ーーーーー学園都市には人々の知らぬ「闇」が存在する。
     それはまるで、底の無い沼のように。 それはまるで、光の入らぬ闇夜のように。

     一度足を踏み入れれば二度と戻れない。這い上がることの出来ない無間地獄。

この物語は、そんな学園都市の「暗部」を生きる、修復者(デバッカー)達の物語であるーーーーー



~~side H~~
XX年一月一日:置き去り用収容施設「ガーデン」にて

     時刻は午後11時。摂氏0度。身を刺すような寒さの中意識が浮上してきた。

     「・・・・ん!・・・・・さん!」

     誰かの声が聞こえる。さて、微睡みの世界を泳ぐのはそろそろ終わりだ。・・意識が覚醒する。

     「・・・さん!人臣さん!聞いてますか!」

     ・・・?・・・ああ。どうやら少し眠っていたらしい。
     そういえば覚醒薬を服用してから既に3日経つ。
     そろそろ服用し直さなければならないだろう。

  人臣「聞いてるよ。それで?何の話だっけ?」

     聞いてないけど。

 研究員「聞いてないじゃないですか・・・。今回確保できた「置き去り」は15人です。」

     15人。他の研究者との競合を考えれば上出来だろう。
     それだけの数があるならば、しばらくは研究にも遊びにも困らないハズだ。

  人臣「ご苦労さま。それじゃ、ボク達は一足先に研究所に戻るよ。
     「置き去り」達は、トラックが来たら勝手に運んでくれるから」

     そういってボクは車に乗り込む。・・・と、隣の人間が何か言いたそうだ。

  人臣「何か問題でも?」

 研究員「いえ・・・。何も人臣さん自ら運転することは無いんじゃ・・・。
     眠たそうにされていましたし、私に任せて下さっても構いませんが。」

     ・・・この人間は何も分かっていない。他人の運転する車に乗ることなど
     ボクにとって何の価値もない。

  人臣「それには及ばないよ。運転は数少ないボクの趣味なんだ。
     キミはそれを奪うつもりかい?」

     そう、車はいい。ボクの聞きたいことだけに答えてくれるし、
     何よりも余計なことは言わないし。愚かな人間よりもよっぽど優秀だ。

 研究員「いや、そういう訳ではないですが・・・。人臣さん見た目が子供だから、
     運転してるの見てると不安d(ビシィ!  って、痛いじゃないですか!?」

  人臣「人を見た目で判断するのは感心しないねぇ。ボクはこれでも立派な大人なんだが」

     自分で言うのは癪だが、ボクの見た目は10歳前後の幼子と見紛う程に幼い。
     ・・・これでも成人はしているのだが。

     まあ、こんな人間の戯言に付き合ってる暇もない。
     ボクはアクセルに足を掛けると研究所へと車を飛ばした。
     チラリと目を横にやると「置き去り」のリストが目に入った。
     彼らのこれからを考える。彼らはこれからボクの実験の被験者となる。
     被験者、といえば聞こえはいいが要するに実験用のマウスのような物だ。
     どう考えたって無事では済むまい。心から壊れていく者もいるだろう。

     ・・・・堪らない。これだから研究者はやめられない。
     人は壊れていく様は、何にも勝る芸術だ。どんな人間であろうと散り際は美しく、
     そして人は散りゆく過程こそが美しい。
     研究の結果など二の次だ。この美しさに比べればレベル6すら些細なことでしか無い。

  人臣「・・・これから、楽しくなるなぁ・・・。フフフ・・・。」

 研究員「何か言いました?って、人臣さんって笑うと意外とカワイイd(ズビシィ!!」

  人臣「無駄口を叩いてる暇があるなら、今回の被験者から具合の良さそうなのを見繕っていてくれ」

      車は研究所へと近づく。ボクの運命を変える出来事が待っているとも知らず。



ーーーーーこの後、ボクは一人の少女と出逢う事となる。
       そう、後にも先にも二度と出逢う事の無いであろう逸材と。
    彼女との出逢いがボクを含む学園都市の暗部を変える事になるのをボクはまだ知らないーーーーー








ーーーーーーーーーーーーーーーとある科学の問題修復(チャイルドデバック)ーーーーーーーーーーー







~~side H~~
XX年一月十五日:人臣上利の所属する研究所「名前まだ決めてねぇ」

  人臣「・・・ぅん。」

     ・・・どうやらまた眠っていたらしい。覚醒薬に耐性がついてしまったのかもしれない。
     暇を見て、配合を変えてみる必要がありそうだ。でないと不測の事態が起きる可能性がある。

     ・・・因みに、覚醒薬というのは
     「脳を活性化し睡眠を取らずとも100%の機能を発揮できる」という代物だ。

 研究員「失礼します。人臣さん、ご報告が・・・。仮眠中でしたか?あれでしたら出直しますが。」

  人臣「それには及ばないよ。・・・それで、報告ってのは?イレギュラーでも起きたかい」

     イレギュラーがあったというのなら逆にありがたい。
     最近は実験の進展も見られなくなって来たところだ。何かしらの変化が欲しいところだし。

 研究員「いえ、それが。実験の下準備のためにこの前連れてきた被験者達に能力開発を行っていたのですが・・・」
     被験者の一人が能力を発現したような素振りを見せました。」

     へぇ・・・。この短期間で能力を発現するとは。中々素質がありそうな人間だ。
     素質のある人間はそれだけ成果を出しやすい。
     同時にそういう人間は壊れてく様もまた様になる。

  人臣「把握したよ。今後はその被験者の動向に注意していてくれ。そのうちボクも様子を見に行く」

 研究員「了解しました。それでは、失礼します」

     研究員の置いていった資料を手に取る。

     歳は・・・6歳か。被験者の中では年齢が高い方だ。最も、そう珍しい訳でもないが。

     『目で追っていた虫が何の前触れもなく落下した』
     『ガラスの壁の向こうのペンがいつの間にか移動していた』
     『一瞬だが、瞳が光ったように見えた』

     前の二つを見る限り念動力系か・・・?しかし三つ目は何だ?視覚がトリガーとなる能力か?

     ・・・ここで考えても今は答えが出そうにない。次の報告を待つとしよう。

     そう思い目を閉じる。案外早く眠りはやってきた。・・・少し疲れていたのかもしれない。


XX年二月十五日

   人臣「これは・・・。」

      一ヶ月後。再びボクの所へ報告が上がってきた。

      『同室にいた被験者が何の前触れもなく吹き飛ばされるという事案が発生。
       原因は室内で発生した原因不明の強風によるものであり、
       また、彼女のみ被害に遭っていないことから彼女の能力が発現した結果と思われる。』

   人臣「空気使いか・・・。
      いや、しかし発現からまだ間もないのに人を吹き飛ばすような強風を起こしたのか?
      だとすれば、条件次第ではレベル5にもなれる器かもしれないな・・・」

      ・・・これは、一度実物を見ておく必要がありそうだ。
      そこまでの能力者であるならば、安易に他の被験者と同じプログラムを課すのは愚策だ。
      高位能力者が対象ならば、今までと違う結果が出るかもしれない。なにより・・・。

      きっとこの「おもちゃ」ならボクを満足させてくれるに違いない。
      そんな期待がどこかにあった。・・・根拠もなく。

XX年二月十六日:被験者収容室

   研究員「おや。人臣さんが出てくるなんて珍しい。・・・例の被験者についてですか?」

    人臣「ああ。少々気になることがあってね。一度実物を見ておこうかと」

       そういって収容室の中を見る。
       例の事態が起きた後で、再発を防ぐため個室が与えられたらしい。
       肝心の被験者は・・・。どうやら奥の方で俯いているらしくここからでは顔が見えない。

    人臣「中に入っても構わないかい?」

   研究員「え!?危ないですよ!さっきあんな事があったばかりなのに」

    人臣「問題ないよ。危険があるならさっさと引き上げるさ」

       そういってドアを開錠する。部屋の中に入っても特に変わった様子はない。
       奥にいる被験者の元へと近づく。・・・動く気配が無いようだが、これはまさか・・・。

     ???「・・・スゥ。・・・スゥ。・・・ぅん」

       寝ている・・・。この状況で昼寝が出来るとは、なかなか図太い神経の持ち主のようだ。
       何にせよ、ここまで来たからには顔位は見ておきたい。

    人臣「君、起きなさい」ユサユサ

       肩を揺する。揺すりながら思う。
       この状況は他人から見ればかなりシュールではないのだろうか。
       自分は既に成人しているが、見た目の年齢はこの被験者とそこまで変わらない。
       十歳に満たない幼子が二人並んだこの状況で、
       片方が「君、起きなさい」と肩を揺すっている。
       ・・・まるで何かのごっこ遊びのようだ。

       そんな事を考えている内に目の前の被験者が目を覚ます。

     ???「・・・ぅ。あなた、だあれ?」ムクリ

       顔を上げる。その顔を見て、まず思ったことは・・・

    人臣「猫・・・」

       そう、猫である。何もそのままの意味ではなく
       その顔立ちや髪型が猫を連想させる、というだけの話だが。
       大きな瞳に整った顔立ち、そんな顔面から視線を上げれば猫の耳と見紛うような癖の付いた黒髪。
       ・・・そんな事はどうでもいい。被験者など所詮ボクのおもちゃに過ぎない。
       彼女もこれからボクのおもちゃになると思うと楽しみで仕方ない。

    人臣「ボクは人臣上利。この施設の責任者だ・・・と言っても伝わらないか。」

     ???「・・・?ひと、おみ。それがあなたの名前?」

    人臣「そうだ。
      ・・・要するにキミは、これからボクの言うことを聞かなくてはならない。分かるかい?」

       この研究を続けてきて思うことは子供の扱い難さだ。
       無知な子供たちはボクの言うことを理解できず、
       かといって間違った事を言えばそれもしっかりと覚えてしまう。
       不必要なものが多すぎるのだ。

     ???「そっかぁ・・・。あなたも私に痛いことするの?」

    人臣「・・・ああ。痛いことも苦しいこともするつもりだ。キミ達にとってボクは絶対なんだ。
       キミ達はボクのおもちゃなんだから。」

     ???「いやだ、っていってもやめてくれないの?
       ・・・くれないんだね。ひとおみっていじわるなんだね。」

       意地悪とは、また妙な言い方をするものだ。
       自分の命を奪うかもしれない相手に対する言葉にしては随分軽い。
       まぁ、6歳の幼子にこんな事を言っても仕方ないが。

     ???「わたしの名前もいわないとね。・・・しほ。しほう しほ(四方 視歩)だよ。」

       「四方 視歩」か。・・・いや、なかなか大していい名である。
        というか、書類にも書いてあっただろうにそれを確認してなかったのか。
        そこまで集中力に欠けていたのだろうか。そろそろ少し休暇を取るべきか。
        そんな事を考えていて、ふと気づく。なぜこの子はこちらに向けて掌を向けているのか。
        嫌な予感と共に彼女の口が開く。

    四方「わたしね、すごいことに気が付いたの。こうやって手を向けて・・・。
       『飛べ』って思うとホントに飛んでいくんだよ。」

    人臣「ッ!?」

       迂闊だった。能力が発現したのならこう言う可能性も考えるべきだったのだが・・・。
       だがこんなことは初めてである。
       置き去りの子供たちが明確にボクに敵意を向ける事はこの時点では多くない。
       幼さゆえに自分がされている事が理解でき無い。
       ボクという現況に危害を加える、という発想に至らないのだ。

       その時起きた事は至って簡単である。
       彼女の能力で生み出されたのであろう強風でボクが吹き飛ばされただけのことである。
       ・・・だが、その威力は単純では済まなかった。
       吹き飛ばされたボクは壁に打ち付けられ、尋常ではない衝撃を受けた。

    四方「あれ?ひとおみ、どうしたの?・・え、ひと・み。ねぇ・・・ば!」

       まずい、意識が遠のいてきた。
       不覚をとった自分への憤りと共に自分がどこか歓喜を覚えていることに気がつく。
       こんな子は初めてだ。恐らく彼女にはボクに対する敵意は無い。
       にも関わらずボクに対して能力を躊躇なく使ってきた。
       それが異常な事だとは微塵も思わず、さも当然のように。
       ・・・きっと彼女もボクと同じ「異常者」なのだろう。
       その事実が何よりもボクを歓喜させたのだ。
       「異常者」が「異常者」を壊す。これ以上なく滑稽且つ、愉快ではないか。
       ボクの全力をもってこの子を壊してみせる。
       そうすれば、ボクは今までにない何かを掴めそうな気がする。
       怒りと喜びが混ざり合った複雑な感情を抱きながら、
       さながらTVの電源が切れるようにボクの意識が消失した。





ーーーーーこの出会いは、それこそ「運命の出会い」だったのだろう。
         この話は、ここから紡がれる彼女たちの物語の序章の始まりに過ぎない。
     この英雄譚というにはあまりに不格好で稚拙なこの物語の序章は、
                   不肖このボクを語り部として進んでいく。ーーーーー

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最終更新:2013年05月23日 22:36