「随分時間が掛かったな」
「そりゃあ、アンタをボッコボコにする作戦だからね。念には念を入れただけよ!!」
「そうかい。じゃあ、とっととおっ始めようか?」

軽い応酬の後、界刺は右手に<ダークナイト>を持ち、『閃光剣』を展開する。一方、金束達は界刺と距離を取る。銅街以外の3人はサングラス装備だ。
今までの“講習”から、サングラスを掛けていても『光学装飾』を防げないことは重々わかってはいたが、それでもしないよりはマシだという判断が下されていた。

「月ちゃんは私が守るから。あの人の位置だけは見失わないように」
「わかりましたです。これだけ近ければ、雨が降っていても匂いは消えないです!!」
「さぁて!!行くわよ、世津!!」
「おう!!任せるったい!!」

“常盤台”バカルテットの位置取りとしては、前面に金束・銅街、後方に銀鈴・鉄鞘という布陣であった。
それを確認した界刺は、すぐに最後の“講習”を開始する合図を送る。雨脚も強さを増している。これ以上強くなれば“講習”自体がおじゃんになる。

「そんじゃあ、5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・GO!!!」






界刺が、『閃光剣』を持ちながら疾走する。今までの“講習”で見せたものとは躍動そのものが違う動きによって“バカルテット”へ突進する。
対するは前面に構える金束・銅街コンビ。その中で、まずは銅街が界刺へと突っ込んで行く。
銅街自身は目を瞑っているため、『光学装飾』の大半が効かない。反面、視力を封じている以上聴覚等を頼って界刺の動きや位置を把握しなければならない。
この強い雨のせいで、聴覚等が妨げられないか。だが、そんな心配は杞憂であった。



ブン!!



界刺が繰り出す『閃光剣』をかわす銅街。彼女は今、『極集中<ゾーン>』状態であった。視力以外の五感に全ての神経を集中させることで、
この雨の中でも正確に界刺の動きや位置を把握するという神業を成し遂げた。その勢いのまま界刺へ殴打を繰り出そうとする。しかし・・・



プシュ~!!



<ダークナイト>の機能の1つ、『白煙柄』が銅街を襲う。五感の1つである臭覚にも集中していた銅街は、人並み以上に刺激を受ける。
『極集中』が途切れ、瞬間的に界刺の行動がわからなくなる銅街に、『閃光剣』が振り下ろされ・・・



ダッ!!!



る前に、金束が『肉体強化』により強化した身体能力を発揮して突っ込んで来た。一歩間違えれば自分の身を危うくする博打であったが、それが功を奏した。
今まさに銅街に『閃光剣』を振り下ろそうとしていた界刺は、金束の動き自体は見ていた。
その上でどちらに対処するかを天秤にかけ、結果銅街を選択していたが故に金束の突進にわずか反応が遅れる。
遅れるが、金束に対する対処方法は織り込み済みであった。彼女が突進してくる方向に、銅街に振り下ろそうとした『閃光剣』の切っ先を向け、少女を待ち構える。
所謂、カウンターに金束が気付いた時は既に遅し。もう、突進する体を止められない。



バッ!!



そんな彼女を、銅街が救う。『閃光剣』の切っ先が自分から金束へ変わった瞬間に、銅街は金束の身の危険を察知し、
金束に向かってタックルを喰らわせる形で『閃光剣』の間合いから2人共に逃れる。



ヒュン!!



界刺は自身を不可視状態にし、追撃を仕掛ける。先程の『白煙柄』によって、銅街の感覚は乱されている。叩くなら今。そう判断したために。
これには、もう1つの狙いがあった。それは、鉄鞘の『絶対嗅覚』の妨害。
犬並みの嗅覚を誇る彼女の嗅覚を一時的に機能不全にするために、わざわざ自分から突進して“バカルテット”に近付いたのだ。風の吹く方向も計算しての戦術。
結果、鉄鞘は『絶対嗅覚』を行使できなくなっている。目や鼻に刺激物が入り込み、幾度も咳き込んでいる。
水溜りをできるだけ避けながら金束・銅街に近付いて行く。後少し・・・



ピキピキピキ!!!



その時に聞こえ、目に映るは地を這う氷の群れ。銀鈴が、『氷結籠手』にて地面に降り注ぐ雨を氷へと変換する。
『氷結籠手』は自分が触れた水分を氷へと変化させる。今回の場合、幾つもの水溜りができる程の雨に濡れた地面―正確には大きな水溜り―に手を付き、
氷にした部分に降る雨を即座に氷へと変換しているのである。土に染み込む水をも氷へと変換し、金束達の居る方向へ氷の群れを向かわせる。
界刺はこの予想外の事態に一瞬気を取られ、誤って己が足を水溜りに落下させてしまう。
それは、界刺の位置を見失っていた金束と銅街にとっての目印となる。
2人は、事前の作戦シュミレーションの1つとしてこのような状況を想定した銀鈴の指示通りに、急いでその場から離れる。



カチコチピキ!!



その行動に気を取られた界刺に氷の群れが襲い掛かる。足元から急速に氷漬けになっていく界刺。下半身を伝い、上半身へ。不可視状態も解けてしまう。
雨に打たれてずぶ濡れ状態の界刺は一気に氷像化する。さすがに、強大な熱を帯びている<ダークナイト>の柄以外の部分は氷漬けにすることはできなかったが。



ダッ!!
ドッ!!



だが、界刺には氷像状態からの脱出する術がある。赤外線による熱量発生。
おそらく、今もそれを用いて凍傷を防ぎ、この氷像状態から脱出しようとしている筈、否、脱出しようとしていた。
それを、銀鈴が『氷結籠手』による氷像維持で何とか堪えている。材料となる雨が今も強く降っているのは、銀鈴としても幸運であった。
界刺が脱出する前に、何としてでもダメージを与える。できれば大ダメージを。氷の上から攻撃するのは、攻撃側としてもダメージを負うリスクが高い。
だが、『肉体強化』によって多少打たれ強くなっている金束と、超人的な身体能力を持つ銅街ならそのリスクを軽減できる。
それがわかっているから、2人は界刺へ突進して行く。それをサーモグラフィで感知した界刺は、決断を下す。
『閃光剣』から発している千度単位の熱量。その熱量を生み出している赤外線を、氷漬けになっている手―<ダークナイトを持つ右手>に照射する。
その熱量によって、速攻で氷が溶けた<ダークナイト>を持つ手。一気に照射したため、火傷を負ってしまったが、それに構わず界刺は赤外線通信を行う。



ピカッ!!ガリガリ!!



<ダークナイト>の底蓋が開き、中にある黒色の“何か”が地面に落ちた瞬間に強烈な閃光と爆音が庭全体に突き刺さる。
それは、<ダークナイト>に備え付けられた7つある機能の1つ・・・『閃烈底<サドングレネード>』。
警棒の底に設置されている爆音付き閃光弾である。爆音自体は耳を塞いでいれば何とか耐え切れる程度だが、
そんなことを知る由も無い金束と銅街は、近くでその閃光と爆音を喰らう(この時は、銅街も目を開けていた)。
もちろん、後方に待機している銀鈴・鉄鞘、そして観客である他の常盤台生にも被害は及ぶ。
使用者の界刺も、閃光は防げても爆音自体は喰らう。喰らうが、自分の耳の周りは丁度氷漬けになっていたために、他者に比べてダメージは軽かった。
自分以外の人間は、全員光と音による波状攻撃で一時的な失明及び難聴・酷い耳鳴り状態になっていた。
界刺自身も軽い耳鳴りが発生していたが、能力行使ができない程では無かった。故に・・・



シュ~!!



『閃光剣』の熱量を外部から、自分が発生させた赤外線を内側から満遍なく照射し、数十秒で氷像状態から脱出する。
そして、『閃光剣』状態の<ダークナイト>を通常モードに戻す。懐からもう一本の<ダークナイト>を取り出し、連結・長棒状態にする。



ダッ!!



駆ける先に居るのは、先程自分を氷漬けにした銀鈴。強烈な雨という環境、『氷結籠手』の性質を体験した界刺は、
誰よりも先に潰す相手として銀鈴を標的とする。だが、銀鈴や近くに居る鉄鞘は未だ『閃烈底』による難聴状態から回復できていなかった。
また、酷い耳鳴りから目を瞑って倒れていたので、界刺の接近に気が付かない。そのため・・・



ボコッ!!ベキッ!!ガキッ!!グキッ!!



銀鈴と鉄鞘は、少し『本気』状態の界刺から長棒の連撃を幾度も喰らう。見る見る内に傷だらけになり、血を流す2人。そして・・・



ガキッ!!ガキッ!!



首絞め―不動から習った―により、2人を“落とす”。白目になって気絶に追いやられる銀鈴と鉄鞘。
界刺は、戦闘の邪魔にならないように2人の制服の襟を掴みながら引き摺り歩き、血まみれ土まみれになっている少女2人を観客である常盤台生へ無造作に投げ付ける。
投げ付けると言っても少し浮かんだ程度で、銀鈴と鉄鞘は常盤台生の目の前―つまるところ、地面―に放り捨てられる。
閃光から少し回復した常盤台生の幾人かが、地面に倒れている2人を見て悲鳴や驚愕の声を挙げるが、界刺は見向きもしない。
界刺の視線の先には、難聴・耳鳴り状態から幾らか回復したばかりの金束と、鋭敏な感覚故に未だ失明・難聴・耳鳴り状態から回復していない銅街の姿があった。



ダッ!!



界刺は、再び疾走する。狙いは、蹲っている銅街。仕留めるなら今。それは、金束にもわかっているために、界刺に立ち塞がる。
『肉体強化』の最大出力でもって、界刺へ挑んで行く金束。もうすぐ2人が交わる・・・



ビュン!!



金束の瞳に映るのが界刺では無く、地面に倒れている銀鈴と鉄鞘の血塗れになった顔になる。それに動揺して硬直してしまう金束を抜き去り、



ピカァー!!!



金束の方向感覚を狂わせるために、彼女の周囲に光柱を発生させる。この急展開に、金束は付いていけない。



バキッ!!ドゴッ!!ドスッ!!グキッ!!



その間に、界刺は銅街に対して容赦無い暴力を振るう。銀鈴や鉄鞘と同じように血に塗れて行く銅街。
その殴打の音も強い雨音に掻き消され、金束の耳には届かない。



ガキッ!!



呆気無く、銅街も首絞めによって“落とされる”。彼女を担ぎ、念のために不可視状態に身を置きながら観客の方へ足を進める。
その頃になって金束は光柱から出てきたものの、方向感覚を狂わされたために全くの見当違いの方角へ足を進めていた。



ドサッ!!



不可視状態を解き、またもや常盤台生の前の地面へ銅街を放り投げる界刺。彼の顔には、担いでいた銅街から流れ落ちた血の線が数本描かれていた。
目は見開かれ、瞳孔も開き、僅かに充血している界刺の瞳からは、観客である常盤台生を恐怖させるのに十分な凶悪さを醸し出していた。
そんな少女達に気を向けず、界刺は光柱を消す。それによって、初めて金束は銅街までもが碧髪の男の牙にやられたことを知らされる。
残りは1人。金束晴天唯1人。男は動かない。『テメェから来い』。そんな言葉無き言葉が聞こえるような幻聴を、ずぶ濡れの少女は聞いた気がした。






「・・・・・・!!!」
「・・・これが・・・!!!」
「・・・界刺・・・!!!」

一厘は声も出せず、苧環や形製は掠れた声を出すのが精一杯だった。自分達の近くに居る碧髪の男から漂う殺気。
それが、自分達の肌にも突き刺さっているような感覚を抱く。銀鈴・鉄鞘・銅街の惨状は、今までの“講習”に参加した者達の中で一番酷い有様であった。

「ンプッ!ハァ・・・ハァ・・・」
「遠藤さん・・・。大丈夫で・・・ンプッ!」
「サニー先輩・・・」
「遠藤さん・・・真珠院さん・・・鬼ヶ原さん・・・。無理にとは言いません。でも、もし我慢できるなら・・・ちゃんと見ましょう!!最後まで!!
あれが・・・私達を導いてくれた界刺様の、本当の姿の1つです!!私は、この戦いを全てこの瞼に焼き付けます!!共に立つ1人の仲間として!!」

歯も何本か折れ、いたる所に内出血が見受けられる。もちろん外傷も酷い。下手をすれば、即入院モノだ。
常盤台生に手を出したとあらば、その親族は黙ってはいない。持てるありとあらゆる金と権力で下手人を叩き潰そうとするだろう。
だが、そんな可能性すら今の碧髪の男は眼中に無い。何故なら、彼女達が彼の敵だから。彼が(少し)『本気』だから。それだけで、界刺得世は一切容赦しなくなる。

「菜水さん!急いで3人を救護室に運びましょう!!」
「わかりました、津久井浜さん!他の方々も、彼女達を運ぶのを手伝ってくれませんか!?」
「マーガレット!私達も手伝うわよ!!」
「わかりました!!」

銀鈴・銅街・鉄鞘は、同じ常盤台生達の手によって救護室へ運ばれて行く。その姿を目に焼き付けながら、金束は碧髪の男と対峙する。

「(くそっ・・・!!あの<ダークナイト>とか言う警棒・・・色んなことができ過ぎじゃないの!?おかげで、こっちの作戦が全て崩された!!)」

この事態を予期していなかったわけでは無い。あの男と戦う以上、こちらも無傷で済む筈が無い。
そう心の何処かで思っていたが、いざ現実となると身震いが止まらない。

「(近付いた分だけ、特に世津の回復が間に合わなかった。これも、アイツの狙い通りなの!?
いや、あれは咄嗟の判断っぽいわね。・・・あの状況で何ていう判断力!!)」

金束は、敵の判断を称賛する他無かった。確かに、あの時は自分達も逸ってしまったのかもしれない。それだけ、あの瞬間は金束達にとって千載一遇のチャンスであった。
だが、それを見事に切り返された。タイミングも抜群。おかげで、一気に布陣を崩された。
警棒の力が大きいとは言え、そんなものは言い訳にもならない。それ故の、真剣勝負。

「(頼れるのは自分1人。逃げることはできない。できるのは、アイツに挑むことだけ。こんな状況になるのは・・・初めてかな?)」

金束は、震える左腕を震える右腕で掴む。雨が大量に降り注ぐ中、金束は不思議な気持ちに身を委ねていた。
策らしい策は無い。もう、自分にできることは限られている。少し前までの自分なら、こんな状況になる前に速攻で逃げ出していたのに。
何故か、今は逃げるという選択肢が出て来なかった。暑さと湿気が覆う中、少女は敵に向けて足を動かし始めた。

「(ハハッ。何だかな~。変な気持ち。きっと、アタシはアイツにボコボコにされる。きっと、アイツには他にも隠し玉が色々あるんだろうさ。
そして、アタシはそれに対抗できる力が無い。才能の差っていうのを、嫌でも感じるわ~)」

視界が雨で淀む中、しかし碧髪の男の姿だけはちゃんと目に捉える。実力が及ばずとも、この意志だけは屈しないという強い信念を持って、少女は歩き続ける。

「(“負け犬”か・・・。何で、アタシは“自分自身”に“負け犬”を押し付けちゃったんだろ?
こんなに強い意志が、こんなにしっかりした信念がアタシには眠っていたっていうのに。
そんなことに、今の今まで気が付かなかった。ホント、アタシって馬鹿だ。・・・“バカルテット”っていう名前も的を射ているわねぇ。ムフフ!)」

目から水が零れ落ちる。それは雨か、それとも・・・。少女は、自分の馬鹿さ加減に苦笑を漏らしながら足を動かし・・・そして止めた。
目と鼻の先に敵が・・・碧髪の男が・・・界刺得世が立っている。恐怖すら抱くその視線を受けながらも、金束晴天は睨み付ける。

「(残念ね、界刺得世。アンタが潰したがっていたアタシの“負け犬根性”は、もう潰れたわ。他でも無いアタシの意志で。
だから、この勝負・・・試合では負けても勝負には勝った!!後は、この試合を終わらせるだけ。もう、細かい作戦なんてどうでもいい!!アタシの好きなよ・・・)」



ドン!!



「ゲホッ!!」

界刺の膝蹴りが金束の腹に叩き込まれる。『肉体強化』によって多少は筋肉を増強しているものの、大の男が放つ一撃を完全には無効化し切れない。
同時に、界刺は金束が掛けていたサングラスを吹っ飛ばす。これで、目を瞑らない限り金束は『光学装飾』から逃れられない。

「ハアアアアアァァァッッ!!!!!」

金束は、もうあれこれ思考するのは止めた。今は、目の前の男に少しでも意地を見せることしか考えていない。
銀鈴達がやられた分を、自分を振り回した借りを、この時この瞬間に少しでも返す。界刺へ殴り掛かろうと、地に着けている足へ力を入れる金束。



ピカッ!!



その瞬間閃光が煌き、金束が怯む。反射神経として視線を下に向け、目を瞑ってしまう。



ガッ!!



そのタイミングに合わせて突っ込んで来た界刺が、足払いを掛ける。地面に倒れる金束に、界刺が馬乗りになる。
何時の間にか連結を解除していた<ダークナイト>の棒先が、自分の顔の中心に向いていた。そして・・・『それ』は放たれた。






シュン!!!






「・・・!!!」

それは、本能が体を動かしたと言ってもいいかもしれない。警棒の先が開いたのを目に映したからかもしれない。
金束が、瞬間的に顔を背ける。その直前に居た場所に、“穴”が開いていた。“穴”は深く、また周囲の土も融解していた。
それは、<ダークナイト>に備え付けられた7つある機能の1つ・・・『閃熱銃<プリズムレイ>』。
『閃光剣』と併用することで初めて行使できる機能。『閃光剣』で超高温化した熱線を、通常モードに戻した際に棒内で更に放射に放射を重ねることで、
更に温度を高めた熱線を棒の先端から対象物に照射する。最大威力は、かの『駆動鎧』の装甲すら容易に貫通する程である。
そんな熱線を人間が浴びれば、その部分は一瞬で焼け焦げ、貫通する。普通の人間へ放つには余りにも威力が大き過ぎるその機能を、界刺は躊躇わず金束に行使した。

「カタ、カタカタ、カタ・・・カタカタカタ・・・」
「・・・・・・」

勝手に歯が鳴る。口の震えが止まらない。顔が恐怖に染まる。この碧髪の男は、今自分を殺そうとした。反射的に顔を背けていなければ、自分は死んでいた。
その厳然たる事実と、自分を見下ろす男の瞳に一切の容赦が無いことを悟った金束は・・・恐怖に溺れた。

「い、嫌・・・嫌・・・嫌アアアアァァァッッ!!!!!」
「・・・・・・」

自分に迫る死という名の鎌。それから逃れるために、金束は無我夢中で暴れる。『肉体強化』に必要な演算さえ、今の金束には思考不能であった。

「し、死にたくない!!死にたくない!!!た、助けて!!ア、アタシが悪かった!!だ、だから・・・だか・・・!!!」
「・・・・・・」
「だ、誰か助けて!!!誰か!!!た、たす・・・い、いい、嫌アアアアアアァァァッッ!!!!!殺さないでええええぇぇぇっっ!!!!!」
「金束様!!!」
「金束!!!」
「来るな!!!」
「「!!!」」

金束の恐怖に染まった悲鳴に、思わず助けに入ろうとする真珠院と一厘を、界刺が制止する。

「来るな・・・!!もし、コイツに手を貸すつもりなら俺はテメェ等も叩き潰す・・・!!」

界刺の警告。その言葉に気圧されながらも、しかし2人の少女は足を動かす。

「こればかりは・・・如何に得世様の指示でも聞き入れるわけにはいきません!!
私が尊敬する金束様を殺そうとされるおつもりなら・・・私はあなた様に牙を向きます!!」
「私は・・・・・・風紀委員です!!目の前で起きている殺人未遂行為を、これ以上黙って見過ごすわけには行きません!!」

見れば、真珠院と一厘の表情は悲愴に彩られていた。こんなことは、自分達もしたくない。
そう言いたげな表情。そうやって、2人の少女は更に足を進めようとする。だが・・・

「形製!!」
「・・・了解!!」
「「!!!」」

真珠院と一厘の近くに居た形製が2人の前に割り込み、『分身人形』による洗脳を施す。真珠院及び一厘は、瞬く間に形製の洗脳下に陥る。

「形製!!あなた、一体どういうつもりよ!?」
「ごめん・・・。でも、あたしは・・・!!」

『分身人形』を喰らわないように視線を落とす苧環の抗議に、形製は苦渋に満ちた声で謝罪する。周囲に居る常盤台生も、界刺の剣幕に気圧され一様に離れて行く。
集団心理とは恐ろしい物。一度逃げ出す者が発生すれば、それに釣られるのは至極普通のことである。
場が騒然に包まれる中、界刺は未だに泣き喚く金束へ視線を落とす。

「・・・おい、晴天」
「ヒイィィッ!!!」

自分を殺そうとする男の冷たい声に、金束は体を大きく震わせる。だが、それを無視して界刺はこう問い掛ける。

「ス~。ハ~。・・・君は“また”逃げるのか?“負け犬”のように、尻尾を巻いて?」
「!!!」

“負け犬”。その言葉が、金束の思考を少しだけ正常に戻させる。自分を呼ぶ言葉が、『テメェ』から『君』に戻ったのも一因かもしれない。

「さっきの対峙・・・君は開き直っていなかったかい?『自分はこの男にボコボコにされる』ってのを、最初から受け入れていなかったかい?
だから、俺に向かって歩いて来る時に笑みさえ浮かべていた。まさかとは思うけど・・・『自分の“負け犬根性”は消えた』とか思ってんじゃないだろうね?」
「ッッ!!!」
「・・・ハァ~。おかしいとは思ったんだよな。孤立無援状態を作ったっていうのに、君から逃げの姿勢が一切見られなかったからまさかとは思ったんだけど・・・。
“負け犬”じゃ無いことに気付いたからこそなんだろうけど、そっちに思考が行っちゃったかぁ。・・・手の掛かるお嬢様だこと」

自分に馬乗りのまま頭を抱える碧髪の男に、金束の思考は付いていけない。自分が抱いた感情を、この男に言い当てられたことも災いしているかもしれない。

「ハッキリ言うよ?“君自身”に染み付いている“負け犬根性”は消えてなんかいない」
「!!」

それは、深く心に突き刺さる宣告。自分では潰したと思っていた“ソレ”が、未だ自分の心に深く根付いていることを知らされる。

「もし、君が『自分の手で潰した』とか思っているなら、それは大きな勘違いだ。君は、唯単に開き直っているだけだ。
“ソレ”から目を背けているだけだ。“ソレ”を見ようとしていないだけだ。“ソレ”から逃げてるだけだ。負の感情っていうのは・・・そう簡単に拭えるモンじゃないよ?
それが証拠に、死の危険を感じた途端に“負け犬根性”が出て来たし」
「あ、あれ、あれは・・・!!あんな境遇になったら誰でも・・・」
「『命乞いをする』・・・かい?んふっ、それじゃあ君に質問しよう。『命乞い』という行為は、相手に媚び諂う・・・所謂“負け犬”と同じ性質を持っていないのかい?」
「!!!」
「厳密には違う意味だけど、性質は同じようなモンだ。相手に全ての主導権があり、自分にできることはお願いしたり諂ったりすることだけ。
人間誰しも“負け犬”の性質を持っていると俺は思う。違いを分けるとするなら、
“身を委ねている”か、“手段として利用する”か、“意図的に切り捨てる”って当たりかな?
ちなみに、俺は“手段として利用する”タイプ。君は・・・“身を委ねている”タイプかな?」

界刺は、金束に顔を近付ける。その瞳に、金束は意識さえ吸い込まれそうになる。

「俺も、それなりに経験があるからね。『命乞い』のタイプを見りゃ、大体わかる。そんで、君は“身を委ねている”タイプなんだよ。
この手のタイプは、幾ら“負け犬根性”から脱却しようと頑張っても中々縁を切れない。時間がどうしても掛かる。
君のようなタイプは、この学園都市には腐る程居るからね。わかりやすいよ、んふっ!」
「で、でも・・・アンタは確かにアタシを殺そうと・・・」
「あぁ、さっきの『閃熱銃』のことかい?あれなら、最初から君を狙ってなんかいないよ?君の視界に入る光を曲げて、そう見えるようにしただけ。
周囲からもそう見えるようにした。バレないようにね。ほら、“穴”の位置を確かめてごらん?」
「えっ・・・。アアアアァァァッッ!!!!!」

先程自分の顔を目掛けて放たれたと思った『閃熱銃』によってできた“穴”は、金束から離れた場所にあった。

「雨が強かったおかげで“穴”ができる音とかも聞こえなかっただろうし。どうだい、俺の迫真の演技っぷりは?」
「なっ・・・なっ・・・!!!」
「そもそも、君達を殺す気なんて最初っから無いし。まぁ、ボコボコにはしたけど。少しだけ『本気』を出すっていう意味をちゃんと理解してた?
周囲が見えなくなるくらいにはならないって、予め言っていただろう?リンリン達も、変な勘繰りしやがって。人の話を聞かないお嬢様達だ(ポン)」
「!!」

金束の頭に手を乗せ、界刺は静かに語り掛ける。

「俺にできるのは、ここまでだ」
「えっ・・・!?」
「君の“負け犬根性”は、何度叩き潰しても何かの拍子で顔を出す厄介な代物だ。
君が“君自身”に“負け犬根性”を押し付けていたせいで、“君自身”がすっかり“ソレ”に染まっちゃってる。
これは、“身を委ねている”タイプの中でも特に酷いタイプだ。
君が本当に“負け犬根性”から脱却したいのなら、根気良く行くしか無い。俺の“講習”は、あくまで切欠さ。
本当は一度コテンパンに叩き潰したかったんだけど、君が開き直りっていう思考に流れちゃったから“負け犬根性”が隠れちまった。
だから、仕方無しに力尽くで引っ張り出したんだけど、これ以上は周囲がうるさくなるな。ハァ、うまいコトいかなかった。まぁ、仕方無いね。こればかりは」

そう言って、界刺は立ち上がる。何時しか雨も上がり、空は晴天模様と相成った。太陽が界刺を、金束を照らす。

「これで、午後の“講習”は全部終わり。君も、早く友達の所へ行ってあげなよ。今の君以上に深手の筈だから。命に別状は無いとは思うけど」
「ア、アンタ・・・!!」
「今回は、『自分が本当は“負け犬”じゃ無い』って気付けただけでも良しとしようか、んふっ!そんじゃね、“常盤台バカルテット”のお嬢様」


そう言い残し、碧髪の男は『光学装飾』により姿を消した。

continue!!

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最終更新:2012年06月23日 23:40