からの警鐘だ。
無視はできない。目を背ければ、何か危険(デカ)い失態(ミス)に成り得るぞと。
『ペットショップ〜〜〜〜!? この国の生き物はどんな姿をしてるんだい? ちょっとツラ見せなァ〜〜〜〜〜!!』
例えマスターの手がかりもゼロの外れだったとしても、それで中にいる人間を腹いせに殺すつもりはない。
『割れた子供達(グラス・チルドレン)』は殺し屋であり、なればこそ殺人(コロシ)の場面(シチュ)は重視する。
『たまたま因縁の敵と道ですれ違ったけど戦う予定ではないのでお茶に誘う』ぐらいには、自然と日常に紛れ込める。
だから本当に283プロに危害を加えるつもりはなかった。
せいぜい居合わせたアイドルに、先に言ったような嫌がらせをするくらい。
一般的にはそれで不祥事ものの危害に扱われるだろうが、極道にとってみれば遊戯(オアソビ)の範疇。
行方不明だった仲間の死に様を克明に教えるサービスで、可愛い子の顔を号泣(グシャグシャ)にする。それで退散(サヨナラ)。
指も生首も持ち去らない。極道にあるまじき、とっても寛大な処置。
別にそうなっても構わない。この戦争で最高の殺しを演出する欠片(ピース)を見つける間の道草。
そう、本気で思っていた。
『なんだァ? ペットどころか店主もいないじゃないかいこの店〜〜!!』
”だから”。
信号を渡って、事務所を見上げられる位置まで踏み込んだ足が、その場で縫いついたように離れなくなっても。
驚愕も焦りも湧かず、ただ確信と納得だけが極低温の感情となって外気の熱の一切を遮断した。
「ガムテ」
「ああ」
顔は見合わせず、ただ一言のみで応じる。
群衆(オフ)から殺し屋(オン)へ。
認識のスイッチは完全に切り替わっている。
指に麻薬(ヤク)を仕込みいつでも摂取(キメ)れる態勢を維持して、階段を昇る。
一歩足を上げ、次の段にかける度、言語化不能の重圧が増していく。
修羅場を潜った殺人者にしか感じ取れない、闇色の水を湛えたモノの気配。
ソレを何と呼ぶかは人によって様々だ。
闇はそこから更に枝分かれしていき、辿る道によって形を変える。
だがあえて普遍的なイメージに合わせて闇を具象化すれば、それは大概ひとつの姿を取るだろう。
ヒトを陥れるもの。
地獄より出て、地上を闊歩するもの。
悪魔だ。
地獄に続く扉が開いた音は、蝶番の鳴る簡素なものだった。
待っていたのは溶岩煮えたぎる地底世界などではなく、当然の如くプロダクションの一室。
めいめいが持ち込んだとおもしき私物がソファや棚に置かれた、和やかな雰囲気の部屋。
「お待ちしておりましたお客様。283プロへようこそ。
立ち話も何ですし……まずはお茶でも、淹れましょうか」
その中心に。
金色の髪に、緋色の瞳を備えた青年が、最上の異物としてにこやかに立っていた。
◆
「────まず前提として、これから此処に来る敵勢力について、我々は一切の協調も恭順も許されません」
無人の283プロ内で、緋のアサシンは計画の概要を告げる。
「マスター・白瀬咲耶の加害者。統率下にある、ガムテープを顔に巻いた子供達の殺人集団。
この他諸々の情報を統合して、マスターとサーヴァント共々かなりの『乗り気』である確率は98%にのぼります。
聖杯獲得の為の損害を憂慮しない精神性と、真正面からの戦闘を本分とする高い戦力を兼ね備えている。
実にこの界聖杯での聖杯戦争に向いている勢力でしょう」
七草にちかを経由して、彼女らの
プロデューサーから『七草はづき他、アイドル達に事務所から離れるよう連絡した』と報告を受けてから十数分。
足早に階段を降り、やや周囲を気にしながら横断歩道を渡って行った七草はづきが群衆に紛れて見えなくなってから、霊体化の状態でアーチャーと中に侵入した。
『私のクラス特典のスキルなら実体のままでも気づかれずに入れますが……女性のプライバシーは守られて然るべきですので』
等と、軽口を叩くも、無人を確認した後すぐさま二人で家探しを行う。
不法侵入、盗聴器、資料の不揃い、データの改竄……。
堅気のアイドル事務所ではありえないような不審な痕跡がないかくまなく調べる。3階にある社長室にも手を入れた。
過去数日分の記録を洗い出し、アサシン自身が根回しした替え玉計画の際の漁りを除いて、不審な形跡は無いものと結論づける。
今の今まで、283プロは聖杯戦争という舞台上では完全にノーマークだったと、ここに証明された。
「対して我々は……お世辞にも強力な布陣とは言い難い。
戦争を望まず、願望器を求めず、荒事を避けながらなるべく傷を負わず生還することを目指す少数派(マイノリティー)です。
そもそもの目指す方向が逆方向なのだから、協調するどころではありません。
願いは叶えたいが、血を流すことを望まない者であれば、幾つかの妥協案を織り交ぜて平行線まで持ち込める事もできますが……彼らにはそれも通用しない。
性質的に、彼らはマスターのみならず配下の総体に至るまでが、願望成就の過程にある殺戮の行為にこそ意味を見出している」
外で向かいになっている建物、事務所が見える位置からの監視の目がないのも確認済み。
ロンドンの犯罪卿と、宇宙戦争時代のゲリラ戦のプロのお墨付きだ。
だから───外にまで波及しない限り、此処で起きた事が限り明るみに出ることはない。
「基本方針の面での対立。
嗜好・思想面での不一致。
以上の理由から、『ガムテープの集団』の取り込み・同盟の計画(プラン)は真っ先に棄却されます。
範囲内で可能なのは一時的な休戦・傘下に加わるなどですが、その際には条件として必ずこちらを戒める人質を要求されます。
マスター、あるいはその近隣者。より即物的な奉仕活動、盾代わりの尖兵……いずれも1つとってもこちらには痛恨の痛手です」
「……状況は分かった。それであんたはどうするつもりだ?
話は通じない、まともにぶつかっても敵わないって分かってる相手によ」
銃口が天井につきそうなほど長大なライフルを、やや斜めに傾けて背負うアーチャーが問う。
交渉不可。
非我戦力の圧倒的不利。
2つの条件下での戦いなら、飽きるほどやってきた。
何せそれがこの小兵が英霊の座などという大層な席に座れた要因だ。
ただそこに『この場所を戦場にせずに場を収める』という条件が加わると、達成難易度は桁違いに跳ね上がる。
まずゲリラ戦という分野で、一切の火器を用いず拠点防衛をしろというのが無謀に尽きる。
ターゲッティングを請け負うと、アサシンは自ら申し出た。
283プロが各陣営から目をつけられようとしているこの状況を、どうにかしてかわそうというのか。
「ええ。ですので、まずは話し合おうかと」
「……何だって?」
あっけからんと、何とも平易な答えが返ってきた。
勝手知ったるなんとやら、奥の台所から悩む様子もなくカップやソーサーを取り出し、湯を沸かす準備をしてる。
どこをどう見ても、完全におもてなしの用意だった。
「敵対していても、いや敵対してるからこそ対話が成り立つという場合も時にはあるんですよ。
なにせ、嫌でもはっきりと向かい合う形になりますからね」
◆
───美しい、顔立ちだった。
襟元を正した仕立てのいいレザースーツを身に纏った品のよさ。
姿勢に歩調、立ち姿ひとつで上流階級に身を置く教養を受けているとわかる。
そして闇夜を照らすばかりに眩い金の髪と、緋の瞳。
異性どころか同性すら心をときめかせる甘いマスクに、人好きのする柔和な微笑み。
ハリウッドの主演、オペラの花形を務めているといっても通じるほど整った容貌だ。
たとえ月の光が無い夜にも、彼を見失うことはないのだろう。
それら好印象(プラス)の印象を尽く反転させる醜悪(クロ)さが、男を見た舞踏鳥(プリマ)の第一印象だった。
一目見て確信が持てた。
コイツは自分達と同類だ。
人殺しだ。
碌でなしだ。
地獄に落ちる事を覚悟し、そこに後悔はないと胸を張れる揺るぎないものを抱えている型(タイプ)だ。
そして、最低を自負する自分達以上の事を犯(ヤ)ってきているのが、ハッキリと確信を持てた。
英雄の雄々しさもない。
神話の輝かしさも見えない。
咲き誇るは、身震いするほど美しい、悪の華。
それだけの男に、ここまで接近させてしまった。
違う。近づいたのはこちらだ。なのに誘導させられていた。
自分の意志で能動的に進んでいたのに、外から仕組まれお膳立てされていたかのような。
内心の驚愕を、危険を訴える目の前の男を殺さなければという衝動をおくびにも出さず、蓋をする。
舞踏鳥(プリマ)は動かない。群舞(コールド)の白鳥が、自分から足並みを崩して出しゃばる愚は侵さない。
何故なら、ガムテが動いてないから。
ガムテが”殺せ”と、命じてはいないから。
ならば自分が言うべき事、やるべき事はここにはない。
この世界での主役は彼であり、盤面を動かせる手はガムテにのみある。
マスターではなく界聖杯に象られた駒の立場を、彼女は弁えていた。
「誰だよテメーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃねーぞォォ〜〜〜〜〜?」
ガムテが動く。
初手からの罵倒、かなり警戒(キ)ているらしい。
持ち前の危険感知は、舞踏鳥(プリマ)より鋭敏に信号を送っている。
この状況で男性アイドルがお出迎えしてくれたと茶化すほどお花畑ではない。
既に彼には透視(み)えているからだ。マスターの特権で得た『敵』の能力を把握する権限を。
「ああ、失礼。自己紹介がまだでしたね。
こういった場面で、最初に身の上を明かす時は少なかったので。
では改めまして。招待に応じていただき有難うございます。
この聖杯戦争に招かれた英霊が一騎、アサシンのサーヴァントです」
役職(クラス)を平然と開陳する衝撃を忘れそうになるほど、動揺の片鱗も見られず自然に受け応える。
略式のお辞儀での一礼を上げた後、ガムテ達が立つ入り口前から右の、茶器一式が机に揃えられたソファに向かうよう促した。
「ささやかですが、お茶の準備がございます。
一時の間ですが、この暑い日に起こし下さった労苦を少しでも癒やしてくだされば幸いです」
『マ〜〜マママ! いい心がけだね! どの時代でもおもてなしの心は共通なようで結構だよ!』
脳内で聞こえるだけの声はやがて現実に響き、声を発する器官から直に放たれる。
空室だった事務所内に、人の気配が満ち満ちていく。
たった一人が現出するだけで、部屋全ての空気を我がものとする支配領域。
英霊が有する覇気(カリスマ)のせいであり、また単純に物質的に、英霊が一室に収まりきらないほど巨大なせいでもあった。
たるんだ頬。
皺だらけの肌。
されど内包する覇気、怪物性共に全盛からの陰りはなし。
首から上だけを実体化するという器用な真似をするのは、尽きせぬ食い意地の為せるわざか。
通り名のそのままに、ライダーのサーヴァント、シャーロット・リンリンは空気を圧迫せんばかりに一室を占拠してしまった。
「おーいライダー、実体化(ダ)すのは顔面(カオ)だけにしといてねー。ここ狭いから天井ブッ壊れちゃうからよ〜〜〜〜」
「問題ないねぇ! 口さえありゃあ!!」
ガムテが心中で舌打ちする。
お茶と聞いた時点で嫌な予感はしていた。
己の相棒は一度興味あるものに目が行くと、どう転んでも面倒くさい事態になるのだと経験則で。
「わざわざセッティングしたんだ。 そっちもお茶だけで済ますって気はないんだろうが、甘いお菓子の前で不味くなる話はご法度さ。
さあさあ見せておくれ、キラキラな宝石でいっぱいの玉手箱を! それぐらいのものを引っ提げてくれたんだろうねぇ?」
まだ舌に入らない美味の期待に法悦の心地で詰め寄る。
舌なめずりがアサシンの頬を横切るほど近づいて。
暗に、下手な品をお出しするようなら、その時点で会合も交渉も無為に帰すと。
「ええ、もちろん。あなたのお眼鏡に叶う品を選んだつもりですよ」
テーブルに積まれた紙箱から漂う香りに目が食一色に染まって、思考が蕩けていたライダーに代わって。
「………………あ"あ"?」
見過ごせぬ違和感、捨て置けぬ問題に、ガムテが荒げた声を上げた。
「テメ〜〜〜この美形(イケメン)。なんで俺達がここに襲(ヤ)って来るって知ってるんだ?」
第一、アサシンはここで何をしていたのか。
お菓子を買って、お茶を淹れて、ひとりでティータイムを楽しむ気でいた?
安全が確保されるでもない場所で?
マスターだったアイドルが死に、それがテレビで報じられた。
283プロは話題の中心であり、マスターであれば聖杯戦争と何らかの関連性を見出す。
そこでのうのうとお茶会に興じるのに理由があるとすれば、来訪者への待ち構え以外にない。
では誰をだ。
来る者拒まずで来訪してくる相手全てと接触する気でいたのか。
いや、そんな不確定性に委ねる準備はされていない。男の用意は周到だ。
予めここに来る相手を特定し、それ用のセッティングをしていなければまず説明がつかない。
そこで出された『お茶会』というワード。これは完璧に自分のライダーを狙い撃ちした構えだ。
だが何故だ。
ガムテが283プロに来ることを、どうやって嗅ぎつけたのか。
ガムテとアイドルとを結びつける接点など見つけようがないはずだ。繋がりの糸など伸びておらず、接触も────
カチリと。
ガムテの脳で、喪われてた欠片(ピース)のはまる、引かれた撃鉄のような音を立てた。
「先程告げた通りですよ。”お待ちしておりました”と。」
カーテンの幕が降りた室内に、冷気が漂う。
「貴方達が遠からずこの場に来てくれることは予測していました。
白瀬咲耶とそのサーヴァントを撃破し、今朝のニュースでその失踪を報道を目にした。
”死体を晒したわけでもないのに、自分達が仕留めた女が報道されるのが早すぎる”。
意図はどうあれ、貴方達の目は自然と283プロに向く。数少ない苦戦を強いられた敵でしょうからね」
言葉は醸造する。
傲岸の王を殺す、毒酒の杯。
「そして貴方達が到着するのに先んじて、ここの職員に働きかけ、会合の場を作らせた。
白瀬咲耶同様、私による誘導だとは気づきもせずね」
観客から見えない幕内の舞台の上で、劇の開始のブザーが人知れず鳴った。
「そう、これは全て私が仕組んだ事なのですよ。
東京中に蜘蛛糸を張り巡らせる──────この『犯罪卿』がね」
◆
「……つまり、白瀬咲耶を連中にぶつけたのは自分だと騙すってことか?」
知らず力がこもった五指で、アーチャーの大型ライフルの銃把から、微かに軋む音がした。
「他の陣営が283プロに抱いてるのは“白瀬咲耶はマスターだったのか”、“もしそうだとしたら他にもあそこにはマスターがいるのか”という疑念です。
前者についてはもう調べようがないですが、後者については率先して煽り立てる勢力がいるので注目は募る一方です。
これを解消するには、”全てを仕組んだ黒幕”というスケープゴートを用意しなければなりません」
アサシンは否定も肯定でもなく、説明を続けることで意思を示す。
「“白瀬咲耶及び283プロは聖杯戦争で暗躍する者の隠れ蓑であり、彼女らは利用された犠牲者だった”。
そうした筋書き(シナリオ)を伝播できれば、
NPCへの被害は格段に減らせるでしょう」
疑心の源は見えないことだ。
敵は誰なのか分からないから、隣人を疑い、恐れを抱く。
拳の振り上げどころが見つからない不満が澱になって積み重なり、騒乱の火種が仕込まれる。
“我々の生活がいっこうに豊かにならないのは、原因である悪がいるからだ”と捌け口を探す。
だから席を用意する。
いがみ合う民衆の耳目を1ヵ所に局注させ、糾弾による団結を促すことで結果的に世界を救う、反英雄を生み出すのと同じに。
「アイドルにマスターがいる事自体は状況が進めばいずれは知られてしまいます。ですがその頃には283プロへの興味は薄れている。
中盤以降はどの陣営も複数の接触を果たしてる筈。
いるかどうかもわからない脅威に気を配るより、確実にいるとわかってる敵に対処する方が先決ですからね。
同じ理由で、『裏に潜む蜘蛛』も火付きが悪いとみれば早々に見切りをつけます。
───性別は不明なのであくまで便宜上『彼』と呼称してますが、彼にとって283プロは、騒動で他陣営を炙り出す数ある観測所のひとつでしかありません。
いつまでも火が立たない場所に拘泥して本命を取り逃がし、足元を掬われる無様は決して犯さない。
我々の動きを誘導、抑制できただけでよしとするでしょう」
そこまで言い終えて、傾聴したアーチャーの反応を待つように一旦口を閉じた。
犯人役は、狡猾で、悪辣であるほど望ましい。
敵はやり手だ。
NPCに情報を握らせるヘマはしていない。拷問しても無駄だろう。
そう思わせられれば、少なくともマスター以外の283のアイドルを指定しての危害が加えられることは無くなる。
筋は通っている。
不満、不審な点はアーチャーからは何もない。
マスターの要望通り、サーヴァントは依頼を完遂させる手を打ち出した。
しかもそこにはアーチャーのマスターである七草にちかの思いも、追加で込められている。
勝ち抜く上ではまったくの無益な子供の我儘に、全力で向き合い、計画を練った。
利用するブラフにしては払うリスクがリターンと釣り合ってない。本気でアサシンは、283プロを救う為の動きをしている。
本人に言わせれば、”マスターが生き残り、生還する策としてこれ以上のものはない”としたり顔で言いそうだが。
「……それが、俺を連れてきた理由か?」
なので、計画についてでなく、前々から捻っていた問題の添削を求めた。
「ずっと疑問だったよ。そこまでひとりで考えてるあんたが、なんで俺にただ待機するような指示を出していたのか。
俺のマスターに頼まれた手前もあるし、最初は敵へのいざという時の牽制かと思った。
けど戦闘になったらその時点でこの作戦は失敗だ。はじめから戦わない立ち回りなら、使わない銃を遊ばせておく余裕なんてないだろ」
非戦で事を収められる確率は高くはないと事前に進言した。
敵戦力は強大でこちらでは単純な力負けもあると。
直接戦闘に長けてるわけではないと、同盟成立時に申告している。
だったら予備の戦力を控えさせる意味はない。
幽谷霧子に付いていたイレギュラーの対処に、マスターの元へ戻らせて護衛をさせた方が余程合理的だ。
「あんたの本当の狙いは、俺に自分の手口を見せることだ。違うか」
「……私という英霊を知ってもらうには、こうして直接見せるのが一番手っ取り早いと思いまして」
ばつが悪そうな顔をして、アサシンは薄く笑った。
直接口に出さず隠していたのを、彼への非礼だったと自らの浅慮を戒めるような。
悪戯がバレて咎められている子供のような、恥じ入りと自嘲が混じった顔だった。
「私という記録、人類史に刻まれた足跡。
それら殆どは騙す、欺く、謀るに集約されます。
私の功績。私の罪業。
遥か過去に起きたこれらは英霊を構成する材質として組み込まれ、もはや永劫切り離せることはありません」
英霊召還は本来、ある役割に対処する為に編纂された術式であるという。
ならもし仮に自分にその番が回った時、求められる演目とは……結局、そこに尽きる。
「だから貴方には知ってもらいたかった。
私が何を為す者なのか。私が為した事で発生する事象は何なのか。
もし仮に、私の行う悪が貴方がたを、そして我がマスターにすら望まぬ結末を招くと判断したのなら。
貴方には私の背に銃を突き付け、引き金を引く選択の権利がある。私は黙してその判断に従うでしょう」
犯罪卿は悪と血に濡れている。
手はおろか全身、魂にまで血臭がこびりついている。
手ずから貴族を手にかけ、首都を火の海に沈め、民と貴族の呪いを一身に受け。
全ての汚濁を抱え、追いついた希望によって谷底へと墜ちる。
「それが───この界聖杯で初めて出会った私に協力を約束してくれた、貴方への最大の誠意です」
◆
「“ガムテープの子供達”は、既に聖杯戦争に着目する者には公然の都市伝説と化しています。
市井のマスターには恐怖の硬直を与え、サーヴァントにとってはまたとない広告塔として機能する」
論説は展開され続ける。
聴講生によく聞こえる発声で、説明は論理的かつ簡潔に。
大学内でも若さと有能さで人気の教授の授業風景とはこのようなものだったのか。
過去のイギリスにあった日常が、現代を模した世界の一室で再現される。
「そして子供というキーワードに検索をかければ、更なる真実も見えてくる。
1ヶ月前から、チェーン店から高級ブランド、デパートに個人店、和洋を問わず片端からお菓子の買い占めが連続しています。
販売企業としては歓迎でしょうが、一般家庭にとっては困りものですね。少数精鋭の高級店としてもアポ無しの独占でリピーターに届く分まで無くなっては、苦情のひとつも出るというもの」
空の手を翻し、デスクに置かれていたプリントの束をつまんで広げて見せる。
「クレーム内容によれば買い占めた客は皆一様に成人を越えてない子供。
少々物言いは失礼ですが、とても高級菓子に手を出せる身なりでないにも関わらず、大量の札束やブラックカードで半ば強引に買い取っていったそうです。
流石に目立ちすぎると考えたのか、ここ最近は頻度を控え、ネットショッピングに切り替えていますね。
東京都の外に物理的な制約はない。外界そのものがあるかすら怪しいですし、ミリタリーバランスを崩すレベルの銃火器でもなければ供給に不足は起きないでしょう。いい手段です。
もっともこうも目を疑いたくなる単位で出荷されれば、業者間の話題に登るのは避けられませんが」
菓子業界の売上の推移グラフ。
リサーチした被害に遭った職人のクレーム。
エトセトラ。エトセトラ。
東京中にバラ撒かれた情報を隈なく目に通し、ひたすらに計算を重ねて導き出された数値は、虚偽なく事実を浮かび上がらせた。
ガムテープの集団と、甘味界を席巻する巨大口のクライアント。
浮かび上がるのは、現代の食事に興味を寄せるサーヴァントと、確保に追われるマスターの構図。
外部に露出しても形態は続けてる点から、サーヴァントにとって生命線に成り得る要素なのか。
羽振りの良さから集団の組織力はかなり高いものとなる。
構成員全てが、この国での成人指定を下回る年齢で占められている。
社会から外れたストリート・ギャングや、費用対効果の高さから紛争地で多様される少年兵の発展系か。
指令を下す上役はいるようだが、界聖杯でそこまで再現されてるかは不明。ある種のストッパーが外れてるに近い。
紐解く。
暴き立てる。
解体する。
名選手は名監督に非ずだが、名犯罪者は名探偵足り得る。
その代表格こそが
ジェームズ・モリアーティ。
世界を革命する力を得ようと結託した3人の共犯者(きょうだい)。
悪の視点から善を逆算し、善を食い物にせんとする悪を喰らう。
因果逆転、運命干渉。
それら超常異能を用いずに観察眼で真理を見抜く、『人』の属性の極地の一。
「これらの移動が重なり合う地点に焦点を絞れば、白瀬咲耶とのセッティングを仕込むのは難しくありません。
後の経過は、当事者であるそちらが詳しいでしょう───」
途切れなく進む講義により口を開くのはアサシンのみ。
まさに独壇場だった室内の空気が、不躾に割り込んだ一声で反転した。
「で? それが何だっていうんだい?」
実体になっているのは顔面だけ。
胴まで霊体化を解けば、頭は天井を突き破り、足は床下を踏み抜く。
これ以上実体部分を増やせば、内から283プロが圧潰される光景を日中からお披露目する羽目になる。
いわば事務所内に入った時点でライダーには枷が嵌められていた。
それでもなおこの、圧倒的な存在感。
自分を差し置いて場を取り仕切る真似は許さないと、言葉による侵略が開始される。
「情報は鮮度が命、旨い時期に収穫しなきゃすぐ味が落ちちゃう。
ガキ共の動きからおれにまで繋ぎ合わせて待ち伏せたのは大した腕じゃないか。
───とでも言えばそれで満足するのか? 違うだろお!?
おめェみたいな知恵自慢は昔から何人も見てきたし……そいつらが次にどうするのかだって、おれは何度も試してるのさ」
自分達の情報を掴んでる。だからなんだというのか。
弱みをチラつかせて強請れば、自分に有利な条件で同盟を結べるとほくそ笑んでるのか。
だとすればとんだ侮辱だ。
喧嘩を売られて買わないようなら、海賊名乗ったりなんてしてしない。
「ご慧眼。流石は本戦を常勝で進んだ英霊です。
私はこの通り武に長けていません。こうして一席設けるにも、今回のように手練を尽くさねばなりませんでしたので」
未だ茶の一杯にもありつけてないライダーの正気の導火線が短いのは、一見すれば承知だろうに。
アサシンはあくまでペースを崩さず、茶葉を蒸らす時間を確かめて、カップをテーブルに並べていく。
「……気に食わない、気に食わねえなぁ、その余裕な態度。
まさかと思うがおめェ、たかがそんな紙束集めたからって、おれと対等な立場だとか自惚れてねえよなあ……!?」
「生前の功績に関わらず、サーヴァントして召喚された立場で言えばある意味で我々は対等ともいえませんか?」
「マママ! 言うじゃねえか。だったらここでおめェの持ってる情報とやらを全部むしり取っても文句はねぇよなぁ!」
欲しければ奪えばいいが海賊の流儀だ。
それが自分を舐めてかかる青二才なら尚の事。
今ライダーは、目の前に策士ヅラでノコノコと姿を見せた、自分は法に守られてると驕ってる男に、無法という荒野に裸で放り出してやりたくて仕方がなかった。
アサシンの理路整然とした調和の雰囲気を吹き飛ばす、暴の念。
只、我意あるのみ。
空気など読まない。
海を往く荒くれ共を纏め上げるには、清澄では務まらない。
世に蔓延る無法者(アウトロー)を力づくで押さえつける腕っぷしのみが資質を問われる。
老年の女海賊たるライダーこそは、その座の頂点の跡目争いに食い込む最大勢力の長なのだ。
「傘下に入るって言うのなら今が潮だぜ。そしたらもう少し生かしてやるさ。ご自慢の情報できっちり働かせてやるよ。
その場合もらうものはきっちり頂くがな!」
権威の恩恵に預かるため、自分を売り込んだ海賊を婚姻という形式で一族入りをさせるのも、勢力拡大の常套手。
ビッグ・マム海賊団の掟。
来るものは拒まず迎える。
去るものは絶対に許さず殺す。
忠誠の証に捧げるのはお菓子か、あるいは、寿命か。
「それに別の世界の未知の生き物……サーヴァントってのはコレクションするに相応しい逸品さ!
サーヴァントの魂なら、どれだけ強力な兵士になるか楽しみだねぇ……!」
傍若無人なれども、ライダーは秩序を愛する。
己を中心に回る秩序こそが生きとし生ける者の幸福だと疑わない。
最後に残るのは一組だけでも、ライダーにとっての聖杯戦争とは、敬愛するマザーから継いだ夢を実現させる橋頭堡だ。
差別のない平和。
どれだけ隔てた異種族でも平等な目線でテーブルにつける世界。
生来の怪物性に飲み込まれ、曲解と解釈が入り組んだ今でも、純粋さだけは失われていない。
「さあ、腹くくって決めてもらおうか!!
LIFE OR TREAT……!?」
敵対か。恭順か。
選択を迫る言葉と同時に、ライダーの体に収まってる”悪魔”の手がアサシンに伸びる。
魂の言葉(ソウル・ポーカス)。
超人(パラミシア)系悪魔の実「ソルソルの実」の能力による、生命から寿命を引き抜く呪文。
寿命は魂、生命エネルギーとして蓄積され、無生物に吹き込んで新たな命を与えられる。
魂の情報、霊基構成を簒奪する機能に変質された能力は、高次元の魂の塊であるサーヴァントにもこれは有効となる。
喰らえば、喰らわれる。
貪食の女王から逃れる術はない。
対象が魂や精神に干渉できる術技を備えているのなら抵抗の可能性も残されるが、アサシンに魔術の素養は無い。
「─────────なるほど。
察するに、今のワードに反応して対象の魂に何らかの干渉を行う能力のようですね
只人の頃では何も分からなかったでしょうが、サーヴァントなった今なら、私の魂に『何か』が触れてきたのを感知できます」
故に。
因われた魂に何のの変化も起きないとすれば、はじめから効果の適用を外れているからでしかない。
「私の魂の行き着く先、還るべき安息の地は既に決まっている。
生憎ですが、貴方にあげられる分はただの一欠片たりともありません」
「…………ッッッ!?」
魂の言葉(ソウル・ポーカス)発動の条件。
それは能力者に僅かでも恐怖の念を抱くこと。
地上天海に猛者がひしめく偉大なる航路(グランドライン)で、この能力自体の脅威は薄い。
海軍本部、王下七武海すら迂闊に手を出すのを憚れるビッグ・マムの強大が組み合わさることで、回避不能の技へと昇華されたのだ。
その武威が、通じていない。
その身から魂を抜き取れない。
つまりアサシンは、ライダーに恐怖していない。
はたけば潰れる実力差で。今それが簡単に叶う間合いに詰められてまで。
諦めず、逸らず、一歩も退かずに我々は互角だと張り合う胆力と精神力を保っている。
非力を自嘲し、悪を重ねた穢れた魂を恥じる青年にも、見上げる星があった。
美しく、憧れた希望。みんなのヒーロー。
手に取って間近で見たいと何度願ったか知れない。
人が幾ら星に手を伸ばしても、掌は虚を掴むだけだと、知らない歳でもないのに。
けれど奇跡は起きた。
星は青年の手の中に、自ら墜ちて来たのだ。
星もまた青年を追いかけ、共に手を取り合う未来を夢見ていた。
あれはまさに奇跡だった。
どんな処理速度の演算機でもこの未来は導けなかっただろう。
ウィリアム・ジェームズ・モリアーティの魂の絶頂は、重力の速さで終えるあの一瞬にこそあった。
その魂を守るためなら、どんな災厄とも戦える、覚悟の火を燃やせるほどに。
「ハ〜ハハママママ……。よく言ったよガキィ。
身の程も知らずにケンカ売ってくるそのクソ度胸。顔も雰囲気も全然似てないクセに、おれを一番怒らせた奴に腹立つくらい似てるねぇ…………!!!」
逆に面子を潰された格好になったライダーが、怒り心頭に叫ぶ。
湯が沸騰するほどの憤慨で、素で大きな顔が更に膨張したような錯覚を受ける。
いや、事実そうなってるのかもしれない。天井と床は見えない圧力を押し付けられて、今にも底が抜けそうになるほど軋んでいる。
会談は破断した。ならばここにいるのは敵同士。
せっかく穏便に事を済ませてやろうとした厚意を踏みにじられたなら、手加減する道理もない。
望み通りに消し炭にしてやる。叩き潰してやる。噛み砕いてやる。
太陽と熱波と雷雲の稲光を従えて完全に実体化する───寸前だった気配が、ぱしんと、音もなく消えた。
サーヴァントへの魔力供給のカット。
お菓子を食らうことで自前で魔力を生産できるライダーだが、根本的な決定権はマスターにある。
思わぬ窮地で錯乱の極みにあるマスターが、盾になれるサーヴァントに出撃許可を与えられないあまり、戦闘に参加できないように。
『ガムテェエエエエ〜〜〜〜ッッッ!!! テメエ、誰に指図してんのかわかってんのか!?』
マスター以外には伝わってはこないが、怒鳴り散らすライダーの声が容易に想像できる。
実際に念話で聞いているガムテは何も言わず、アサシンに向かって歩きだす。
無防備な接近に、静観していた舞踏鳥(プリマ)も思わず呼び止めたくなる。
アサシンと触れ合う寸前にまで近づいたガムテは、互いに黙視(ガン)を交わして。
「あ"〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
デスクに短刀(ドス)を突き立てる。
適当に掴んで投げた湯呑みが冷蔵庫にぶつかって四散する。
ソファを蹴り上げて180度反転させる。
テーブルの上に置かれた茶器とお菓子は残らず地べたに落とされる。
「あ"あ"〜〜〜ッ!!!
あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ」
狂って壊れた胡桃割り人形(ナッツクラッカー)。
繰り返し繰り返し叫声がループする。
走り回っては手当たり次第に引っ掻き回し、倒れても転がって倒壊をお越し、立ち上がってまた暴れる。
子供の姿をしたモノがのたうつ惨状は、控えめに言っても地獄と呼ぶ他になかった。
「あ"〜興醒(シラ)けた! 面白(オモシレー)戦争が見れると思って期待してたのにツマンネー事しやがってクソが! クソがクソがクソが!
帰るぜ舞踏鳥(プリマ)! あと冷蔵庫からお菓子取って来い! どうせまだ貯め込んでんだろ!」
唐突に我に返り、あらんかぎりの罵倒でまくしたてる。
やがて語彙も尽きると、笑顔の鉄面皮を崩さないアサシンに興味を無くしてそそくさと踵を返した。
扉を出る直前、悪童は無邪気とは正反対の極みにある顔で振り返って。
「俺は破壊の八極道、『割れた子供達(グラス・チルドレン)』のガムテ!
『バンダイっ子』とか言ってたなお前〜〜! 殺人の王子様(プリンス・オブ・マーダー)の名に懸けて、テメーは絶対(ゼッテー)、最悪の病気(ビョーキ)にして殺す!!」
中指(ファックサイン)をキメて、今度こそ階段をばだばだと降りて行った。。
「彼女に言伝をお願いできますか」
「嫌よ」
「”茶会はまた次の機会に。今度はこちらからご挨拶に伺います”と」
紙箱を抱えて台所から出てきた舞踏鳥(プリマ)に、半ば強引に伝言を渡す。
壮絶に嫌そうに顔を顰めるも、それ以上踏み込むこともなくガムテの後を追った。
◆
嵐が過ぎ去った後、とはこのことか。
荒れ放題になった事務所は、物盗りの仕業にしては破壊の規模が大きすぎて、次の来客に誤魔化せそうではない。
気持ち的にもそのまま放置するのは落ち着かないので、片付けをしたいものだ。
その中の、数少ない足の踏み場のあるスペースに、霊体化を解いたアーチャーが乗り込んだ。
「これで上手くいったのか?」
「はい。あのマスターは予想よりずっと知能が高い、そして相当なプロ意識を持っている。
私の名乗りに自分も通り名で返したのがいい例です。プロは相手を選ばないが場面は選ぶ。
マスターの繋がりがあると確信がなければ、襲撃を続ける真似はしないでしょう」
第一宝具で作成した『計画』は、滞りを起こさず実行を完了した。
自陣の情報を握る相手が現れた。相手は否応なしにその対処に迫られる。
これまでのように迂闊な動きをすれば、さらに尻尾を引っ張られて動きを縫われると理解を促した。
「ここの注意を逸らせたのはいいが、今度はあんたが狙われることになったんだぞ。本当にそれでよかったって言えるのか」
「追われるのには慣れてますよ。衝動でなく意思を以て殺害を行うのなら、私の領分です。
この分野でなら、私は決して英霊相手にも遅れは取らない」
ここから先は、より洗練し統率された殺意の暗殺者が跋扈する。
敵に塩を送った形にしか見えない教唆。
だがモリアーティの想定する最悪とは、無秩序を引き起こす暴力と無差別を軸にしたテロ行為。
”街に潜む悪”の役割(カバー)は、何も283プロの疑惑を拭うだけの設定ではない。
以後の勝負の土台を自身の得意分野に持ち込む布石としても機能するのだ。
「本当に対処ならないのは、ライダー女氏のような災厄的な存在です。
そこについても、マスターとの足並みの揃わなさ等付け入る隙を見つけられました。
海賊帽子、巨体の老女、無類のお菓子好き、魂の干渉……これだけ出揃えば特定は容易い」
強大な英霊と、聖杯戦争を勝ち残れるサーヴァントは、決してイコールに結ばれない。
性質が似通ってるが故に、絶対にすれ違う部分で足並みが揃わない主従関係。
「私に注視するということは、貴方に背中を晒すのと同じ意味です。
タイミングは、お任せしますよ」
……モリアーティの仕掛けた計画は、守りの為ではない。
追う側を追われる側に回させる、積極的に戦況を塗り替えていく攻めの為の下地だった。
「マスター達から連絡は? 令呪の行使や因果線(パス)の異常がないので問題ないとは思いますが」
「ああ、全員無事だ。説明はいるか?」
「いえ、私がマスターから直接話を聞きますよ。そろそろ心配してる頃でしょうから」
ガムテを出迎えてる最中に、摩美々との念話の回線はカットしていた。
向こうも状況が穏やかでないのは承知してるものの、流石に並行しての交渉は進められない。
事前に気をつけるべき点のアドバイスしてはいる。とはいえ耳で聞いた話だけでは『計画』の精度も落ちてしまう。
些細な問題でも聞き出して、フォローの必要があるか検証しなくてはいけない。
「アーチャーは先にマスター達の所へ戻って警護をお願いします。
指示を出す必要が出てきたら、私のマスターに伝言を頼みますので」
「まだここで何かするつもりか?」
「最後に一仕事がありそうなので。
こちらは危険度は先程のよりぐっと落ちるので心配にはお呼びません」
「
櫻木真乃、か」
283プロ所属アイドルのうち東京都在住は7人と、白瀬咲耶も含めた事務所寮住まいの5人。
界聖杯の設定にあたって神奈川から移住された
田中摩美々と、病院寮の
幽谷霧子。
替え玉による283プロの事業縮小と、
プロデューサー本人からの避難勧告。
地方ロケや泊りの企画を挟んでなるべく都外へ出るよう調整したスケジュールで、一人だけ今日東京で仕事中のアイドルがいる。
「彼女がマスターであれば、会社の連絡を受けてここに足を運ぶ確率は高い。
叶うなら合流、最低でも283プロの現状だけ知ってもらうべきです」
スケジュールでは、別事務所の人気急上昇中のユニットのセンターとの共演。
白瀬咲耶の件は平等に広まっている。自分以外にアクションを起こしていれば……。
話を聞くに摩美々に劣らず優しい性根なのは察せられる。
補足した者がいれば、糸をつけられている可能性は留意しなければいけない。
アーチャーも去り、今度こそ一人になったアサシンは今後の予定を反芻する。
清掃作業の傍らで
櫻木真乃の来訪に備え、マスターとの念話で情報共有を行うマルチタスク。
生前であれば、これだけハードワークをこなした重い思考の後は必ず一定の睡眠を挟んでいた。
脳も体も休ませずフルタイムで動かせるのはサーヴァントの恩恵のひとつだ。
故に思考を止まらせる術もなく、うっすらと浮かび上がる懸念を検証せずにはいられない。
ガムテ達に立ち回る際に組み立てた設定。
”白瀬咲耶をマスターと推定し、ガムテ陣営にぶつけ当て馬にした”。
当然これは全て嘘だ。
敵戦力を図るためにマスターの友人を犠牲にする選択など取れるはずがない。
もっと早く知っていたら迅速に摩美々と引合せ、協力の態勢を整えていた。
ただ。
”もしモリアーティが悪の枢機だとしたら、そうなるプランを立案して実行するだろう”という試行はしていた。
菓子の市場調査の間も、『計画』にとって都合のいい資料がスムーズに揃った。
限定販売だった人気のスイーツが、買い占められるより先に入手が叶った。
予選時に起きていた、菓子系列に限定される物流の一時停止の記録すら見つかった。
自らに第一宝具を適用させて『計画』を立案している恩恵。それも事実だ。
事実とした上で、”同じ考えの持ち主なら探り当てる情報をバラ撒いておいた”という、別の事実があるだけの話。
義憤の徒は、自ら矢面に立ち世界の革新を試みた。
暗黒の蜘蛛は、決して自分の尻尾は掴ませず高みから世界の崩壊を見届けようとした。
暴く者と潜む者。
未だ邂逅する運命の見えない二人は、回る思考は知らず共有させ、幾千先の手を見据えた駒を指していた。
◆
「ムカつくぜえ〜〜〜なにが犯罪卿だあ〜〜〜!?
こっちは殺人の王子様(プリンス・オブ・マーダー)だぞ、王子の方が偉いに決まってんだろうがボゲがあッ」
再び暑い夏の道を少年と少女は歩く。
一度起こした癇癪の波は収まらず、先程から口々に汚い台詞を吐き捨てる。
傍につく舞踏鳥(プリマ)はそんなガムテを吐くがままにさせ、咎めたりする様子はない。
「ねえガムテ。あいつ、そんなに危(ヤバ)いの?」
ガムテが敵を全力で罵倒するのは、その相手を最大に評価している証だからだ。
「ああ、最悪(ヤベ)え。アレは極道(きわみ)と同類だ。
話を聞いた時点で取り込まれて、感情(こころ)も肉体(からだ)も自覚しないまま何もかも操られちまう」
輝村極道。
輝村照の実父。
そしてガムテの恩敵。
忍者と極道の全面戦争。その極道側を取り仕切る人心掌握の魔物。
「あいつに交渉する気なんざ最初(ハナ)から無え。
俺らを挑発(ひやか)して調子狂わせて、外から主導権(イニアチ)盗るのが狙いだ」
「じゃあ、やっぱりアイドルに襲撃(カチコミ)する?」
「駄目だ、それだと今度は他の敵を寄せちまう。
幾ら俺らでも、忍者を超える超人に棒叩(ボコ)られたら確実に敗北(まけ)る」
無敵にお思えたライダーにも、水辺という思わぬ弱点が露呈した。
話を聞かされる間合いに入られた時点であちらの策は半ば成功していた。
“要は敵を全員殺せばいい”。
ガムテ達もライダーも好んで使う最短の問題解決法を、紳士は初手で封じてのけた。
毒酒は呷られた。
ガムテの体内には思考を鈍らせ、手足を痺れさせる陰謀(カンタレラ)が回り始めている。
これからあらゆる活動の裏に、あの犯罪卿の影を窺わなければならなくなる。
それとなく示唆された「今のままのやり方では長くないぞ」の忠告に沿っても。
逆張りで反対にやり返しても、
どちらも掌の上。蜘蛛の巣からは逃れられない。
現実に起き得るかは重要じゃない。
こいつやってもおかしくないというイメージを植え付けられた事が、どうしようもなく致命的だった。
界聖杯の『割れた子供達(グラス・チルドレン)』の練度は、本来より落ちている。
300人のプロの殺し屋をデフォルテで配下に据えられるのは均衡を欠くと判断したのか。
命惜しさに女王を白状(ゲロ)る奴。
勇み足でマスターに挑みかかり組織の存在を気取らせる奴。
極道にはありえないような失態(ミス)を、ここでは幾つも犯してる。
元の世界にいなかった、ガムテも知らないメンバーが増えていたりすらもする。
彼らは殺人(コロシ)に特化した集団。前段階の敵を捜す諜報戦にはとことん不向きだ。
普段殺すべき標的はガムテか、雇い主である極道(きわみ)からの指示で知らされる。
そのガムテも、都内全域に潜伏するマスターを見つけるには骨が折れる。
そこでターゲットを自分で見つけて殺す新規イベント”マスターブッ殺し課題(クエスト)”を開催する事でメンバーの射幸心を煽った。
モチベは上がったが弊害で、社会への露出度も広まってしまった。
雇い主の極道(きわみ)からの命令系統の不在。
都内全域に潜む見えないターゲット。
散発的になり、襲撃が返り討ちにあう確率の増加。
これらの要素が、歴戦の殺し屋を浮足立たせている。
地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)で強化された殺し屋の人海戦術は、マスター相手には脅威だ。
白瀬咲耶を例に、既に幾つか戦果も挙げている。
しかし今回、こちらの動きを補足し実態を掴んだ陣営が現れた。
あのアサシンが情報を売り飛ばせば、またたく間に自分達の存在は聖杯戦争で周知のものになる。
そうでなくても、襲撃を返り討ちにしてる連中は確実に察知している。
脅威であることは、そのまま矛先を一様に向けられる要因になる。
マスター狙いの大量の暗殺者(アサシン)を警戒し、複数が団結して潰しにかかる。そんな選択も取りようがある。
犯罪卿が目論んでるのもその筋書きだろう。
第六感が知らせたのはこの事だったのか。やはりライダーに任せてあの場で倒しておくべきだったのか?
「ねえガムテ。
界聖杯(ここ)の私達って、そんなに頼りない?」
頭がから回るガムテにそう問いかけた舞踏鳥(プリマ)は、湖面に波紋を立てず佇む白鳥より澄んでいた。
NPCの『割れた子供達(グラス・チルドレン)』には、未来(いのち)がない。
サーヴァントに殺されても、優勝者が決まって世界の崩落に巻き込まれて死ぬのも同じこと。
全部理解している。
この身がどこかの誰かの複製で、この思いも全て作りものでしかない。
偽物だらけの場所で何の価値もなく生きていた目に、熱く光輝く『本物』が焼き付いた。
ガムテという『本物』がいれば、偽物にも価値が生まれる。
ガムテを生かし、ガムテのために戦えば、散った行いも『本物』になれる。
命は、受け取ってくれる誰かがいて、初めて生まれるものだから。
「悩むことなんて何もないわ。あなたの思う通りに殺(ヤ)りなさい。
殺(ヤ)りたい奴が殺(ヤ)ったなら勝ちでしょ。私は、私達は、誰が相手でもちゃんと精一杯殺すから」
舞踏鳥(プリマ)はそんなガムテを後押しする。
貴方はそんなところで足踏みしていい人じゃない。
貴方はもっと高く、何処までも跳べる人でしょうと。
声援を受けたガムテは、幼い頃の眩い思い出に目を輝かせ、一度大きく頷いてから顔を上げた。
「……いいや。そんなわけねえ。そんなわけはねえよ。
界聖杯(こっち)でも元世界(あっち)でもお前らは最高の『割れた子供達(グラス・チルドレン)』。
心の壊れた子供はみんな俺が味方する。みんなで仲良くブッ殺す」
軽薄にして残酷。
幼稚と狡知の反復動作。
家を失い、人生を失い、心さえ割れて散らばった全ての子供の希望となった、殺人の王子のいつもの顔がそこにはあった。
そのとき、ガムテのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。
「よォ黄金球(バロンドール)〜〜同盟(スカウト)の件どだった? 合格(イケてる)? 上出来(グッジョブ)。
ついでにもう一個頼みあんだけどさ〜」
伝えられた内容に満足のいったガムテは、二言三言の応対で指示を出して電源を切った。
「舞踏鳥(プリマ)、メンバー召集かけろ。マスターブッ殺し課題(クエスト)も一旦切り上げていい」
「なに。また集会(パーティ)やるの?」
「そだよ〜〜〜! これから加わる期待の新人(ニューカマー)と皆で楽しむ!
いざ(レッツ)、歓迎会(パーリィタイム)〜〜〜!」
蜘蛛糸の果てから。
二人のモリアーティの顔も合わせぬ共謀は、ガムテの陣営の内実を暴き立てた。
悪い子供は、真にずる賢い大人の餌食にされるものだと、誰かが言った。
裏工作で自らのサーヴァントに振り回され、情報が漏洩していく。
無敵の牙城だった呉越同舟が、共倒れの泥舟に劣化させられていく。
だが心せよ犯罪卿。
彼こそは悪意の可能性の器。現代のジャック・ザ・リッパー。
廃棄(すて)られた子供達の呪(ねが)いを受け止め、凶器を持たせ狂気に導く殺人鬼。
オマエが大人であるのなら───必ず奴等は来襲(く)る。
もみ消した汚い罪(ツケ)を、いつまでも先延ばしにできると思うな。
なんでもできる。なんでもなれる。
”頑張れ頑張れ(フレフレ)”、俺等。
輝く未来は沼に落ち、抱きしめた刃は、みんなの夢を刺し穿つ。
◆
【中野区・283プロダクション/1日目・午後】
【アサシン(
ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)@憂国のモリアーティ】
[状態]:健康
[装備]:現代服(拠出金:マスターの自費)、ステッキ(仕込み杖)
[道具]:ヘルズ・クーポン(少量)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)→限定スイーツ購入でやや浪費
[思考・状況]基本方針:聖杯の悪用をもくろむ主従を討伐しつつ、聖杯戦争を望まない主従が複数組残存している状況に持って行く。
1:『彼(ヒーロー)』が残した現代という時代を守り、マスターを望む世界に生還させる。その為に盤面を整える。
2:283プロダクションに留まり、近く来るだろう
櫻木真乃を出迎える。
3:白瀬咲耶さんの願いを叶えるため、マスターには復讐に関与させない。
4:同盟者を増やす。283プロダクションの仕事報告を受け取る際に噂を拾えた『義侠の風来坊』を味方にできればいいのだが。
5:"もう一匹の蜘蛛(
ジェームズ・モリアーティ)"に対する警戒と嫌悪。『善なる者』なら蜘蛛を制するのではないかという読み。
【アーチャー(メロウリンク・アリティ)@機甲猟兵メロウリンク】
[状態]:健康
[装備]:対ATライフル(パイルバンカーカスタム)、照準スコープなど周辺装備
[道具]:圧力鍋爆弾(数個)、火炎瓶(数個)、ワイヤー、スモーク花火、工具
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:マスターの意志を尊重しつつ、生き残らせる。
1:にちかの元へ戻り、身辺を警護。
2:『自分の命も等しく駒にする』ってところは、あの軍の連中と違うな……
3:武装が心もとない。手榴弾や対AT地雷が欲しい。
[備考]※圧力鍋爆弾、火炎瓶などは現地のホームセンターなどで入手できる材料を使用したものですが、
アーチャーのスキル『機甲猟兵』により、サーヴァントにも普通の人間と同様に通用します。
また、アーチャーが持ち運ぶことができる分量に限り、霊体化で隠すことができます。
【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:大量のお菓子(舞踏鳥(プリマ)持ち)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:いざ(レッツ)、歓迎会(パーリィタイム)〜〜!
2:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
3:早く他の主従をブッ殺したい。
4:ライダーの機嫌直すのめんどくせ〜〜
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:健康、怒り心頭
[装備]:ゼウス、プロメテウス、ナポレオン@ONE PIECE
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
1:あの生意気なガキは許せないねえ!
2:ていうか結局お菓子食いそびれたじゃねえかクソがあ!!
最終更新:2021年09月05日 23:47