東雲真慈は学園都市の人間では無い。正確には、学園都市における戸籍を所持していない人間と言った所か。
当然だが、彼は学園都市に住まう子供なら余程の例外が無い限り平等に受けられる能力開発そのものを施されていない。
当人も能力開発を受けるつもりで『科学』の世界に足を踏み入れたわけでは無い。理由は簡潔明瞭。彼は『力』を求め、見出した己が『力』を知らしめるためにこの世界へやって来たのだ。


『真慈は私とは違って才能豊かなんだから、真面目に能力開発を受ければ絶対に高位の能力者になれるよ!!何なら、私からも先生にお願いしてみようか?』
『悪いな、希杏。俺は能力などと言う先の知れた「力」には興味無い。むしろ、能力という「力」すら管理し、凌駕する「力」を俺は求めてここへ来たんだ』


自分を『科学』の世界へ招き入れる切欠となった親友―伊利乃希杏―の膨れっ面に、東雲は唯々クールに返答する。
彼女は『置き去り』で、今はある研究所暮らしであった。実を言うと、東雲自身も早い内に両親を失くし施設暮らしの毎日を『外』で過ごしていたという事情があった。
自分1人の『力』では毎日を満足に生きていくことすらできない状況に東雲は内心腹を立てていた。
『皆で助け合って』という思考に全く同意せず、『独力で生き抜く』ことを旨としていた東雲は施設を管理する大人達の手を何時も煩わせていた。
そんな折、施設へ入る以前に近所に暮らしていた親友の伊利乃から手紙が届いたのだ。そこに書かれていた学園都市の有り様にいたく興味を惹かれた。
最初は超能力というわかりやすい『力』に強い関心を持った。つまりは伊利乃と同じ感覚である。
東雲は、親友の手紙を切欠に施設を管理する大人達に『学園都市へ入りたい』という意向を伝えた。


『君が・・・東雲真慈君かな?伊利乃君も君が学園都市へ入ることをすごく喜んでいたよ』
『コイツのように・・・強大な能力者を管理できる程の「力」を手に入れることができれば・・・俺は・・・』


入学費用さえ払えば、後は奨学金等で生活していける学園都市の制度。加えて、東雲は『置き去り』と同じ待遇が受けられることが判明した。
学園都市には親が居ない『置き去り』に生活の場を提供したり資金援助を受けられる保護制度も存在した。
施設から連絡を受けて派遣された壮年の男性・・・伊利乃を含めた『置き去り』に寝食の場を提供している彼との話し合いで東雲は学園都市へ足を踏み入れることとなった。
この時、東雲は彼の立場―『置き去り』という能力者の管理を任される立場―に興味の視点を変更していた。
彼が言うには、彼が運営する研究所に居る『置き去り』の中にも既に高位能力者が複数存在するとのことであった。
そんな実力者を管理する人間の『力』に東雲はより強い関心を抱いた。強大な能力者を支配する人間の『力』は、言い換えればそれだけの権力を有する証明でもある。
『何時か俺も・・・』。東雲は戸籍管理を含めて学園都市で世話になることとなった壮年の男性を、ひとまずの“参考資料”と見做すことにした。


『先生は、どんな研究を為されているのですか?』
『私か?そうだな・・・一言で言えば生体に関する分野と言った所かな。義体等のサイボーグ技術の向上や予め小分けした生体パーツの生産技術の向上とか。
もっともサイボーグに関しては下火もいい所ではあるがね。今は「外部」からのアクションによって人体をどう動かすかといった研究にも力を入れているよ』


『置き去り』達が集う研究所で生活を始めた東雲は、普通なら早期に受ける能力開発に手を出さなかった。
通常では、能力開発も含めた一通りの教養を数年間掛けて身に付けた子供は新しく通うこととなる各学校の寮に移ることとなっていたのだ。
壮年の男性が『置き去り』達の意思を尊重する性格であったため東雲は“目論み通り”に能力開発を蹴ること―ひいては男性の興味を惹くこと―に成功した。
東雲は、壮年の男性が手掛ける研究分野について深く深く勉強するようになった。権力を持つ人間が身に付ける知識を貪欲に吸収するべく、研究所の外にも出ず毎日夜遅くまで勉強した。


『東雲君・・・いいんだね?』
『はい、先生!!俺の右目を・・・先生の研究に役立てて下さい!!』


様々な知識を学習していく中で、『力』を求める少年は自身の眼球さえ手放した。彼の手で生体パーツの生産技術が向上すれば、自分達を管理する彼の『力』は益々増大するだろう。
いずれは自分の体に戻って来る可能性の高い研究程度に躊躇するようでは、この学園都市では成り上がることなどできない。
彼が成り上がることが、自分が成り上がる際に有益になればいい。子供ながらにして他とは一線を画する思考を持つ東雲は・・・何処までも自分のことだけしか考えていなかった。


『あの野郎!!俺との契約を一方的に破棄しやがって!!!しかも、研究所に残されていたデータを全部消去しやがって!!
俺がどれだけ苦労してここに居るガキ達を能力強度の高い順に薬物中毒状態へ陥らせた上で安定供給してやっていたと思ってるんだ!!許さん!!絶対に許さん!!!』


彼がまだ『甘かった』研究所暮らしは唐突に終わりを迎える。ある日の深夜、常のように夜遅くまで勉強していた東雲が喉の渇きに痺れを切らして、
禁止事項の1つであった『夜11時以降は部屋の外へ出ることを禁じる』というルールを破った際に東雲は見てしまった。彼の本性を。聞いてしまった。彼の本音を。


『だが、甘いな!!この俺が『闇』に属するお前達に対して何の対策もして来なかったとでも思ってやがるのか!!?
どうせ、俺のやり方に気付いたあの新リーダーが死んだ前リーダーと結んでいた契約を破棄したんだろうがな!!残念だが、お前達の技術は既に大方判明している!!
再現方法も個人的に繋がっているコネクションの力を借りて俺は秘かに見出した!!それ等のデータが入ったチップは、東雲から取り出した”眼球”の中に組み込んである!!
移植用として外部からの影響をシャットアウトした“眼球”の場所を知るのは、この俺と興味本位で付いて来た東雲のみ!!
まぁ、このままいけば遅かれ早かれ俺は殺されるんだろうが、その前にテメェ等も道連れだ!!!ハハハハハハハハ!!!』


ほんの少しだけ開いていた扉の向こうで狂ったように高笑いをしていた彼が語る内容は、眼帯を右目に付けた東雲に甚大な衝撃を与えていた。
但し、これは余りのドス黒さに意気消沈したというのでは無い。逆である。東雲真慈は学園都市のドス黒さに“興奮したのだ”。

『この研究所に残ってるガキは東雲と伊利乃だけか!!・・・こうなったら、2人共今の内に始末しておくか。伊利乃は俺に懐いているから簡単だが、東雲は・・・な。
わざわざ前リーダーに頼み込んで『闇』や『書庫』に東雲の情報が載らないように改竄して貰ったんだが・・・。奴は他のガキ共とは違う!!俺には最初からわかってた!!
奴の独善的思考は俺の後釜に相応しい逸材だ!!金と引き換えに素体としてガキ共を提供する契約の例外として前リーダーと密約を結んだ・・・それなのに!!
あぁ、惜しい!!惜しいが仕方無い!!いざという時のために研究所や生体パーツの保管庫を爆破させる起爆装置もここにある。フフッ、誰も彼も全員道連れに・・・グオッ!!?』
『・・・・・・』


全てを道連れに『自殺』しようとしていた壮年の男性に背後に音も無く忍び寄った東雲は、躊躇せずに人体に存在する急所を攻撃する。
生体研究に詳しい彼から習った知識通りに行動する少年は、近くにあったハサミを倒れた彼の喉下へ迷い無く突き刺した。


『真慈・・・!!!』
『希杏。詳しい話は後だ。すぐにここから離脱するぞ。幸い、研究所内の監視カメラは警備会社のモノでは無くこの研究所が独自に設けたモノだ。
俺はずっとこの男に付いていたからな。データには無い研究所の内実までよく知っている。たとえば、「移植用の生体パーツが保存されている保管庫へ続く隠し道」とか・・・な』


壮年の男性の断末魔を耳にした伊利乃に軽く説明した東雲は、彼女と共にこれから必要な物資を身に付けた後に自身が知る隠し道を伝って研究所から離脱した。
彼が言う所の“眼球”も手に入れた東雲は、あらゆる証拠を揉み消すために起爆装置を用いて研究所を爆破した。


『これからどうするの、真慈?』
『とりあえずは、この“眼球”を破壊して取り出したチップの解析。そして、あの男が繋がっていたコネクションと接触を持つことが何より先決だな』
『・・・大丈夫なの?』
『俺達の動きが「闇」にバレていれば、遅かれ早かれ俺達も始末される。そんなことを考えていても仕方無い。
もし、俺達の行動が露見していなければコネクションと接触することで“共犯関係”となれる。そうすれば、身を隠すことくらいはできるだろう』
『その後は?』
『コネクションにとって、俺達が有益な存在であることを示す。そして、いずれはコネクションすら実質的に動かせる程の「力」を手に入れる!!』
『・・・何だか楽しそうね、真慈?』
『・・・フッ。確かに楽しい・・・のかもしれない。この「科学」の世界には、まだまだ俺の及ばない深奥が存在するようだ。
俺は手に入れる。学園都市の深奥すら支配する「力」を。そして、俺の「力」を証明する過程でこの「科学」の世界を俺の思うように変えてやる!!』
『・・・!!!』
『どうする、希杏?今ならまだ間に合うかもしれないぞ?俺を「売れば」お前の命だけは助かるかもしれない。きっと、俺は自分が生き残るためにお前を切り捨てるぞ?』
『・・・ンフッ。そんなことしてどうするの?どうせ「置き去り」の私じゃ、狂った大人達の変な実験の被験者に回されるのがオチよ。
「家族」同然だった皆がそうであったように。だったら・・・あなたと共に往く方がよっぽどいいわ。たとえ、あなたに切り捨てられたとしても』
『・・・わかった。なら、これからお前は東雲真慈の一部だ。いいな?』
『そう。・・・右目はどうするの?』
『爆発で試作パーツは全部吹き飛んだ。義眼という手もあるが・・・この「今」を忘れないためにも敢えてこのままにしておくつもりだ』
『・・・そう』


こうして、東雲と伊利乃はチップの中身を解析・コネクションと接触を持ち、下働きのような立ち位置を手に入れた。
コネクションは『闇』や学園都市上層部との繋がりも持っており、別の『闇』から狙われていた東雲達にとってはとても都合が良かった。
長い潜伏期間を経て東雲はスキルアウト『ブラックウィザード』を立ち上げ、その戦力として伊利乃がチップを解析した結果手に入れた『闇』の技術を応用した“手駒達”を提案した。
供給源は『置き去り』。コネクションとも利害の一致を見て、『ブラックウィザード』は勢力をどんどん拡大していった。
いずれは学園都市上層部と直接的に繋がり、彼等の私兵として結果を出し、ゆくゆくは『闇』に代わって学園都市の深奥を支配する。
それが“孤独を往く皇帝”東雲真慈の目的。故に、彼は・・・彼等はぶつかった。急成長の弊害。世界を牛耳ろうと目論んだ“弧皇”を倒すべく現れた世界の一部足る存在と。






「ぬおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」
「フン!!」

筋肉の神に愛された男の猛攻に“弧皇”は『武器形成』を用いて対抗する。『筋肉超過』による驚異的な自然治癒能力を誇る寒村には生半可な攻撃は通じない。
かと言って、無策で挑んだ所で圧倒的な身体能力を持つ寒村相手では如何に“弧皇”でも分が悪い。ならばどうするか?
東雲が採った対抗策は能力者に対する有効な策の1つ・・・『相手の能力を逆に利用する』。



ガシッ!!!



右腕に装備している『武器形成』から飛び出た合成樹脂が棘付き鞭の形を取る。予め登録しておいたパターンに基づいてうねり始める鞭は、
猪突猛進に突っ込んで来た寒村の右腕を容赦無く絡め取る。当然棘が寒村の剛腕に突き刺さり、常時発動型である『筋肉超過』が発動する。

「グウウウゥゥゥ!!!」
「(自然治癒力を高めるとは言っても痛覚までは防ぐことはできない。我慢するという方法にも限界はある!!)」


しかし、ずっと突き刺さったまま―傷口に傷の原因が存在する状態―であっては『筋肉超過』による治癒も活きてこない。
治癒力単体で硬化された合成樹脂を排除できるわけも無い。そして、『筋肉超過』は痛覚を遮断する能力では無い。

「これしきのことで我輩が止まるとでも思うか、“弧皇よ”!!?ハアッ!!!」
「ッッ!!」

もちろん、寒村も自身の弱点は熟知している。よって、その対策も常に備えている。つまり、自身の傷を広げてまで強引に鞭を排除する。広がった傷はすぐに治癒されるために問題は無い。

「(『書庫』による情報よりコンマ数秒程だが治癒速度が速いな。『武器形成』内の登録情報を変更しておくか)」

寒村の怪力に巻き込まれる前に左腕に装備した『武器形成』から造形した剣によって鞭の根元を叩き斬った東雲は、
金属で覆われた5本の指を“ある一定のパターン”通りに動かし、眼前から得られた新たな情報を『武器形成』にインプットする。
所持者の電気信号パターンから予め登録された武器を形成する『武器形成』の応用として、東雲は“ある一定のパターン”・・・
すなわち特定の電気信号パターンを『武器形成』に送ることで合成樹脂の噴出or形成etcの速度等を随時変更できるようにしている。
今の攻防も、寒村の能力の有り様を少しでも探るべく仕掛けたモノである。弱点である脳や心臓を真っ先に狙わないのも、仕損じる可能性を考慮している故である。

「それにしても、その細身で我輩とここまでやり合えるとはさすがであるな!!貴殿が極悪人で無ければ、共に『筋力』を鍛える同志になれたやもしれぬな!!」
「生憎、俺はそんな『力』に興味は一切無い。俺の欲する『力』はお前が論じるような底が知れているような代物では無い」
「フン!!貴殿はやはり初心を見失っておるようだな!!よかろう!!貴殿を捕らえる前に、この寒村赤燈が『筋力』の素晴らしさを今一度思い出させてやろう!!」

『力』に対する理解と解釈の違いから、何処までも平行線を辿る東雲と寒村。片や、『科学』の世界そのものを牛耳ろうと企む男。
片や、世界の一部足る人間に備わりし筋肉を愛して止まない男。最初からわかり合える筈が無いのかもしれない。
それでも、寒村は目の前の男に『筋力』という初心を思い出させるべく自らの肉体美を最高に輝かせるとっておきのポージングを次々に披露する。

「見よ!!我が上腕二頭筋の逞しさを!!その眼に焼き付けよ!!我が大胸筋の張り具合を!!活目せよ!!我が腹直筋のバリバリさを!!
目を瞠らせ!!我が棘腕筋の艶加減を!!心眼を開眼せよ!!我が心筋の鼓動を!!他にも・・・・・・」
「・・・・・・」

身長2m越えの巨漢が見せ付けてくるボディパフォーマンスに東雲は押し黙る。本音を言えば、呆れて物が言えないと言った所か。
今まで様々な人間と接して来たが、この男程能天気で馬鹿丸出しの人間は居なかった。何故、こんな男が自分の前に立ちはだかったのか。
天が齎した巡り会わせに疑問しか湧かない“弧皇”は、この直後静かに『武器形成』から幾多の釘を射出した。






「まさか、この状況でも実弾を使わないなんて私も随分舐められたモノね!!」
「ガキ相手にはゴム弾で十分だ!!いざという時は、この身体に全て委ねるだけだ!!」
「それが舐め腐ってるって言ってるのよ!!!」

東雲と寒村が戦闘している場所から少し離れた所で、伊利乃と緑川は所持する銃にて銃撃戦を行っていた。但し、緑川の方は実弾を使わずあくまで鎮圧用のゴム弾を用いている。

「別に舐めてはいない!!普段の俺ならゴム弾なんぞ使わずに、この拳骨でガキ共をブン殴っているぞ!?
そんな俺が銃を使っているんだ!!酔って銃を乱射する女でもあるまいしってな!!それだけお前を警戒している表れだ!!」
「・・・本当に甘ちゃんだこと。こんなゴリラが治安組織の一員だって言うんだからお笑い種もいいトコね」

鉄筋コンクリートの壁を盾に一進一退の銃撃戦を繰り返す。だが、ゴム弾である以上“裏”の世界を渡り歩いて来た伊利乃は全く脅威を感じていない。

「ガハハハハ!!それは悪かったな!!何せ、俺は警備員とは言っても予備役みたいな立場だからな!!普通の警備員だって俺と一緒くたに見られたくは無いだろうな!!
だが、これでも就活に勤しむれっきとした人間だぞ?何処かの保育園で先生を務めたいと思うくらいに人間だぞ?・・・子供からゴリラ呼びされるのはもう慣れちまったな」
「子供、子供って・・・本当にムカつくわね」
「うん?」

代わりに“魔女”が感じているモノ・・・その正体は“怒り”であった。東雲とは違い学園都市入学と共に親が蒸発、
『置き去り』となった伊利乃は大人に対してとても強い不信感を抱いていた。あの『先生』に加えて、“裏”で活動していく中で垣間見た大人達のドス黒さが“魔女”の不信感を確固たるモノとした。
故に、『ブラックウィザード』に加入する子供を『家族』と呼んだ。心の底では『家族』という有り様を強く強く望んでいた伊利乃の心意がここにある。
大人のドス黒さを何度も見て来た伊利乃にとって、所詮は子供である敵対組織の人間を懐柔すること等造作でも無いことであった。
周囲のちょっとした変化等に目聡くなったのも、全ては過去の経験が原因である。いや、元凶とも言えるかもしれない。そんな元凶足る大人が自分を阻む。許せない。許せるわけが無い。

「私はね・・・大人がどれだけ醜い生き物なのかをよく知ってるわ!!だから、アンタのような子供を『ガキ』としか見ない大人が心底大っ嫌いなのよ!!!」
「なっ!?手榴弾!!?くそっ!!」

“魔女”の逆鱗に触れた緑川の近場に手榴弾が放り込まれる。ゴリラ顔の巨漢は、慌ててその場から離脱する。
図らずも何時もの口調が相手を怒らせてしまった事実を反省する緑川は、この交錯を期に伊利乃が抱える『闇』を少しずつ理解していくのであった。






「“孤皇”よ!!貴殿に改めて問おう!!!」
「何だ、風紀委員?」
「『力』とは何ぞや!!?」
「世界すら変容させるモノ。変革と言ってもいい。そして、その『力』を支配する『力』もまた俺が求めるモノ」
「それが『ブラックウィザード』か!!?」
「そうだ。『ブラックウィザード』とは、言うなれば俺そのものだ。俺が生み出した『力』・・・様々な他人を制し、俺自身の辣腕によって生み出した『力』。
勘違いするなよ?俺はお前達が持つ『超能力』をハナっから求めてなどいない。俺が求めるのは『超能力』さえも牛耳る『力』だ」
「・・・それが“手駒達”というわけか」
「そうだな。確かに、あの人形達は俺が求めた『力』の一形態だ。だが、あくまで一形態でしかない。あれが使えなくなったとしても、別の手段を見出せばいいだけの話だ」
「(フム。どうやら界刺の見立ては当たっていたようだな。椎倉や橙山先生も指摘していたが、これ程までの独善者で無ければ今回のような捨て身の策を講じれはしない・・・か)」

寒村の問いに東雲は寸毫の躊躇もなくスラスラと返答する。彼等は物理的な戦闘の他に言葉により精神的な戦闘も行っていた。
持ち得る信念を何処まで貫き通せるか。これは相手の“芯”を圧し折る攻防でもあるのだ。

「では、こちらも問おう。お前が求める『力』とは何だ?」
「『筋力』である!!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・それで?」
「これ以上の言葉が必要であるか?」
「(・・・・・・言語の通じない脳筋とは言葉を交わすだけで疲れるな)」

筋肉を鍛えることしか頭に無いと言わんばかりの寒村の返答に、心中で溜息を吐く東雲は下手をすれば気が抜けかねない己の意識を維持することに集中する。
先程の意味不明なポーズと言い今の返答と言い、どうにも緊張感を維持することに苦労する。東雲自身、こんなタイプとの戦闘は初めてである。
真剣なのか馬鹿なのかが判別付かない、しかし確かな戦闘力と信念を持つこの筋肉ダルマは“孤皇”にとって何ともやり辛い相手であった。

「ムゥ・・・この言葉だけで理解ができんとは、やはり貴殿は筋肉の鍛錬が足りぬのだ!!筋肉を鍛えよ!!筋肉があれば何でもできる!!」
「ほぅ・・・ならば筋肉があれば世界を変革できるとでも?」
「世界を変える必要など皆無である!!故に、『何でも』の中に世界の変革は含まれぬ!!」
「(・・・・・・疲れる)」

まともに会話が成立しない。意思疎通ができない。犬や猿の方がまだマシかもしれない。

「不満そうな顔だな?」
「俺のような表情をする人間の方が殆どだと思うが?」
「それは、貴殿が筋肉の声に耳を傾けていないからだ!!我輩には聞こえるぞ!?『天から授かりし己を思うがままに変革せよ』という声無き声が!!」
「・・・・・・」

だというのに、筋肉ダルマが発した言葉から何故あの“詐欺師”が投げ掛けた言葉を連想してしまうのだろう。


『お前がどう解釈しようが勝手だけどな、俺は世界に屈したつもりも世界の奴隷になったつもりも無ぇぜ?俺は世界ってヤツを認めているってだけの話だぜ?
世界に生み出された「力(おれ)」を、この俺が認めているってだけの話だぜ?世界は生み出しただけだ。後は俺だ。俺だけが・・・俺を創る』


寒村が放った言葉が指す意味・・・自身が認めた“詐欺師”が示した言葉が指す意味・・・両者に共通するのは『己の変革』。『世界の変革』では無く。

「鍛えれば鍛える程に筋肉の悲鳴が聞こえる!!鍛錬を積めば積む程に筋肉の歓喜が聴こえる!!積み重ねた分だけ己が変わる実感を得る!!!これを変革と言わずして何と言う!!?」
「・・・それは唯の自己満足だろう?」
「如何にも!!だがしかし、貴殿の“ソレ”とて自己満足以外の何物でもあるまい!!悪辣非道を繰り返した先に辿り着いた境地か・・・我輩には理解しかねるが」
「それは俺の台詞だ。俺はお前の言う境地を理解することができない。その能天気さには唯々呆れるばかりだ」

互いが目指し、辿り着いた境地は種類が違えどどちらとも自己満足であることに変わりない。そう・・・自己満足。これを他人が真に理解することなどできはしない。

「我輩とて、貴殿の思考には呆れて物が言えんわ。東雲真慈よ。何故にそのような『力』を欲する!?そのような『力』を得た先に何を望む!?」
「お前に理解できるとは思えないが・・・俺はこの学園都市を変える。『闇』が深奥にまで根付いた『科学』の世界の有り様を変革する」
「その先に何を見出す!?」
「・・・何も」
「・・・何だと?」

寒村の表情が一変する。『変革』とは何かしらの目的があって初めてその行いに価値を持たせられる。明確な目的意識が無ければ、それは価値を失う。
なのに、“弧皇”は『何も無い』と断言したのだ。これだけのことをしておきながら。『世界の変革』を望みながら。

「“『力』こそ全て”。俺は『力』を求めるのであって、結果を求めているのでは無い。学園都市を変えるのも、『科学』に満ちたこの世界を変革するのも、
ようは俺が持ち得た『力』の試行程度の価値しか無い。東雲真慈という『力』にこの世界が屈した時は、また別の世界を牛耳る『力』を求めるだけだ」
「貴殿は・・・『力』の奴隷か!?」
「違うな。俺は『力』を制する側だ。この右目を失う前から俺はその境地を目指している。『ブラックウィザード』を立ち上げたのも、
自分がこの世界のどのランクに立つのかを確認するためというのが大きな理由だしな。風紀委員。俺は徹頭徹尾この有り様を貫いているぞ?
証明するのは俺の『力』。世界すらこの手に収める『力』。『力』を生み出し、世界を制する『力』。そのためならば何でもしよう。
フッ・・・こう表現するとお前と同じように見られるかもしれんが、お前とは絶対に違うとだけは言っておこうか」
「(界刺よ・・・貴殿の言う通り、こやつは証明するものを間違えた人間であるようだな)」

既に存在しない右目に装着した眼帯に手を当て、笑みを浮かべながら持論を並べ立てる“弧皇”に、寒村は哀れみの視線を向けながら“詐欺師”の忠告を思い出す。
この男は『力』を欲する余りに人間として大事な要素を手放し、結果歪みに歪んだ。そんな男に、これ以上の問答は今は必要無いと寒村は判断する。
言葉だけでは“弧皇”の意志を揺らがすことはできないと実感した故に。これは“正しさ”を競うモノでは無い。つまり・・・

「よかろう。東雲真慈!貴殿の言葉と我輩の言葉のどちらが“勝る”か、この勝負にてはっきりさせようぞ!!!」
「・・・フッ。ここで“正しいか”と言わなかったことだけは評価してやろう。来い、風紀委員!!」

寒村赤燈と東雲真慈、どちらの信念が相手の信念を上回るかの勝負なのだ。






「全く、近頃の子供は一丁前の武器を平然と使いやがる!」
「『ガキ』って見下してるアンタが単に子供の成長に追い付けていないだけじゃないの?ンフッ!」
「こんな成長は全然望んでいないんだけどな!よっと!!」

手榴弾を危うく回避した緑川―所々に掠り傷は見受けられるが―は、伊利乃の銃口が火を吹く一歩手前で近場の物陰へ退避する。
直後強烈な発射音が鳴り響き、コンクリートを陥没させるサブマシンガンの威力に顔を青褪めながらも大人足る彼は子供足る彼女へ言葉を投げ掛け続ける。

「なぁ!そんなにガキ扱いされることが嫌いなのか!?」
「えぇ、大嫌いよ!!」
「何を隠そう、俺もゴリラ扱いされることが嫌いでな!お嬢ちゃん!確か、俺のことを『ゴリラ』って呼んだよな!?これって、お互い様ってヤツじゃねーのか!?」
「だって、アンタって見るからにゴリラっぽいし」
「・・・出会う子供の殆どに近づくだけで逃げられて泣かれるわ、泣かれなくてもゴリラ呼ばわりされるわの俺の気持ちがまた傷付いたぜ」
「・・・・・・えぇと」
「そうだよ・・・こんなんだから保育園や老人ホームの面接を受けても落とされるんだよ・・・ましてや結婚なんて・・・(ブツブツ)」
「(子供だけじゃ無くてお年寄りからもってことよね?あぁ、確かに悲惨だわ・・・・・・って何同情してるのよ私!!)」

ゴリラ顔の25歳独身男緑川強の悲哀漂う身の上話に危うく感化してしまいそうになった伊利乃。相手の心を見抜くことに長けた弊害とでも言うべきか。
それだけゴリラ男の口調に悲哀さが漂っていたとも言えるが。命のやり取りをしている最中において場違いな話を吹っ掛けてくるせいで、
そして久し振りに大人相手に単独且つ実戦を行うせいで何時もの調子が出ない“魔女”へ彼からある言葉が投じられた。

「お嬢ちゃん!!アンタ・・・伊利乃希杏だよな!?」
「・・・やっぱり『太陽の園』の件でバレてたか~。えぇ、そうよ!それが何!?」
「アンタは結構前にあった研究所爆発事故で行方不明になっていた『置き去り』の娘だよな!?
そんな娘が『ブラックウィザード』に居る理由も気になるが・・・どうしてアンタみたいな娘が“手駒達”を容認してるんだ!?俺には理解できんぞ!!」
「・・・・・・アンタ、両親居る?」
「・・・あぁ。俺が面倒を見てる」
「ふぅん・・・。だったら理解できないわよ。親に見捨てられた人間・・・『置き去り』のことなんか!!」

言葉による応酬が続くのも、互いが次の攻め手を考える時間稼ぎでしか無い。故にこそ、この僅かな時間を使って胸に秘めし感情を曝け出す。
こんなことを口に出せる機会はまず無い。両者共、それを重々理解しているからこそ、嘘など交えずに真剣に応酬を繰り広げるのだ。

「お嬢ちゃん・・・」
「私達『置き去り』が頼れるのは、親とは違う大人と学園都市だけ!!その大人と学園都市が私達を裏切る!!裏切り続ける!!私達が無知なのをいいことに!!
だから変えるの!!私達子供の手で!!『ブラックウィザード』の力で、この『科学』の世界を変革するの!!」
「だから・・・『ブラックウィザード』に居るのか?」
「えぇ!!私は真慈を信じる!!彼ならこの世界を変えられるって信じてる!!それに必要なのが“手駒達”・・・そのためなら『置き去り』を使い潰すことも私は厭わない!!」
「(固い・・・な。この強固な意志は東雲をどうにかしないと崩せないな)」

伊利乃の断言に緑川は顔を顰めざるを得ない。この手のタイプは、信を置く存在をどうにかしない限り止まらない。
物理的に止めることはできても、その心を止めることは不可能。それだけのモノがあの“弧皇”にはあるのだろう。
彼女が言い放った別の事柄についても気になる点はあったが、今は詮索する余裕が無い。否、詮索すれば“自分の立ち位置が危うくなりかねない予感がする”。

「・・・なら、俺がするべきことはお嬢ちゃんが信を置く東雲真慈を捕まえることだ!!」
「させないわ!!私の命に代えても!!」

束の間の言葉の応酬が終わりを告げ、再び暴力の嵐が戦場に吹き荒れる。言葉で解決できないのであれば、暴力によって解決を図る。
原始的手段。最後の手段。善人が採るべきでは無い手段。言葉で言い表せる単語は幾つかあるが、世界はこの手段を完全否定していない。
それは、今まで人類が歩んで来た長い歴史が証明している。たとえ泥沼になろうとも、たとえ暫定的な解決にしかならなくとも、本能として人は暴力から抜け出すことはできないのだ。






『武器形成』にて生み出した釘を連射する東雲に、持ち前の身体能力を用いて俊敏にかわしていく寒村は『武器形成』の破壊を狙う。
能力者では無いと推測する“弧皇”にとって両腕に装備する『武器形成』は生命線とも言える武装である。
東雲を捕縛するにはあの武装を何とかしなければならない。能力上遠距離攻撃手段に欠ける寒村は“弧皇”が叩き斬った鉄筋の残骸を軽々と持ち上げ、投擲武器として用いる。



ビュン!!ビュン!!



脇に抱えながら鉄筋を次々に放つ寒村に、さしもの“弧皇”も釘の射出を中断せざるを得ない。怪力による速度が付加された投擲だ。
『武器形成』で叩き斬った所で反動によって動きが制限されるのがオチである。よって、先程とは逆に東雲の方が回避に専念する状況となる。



「(今だ!!!)」



この状況をチャンスと見た寒村は東雲へ一気に詰め寄る。残っていた鉄筋2本を牽制として投擲し、東雲の体勢を狙い通りに崩す。
鍛え抜かれた剛腕が左手の『武器形成』へ肉薄する。このタイミングでは『武器形成』の硬化は間に合わない。寒村とて、単に戦闘を行っていたわけでは無い。
相手の武装の特性をきっちり分析し、次に活かせるように頭をフル回転させているのだ。



ブシュッ!!!



とは言え、頭の回転ではやはり“弧皇”に分がある。東雲は『武器形成』の硬化が間に合わないと見るや、即座に対処法を実施する。
すなわち、材料である合成樹脂を硬化させずに霧状に噴出し、目潰しとして用いたのだ。寒村は“弧皇”が繰り出した予想外の対処に、それでも超人的な反射神経を発揮し、
詰め寄る速度を活かしてわざと前方へこけるように体を傾けることで目潰しを回避する。そんな彼が次の瞬間目にしたのは・・・



グサッ!!!



右腕に装備された『武器形成』から噴出させた大きな釘―噴出先には寒村の右手があった―を東雲が足で踏み付けた光景であった。
先の先を読む“弧皇”は寒村の回避行動も頭に入れた上で目潰しを仕掛けている。当然この後に行う『釘の連射で寒村の体を蜂の巣にする』という行動も頭にある。
手ごと地面に突き刺さってる状況では、いかに怪力無双とは言えすぐに回避行動を取ることは不可能だ。
激痛で顔を歪める寒村に冷徹な視線を向ける東雲は、“後方へ跳びながら”射出の構えに入った。



ダダダダダダダダダッッッッッ!!!!!



そこへ撃ち込まれるゴム弾の嵐。振り向かずともわかる。伊利乃と交戦していた緑川が教え子の危機を救うために“魔女”を振り切って銃の引き鉄を引いたのだ。
東雲と伊利乃は寒村達が現れる前に、互いの危機を知らせる装置を懐に忍ばせていた。この装置には別の意味もあり、その意味とは『相手の危機を知らせる』というモノである。
装置から放たれる振動パターンによって状況に応じた警告を成立させた装置によって、東雲は介入者の存在にいち早く気付くことができたのである。



「フッ!」
「なっ!!?」



故に動じない“弧皇”は親指・人差し指・小指を“ある一定のパターン”通りに動かし、射出物を釘から手錠へ即座に変更した後に射出する。
師範の援護の隙に突き刺さった釘を抜こうとしていた左手の親指と釘が貫いた右手の親指を捕らえ、次いで両手首を捕らえる手錠も射出し両腕の拘束に成功する。



「真慈!!!」
「撃て、希杏!!」



“弧皇”と“魔女”が互いに声を交わし、それぞれ『武器形成』とサブマシンガンを寒村へ向ける。
頭や心臓を撃ち貫けば終わる。『書庫』からの情報で判明している弱点を一気に攻める。こんな所でこれ以上足踏みしている暇は無い。即刻叩き潰す。



「寒村よ!!己が『筋力』を信じよ!!!」
「ウオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」



対して、筋肉の信望者達は今まで培って来た『筋力』を信じ抜くことに全力を注ぐ。周囲から見れば、酷く滑稽に映るかもしれない。
『何を馬鹿なことをやってんだ?』と言い捨てられるかもしれない。だが、彼等は至って大真面目である。
筋肉をこよなく愛し、『筋力』を己が相棒と自負している彼等にとって窮地から脱するために信じるモノは『筋力』を置いて他に居ない。
それを証明するかのように師範の檄を一身に浴びた寒村は、全力で右手を“上げる”。



ギギギギッッッ!!!



激しい摩擦音と血肉が擦れる音と共に地面へ突き刺さっていた釘がようやく外れる。もちろん突き刺さったままなので治癒はできていないが、
今は自分へ向けられた凶弾から逃れることが最優先である。寒村は無我夢中で脚を動かし、合成樹脂でできた釘の連射を掻い潜る。



「ゴリラ如きが邪魔すんじゃ無いわよ!!
「うるせぇ!!暗器まで持ち出して来やがって・・・これは本格的に拳骨だけじゃ済まないかもな!!」



伊利乃のイラついた声に緑川も声を荒げる。先の攻防において、東雲と共に伊利乃がマシンガンを無事に放つことができていれば今頃寒村の命は失われていたことだろう。
それを防いだのは“筋肉の覇王”の妨害。“魔女”が胸の谷間から取り出した煙幕によって彼女を見失った緑川は、寒村の身を案じてここへやって来た。
そこに伊利乃の声が劈き、彼女がマシンガンの銃口を愛しき教え子へ向けていることに気付いた“覇王”は狙いを“弧皇”から“魔女”へ切り替えた。
伊利乃としても緑川の注意をこちらへ引くためにわざと大声を出したこともあり、大して動揺せずに暗器を用いて応戦している。
撹乱用として煙幕を仕掛けた途端に標的を東雲へ変更した緑川の判断の早さ―自分の不用意な発言のせいだろう―にはイラついていたが。
激闘を続ける両者は、互いに似た思惑を持っていたためか戦いの果てにそれぞれ行動を共にする者の下へ辿り着いた。



「グウウゥゥッッ・・・!!!」
「寒村!!」
「わざと貫通しない程度の威力に抑えてやった。急所に当たらない限り仕留められないというのであれば、仕留められる機会を増やすだけだ」
「・・・ふぅ。やっぱり、真慈の手際の良さには敵わないわねぇ」



治癒ができない状況―急所は避けているものの釘が体の至る所に刺さったまま―に追い込まれた寒村へ血相を変えて声を掛ける緑川。
“魔女”が妨害を受けていることを確認した瞬間から方針を改めた東雲の手際の良さに伊利乃は安堵感と共に感心の声を挙げる。
全体の攻防では『ブラックウィザード』側が不利であることは明白。故に、個々の戦い・・・より正確には“弧皇”の戦い振りが際立つ。
否、『ブラックウィザード』を自分そのものと捉える東雲にとっては明確なデッドラインを区切った上で自分が奮戦している限り全体の不利など“どうとも思っていない”。
世界へ挑戦する少年は、己を潰そうと躍起になる世界へ反抗し続ける。“孤独を往く皇帝” 東雲真慈は、『力』を証明するために“独り”戦い続ける。






「(真慈。結構危険だけど、この際精神系“手駒達”達が搭乗している逃走用車両付近へ連中を誘い込んで、車に積んである『キャパシティダウン』を使ったらどうかしら?
あのゴリラは無能力者だから効かないし、『キャパシティダウン』より“手駒達”の力を使った方が効率は良さそうだけど例の空間移動攻撃もあるし・・・)」
「(確かに、痛覚を潰してある奴等なら能力が使えずとも普通に動くことは可能だろうな。・・・一応蜘蛛井に伝達しておけ。
但し、空間移動系能力者の所在をはっきりさせてからだ。能力の特性上戦場から離れた場所に居る筈だ。
そして、俺達を攻撃してこない中途半端な仕掛けを行ったことから風紀委員会所属の人間では無く、『太陽の園』で風紀委員会を手助けした『協力者』のような存在の中に能力者が居る可能性が高い。
この仕掛け方・・・風紀委員会の完全な味方では無い気がする。そんな奴等が風紀委員会と表立って行動を共にするとは考え難い。
おそらく、全体行動とは別に単独行動のような妙な動きをしているだろう。健在の“手駒達”の力でもって蜘蛛井に調べさせろ。連中の気は俺が引き付ける)」
「(わかったわ)」

『キャパシティダウン』を用いた罠の実行許可を得た伊利乃は携帯電話を使って蜘蛛井が指揮を取る車両へメールを送る作業に取り掛かる。
本当なら直接会話した方がこちらの意図が伝わるのだが、敵を前にそんな真似ができる筈も無い。蜘蛛井ならメールだけでも意図を掴むことはできるだろう。
そのためにも、“弧皇”は“魔女”の前へ立つ。彼女がポケット内で携帯を操作していることを悟られないためにも、
建物を盾にしながら身を潜めている敵の目をリーダーである自分へ注意を引き付ける必要がある。

「どうした、風紀委員会?大見得を切った割には大して結果を挙げられていないようだが?」
「おのれ・・・釘が完全に埋没しておるわ。こうなれば・・・」
「寒村・・・!!」

“弧皇”の長髪に寒村が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼の手錠をこの戦場で初めて用いた実弾でもって排除した緑川は教え子が“何を思い浮かべているのか”を悟る。
合成樹脂製の釘は、完全に寒村の筋肉に埋没している。取っ掛かりが全く存在しないのだ。これも『武器形成』の為せる技と言った所か。

「その状態では満足に歩くこともできまい。お前が吠えた『力』とは合成樹脂でできた釘程度に破られるような代物か?フフッ」
「「・・・!!!」」

笑われた。鼻で笑われた。よりにもよって自分達の努力の結晶である筋肉を・・・『筋力』を嘲笑われた。
それを自覚した瞬間から湧き上がるマグマの如き憤怒が筋肉の信望者達の厚き胸板を焦がすに焦がす。『絶対に“弧皇”を許すな』という声が胸の奥から聞こえて来る。

「師範・・・」
「何だ、寒村?」
「我輩・・・己の不甲斐無さに心底悔しく、同時に憤りを覚えざるを得ません。故に・・・奴に証明せねばなりません。我輩達が愛するモノの『力』を」
「・・・やるんだな?」
「はい!!そして・・・お願い申し上げます!!!」
「・・・わかった!!共に分かち合おうではないか!!肉体的・・・そして精神的苦痛を!!」
「感謝致します、師範!!」
「(・・・?何をするつもり・・・)」
「(真慈。蜘蛛井君からメールが返って来たわ)」

明らかに声色が変わった敵の企みを警戒する東雲の耳に伊利乃の陽気混じりの声が入って来た。何処か彼女の声が弾んでいるように聞こえるのは東雲の思い違いでは決して無い。

「(・・・で?)」
「(『これから準備する。完了次第メールする』って。蜘蛛井君ってば、意外に余裕があるのね。まぁ、あれだけ気合い入ってたし護衛の“手駒達”も屈強揃いだからかしら?)」
「(・・・そうか)」
「(後は、あの筋肉バカ達をどうにかして・・・)」
「グアアアアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!!」
「ウオオオオオオオオオォォォォォォッッッッ!!!!!」
「「!!!??」」

蜘蛛井の返事を確認した東雲と伊利乃がこれからの動きに思考を割こうとした瞬間に木霊した絶叫。悲鳴と言い換えてもいい程の野太い男達の声。

「ングウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!」
「耐えろ!!耐えるんだ寒村!!!ヌオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」
「ね、ねぇ・・・真慈?アイツ等・・・一体何をやってるの・・・!!?」
「・・・・・・!!!」

鼓膜が破れるかと思うくらいの絶叫を挙げ続ける男達が何を行っているかに勘付き始めた“魔女”は、完全に気付いている“弧皇”に敢えて問う。
他方、問われた“弧皇”も言葉を失っていた。方法としては確かに“ソレ”が有効だ。だが、それを風紀委員如きに・・・警備員如きが実行できるとは正直思っていなかった。
“ソレ”の実行を防ぎたくても、緑川が実弾を所持している以上万が一を考えれば突っ込むに突っ込めない。
巨漢の“覇王”が所持する銃は巨躯に見合う程の大型銃なのだ。下手をすれば、『武器形成』の盾でも突破されかねない。
時間にすれば1分前後・・・体感時間としては数十分にも感じられた時間が過ぎ・・・“ソレ”を実行した者達は遂に姿を現す。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「よくぞ耐えた、寒村!!!そして、済まなかった!!!本当に済まなかった!!!」
「師範のおかげで、ようやく我輩は戦闘続行状態に戻れたのです。謝罪は必要ありますまい。むしろ、感謝の念が我が心に満ち溢れておりますぞ!!
数度気絶し掛けた折に意識を保つことができたのは、全て師範の檄があったからこそ!!ありがとうございます!!!」
「自らの手で釘ごと筋肉を毟り取ったのか・・・!!!」
「手で毟れなかった所は・・・ゴリラとの合わせ技で無理矢理ってワケ!!?」

出て来た男達はいずれも全身血塗れであった。付近には筋肉と思われる血肉が幾つも転がってた。
そう・・・寒村と緑川は釘の摘出のために『筋肉の削除』を敢行した。『筋肉超過』の性質上、負った損傷が大き過ぎると傷跡が残ったり体に穴が空いたままになってしまう。
そのため、損傷を最小限にするために握力を活かした“抓り”で釘ごと筋肉を引っ張り挙げた後に毟り取った。
位置の関係で“抓り”までしかできなかった部位に関しては緑川の力を借りて削除した。全ては『筋肉超過』あっての超荒業である。
そして、こんな超荒業を敢行できたのもひとえに筋肉を通して培って来た信頼関係の賜物である。

「どうだ、“弧皇”よ!!貴殿が嘲笑った『筋力』の底力は!!?」
「お前・・・自分がしたことがわかっているのか?お前は『力』の源を“捨てたんだぞ”?フッ・・・それで何が底力だ。笑わせるな」
「フッ・・・それは我輩の台詞だ。東雲真慈。貴殿は『筋力』の境地というモノを全く理解しておらぬわ!!」

“弧皇”の的外れも甚だしい意見を受けて、寒村は血塗れの筋肉を月光でもって照らす。『筋肉超過』によって回復途上の部位もある血肉の生々しさを見せ付ける。

「『筋力』とは、鍛え上げれば鍛え上げる程にその輝きを増す。その源泉とも言うべき筋肉
は、ヒトを構成する重要器官である!!
筋肉があるからこそヒトは運動を行うことができる(例外有り)!!筋肉があるからこそ、ヒトは今の生活を得ることができた!!
つまり、『筋力』とはヒトが培い、開花させて来た文明の根源が1つである!!貴殿が鼻で笑ったモノが如何に重要なモノであるか、これで少しは理解できただろう!!?」
「・・・・・・」
「そして、筋肉とは再生と進化の象徴である!!!鍛えるとはすなわち傷付けるということである。そして、筋肉は傷付いた分だけ再生し進化する。
ヒトもそうだ。ヒトは傷付かずにして成長することは叶わぬ!!他人(がいぶ)との触れ合いで傷付き、項垂れ、迷走する。それがヒトだ。
しかしだ!!めげずに、諦めずに、他人の力さえ己が血肉に変えて踏ん張り続けたその先には輝かしき栄光が待っている!!
我輩もそうだ!!師範の声が無ければ我輩は筋肉を毟り取っている最中に気を失っていただろう!!我輩を立ち続けさせたのは師範の声と・・・己が筋肉達だ!!
毟り取るのも筋トレも我輩にとっては同じようなモノだ!!我輩自身の意思で傷付けるのだからな!!それでも筋肉達は我輩を裏切らない!!
我輩を信じ、我輩の声に応え、時には我輩の予想を超える姿を見せてくれる!!『後は頼んだ!!』・『もっと来い!!』・・・そう呼び掛けて来る!!今この時も!!!」

回復途上の剛腕を突き上げ、『筋力』と共に磨き上げて来た『心力』を“弧皇”へ突き刺す。

「我輩は『筋力』の源を捨てたのでは無い!!更なる『筋力』を得るために筋肉を傷付けたのだ!!それを我輩や筋肉達も心から望んでおる!!
貴殿のように己を害するような他人(そんざい)を無闇に排除したりもせんわ!!その害さえ、己が血肉としてやろう!!我輩は・・・貴殿のように“独り”で在りはしない!!!」
「・・・その先に何を望む?」
「言ったであろう!!?『己の変革』よ!!!それ以外に何を望む!!?」
「(コイツ・・・!!!)」

笑えなかった。鼻で笑えなかった。“弧皇”は遂に寒村赤燈を笑えなくなった。馬鹿馬鹿しいと思った・・・最初は。理解を及ぼす価値も無いと考えた・・・途中までは。
だがしかし・・・眼前で見せ付けられた光景と血塗れの漢が豪語する『力』の有り様をここに来て無視することができなくなった。
あの“詐欺師”に抱いたモノと類似するモノ。筋肉ダルマから発せられる確かな『力』の脈動を自身の感覚が感じ取った。
もう一度確認しよう。両者に共通するのは『己の変革』。東雲真慈が目指す『世界の変革』では無く。

「(何だ・・・この虚脱感は?俺と連中が目指す『力』の種類が違う・・・唯それだけの筈だ。なのに・・・何故こんな感覚が心の内から湧いて来る!?)」

“弧皇”は界刺と寒村の有り様に『揺らがされた』。『潰された』のでは無い。逆に、『潰しに掛かって来る』のであれば反発心も発生しやすい。
しかし、これは『揺らぎ』である。『潰す』という他人(がいぶ)からの働き掛けが主では無い。己(ないぶ)が主の『揺らぎ』である。
東雲はまだ気付かない。それは目的意識の差異であることを。『変革』のために『力』を鍛える界刺や寒村とは違って『力』のために『変革』を行う東雲には“先が無い”。
何故なら『力』には限界があるから。何故なら『変革』には無限の可能性があるから。界刺も寒村も東雲も理解している。
しているのに目的をどちらに置くかによって見える景色は一変する。してしまう。証明するものを間違えた。登る山を間違えた。界刺や寒村ならこう指摘するだろう。

「何偉そうに語ってるのよ!!それだけ血を流したってことは、もしかしなくても出血多量でヤバいんじゃないの!?『筋肉超過』は血液とは全く関係無い能力よね!?」
「ムゥ・・・!!」

東雲の様子の変化を敏感に察知した伊利乃は、彼に代わって前に出る。妙な雰囲気を取り除こうと話の方向転換を図る。

「ならば、この俺が寒村をフォローすればいいだけの話じゃないか、お嬢ちゃん?」
「ゴリラ・・・!!」
「ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ・・・・・・ハァ。わかってはいたが、この分だと一生付き纏うな。いっそ、動物園にでも履歴書を送ってみるか?」
「動物園で飼われるの間違いじゃないの?」
「それは勘弁しろ。俺は人間だ」

そんな“魔女”に対抗するかのように寒村の前に出たのは“筋肉の覇王” 緑川強。彼は先程までの教え子の姿にいたく衝撃を受けていた。
寒村があそこまで覚悟と意地を示したのだ。師である自分も負けてはいられない。1人のゴリ・・・では無く人間として。

「お嬢ちゃんは、こう言ったよな?『私は真慈を信じる!!彼ならこの世界を変えられるって信じてる!!』って。気の毒だがそれは無理な気がする。今のソイツの顔を見てるとな」
「な、何を根拠に!!?」
「俺の勘だ」
「勘!!?」

腕組みをしながら物凄く自信満々に『俺の勘だ』発言をした緑川に伊利乃はずっこける感情を抑えるのに精一杯となる。『だからどうした』状態である。
とは言え、ゴリラと揶揄されるためとでも言うべきか、野性味溢れるせいとでも言うべきか緑川の勘はそうそうに馬鹿にできない。
かつては焔火や同じ同志である勇路の望むモノを勘で悟りアドバイスをしたこともある。まぁ、そのアドバイスに多少の問題があるのは否めないが。

「言っちゃ何だが、俺のような人間からしたら少年漫画のようにガキが世界を救えることがあったとしてもガキが世界を変えられるとは思えない」
「ハン!それも勘かしら!?」
「あぁ、勘だ。だってよぉ・・・世界ってガキが“独り”で変えられるようなモンか?さっき言った『ガキが世界を救える』も、“独り”じゃ絶対に無理だろ?
俺達は神様じゃ無いんだ。ガキにしろ大人にしろ、皆の力を合わせてってのが王道だろ?だが、ソイツは“独り”だ。そんなガキが立てた今回の捨て身の作戦・・・お嬢ちゃんは納得してんのか?」
「・・・ッッ!!」
「・・・納得してねぇな。俺の勘だと、ソイツに付いたお嬢ちゃんの判断は間違ってると思うぞ?」
「何も知らない大人が、勝手なことばかり並べ立てるな!!!」
「だったら何故教えなかった?本当は大人に頼りたかったんだろ?もし、お嬢ちゃんが大人に裏切られたせいで大人を頼ることを諦めて・・・、
その上で『ブラックウィザード』に入って悪辣非道を繰り返していると言うなら、それは他でも無いお嬢ちゃんが下した判断だ。
お嬢ちゃんの言葉の正当性はお嬢ちゃんを裏切った大人達『のみ』に成立する。それ以外には成立しない。例えば・・・俺には成立しない」

緑川の脳裏に今も集中治療室で“生”へしがみつこうと懸命に闘っている同僚達の顔が現れては消えていく。
どいつも現場で一緒に働いたことのある好漢達ばかり。そんな大人達を重篤に追い込んだ責任から逃れさせないために、“覇王”は言葉の暴力を止めない。

「くっ・・・!!」
「俺から言わせれば、お前のようなガキが何を知ってるんだって話だ。勝手なことばかり並べ立てているのはお前も同じだろう?
お前だって理解した上でやってるんだろう?『置き去り』の件も薬物中毒の件もなにもかも。俺には『置き去り』のこともお嬢ちゃんのことも完全に理解することは無理だ。
なにぶん頭が悪いんでな。だから・・・馬鹿でゴリラ顔の俺にできることは、この拳骨でオイタをした大人ぶってるガキの頭を思いっ切り叩いてやることだけだ」

寒村の血で染まった拳を強く握り締める緑川。血塗れの拳を見ていると、昔拳骨1つで返り討ちにした強盗話を思い出す。
よく生きて帰って来れたと当時の自分でも思ってしまう程の傷だったが、それでも生きていられたのは、『必ず生きて帰って来る』という意志を最後まで持ち続けたからだろう。
今病室で懸命に闘っている同僚達も同じ意志を持っているだろう。故に、今尚死んでいない。彼等の想いも背負う“覇王”は声高らかに宣言する。

「俺は脳筋でゴリラ顔の人間だ!!だから、俺はお嬢ちゃんの心の『闇』をどうにかできるなんて大層なことは言えない!!それでも俺はこの拳で示してやりたい!!
バカをやったガキをちゃんと叱ってやれる大人がこの学園都市に存在することを!!子供のために、一生懸命に頑張れる大人がこの『科学』の世界にも沢山居ることを!!
そのためにも・・・伊利乃希杏!!俺はここでお前に拳骨を喰らわせる!!俺の拳骨は格別に痛いから覚悟しろよ!!寒村!!東雲真慈はお前に任せるぞ!!」
「承知!!東雲真慈よ!!これが最後の勝負ぞ!!互いに悔いの無いよう、尋常に雌雄を決しようぞ!!!」
「真慈・・・!!」
「構えろ・・・来るぞ」

ここに来て何と銃を捨てて拳骨を喰らわせる体勢に入った緑川と同じく血に塗れた拳を強く握る寒村を、『揺らがされた』“弧皇”と“魔女”は迎え撃つ。
この戦場で最後の交錯となる2対2の勝負・・・その先駆けとして突貫して来る緑川に伊利乃はサブマシンガンを向けた。



ドンッ!!!



ここで思わぬ奇襲が仕掛けられる。緑川が捨てた大型銃を後方に居た寒村が掴み取り、伊利乃目掛けて全力で投擲したのだ。
直前に役割分担―東雲には寒村が、伊利乃には緑川が―を明言した故の油断が“魔女”の反応を僅かに鈍らせる。



ズドドドッッッッ!!!



危うく避けた伊利乃の眼前に緑川が迫る。事ここに至っては正確に照準を定める余裕は無い。サブマシンガンの連射力に物を言わせた銃撃を行う“魔女”。
防弾ベストやプロテクターが銃弾を防御したとしても衝撃だけはどうしようも無い。それ以外に命中すれば少なくとも体勢の立て直しを図れる時間を稼げる。
そう甘く考えていた彼女は知らない・・・というより信じていなかった。目の前の巨漢が数年前に幾多の銃撃をその身に浴びながらも生還した人並み外れた生命力の持ち主である事実を。



ガシッ!!!



銃弾は防弾ベスト等の他に緑川の腕にも命中した。だが、“筋肉の覇王”は経験慣れをしているが故に怯まずマシンガンの銃身をガッシリと掴む。
ベストを襲った衝撃も、以前の強盗団を抑え込んだ一件に比べればどうということは無い。ゴリラ3頭分に匹敵すると謳われる身体能力を存分に見せ付ける緑川に逆に怯む伊利乃。
この男相手に動きが制限された状況下での接近戦は不利にも不利である。暗器を用いた接近戦も、身軽さを活かした立ち回りに終始していたからこそ対抗できたのだ。
それに比べて、今回は重要な武装であるサブマシンガンを掴まれた状況である。それでも伊利乃は咄嗟の判断で掴まれたマシンガンを手放し、
護身用の銃を取り出す暇を何としてでも作るために匕首を緑川の顔面目掛けて投擲する。



ガギッ!!!



鈍い音が響く。固い物同士がぶつかる音がする。その意味を理解した時伊利乃は驚愕した。何故なら、間近で投擲した匕首の刃を緑川が歯で受け止めていたからだ。
そのゴツい容貌を表現するならやはりゴリラ顔が一番的確であろう。そんなゴリラそのものな漢は確と足を踏み込む。



ズガッ!!!



逞しき腕から放たれた拳骨が“魔女”の顔面を捉えた。“覇王”に比べれば十分以上に華奢な伊利乃は容易に吹っ飛んでいく。
この一撃にて意識を刈り取られる程の威力を受けた“魔女”が右横を通り過ぎていくのを、“弧皇”は寒村と交戦しながら左目にて確認した。
本来の“弧皇”であれば、緑川が伊利乃の顔面へ拳骨をぶちかます前に援護射撃することは可能であった筈だ。それが無かった時点で東雲も十全では無いことは明らかだ。



グン!!!



その確認が隙を生む。危難は連鎖する。元々右目を失っている東雲は常人に比べて遠近感を掴み難い弱点を有していた。
これを補うために、実戦では相手をこちらの術中に嵌めることに集中するようになった。頭を使った計画通りの戦闘を行うようになった。
イレギュラーが発生すれば即座に修正するようにした。これ等を一挙に成し遂げて来た根幹こそが、彼を支える“『力』こそ全て”という信念である。
その信念が『揺らいだ』。根幹が『揺らいだ』。『揺らぎ』は波及する。波及した結果、今まで成し遂げて来たことを不可能に追いやる。
すなわち、“弧皇”が伊利乃に目を向けた隙を突いて100mを3秒で走り切ると謳われる寒村が全速力によるショルダーアタックを仕掛けたのだ。
馬鹿正直に真正面から突っ込んで来たがために“却って遠近感が掴めない”東雲は、『武器形成』による最適なタイミングでの迎撃を逃してしまった。



ズガアァッ!!!



体重が500kgを超える巨漢のショルダーアタックをまともに喰らった東雲もまた物凄い勢いで後方へ吹き飛んでいく。
何度も地面をバウンドし、転がり続け、ようやく止まった先で・・・眼球の刺繍付き眼帯が外れた“弧皇”の年相応な少年っぽい素顔が意識を手放した状態で晒け出されていた。
“弧皇”と“魔女”共に意識を失ったことを確認した寒村と緑川は、2人を拘束する傍らで風紀委員会本部へ連絡を入れる。
連絡を受けた橙山はほぼ同じタイミングで新“手駒達”全員の救出に成功―中円真昼からの情報もあって具体的人数等も確認済―した旨の報告もあったことから、
現場に居る北部方面の駆動鎧部隊を率いる部隊長へ指示を出した。命令を受けた部隊長は高揚する気持ちそのままに駆動鎧に備わったスピーカー機能を活かした宣言を戦場へ響かせた。



「『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功!!!繰り返す!!!『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功!!!
同時に拉致された一般人全員の救出にも成功!!!これより、『ブラックウィザード』の残党を確保することに傾注されたし!!!」

continue!!

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最終更新:2013年08月30日 22:26