霧子の護衛の名目で付けた皮下の配下───コードネーム「ハクジャ」の出自と歩んだ道筋は、再現元の世界とそう大差ない。
生まれながら重い障害を抱え、人生の大部分をベッドの上で過ごしていたのを、皮下の持ち込んだ新薬の治験が効果を齎し、健常な体を手に入れた。
それ以来恩義に報いる為に、知人を演じながら皮下の指示で裏の仕事に従事する刺客となった。
皮下の意で動く私兵で、穏やかな気質の同性、往来に出ても比較的馴染みやすい格好。
マスター候補の女子にあてがうに最適な要素を持つ為、今回の任務に抜擢した。
───以上。それ以降は、記すべき事項は何もない。
招聘されたマスターと何らかの隣人知人の似姿で、界聖杯の住人は構成されてる。
同業者であれ協力者、概ねの人間関係は元(オリジナル)のポジションと変わりない。
自身と霧子の例を挙げて、皮下はそう予測を立てた。
もしリスト化した全住人を各マスターに見せて、誰も面識のない者がいれば予選で敗退したマスターの世界から拝借した相手なのかもしれないが。
一々住人の素性を設定するのが面倒だったのか、家財一式を取り上げ、新天地に飛ばされて殺し合いを催促されるマスターへに少しでも馴染んでもらうせめてもの親切心なのか。
面倒を感じる情緒を聖杯が持ってるのか? という疑問はともかく、マスターとの関連人物が近くに配置されるパターンは多いというわけだ。
しかし、どこまでいっても偽物は偽物。
界聖杯はマスターの為だけの舞台。聖杯戦争はサーヴァントのみが踏み込める死地。
本人ならともかくその複製である
NPCに、介入できる資格は無し。
書き割り。張り子。引き立て役の枠を出ない。
故に。
ハクジャと呼ばれる彼女に、本来過去と呼べるものはない。
より正確には、語るだけの価値(可能性)がない。
彼女の半生。苦悩。覚悟の程。
闘病の支えになっていた医者夫婦の思い出。
病状の快癒に至った要因である葉桜が、元々この世界には存在しなかった齟齬。
それらの詳細を明らかにされる時は来ない。
それは無駄なものだから。
生み出す未来が、あまりに細い枝だから。
語られない過去は無いも同じであり、だから彼女は偽物でしかない。
例外はいる。
マスターを直接殺傷し、明確な戦果を上げた殺し屋。
経済行政両面で全力の支援を約束するほどサーヴァントに心酔した企業人。
彼らは自分とこの世界が比喩のない模造品であるのを聞かされ、真実であると開眼した。
可能性持つ資格者に深く関わったNPCは、間接的な形で可能性を開花させる。
「マスター・サーヴァントの戦術の効果」の形で、界聖杯に介入を生む。
霧子のルーチンから外れた行動も、マスターだった白瀬咲耶の影響が刺激になったのかと皮下が睨んだように。
盲目的に役割に従うだけの駒に、意思が芽生えるのだ。
ハクジャもまた、聖杯戦争の概略を皮下から聞いている。
俄には信じがたい荒唐無稽。非現実的な眉唾物。
裏社会に身を潜める人間なればこそ必要以上に抱く疑念も、実例を見せればまたたく間に雲散霧消した。
皮下にしても誰彼構わずサーヴァントを見せたわけではない。それなりに目算があってのことだ。
自分の知るハクジャならこうして真実と衝撃を与えてやれば、忠実な部下として動いてくれる。そういったリユでの開陳だった。
皮下にとっても、ライダーに頼らず、葉桜投与で凶暴化したりもしない私兵が手に入るのは有り難い。
狙い通り、ハクジャは聖杯戦争を受け入れた。
情報屋や斥候の面で扱いにくいライダーを通さずに、皮下の直属でマスターに探りを入れる任を受け入れた。
自分が偽物の人形であることを、受け入れたのだ。
「……あなたたちが、霧子ちゃんのお友達なのかしら?」
───その上で、あえて彼女の視点で物語は進展する。
頂点を越えた太陽の下で、眦に滲ませて抱き合う少女達。
二度と放さないと腕を回す派手な髪色の少女と、それを優しく抱きとめる霧子。
それを少し離れたところから眺めて涙ぐむ、顔半分をマスクで隠した少女。
突然目の前で起きた感動の場面にハクジャ自身しんと、胸に懐くものを感じながら。
果たしてこの少女達は本物なのかと、任務遂行の値踏みを始める。
「あ……。どうもー、アンティーカの
田中摩美々ですー」
声をかけられたことで塞いでいた顔を上げ、急いで袖で目元を拭ったあと、気だるそうに挨拶する。
「アンティーカ……ああ! さっき霧子ちゃんが言ってたアイドルの……!」
「はいー。どうか以後お見知りおきをー」
「はい、よろしくね。ふふ、霧子ちゃんが言ってた通り優しい子なのね」
「む……」
見た目や口調によらず、礼儀や常識の節度は弁えてそうな所作を感じた。
目線を隣にいる霧子に向けて、すこし不満そうな念を発している。
「それで、そっちの子は……」
「あー、はい。SHHisの七草ちかですー」
「……うぇ!?」
さっきまで「うっわ……二人揃うと顔よすぎ……てか近……」等とよくわからないことをつぶやいていた少女が、突然話を振られて頓狂な声を上げた。
「そちらの子もアイドル?」
「まぁ、そんなところですー。ちょっと気ままな親睦会をー」
「え……は、はい! そうなんですよー! さっきそこでバッタリ会っちゃいまして!
カラオケとかで盛り上がってたら、急に霧子が心配だーなんて電話かけて飛び出しちゃって、まだ時間余ってたのに参りましたよもー!」
「……にちかー?」
「……っ! ご、ごめんなさいごめんなさい調子のってましたよね今の……!」
「や……そこまで謝ってほしいわけじゃないけどさー……」
二人のやり取りを見てる霧子は、困ったような顔をしながらも薄く微笑んでいる。
摩美々かにちかかその双方か、こうしたやり取りが霧子が見てきた日常の朗らかな風景なのだろうと察する。
「みんなにばかり自己紹介させちゃったわね。初めまして、皮下医院の院長先生の知人でハクジャです」
「……どうもー」
「ど、どうもです!」
「今日は霧子ちゃんが外に出るっていうから、ちょっとした付き添いね。ほら、最近は女の子ひとりだと危ないから」
「それはまたどうもー。霧子がお世話になってますー」
「んー、むしろお世話になってるのは先生のほうだって聞いてるわよ? 病院も休日にボランティアに来てくれて助かってるって」
「霧子、そんなことしてたのー?」
「う、うん……しらばくお仕事、お休みだったから……」
蛇は鎌首をもたげる。
殺気を気取られないよう草むらに身を隠し、土を這って距離を詰める。
皮下によればマスターと呼ばれる人間には手の甲に赤い紋様が刻まれる。
摩美々にもにちかにも両手にそれらしき刻印はない。
霧子については至る部位に巻かれた包帯がカモフラージュしている。
隠蔽にしては杜撰すぎるが、聞けば体のどこかに包帯を巻くのは彼女のライフスタイルだという。
そんな目立ったNPCがいるのかと疑うも、それなら真夏の昼に袖から踝まで黒い服でいる自分も大概だと自嘲する。
そう───ハクジャの格好に摩美々達は注意を寄せてる。
霧子を抱きしめたその位置からハクジャに近づこうとせず、霧子を行かせまいとするように服に指をかけている。
仕事仲間が行方不明になった報を受けて、初見の人間に敏感になってる反応か。
あるいは、「敵」である可能性を念頭に入れて、仲間を守る姿勢を取る構えなのか。
「なんだか積もる話もありそうね。外で長話するのもあれだし……。
私もご一緒していいなら、このあたりのオススメのお店に案内したいけど───どうかしら?」
指令は敵性勢力の殺害ではなく見極めだ。
3人の少女がマスターであるか否か。サーヴァントなる超常の存在はまだ姿を見せていない。
判別の為、あえて込み入った話を促すよう手を打つ。
自分に疑いをかけてるなら、何らかの反応を見せるはず。
もし敵と見做され乱暴な手段に打って出るならそれもよし。
ハクジャからの連絡が途絶えれば、皮下は霧子とその関連者をマスターだると断定するだろう。
偽物の命。真のマスターにとって惜しくはない。自分は役目を果たせればそれでいい。
「霧子ちゃんがアイドルのことあんまり楽しそうに話してたから、もう少し聞いてみたくなっちゃって。
ひょっとしたらこれを機会に、私もアイドルになれちゃったりして……?」
「や、すいませんー。プライベートなお話は事務所を通さないといけないのでー」
「あら、そう。残念ね……」
アイドルらしい、誘いを断る定型句。
あくまでNPCらしい、聖杯戦争に関わらない人の立場を逸しない。
「けどまぁ、ハクジャさんぐらい大人のアイドルも、まあまあ見ますからねー。意外といけるんじゃないですかー?」
「ふふっ、冗談に付き合ってくれてありがとう。でもそれ以上はちょっと本気で恥ずかしいからお手柔らかにね?」
それでいて、こちらへの興味は無きにしもあらず。
田中摩美々という少女は中々に頭の回転が早いらしい。交渉の立ち回り方を心得ている。
裏社会にひしめくスパイ宜しく、見た目によらずやり手なのか。
傍らにいるかもしれないサーヴァントが、余程の知恵者なのか。
「あー……でも確かに外で話すのも暑いですねー。
お茶はともかく、どっか場所を変えたいって気持ちには賛成ですー」
どちらにしても、摩美々はハクジャと接点を捨てはしなかった。交渉の余地ありと見た。
本当にただの世間話で終わった可能性は、ここまで来たら考えない。
田中摩美々が聖杯戦争と関わる人物の可能性は高い。
関わるどころか、ソレそのものの確率も。
この時点でひとつの成果は持ち帰れる。後はここから更に女王を収集できるか。
霧子も同行者が増えたことだし、ここで一時別れる口実も作れるが……。
「あ……あのね、摩美々ちゃん……。
わたし、もう少し行くところがあるから……」
───と。
2人の会話を傍観していた少女が、控えめにもはっきりと自分の気持ちを告げた。
「え……?」
「ええ……?」
摩美々は困惑の表情。
どうして、なんで、予想だにしなかったという、本物の感情が隠しきれていない。
「霧子ちゃん? 私に気を遣わなくってもいいのよ? せっかく友達と会えたんだしゆっくりしても……」
「いえ……そういうのじゃなくて……」
助け舟を出してみても、霧子の考えは変わらない。
考えてみれば、霧子が外出を求めたのも最初から行く宛があったからこそに思える。
摩美々との邂逅は、あくまで本人にとっては偶然もたらされた福音なのだろう。
「霧子、どこか行きたいところあるのー?」
「うん……。行きたいっていうか、見たい場所が、あって……」
「じゃあ私も……」
そこまで言いさした摩美々を、霧子は慈しみを秘めた瞳が見つめた。
「わたし……摩美々ちゃんに会えて、とっても嬉しかったよ……。
咲耶さんの心を……ちゃんと……聞いてくれてて……」
「ん……」
さっきの落涙の対面を思い返したのか。
気恥ずかしさを紛らわすように、自身の結わえた両房の髪を下から撫で上げた。
「にちかちゃんも……元気でいて……よかったよって……伝えたくて……」
「………………?」
にちかは対照的に、不思議な違和感に因われたように眉を歪めた。
「咲耶さんを…………見つけたいの」
時が停まり、世界が凍った。
そう感じたのは一瞬で、陽炎が見せた錯覚。
けれどそう感じたのは、作り物のハクジャの心臓が、霧子の声を聞いて鼓動を強めたから。
「摩美々ちゃんも……にちかちゃんも……わたしはちゃんとみんなのことを憶えていて……。
でも……もういない人を憶えていられるのも、わたしたちしかいないから……。」
朗々と謳う仕草。
目を瞑り手を重ねる姿は、祈りに似ていた。
「咲耶さんが残してくれたもの……アンティーカの中にあるだけじゃない、この街に置いていってくれたものがあるなら……。
わたしはそれを……見つけてあげたくて……摩美々ちゃんやみんなに……伝えてあげたいから……」
いや、実際にそれは歌っているのだろう。誰かから受け取ったバトン、拾い集めたいのち。
この全ては遍く失われる。
命も世界も真実も、止めるすべは神すら持たない。
できるのはただ、忘れないこと。
確かにあったものを、残るものに伝えていくこと。
「みんな……ここにいるよ、って……」
巡る血液。
心臓の鼓動。
辿る記憶。
あの日、自分を培う全てがまがい物と知らされたモノが、色彩を持つ。
血潮の暑さが、太陽の日差しが、陰に潜んでいた蛇に光を灯す。
眩さと明るさ、その下に立つ白銀の巫女。
ハクジャは暫し、目を離せなかった。
霧子が目を開ける。
真夏の白昼夢の雰囲気は立ち消え、普段の街の一角に戻る。
告白を受けた摩美々は無言で霧子に手を伸ばす。
害意の無い両の指は霧子を包み込むように広がり。
「えい」
もち、と。
頬の端と端を軽く優しくつまんだ。
「ま、まみみひゃん……!?」
「咲耶も霧子もさー、いつからそんなに悪い子になったのー?
私のお株を取らないでよねー? キャラ被りはアイドル生命に関わるんだからさー」
なすがままされるもちもち霧子。
わたわたと手を上下させるが、本気で抵抗してるそぶりでなく、行き場のない驚きが反射的に動いてるだけのようだ。
指の挙動に痛めつける意図はなく、マッサージですらある労り方で頬を揉みほぐす。
「行っといで。霧子がいいって言うなら、それでいいと思う」
充分に堪能したもち肌を解放して、そんな風に摩美々は言った。
心配と誇らしさが共存した、ひとり旅に出る妹を送り届ける姉のような顔をして。
「大丈夫……危ないところに行ったりしないよ」
「……ん」
「それに……『5人揃ったアンティーカは……最強たい……!』だから……」
「……ふふー。それ、似てないよー?」
「え……!? そ、そうかな……?」
「うん違う。恋鐘のはもっとく、ば〜りばりば〜いーー、てさー」
「……! ふふ……! ふふふふ……!」
マスターでないNPCの彼女には、どれだけ役割から外れたらマスターといえるのか判別がつかない。
自身がマスターの影響下で通常から異なる行動を取ってるため、こうすればマスターなのだという確証が持てない。
サーヴァントの存在。
令呪の有無。
明確な証拠は掴めたわけではなく、不可思議な現象に遭ってもいない。
3人が要警戒対象なのは変わりない。
マスターでなくてもその接触を果たした可能性は高くなるばかりなら尚更のこと。
このままボロを出さずとも、霧子が帰路につくまで監視の目は怠らない。
仮にNPCである裏付けが取れても、戦いの可能性を排除できただけ。損するものではない。
それでも。
ハクジャは思うのだ。
自覚させられた心は、彼女たちがマスターであればいいと、薄情にも思う。
手柄や功績に喜ぶのでもなく。
そうであれば、あの鬼の概念が形になった英霊に潰されなければならないというのに。
清く正しい彼女たちに、酷く辛い最期を与えてしまうことになるのに。
笑い合う2人を眺める目を細める。
今目にしてる、瞳も、眩きも。
胸の早鐘を打ったあの言葉も。
誰かの仮り物の、淡い贋作でしかないとしたら。
それは何て、昏い現実なのだろう。
◆
「……というわけで。以上、見習い探偵マミミーヌの事件簿でしたー。ご清聴、ありがとうございまぁす」
ハクジャを連れ添って霧子と別れてから。
摩美々とにちかは、アサシン達からの返信が帰ってくるまで待機していた。
こちらで起きた出来事の対策をどうするか、あちらの計画の成否がどうなったか。
聞きたいことが積みに積まれて吐き出したくてしようがなかった。
けれど彼らは現在任務中だ。二人よりずっと危険で、命の保証がない作戦を遂行してる。
終了するまで念話に出れる余裕はないと、アサシンからは予め言われてる。
召喚されてから東西奔走し、どんな時も冷製な判断力で正解を導いてきたアサシンが。
どうしても緊急な場合は、比較的余裕の残るアーチャーに念話を送るよう。
生死が差し迫った最悪の状況になれば、令呪を使って呼び寄せるようにと。
かつてない『非常策』の念押しをしてくるアサシンに、摩美々は苦い申し訳なさを覚えた。
それだけの覚悟をする死地に、二人は各々のサーヴァントを行かせてしまったのだ。
聖杯戦争の為にではない、関わりのない283プロの仲間を救うように。
これでもし二人に何かあったら合わせる顔がない。
マスターとサーヴァントの間には『繋がり』があり、どちらかが危険な状態に陥ったら一方がそれを感知するようになってるらしい。
摩美々のも、にちかの令呪にもそれらしい兆候は見られない。
ひとまず今は安心していいということだが……その先はまだ安心できないということでもある。
アサシンとの念話の回線はオフにされ、さりとて安否の確認だけでアーチャーに呼び声をかけるのも気が引ける。
ハクジャとの接触も、終わった後も、正直言えば気が気じゃなかった。
霧子と会うだけで済んだはずが謎の同行者がいてその対処に追われ。
先ににちかと役割分担を決めといて、本当によかったと。
会話は摩美々が担い、にちかにはまだ繋げる余地があるアーチャーとの念話の通信役を任せる。
腹話術じみた二重会話を練習なしでこなせる要領のないにちかは喋るのは最低限に。
霧子が連れてきた相手なのであれば、同じユニットの摩美々が前に出て、新人アイドルのにちかが尻込みするのも道理だ。
どこまで騙し通せたかは不明瞭だが、ひとまず危害を加えられることなくハクジャと別れることができた。
……霧子が自発的に離れたのは、本当に予想外だったが。
『はい、確かに報告は聞き届けました。
そして、まずはお疲れさまでした。問題は山積みですが、今はお互いの無事を素直に喜びましょう』
そして、時計の針は回り。
炎天下に晒されては只でさえすり減る精神が加速度的に摩耗するという理由で、冷房の効いた喫茶店に駆け込み。
気を揉んで待ち続けた摩美々にアサシンからの回線が復活したのが、数十分前のことである。
「ありがとうございまぁす。
これもアサシンさんの計画通り、ですねー」
『ははは、我ながら突貫作業で、後で見たら墓に埋めたくなるほどお恥ずかしいものですけどね。
間違っても兄弟には見せられません』
モリアーティのしたためた、企てた犯罪を必ず成功させる第一宝具。
霧子との対面前、摩美々はアサシンから今回のケースに対応した『計画書』を遠隔で受け取っていた。
電話越しの、即興と予測を織り交ぜた不確定の情報だらけの、本人も認める杜撰な出来だが。
一定の指向を持たせることはできる。
何が起きた時、何を選び取るべきか。
手段を剪定し、即興ならではの順応性で乗り切らせた。
「それに私の宝具は運命の干渉やその人の強化を付与するでもない、実行者の能力に依存するもの。
口頭で聞いただけで概要を理解し実行してのけたマスターこそ、今回の一番の功労者です」
「それは……どうもー。
すごくメンドーだったけど、霧子のためですからねー」
この交渉で霧子も含めた3人の命が懸かってるとなれば、嫌でも覚えざるを得なかった。
自他の命。ライブやパフォーマンスとは次元の違うプレッシャー。
頼れるのは、自己PRも億劫になるぐらいの口八町と、脳に叩き込んだ『計画書』だけ。
アサシン不在の間も、授けた宝具は摩美々の精神の均衡を際どいところで支えて賦活させる、安定剤の役目を担っていた。
「というわけで、今日の摩美々は充電切れですー。
甘いもの食べて補給しなきゃですから、次のお仕事は少し待ってくださいねー」
『勿論。状況は刻一刻と変化します。取れる時間に休息を取っておくのも大事な仕事です』
アイスとフルーツが高く積まれたパフェを掬って、一口また一口。糖分が脳に沁みる。
「なんでそんなドデカカロリー取ってそのスタイルなんですかね……」と恨みがましい小声が聞こえたところで、
「……っぶはぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
反対側の席で、机に突っ伏したまま特大の息を吐き出すにちか。
偶には羽目を外したい女子高生といえど褒められた態度ではないが、今回ばかりは大目に見てもらうべきだろう。
「よかっったあああああああ〜〜〜〜、お姉ちゃんが無事で……!」
安堵でどっと溢れた疲労と一緒に溢れた雫。
見えない重圧と奮闘していたのは摩美々だけではなかった。
『ええ。七草はづきさん他、全所属アイドル、及び天井努社長、共に全員の無事が確保されました。
それに今後他の陣営に目をつけられる可能性も減少したでしょう。部屋の中は少々荒らされてしまいましたがね』
「だってー。
……よかったねー」
「はい……! ありがとうございます……って、アサシンさんに伝えてください。
あっアーチャーにはもう言ってますよ! ていうか直接言わせてくださいいまめっちゃ寂しいんですから!」
テンションがおかしくなってわちゃわちゃとするのを見て笑う摩美々だが、心境でいえばにちかと同じものだ。
ワガママを許されたことがこれほど嬉しかった経験はそうもない。
摩美々の帰りたい世界の形は守られた。
サーヴァントとの戦いに巻き込まれたりすることも、もうあって欲しくないと切に願う。
万能の願望器だと大口を叩くなら、それぐらいは軽く叶えてもらってもいいだろう。
『ああ、失礼。そちらに戻ってもらうのはアーチャーだけです。
私はまだもう少し事務所に留まらなくてはいけないので』
「……まだ仕事があるんですかぁ?」
『すみません。ですがご安心を。これは本当に先程よりずっと危険が少なくて、けれど優先しておくべき事項ですので』
摩美々は察した。
ここまで立て続けに起きていれば、どんなに見て見ぬ振りをしても逸らせない。
「まだ……いたんですね。283(ウチ)にマスターが」
アサシンは述べず、ただ消去法的に残った事実のみを伝えることで答えとした。
『都外住まいのアイドル達には一時帰宅の通知。
都内のアイドルには地方にユニットでの活動で離れてもらうか、どうしてもあぶれる方には休業の通知を。
女子寮で住む方は白瀬咲耶さん以外にマスターでないのは裏が取れてます。
そしてマスターのように界聖杯に調整されて都内在住に設定されてるアイドルは他になし。
よって残るマスターの可能性があるアイドルは、今日都内で仕事をしている一人に絞られます』
櫻木真乃。
イルミネーションスターズの一人。
天真爛漫で、自信なさげで、ちょっとだけ誰かに似ている子。
『真乃さんがマスターであるのなら、スケジュールからいって近く283プロに訪れる。
我々が合流するのは、彼女に現状を説明してからです』
「まぁ……真乃なら、そうするかもねー」
特別深い交流があるわけでもないが、ペットを育ててる同士で会話が弾む機会がそこそこにあったのを思い出す。
マスターなら
プロデューサーから家にいるよう指示があっても、変に思い詰めて外に出ちゃいそうだ。
真っ先に行きそうな事務所にアサシンが待ち構えているなら、擦れ違いで283の窮状を伝えられないこともない。
「あれ……それだと、霧子と別れちゃったのって、やっぱマズかったですかねー」
『いえ、そうでもありません。
失踪したメンバーと同じユニットが一緒に行動していれば、マスコミや衆目が集まるのも時間の問題です。
というより、今は同盟者が一堂に集まる状況でありません』
「え、そうなのー?」
仲間を集めれば皆を守りやすくなる。てっきりそのつもりでアサシンは動いてるものと思ったが。
『それは戦力が充溢してからの話ですね。
守勢に心許ない現状で人員だけ増やしてフットワークが落ちるのは孤立するよりも避けたい事態です。
より攻撃力に優れる陣営に手を組まれ、集中砲火に晒される危険がありますので。
加えて……マスターの全員が顔見知り以上の関係である場合、チームワークは高いがその分攻勢を打ちづらくなる。
非礼を承知で述べますが、荒事に向かない人ばかりが集まるのは、非常時にヒステリーを起こす遠因になるんです』
「ああ、それは分かりますよー」
要は、馴れ合ってしまうというわけだ。
大事な仲間だから傷ついて欲しくない。危ない目にあって欲しくない。
摩美々もそう思ってる。それを全員が持っていれば消極的な戦法しか取れなくなる。
自陣が単騎では弱小であるといって、徒党を組むにもやっぱりリスクが付き纏うのだ。
戦場に身を置く兵士ではないアイドルに、失う覚悟を前提にした思考を常備させるのには無理がある。
精神を擦り減らし、疑心暗鬼と集団心理で仲間割れしてしまう
ホラー映画やパニックものでよく見るパターンだ。
『連絡は密に取り合わなければですが、全員が集まるのは定期的に、タイミングを見計らってが望ましい。
ご理解いただけましたか?』
「了解ですー。にちかにもそう言っておきますねー」
にちかにも『もう一人のにちかに会う』という目的がある。
これもまた聖杯戦争と関わりないかもしれないが、個人の問題として果たさなくてはいけない。
ちなみに当のにちかは、メニューとにらめっこしながらパフェの欄に指を上下左右に動かしてる。
『霧子さんに付いているハクジャという女性の素性にも、大方見当がつきました。今すぐ危険が及ぶことはないと思われます。
この件が終わればコンタクトを取ってみてもいいでしょう。姿を見せなかったサーヴァントについても検証の余地があります』
「もう調べたんですかー。本当に何でも知ってますねー」
『まさか。そこまで僕の網は万能ではありません。
皮下病院についても、院内の死亡者表記と実際の死者にずれがある程度までしか分かっていませんので』
「ってガッツリ調べてるやないかーい」
『ははははは。ところで、霧子さんは向かう先があると言ってましたが、マスターは聞いていないのですか?』
「聞いてませんよー。……でも、たぶん私が思ってるので合ってると思いますー」
『なんと。そこまで読めているとは。伝聞だけの私には想像もつきませんが……』
少しだけ、心から驚いてるような声色のアサシンに、ひっそりと胸の内で勝ち誇る。
「まぁそうですよー。
アンティーカの、田中摩美々ですからねー」
モリアーティに触れ難い聖域があるように、摩美々にも代え難い領域がある。
如何にアサシンの能力を信頼していても、この話ばかりは先に譲ってはあげられないのだ。
「はあー……駄目だ、選べない。
でもさすがアンティーカの
幽谷霧子だなぁ……準決でポシャった方の私にも、あんなに優しくしてくれて。
まぁそっちのでもないんですけどねー残念ながら」
◆
───そして、全てを見てきた鬼に視点は移る。
「それで……どこに行きたいの? 遠いようならタクシーでも拾わなきゃだけど」
「はい……海に……行きたくて……」
「海?」
「海岸でも……砂浜でも……海が見える場所ならいいんですけど……」
射陽を避け生の肉体を解いて霧子の背後に立つ幽鬼。
皮下が送ってきた監視役にも、連絡を受けて集合した2人の娘にもその存在を気づかれず。
黒死牟は霊体化してなお磨かれた感覚で、事の成り行きを観察していた。
顔を合わせるなり涙を浮かべて抱擁する娘。
あれは恐らく、マスターであろう。
しかも二人共。武を磨いた気配を漂わせぬ素人のそれ。
それがどちらも主である娘と知己であったとは、少なからぬ意外ではある。
(だが……側に英霊はつれておらぬ……)
ここまで近ければ霊体のままでも存在を近くできるはず。
それが全く反応しないのであれば、サーヴァントはマスターを置いて単独で行動している。
もしくはアサシンが備える能力で、感知できる気配を完全に遮断しているか。
(ならば……問題はなし……影に潜むだけの間諜なぞ……恐るるに足らず……)
サーヴァントはそれ自体が強烈な神秘の具現であり、巨大な力の塊。
小者であれ喰らえるとなれば、供給に不安が残る身には多少の足しになろうが……そうまで瀕してもいない。
武士は食わねど、ともいう。飢えた野良犬の真似をして腐肉を食い漁る卑賤に落ちぶれる気はない。
(まっとうな英霊であっても……同じ事……弱卒を斬り捨て……戦わず消滅させても……意味はない……)
陽光が大敵といっても、上弦の耐久度をもってすれば日陰に逃げ込むだけの時間程度なら消滅を免れる。
その気になれば刹那に実体化し、娘二人の首を刈り取るのも可能だった。
だがそんな勝利を得ても、剣鬼たる黒死牟の満足いく勝利には届かない。
血湧き肉躍る、生死を賭けての死合こそが侍の本懐。
醜い化物に堕しても、剣持つ者の意義は見失わない。
今はいい。見逃してやろう。
だが気配は覚えた。夜になれば探索も容易になる。
その時こそ正当な立ち会い、互いの術技を競い自らを高められる。
徐々に徐々に、黒死牟は戦いに引き寄せられている。
長安寧と退屈な日々でも刃が錆付きはしなかった。
漸く、長く待ち焦がれた瞬間に透明の心臓が昂揚する。逸る戦意を抑える。
「海は……アンティーカにとって……大事な思い出だから……」
能天気にも、敵の間者に身内話を漏らす娘。
自分の周囲が敵で埋め尽くされてるのに気づいていないのか。
マスターの情報を黒死牟が伝えず隠し立てしてるのは、ひとえに霧子を警戒してのことだ。
仲睦まじき娘達。それがマスターと知ったのならどうするか。
あの様子では同じく聖杯の争奪に関心がない、巻き込まれた民草なのだろう。
戦いを望まず目的を同じくするなら、鬼狩りのように結託し抵抗するのは自明の理。
同盟はいい。孤剣での極点を目指すといえど数の利そのものを否定はしない。
しかしそれが戦いの否定、聖杯を望まないが為の団結であれば到底受け入れられるものではない。
故に情報は伏せてある。
戦いを終わらせるには全ての敵を殺し尽くす他にない。そうでなくてはならない。
只でさえ夢見がちな娘が、蒙昧な希望にしがみつかないように。
明かすのはそう、全てを終えてからだ。
敵手の首を落とし、逃げ惑う不出来な主を勝ち取った当然の報酬として糧とする。
信頼する仲間が敵だと知り、無惨に転がり躯を晒す姿を見せつける。
ここまですれば、自分の無力さを思い知り、もう二度と無意味な妄想に耽る事もなくなるだろう。
肉の内側に掻き傷を残すような、不快な感情を与える言葉を吐き出す事もない。
そして友を斬った己を憎み、澄ました顔に憎悪を張り付け醜く歪ませ、しかし何もできぬ自分自身を呪い───
(……警戒? 何を用心するというのだ……あのような小娘に……)
そこで、己が酷く馬鹿馬鹿しい想像をしていたのに気づき、急速に醒めていく。
何をしたところで、あれに何もできはしまい。
壊す事も、変化をもたらす事も、利益も不利益も黒死牟に与えない。
箸にも棒にもかからない凡愚。故にこそ日中の自由を許している。意味が無いのだから。
(セイバーさん……?)
丁度意識を割いていた相手に呼びかけられた事で、臓物が一瞬跳ねる。
ハクジャなる間諜は、この時代の賃金を支払って乗る車を停めようと道路の脇に出ている。
迂闊な声を出さず、顔に出さぬ限りは悟られまい。
(…………何だ………)
(い、いえ……なんだかいつもより、チリチリした感じがしたから……)
(……何も……問題はない……そのような瑣末事で……話しかけるな……)
そう言い捨てて、これ以上の思惑の追求を止めた。
日はまだ高い。どの道今は待つしかないのだ。仕掛けてくるのなら話は別だが。
久方ぶりの実戦の予感に欣喜する余り判断力にブレを生んでいる。自制せねば。
夜になれば確かな戦場が待っているのだ。その時に備えて、精神を統一させてればいい。
見えたのがあの娘ならば……いいや、考えるな。ただ斬ればいい。
やがてハクジャがタクシーを捕まえて、霧子も後部座席に乗り込む。
目的地は海。白瀬咲耶が、アンティーカが愛した記憶が眠る生命の母。
(でも……摩美々ちゃんだけじゃなくて……にちかちゃんと会えてよかった……。
ここの283プロだと……少しヘンになってたから……)
鞘を抜き放つ刻は時計の針と共に進み、迫りつつある。
乱れを正し、透明の境地に埋没した黒死牟に、外の雑音が届くことはない。
(ちゃんとSHHisは……W.I.N.G.に優勝して……プロデューサーさんも一緒に……頑張ってたのに……)
───その、運命の扉を回す鍵となる言葉にも、耳を貸すことはなく。
退廃の都市を走る車は、潮騒の香りが漂う方へと向かっていった。
【渋谷区・渋谷駅周辺の喫茶店/一日目・午後】
【田中摩美々@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、咲耶を失った深い悲しみ、咲耶を殺した相手に対する怒り
[装備]:なし
[道具]:白瀬咲耶の遺言(コピー)
[所持金]:現代の東京を散策しても不自由しない程度(拠出金:田中家の財力)
[思考・状況]基本方針:私のイタズラを受け入れてくれるみんながいる世界に帰りたい。
1:霧子、プロデューサーさんと改めて話がしたい。
2:アサシンさんに無事でいてほしい。
3:咲耶を殺した奴を絶対に許さない。
4:真乃も……かー。
[備考]プロデューサー@アイドルマスターシャイニーカラーズ と同じ世界から参戦しています
【
七草にちか(弓)@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、満腹、苛立ち(小)?
[令呪]:残り三画(顔の下半分)
[装備]:不織布マスク
[道具]:予備のマスク
[所持金]:数万円(生活保護を受給)
[思考・状況]基本方針:生き残る。界聖杯はいらない。
1:WING準決勝までを闘った"七草にちか"に会いに行く。あれは、どうして、そんなにも。
2:お姉ちゃん……よかったあ〜〜〜。
3:"七草にちか"に会いに行くのは落ち着いてから。
[備考]
※
七草にちか(騎)のWING準決勝敗退時のオーディションの録画放送を見ました。
【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り三画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人の思いと、まだ生きている人の願いに向き合いながら、生き残る。
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※皮下の部下であるハクジャと共に行動しています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。
【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:健康、苛立ち(大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
1:夜が更けるまでは待機。その間は娘に自由にさせればいい。
2:皮下医院、及び皮下をサーヴァントの拠点ないしマスター候補と推測。田中摩美々、七草にちか(弓)はほぼ確信。
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘………………………………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。
時系列順
投下順
最終更新:2023年02月20日 23:42