第25話「螺旋の腕《ベディヴィアズ・ランス》」

第一三学区の戦場から少し離れた大通り、そこに停車する軍隊蟻のCIC(戦闘指揮所)である装甲車“コウチュウ”。軍隊蟻が保有する8つの有人兵器の一つだ。
内部のCICにリーリヤの死亡の一報は伝えられていた。しかし、それで喜ぶ者はいない。心の中で戦いが終わったことを安堵する者はいるが、素直に喜ぶことは出来なかった。
仲間が一人死んだ。
その事実はどんな勝利を手にしても拭うことは出来ない。CICは文字通り、お通夜状態だった。

『持蒲だ。聞こえるか?樫閑』

樫閑はインカムから持蒲からの通信に答える。

「聞こえるわよ」
『今すぐ、第七学区の例の病院に戦闘員を派遣して欲しい。あっちで我々にとって都合の悪い騒動が起きているようだ。すぐにでも部隊を編成して向かわせて対処しろ』

第七学区の例の病院。冥土返しがいる病院のことだ。何かと荒事や裏、闇に通じる人間ならば第七学区の病院と言うだけで、大抵の場合はあの病院を指す。

「とりあえず、情報をこっちに送って。そうしないと部隊を編成できないわ」
『分かった。早急に頼む。こっちの残りは我々で処理する。ポイントC11に輸送ヘリを1機寄越す。それを使え』
「分かったわ」

2人のやり取りが終わった途端、病院での騒動に関するデータが送られてきた。
病院とその周囲の監視カメラ。そしてテキストが得た情報の一部が開示されている。
樫閑がその情報に目を通す。常人を遥かに超えた速度で情報を処理し、瞬時に最適な部隊を脳内で構成する。

(これは…随分と複雑でややこしい状況ね)

咏寧が樫閑の方に振り向いた。

「姐御。あの病院って確か今は…」
「分かってるわ。まさか、日を跨がない内にこうなるとは思わなかったわ」

樫閑は席から立ち上がった。

「コウチュウ・樫閑より総員へ通達。今、私達は第七学区へ向かい、新たに出現した第三勢力との交戦に入る。2班、3班、4班はポイントC11にてヘリと合流。すぐに用意して。あと“ボンベ”も忘れないでね。それ以外の部隊は待機を継続」
『2班、了解』
『3班、了解ッス』
『4班。了解だ』

各班からの応答を確認し、樫閑は腰を降ろした。

「まったく次から次へと…本当に嫌になるわ」

勝利条件も敗北条件も曖昧な戦争、どこまで勢力が大きく、事件が広がっているのか分からない。そんな気の休めない戦いに身を投じてしまったことを少しだけ後悔した。


*     *     *     *     *



人間の気配が無い。車一台通らない。ただ街灯だけが虚しく照らされる夜の大通り。周囲を高層ビルで囲まれた四車線の広々とした空間の真ん中で尼乃昂焚マティルダ=エアルドレッドは対峙していた。
騎士の決闘のように互いの得物の切先を向ける。

「悪いが、こっちはお前が期待する様な戦いをするつもりは無い。3秒で終わらせる」

昂焚は都牟刈大刀の切先をマチに向ける。
七支刀、または樹形図のような形をした異形の刀。マチは以前の戦いで彼の霊装を見ている。しかし、今回は微妙に形が違う。以前は普通の棒だった都牟刈大刀のグリップが変わっている。その形状はただの棒から細身のライフルのような形に変わっていた。剣の持ち方ができる剣のグリップとしての機能を残しつつもそれに付け加えるように銃把(グリップ)と弾装(マガジン)のようなものが取り付けられ、更にグリップと刀身の間の鍔の部分にも何かしらの機械が付けられていた。
明らかに科学の産物で改造された霊装、偶像崇拝の理論だけじゃない。魔術師の価値観すらも冒涜したそれにマチは警戒した。
加えて、150cm近くある鋼鉄の大刀を軽々と片手で持ち上げる腕力、これも何かしらのカラクリが存在するのかもしれない。

「じゃあ、こっちも同じだね。私こそ『3秒で終わらせてやる』」

マチは螺旋の腕の長槍形態、その槍の先端を昂焚に向けた。
身の丈を悠に超える9つの孔を持つ巨大なランスを中心とし、その周りに鎖で繋がれた多関節の小さな槍が都牟刈大刀の枝のように自由に動き回る。
互いに切先を向けたまま微動だにしない。呼吸を整え、タイミングを計る。
何かしらの改造が施された都牟刈大刀、初めて見た螺旋の腕の長槍形態、相手がどんな手で戦うか分からない状況で先手には出られない。
下準備が重要となる魔術師の戦いにおいても先手必勝の道理は存在する。自分はさっさと準備を終え、まだ相手が準備を終えていない段階で攻撃すれば、それは確実な有効打となる。しかし、今は互いに霊装を準備した状態で切先を向け合っている。全力の矛先を向け合う状態で先手を撃つことは、自らの手の内を先に晒すことに等しい。
例え、その先手が瞬殺の早業だとしても先に出したその一瞬で的確な判断を下し、対策を練られる可能性がある。

三度の飯より戦いが好きなマチには“勘”と“経験”がある。幾多もの戦場を渡り歩き、一瞬の判断が生死を分ける命の駆け引きを繰り返してきた。思考する間もない極限の戦いの中で彼女を生かしてきた“勘”、その勘による判断の繰り返しによって積み重ねられた“経験(データ)”がある。

一方の昂焚にも経験はある。自分で『荒事は苦手』『武闘派じゃなくてデスクワーク派』などと言っているが、トラブルに首を突っ込む性分とトラブルに巻き込まれ易い運勢を持つ彼の“戦闘経験”は武闘派魔術師並みに多く、その中で生き残る為の経験を積んできた。
そしてもう一つ、彼には“知識”がある。あらゆる宗教、文化圏のカバーする彼の膨大な魔術の知識は相手が手の内を読むのに役立つ。相手が魔法陣や霊装を晒しているのであれば、尚更だ。今こうして膠着状態になっている間でも彼は螺旋の腕・長槍形態からその霊装が出来るであろう魔術を逆算し、対策を練っている。

「ところで…」

沈黙を破り、昂焚が口を開いた。
マチは警戒し、更に身構える。何かの準備のための時間稼ぎかもしれない。もしくは、天草式のように呪文や詠唱を他愛の無い話に“偽装”したものかもしれない。

「お前は、どうして戦っているんだ?」
「どうして?って…私はただ単に戦いたいだけだよ」
「それだけか…。とんだ戦闘狂を相手にしてしまったものだ」
「自覚はしてるよ。私は狂ってる。でもこの“狂い”を止める術を私は知らない」
「自分が戦う理由に何の疑問も持たないのか?」
「お兄ちゃんは私のこと全然理解してないね。正しいとか正しくないとか、そんな事はどうでも良いんだ。そういうの、よく分かんないし。あたしにとって大事なのは、楽しい戦いが出来るか出来ないか。ただそれだけだよ」
「なるほど…単純だな。だが、時にその単純さが羨ましくもある」

昂焚が呟いた途端、都牟刈大刀が展開し、グリップに繋がれた8匹の刃の触手が現れた。触手は一度花弁の様に展開すると、2本が地面に突き刺さり、残りの6本が回転して螺旋状に絡み合うことで筒のような形になろうとする。
マチは即座に螺旋の腕の鎖に繋がれた8本の子槍を昂焚に向けて射出する。子槍は都牟刈大刀の蛇と絡まることで無理やり動きを抑えた。
咄嗟の判断だ。相手が何をしようとしているのかわ分からない。しかし、今相手がしようとしていることを阻止しなければ、次の一手を打たれてしまう。
昂焚の意思通りに筒型になろうとする都牟刈大刀とそれを阻止する螺旋の腕の子槍。両者の力比べが始まった。金属と金属がぶつかり合い、都牟刈大刀の触手と螺旋の腕の子槍を繋ぐ鎖がガチガチと音を鳴らし、軋む音が聞こえる。
都牟刈大刀は既に刀身の半分ほど筒が出来上がっていたが、マチの表情には余裕があった。昂焚は8本ある刀身のうち2本を地面に突き刺している。そのため、8本ある子槍がまだ2本残っていた。それに本命の母槍も健在だ。周囲の対気を母槍に集め、凝縮させることで風の槍を作り上げていた。

「もう3秒経ったけど、私の勝ちみたいだね」
「それは…どうかな」

昂焚は不敵な笑みを浮かべていた。だが、マチはそれに臆することはなかった。イギリスでの戦いから昂焚の戦いにはフェイクも含まれていることを学習しているからだ。
イギリスで戦った時、彼女は彼を仕留める絶好のチャンスを逃した。それは彼の掌に描かれたデタラメな魔術記号に警戒してしまい、一瞬の隙を作ってしまったからだ。

(これもフェイク…、いや、違う。今回はハッタリじゃない)

彼女の勘だ。だが、この勘を信じて悪いことになったことはない。

「ところで、お嬢さん」

都牟刈大刀と螺旋の腕が拮抗する中で昂焚はほくそ笑んだ。都牟刈大刀の握り方を変える。剣の持ち方から銃の持ち方へ…。
そして、都牟刈大刀はバチバチと電撃を各部から漏らしながら、青白く発光した。








――――――――レールガンって知ってるか?」


ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!


突然の砲声と衝撃波。地面が抉れ、砕かれた瓦礫が砂塵となって大通りを舞い、埋め尽くしていく。ガラス張りのビルは衝撃波が伝播したせいで2ブロック先のビルまでガラスが割られる。

レールガン
物体をローレンツ力で加速して撃ち出す兵器だ。電源とレールの2つの単純な構造でありながら、その威力は既存の火薬を用いた銃や砲を凌駕する。膨大な電力という問題点で学園都市の外ではコストパフォーマンスの面もあって実用化の目処が立っていない。
昂焚は都牟刈大刀、その伝承の元となった剣を内包していた水神であり雷神でもある八岐大蛇の伝承を利用して剣から膨大な電力を発生させ、触手を伸ばすことでレールを作った。今回は2本のレールの周囲に弾丸をライフリングするために残りの触手を螺旋状に巻いたため、構造としてはレールガンとコイルガンの混合に近い。
弾丸は特注でヴィルジールに用意させたレールガン用の耐摩擦弾頭と摩擦熱で表面が溶解して内部から無数の散弾が現れるキャニスター弾も用意している。

舞い上がる砂塵、その中心部から昂焚とマチがそれぞれ真逆の方向に吹き飛ばされる。
昂焚は螺旋状に巻いていた都牟刈大刀を展開させ、ビルの壁面や地面に突き刺すことで減速するが、電信柱に激突して背中を強打する。背負っていた棺桶トランクは堅過ぎてクッションにならない。

(まさか、風の槍で相殺してくるとはな。3秒宣言が恥ずかしい結果になってしまった)

昂焚派背負っていたトランクを降ろし、蓋を開けた。

(やはり“一本だけ”で立ち向かうのは飽く無き死闘を望む彼女には失礼だったかもな)

トランクの中から現れたもう一本の都牟刈大刀。昂焚が使っていたものと同様に銃把が追加された改造モデルだ。刀身の方にも僅かながらの差異がある。
都牟刈大刀は本来、二つ同時に作られるはずだった霊装である。しかし、それを作る礼装職人、そして依頼者の予算の都合により、頭のみが作られた。
都牟刈大刀は形質・性質が剣としての伝承ではなく、その剣を宿していた八岐大蛇に近付くように設計されている。八岐大蛇の特徴である“八つの頭と八つの尾”。これらを再現する為、都牟刈大刀は2つあるのだ。
それが「都牟刈大刀・頭」「都牟刈大刀・尾」である。
昂焚が今まで使っていた“頭”を右手に、トランクから出した“尾”を左手に持った。
2本の都牟刈大刀が展開し、触手のようにうねりながら樹形図のように広く展開する。触手は横一列に並んだ。16本もの刃の触手が一列に並ぶ姿は壮観だ。二本一組のレールが8本並んだ。構造としても純粋なレールガンだ。



ズガガガガガガガガァァァァァァァァァァン!!!



8本のレールから同時に射出されるレールガン。射出される弾丸とそれが生み出すソニックムーブ。弾丸そのものに当たらなくてもそこから発生するソニックムーブはその圧力で人間を圧殺し、その身体を吹き飛ばす。1個の弾丸でありながら完全なる面制圧兵器なのだ。それを8発も同時に撃たれれば、逃げる場所などない。ビルや道路が文字通り、蜂の巣にされていく。
レールガンが舞い上がる砂塵を吹き飛ばし、視界がクリアになった。

「!?」

マチの姿がない。てっきり風の槍で相殺して持ち堪えていると思っていた。レールガンで身体がバラバラになったとも考えられない。

(どこに…?)

昂焚が辺り一面に目を通す。





ガッ!!




―――――――突如、マチが昂焚の左側のビルから現れた。螺旋の腕で操った風に身を乗せ、母槍と子槍を前面に突き出して昂焚に突撃する。
マチは昂焚の真逆の方向に飛ばされた後、すぐにビルの中に飛び込んだ。そして、螺旋の腕の母槍に風の槍を集め、そこからビルの内部を一気にぶち抜いて昂焚のすぐ左側まで接近したのだ。


ガィィィィィン!!


咄嗟に防御態勢に入った都牟刈大刀と螺旋の腕の母槍がぶつかり合う。都牟刈大刀がソードブレイカーのように母槍を受け止め、8本の刃の触手が九孔を埋めるように母槍にに巻き付いた。しかし、勢いに乗った全力攻撃と咄嗟の防御、力の差は歴然であり、マチの螺旋の腕が都牟刈大刀を押していた。ズルズルと押され、反対側のビルの壁面まで到達する。そして、母槍の切先が徐々に昂焚の胴体へと近付いて行く。

(このままだと力負けする…!)

昂焚はもう一本の都牟刈大刀の切先をマチに向ける。中央の2本はレールガンの状態に、残りの6本を左右3本ずつに展開させ、左右から挟撃する。
それに気付いたマチは螺旋の腕から都牟刈大刀と同様に6本の鎖に繋がれた子槍を出し、自身を挟撃する触手を迎撃し、さっきと同じように絡みつくことで抑えつける。
レールガンの状態にしていた二本の触手が青白く光り始める。レールガンの発射態勢だ。

(ヤバッ!)

マチは咄嗟に余った2本の子槍をレールガンに突き刺した。一本は鍔にある機械に、もう一本はマガジンに突き刺したことで、弾丸の装填をギリギリ回避した。

「にへへ…。万策尽きたようだね。それにしても驚いたよ。レールガンだっけ?あんなに綺麗だった街が一瞬で爆撃跡地だよ」
「お褒めに与り光栄だな。ところで、これからどうするんだ?このまま体力か魔力が尽きるまで力比べでもするか?」

昂焚の問いかけにマチは少し笑った。

「まさか。そんなことはしないよ。それに


――――私はまだ一手を残している」

周囲の大気が螺旋の腕に集まり、主槍で凝縮されていく。

「また風の槍を出すつもりか?悪いが、こっちは孔は塞いでるんだ。下手に出そうとすればお前の霊装がバラバラになる」
「勿論、そんなことは理解しているよ。私がやろうとしているのは、その“逆”」

ゴォォォォォと音を鳴らしながら霊装の後部から主槍に集められた大量の大気が噴出する。

「お前…まさか!」

昂焚が彼女の思惑に気付いた時には既に遅かった。



ズドォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!


レールガンのそれに匹敵する轟音と暴風、肩から噴出される莫大な空気により、ジェットエンジンの原理で圧倒的な推力を得たマチは一気に加速し、昂焚を盾にして反対側のビルへ突っ込んだ。
ビル1階の自動車のショーウィンドウを突き破り、内部の壁に昂焚の身体は強く叩きつけられた。レールガンと風槍の相殺で飛ばされた時とは桁違いのスピード。全身を強打した。どこかの骨も折れただろう。脳を揺さぶられ、内蔵を叩きつけられ、口から大量の血を吐いた。
朦朧とする意識を四肢を走る激痛で無理やり現実に戻される。
螺旋の腕の子槍が昂焚の腹部を貫通した。幸い、臓器は外れている。いや、わざと外したのか。だが、どちらにしろそれが朦朧とした意識を現実に引き戻すには充分過ぎる激痛だった。
他にも2本の子槍が右腕を貫通し、壁に磔の状態にしていた。

「これで、チェックメイトだね」

マチの価値誇った顔と共に螺旋の腕の主槍の切先が昂焚に向けられる。
腹部と右腕を子槍に貫通されて重傷の昂焚、ほぼノーダメージのマチ。勝敗は歴然だったが、昂焚の顔は負けを覚悟していなかった。まだ何か策を残しているのか、どこか不敵な笑みを浮かべていた。

「まだ策が残ってるみたいだね?まぁ、そっちの方が面白いんだけど」
「まぁ…な。とろでお嬢さん。魔術師の戦いは『何から始まるのか』知っているか?」
「知ってるよ。『事前調査と下準備』でしょ?」
「そうだな。じゃあ、周りを見てみろ」

昂焚に促され、少し警戒しながらもマチは周りを見る。暗い中で見えるのは、割られたショーガラスの破片、突撃の衝撃で吹き飛ばされた内装のテーブルや椅子。そして、並べられた高級車だ。
どうやら、マチは高級車の販売店に突っ込んだようだ。だからと言って、昂焚が何を言いたかったのかは分からなかった。

「一体、何が言いたいの?」
「俺もちゃんと“事前調査と下準備”はやってるってことだ」





ドガッシャアアアアアアアアアアアアン!!



並べられていた高級車の一台がマチを轢き飛ばした。
アクセル全開で踏めば1秒足らずで静止状態から時速100キロまで加速する学園都市製の高級車。それが繰り出すスピードのある質量攻撃でマチの身体は数メートルほど轢き飛ばされた。
昂焚は自由だった左腕で右腕に刺さっていた2本の子槍を引き抜いた。スーツの襟元を強く噛み締めて痛みに耐え抜き、憔悴した表情で壁に体重をかけながらゆっくりと立ちあがる。腹筋に力を入れる度に腹部を貫通している子槍から激痛が走る。

「ここが戦場になるのは分かっていたからな。事前にこの周囲に残された全ての車とロボットに擬神付喪神を施した」

そう言って、昂焚はポケットからオリエンタルな記号が描かれた小さな札を取り出した。
よく見ると周囲の全ての高級車、戦いに巻き込まれた大破した警備ロボットにも同じものが貼り付けられている。

擬神付喪神
「モノに魂が宿る」という日本の民俗信仰“付喪神”を疑似的に再現した魔術だ。
モノに「目的」と「目的を達成する為の行動プログラム」を植え付けることで使役する。
その対象となったモノはまるで魂(意志)を持ったかのように自己判断して目的を達成する為に行動する。
汎用性の高い魔術であるが、あくまで対象は“モノ”であるため生物に使うことは出来ず、また高度なAIを搭載した機械だと魔術がAIを“既にモノに宿る魂”と判断してしまい、術式が定着しないこともある。

昂焚は車やロボットに「尼乃昂焚の敵への攻撃」という目的を与え、それを実行する為の行動プログラムを施していた。
昂焚が目を遣るとマチがゆっくりと立ちあがった。車のスピードからして轢き飛ばされたダメージが少ないのは、彼女が咄嗟の判断で槍を盾に使い、少しでも衝撃を緩和していたからだ。

「チェックメイトだと思ってたんだけどね…。油断しちゃった」
「ああ。戦場じゃ油断は大敵だ。“トドメはオーバーキルぐらいが丁度いい”」

昂焚はそう言うと、指示を出すようにマチに指をさした。
それに呼応するかのように他の車もヘッドライトが点灯し、エンジンがかかった。
そして、先ほどマチに突撃した車を筆頭に次々と他の車がマチに向かって全速力で突撃してきた。
マチは螺旋の腕を先頭に出し、風の槍で1台目の車を吹き飛ばした。しかし、次の瞬間には狭い空間の中で100キロ近く加速した2台目、3台目と次々に車が向かってくる。

(駄目!相殺できない!)

マチは2台目もギリギリのところで風の槍で飛ばす。だが、3台目には間に合わなかった。無残にも彼女は轢き飛ばされ、再び宙を浮いた身体が壁に叩きつけられた。
何度も車に轢き飛ばされ、マチの意識は飛びかけていた。それでもかろうじて足を踏ん張り、目の前の敵を倒すことに神経を集中させる。
しかし、そんな彼女の意思を踏み躙るかのように4台目が突撃し、壁と挟みこんで彼女の身体を潰した。

「がっ……ぁ……」

マチは倒れた。
マチの沈黙を確認した昂焚は満身創痍の状態でビルの外へ出る。
昂焚は勝利した。しかし、ジェット機のスピードでコンクリートの壁に叩きつけられ、腕には2本、腹には1本の子槍が貫通し、今でも血が流れている状態だ。圧倒的に血が足りない。子槍を引き抜けばもっと血が流れる。

(とにかく…身体の修復をしないと…)

昂焚はワイシャツのボタンを開け、腹部の素肌に血の陣を描く。蛇を表す記号を織り交ぜた治癒術式。9年前にユマに施したものの発展型だ。
いくつかの宗教で蛇は死と再生の象徴として描かれる。蛇の脱皮は老いた身体を再生させ、衰えた生命を復活させる為のものだとされているからだ。ギルガメッシュ叙事詩でも不老の霊薬を飲んだことで蛇は脱皮をするようになったと言われている。そういった伝承を利用した治癒魔術で、ケガや病気といったものを“皮”として抽出する。
昂焚は陣を描くと覚悟を決め、腹部を貫通している子槍に手をかけた。





何かの視線を感じる。自分達の戦いを覗き見する第三者の目ではない。とてつもない執念と共に向けられた視線に昂焚が気付く。
そして、彼は我が目を疑った。

(な…!!)

マチは立っていた。自身に襲いかかる車をすべて破壊し、血塗れでボロボロの身体に鞭打ちながら、昂焚以上に満身創痍の状態でありながら立ち上がり、そしてゆっくりと昂焚の元へ歩いて行く。
全身から血が流れ、今にも倒れそうなおぼつかない足取りで昂焚へと近付いて行く。

(馬鹿な…。あいつには痛覚が無いのか!?)

口から苦悶の声が出ることはない。ただ呼吸するだけの器官と化している。
視線は固定されている。昂焚に向けられた執念に満ちた視線。血に濡れながらも決して瞬きせず、ただ目の前の敵だけを見つめている。肉に飢えた獣、いや、血に飢えた狂戦士の目だ。
気がつくと昂焚は後ずさりしていた。表情も心なしか彼女を恐れているようにも、いや、確実に彼は恐れていた。満身創痍で、もう拳一つ出せない、ただ戦いたいという執念だけで足を動かすがやっとの彼女を恐れていた。
昂焚は足元に落ちている都牟刈大刀を拾おうとする。手が震えていた。手が震え、まともに刀を握ることが出来ない。
呼吸も早く、荒くなる。
彼はこの恐怖を理解できなかった。マチは足を動かすだけでやっとの、死んでいてもおかしくは無いゾンビのような状態で、対して自分は手元に都牟刈大刀がある。まだレールガンの弾も1発だけ装填されたままだ。今すぐにでもトドメの一手を刺せる。

自分の勝利は確実なのに、彼は恐れていた。

(俺はマティルダ=エアルドレッドという存在そのものを恐れているのか!?)

無言のまま、一歩、また一歩と歩みを進め、血と戦いに飢えた目でマチは螺旋の腕を昂焚に向けた。昂焚も震えた手で即座にレールガン状態にした都牟刈大刀を向ける。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

だが、撃つことは無かった。
マチは螺旋の腕を向けたが、何も出来ないままその場で倒れ込んだ。
昂焚も安堵して、腰を抜かした。
目の前の敵が倒れたのに荒くなった呼吸が治まらない。終わったというのにどっと汗が出て来る。

(なんて…執念だ…俺は今、お前に屈したぞ。マティルダ=エアルドレッド。





―――――俺の……負けだ」



そう告げた直後に多量の失血で昂焚は気を失った。

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最終更新:2014年02月18日 14:21