いつからだろうか、僕はある時。
何処までも純粋な、どこまでも戦士である彼女を見て、こう思うようになった。





僕は偽物だ。
僕は、醜い。
僕は、紛い物の、戦士。戦士の出来損ないだ。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


はじめて彼女に出会ったのは孤児院の窓越しだった。

「ゴホッ…ゴホッ……。」

僕は子供の頃、病弱だった。
病弱な僕は皆が庭で遊んでいる子供たちを眺めながらベッドに臥せるだけだった。









「ねぇ、どうして寝てるの?」

窓を開けてきて、一人の女の子が訪ねてきた。
やや長めで所々が跳ねている金髪。ぱっちりとした碧眼。快活で愛嬌のある顔立ち。
屋内で優雅にダンスを踊っているよりは、屋外で元気に走り回っている方が相応しい、開放的な雰囲気の美少女だ。
それが彼女、マティルダ=エアルドレッドだった。

「……君、ここの子供じゃない、よね。」
「うん。」

ここの孤児院の人数は少ないから、皆の顔を覚えるのは容易かった。
それでも、彼女の顔に見覚えはなかった。と言う事は彼女はここの人間じゃなかった。

「ちょっとおじさんがここに用事があってね。あたしは付添い。それで何で君は寝てるの?」
「……僕は、病気になりやすいから。」
「ふ―――ん、そっか。じゃあさ、元気になったら一緒に遊ぼうよ!!」

そう、彼女は微笑んだ。
その時、僕の心の中に何かが発生した。
言葉では表せないような、深いものだった。









「おーい。そろそろ行くぞー。」

遠くから、誰かを呼ぶ男の声がした。

「は――い、今行くよ―――。

あたしはもう行かないと。そうだ、君なんて言うの?」
「へっ、あ、ああ。オズウェル。オズウェル=ホーストン!皆オズって呼んでるんだ!!」

その時、やっと現実に帰ってきてどもりながらなんとか名前を伝えた。

「あたしはマティルダ=エアルドレッド。マチって呼ばれてるんだ。じゃあね、オズ君!!」

そう言って、彼女は声のした方へ向かって言った。

「マティルダ……。マティルダ=エアルドレッド。マチ、か……。」

ベッドの上に臥せていた僕は、ただ惚れた少女の名前を呟くだけだった。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


それから、数年後。
13歳になった僕は必要悪の教会の魔術師になっていた。
あの孤児院で魔術の存在を知った僕は魔術について勉強して、姉のリオ、妹のヘレナと一緒に魔術師になった。
でも、あれからあの少女……マティルダ=エアルドレッドの存在を忘れたことは一度も無かった。

「ねぇオズ兄。今日の夕飯なんだろうね。おなかペコペコだよ。」
「そうだね。僕はスター・ゲイジ・パイが食べたいなぁー。」
「えぇー、アレ見るからにゲテモノじゃないか。アタシはランカシャー・ホットポットが食べたいね。」

そんな風に、姉や妹と他愛のない話をするのが魔術師になってからの僕の日常だった。

「でね、ヤヨイ。その魔術師とっても強かったんだよ。」
「そうなの。あーあ私もとっとと強くなってアイツを見返せるくらいになりたいな。」
「ヤヨイならできるよ。だからさ、戦おうよ!!」
「はいはいまた明日ね。今日はもう暗いよ?」

そんな風に元気いっぱいに話している女の子がいたから、つい、ほんの少し見た。

一人は薄く、色とりどりの服を重ね着している金髪に黒髪ロングのエクステをつけた碧眼の少女。
名前はヤヨイ。自分からすれば聞き慣れない、珍しい名前だった。

もう一人はランジェリー系の衣服とデニムホットパンツ、黒のニーソックス身に着けた少女だ。
やや長めで所々が跳ねている金髪。ぱっちりとした碧眼。快活で愛嬌のある顔立ち。
屋内で優雅にダンスを踊っているよりは、屋外で元気に走り回っている方が相応しい、開放的な雰囲気の……















あの子だ。
あの時から、片時も忘れた事が無かった。
あの日出会った―――――――――――――――――――――――――――――………






























「マティルダ=エアルドレッド?」

気が付けば、僕は彼女の元へと駆けつけていた。

「ほえ?えーと……。」
「オズです。オズウェル=ホーストンです!!ほらあの孤児院で会った、ベッドの上で臥せていた子供です!!」
「オズ、ウェル……あ、あー!もしかしてあの時の?」
「思い出してくれたんですか!!?」

嬉しかった。ただひたすら純粋に心の中には歓喜しか湧き上がらなかった。
最初はぎこちない笑みを浮かべていたマチさんの表情がだんだん緩和していくのがわかって、とても嬉しかった。

「身体はもう平気なの?」
「すっかり良くなったんです。もう正面から戦ってもう問題ないくらいに!!」










「そっか、じゃあ手合せお願いしていい?」
「え……、も、もちろん!!是非よろしくお願いします!!」
「やったぁー!!じゃあ明日の昼鍛錬上場で待ち合わせね!!」

そう言って、彼女は駆けて行った。初めて出会ったあの日みたいに。

「君、新人?」

取り残されていたもう一人の女性が声をかけてきた。

「はい、オズウェル=ホーストンと言います。えっと…」
弥生=アップヒル。見たところマチちゃんに惚れてるみたいね?」
「え……、なんで解ったんですか!!?」
「解りやす過ぎよ。でも、難しいと思うよ?」

その一言に、湧き上がった歓喜は一瞬で干上がった。








「あの子。戦い以外の事柄に興味ないのよ。」


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


弥生=アップヒルの言った事は本当だった。
マティルダ=エアルドレッドは戦闘という行為に対して非常に貪欲であり、強者との死闘を常日頃から渇望している。
闘うことを心から喜び楽しみ、闘えることは至上の幸せだと感じる。
相手が強者であればあるほど感情が昂ぶり、表情と動作がすごく活き活きとする。

まさしく、マティルダ=エアルドレッドは狂戦士だった。





なら、強くなればいいと思った。
その為にはなんだってした。幾らでも鍛えた。

それでも、届かなかった。









強くなるために剣を捨てた。
狂ってしまえば、彼女の領域に届くかもしれないと思い、ヘレナが狂戦士の術式を使う男に助けられたこともあって狂戦士の術式に手を出した。

それでも、まだ届かなかった。














既存の狂戦士じゃだめだと悟った。
オオカミやクマをモチーフにした物から、幻獣をモチーフにした狂戦士へとシフトを変えた。

それでも、ちっとも届かなかった。






彼女の戦いへの渇望は理解できなかった。
狂っているとしか思えなかった。彼女自身、そう自覚していた。
狂戦士になって狂気へと身を委ねても、彼女の心は解らなかった。

結局、僕は偽物の戦士。紛い物の狂戦士。
狂戦士が、戦闘への渇望以外の物を抱くなんて、その時点で戦士失格だ。


























それでも、彼女への想いは捨てられなかった。


◇      ◇      ◇      ◇      ◇


走馬灯の上映は一瞬で、直ぐに目の前の現実へと引き戻された。
今まさに、マティルダ=エアルドレッドは殺されそうになっていた。
闘いの中での死では無く、意識のないまま戦闘の愉悦に浸る間もないまま殺されてしまう。
それは、彼女が嫌だと言ってた死に方だ。

ソレは阻止しないと。
なら、立ち上がらないと。

だって、僕は。



「『Bestia525(獣となりてまで守る者)』。」

マティルダ=エアルドレッドが、好きだから。






その意識を最後に、オズウェル=ホーストンは術式を発動させた。

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最終更新:2014年01月28日 23:36