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 夜も暮れた八時過ぎ、俺は盆を持ちつつ、再びルーミアの部屋に入った。
 片手しか使えないので、外開き式のドアを開けるのは少し苦労した。
 気をつけないと盆をひっくり返してしまう。それぐらい簡単にやってのけるのが俺だ。
 ルーミアは、ベッドの上に先ほどと寸分変わらぬ姿で座っていた。
 彼女は俺の姿を確認すると、心底驚いた表情を見せた。まさか俺が飯を運んでくるなんて思わなかったのだろうか。
「ん、料理は得意じゃないが、一応食べれるものになってる筈だ。食わなくても良いが、餓死しかけたら意地でも食わせるからな」
 少女を捕らえる檻とも言えるこの個室は、ベッド以外には一組の椅子と机しかない。まさかベッドの上で食事させる訳には行かないので、小さな木製机の上に盆の上の料理を並べた。
 屋敷には俺の家のより明らかに古い型の冷蔵庫があり、僅かばかりの肉類と野菜があったので、適当に炒め物を作った。驚くことにソースすら無かったので、醤油、砂糖、塩で適当に味は調えたのだが、正直味は微妙だった。
 どうやら、この世界の文明のレベルは俺の世界より一昔も二昔も行くものらしい。なんと冷蔵庫は電気では無く、切り出し氷や井戸水を使うというものだったのだから、そのレベルがわかるというものだ。
 お世辞にも広いと言えない部屋に、何とも言えない醤油の臭いが広がる。一応相手は(見た目だけであったとしても)幼女と言う事で、甘味も添えてある。
 とは言っても、ただの苺に砂糖を混ぜた牛乳、擬似練乳を掛けただけのものなのだが。
 いや、この代物を紛い物であっても練乳と呼ぶのは練乳工場の人が怒り出しそうだ。ただの苺ミルク、と訂正させてもらおう。
 さて、料理観察は終え、肝心のルーミアへと視線を戻そう。
 すると、相当空腹だったのか、机の上の料理と俺の顔を交互に見、一瞬思案する様に俯いた後、ベッドから立ち上がり、机の所にやって来た。
 その目は多少、憂いを秘めている…と言うか、妙に恍惚としていた。
 俗に恍惚とした表情、というか目を「レイプ目」などと表現するが、彼女のそれはそんな俗なものではなく感じた。
 そう、ある意味野性味があり、高貴ささえも垣間見える。
 とまあ、彼女への遠慮を失くして言ってしまえば、それはただの空腹な幼女のする目だった。
 先ほどの調教の後の彼女も、弱々しさがあったが、今はそれ以上。
 不思議な魅力を感じる弱々しさだった。
 ともかく、彼女は椅子にちょこんと座ると、箸を器用に持ち、食事に手を付けようとした。
 そこで俺は半ば反射的に、彼女に残酷な一言を放った。
「ルーミア、いただきます。は?」
 我ながら、馬鹿馬鹿しくあり、彼女に恨まれそうだなぁ、と思った。
 朝…いや、昨日の夜から食事はしていない筈だ。
 そんな幼女に急にお預けをさせる。天下の大悪人と言えるだろう。
 しかし、ある意味もう正確な判断力が無いのか、それかその逆なのか。
 ルーミアは自分の行動を恥じる様に顔を赤くし、慌てて箸を置いて手を合わせた。
 どれも大人びた動作なのだが、それが逆に彼女の幼女としての可愛らしさを引き出している気がする。
「いただきます」
 抑揚はあまり感じられないが、少し早口気味なのは早く食べたい…という気持ちもあるだろうが、彼女の羞恥を表しているとも思える。
 今までの振る舞いから、相当に高貴な生まれだと思える彼女にとって、いきなり食事にがっつくという行為は相当に無作法な事なのだろう。


 その後は、どうせなら彼女の食事風景を実況したかったが、(自分では)淑女(であると思っているようだ)の食事の姿を見るのはさすがに憚られたので、残念ながらお届けできない。
 とりあえず、俺にはその食事の音だけでご褒美だった、と言わせてもらおう。



 食事を終えたルーミアを、俺は部屋から連れ出す事にした。
 予め「夜はさすがにやめておくよ。食後にんな事させる程俺は鬼畜じゃないつもりだ」と言い、彼女を安心させておいた。
 ちなみにこんな言い方をすると、これから場所を変えて犯すのか、なんて思われるかもしれないが、純粋に読み取って欲しい。
 俺は行間に意味を持たせられる程頭の良い人間じゃない。

 彼女を連れ出した理由、それはすごく単純だ。
 こう言うと凄くキザったらしい奴だと思われるかもしれないが、俺はリア充のチャラ男ではないと先に明言させてもらおう。
「あの後、この屋敷を探検していたらここを発見したんだ。それで丁度今ぐらいには月が綺麗に見える。この部屋が900号室である意味がわかったよ。これは9時ジャストを意味しているんだ」
 その部屋は、昔ドラマか洋物の映画で見た風景があった。
 天井に観音開きの窓があり、夜空が見えるのだ。
 そんな部屋で星空を見ながら寝る少年を見た気がするが、俺もどうやらそんなロマンティックな一夜を過ごす権利を得られたらしい。
「ふん、今更私に媚びを売っても無駄よ。第一印象を覆す事は国を一人で作る事並みに難しいわ」
 ごめん、その例えよくわからない。
 なんて、ルーミアは言ったがその目には確かに感動の様な、安心の様な、寂しさの様な感情が映し出されていた。
「道順は覚えただろ?別に部屋に監禁する意味は無いし、何ならこの部屋で寝てくれても良い。ただし今夜一晩は俺もここで寝るけどな。あー、後は今度から食事はダイニングがあったから、良ければそこで一緒に食おう。俺の顔見ながら食うのが嫌なら、机を別にも出来るしな。―兎も角、あの部屋を使うのはああいう時だけだ。後は自由にしてくれてて良い。ただし俺は外出する気も無いし、玄関も窓も結界的なのがあって俺しか触れてないみたいだ。それだけ注意しててくれ」
 うぉう、文字にしてみると七行にもなってしまった。
 随分と長い説明だ。
 ちなみに「ああいう時」とぼかしたのは、未だ「調教」だなんて言葉に慣れないからだ。むしろ慣れたくないのだが。
 説明の後も、しばらく夜空を見ていたルーミアは、急に視線を俺に向け、小さく言った。
 彼女の声は、見た目の年齢にしては低めで、常に割りと小声で話す為、注意して聞かないと聞き逃してしまいそうだ。
 不思議な透明感のある、魅力的な声なのだが。
「あなたは、本当に変わっているのね。最低な人間だとは思うけど、少しは態度を考えてあげても良いわ」
 どこまでも上から目線、しかし「デレ」がしっかり含まれている。
 天然ツンデレ属性のお嬢様とは、事実存在するのだな。と思った。





最終更新:2009年06月28日 20:52