「・・・・・・というわけだ」
「・・・・・・何と言うか、固地らしいとでも言うか・・・」

椎倉から説明を受けた浮草は、どんな顔をして話せばいいのかわからないという雰囲気を醸し出していた。

「いい気味じゃ無い!!普段から女をぞんざいに扱って来た罰よ!!ハハハハハ!!!」
「・・・秋雪」
「・・・相当溜まっていたんだろうな(ボソッ)」
「そうね。・・・。固地先輩にボロクソに言われてたからね(ボソッ)」

すごく良い笑顔で固地の醜態を笑っているのは、178支部の秋雪火明
先輩でありながら年下である固地にこき使われ、尻に敷かれの毎日を過ごしている彼女にとって、今回の固地が見せた醜態は格別なものであった。

「女性をぞんざいに扱った男には、何時か天罰が下る。うん、これは起こるべくして起きたことだね」
「フフフ。鬼畜逝けメンに裁きは下されたわ。フフフ・・・」
「うわ~・・・。176支部(ウチ)の丞介さんと鏡星さんに言われちゃあ・・・」
「“風紀委員の『悪鬼』”もお終いね」

一色と鏡星の言葉を耳にし、鳥羽と葉原は固地にほんのちょっぴりの同情心を抱く。
この“女性限定変態紳士”の一色と“イケてる男性限定惚れメン”の鏡星にここまで言われたら、“風紀委員の『悪鬼』”も形無しである。屈辱モノである。

「私は一度もお会いしたことは無いんですけど、そんなに女性に人気なんでしょうか?その界刺という人は?」
「かおりんも、今度会ってみたらいいんじゃない?わたしが紹介してあげる。すごくなでなでしてあげたくなる人だよ?」
「莢奈・・・。香織、余り莢奈の言うことは真に受けない方がいいわ。だって、莢奈ってコロっと騙されるタイプだし・・・」
「うううぅぅー!!!月理ちゃんってばひどーい!!!」

椎倉の説明から、界刺の人となりを想像する花盛支部の篠崎に抵部が声を掛ける。そこに声を被せて来た渚の言葉に、抵部は憤慨する。

「リンちゃん・・・。何だか、貴方が遠い人になっちゃった気がするわ。・・・負けないで」
「リンリンさん・・・。俺・・・あなたのことを決して忘れませんから!!」
「リンちゃんさん・・・。あの“変人”の相手は困難を極めるでしょうが、あなたなら乗り越えられる筈です。頑張って下さい。但し、その余波はこっちによこさないで下さい」
「リンリン・・・。お前が頑張れば、春咲先輩は・・・。・・・絶対に投げ出すんじゃ無ぇぞ!!どんなに辛い目に合ってもへこたれんじゃ無ぇ!!お前ならできる!!」
「リンリン・・・(ポン!)・・・骨は拾ってやる」
「・・・・・・・・・何で、唯の1人も普通に応援してくれないの?しかも、何で私が途轍も無く苦労するのが前提なの?」
「「「「「えっ?違うの?」」」」」
「・・・・・・・・・もう、もういいです。・・・頑張ります」

厳原、湖后腹、佐野、鉄枷、破輩から応援を受ける一厘。だが、ちっとも嬉しくないのは何故だろうか?

「一厘が、あの界刺先輩に・・・!?う、嘘だああああぁぁっっ!!!」
「お、おい!?どうしたんだ、押花!?」
「ど、どうしたの、押花君!?こ、こんな時は・・・“速見スパイラル”!!」
ドコーン!!
「グハッ!!」
「ふ~ん。彼も、少しは女心というのを学んだようだね、寒村?フンッ!!フンッ!!」
「そうだな。だが、これからが本番だ。いずれは1人に絞らねばならぬ!!その時こそが、あの者の真価が問われる時よ!!フンッ!!フンッ!!」

一厘に対して秘かに淡い想いを抱いていた押花が錯乱し、初瀬が驚き、速見が(押花を巻き込んで)自爆する。一方、勇路と寒村は界刺の成長を認めながら筋トレに励む。

「緑川君?年下で、しかも“変人”って言われている男に先を越される気分はどうっしょ?」
「フ、フン!!俺は、もう恋だの何だのは諦めている!だ、だから羨ましくは・・・羨ましくは・・・な、なな、無いぞ?」
「(ブルッ!?な、何なんっしょ・・・この異様な寒気は!?こ、これが新たなるツンデレというものの在り方なのかしら?緑川君が!?に、似合わな過ぎるっしょ!!)」

橙山は緑川のツンデレ姿を想像してしまい、結果体を震わせてしまう。このゴリラそのものの男が、顔を朱に染めながらモジモジする姿等この世に存在していい筈が無い。

「とりあえず、固地の身に起きたことは以上だ。特に男性陣は肝に銘じるように。女心を理解できない人間は、何時か痛い目を見る。いいな!?」

椎倉の放った教訓を、それぞれ胸に刻む男性陣。あの固地でさえ、恋する乙女達の力に屈したのだ。覚えておくに越したことは無い。

「撚鴃。お前、人のことが言えるのか?」
「う、うるさい!!つ、次の話に移る!!」
「あっ、逃げた」

冠の指摘を無視して、椎倉は言葉を続ける。

「固地がこんな状態になったのは、先刻言った少女達の逆鱗に触れたことが直接的な原因だ。だが、俺はそれ以外にも要因があると見ている」
「・・・と言うと?」
「平たく言うと、体調管理の面に問題があったと考えている。体力及び精神的な部分が、あの固地でさえ万全では無かったんじゃないかと思ってな。
特に、固地の奴は人一倍仕事量をこなしているようだからな。本人が気付かない所で、実は疲労が溜まっていたんじゃないかと。どうだ、浮草?」
「・・・確かに。固地は、自分の仕事を他人に任せようとしないからな。しかも、そのこなす仕事量が半端じゃ無く多い。
本来であれば、リーダーである俺が注意するべき所なんだろうが・・・。済まないな、椎倉」

椎倉の指摘は、浮草ももっともだと考えている。普段からして、固地は多くの仕事をこなしていた。その執念は、浮草の目から見ても異常である。
その理由を、リーダーである浮草は知っていた。知っているからこそ、止めることができない。
性格的にも、自分はズバズバ言うタイプじゃ無いことも合わさって。固地が嫌いなことも理由の1つだが。

「だから、当分の間は固地を[対『ブラックウィザード』風紀委員会]から外すことに決めた!!」
「「「「「なっ!!?」」」」」

突如宣言された、固地の離脱。その言葉にすぐさま反応したのは、浮草・真面・殻衣・加賀美・焔火の5名。

「期間的には1週間弱だな。その間に、固地には万全の状態になって貰う。固地の力を信頼しているからこその、これは断腸の思いで下した決断だ!!」
「椎倉・・・」
「浮草。幾ら固地が女心に疎かったとして、それでこれ程の醜態を晒してしまうような人間なのか?
俺はそう思わない。やはり、奴も疲労が溜まっていた筈だ。このままでは、『ブラックウィザード』への捜査にも支障が出かねない程の。
だったら、ここで無理矢理にでも休養を取らせるべきだ。よって、178支部は、これからは浮草の指示の下捜査に当たってもらう。いいな、浮草?」
「・・・・・・わかった」
「浮草先輩が・・・」
「私達に指示を・・・?」

真面と殻衣は、信じられないという表情を浮かべる。今まで178支部は、リーダーである浮草を固地が押し退けて指揮を執っていたため、
今年の3月に転属して来た真面と4月に配属された殻衣には浮草の指揮というのは未知の領域なのだ。

「椎倉先輩。それじゃあ、緋花の件は・・・」
「固地が休暇を取る以上、焔火は176支部にて捜査に当たってくれ。今日の出向も取り止めだ。今後は、出向自体を中止することも検討している。何分、余裕が無いしな」
「よ、よかったじゃない、緋花ちゃん!これで、少しはストレスが溜まることは無くなったし、体も休めることができるんじゃない?」
「そ、そうだよな!178支部に出向してここに帰って来る頃の緋花さんって、いっつもグッタリしていたもんな!あんなんじゃあ、本番の時に戦えんのかよって思うぜ。
幾ら風紀委員としての指導を叩き込むからって、あそこまで徹底的に苛める必要は無ぇよなぁ・・・」
「・・・・・・う、うん」

葉原と鳥羽の言葉に、焔火は戸惑いながらも頷く。かつて、自分を[対『ブラックウィザード』風紀委員会]から外そうとした固地が委員会から外される。
休暇という形ではあるが、固地からしてみれば外されたと同じようなものだろう。
散々固地に苛められている自分は、本当なら固地に対して『ざまぁみろ!!』の一言くらいは言ってもいいのかもしれない。

「(何だろう・・・この感じ。胸にポッカリ穴が開いたような感覚・・・とでも言うのかな?
確かに、私は固地先輩にボロカスにこき下ろされている。幾ら私から指導をお願いしたからって、その程度がヤバ過ぎる。心身共にかなりキツイし。
弱音を吐かないって決めても、心の中じゃあ吐きっぱなし。幾ら自分に足りない部分が見えると言っても、あの人は容赦が無さ過ぎ。
やっぱり・・・私はあの人が嫌いなんだと思う。あの人の在り方を認めたく無いんだと思う。でも・・・だったら、何でこんな感情が出てくるの?)」

焔火は、無意識に手を胸に置く。心に抱いた感情を、まるで離さないように行動をする彼女が抱いた感情。それは・・・






「(何で私は・・・『残念だ』って思ってるの?)」






焔火は、夏休み以降固地の指導の下何度も泣かされた。自分の実力不足を痛感させられた。だが、そのおかげで気付けたことも少なく無い。
姉からの励ましもあり、何とか固地に喰らい付いて行った。少しずつ、自分の能力についても研究し始めた。
反面、疲労度は半端では無い。176支部と178支部の掛け持ち。固地の指導も合わさり、焔火の肉低的・精神的疲労は限界だった。
そのため、自業自得なのを十分理解していて尚、心中では弱音をどうしても吐いてしまっていた。それは、人間に備わる防衛本能故か。
そんな矢先の固地の離脱。本当ならば、これで“『悪鬼』”から解放されると思うべき所なのかもしれない。
全部では無いにしろ、自分の欠点や能力の在り方を固地から学ぶことができた。これからは、自分1人の力で伸ばそうと考えてもいい筈だ。
加賀美始め、176支部メンバーと共に頑張るという考えだってある筈だ。なのに・・・

「(どうして、私は未練を持っているの?確かに、これからも固地先輩に付いていけば、色んなことを学べる筈。
でも、その代わりに酷い目に合う。もう、自分の体だって悲鳴を挙げていたじゃない。精神論だけじゃあ、どうにもならないものだってある。
うん、そうだよ。固地先輩は、これから休暇に入るって事実は変わらないんだし。今は、私も自分の体調を完璧にすることに専念する。
その後にゆかりっちや176支部の皆と一緒に『ブラックウィザード』を倒して、『ブラックウィザード』に苦しめられた人達を助けて・・・そして・・・)」


『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い』


「!!!」

どうして、自分はここであの男の言葉を思い出してしまったのか。


『君さぁ・・・“ヒーローごっこ”でもしたいのかい?』


どうして、あの男の言葉がこんなにも自分の心に突き刺さって来るのか。


『こりゃ、筋金入りの“ヒーローごっこ”を演じてくれるかもしれないな。んふっ・・・今の君じゃあ、“ヒーロー”になんてなれっこないよ?
自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?
馬鹿だねぇ・・・そんなこともわからないのかい?』


「(・・・!!!駄目・・・駄目よ・・・。こんな甘ったれてちゃ、何もできない。救えるものも救えない!!
自分のことばかり考えてちゃあ、他人を助けるなんてことはできない!!)」

それは、界刺の考えとは真っ向から反発する在り方。

「(ハッ!?も、もしかして・・・固地先輩が疲労を溜めていた要因の1つは、私にあるんじゃあ!?
私への指導が、結果的にあの人の足を引っ張っていた?私の身勝手なお願いが、あの人を苦しめていた!?そ、そんな・・・!!)」

気付く。気付いてしまった。自分のことばかり考えている余りに、他人に迷惑を掛けていた事実の“一面”を。

「(私は・・・私は、また他人に迷惑を掛けてしまったの!?・・・やっぱり。やっぱり!!自分のことばかり考えている人間に、どうやって他人を救えるって言うの!?
自分のことばかり考えた挙句、私は固地先輩に迷惑を掛けてしまった!!駄目・・・。こんなんじゃあ、全然駄目!!
風紀委員として、困っている人達のためにこの力を振るう!!そのためには・・・自分のことばかり考えてちゃ駄目!!
もっと、他人の気持ちを知ろうとしなきゃ!!他人が求めていることに、考えていることに敏感にならなくちゃ!!)」

自分の力は困っている人間を助けるために。幼き頃より抱いていた、それは焔火緋花の理想像。“ヒーロー”の在り方。
この在り方を、彼女は今一度貫く決心をする。もう、自分の身勝手な考えで他人に迷惑を掛けるのは嫌だ。そう、心の底から思ったから。






「う・・・うん・・・。ここは・・・」
「固地先輩。・・・。気が付かれ・・・」
「フンッ!!」
「グヘッ!!」
「固地先輩!?何で、固地先輩の首を絞めてるんですか!?」
「おぅ、すまんすまん!!丁度首絞めの練習をしたいと思っていた所でな!!つい、近くにあったこの者を・・・」
「『つい』って何ですか!?」
「それにしても、こうして見ると固地君の体って鍛えられているね。細身なのに。いい機会だ。どんなものか、少し確かめてみようかな?・・・(モゾモゾ)」
「勇路。我輩も一緒に!!・・・(ゴソゴソ)」
「勇路!!寒村!!俺にも触らせてくれ!!前から、固地の奴を俺の『筋肉探求』に誘いたいと思っていたんだ!!
俺から見ても、この男の筋肉は上質なものと見て取れたからな。頼む!!」
「緑川師!!わかりました!!さぁ、どうぞ!!」
「緑川師範!!共に、筋肉の共演に勤しみましょうぞ!!」
「そうか!!それでは遠慮無く!!・・・(ゴソゴソ)」
「あぁ・・・!!男性同士の肌の触れ合い・・・いい・・・!!すごく・・・私好みのシチュエーション!!・・・これで、もう少し美形だったらなぁ・・・」
「・・・おい、牡丹。内心がダダ漏れになってんぞ?」
「ハッ!!!」
「・・・六花先輩って、そういう趣味だったんだ。どう思う、香織?」
「・・・余りお近付きになりたく無い匂いですね」
「えっ?えっ?むつのはな先輩から何か匂うの、かおりん!?・・・(テクテク)・・・クン、クン」
「ちょっ!?抵部!?」
「(テクテク)・・・ふだん匂ってくるのといっしょだったよ、かおりん?」
「・・・そういう意味じゃ無いんですよね・・・」
「あ、貴方達!!こ、これはですね・・・その・・・あの・・・」
「・・・思いっ切りうろたえてんなー、牡丹の奴。まぁ、最初にあたしが知った時もあいつは取り乱したしなぁ・・・。撫子、何時もの奴を頼む」
「わかったわ。はい!」
「・・・!!これは、個人の趣味です。貴方達が気にするようなことではありませんよ?」
「なぁ、椎倉?固地の説得はどうするんだ?あいつが、そう簡単に折れるとは思わないが・・・」
「その時は、こう言えばいい。『“風紀委員の「悪鬼」”は、恋する乙女達の心さえ理解できずにボコボコにされた唐変木・・・というのを口外されてもいいのか?』とな。
心配するな。説得には、俺が当たる。勇路の治療がてら、何としてでも承諾させてみせるさ」
「・・・・・・成程。あいつには、一番応える脅し文句だな」

等と言うやり取りの後に、椎倉が改めて一同に視線を向ける。

「今日の午後及び明日は風紀委員活動を自粛する!!自粛等という言葉を使ってはいるが、ようは休みということだ。
最近は皆精神的にも体力的にもキツかったと思うし。ここいらで、一度心身共にリフレッシュするのもいいだろう。
捜査する側の俺達が、自分達の行動で体調を崩していては元も子も無いからな」
「マジっすか!?や、やったな、押花!1日以上の休みなんて、この夏休みに入ってから初めてだよな!!」
「・・・何がいいんだよ、畜生・・・。くそぅ・・・」
「(・・・こりゃ、重傷だな。このタイミングでの休みはマジありがたい!!こんなんじゃあ、仕事にならないだろうし)」

初瀬は、同僚である押花を気遣う。恋に破れた者が抱くダメージは、やはり大きいのだろう。
他の風紀委員も言葉にこそ表さないが、休みという“餌”が垂れ下がったことにより気が緩んでいた。
捜査状況も芳しく無く、徒に時間だけが過ぎて行く。そんな磨耗した糸のような空気が緩んだこの瞬間こそが、仕掛ける最大の好機(チャンス)。


「だから、聞こう。この中で、現在何らかの理由で体調を崩している者もしくはその傾向がある者はいないか!?
嘘を報告した所で無駄だ。何故なら・・・俺の『真意解釈』でお前達の心理状態は全て暴かれている!!」

continue…?

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最終更新:2012年07月22日 19:59