風紀委員178支部のリーダー・浮草が去ってから少しして、時刻は午後1時を回ったところ。
また新たな客が『百来軒』ののれんをくぐってきた。

「「こんにちわ~」」
「……………こんちわ」

少し前に噂していた風紀委員の常連客第1号である少女たちがやってきた。
黒髪くせ毛を後ろで無造作に結んだ、背が高く活発そうな少女・焔火緋花に、
その友人で同じく風紀委員の赤い眼鏡が似合う真面目そうな少女・葉原ゆかりである。
そして焔火の後ろから、人見知りなのか少し恥ずかしそうに顔を出す少女もいた。
腰まである茶髪でツリ目で小柄な、他2人と比べて細身で慎ましやかな少女・浮河真白である。

「いらっしゃい!よう、ゆかりにブレーンバス……緋花」
「ちょっと紀長さン!いきなりなンなンですかァ!?今のものすごく無理ある言い直しはーーー!!」
「落ち着け緋花。つーか何そのテンション」
「でも確かにめちゃ無理ありますね」

福百のものすごく無理のある言い直しに思わずツッコミを入れる小川原中学2年の3人娘。
以前から『百来軒』に来ていた焔火と葉原は風紀委員ではあるがその人当たりのよさからか、
福百や他の常連客も基本的に「来るもの拒まず」な雰囲気であるがゆえにか、すっかりこういう冗談も言える仲になっていた。
福百はその2人と一緒にいた初めての客にふと気が付き、いつものように気さくに声をかける。

「おっと、そっちの茶髪の娘は初めましてだね。ようこそ『百来軒』へ。私は福百紀長。ここの店主だ」
「別名ラーメンバカともいう」
「椿!横から変なチャチャ入れんじゃねえ!コイツは赤堀椿。私の友達だよ」
「にひひっ、よろしくっ!」
「えーっと、森夜詩門っす。よっ、よろしくです」
「詩門君、美人に囲まれた男子1人状態で緊張しちゃってんのかなー♪」
「確かに紀長さんも椿さんも美人ですよねっ!」

『百来軒』の面々が軽く自己紹介をする。
その中で福百は焔火から普段言われ慣れないことを言われて、照れくさそうに挙動不審になり目を泳がせた。
そして黒一点状態だと気づかされた森夜の姿勢がいつもよりも猫背になってたり
いつもより顔が若干赤めなのは気のせいだろう。……たぶん。

「おい緋花、おだててもラーメンの割引はしねえぞ」
「えっ?お世辞じゃないですよ?」
「素かよっ!」
「そんなこと言っちゃって~顔赤いゾ♪紀ィ~長ッ」
「赤くない!うるっさい!黙れ椿!!」
「まあまあ落ち着いてください。そういえば赤堀さんの言うとおり今ここで男性は森夜さん1人だけですね。
『紅一点』の反対になりますが正式名称は特になく、俗語として『黒一点』ということが多いですね」
「ゆかり、お前妙な豆知識知ってんだな……」
「えっ、えーっと…そうなんですか……」

赤い眼鏡の眉間を軽く上げながら豆知識を話す葉原の話に思わず「なるほど~」と言わんばかりに頷く福百と森夜。

「「なるほど~」」
「本当に声に出して言うなっつーのッ」

赤堀と焔火は本当に口に出しちゃっていたが。浮河はそんな2人をチラッとジト目で見ながらツッコミを入れる。
場が少し落ち着いたところで焔火、葉原、浮河も自己紹介を始める。

「初めましてな人もいますし私達も自己紹介しましょうか!私は焔火緋花、小川原付属中学の2年2組です!」
「葉原ゆかりです。緋花ちゃんとは違うクラスですが、仲良く風紀委員やってます」
「お前らクラスまで言わなくていいっつの!……浮河真白です。緋花とは同じクラスで色々世話焼きまくってま~す!」
「ぶー、真白っち!何か私がいろいろな人の世話焼かせまくってる人っぽいんですけどー!」
「また始まりましたか……」

若干棘のある自己紹介を行った浮河に対して、焔火は頬を少し膨らませて抗議した。
葉原は少し頭を右手で抑え、しかし口元は緩ませながらその様子を静観している。
そして浮河は抗議する焔火を鋭い目つきでギロッと見上げながら、言葉を続けた。

「実際そうでしょうが!この間も私に「風紀委員活動中の宿題見せてー!」とかせがんできたのは誰でしたっけェ?ンン?」
「えーっと、そのー……ワ、ワタクシデスノ」

浮河の指摘を受けた途端に焔火の目が泳ぎだし顔から冷や汗が出てきた。
後ろで無造作に結んだ髪の毛もクネクネと別の生き物のように奇妙な動きをし始める。
彼女がかなり動揺している証拠である。浮河も『百来軒』の面々もついその動きに注目する。
その隙を逃さないように葉原のツッコミが入る。

「緋花ちゃん、白井さんのモノマネはいい加減マジでやめて。そろそろ177支部の人に本気で怒られそうだから」
「いや私、今日はまだ白井さんのモノマネしてないよ!」
「え~っ、緋花のアレ面白いのになあ~ッ。あの鈴の鳴るような声マネもそっくりだしィ~」
「真白ちゃんも煽らない!!やっぱり緋花ちゃんにソレ教えたのアナタだったのね!」
「チッ、バレたか。相変らずゆかりは真面目だねェ~。ヘイヘイ、ワタクシが悪うございましたですの~~ッ」
「真白ちゃん、いい加減にしないとぶっ飛ばしますよ。緋花ちゃんが」
「ええっ!?私がやんの!?……って、すみません紀長さんに皆さん。来て初っ端からこんなので」
「一番の大ボケ野郎が無理やりシメんじゃないわよッ!」
「いやいや、さっそく面白い漫才見せてもらったよん。ねっ紀長?」
「椿テメェ無理やり私に振るんじゃねえ!リアクションに困るっつーの!」
「それに漫才じゃありませんっ!」

小川原の3人娘もまたボケとツッコミの応酬を交えつつ、自己紹介を行った。
一応念のために言っておくが彼女たちの通う小川原付属は超進学校と謳われる学力重視の学校だ。
頭もそれなりには鍛えられている……ハズ。決して漫才学校とかではないので誤解のないように。
そして遅ればせながら登場時の記述を1つ訂正。
浮河が慎ましやかなのは、ぶっちゃけ見た目だけである。

「そういや緋花、さっき紀長さんが言った『ブレーンバスター』ってワードに何か思い当たる節でもあんでしょ?ンン?」
「ええっ!?ななな、何でもないよぉ~。べべべ別に最近ブレーンバスターやっちゃったなんてことはないッスよ~」
「緋花ちゃんホント嘘つくの下手だね。まあそれがいい所でもあるのかもしれないけど」
「おいおい緋花、お前マジでやっちゃってたのかよ。頼むから店では暴れんなよ」
「いくら私でも何もなしに暴れませんってば!」
(へぇ~…ってことは、この娘が紀長が言ってたブレーンバスターさん、もとい風紀委員さんかぁ……)

浮河は先ほどから明らかに挙動不審な焔火にさりげなく話しかけつつ手に触れる。
手で触れていて相手がしゃべっている間だけ心が読める能力『本音握手(トゥルーハンド)』を発動して
焔火の思考を読み、さらに詳しい経緯を探ろうとした。
一方、赤堀は少し前の浮草の愚痴に出てきた、面白そうな人物がすぐに現れたことに興味を示していた。
そして経緯を知った浮河の顔が突然ニヤけ出し、どこかの『風紀委員の悪鬼』のような凶悪な笑みを浮かべた。
ニタアァァッという効果音が出てきそうな表情で。

「ほほう、あの『悪鬼』にブレーンバスターをねェ~。よくやった…ゲフン…緋花、お主もワルよのォ~~」
「ちょっと緋花ちゃん!アナタ何やってんの!?」
「えーっと、それはそのー、若気の至りってヤツさー!」
「そーそー若気の至り若気の至りッ!」
「お前ら2人とも開き直るなーー!」

葉原のツッコミに対し、引きつった笑顔と訳のわからない持論で答える焔火&浮河。

「それに若気の至りって私らまだ中学2年なんですけど!確かに緋花ちゃんは同い年には見えないけど!」
「確か小川原って平均75点以上ないとダブってしまう、超進学校なんですよね……」
「そうだね詩門君。でも確かソレって高等部からじゃなかったっけ?」
「ええ、赤堀さんの言うとおりですね。でも風紀委員続けるのは確実に厳しくなると思います」
「いや私、ゆかりっちや真白っちと同い年だからね!確かに成績はギリギリだけどさ!ねえ真白っち!?」

焔火は慌てて両手と後ろで結んだ髪を忙しく左右に動かしながら反論する。
そのたびに大人でも滅多にいないであろう大きな胸も同時に動く。
そんな友人を見た浮河はふてくされた表情で、カウンターに頬杖を突きながら答えた。

「フン、私に言わせりゃー緋花は同級生どころか人間かどうかすら怪しいわ!」
「うわ真白っちヒドッ!どこがよ!?」

焔火の反論を受けて浮河は、それを待ってたんだよ!と言わんばかりに
大きく目を見開いて焔火を指差し……いや焔火のほっぺに指を押し付けながら言葉を放った。

「まず、いまだ成長中のバケモノみてえな胸!異常な馬鹿力!この間ケガしたばっかなのにもう治ってるGな虫並の生命力!その他にもねェ~……」
「ぐぬぬぅ……真白っちのイジワル~」
「コラ真白!テメェ、食べ物屋でその虫の名前出すんじゃねーよ!!」
「あっ!スミマセン。でも緋花の生命力って本当にそういう感じなんですって!」
「まあまあ、他はともかくケガは第7学区に腕のいいお医者さんがいますしね。いや、それを考慮しても不思議なような……」
「何かさっきから私、謎の珍獣扱いされてるような気がするんですけどー!」
「うーん、実際そうなんじゃね?」
「うわ紀長さんまでっ!」
「でもそんな奴だからこそ一緒にいて面白いとも思う訳だけどねェ」
「あっ、私その人知ってるよー!カエル顔のお医者さんでしょー?」

いろいろツッコミ所満載な焔火緋花の生態に関して話す葉原と浮河、そして福百。
そこへ赤堀が割り込んできた。どうやら会話内に自分たちも知っている人物が出てきたことに反応したようだ。

「昔、紀長もよくお世話になってたよねー」
「まあな。ここ始めたばっかりの時は護身術も今と比べてイマイチだったしな。屋台襲われて金巻き上げられたこともあったよ」
「「「!?」」」
「………俺には紀長姐さんが負けるなんて想像つきませんね……」
「ええっ!そうなんですか?『百来軒』にそんな過去があったなんて思わなかったねー」
「すみません紀長さん、嫌なこと思い出させちゃって」
「いや、いいってことよ。今となっちゃそれも……良くはないけど思い出だな!それがあって今の私がいるわけだしな!
それに、後できっちり取り返してやったしな!ハハハ!」

思わぬ流れで出てきた『百来軒』および福百の苦い過去。しかし彼女はそれをも明るく笑い飛ばす。
それは福百がそんな過去をも乗り越えて来て、今に至っているということの表れでもあった。
さりげなく風紀委員が動き出しそうな内容が入っていたが、時効+正当防衛であろうことから焔火も葉原もあえてそこには触れなかった。
そんな中、話題を明るく変えようとしたのか、それともただの個人的な好奇心かは本人しかわからないが、赤堀は別の話題を提供し出した。

「それにしてもさぁ~、こういう緋花ちゃんやゆかりちゃんみたいな反則的なスタイルの娘にもピンクとか似合いそうだねぇ~。にひひっ」
「椿ィ……お前、緋花やゆかりにまで無理やり可愛い系の服勧めるのやめろ。……ちょっと見てみたい気もするけど」
「ケッ、ドーセ私は慎ましやかですよーだ。緋花は御覧の通りの化け乳だし、ゆかりは私と同じ側だと思ったら成長著しいしよォ~」
「そんで真白もイジけんな!」
「イッ、イジけてなんていねーですし!コイツらが早熟なだけですしィ~!胸のことなんか気にしてねえですしィ!」
「そんなイジけなくても、俺は真白ちゃんも可愛いと思いますよ」
「「「「!?」」」」

女性陣の視線がいっせいに森夜に集まる。その勢いに森夜の動きが固まる。
福百や葉原の驚いたような目線や、赤堀や焔火のニヤニヤしたような目線など種類は様々であったが。
一方、浮河は急にカウンターに頬杖をつきながらそっぽを向いた。

「えっ、えっと、いやその……おっ、俺は思った通りのことを言っただけでして……」
「詩門の口からそんな言葉が出るなんてな……」
「詩門君も男の子なんだねぇ~にひひっ」
「へぇ~森夜さんって優しいんですね!アレ?真白っちったら、うつむいたまま固まっちゃった」
「緋花ちゃん、たぶん真白ちゃんは普段言われ慣れてないこと言われて戸惑ってるんだよ」
「………うっさい……」
(誰か男性客でも来てくれないかなぁ………いや、別にこの状況が嫌だってことはないんですけどね……紀長さぁん……)
(言われなくてもわかってるっての!それじゃ……)

女3人寄ればかしましい。この場にはそれ以上の人数がいるから尚更だ。
それを痛感する男・森夜詩門であった。そんな森夜の様子と考えに配慮したのか彼に軽く視線を向けた後、
再び客である少女3人に目線を戻し、自らの両手を叩いて周囲を注目させながら福百は話を切り出した。

「さてと、そろそろラーメン作ろうか!……と言いてえ所だが、今日は近況についてもう少しお話聞かせてもらおうか」

その発言には小川原の3人娘と森夜だけではなく、福百のことを一番よく知っているであろう赤堀も少し驚いていた。

「紀長がお話じっくり聞いてからラーメン作ろうとするなんて珍しいね」
「そうですね……」
「それに」

福百は焔火にチラッと眼差しを向けた後、少し口元を緩ませながら今度は浮河に視線を向け、言葉を続ける。

「そっちの真白ちゃんもさっきから、お友達の悩み事が気になってるっぽいからねぇ~」

対する浮河は急に話を振られたせいか目を丸くし、電気が走ったように背中をビクッと動かし
屋台のカウンターについていた頬杖を崩してしまい慌てて体制を立て直してから反論する。

「ぬなッ!別に私は緋花のことなんざ気にしてないわよ!さっき心を見た時、落ち込んでるのが気になったなんてことはないわよッ!」
「真白ちゃん、友達のことになるとわかりやすすぎます。様々な策で人を翻弄する小川原の『策士』も形無しですね。フフッ」
「チッ、ゆかりも言うようになりやがったわねッ」
「んん?まさか私、真白っちにまで心配かけちゃってた?」
「うっさいわね!いいから緋花はとっとと悩み事ブチまけちまいなさいよ!」
「真白ちゃんも紀長といっしょでツンデレさんなんだね♪」
「「誰がツンデレじゃあ!」」

取り乱した浮河の反応に苦笑いをする葉原と心配そうに見つめる焔火。
そんな様子を見て赤堀はニヤニヤしながら再び茶化す言葉を投げかける。それに対する福百と浮河の答えがものの見事にハモる。

「でも…私のことで紀長さん達や真白っちにまで迷惑をかけるわけには……」
「誰が迷惑っつったよ?」

煮え切らない焔火の言葉を福百がさえぎる。

「私の能力ナメんなよ。レベル0だけど一応読心能力(サイコメトリー)系だかんな」
「!?」
「私は精魂込めて作るラーメンを気持ちよく食べてもらいたいんだ。特にお前らにはな」
「紀長……」

福百はカウンターごしに焔火と目と目を合わせ、表情と声も真剣味を帯びたものに変わった。
さっきからずっと福百を茶化していた赤堀も、さすがに空気を読んでやりとりを見守る。

「ま、悩みがあんならこの紀長姐さんに気軽に言ってみなさいな。こんなラーメンバカでも話を聞くくらいはできるぜ?」

そう言うと福百は右手の親指を立てて自らを指し、真剣な表情を崩しウインクをしながらニシシと笑いかけた。
以前焔火が福百に対して「自分は風紀委員だが『百来軒』を潰さない」という意思と信念を示した直後のように。
そんな福百の言葉を受けて、焔火は目をつぶり上を見上げた後、観念したかのような表情を浮かべながら自らの悩みを話し始めた。

「私は……昔助けてくれた人…緑川先生のように、みんなを守りたい、みんなの力になりたいと思って風紀委員になりました」
「三ゴリ川いやいや緑川先生かぁ~。こりゃまたエラい人が出てきたもんだね~」
「まー、緋花のことは私らも聞いてるよ。夏ごろ入ったばっかりだってのに荒事やら奉仕活動やら、いろいろ頑張ってるねえ」
「ありがとうございます。でも……実際なってみてからは、今やってる大きな仕事も失敗や思い通りにならないことの連続で……」
「………風紀委員ってのも大変なんすね………」
「それで私のありかたは正しいのか、わからなくなってきたんです。『悪鬼』と呼ばれていても実力者だったりエースと呼ばれていたりして
結果を残している人たちのように非情にならないといけないのかって………」

悩みを吐露する焔火とそれに相槌をしながら聞き入る友人たちと『百来軒』の面々。
風紀委員に関する話なので葉原はある程度は知っていたようで、無言で右手で眼鏡の眉間を軽く上げた。
そんな中、浮河は突如立ち上がり眉間にしわを寄せ、険しい表情を浮かべながら焔火のほっぺを抓りだした。

「ったく!ウジウジウジとらしくないわねッ!!この大馬鹿野郎が!!」
「痛い、痛い!何すんの!真白っち!」
「真白ちゃん!何やってるの!」
「ちょっと!店で喧嘩はやめてよね!」
「えっ!?えっ!?お、俺はどうすれば……紀長さん!」
「…………すまん椿、そのまま真白抑えといてくれ………」

慌てて赤堀と葉原が、浮河を焔火から引き離す。
一方福百は複雑な表情を浮かべながら、右手を顎に当てたままじっとその様子を見ていた。
赤堀と葉原に止められながらも浮河は今まで言いたいことを我慢していたかのように、焔火に対して噛みつくように叫んだ。

「このバカ緋花があああ!人の心や悩みには無遠慮にズケズケとあがりこんで力になろうとするくせに、自分の悩みやつらいことは何も言わずに1人で抱え込もうとする!前々からずーーーーーーっと思ってたけど、私は緋花のそういう所がムカつくのよ!」
「真白っち……」

普段から目つきの悪い浮河の目はさらに鋭さを増しながらも潤んでおり、焔火をじっと見つめていた。
実は先ほど『本音握手』を使用した時から浮河の心中は穏やかではなかった。
焔火の心を読んだ時に、いろいろなことが浮河の頭に流れてきた。そこには浮河が知らない顔もいくつかあった。
いかなる精神系能力者と言えどもこの奇妙な感覚にはなかなか慣れないものだ。
………学園都市に7人しかいないレベル5第5位にして、精神系能力の最高峰『心理掌握』でもない限りは。

そんな中、浮河は普段は能天気で悩みのなさそうな親友の心の傷を見つけた。
浮河はいい機会だと言わんばかりに、人の心にはズケズケと入り込もうとするくせに、
自分の悩みはあまり吐露しない親友にあえて深く鋭く切り込むことを決めた。
もっとも今まで浮河自身が、

(緋花(コイツ)に悩みなんかあるわけないわ。あー、考えるだけでも馬鹿らし)

と思い込んでしまっていたからというのもあるが。しかしそれは大きな勘違いだった。
はじめは友人たちとの会話の中で冗談を交えてごまかそうとしていたが、やはり悩む友人を見過ごすことはできなかった。
浮河は心を読んだときに垣間見た、悩みの元凶でもある『悪鬼』と親友の悩みに気づけなかった自分が腹立たしくなった。
だからこそ深く切り込む覚悟を決めた。たとえ根本的な解決ができなくても。
一緒に悩むことしかできなくても。
………ほんの少し、励ますことしかできなくても。

「私は風紀委員じゃないから力になれないか!?それともずる賢い『策士』なんかにゃ相談できないか?アァン!?」
「真白ちゃん、落ち着きなさい!」

浮河はもう一人の親友・葉原からたしなめられて軽く深呼吸をして落ち着く。
そして苦虫を噛み潰したような顔をしながら再び言葉を続けた。

「……ゴメン。私としたことがちょっと熱くなり過ぎたわ。実はねー、さっき緋花の心を読んだ時に大体の事情も見ちゃったのよ。それに関しては本当にすまなかったと思ってる」
「それは、いいよ。真白っちも私のことを心配してくれてのことだしね」
「それじゃー言わせてもらうわね。固地に屈して風紀委員辞めちゃうって道もアリ。だけど実際自分の意志で立ち上がって、
固地ごときに屈さず今も風紀委員も続けているのは緋花自身でしょう?」
「それはそうだけどさ……」
「それに固地の見立てが『絶対』なわけがない!アンタが夢を叶えるために、ちゃんと努力を積み重ねていることは知ってる。
それを固地は言うに事欠いて自分のモノサシ押し付けて怠けてるとか数段劣るとか奴隷だとか抜かしてやがるんでしょ!全く!あのクソ悪鬼も仮にも風紀委員なら、ちったあ言葉選んで話せっつーの!」
「ちょっと真白ちゃん!」
「だいたい私はあんな風紀委員って大っ嫌いなのよ!アレが本物の風紀委員だとするなら、私は風紀委員を心の底から軽蔑するわ!」

それは『風紀委員の悪鬼』に対する『一般人』からの辛辣な言葉であった。
いくら風紀委員内で名があろうとも「お前のような不良風紀委員は認めない」という辛口評価。
焔火と葉原は、そんな風紀委員全体に喧嘩を売るような発言をする友人を何とか落ち着かせようとする。

「真白っち!わかった!わかったから少し落ち着いて!」
「悪いわね。私はアンタら風紀委員ほど人間できちゃいないのよ。それに心の傷ってのはそう簡単に癒えるもんじゃない」
「真白っちは『読心系能力者』だからそういう心の傷には敏感なんだね」
「その通りよ。私はそれをわかっていながら、ヘラヘラ笑って人の心を踏みにじるあのクソ悪鬼が許せない!緋花達を必要以上に傷つけたように、奴は他にも何人もの人間を同じように壊してきた!それに昔の私自身を見せつけられてるようで心底イラつくのよ!」
(やはり真白ちゃんは固地先輩と昔の自分とを重ね合わせていましたか……)

浮河真白は止まらない。
まるで己が親友を徹底的にこき下ろしたこの場にいない『風紀委員の悪鬼』に対しズバズバと指摘する。
それは仮に固地本人がこの場にいたとしても何ら変わらず臆することなく言い続けるだろう。
何らかの意図があったとしても、どんな理由があろうとも、たとえ傷ついた本人が許したとしても、

『親友の心を必要以上に傷つけどん底に叩き落とした固地、そして彼と同じような行為をしていた昔の自分を私は絶対に許さない』

と言わんばかりに。
しかし彼女は自らの怒りと愚痴を垂れ流すだけでは終わらない。
友人たちを励ますフォローも入れる。まるで『私はあのクソ悪鬼とは違うんだ』と言わんばかりに。

「真白っちがそこまで心配してくれていたなんて………」
「だから緋花!ゆかり!お前らは固地ごときに屈する必要はない!あんな住民から煙たがられて、傷つけられた人の痛みのわからない、屁理屈こねて自分のことを棚に上げまくってるクソ悪鬼なんかにお前達が劣っているとは私は思わない!」
「………そうだなぁ」

一通り様子を見ていた福百は浮河が落ち着いてきたことを見計らって、わずかな同意を含めながら会話に入る。

「確かに私も正直『悪鬼』はあんまり好きじゃないね」
「紀長の場合は彼が来たら店差し押さえとかしたり、それで取引したりしそうだからでしょ?」
「そうだよ。そういうの苦手っつーか面倒だからなぁー。あーっでも『悪鬼』がどんなラーメン好きかも気になるし……うーむ」
「紀長ってば、こういう時でもラーメンに結び付けるんだね……まー、紀長らしいとも言えるかな」

『悪鬼』による取り締まりとラーメン狂の本能の狭間で、右手を顎にそえて首をかしげながら考え込む福百。
そんな彼女を見て、赤堀をはじめとする他の面々は福百の基準はやっぱりラーメンなんだとある意味感心する。
話題に出てきた『悪鬼』と福百のラーメンバカっぷりの交差に焔火が乗っかってきた。

「そういえば178支部のみんなから聞いたんですけど、固地先輩ってば好き嫌いスッゴク多いですねー。特に野菜類が」
「うわ、そんな所まで真白ちゃんとそっくりなんだ」
「チッ、ことごとく私とカブりまくりやがって!あのクソ悪鬼め!!」

少し前まで黙っていた焔火が話題に食いついてきたことを見計らって、福百は自分なりの考えを会話の中に織り交ぜる。
まるでラーメンのスープに隠し味をさじ加減に気を付けて、そっと仕込むように。

「だけどそういう相反する事も受け止めつつ、奴から何か学ぼうとしてるんじゃないのかい?」
「!?………やっぱりすごいですね紀長さん。その通りです。私もそれなりには頑張っているんですけど………」
「それでもけっこうキツかったからたまには愚痴りたかった、ってワケだね!」
「………その通りです。ご迷惑おかけしてすみません」
「水臭いこと言うなよ緋花。さっきも言っただろうが。私はお前らには気持ちよく過ごしてほしいってな」

そう言いながら福百は焔火たちに優しく笑いかける。
そして味加減や具材の相性に気を付けながら微調整するように言葉を続けた。

「そしてこれは私なりの考えで合ってるかどうかはわかんないんだけど、その相反するような相手から何かを学ぼうとしているというのは
固地も同じだろう。奴も緋花から何かを学ぼうとしていると私は思うね」
「あの口を開けば憎まれ口しか喋れないクソ悪鬼がですかァ?」
「真白ちゃん!……あー、でもその通りだから否定できないわ……」
「確かに私を指導するとは言ってましたけど、私から学ぶなんて言ってませんでしたよ?」
「あのプライドの高い捻くれ者が素直に言うはずがねえ。ましてや後輩相手にはな。それに人もラーメンのダシも同じ素材同士よりも違う素材がうまい具合に混じり合った方が、いい味が出るってモンだ!」
「そういう意味では緋花ちゃんが相手なのはあのドグサレ悪…固地先輩にとっても幸福だったかもしれませんね。緋花ちゃんは人の長所を素直に認めることができる人ですから」
「………今何かものすごくヤバそうな発言が聞こえたような気がするんですけど………」
「詩門君も?私もだよ………」
「私よりヒデェ渾名だし。全然隠せてねえし!ゆかりィ、お前もたいがいだな」
「何のことですか?」
「………チッ、何でもねェわよ」

口調はいつもの穏やかなものであったが、葉原の眼鏡はギラリと光っていた。
それを見てか自分も人のことは言えないためか浮河も深い追及をやめ、話のシメにかかった。

「何はともあれ私と違って、そういう風に嫌なクソ悪鬼も受け入れようとするお前らは本当にスゴい奴らだと思うわ」
「クールそうに見えて、真白ちゃんってけっこう熱いんだねぇ~」
「いろいろ問題発言言いながらも、真白ちゃんは真白ちゃんなりに私たちを励まそうとしているんですね」
「チッ、まあ、その何だ。これでも私はお前らを応援している。何か困ったり愚痴りたきゃいつでも言えよ。……友達なんだからな」
「ありがとうございます、真白ちゃん」
「………ありがとう真白っちー!」

風紀委員に入っていない親友からの所々乱暴……というか数々の問題発言込みでありながら、
励ましの言葉を受けてお礼を言う葉原と焔火。そして焔火はそんな普段とは違う親友の様子に感極まったのか急に浮河に抱きついた。
焔火からの突然の力強い抱擁に思わず浮河は大声を上げた。
彼女が憎んでいるはずのどこかの『悪鬼』と同じ台詞を叫びながら。

「痛だだだだ!離せ離せ!この馬鹿力め!」
「あっゴメン真白っち!つい感極まっちゃって……」

慌てて浮河から離れる焔火。そこへツッコミを入れる葉原。

「ねえ緋花ちゃん、自分の馬鹿力いい加減自覚した方がいいよ」
「そっかなー?私より強い人はいっぱいいるからそうでもないと思ったんだけどなー」
「普通の女の子は空き缶片手で潰したり、不良軍団相手に何度も無双したり、ゴリラ顔の警備員と組手したりしません!」
「で、でもさ!お姉ちゃんも昔はよくそういうヤンチャしてたらしいし……」
「焔火家がそういうちょっとした戦闘民族なだけです!!」
「それプラス、ゴリ川先生仕込みの頑丈さってワケかい。………あっ、すみません水もらえます?ガラにもなく熱くベラベラと喋って喉が渇いちゃって」
「どうぞ。……それにしても浮河さんって、俺が最初思っていたよりも優しい人なんですね」

森夜から水をもらい目をつぶってそれをゆっくり飲み干して、軽く笑いながら浮河は照れくさそうに呟いた。

「私が優しい?フッ、もしそうだとしたらコイツらと知り合ってからですかねー」
「私、あれだけ饒舌な真白ちゃん初めて見ましたよ」
「真白ほどじゃないけど、私も正直あんま風紀委員自体が好きじゃなかったわね」
「!?……マジですか紀長さん。まー、私は組織の束縛自体が面倒ってのもあるんですがねェ」
「固地先輩のように仕事だけできても思いやりがなければ慕われることはない、想いは届かない……ですか。難しいですね」
「そうだね………」

ここまでのやり取りで風紀委員の少女たちは『一般人』からの『悪鬼』に対する不評ぶりを垣間見た。
『仕事ができる=住民に慕われる』という意味ではないということの難しさを噛みしめ、うつむきがちに呟く葉原と焔火。
そんな2人を元気付けるかのように赤堀が声をかける。

「君達はその『嫌いな風紀委員』には入っていないよ。私も一人の一般人としての意見で言えば『悪鬼』より君達の方がずっと好きだしね」
「………俺もです」
「椿と詩門の言うとおりだ。緋花やゆかりが来るまでは風紀委員は『百来軒』(ウチ)にとっちゃ逃げる対象でしかなかったからな!でも今はこうして風紀委員も店に招いてうまいラーメンご馳走したり、こういうトークもしたりできる」
「私も『百来軒』に戻ってこれなかったかもしれないしね~」
「緋花、ゆかり、改めてだがありがとう」

福百はまっすぐ視線を向けて、本来ならば取り締まる対象であった『百来軒』を認めてくれた風紀委員の少女たちに素直に感謝の気持ちを伝える。
嘘偽りない真っ直ぐな思いを込めて。

「………いえ、どういたしまして………」
「改めて言われると照れますねー。でも私もそういってもらえて嬉しいです!」

照れくさそうにする風紀委員の少女たち。
お礼を述べると同時に葉原は眼鏡をやたらと動かしながらぎこちなく、
焔火は後ろで結んだ髪が別の生き物のように奇妙な動きをしながらも明るく返事をした。
同時に葉原と焔火は、ここにいる『一般人』たちに自分たちは必要とされている、信頼されているということを噛みしめる。
そんな中、赤堀が再び客である小川原の3人に関する疑問を述べてきた。

「ところでさぁ~、真白ちゃんのさっきの様子といい、君達ってけっこう付き合い長かったりする?」
「いえ、そうでもありませんよ。3人とも今の学年になってからの付き合いです。緋花ちゃんと真白ちゃんもそうでしたっけ?」
「そうだね。2年生になってからだよ!真白っちとは席と出席番号が隣同士でさっ!」
「今もそうだけどあのときの緋花はウザかったわねー」
「うわ真白っちヒドッ!」
「でもそのおかげで今、私はここにいる」
「「「「!?」」」」

一斉に視線が浮河に集まる。
浮河の顔も先ほど冗談を言っていた時の、ふざけた悪辣そうな笑い顔ではなく真剣な顔になっていた。

「緋花は私にとって最高にウザい友人であると同時に、私を救ってくれたヒーローでもあるのよね」

浮河は両手で頬杖を付きながら、親友である焔火緋花との出会い話を始めた。
従業員である赤堀もカウンターを挟んだ正面に小さな椅子を持ってきて、完全に話を聞く体制に入っていた。
そんな中「黒一点」な森夜詩門はラーメン鉢を丁寧に拭きながら心の中で呟いていた。

(………やっぱり女性は話が長いものなんでしょうか………まあいいですけどね)

そんな彼に福百がそっと声をかける。

「おい詩門」
「………何ですか?紀長姐さん?」
「ちょっと頼みがあるんだけど」

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最終更新:2013年08月12日 15:52