石田は苛立ちを通り越して、出来の悪い冗談に呆れたような心境だった。
なぜ会う人間がそろって、こうも自分に偉そうに命令してくるのか?
しかも今度は、自分の半分位しか生きていないような奴だ。
しかし油断はならない。
たとえ路上の喧嘩のような物がほとんどでも、数え切れないほど戦いを経験してきた石田には
強者を見分ける眼力が備わっていた。
武器は持っていないようだが、スバルの構えは何らかの格闘技を習得したもののそれ。
何より、それなりの修羅場を潜ってきた者の気配を発している。
「よゥく、聞こえなかったんだケド……もう一度言ってみろヨ?」
石田は悠然とした態度で、スバルにゆっくりと近づいて行く。
あくまで油断している風を装って。
スバルを子供だと侮っている風な、嘲りの笑みを浮かべて。
スバルとの距離が6mほどまで縮まった。
もう1m詰めれば、ベレッタを当てられる距離。
素人には難しくとも、石田なら確実に命中させられる。
スバルが何もできない内に、銃弾を打ち込んで殺す。
距離が5mほどまで縮まった。
石田は右手の持っていたベレッタを、肩の高さまで持ち上げた。
「ウオォォォォォッ!!」
刹那。スバルが雄たけびを上げ踏み込んできた。
人の物とは思えぬ、凄まじい速さ。
石田が驚愕に目を見開いている内に、5mの距離が即座に詰まる。
それでも正面から来たなら、スバルはベレッタの射線上。
急激に大きくなる的に銃弾を放つべく、石田は引き金へ掛かった指に力を込める。
その手が大きく外へ弾かれ、ベレッタの銃弾は虚空へ消えていった。
スバルが左手で、石田の右手を払い退けていた。
そしてスバルの残った右拳が、石田の首へ目掛け振り放たれる。
石田の、いや人間の能力では絶対に反応しきれない速度のスバルの拳は
しかし石田に届く前に五指を開き、急激に減速した。
石田は上体を捻って、紙一重にそれを避ける。
掴みかかるはずの相手を失い、身体の泳いだスバルの肩口へ
石田は左手に持っていた八房の剣で、斬りかかった。
間合いが近すぎるため、身体を折り畳んで無理やりに刃筋を立てる。重心の乗らない、腕力だけの斬撃。
それでも、八房の剣の切れ味ならば充分。
スバルの身体が紙細工のごとくに、刀身が切り込んで行く。
その切り口からは、機械の部品が表れた。
スバルは瞬時に膝の力を抜いて身体を落とし、斬撃から逃れる。
そしてそのまま地面を転がり、石田との間合いを開いて立ち上がった。
「……ナ、ナンナンだテメーは? ロボットかヨ…………」
石田はここに来て初めて、スバルへの畏怖を覚える。
常軌を逸した運動能力。傷口から見える機械部品。
それらは正に、スバルが人ならざる存在であることを示していた。
しかし今問題にすべきは、スバルが如何な存在かではなく、それにどう立ち向かうかである。
スバルは単純に身体能力が高いと言うだけではなく、それを十全に扱いきる技量を持つ。
まともに戦っていたら、今頃とっくに殺されていたはずだ。
では何故自分は生きている? 何故あの時スバルの右手は減速した?
おそらく、勝機はそこにある。
スバルは自分の肩の傷を抑えながら歯噛みしていた。
強靭な戦闘機人の肉体を容易く切り裂く、凄まじい切れ味。
もしこれが首だったらと考えると、ゾッとする。
肩の傷は傷は浅いが、人間と同じように出血も痛みもある。
それにどうしてか、切られた所から魔力を奪われたような実感がある。
だが、今はそれ以上に自分の失敗が痛い。
銃撃をされるまでに一気に間合いを詰め、拳銃を持ち手ごと外にはじく。
ここまでは良かった。
しかし右手で掴みかかろうとした途端、自分の動きが精彩を失くしたのがはっきり分かった。
そもそも最初は身の付いたシューティングアーツの動きに無意識に従って、拳で殴ろうとしたのを
無理やり掴みかかる動きに変えたのだ。
当然、木に竹を繋ぐが如く不自然になる。
そう。スバルの持つ格闘技術は、その名の通りシューティング(打撃)アーツ(技術)。
ローラーブーツの存在を前提に、ヒットアンドアゥエイを旨とする技。
敵を殺そうがお構いなしに倒せばいいというなら、簡単に成せるだろう。
しかし陸士訓練校でも機動六課でも実戦の場でも、敵を粉砕する戦法は学べど
敵を捕らえて無力化する術など、1度たりとも学んだ事は無い。
それでも並の人間が相手ならば、とっくに掴まえられている筈だった。
だが、1度の太刀打ちで分かった。
石田の戦闘における勘の良さは、尋常ではない。おそらく対人戦闘の経験は、スバルを遥かに上回る相手。
魔法さえ使えば、なんとでもなるが
デバイスなしでは使える魔法は限られる上、先天魔法のウイングロード以外を使おうとすれば
長ったらしい詠唱が必要で、その分神経も削られる。
石田はそんな隙を見せられるほど、甘い相手ではない。
戦場で傷つけずに、敵を制圧する。言葉にすれば簡単だ。
しかし魔法も使えないただの民間人相手にさえ、それを実践することはこれほどに困難だったのか。
――こんなことを、殺し合いの中でずっと続けていくつもり?
声がする。己の浅薄を指摘する、自分自身の声が。
おそらく、たとえ捕らえることに成功したとしても石田を改心させるのは難しいだろう。
しかもそれは石田1人の問題ではない。殺し合い全体でやっていかなくてはならない。
ならばいっそ殺して、後顧の憂いを絶つべきじゃないのか?
それが殺し合いを生き抜くための、妥当で現実的な手段ではないか?
――自分1人の力で、全ての人を救うなんて出来るわけないよ。
甘い理想だったのか?
所詮自分の力では、子供じみた理想を通すなんて不可能なのか?
――自分だけじゃない、誰にもできっこないよ。
――みんな、戦場では現実をみてそれに妥協してる。
そう、ここは命を賭けた戦場。
そんな戦場で甘い理想貫き通すなんてことが出来る人間なんて――――居た。
スバルは知っている、
どんな困難にも挫けず
どんな苦境も乗り切った。
不屈のエースオブエースを。
あの日の憧れを。
構える手に、大地を踏みしめる脚に、力がこもる。
瞳にはもう、迷いの色はない。
石田が突如、藪の中に飛び込んだ。
スバルはそれを目で追うも、全身が藪の中に消え姿を捉えられない。
周囲は深い藪に囲まれている。
石田は上手くそれに身を隠しているつもりらしい。
だがそれでも、スバルが石田の行方を見失う事はない。
戦闘機人は卓越した五感を持つ。
その聴覚は藪の中を移動する石田の歩行音を、その視覚は不自然な藪のざわめきを的確に捉えていた。
そこから突然の発砲音。
身構えるも、スバルに銃撃のダメージはない。
どこからかうめき声が聞こえてきた。
そちらを窺えば、腕を押さえているパーマーの姿があった。
しまった、と歯噛みする。戦闘に専心して、要救助者を忘れるなんて。
慌ててパーマーに駆け寄ろうと、スバルは身を翻す。
その背後の藪から、何かが飛び出してきた。
しかし反応できる。
スバルは再度身を翻し、自分の背に勢いよく回転しながら飛来してきた木枝を受け止める。
その向こうに、石田の獰猛な笑みが見えた。
次の瞬間ベレッタの銃弾が、動きの止まったスバルの顔面に撃ちこまれた。
視界を火花が埋め尽くし、暗転。
スバルは視界も思考も手放した。
石田はスバルの言動から、自分を捕縛するために動いていると推測した。
つまりスバルは、あくまで他者の生命の保護を目的に動いていると言う訳だ。随分、殊勝な心がけである。
そんな者なら、パーマーが危機に陥れば放っておかないだろう。
そこに付け入る隙を作る可能性を考えられる。
しかし自分より動きの速いスバルを相手に、人質に取ろうとしても容易ではない。
ならば人質ではなく、囮として使えば良い。
パーマーに撃ちこんだ銃弾は、藪の暗がりの中から狙った所為もあって腕を掠めただけに終わった。
それでも囮の役割は充分に果たし、スバルの意識をそちらに向かわせるのに成功する。
だがそれだけではスバルの隙は作れない。
そこで2つ目の囮。そこらで拾った木切れを、スバルの背後へ向け投げつける。
スバルの身体能力なら、反応できる。しかしそれだからこそ、隙も出来る。
後は一瞬動きの止まったスバルを銃撃。
自分でも出来すぎだと思えるほど、石田の計算通りにことは運んだ。
強いて計算違いの部分を上げれば、スバルがまだ生きていることか。
スバルは周囲への警戒もままならない様子で、両手で顔を被い伏せて
しかし両の脚で立っていた。
石田はそれに呆れの混じった視線を送る。
人間ではないと分かっていたが、まさか顔面を銃で撃たれて生きているとは。
一体どうやったら死ぬんだ?
「…………上等だ、くたばるまで切り刻ンでやるヨ!」
石田は剣を振り上げ、スバルの頭上へ振り下ろした。
その剣が、スバルの頭を切り裂く前に止まる。
剣の柄の部分を、スバルに受け止められていたからだ。
「……捕まえた」
スバルは意識を取り戻していた。
今度は自分が罠に掛かった。
石田はそう気付いた瞬間、もう片方の手に握っていたベレッタをスバルの耳に当てる。
しかし引き金を引く前、スバルに腰のベルトを掴まれ
両手で高々と、スバルの頭上に持ち上げられた。
そして更なる高みにまで、力任せに放り投げられる。
石田は空中で放物線を描き、やがて木の枝に引っかかる。
そこから重力に従い、木の幹と平行に落下。
途中何度も木の葉に受け止められそうになるも、石田の体重を受け止められるはずもなく
結局、石田は大地に叩き付けられた。
「…………やりすぎたかな?」
スバルは地面に落ちた石田を眺めごちる。
なるべく石田を傷付けずに、こちらの能力を見せつけあの場を収めるため
最も有効な手段と思って、木に向かって投げ飛ばしたのだが
木と柔らかい地面がクッションになったとは言え、下手に怪我をしていないか今になって心配になる。
まあ、さすがに後遺症になる怪我や死亡という事態は無いだろう。多分。
自分の状態については、それほど心配は要らないようだ。
顔の表皮は若干殺がれて内部の金属が見えているが、他に不都合な部分は見とれない。
それより早急に確認すべきは、銃撃されたパーマーの方だ。
スバルは、急いでパーマーに駆け寄った。
「大丈夫ですか!? えーっと……」
「ああ、大丈夫だ。さっきの銃撃は腕の所を掠めただけだ。……私はアメリカ合衆国大統領、デイビッド・パーマー。
君が救援に来てくれたことに、心から感謝する」
パーマーは全身に負傷を負っているも、意識はしっかりしているようで
スバルはひとまず安心する。
「いえ、あたしは当たり前のことをしただけです。…………!」
「……どうしたのかね、スバル君」
スバルは突如険しい表情を見せ、パーマーに背を向ける。
そのスバルの様子の変化に気付き、パーマーは訝しげに問う。
「パーマーさんは、じっとしていて下さい」
立ち上がるスバル。
その視線の先から、剣を杖代わりにして石田がゆっくりと歩み寄ってきた。
息を荒げ身体を重そうにしている石田の様子は、とても演技とは思えない。
しかしその目だけは、覇気に満ちた光を放っている。
構えるスバルに、石田はベレッタを伸ばす。
その拍子に立ちくらみを起こし、石田は尻餅をついた。
それでも、視点が定まらないに関わらずベレッタの銃口はスバルに向けたままである。
何とも呆れた闘争心だ。味方になればさぞ心強いとさえ思えるほどだ。
だがもはや勝負は決した。
今の石田にスバルが勝利するのは容易いだろう。
スバルは石田に近づき、手を伸ばして勧告した。
「……武器を渡して下さい」
「……ア?」
力付くで武器を奪うのは簡単だ。
石田を倒すことも。
だがそれでは、石田の意思を変えることにはならない。
石田自身の意思で武器を降ろさせる。
そうすべく、スバルは石田に迫る。
「へッ……こいつが欲しいってンなら、1億くれー払ってもらおーかナ」
「……あ、貴方のことはあたしが守ります!」
「…………ハア?」
「貴方は武器を持たなくても、あたしが必ず殺し合いから貴方を守ってみせます!
だから、その武器はあたしに渡して下さい」
石田は不審に思う、と言うより意味が分からないといった表情でスバルを見詰める。
「ナンで、オメーは敵を守らなきゃいけねーンだヨ?」
「……それがこの殺し合いで、あたしがなすべき使命だと思うから…………」
呆れているような石田の表情に、徐々に張り詰めていく。
スバルが本気だと伝わったのだろう。
「さっきまで、自分を殺そうとした相手でもか?」
「そんなことは、関係ありません」
「どうして関係ねーんだヨ?」
「貴方だって、こんなひどい殺し合いに巻き込まれた被害者じゃないですか。
だから放っておく訳にはいきません。お願いします、武器を渡して下さい」
さすがの石田も表情が重い。
その視線がスバルの後ろに流れ、驚愕に見開かれた。
同時にスバルの左肩から胸までを引き裂く、腕が伸びていた。
血と火花と細かい機械部品が飛び散る。
それを冷静に確認してから、痛みが襲ってくる。
しかしそれより何より、何時の間にか自分の背後から腕で貫いてきた存在を見た衝撃が勝った。
獅子の鬣の如く逆立った赤髪。異様に発達した筋肉を黒衣で覆った巨漢。
顔の筋肉まで発達を極めており、形容のしようもない形相を現している。
威圧感と言うのも生温い威圧。
鬼気と言うのも生温い気。
何故こんな途轍もない存在に気付かなかったのか。
そこに絶対の捕食者が居た。
パーマーは幾度も国家の存亡に立ち向かってきた。
あるいは自分の命も顧みないテロリストに、あるいは核兵器を恫喝の道具とする敵対国家に
そして如何な危機に対しても、恐れを乗り越え果敢に立ち向かっていった。
だが今のパーマーは、人生で最大の恐怖に襲われている。
どんな国家の危機よりも、今目の前に居る男の存在に恐怖していた。
極道の世界で幾多の修羅場を潜り抜けてきた石田は、相手が危険な存在であるか嗅ぎ分ける能力も発達していた。
だが、今この場ではそんなもの何の意味も持たないだろう。
あの男の纏う異常な空気は
あの男の放つ危険な気配は
喧嘩をしたことの無い子供でも分かるはずだ。
そして石田は他の2人より、ダメージが少なかったため
ほとんど反射的に、その場から逃走を図ることができた。
「この――――」
男は傲然とスバルを見下ろし、髪を掴み上げる。
先程まで存在しなかったはずの男が、今やこの場の空気を完全に支配していた。
その男は、元いた世界においても支配者であった者。
如何なる兵器、如何なる権力よりも強大であった者。
男は『地上最強の生物』。範馬勇次郎である。
「――――腑抜けがッッッ!!!!」
頭髪を捻り上げられながら、自分の身体がまだ動くことを確認したスバルは
戦慄きを抑え、勇次郎への抵抗を試みる。
肘を勇次郎の鳩尾に叩き込む。
まるで巨大な金属の塊のような手ごたえ。勇次郎に聞いた様子はない。
勇次郎の爪先を踵で踏む。力の限り、加減など一切なく。
スバルの踵に激痛が走る。勇次郎は全く意に介さない。
「敵に降伏を哀願するとは、なんという軟弱ッッッ!!!」
それは勇次郎によって執行される断罪。
スバルの意思も論理も思想も思考も尊厳も、一切省みぬ
世界の如何なる権威よりも、巨大な自我による
世界の如何なる権力よりも、強靭な意志による
真に絶対的な断罪。
「消えうせいッッ!!!!」
頭髪を掴んだ手で、スバルを振り回し放り投げた。
頭皮から千切れ機械部分が剥き出しになったスバルは、地面と平行に飛び
木に叩きつけられ、地面に崩れ落ちた。
パーマーは地面を這いながら、勇次郎から逃げていく。
命の恩人のスバルを放って行くのは気が引ける、パーマーが残った所でどうしょうもない。
腕の力で地面を這うパーマー。
その目前に勇次郎が立っていた。
パーマーは混乱する。自分は勇次郎と反対方向へ逃げていたのに何故?
「どうした? こいつはバトルロワイアルだぜ」
勇次郎がパーマーの襟首を掴み上げた。
捕食者の餌になるとはこんな気分かと、パーマーは思った。
もはや恐怖すらない絶望。
「戦いもせず、逃げようなどと……」
「……パーマーさんを離しなさい」
その絶望に立ち向かう、少女の声が聞こえた。
スバルは胴体部のメインフレームと電子部品がやられていた。生命維持に関わる部分だ。
早急に治療をしないと、命がないと自覚できる。
でも、どうせこんな所で治療なんて受けられっこない。
ならば命の限りに使命のため、人を守るために立ち上がる。
敵は強い。こちらのダメージは甚大。
石田の時のように、なるべく負傷をさせないなどと言っている余裕はない。
全力で当たる。
「まだ、もがいておったか…………」
勇次郎はパーマーを放り捨て、スバルに歩み寄る。
2mほどまで引き付けたところで、魔力スフィアを形成。
魔力を込めた拳を、大地に打つ。
魔力光の帯、ウイングロードは勇次郎の膝の部分まで瞬時に伸びる。
ウイングロードを知らなければ、反応できない間合い。
そう踏んでいたスバルが顔を上げた時には、勇次郎の姿はない。
スバルが勇次郎から目をきったのは、ウイングロードを作り出すほんの一瞬のはず。
その一瞬で、勇次郎は全身ごと消えていた。
「妙な真似ができるな。だが、今のは奇襲のつもりか? かわいいものだな、ガキのトリックなんてよォ」
真横から勇次郎の声が聞こえる。
姿を確認するより先に殴りかかった。
それを潜り抜け、勇次郎の蹴りがスバルの両脚をフレームごと圧し折った。
スバルは人形のように、地面に仰向けに倒れ伏す。
その背中に勇次郎の踵が落ちた。
スバルの身体は、ほとんど直角に曲がる。
体中の機械が悲鳴をあげ、全身を痛みが爆発した。
奇襲を仕掛けようとしたら、その一瞬の隙を逆に付かれ
戦闘機人の強靭なフレームが、まるで玩具の如くに容易に破壊される。
魔法も使わないのに、こんな圧倒的な存在がこの世に居たとは。
この相手は次元が違いすぎる。
自分の力ではどうしょうもない。
全身の激痛も次第に薄れていく。
そして意識も薄くなって――
(ごめんなさい…………あたし、なのはさんみたいになれませんでした…………)
◇ ◇ ◇
暖かい。
ここはどこだろう?
周りを見渡せば、炎に囲まれている。
なのに全身を包み込む温もりは、とても優しくて。気持ちよくて。
でも、何か大切なことを忘れている気がする――――
「良かった、間に合った……助けに来たよ」
誰かあたしを抱きしめている人が居る。
そうか、この人が抱きしめていてくれたからこんなに暖かいんだ。
「なのはさん……」
あたしがその人の名前を呼ぶと、なのはさんはあの時と同じ優しい微笑みを返してくれた。
そうか、あたしこの人の所に帰ってこれたんだ。
あの日のみたいになのはさんの温もりに包まれて、あたしはなんて幸せなんだろう。
「もう大丈夫だからね。…………安全な場所まで、一直線だから!」
あの日の空をまた見れるんだ。
本当に良かった。
でも、やっぱりまだ何か大切なことを忘れている気がする――――
「そうだよ。良く頑張ったね、偉いよ」
そう、このままなのはさんの温もりに包まれていれば
もうあたしは痛い思いも辛い思いもしなくていいんだ。
でも――――あたし以外の人は?
パーマーさんは?
殺し合いにまだ残されている人は?
やっと、大切なことを思い出した。
あたしはなのはさんの腕から、ゆっくりと離れていく。
「…………スバル」
「ごめんなさい、なのはさん。…………あたし行かないと」
このまま、あの日の安寧に身を委ねればどれほど幸せだろう。
でも、あたしはもうあの日の子供じゃない。
あの日の子供のままは嫌だって、ずっと思ってきたから。
ここで逃げたら、あの日の憧れを嘘にしてしまうから――――
「そう、行っちゃうんだね……」
なのはさんは少し寂しそうに、それでも優しい笑みを返してくれた。
大丈夫。あたしはずっとなのはさんに鍛えられてきたんですよ?
だから心配しないで。
あたしは、今ならもう一人でちゃんと立てますから――――
◇ ◇ ◇
パーマーは、そして勇次郎ですらスバルを驚愕の目で見つめていた。
当然だろう。何しろスバル自身ですら、立ち上がれたことに驚いているくらいだ。
もうメインのフレームは原型を留めていない。
圧し折れた両脚は、やっとバランスを保っていると言った所だ。
「フフ……そういうものだ」
勇次郎は不敵な笑みで、スバルに向き直る。
「己の命脈が尽きても、力の残る限りは敵に向かっていく。戦いとはそういうものだ」
スバルはパーマーを見詰める。
パーマーはそれを受け、やがて意を決したように片足を引きずりながら走り去っていった。
心残りがなくなり安心したスバルは、金色に輝く瞳で勇次郎を見据えた。
満身創痍。デバイスはない。もう魔法を使える状態でもない。
しかしスバルには、残された最後の武器があった。
戦闘機人が持つ固有能力『Inherent Skill』
スバル固有のISは『振動破砕』
目標の物体に振動波を送り、共振現象を発生させることによって対象を破砕する攻撃。
内部から攻撃するこの技は、対象の耐久力に関係なく破壊できる。
つまり対人においては、文字通り必殺の技となる。
人を殺す。
管理局員にとっては本来、絶対の禁忌。
しかしもはやスバルには、この手段しか残されていない。
そして勇次郎はあまりに危険すぎる。
絶対に放置しておくわけには行かない。
まるで倒れるように、ゆっくりと勇次郎に歩み寄る。
騙まし討ちをする為もあるが、そもそももうそんな風にしか動けないのだ。
ゆっくりとゆっくりと、まるで一欠けらの力も残っていないかの如く。
「…………喰うぜ!」
勇次郎は獣の如く爪を立てた、右手を高々と振り上げ
そしてそのままの形で振り下ろした。
その刹那。
スバルは残った力を、命を爆発させた。
(IS発動……)
緩慢にしか動かないはずの脚が地を蹴り
テンプレートの光が浮かび上がり
(振動破砕!!!!)
正に渾身の力を込めた右拳を繰り出した。
右拳から衝撃波が放たれる。
それは一瞬で勇次郎の服を粉にし
肉を破砕し
骨を砕き
そして勇次郎の全身を微塵と化し――殺した。
達成感と罪悪感がない交ぜになった気持ちのまま
全てを出し切ったスバルは、地面に崩れていった。
「……大丈夫、スバル?」
「…………なのはさん?」
あれ?
なんで、あたしまたこの温もりの中に居るんだろ?
なのはさんの腕の中に。
「……あの…………なんで、なのはさんがここに?」
「…………本当に、良く頑張ったね。偉いよスバル」
なのはさんは何時もの優しい笑顔。
でも、涙を目に溜めていて。
だから、あたしは理解した。
…………ああ、終わったんだって。
「……なのはさん…………」
「…………どうしたの?」
「あたし…………やっぱり、なのはさんみたいに上手くやれませんでした……」
「それはそうだよ。だってスバルはスバルだもん」
「そ、そうじゃなくて! …………あたしは、結局人を殺してしまって…………」
どうしても、そのことが心残りだ。
なのはさんならきっと、もっと上手くやっていたはずだ。
このことをなのはさんは、どう思っているんだろう。
「…………そうね、でもたくさんのスバルは人を救ったんだよね」
それでもなのはさんは、あの時と同じ笑顔のままだ。
「スバルは最後までがんばったんだから、そんな自分を責めちゃ駄目。
でないとスバル自身が、かわいそうだよ」
あたしは何時の間にか泣いていた。
子供みたいに声を上げて。
自分は本当はこうして泣きたかったんだって、今やっと気付いた。
ずっと辛いのを我慢していたんだって。
きっと、なのはさんはあたしが無理をしていたことも何もかもお見通しだったんだ。
やっぱりあたしはこの人には敵わないな……
「おやすみスバル、ゆっくり休むんだよ」
そうか、あたしはここに戻ってきて良かったんだ。
なのはさんの所に。
泣きつかれたあたしは、なのはさんの腕の中で眠りについていく。
この幸せが永遠に続けば良いと思った……
◇ ◇ ◇
勇次郎は靴の付いた脳漿の汚れを、当の脳漿の主である足下のスバルの死体で拭いていた。
スバルは頭を地面に叩き付けられ、内臓物をそこらに撒き散らして死んでいる。
スバルが振動破砕で攻撃して来た瞬間
勇次郎は自分の衣服が受けた被害から、振動破砕の攻撃の特質を瞬時に見抜き
空中に飛び上がって回避し、そのまま旋回して踵落としをスバルの頭に叩き込んで殺した。
一流の武人のカウンターから、更にカウンターを取れる
獣ですら遥かに及ばない『鬼の反射神経』のなせた業。
ふとスバルの死体を見やると、口元に笑みを浮かべている。
死に際に自分に都合の良い、甘い夢想でも見たのか?
しかし死人のことなど、勇次郎の興味の外。
勇次郎が求めるものは闘争。
殺し合いなど関係ない。
何時如何なる場面でも、勇次郎が求めるのはそれのみである。
スバルは奇妙な術を使い、機械でできた身体を持っていた。
この殺し合いの中には、まだそれに類する強者がいるやも知れぬ。
それに思い馳せるだけで、勇次郎の気は沸き立つ。
デイパックを奪い、残されたスバルの死体に目もくれず勇次郎は出発する。
更なる闘争と殺傷を求めて。
地上最強の生物が今、殺し合いに地に降り立つ。
◇ ◇ ◇
パーマーは痛む脚を半ば引きずるように、森の中を走りつづけた。
決して振り返るような真似はしない。一歩でも勇次郎から遠ざかる。
ここで死んだりしたら、それこそスバルの行為が無駄になる。
それだけは絶対に避けなければならない。
これ以上の悲劇を繰り返さないためにも、絶対にこの殺し合いは打破してみせる。
スバルの命を賭した行為に報いるためにも。
だからこそ全身が痛みに悲鳴を上げながらも、パーマーは死から遠ざかるために走っていた。
「奇遇じゃねーか。こんなに早く会えるとは嬉しーぜ」
ゾッとして、声のほうに振り向く。
「オメー、さっきは随分俺を舐めてくれたナ。ヤクザに喧嘩売っといてただで済むと、まさか思ってねーよナ?」
石田は狂気に満ちた笑みで、剣を肩に担いでいた。
逃げる。必死に。力の出る限りに。
しかし受けたダメージも消耗も、石田よりパーマーのほうが上。
石田はすぐに、パーマーに追いついた。
「ま、アメリカ人のアンタにゃ意味ねーかも知れねーが? 一応、念仏は唱えてやるヨ……」
八房の剣が、自分の首を通り抜けて奔った。
それがパーマーの最後の知覚。
地面を転がるパーマーの首を足で止めて、石田は両手を合わせた。
「南無阿弥陀仏」
とうとう殺った。
理由はどうあれ、大義名分もなくカタギの人間を殺した。
石田はパーマーのデイパックを奪うと急いでその場から離れる。
もう引き返せない。
いや、石田にもはや引き返すつもりもない。
勇次郎のような怪物がいる以上、自分の身を守る強力な武器か仲間が要る。
しかしここは殺し合い。何時寝首を掻かれるか分からない状況で仲間など作れない。
ならば、できる限り殺して回って武器を奪い、あるいはご褒美で手に入れるべきだ。
自信はある。
まともに戦えばスバルや勇次郎のような怪物には及ばないかも知れないが
何でもありの生存競争なら話は別だ。
何故なら石田は、正にその専門家なのだから。
新宿と言う修羅場で、既に生存競争を潜り抜けてきたのだから。
「ヘッ、上等だ。やってやろうじゃねーか。何しろ俺は……ヤクザだからヨ」
【スバル・ナカジマ@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】
【デイビッド・パーマー@24 -TWENTY FOUR-シリーズ 死亡】
【B-6/森/一日目-深夜】
【範馬勇次郎@バキシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[持物]:支給品一式×2、
[方針/目的]
基本:闘争を楽しむ
1:他の参加者を捜す。
[備考]
※範馬刃牙原作第116話終了後からの参戦です
【B-6/森/一日目-深夜】
【石田一成@代紋TAKE2】
[状態]:疲労(中)
[装備]:八房の剣@GS美神 極楽大作戦!!、ベレッタM92FS@現実
[持物]:支給品一式×2、不明支給品×0~2
[方針/目的]
基本:殺し合いに優勝する。
1:阿久津丈二を捜し出して殺す。
[備考]
※原作ACT.26終了後からの参戦です
| 範馬勇次郎 |
|
| 石田一成 |
|
| スバル・ナカジマ |
|
| デイビッド・パーマー |
|
最終更新:2010年02月19日 09:11