【#神戸あさひを絶対に許すな!】

 SNSに広がっていた一文に目を疑います。
 私・櫻木真乃田中摩美々ちゃんとの連絡を終わった後、パートナーの星奈ひかるちゃんと一緒に街を歩いていました。
 息抜きを兼ねて、ウインドウショッピングやファーストフードも楽しんでいます。ここまで、大変なことがたくさんありましたからね。
 そして、静かな公園のベンチで一休みをしながら、スマホを覗いてみると……SNSでは神戸あさひくんの悪口がたくさん書かれていました。

「な、なんですか……これ……!? 真乃さん……こんなの、嘘ですよね……!?」

 隣ではひかるちゃんも震えています。
 私だって信じられません。【不審者情報】や【注意喚起】、更には【非行少年】や【危険人物】など……あさひくんを悪く言う呟きがたくさん流れています。
 巷を騒がせている失踪事件の犯人というコメントすらありました。ツイスタだけじゃなく、動画サイトでもあさひくんの悪口が拡散されていて、留まる気配を見せません。
 加えて、監視カメラに撮られていたあさひくんの外見も広まっていました。まるで魔女狩りのように、あさひくんに対する誹謗中傷が撒き散らされています。

「あさひさんが、こんなことをするはずがありませんよっ!」
「お、落ち着いてひかるちゃん! 私だって、とても信じられないよ……! あさひくんが、悪いことをしたなんて……!」

 インターネットで飛び交っている無数の悪口に、私たちは息ができなくなりそうです。
 私とひかるちゃんはあさひくんのことをあまり知りません。あさひくんたちがひかるちゃんに助けられてから、成り行きで同行しただけの関係です。
 でも、あさひくんは心優しい人ですよ。だって、敵である私のことを励ましてくれました。
 あさひくんは聖杯を求めて戦っていますが、それだってちゃんと理由があります。私利私欲じゃなく、星野アイさんみたいに譲れないものを持っていますから。
 だから、悪事を働くとは思えませんし、一方的に責められることが我慢できません。

「……ど、どうしよう……このままじゃ、あさひくんが……!」

 私はあさひくんを助けに行きたいです。
 でも、ここで私が動いても状況は変わりません。それどころか、283プロにも迷惑がかかりますし、摩美々ちゃんとアサシンさんたちにも飛び火します。
 けれど、あさひくんを見捨てるなんて絶対に嫌です。私に温かい言葉を投げてくれた彼が、一方的に傷付くことは見逃せません。

『真乃さん、あさひさんを助けましょう』

 周りに人はいませんが、ひかるちゃんは念話で聞いてくれました。
 やっぱり、彼女ならお見通しですし、気持ちも一緒です。ひかるちゃんだって、あさひくんを助けに行きたいでしょう。

『真乃さん、あさひさんを助けに行きたいんですよね? なら、早く行きましょう! 場所も近そうですし!』
『……ひかるちゃん。でも、ここまで炎上してるんだよ? それで、私たちが首を突っ込んだりしたら……火に油を注ぐだけだよ……』
『それは、わたしもわかります。今は聖杯戦争の最中ですし、何よりも真乃さんは明日のライブが控えていますから……慎重に行動しないといけません。でも、ここで真乃さんがあさひさんを助けなかったら、絶対に後悔すると思うんです!』
『……ひかるちゃん……』

 ひかるちゃんの眼差しはまっすぐでした。
 私は自分の立場を考えて行動する義務があります。私の行動は、私一人の責任じゃ済みませんから。
 でも、ひかるちゃんが言うように、自分の気持ちに嘘をつくこともイヤです。

『……私もあさひくんを助けたいよ。このまま、あさひくんを見捨てたりしたら、一生後悔することになる』
『そうですよね! わたしは真乃さんのパートナーですから、お手伝いをしますよ!』
『でも、どうするつもり? このままあさひくんの所に向かっても、私たちも危険な目に遭うだけ……そんなの、アサシンさんたちは望まないよ?』
『そこはわたしに考えがあります!』

 ひかるちゃんが指差す先にはお洋服屋さんと雑貨屋さんが並んでいました。

「真乃さん……これから家のお手伝いをたくさんしますから、わたしのお願い事を聞いてください!」
「????????」

 念話じゃなく、今度は生の声です。
 ひかるちゃんは思いっきり頭を下げましたが、この時の私は意図がわかっていませんでした。




『なぁ、あさひ……これを見ろよ』

 世田谷区から渋谷区に着いた頃、俺の脳裏にデッドプールの念話が響く。
 デッドプールに言われるまま、スマホの画面を目にした瞬間……俺は声をあげてしまった。

 ーー警察も、神戸あさひを捜索を始めました。
 ーー犯人の神戸あさひはどこにいる!?
 ーー見つけ次第、神戸あさひを捕まえろ!

 俺の名前や写真と共に、身に覚えのないことがネットの海に拡散されていた。
 反社会グループの一員だの、薬物中毒者だの、連続失踪事件の犯人だの……挙げればキリがない。
 もちろん、巷を騒がせている連中とは無関係だが、こうなった以上は誰も俺の話を聞かないだろう。

「ねえ、あそこにいる子……神戸あさひじゃない?」
「確かに……なんか、似ているね」

 そんな声が聞こえてくる。
 振り返ると、道行く人たちが俺のことを怪訝そうに見つめていた。
 俺をゴミのように見つめている誰かがいれば、ヒソヒソと陰口を言っているだろう誰かがいる。
 刃物のように鋭い話し声と視線に、俺は固まって動けなくなりそうだった。

『チッ……どいつもこいつも好き勝手に言いやがって!』

 デッドプールの念話が俺を現実に引き戻した。
 その声色だけで、デッドプールは本気で怒っていることがわかる。霊体化をしながら、震えているはずだ。
 もちろん、俺だってやり場のない憤りが胸の中に広がるけど……反射的にその場から逃げることを選んだ。

『おい、あさひ! どこに行く気だよ!?』
『考えてない! でも、こんな所でジッとしている訳にはいかないだろ!』
『……わかったよ。けど、さっきみたいなドッキリは無理だからな! こんな時に銃をぶっ放したら、逆効果だぜ!』

 グラスチルドレンたちの時以上に状況が悪くなっている。
 俺に対する誹謗中傷がインターネットに広がった以上、デッドプールに発砲をさせては火に油を注ぐに等しい。
 道行く誰もが俺のことを睨んでいるような気がして、一刻も早くこの場から離れたかった。

『あさひ! ネットでしか粋がれない連中の言葉なんか耳にするな! デマに流されるフールどもは無視しろ!』

 デッドプールに言われなくともそうするつもりだ。
 だけど、俺の足は思うように動かない。炎天下の中、厚着をしているせいで……思うように走れなかった。
 それに加えて、ネットで書き込まれていた俺に対する無数の悪口。
 みんなから睨まれているかもしれない……そんな恐怖で、俺は転びそうだった。
 ただ、人通りの少ない道を走り、曲がった。
 すると、誰かにぶつかってしまう!

「いてっ!?」
「す、すみませんっ!」
「気を付けろよ! って、こいつ……神戸あさひじゃね?」
「えっ?」

 ぶつかってしまった男は、明らかにガラが悪かった。
 いかにも不良と呼べるような男女が、数人ほど集まっている。
 こいつらは、俺の顔を見た瞬間……薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。
 元の世界にいた頃、俺のことを笑った不良と似ている気がする。

「おいおい、こんな所に不良少年がいるのかよ?」
「マジで? SNSや動画サイトで有名人になってるじゃん!」
「薬物をやってるとか、マジかよ!」
「どんな親に育てられたんだよ!? こんな汚い格好で、バットを持っていやがるしさ!」
「まさか、そのバットで人を殺したの!? こわーい!」

 違う。
 俺じゃない。
 そんなこと俺は知らない。
 いくら俺が否定しても、誰も話を聞いてくれない。
 みんなが俺のことを犯人と決めつけて、救いの手を伸ばしてなんかくれない。
 俺や母さんに暴力を振るったあいつと、俺たちを助けてくれなかった汚い大人たちと同じだ。
 こいつらみんな、俺をゴミと決めつけて捨てようとしているんだ。

「ーーーーおい、いい加減にしろよ」

 そこに割り込む冷たい声。
 いつの間にか霊体化を解いたデッドプールが、俺を責めてくる男の首を持ち上げていた。
 当然、狭い道に集まった奴らは驚く。

「ぐ、えっ……! な、なんだ……お前、は……!?」
「たまたま通りかかった不審者さ? なぁ、俺ちゃんも鬼ごっこに混ぜてくれよ……ターゲットはあんたらだけどな」
「何を言っているのよ!? こいつは、神戸あさひは連続失踪の犯人なのよ!?」
「ハッ、こんなガキンチョにそんなイカれたことできるかっての? テメーらまとめて、眼科に行くか、義務教育を受けなおすことをおすすめするぜ」

 デッドプールの目つきは怒りで染まっている。
 俺を追い詰めた奴ら以上に凄まじく、思わず息を飲んでしまう。その凄味に周りの奴らは「ひっ」と悲鳴をこぼした。

「……待てよ! まさか、てめえも仲間なのか!?」
「だったら、ここでアタシたちが二人仲良くぶちのめしてやるよ!」
「そーだそーだ! ちょうどヒマしてたしな!」
「テメーら仲良く、ぶちのめしてやるぜ!」

 しかし、連中は一歩も譲らない。
 その頑なさにデッドプールはため息を吐くと……その手でつかんでいた男を離す。
 デッドプールは両手をポキポキと鳴らし始めた。

「どうやら、言ってもわからないみてーだな。ここは、ボンクラどもに俺ちゃんのパンチをプレゼントしてやるか……」
「ちょっと待ったああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 突如、空から叫び声が響いてきた。
 その声に、俺とデッドプールはもちろん、狭い道に集まった奴らも空を見上げてしまう。
 建物の屋上で、誰かが腕を組みながら立っていた。

「とおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

 掛け声と共に、誰かはジャンプをする。
 空中で数回転しながら、俺たちの間に割り込むように着地した。

「な、何だお前は!?」

 俺を追っていた男は驚いている。
 当然、俺もビックリした。何故なら……黄色いロングヘアのカツラとウサギのカチューシャを身に付けた女の子が現れたからだ。長袖のワンピースは派手なピンク色に染まり、その手は白くて綺麗だ。
 顔は見えない。後ろを向いているからではなく、お面を付けていた。アニメの世界から飛び出したように可憐なヒロインのお面だ。
 その異様な格好に、俺は唖然とした。

「ふっふっふ、わたしが何者かって? 聞いて驚きなさい!」

 一方で、謎の女の子は胸を張りながら叫ぶ。
 あれ? この声、どこかで聞いたような……

「わたしは、人気アニメ『フラッシュ☆プリンセス』に登場するプリンセスの妹分!」
「い、妹分!?」
「そう! わたしは『フラッシュ☆プリンセス』のプリストロベリーの第14代目・妹分にして、『スター☆ライトプリンセス』のプリオヨヨンの相棒兼プリセイレーンの後輩! プリミホッシーとは、このわたしのことだよ!」

 狭い道の中で、謎の女の子……プリミホッシー? はポーズを決めていた。
 絶対に、お面の下ではどや顔をしているはず。

「「……………………」」

 俺とデッドプールは何も言えなかった。
 当然、この場は微妙な空気になってしまい。

「ぷ、プリミホッシー?」
「何だよ!? また、変質者かよ?」

 困惑の末、流れが変わってしまった。
 襲ってきた奴らの視線はプリミホッシー? さんに集まっている。
 ……プリミホッシー? さんのハキハキとした声って、やっぱり聞き覚えがあった。

『…………なあ、あさひ。もしかしなくても…………あれ、アーチャーの嬢チャンじゃね? ほら、あのブーツとかさ……』

 答え合わせのようにデッドプールの念話が届く。
 ……そうだ! 櫻木真乃さんのサーヴァントになったアーチャーの声だ。
 髪型と服装は全然違ったけど、絶対にアーチャーだよな!? 彼女の足元をよく見ると、靴に見覚えがあるし。

「では、改めて……プリミホッシー参上!」

 一方で、プリミホッシー? を自称するアーチャーはまたしてもポーズを取る。
 まるで俺たちを悪意から守ってくれるように。俺よりも小さい背中の向こうには、櫻木さんの輝く笑顔が見えそうだった。

「あなたたち、この二人はわたしに任せて! でも、写真や動画はNGだよ?」

 あいつらの味方にも聞こえる言葉が、プリミホッシー? ことアーチャーの口から出てくる。
 でも、彼女の真意は違う。グラスチルドレンたちから俺たちを守ってくれたし、何よりも櫻木さんのサーヴァントであるアーチャーだ。
 SNSで俺たちの危機を知ったからこそ、ここまで飛んできたはず。
 どうして、わざわざ変装をしているのかはわからないけど……

「さぁ、二人とも観念なさい!」

 襲ってきた奴らに背を向ける形で、アーチャーは俺たちの前に立った。

「おうおうおう、プリミホッシーとやら? アメリカバイソン100匹を2秒で仕留められる俺ちゃんとやる気かぁ!? ヤドクガエルだって敵じゃねえんだぜ?」

 プリミホッシー? に乗っかるように、デッドプールはファイティングポーズを取る。
 もちろん、二人の間に敵意は全く感じない。ここに集まった連中をごまかすための芝居だ。

「おおー!? ケンカかー!」
「やれやれー! やっちまえー!」

 プリミホッシー? とデッドプールの対峙を前に、不良たちは煽っている。
 既に、あいつらの意識は俺に向けられていなかった。

『ほう? あいつら……プリミホッシーを信じて、スマホを出してねえでやるの』
『本当だ! でも、アーチャーはどうするつもりなんだ……?』
『さあな。ここは救いのヒロインに任せて、目をつぶろうぜ……覚悟を決めてな』

 デッドプールの念話通りに俺は目を閉じる。
 何をするかわからないけど、今はアーチャーに任せるしかない。

「さぁ、かかってこいよプリミホッシー!」
「そのつもりだよ! 行くよ……プリンセス! ミホッシーパーンチッ!」

 挑発するデッドプールと、それに答えるプリミホッシー? ……じゃなくて、アーチャー。
 バコン! と……アスファルトが割れる音と、アーチャーの叫びが重なる。
 まぶたの裏が光に照らされた直後、俺の体は誰かに持ち上げられた。
 いきなり、エレベーターに乗せられたように、宙を浮いていく。
 でも、恐怖はない。俺を抱きかかえる感触は強くて、とても優しいからだ。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 それでも俺の口からは声が出てしまう。 
 吹き付ける風が全身に突き刺さっては、どうしても耐えられない。
 ぎゅっと目をとじたまま、突風に身をまかせることしかできなかった。

「ごめんなさい! もう少しだけ、我慢してくださいね!」

 俺の不安に気付いたようにアーチャーは叫ぶ。
 次の瞬間、地面に着地する感触が、アーチャーの両腕から伝わってきた。俺の体に襲いかかるはずの衝撃は、ほとんど感じない。
 ゆっくりと目を開けると、見てしまった。
 俺の体は抱きかかえられていて、ひざと背中が少女の腕に支えられている。
 顔を上げると、お面をかぶったアーチャーとデッドプールが見えた。
 二人の表情はわからないけど、笑顔で俺を見守ってくれていることは確かだ。

「よっ、あさひ! お姫さまになった感想はどうだい?」

 デッドプールは相変わらずの軽口だ。
 その瞬間、俺の全身が一気に沸騰する。女の子に抱っこされている状況が、あまりにも恥ずかしかったからだ。
 俺はすぐに降りようとするけど、アーチャーにがっちり支えられてはビクともしない。

「なっ……は、離してくれよっ! 俺ならもう大丈夫だって!」
「全然大丈夫じゃありませんよ! 下にはまだ、あさひさんを追いかけている人がたくさんいますから!」
「そうそう! ここは素直にお姫さま抱っこされようぜ? 今のあさひはメリー・ジェーンやグウェン・ステイシーみたいな名ヒロインだからな!」
「誰だよ!?」

 思わずツッコんだ。
 そして気付く。俺たちが立っているのは、どこかのビルの屋上であることに。
 ここなら流石に人の気配はなく、監視カメラも設置されていない。
 アーチャーの脚力なら、このくらいのジャンプも問題ないのか?

「それにしても、プリミホッシーのジャンプ力は半端ねえな……ひょっとして、知り合いにスーパーガールやワンダーウーマンとかいたりする?」
「ん? P.P.アブラハム監督の映画に、そういう名前のヒロインはいましたっけ?」
「……ごめん。やっぱ、何でもない」

 二人の会話がわからない。
 映画を見たことない俺にはついていけなかった。
 楽しそうに語っているアーチャーとデッドプールが羨ましくて、遠い存在に見える。

「そうだ。あさひにはマジックの種明かしをしてやるけどよ……このプリミホッシーは目くらましをした後、大ジャンプをしたんだぜ? その後、俺ちゃんは霊体化してついていったけどな!」
「……まさか、あのパンチはあいつらから逃げるためだったのか?」

 その通りです! と、アーチャーは頷く。
 彼女の技は星のように輝いていたけど、攻撃じゃなく逃走のために使ったのだ。誰のことも傷付けないために。
 幸いにも、さっきまでいた場所には監視カメラは設置されていない。スマホを持っていなかったあいつらからすれば、いきなり消えたようにしか見えないはずだ。

「あと、真乃チャンからも連絡が来て、俺ちゃんたちの場所だって聞かれたぜ? 彼女と連絡し合ったから、プリミホッシーもやってきたのさ」
「はい! 真乃さんとアヴェンジャーさんのおかげで、あさひさんを見つけられました!」

 やっぱり、櫻木さんのおかげだったのか。
 確かに、デッドプールと櫻木さんは連絡先を交換したから、念話と合わせれば俺をすぐに見つけられる。

「それじゃあ、プリミホッシー……あさひのこと、頼むぜ? 俺ちゃんはまたしばらく霊体化するからよ」
「わかりました! 口の中をかまないよう、あさひさんは気を付けてくださいね?」
「は?」

 二人が何を言っているのか俺にはよくわからない。
 デッドプールが消えた直後、アーチャーは俺を抱えながら、勢いよく一直線にダッシュする。その先に見える屋上のフェンスで、ようやく気付いた。

「お、おい……アーチャー! まさか、ここを……!」
「喋らないでください! わたしが全力でジャンプして、安全な場所まで逃げますので!」
「待ってくれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 アーチャーの足が速すぎるせいで、俺はうまく話せない。
 彼女の脚力はデッドプールも認めるほどだけど、こうして実感する羽目になっては、さっきまでの恥ずかしさも吹き飛ぶ。
 電車などの乗り物をはるかに上まわるスピードで、俺の体を抱えるアーチャーは、簡単にフェンスを跳びこえた。

「あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 俺の口から悲鳴がこぼれるのは二回目になる。
 屋上から先、アーチャーは空高くにジャンプしたので、俺はここから真っ逆さまに落下すると思ってしまい、全身がガチガチになった。
 早送りみたいに、俺が見ている周りの景色や建物が通りすぎる。
 目を疑うヒマもなく、俺を抱えたアーチャーは、一瞬で隣のビルの屋上に着地した。
 アーチャーはその細い足で、数メートルもの距離を跳んだのだった。

「まだまだ、ジャンプしますからね!」

 アーチャーは止まることなどせず、ダッシュとジャンプを繰り返す。
 サーヴァントの力なら不可能じゃないが、体感している俺ですらも今が現実なのかわからなくなりそうだ。
 そもそも、この聖杯戦争自体が信じられない出来事の連続だが、やっぱり頭が混乱する。
 ただ、俺はアーチャーの肩をしっかりとつかんで、振り落とされないように耐えるしかなかった。

『ヘイ、あさひ! 超特急のジェットコースターはどうだい?』
デッドプール! お前、こうなることがわかってたのかよ!?』
『ブッブー! 俺ちゃんはエスパーじゃないから、知らなかったぞ? 俺ちゃんはマラソンをしているけど、いざとなったら受け止めてやるから、安心してアーチャーちゃんに抱っこされてようぜ!』
『ふざけるなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 デッドプールへの念話すらまともに送れない。
 アーチャーが俺を落とさないように頑張っていることは知ってるけど、高い所を跳ばれては怖い。
 絶対に、デッドプールは霊体化をしながら笑ってる。
 俺とアーチャーの必死な顔を、愉快そうに見ているはずだ。
 デッドプールに怒鳴りたかったけど、アーチャーにしがみつくだけで精一杯だった。




 何度、アーチャーは跳んだのかわからない。
 どこまで行くのかわからなかったから、俺はアーチャーに必死で捕まっていた。
 地上に着地しても、俺は呆然としたまま、必死に呼吸するしかない。

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最終更新:2021年10月08日 21:04