9月13日午前7時19分。
「二人ともお疲れー。」
清々しい朝の空気に包まれた町の一角で、マチが清々しい笑顔でヤールとニーナに合流する。対する二人の顔はやや引き気味だった。
「あの、マチちゃん。……もうちょっと丁寧に扱ってあげよう?」
そう、マチはデヴァウアの足首をつかみ、ズルズルと引きずってきたのだった。お蔭で彼女はマチと戦った後よりも大層ズタボロになっていた。
「後は、……ジュリアさんだけ、か。」
「と言うより、なんであのウェイターさんがアタシ達の敵なのさ。」
「さぁ、ソレは流石に僕にも…」
そう言いあっている二人に対して、ニーナだけが話についていくことが出来ない。
そんな彼女が振り返るとそこには……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は遡り、午前5時38分。
マチとデヴァウア、ヤール・ニーナペアとジェイクが闘っている時。同じく闘いを繰り広げている者たちがいた。
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「フハハハハハハ。どうかね?今まで共にしてきた人と一線を交わす気分は?」
「……………………………………………………………。」
ジュリアと大きく距離をとった場所から
ハーマン=オラヴィストが何やら術式の下準備と『死者の爪(ナグルファル)』 を併行して行っており、そんなハーマンを守るように、
ゴドリック=ブレイクは炎を躱し、『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』で応戦していた。
そもそも「ブリューナク」、正しくは『ルーの槍』という武器自体がケルト神話の数ある武器の中でも強力な代物で、『エリンの秘宝』の一つでもある代物だ。しかし霊装『灼輪の弩槍』は『槍』と『投石機』という二つの側面を持つ「ブリューナク」という武器をゴドリックなりに解釈して作った霊装だ。それ故『偶像の理論』から外れてしまい本来の威力は大幅に下がっている。
その結果、「一本」の矢では人間を殺すことなど到底不可能。牽制程度にしかならずダーフィットに放った様な「三本」の矢を束ねた状態やそれ以上でやっと人間を気絶に追い込める。その「三本」以上の状態でも『業焔の槍』の威力には劣るし、炎に対して優位性のある『封焔の鞘(アンチルイン)』まである。
しかし、威力不足を補うかのように『応用性』と『的確精度』で勝負しているのが霊装『灼輪の弩槍』だった。
氷が、水が、雹が。刻まれたルーンを元に発生し『業焔の槍』の炎を抑え込んでいく。抑え込まれた炎は消え、刻まれた『豊穣』のルーンにより水や氷、雹は増大し、ジュリアへと牙をむく。ジュリアは『封焔の鞘』の毒血で盾を作り、それらを防ぐ。
ジュリアがこの場についた時、ハーマンはすでに術式の下準備に取り掛かっており、ゴドリックもまたルーンを刻んで下準備を迎えていた。
業!! と放たれた「五本」の火矢がジュリアに対して襲い掛かるが、それもまた、『封焔の鞘』から出た毒液で膜を作り、防御する。
突如、ボッ!! とナニかが膜を破り、ジュリアめがけ飛んでくる。ナイフほどの長さの穂先。『灼輪の弩槍』が持つ五つの穂先のうちの2本だった。
自身に襲い掛かる穂先を槍で弾く。弾かれた穂先はブーメランのごとく戻ってゆく。その時、破られた膜の間から、残り二本の穂先を使い、新たにルーンを刻むゴドリックの姿を見た。
「(考えたわね。……ならこっちも布石を打たせてもらうわよ?)」
一方のゴドリックは膜の間から見る。ジュリアが自身の得物を放り投げるのを。
自ら素手になるなんて、通常ならば有り得ないことだ。そう、“通常ならば”だ。
「行きなさい、『業焔の槍』。」
放り投げられた槍は一瞬、空中でピタリと止まったかと思うと、業!! と焔を纏いながらゴドリックめがけて突っ込んでくる。
「くっ……、水、雹、氷よ!!(L、H、I!!)」
刻んだルーンを発動させ、襲い掛かってくる『業焔の槍』に対して氷や雹を水流に乗せて迎撃する。衝突した瞬間、ピキピキピキッ!! と凍り付いてゆく。纏った炎は氷や水を蒸発させながらも徐々に弱まってゆく。
その隙に、少しでも『業焔の槍』の動きが鈍っている間に、ゴドリックは突撃する。4つの穂先はいつの間にか元通りで、『灼輪の弩槍』をレイピアの様に持ちながら、一気に距離を詰める。
ジュリアはそれを『封焔の鞘』から出た毒血で槍を造り上げ、迎え撃とうとしていた。同時に、『業焔の槍』に“氷を出来るだけ早く溶かし、手元に来る”ように命じる。
両者の距離、5mという緊張感を免れない距離で。
『灼輪の弩槍』と『封焔の鞘』の毒血が拮抗する――――――――――――――――――。
その直前、4つの穂先が『灼輪の弩槍』本体から外れ、器用に毒血を避けてジュリアに襲い掛かかる。
完全に不意を突いた攻撃。当たれば致命傷に達する刃。的確に喉、心臓、腹、肩を狙い。
刃はジュリアの肉体に達する前に、まるでカメレオンの舌の様に伸びてきた毒血に絡め捕られた。
「やると思ったわ。」
冷静にそう告げるジュリア。絡め捕られた4つの刃は『封焔の鞘』の毒血でが元々持つ「触れたものを鈍らせる」という効果で次第に動きをなくしていった。
飛ばした穂先は毒血の中。火矢もまた、毒血の前では無力。『業焔の槍』ももうすぐ氷を溶かし切って、ジュリアの手元に来るだろう。
「……………!!」
それでも、ゴドリックはまだ穂先を残した『灼輪の弩槍』を握りしめ、振るう。
「なっ……!?」
こんどこそ完全に不意を突かれ、『封焔の鞘』は身体から離れる。それと同時に宙に浮いていた毒血も地に落ち、効果を失い、水溜りとなった。
再びゴドリックが『灼輪の弩槍』を構える。
しかし、とった行動は前進ではなく、後退。氷を溶かし切った『業焔の槍』が炎を纏いながら、頭上から降ってきた。もし前進していたらきっと炎に包まれたまま串刺しになっていただろう。
ジュリアはすかさず槍を掴み、構える。ゴドリックもまた態勢を整え直すと、『灼輪の弩槍』をレイピアの様に構え、突きにきた。ジュリアもそれに応戦するために、『業焔の槍』を振るう。
剣と槍が対決する場合、大抵槍を持つ者が勝つ。その最大の要因は『間合い』だ。槍の間合いは剣よりも大きく、槍を持つ者は大抵ソレが勝因となる。
しかし、もし。
剣を持つ者が、槍の間合いに入り込んだのならば?
『灼輪の弩槍』の穂先で、『業焔の槍』の切っ先を受け流す。
一瞬の攻防。一歩でも間違えば、待っているのは、串刺し。そして焼身。
それを乗り切り、ゴドリックは『業焔の槍』の間合いに入り込んだのだった。
「(マズイ、入りこまれた!!)」
ジュリアは焦って『業焔の槍』を引き戻そうとする。しかし、その直前でゴドリックが柄を掴んできた。
『業焔の槍』が炎を発する箇所は穂先だけではない。石突きや柄からも炎を発する。ゴドリックが柄を掴んでいることは、自殺行為にも等しい事だった。
ジュリアにとっては当然チャンスであったのだが、一歩間違えれば焼死の可能性もあるし、ゴドリックも『業焔の槍』、引いては「ルイン」の伝承は知っている。ならば、自殺行為同然の事だと理解できる筈だった。
何より、そういう発想をする暇もなかったのだ。
「―――――――――――。」
「…………え!?」
ゴドリックがようやく声を発し、思わずジュリアは呆然としてしまった。その隙にゴドリックは大きく距離をとり、ハーマンの近くまで引き下がってしまった。毒血に捕らわれていた穂先もいつの間にか元通りだった。
「ゴドリック……?今、なんて」
ジュリアが問いかけるその前に―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
「…………完成だ!!」
それを遮るかのように、ハーマンが声を荒げる。
「『剣狼の冬(フィンブルヴェト)』で、この辺一帯の住民の不安を増大させ、ジェイクに連続殺人事件を起こさせ、そうやってこの術式…………『神々の黄昏(ラグナロク)』を発動する環境が整えてきた!!そして今!!最後の準備が整ったのだよ!!」
『神々の黄昏(ラグナロク)』とは、ハーマンが生涯をかけ練ってきた術式であり、切り札でもある
最終戦争ラグナロクの引き金を象徴とした術式によって、周囲の環境を整備することで発動する。
術式が発動すると伝承の最終戦争ラグナロクの通り、周囲一帯を火が覆い、天空から星が落ち、水が襲い、全ての生命は滅ぶ。
流石に規模はハーマンの周囲30mと小さいが、現象自体はラグナロクを象徴する要素でしかない。
その為、攻撃を防いでも死を防ぐことはできない。
しかしそれだと本人も確実に死んでしまう為、伝承でラグナロクの難を逃れたギムレーという場所の特性をルーン文字によって再現し、
それによってラグナロクの戦火を回避する『安全地帯』を生み出している。
これは他者にも扱える回避法であり、この術式に使われているギムレーの組成さえ解析できればラグナロクを受けても無傷でいられる。
しかし、ハーマンはギムレーに侵入させるつもりも、解析させるつもりもない。そして術式の成果を試すために、周囲30mを殲滅するつもりでいた。
僅かに地面が揺れ、地鳴りとなり、遂に大きな地震となる。
都市の真っただ中だというのに、何処からともなく水が湧き上がってくる。
僅かに白んできた空には、血の様に紅い星が顕れ、炎を渦巻かせながら今にも降り注いできそうだ。
「ラグナロクですって!?戦略級の魔術レベルかもしれない術式をまさか……一人で!?」
ジュリアは目を丸くし、息をのむ。彼女を襲う大地の叫びは立つことさえ許してはくれない。ジュリア=ローウェルと言う一人の人間を殺すのには、あまりにも過剰すぎる術式。しかし、ハーマンの頭は完全にハイになっていて、そんな事は考えてすらいない。
「全ての生き物は死に絶え!!世界は滅ぶ!!例外など、存在しないのだよ!!さぁ、殲滅せよ!!『ラグナ……」
ジャキッ。
「ロ?」
後ろから聞こえた不吉な音に、思わずハーマンは息をのむ。
ジュリアもまた、『神々の黄昏』の威力に驚いた時よりも目を丸くする。
ギムレーの中、ハーマンの背後で、ゴドリック=ブレイクは『灼輪の弩槍』を突き付けていた。
そして、迷いなく引き金に手をかける。
「ぐぉわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
轟!!という音と閃光が迸り、『神々の黄昏』の発動が完了する前に、ハーマン=オラヴィストは炎に包まれた。
最終更新:2013年08月03日 00:29