ある日の、ストレンジ。そこでに赤いヒールを履いた女とその取り巻きの男二人が、廃ビルの一角で何やら話し込んでいる。
「姉御~、次はどいつをやるんですか?」
「そうねぇ~、そろそろ粘りのあるやつなんかがいいわね、できればこのあたしに踏まれても、怒りの眼をしてあたしが続々しちゃうタイプとか!?」
「あ~、でもそんなやついねぇですよ?最近はヒィヒィわめくだけのやつしかいませんよ?」
 ガタイのいい大男が、笑いながら女にそう言った。そう、彼女は、風紀委員(ジャッジメント)を強く憎み、場合によってはスキルアウトや無能力者狩りよりも優先的に「不良風紀委員」を狩ることを目的とした派生組織、《風紀狩り》のメンバーの一人、桐乃 和巳(きりの かずみ)だ。
「まだつぶしにかかってない支部で威勢が良さそうなのは?」
 和巳は舌を出して唇をぺろりと舐め、そう取り巻きに聞いた。すると、わりと長身の男がノートパソコンを開いて、風紀委員の名簿に不正アクセスし、画面を和巳に見せた。
「こいつなんかいいんじゃないですか?《176支部》の神谷稜
「へぇ~、いい眼、決めた。こいつが次のターゲット!おいアンタ、周りの人間を洗って、人質として役に立ちそうなやつを見つけて」
「へい」
 長身の男は、ノートパソコンのキーボードを打つと、稜に関係する人間関係を調べ上げたのだった。そしてほどなくして、長身の男はクックと笑いを漏らした。おそらく見つかったのだろう。
「見つかりましたよ、神谷稜の弱点」
「だ~れ?」
「名前は風川正美。女です。しかも同棲中で、現在交際中です」
 そう言って長身の男は、稜と正美が腕を組んでを楽しそうに歩いている姿が映っている写真を、和巳に見せながら説明した。
「あら可愛い娘~!どっちかって言うと、この女の方をめちゃくちゃしたいわ~!屈託のないあの眼、あの笑顔、めちゃくちゃに壊したくなっちゃう!!!」
 和巳はゾクゾクッ、と背中に何か衝撃を走らせながら叫ぶように言ってから、画面の中の稜を見た。
「そして、今回のターゲットがこの坊や、あぁ~確かに、今までのダメ男よりいい感じじゃない?」
「どれくらいで音を上げますかね?」
「さぁ?お楽しみじゃない?」
 和巳がそう言うと、三人は笑い合った。その笑い声は廃ビルの中で反響し、不愉快に感じるだろう。

翌日、稜と正美の部屋にて…
「あ゛~、なんか疲れが残ってる感じが…」
「仕方ないよ~、まだ六日前の事なんだし」
 朝食を取りながら、稜のこぼした愚痴に正美は優しげな微笑みとともにフォローの言葉を向けたが、当の本人は気怠そうな顔で正美の方を見ている。救いようがないとはまさにこのことだろう。
 その六日前に何があったのかというと、律子の策略にはまった正美を助けるべく、無茶な体の使い方をしたことと、1日に二回も病院へ入るなど、かなりハードなスケジュールだったので、精神的な意味での疲労感があるのはあったのだった。
「まぁいいや、授業は憂鬱だが…学校行こうぜ?」
「うん!」
 朝食を終えた二人は、いつものように朝の家事を分担して取り掛かり、それを終えると部屋着から制服に着替えて、通学鞄を片手に部屋をあとにし、学校へと向かった。
 その途中で二人は見知った人影を見つけた。
「あ!おっはよ~!!稜!正美!」
「おはようございます」
 麻実と狐月だ。二人も付き合ってはいるが、進展が全くと言っていいほどないと言える。
「おっす」
「おはよう!麻実!斑くん!…あれ?」
 そんな二人に、稜は相変わらず無愛想な表情で挨拶を返し、正美も、にこやかな笑を見せて挨拶を返した。その時、正美は狐月と麻実の胸元に目線が行ったのだった。
「麻実、どうしたの?そのペンダント」
 麻実と狐月の胸元には、くっつけると星型になる、ペアルックの銀のペンダントが掛かっていたのだった。
「へへ~ん!狐月に買ってもらったんだ~」
「へぇ~、いいな~」
「稜は買わないもんね?」
「うるせ…早く行くぞ…」
 稜が歩き始め、四人は学校へと向かった。
「相変わらずねぇ、その無愛想っぷりは、幼馴染みとして悲しいわ~」
 麻美は稜の顔を覗き込むようにして、顔を近づけたかと思いきや、稜との距離を少しとってから、いかにもオーバー気味な素振りで、悲しみの表現をしたのだった。
「ほっとけ」
「もう!なんでそんなに冷たいの?これじゃ正美も泣くわよ?」
「そうですよ、ね?風川さん」
「え?」
 麻実と狐月のむちゃぶりが理解できず、正美はきょとんとした表情をした。しかし、自然の表情なのに、なぜか可愛らしさが全開であり、麻美は思わず頬を赤くした。
 だがしかし
「そこは乗りなさいよ!」
「だって、稜は家でわたしと話すとき、たくさんの表情をしてるよ?」
「な!?」
「ッ!?ばか!!正美!」
「なに?」
「だから可愛らしくきょとんとするなって!狙ってんのか?」
「え?何を?」
「へぇ~」
「な、なんだよ」
 麻美は怪しむような目線で稜をジト見すると、稜は背中から冷や汗を流しながら麻実の方を向いた。
「正美の前だとデレデレなんだぁ~?」
「うるせ」
「あ、神谷君、赤くなっているな?」
「…」
 狐月の一言に、稜はさらに顔を赤くした。これは稜にとって、拷問に匹敵するほどの羞恥に違いないはずだ。
 そんなやりとりをしている間に四人は学校に到着し、校門をくぐった。そのところを、和巳たちが見ていた事は誰も気づいていなかったのだった。
「やるのは放課後…」
「場所はこの近辺の公園」
「ええそうね、そっちのほうが楽しめそうね…」
 三人は軽く打ち合わせをしてから、どこかへと姿を消した。おそらく最後の打ち合わせができる場所であろう。

「今日はここまで、皆、気をつけて帰れよ!」
 担任の雄介が帰りの挨拶をすると、全員が教室を出て帰路へと向かった。それぞれが放課後をどう過ごすのか話し合う声も聞こえ、廊下は賑やかだ。そんな中を、稜たち四人は人の間を縫うようにして、昇降口まで向かった。
「では、私は出番ですので、これで」
 そう言って、狐月はひとりで176支部へと向かったのだった。
「あれ?稜は?」
「俺は非番だ」
「へぇ~じゃあ、あたしは真っ直ぐ帰るかな~?二人の邪魔はまずいし」
 麻美は悪戯っぽい笑をして、稜と正美の顔を見た。
「悪いな…気を使わせて」
「いいのいいの、じゃあね!」
 麻美は手を振って寮とは逆方向へ向かっていったのだった。おそらく素直に帰る事はなく、ショッピングでもしてから帰るのだろう。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
「そうだね」
 正美は、稜の右腕に左腕を組んで、他愛もない話をしながら歩き出した。二人は公園に着き、地面がレンガで覆われた円形の広場にあるベンチに並んで腰掛けた。
「そういえば、正美は平気なのか?身体」
「うん、違和感はないよ?」
「そっか」
 そんなことを話していたとき、二人組の男が困った雰囲気を纏わせて、二人に近づいてきていた。
「あの~、すみません…」
「?どうしました?」
 稜はベンチから立ち上がりながら聞き返した。
「あの~、セブンスミストは、どう行けばいいのか、教えてくれませんか?」
「せ、セブンスミスト!?」
 稜は思わず、素っ頓狂な声を上げた。そうなってしまうのも仕方がない。セブンスミストは第6学区外にあるショッピングセンターであり、当然ここからは距離があり、口で説明するには限界がる距離だ。
「えっと…とりあえず、第七学区にある177支部に向かってください、そしたら、そこで道を聞いてください…」
「そうですか~」
 すると、長身の男はそう言ってから大男の方をちらりと見ると、大男は一歩前に出て、稜の方を向いた。
「?…グッ!!」
 すると、なんとその大男は、いきなり稜の腹部に右フックを入れ、稜もその勢いで数歩後ろによろめいた。
「稜!?大丈夫!?…あなたたち、なんでいきなりこんなことを!!…きゃ!」
  正美が男たちの方を向くと、後ろから女性に抱きつかれてしまった。
「作戦成功!よくやったよアンタたち」
「う…!正美!!」
 稜が体制を立て直したと同時に、正美が和巳に捕まっていたのだった。
「あら、もう立て直しちゃったの?…」
「放して!!」
「や~だ…あらら~?アンタ結構あるのね…Cにしてはいい形してるわね~?モデルのあたしよりいい感じじゃな~い!」
「やめて!!触らないで!」
 正美の嫌がっている姿を見て、和巳はにやりと笑いを浮かべながら稜の方を見た。
「今すぐ正美を放せ…」
 稜は低い声でそう言い放ち、胸ポケットから針を一本取り出し、《閃光真剣》で片手直剣を出した。
「あら怖~い!それじゃ、弱い奴には眠ってもらいましょう。ふぅ~…」
「え…な…あ………」
 和巳が正美の耳に息を吹きかけると、正美のさっきまで出ていた瞳の輝きが失せ、虚ろな目つきになり、まるで糸が切れたマリオネットのように体がぐったりとなっている。すると、和巳が後ろのスカートを軽く捲り、太もものホルスターからジャックナイフを一本取り出し、正美の顔にナイフの先端を近づけた。
「正美!!」
「………」
 稜の声に、正美は反応しなかった。つまり催眠術にかかった状態に等しい状態だ。
「叫んでもムダムダ…だって、あたし以外の声はきこえないも~ん…」
「てめぇ…」
「フフ…さ~て、てめぇの大事な大事な弱い奴は、あたしの手の中よ~?だからてめぇは…あたしやこいつらに攻撃しないでね?」
「ふざけん…う!」
 稜が言い切る前に、大男の強烈な膝蹴りが稜の腹部に直撃し、稜は膝をついて倒れた。
「おいおい、いきなり倒れんなよな!!」
「グゥっ!!」
 大男は両膝をついて倒れている稜の腹部に蹴りをめり込ませ、そのままベンチまで蹴り飛ばした。飛ばされた稜は、そのままベンチの激突し、地面にうつ伏せ状態で倒れ、かろうじてつないでいた演算が切れてしまい、閃光真剣は消え、ただの針に戻っていたのだった。
「姉御、あとはどうぞ!」
「フフフ!!」
「ッ!?」
 和巳は、手をついて起き上がろうとした稜の背中を踏み、再び地面に這いつくばせ、笑みを浮かべて口を開いた。
「どお?モデルのあたしに踏まれる感覚は?もしかして興奮しちゃったぁ~?」
「…てめぇのどこに…興奮する要素があんだよ…」
「チェッ!つまんないのッ!!!」
「うわああぁぁ!!!」
 和巳は一度稜を踏んでいた足を上げ、ヒールの底で稜の脇腹を蹴り上げた。すると、あまりの痛みに稜は苦痛の声を上げ、和巳を睨んだ。
「てめぇ…」
「やっぱり、精鋭は違うなぁ~、あたしのこれにまだ抗うなんて」
 そう言って、和巳は稜を足で転がし、仰向けにし、右手に握られていた針をてから奪った。
「こんなものであたしらを倒そうとでも思ってたの~?」
「ぐああ!!」
 和巳は、稜の針を遠くへ投げ捨てた直後、稜の右手をヒールで貫通させた。そして、ヒールが貫通したのを確認した和巳は、ヒールが貫通した方の足を上げ、稜の右手からヒールを引き抜くと、ヒールの先から、ポタ、ポタ、と血が滴り、ヒールの真下の地面に血染みを作った。
「うわぁ~…姉御容赦さなすぎっす…」
 稜はあまりの痛みに声が出せず、苦痛で顔を歪めた。それを見た和巳は、まるで全身に快感が走ったような表情を浮かべ、発狂するような声で言葉を発した。
「あぁ~!!その顔ゾクゾクするぅ~!!ほらぁ、もっとその顔歪めなよ!!!」
「ッ!!(やべぇなこれ…このままじゃマジで死ぬぞ…どうすっかなぁ…)」
 稜は自分の手がもう一回ヒールで貫通された時、リアルな死の意識が芽生えて始めたが、そこから、なぜか不思議と冷静さが蘇りつつもあったのである。その瞬間、苦痛に歪めていた表情が戻り、いつもの真顔へと戻り、口を開いた。
 そんな時、稜の右手を貫通し終えた時、正美の頬に向けられていたナイフの刃、がいきなり折れた。
「あ!あたしのナイフが!」
「誰だ!?」
 和巳たちは突然の攻撃に驚いたが、刃を折り貫いたものがパチンコ玉だったということで、大体見当がついていた。
「あたしの幼馴染にひどいことしないで!!」
「…やっぱ麻美か…」
「あぁ~最悪ですよ姉御…《速度調節》のやつっすよ」
「じゃあ、先に仕留めなさい?」
「「ヘイ!」」
 二人の男が、公園の茂みの方にいる麻実の方を向き、歩いて行った。
「!?やめろよ!!あいつは風紀委員でもなんでもねぇ!!…ブッ!!」
「てめぇはおとなしくしてなさぁい?さもないと、てめぇの大事な幼馴染も、てめぇと同じように血まみれになるだけよぉ?」
 和巳は、起き上がろうとした稜の頭を地面に押し込み、ぐりぐりとハイヒールで押し付けながらそう言った。その言動に、稜は再び怒りが沸き起こり、拳を強く握った。
 そのころ男たちは、麻実から見えない位置で二手に分かれ、長身の男が麻実の正面から向かっている。そして、正面から向かってくる長身の男に狙いをつけ、パチンコ玉を放とうと麻美はしているが、長身の男は逃げることも隠れることもせず、ただ余裕な表情をして、麻実の方に近づいている。
「貫通するわよ?」
「…どうぞ?」
「!!…な!?」
 麻美は忠告したとおり、長身の男の頭部めがけてパチンコ玉を放った。しかし、麻美が音速超の速さで飛ばしたパチンコ玉は、今確かに長身の男の手前で不自然な軌道を描いて当たらなかった。二発目、三発目と放ったが、どれも長身の男に当たることはなかったのだった。
「どうして…狙いは完璧のはず…」
「確かにそうだけど…ゲームオーバーだよ」
「へ?…!?しま…」
 麻美は長身の男に意識を向けていたため、背後に回っていた大男の気配に気づかず、その大男にパチンコ玉を持っている右手を握られ、反撃不能なってしまった。
「ははは!!…さぁてお嬢ちゃん…その右手、壊しちゃうね!!」
「う…いたぁぁぁぁl!!!」
 麻実のの右手を握っていた大男は、そのまま麻実の右手首を持ち、右手首の骨を折ったのだった。あまりの痛みに涙を出しながら絶叫し、両膝をついた。
「おいおい、この程度で泣くなよ…な!!」
「うっ!!…ゲホッ!ゲホッ!」
 大男はなんの躊躇もなく、麻実の腹部に蹴りを入れた。蹴りを入れられた麻美は、今まで体感したことのない痛みに倒れ、、血反吐を履きながら顔を苦痛に歪めた。
「お前、容赦なさすぎだぞ」
「へん!どうせ男がいんだろうし、そいつより俺が強いって事を見せつければ、まぁ、玩具にでもできるだろ」
 そう言うと、大男は麻実の着ている制服の襟元を掴んで、倒れている麻美を無理やり起こし、そのまま引きずるようにして和巳の下まで連れて行き、やや乱暴に麻美を下ろした。
「ま、麻実!?」
「…り、稜…ごめん…やっぱり…あたし風紀委員には向かなかったみたいね…」
「あらら~?もしかして、その首にかけてるのって…アンタの彼氏からのプレゼント?」
「あ!返して!!…う!」
 和巳が麻実の首から外したペンダントは、今朝稜と正美に自慢していた星が半分になている銀のペンダントだ。それを和巳は、麻実の目の前で揺らした。すると、麻美は取り返そうと状態を起こそうとしたが、腹部に激痛が走り、再び倒れたのだった。
「へぇ~、ベタで安っぽいプレゼントねぇ~?アンタの彼氏って、そうとうセンスがないのねぇ?」
「狐月をバカにしないで!!」
 麻美は和巳を睨み、そう言った。すると、和巳はニヤリと笑ってから、こめかみの部分に青筋をビキッ!と浮かべ、口を開いた。
「うわうざぁ…というわけで…ほら、自分で取りな!」
 和巳は、麻美から取り上げたペンダントを、麻実の手がギリギリ届く範囲のところに落とした。すると、麻美は一生懸命手を伸ばしてペンダントを拾おうとして努力した。そして、あと数センチで手が届くと思った次の瞬間…
「はいタイムアウト~!!」 
「あ!!」
「な…」
 和巳はにこやかに笑いながら、ヒールの部分でペンダントを踏み砕いて見せたのだった。あと少しで手が届くと、そう思っていた麻美にとって、この光景は絶望そのものであろう。
「あ…あ…うそ…嘘よこんなの…いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 麻美は、これで完全に自我を失い、どん底へ落ちるように頭を抱えて発狂した。そんな麻実の姿を見て、まるで愉快なものでも見ているような表情を作っている和巳が居た。
「あぁ~あぁ~あぁ~、壊れちゃったぁ…これってあたしのせい?」
「そうっすよぉ~これはひでぇ…ははは」
「あ~、ほんと姉御と居ると壊れる人が見れてたのしいですよ~あはははは!!!」
「てへぺろ~」
 この三人のやりとりに、稜の怒りが臨海をこえた。
「てめぇら!!!許さねぇ!!殺す!!!ぜってぇ殺す!!!!!」
「なんでそんなに威勢があるのか知らないけど…てめぇはこの弱い奴があたしらの手元にある限り、指の一本も触れられなでしょ~?」
 和巳はそう言って、怒りの咆哮にも似たような声でそう叫んで立ち上がろうとした稜の頭を踏もうと足を上げた。その時…
「ブッ!?」
「「姉御!!」
 なんと、一気の掃除ロボットが、和巳の顔面に横からロケットのようにぶつかったのだった。突然のことにぶつかった本人と、精神が崩れ、気を失った麻実と、催眠術にかかっている正美以外の全員が、目を丸くした。そして、ぶつかって倒れた拍子に、和巳は、正美から手を離して地面に倒れ、ほんの一瞬だったが意識を手放した。
「……だぁ~れ?今この有名モデルのあたしの…綺麗な顔に向かって掃除ロボットをぶつけてきたのは!!!!」
「!!(チャンス!ナイス狐月!!)」
 稜は一瞬の隙をついて立ち上がり、倒れている麻実と正美を抱きかかえ、狐月の方へと走って向かった。その時の狐月の顔は、怒りの雰囲気を漂わせていた。
「無事かい?」
「正美はな…けど、麻美は…悪い…守れなかった…」
「神谷君が気にすることではない。私がもっと早く駆けつけていれば、こんなことには…」
 狐月は拳を強く握り、俯きながらそう言って、体を震えただせていた。
「それよりも…お~い、起きろ~正美~」
「う…ん…ふえ?あれ、稜?わたし、どうなって…あ!稜!その怪我!」
「え?あぁ…」
 稜の右手は、二箇所から血が流れ出ていて、稜も今気づいたとでも言うような表情でヒールが貫通した右手をまじまじと見ていた。
「ヒールって本当に貫通するんだな…」
「のんきに言わないでよ!!重傷だよ!」
「あ~、まぁそんなことより…正美、頼みがある…」
「頼み?」
「ああ、麻実の面倒見ててくれ、ていうか、起こせたら起こしといてくれ」
「う、うん…わかった、任せて!」
 正美がそう返答すると、稜は正美に向かってにこりと微笑んでから、左手に閃光真剣で作った片手直剣を握った。
「…さてと…やるか…狐月」
「ええ。それでは。」
 稜と狐月は右手に腕章をはめ、三人の前に走って向かい、立ち止まって口を開いた。
「風紀員だ!!一般人への暴行罪で、貴方たちを拘束する。」
「大人しく務所に入ってもらうぞ」
「はぁ?てめぇらばかぁ?二人で三人を相手にするつもりぃ?」
「できるさ、俺とこいつならな…」
 稜はそう言って、閃光真剣の剣先を和巳の目の前に突きつけた。すると和美が一歩下がり、口を開き、小さく声を発した。
「やれ…」
「「ヘイ!」」
「偏光能力の方、時間稼げるか?」
「レベルによって変わる。」
 と狐月は言っているが、時間稼ぎはできると言う意思表示であるのだ。
「素直じゃねぇな~」 
「貴方にだけは言われたくない台詞だ。」
「はは…そらどうも!!」
「うぉあ!?」
 稜は、大男の腹部に強烈な膝蹴りを入れ、両膝をつかせた。しかもそこは、稜が一番最初に食らわされた場所だった。
「おまえわざと…」
「なにが…」
「きたねぇぞ…」
「それ、人質とって一方的な攻撃をしたお前らが言えた立ちかよ…で?自首する?」
「クソ…」
 大男は吐き捨てるように言葉を漏らし、大人しく手錠を掛けられたのだった。そして、同タイミングで、長身の男も狐月によってあっさり捕まっていたのだった。
「さぁ…残りはあんただけだ…」
 そう言って、稜が和巳に歩み寄ると、和巳はジリジリと後ろに後退していった。そして程なく、花壇がかかとに当たり、和巳は逃げ場を失った。
「大人しく捕まれよ」
「嫌よ!!てめぇらなんかに捕まるか!!!だいたい、てめぇらがあたしの楽しみを奪ったのが悪いのよ!!!」
「自分より下のやつを見下して、一方的に力振るって…何が楽しいんだよ!!」
「…見下して何が悪いのよ!!あたしはモデル!!スケベな男はあたしの身体に鼻の下を伸ばして!!同性はあたしを羨む!!!そんなあたしが下のやつを見下してもいいじゃない!!!」
 高慢な人間とは正に彼女のことだろう。彼女は一流のモデルとしての素質があり、周りのモデラーよりも飛びぬけた存在だった。それは本人が一番よく知っていたと思われる。だからこそ、自分以外の人間が劣勢に思え、他人を見下すことに快感を覚えしまったのだろう。
「……歯ぁ食いしばれよ…」
「な…なによ…」
 稜は未だに出血が止まっていない右手の拳を握り締め殴る構えをとっている。
「まずはその偏見をぶち壊す!」
「ブッ!!」
 そしてなんの躊躇もなく、稜は和巳の左頬に右ストレートをぶつけた。すると、和巳はそのまま気絶した。
「いってぇ………」
「またか…君は…」
 稜は安堵に包まれたのか、いきなりバタン!とその場で倒れた。そして、アンチスキルが到着したのは、それから五分後の事で、稜と麻美は病院へと搬送されたのだった。

「う…ん…ここは?」
 麻実と稜が搬送されたのは、おなじみカエル顔で凄腕の名医が居る、とある病院だ。そこで先に目を覚ましたのは…
「目覚めましたか?麻美さん」
「え?狐月?あたし、どうして……!!あ、あたし…」
「泣かないでください。私は、あなたの笑顔が見たいです。それに泣きたいときは、私を使ってください。」
 そう言って、狐月は今にも泣きそうな麻実のことを、優しく抱きしめた。
「狐月のバカ…」
 そして麻美は、狐月の腕の中で泣き出し、しばらくすると、またいつもと同じ笑みを浮かべた。

 そして同病院、稜が入院している病室では、酸素マスクをして、心電図を示すためのパッチが胸に貼られ静かに眠っている稜の姿がった。腹部と右手には包帯が、そして、体のあちこちにも湿布が貼られている。
「先生…稜は目を覚ましてくれますよね」
「…僕を、誰だと思っているんだい?ここに来れば、僕が必ず君たちの体を治す。だから、まかせてほしいね」
 そこで、カエル顔の医者は一呼吸おいて、言葉を続けた。
「けど、あの彼がここまで身体を酷使したのは初めてだね」
「稜は…無茶なことをいつもしています…それで人を助けているんだから、いいと思います…けど…」
 正美の目からはぽろぽろと涙がこぼれ、自分の手にポタポタと落ちていった。そして、言葉を続けた。
「わたしは…稜にこんな無茶なことはして欲しくないんです!」
「………ここで無茶しないで…いつ無茶なことをすればいいんだ?」
「え…稜…」
 稜は目を覚まし、酸素マスクを自力で剥がし、正美の頭に左手をポンと乗せ、軽く撫でながら言葉を続けた。
「なぁ正美。俺はできる限りでみんなに頼っている。けど…あんなことになったら無茶をするしかねぇだろ?例え、それが物理的法則をまるっきり無視した次元に身体を放り込まなきゃいけない時もある。もそれが正しいとは思ってないぜ?けど…そうしなきゃ守りたいものもろくに守れない…」
「稜…」 
 稜は優しく微笑み、さらに言葉を続けた。
「だから、正美は俺が帰ってくるのを、あの部屋で待っててくれよな?」
「うん!」
「…で、俺の怪我はいつ治るんですか?」
「その意識の回復の速さからすると…明後日には完治できるよ」
「それでも一日は安静か…まぁ幸い明日は土曜だしな…」
 そう言って、稜は医者の目の前で心電図を図るパッチを外してみせた。稜はこういったものが苦手で、すぐに外してしまう癖があり、今回もそれが出たのであった。
「え!?外しちゃダメだよ!」
「いや、意識は回復したから、もう彼には必要ないだろう」
「だってよ?」
「もう、じゃあ、明日はわたしが、いっっぱい付きっきりで看病してあげる!!」
「よろしく」
 そんなやり取りをした翌日、麻美は無事に退院し、稜は病院のベットで、看病に来た正美といろんな話をしながら、安静に過ごした。
END

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最終更新:2013年01月11日 17:14