狂戦士は鬼島の左腕と自身の右翼を双剣の如く構え、咆哮を上げ、転がっていたマティルダの元へと向かって行った。
マティルダを殺す目的で振り落とされた双撃は。
マティルダの首に届く寸前で止められていた。
今まで殺すために猛威を振るっていた災害そのものが今ではピタリと、ボルトで固定されたかのように動かない。
「オズ、く、ん
――――――――――――――………オズ君?」
そんな、マティルダが狂戦士の名前を呼びかける。
その度に、血の様に赤い眼が、蝋燭の炎の様に揺れ動く。
翼と腕を持った狂戦士の掌が揺れ動いている。
鬼島は気に食わなかった。腹正しかった。
人外の化け物がヒトを襲わないなど。
ヒトに仇成す鬼を刈り取れなかったことを。
そして、そのために自分が鬼と成りつつあることを僅かながら自覚したのだった。
故に、鬼島甲兵は憤怒に支配された。
「ふ、ざけんじゃねぇえええええええええええええぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして気が付けば、狂戦士の背中を刺し、蹴飛ばしていた
強化された肉体が放つ蹴りは狂戦士を放物線上に飛ばしていく。
そしてマチの少し後ろにド派手な音と共に落下した。
「オズ君!!」
「テメエは、野垂れ死んでろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そうして、鬼島が『童子切安綱』の刃をマチに突きを放つ。
狙いは脳天。確実に眉間を捕えた一撃。
鬼島は確かな手ごたえを感じた。
確かに、目の前に広がる灰色の翼を突き刺した。
ボロボロになりながらもまだ翼としても形を保っていた7狂戦士の翼はマチを覆い、刀の先端が突き刺さりそのまま受け流された。
そしてそのままの勢いで、鬼島に尾を当てようとする。
一発で人体をミンチにするその一撃を縄跳びの様に飛び、着地すると同時にバックステップをとる。
「な、おい。どういう事だ。」
バックステップをとった鬼島が目の前の狂戦士を見る。
信じられない、と言外に驚いていた。
目の前に立ちはだかる狂戦士は、オズウェル=ホーストンはまるでマティルダの盾となるかのようだった。
見境なく暴れ、殺し尽くそうとするだけだった狂戦士が、今まさに誰かのために挑もうとしていた。
誰かを護る為に、ボロボロの片翼を広げ、
そして。
「M………………、ti、s、…n。」
獣が、竜が。
言葉を喋ろうとしていた。
完全に理性を失い。敵味方の区別すらつかず。ただ殺す為だけの存在になり果てた狂戦士が言葉を発そうとしていた。
もしかしたら、喉の箇所だけ対応しきれてなかったのかもしれない。対応してたとしても、内部構造は人間のモノのままだったのかもしれない。
それでも、確かに。
「Mあ、……ru。護、ruん、d……。
――――――――――――――――――――――――――――――マチさんを、護るんだ。」
狂戦士は、人の言葉を喋るという奇跡を果たしたのだ。
「オズ、君。」
弱りきっても、マチは奇跡を果たしたオズの背中をしっかりと見届ける。
呼びかけられても、オズは応えない。咆哮を上げる事もしない。
まるで、『この戦いが終わるまでは気を抜くことは出来ない』と背中で語るようだった。
「ふざけんな……。
獣が一丁前に人間の言葉を喋ってんじゃ、ねぇぞォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
咆哮を上げたのは鬼島の方だった。
愛刀『童子切安綱』を構え、一気に駆け抜ける。
一瞬、月光が鬼島を照らし、反射して鏡のようになった刀身が鬼島を映す。
鬼島自身は気付かなかったものの、その表情は『鬼』のモノになり果てていた。
『鬼』となった鬼島は、駆け抜ける。その灰色の体躯に、刀を突き刺さんとする。
全ては、目の前の憎たらしい人外を殺すために。
一方のオズウェルは、静かだった。
理性的、と言う狂戦士に使うべきではない言葉が思わずマチの脳裏に駆け巡るほどだった。
オズが口を開ける。
其処から迸るのは咆哮では無く奔流。何か波の様な見えない何かが一直線に鬼島へと飛んでいく。
そして、オズウェルの口から焔が奔った。
強力な灼熱の炎は、鬼島が『童子切安綱』でオズウェルの体を切り裂くよりも速く、鬼島の体を覆いつくし纏わりついた。
「ああ、そうだよな。ドラゴンだもんな。火、噴くよな。
………………――――――――――――――でもよぉ、唯で終わると思うなよぉおおおおおおおおおおお!!」
今までの戦闘からは有りえないほど穏やかそうに鬼島は呟く。
それはまるで、達観に近かった。
もう、自分はここで死ぬと悟ったが故の達観だった。
しかし、それも一瞬で直ぐに鬼島甲兵は断末魔を上げ跡形も無く燃やされていった。
竜の狂戦士となり、かつ初めて誰かを護る為の戦士となったオズウェルは灼熱の炎を吐きだす。
迸る炎は、射線上にある魔術結社の設備や構成員たちの遺骸、――――――――――――――――――そして向かってくる鬼島を呑み込んだ。
そうして炎は全てを燃やし尽くし自らもまた消え去った。
「オズ君。終わっ、た、の――――――――――……?」
炎の輝きに目を瞑っていたマチは目を開けながらオズに敵の生死の確認をする。
しかし、そこでマチが言葉を詰まらせる。
『幻獣の狂戦士』に使用する革の包帯が静かに解けていく。
オズはそれを気に掛ける様子は無かった。あるはずが無かった。
ガラスが破られた天窓からは月明かりが燦然と降り注いでいる。まるで大舞台のスポットライトの様だ。
月明かりのスポットライトの中心で、オズウェルは心臓に刀が突き刺さったまま仰向けに倒れていたのだから。
鬼島は炎に包まれる直前、一か八かで『童子切安綱』を投げたのだ。
鍔も柄も燃やし尽くされて尚、刀身のみがまるで矢の様に直進して、狂戦士と化したオズウェルの鱗の鎧を貫き、肋骨の隙間を通り抜け。
そして心臓を捕えたのだ。
「…嘘でしょ。オズ君?
――――――――――――――――――オズ君!!」
マチはボロボロの体を引きずりながら、オズの元へと駆けつける。幸い距離はそこまで離れていなかったため直ぐにたどり着いた。
仰向けに倒れ、正しい循環が出来なくなった血液が口から吐き出され、それでも尚、オズはマチの顔を見るとニッコリと穏やかそうに微笑んだ。
「マチ、さ、ん。無事…ですか?」
「あたしの事なんかより自分のこと心配してよ!!胸に刀突き刺さってんだよ!!」
「そう、ですね。僕はもう、死にます。……ごめんなさい。」
「そんな事、言わないでよ!!あたしまだオズ君と一緒にしたいこといっぱいあるんだよ!!
もっといっぱいオズ君とトレーニングして、
一緒に強くなって、
その後は『ティル・ナ・ノーグ』でご飯食べて!!
それで、それで…………………――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
マチがボロボロ流す涙はオズの顔の上に落ち、頬を伝う。
そんなマチを見ながら、オズは最後の力を振り絞る。
「マチさん、泣かないで。こうなる事は覚悟してました。だから、泣かなくていいんだ。」
最期の力を振り絞り、右手でマチの涙を拭う。
拭っても、涙は尚、あふれ出で来るままだった。
「オズ君…。」
「マチさん。」
オズウェルは死に際に思う。
自分はもうすぐ死ぬ。
気持ちを伝えるならば、本当に今しか無い。
この機会を逃せば、気持ちを伝える機会は永遠に来ない。
ダメだ。
そんなことすれば彼女は彼女じゃなくなる。
愛する人を他でもない僕自身が壊してしまう。
ソレは、出来ない。
……それに、僕は彼女を泣かせてしまった。そんな僕に告白する資格なんて、ない。
僕の初恋は、唯一の恋はここで終わった。相手に想いを伝える事無く無惨に終わった。
ああ、でも。
後悔なんて一つも無い、いい人生だったなぁ。
そう夢想しながら、最期の言葉を伝えたオズウェルの呼吸は止まった。
心臓の動きを感じる事は無かった。
死に顔は眠りについたかの様に、とても安らかなモノだった。
「オズ君、オズ君、オズ、く、ん。
あ。ああ。あああ。
うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
マティルダは慟哭する。
そして、オズウェルを助けられなかったことを後悔していた。
「ああ、上手くやってくれたみたいだ。これで印は十分に刻まれた。」
ふと、背後から男の声がした。
マティルダは弱弱しく振り返る。
黒いジャケットとYシャツ、ジーンズ。そして深紅のマフラーを巻いていた。深紅のマフラーには真鍮色の太陽がプリントされている。
「……君はまだ生きているな。命に別状が無いのは何よりだ。大怪我で動けないのならば尚更助かる。死なれたら困るからな。」
「あ、なた、誰…?」
「僕はまぁ、ついさっきここにいた鬼島の仲間、と言ったところだ。
“善き父親の釜の蓋を末裔は今開く(DNOTLOTPOGF)”。」
深紅のマフラーの男は詠唱を唱える。
それと同時に、魔術結社が深い緑色の光を包み込まれた
「これ、は…………!?」
「詠唱だよ。此処で一定数以上の生贄を捧げて、固定化する。ただ、効力はもう少ししてから発揮されるから今ここで君を殺しはしない。」
深い緑色の光はみるみるうちに強くなり、しばらくすると目を開けるのも辛い程の光度になってくる。まるで、閃光弾の様な爆発的な光だ。
そして、最終的には深緑色の光は、柱となって天へと昇って行った。
「さて、こんなもんかな。……あれは。」
男は、ふと、マチの奥にあるモノを見る。
それは、今さっき息を引き取ったばかりのオズウェルの遺体だった。
興味深そうにオズを見る男は胸に刺さった刀身を抜き、オズを担ぐ。
「アンタ、何を…………!!」
「少し、試したいことがあってね。この男は被検体、といったところだ。じゃ、僕はこれで行くとしよう。」
そう言って男は転移術式を発動させ、徐々に消えていく。
「オズ!!マチ!!無事か……………………!!」
突如、紫色に輝く鎧をつけた男、……
アーノルド=ストリンガーが駆けつけた。
アーノルドはズタボロのマチを見た後、オズを担いだ男の方を見る。
深紅のマフラーを着けた男と、アーノルドが目を合わせた時互いに硬直した。
「まさか、お前。エドか……!!」
「………――――――――チッ。」
深紅のマフラーを着けた男………、エドはアーノルドを見るや否や舌打ちした。
そして、顔を歪ませたまま転移していった。
そんなエドを見たアーノルドは、ショックを受けたまま硬直したままだった。
「オ、ズ君……。」
そう、さっき死んでしまった戦友の名を呼びながらマチは気絶してしまった。
この血みどろの戦いは、これからの大魔術の一端でしかなかった。
この悲劇はまだ生まれてすらいなかった。
新たな神話をこの世に刻みつけるための始まりでしかなかった。
最終更新:2014年02月04日 00:18