「え?私の昔の話が聞きたいの?…んー、あんまり人に聞かせる話じゃないんだけど…」

「うん、でも…そうだね。きっと此処で位しか話せないんだし…聞いてもらおうかな、なの」

「ふふ、言うまでも無い事だけど…私って昔はすっごく悪い子だったんだよ?」

「どれくらい悪い子だったのか、聞けば解るから…覚悟は、しておいてね?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


…それはまだ「私達」が「私」だった頃のお話。後に学園都市の暗部を騒がせる黒猫が、未だ自由を手にする前のお話。

日本のとある街に生まれた私は、しかし生まれて直ぐに最初の転機を味わう事になる。

有り体に言うならば私は生まれて直ぐに親元を離れる事になった。理由は簡単、私の両親は世間一般に溢れる普通の人達と同じ位には心が広くなかったと言うだけの事。あくまで普通、これが当たり前の反応、そうは言っても当事者の私からすればすんなり受け入れられる事実ではないけど。

私を生んだ両親が私を見て、最初に我が子に抱いた感情は恐怖だったそうだ。なぜなら生粋の日本人であるはずの両親から生まれた私の体には、ありえない特徴があったから。

―――銀色の髪に、エメラルドの様な鮮やかな緑眼。

私だって普通に考えれば気持ち悪いと思う。それでなくても異常である事は直ぐに理解できる。そして例に漏れずそんな見た目の赤ん坊を、やはり両親は我が子だと認めはしなかった。

そんな二人が私の扱いに困った挙句にとある結論へと至り、それを行動へ移すのに時間は殆ど必要で無かった。施設へと私を預ける…言い方を変えるならば、私を捨てる事を決心した両親の行動は早く、私は物心がつくだとかそれ以前の幼さで親元を離れる事になった。

可能な限り速く私は施設へと預けられ、そこで幼少期を過ごす事になる。故に私は私の生涯の間、自らの両親の顔を知る事は無かった。最も…そんな両親の顔を知りたいとも思わないけど。まぁ、施設に預けられようがそのまま両親に育てられようが結末なんて変わらなかったかな、と今は思っている。

…要するに、施設に預けられたからと言って私の待遇が良くなることは無かった。結局の所、両親からすら捨てられた私が受け入れられる事などある筈は無く。預けられた施設…教会の様な場所だったかな?…そこでも私の扱いは最底辺を極めていた。

『ごめんさいね、富士見ちゃん。ご飯が足りなくなっちゃったから貴女の分だけ少ないけど、我慢してね』

『………別にいいの。わざわざ謝りに来なくたって良いよ…わざとなの知ってるもん…』

ただただ悪意に晒され続ける日々の中で過ごした。いじめとかそう言う話ではない。あれは「排除」だ。周りの人達は皆私を排除しようとしていた。

そんな事情もあってか、生き残ることが出来る程度の庇護の下で私は育った。唯、それで終わるならば私は不幸なだけで終える事が出来たのだろうけど。ただし、私にはそれで終わる事が出来ない程の才能があったのだ。

誰かから何かを学べる環境にあった訳じゃない。お世辞にも才能を磨けるような環境では無かった。それでもなお私は周りの幸せな子供たちを遥かに凌駕していた。

勉強も、運動も、明らかに周りを逸脱していた。そんな一言で私を表現する事に、出来てしまう事に嫌気が差すけれど、私は所謂「天才」と言う奴だったのだ。…周りの環境、その後の人生を考えれば「天災」と字を当てた方が相応しいけれど。

まぁ、そんな中途半端に逸脱した才能は逆に私の首を絞める事になったけれど。回りの子達が嫉妬の目線で私を見ている事も、それが直ぐに憎しみに変わる所も全部見ていたし。

そして更にエスカレートした排除は、いよいよ私の命を脅かすまでになっていた。だからだろうか?流石に拙いと思ったらしい職員達が私をどこかへ送り出そうと、行き先を探し始めたのはこの頃だった筈だ。

そしてその成果は意外と早く出る事になる。ある日突然、私は再び居場所を移す事になる。最早職員が話していた内容なんていちいち覚えてなんて居ないけれど、あの時職員は「貴女の才能を活かせる場所」と言ったのだ。

その言葉の裏にあったのが「厄介払い」であった事等百も承知だったけど、それでも。

(才能を活かせる場所、それはつまり私の様な人間でも報われるばしょなの)

そんな都合の良い楽園をすぐに信じる事は出来なかったけど、それでも今の場所よりはマシだと願って。そして私は学園都市へとやってきた。そして、その場所で「超能力」の存在を知った。

この場所ならば私は報われると思った。この場所ならば私は救われると思った。…そんなの、間違いでしかなかったのに。勘違いでしかなかったのに。

程なくして私も「能力」に目覚め、私は「翼」を手に入れた。でもそれは私にとって救いには成らなかったし、ある意味では更に私の首を絞める事にもなった。

才覚ある人間が全て羨望の眼差しを受けられるとは限らない。否、殆どの場合は才覚ある人間程周りから冷たい目を向けられ、その才能を潰される。

―――私も同じだった。

勉強も運動もそして能力開発ですら、私は周りを凌駕していた。

その先にあったのは、迫害と排除。醜くて仕方が無い嫉妬の塊。生まれたときからずっと私は嫉妬に晒されて生きてきた故に、きっと私はそういう物を引き寄せやすかったのかもしれない。

でも、と私は思う。私は逆に周りをどう思っていたのだろうか?私に嫉妬して嫌がらせをしてくる周りの子達を、私はその時、どう感じていたのだろうか?

多分、最初に抱いたのは同じ「嫉妬」だった筈なのだ。でも何時の間にか何も感じなくなって、気づけば私は嫉妬と言う感情を忘れきってしまった。

確かに羨ましくはあったのだ。周りに仲間が居る人達が、手を取り合える人達が居る事が。
でもいつの間にか心の器には大きな穴が開いていて、器に溜まる筈の「妬み」の油はその穴から零れ落ちていく。

そんな鬱屈とした呪いの日々の中でも、その頃の私はまだ正義を信じていて、正しい事をすれば正しい報いが待っていると思っていた。そしてそんな正義に従って私が起こしたある行動が、私の人生を更に歪める事になる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あれは…?あ、同じクラスの…絡まれてるの?」

ホントに偶然、路地裏の方へと目を向けた時だった。その視界に入ったのは見覚えのある顔。とはいっても同じクラスと言うだけで殆ど話した事なんかは無かったんだけど。

どうにもあからさまに不良っぽい男子達に絡まれている様で、顔に傷を負っていた。…考えるまでも無く足は其方に向かっていた。それが正しいことって知っていたし。

「ちょっと!何やってるの!」

そう言って間に割って入った。改めて男子達に目を向けると、とても頭が悪そうな印象を受ける。所謂スキルアウトって奴ね。ま、私の敵じゃないのは確かなの。

「なんだ、この女?身の程って物を……って、こいつ!?能力者か!?」

「燃やされたくなかったらさっさと消えるの…って、ええっ!?」

ここまで脅しといて向かってくるとか、見た目通りやっぱり馬鹿なの!?…警告してあげたんだから、痛い目見てもしょうがないよね?

「―――燃えろ。灰も残らない程にっ」

腕を振るうだけ、それだけで済む。数瞬前まで目の前に群がっていた男達は既に焦げ付いて地面に転がっている。入院程度の怪我は覚悟しておいて欲しいところなの。

改めて絡まれていた女の子へ向き直る。これがきっかけで少しは仲良くなれたりしないのかな、なんて淡い期待を込めて。

でも、女の子の表情を見てそんな幻想は打ち砕かれた。だって私が助けた筈の彼女は、分かりやすいまでの憎悪の表情で私を睨んでいたからだ。

「―――何よ。そんなに私を見下したい訳!?よりによって、よりによってアンタみたいなのが!私を見下して…見下ろしてっ…!」

「な、なんでっ…!?私、そんなつもりじゃ…!」

理解できなかったけど、それでも鬼気迫る表情の彼女に私は怯むしか無かった。でも今考えてみれば、彼女もまた嫉妬していたのだって分かる。

「アンタなんか嫌いなのよっ!天才なんかに、私の屈辱が分かるかぁあぁぁっ!」

確かに、私は彼女の気持ちなんて理解できては居なかっただろう。そんな風に怯んでいる内に騒ぎを聞きつけた風紀委員がやってきて、騒ぎは収拾された。

…でも、既にここから私の人生は狂い始めていた。私は気付くべきだったのかもしれない。現場へ駆けつけた風紀委員もまた、私を知っている人物である事を。そして、その風紀委員と絡まれていた女の子が、とても仲良しであった事を。

憎しみの目で私を睨む彼女を見た、風紀委員のその子が私をどう思うかなんて、分かりきっていただろうに。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


後日、私は風紀委員から呼び出しを受けた。…男子生徒三人への暴行と女子生徒一人への暴行未遂の容疑で。

「わ、私はただ…絡まれたあの子を助けようとっ…!」

「助けようとした?その本人から、貴女が暴行を加えたとの証言を取れているのですが?」

私はもちろん容疑を否認したし、そもそも状況を見ればおかしいと誰だって分かるのに。…いや、そうか…。あの場面じゃ私の味方をする人が居なかったではないか。

助けた女子生徒は私に憎悪の感情を分かりやすく向けていたし、不良三人組からすれば私は恨むべき相手。そして駆けつけた風紀委員のあの子が私に向けていた視線もまた、憎悪のソレではなかったか。

「ああ、そっか…。助けたことが間違いだったんじゃなくて…「私」が助けたのが間違いだった、って事なの」

だったら私に出来ることって何なのだろう…。嫌われてる相手から助けられたって、それは新たな禍根を残すだけ。

なら誰にでも嫌われてる私に人助けの資格なんて無いじゃないか。報われない今までの人生だったけど、だからこそ良い事をして、良い人間であろうとしたのに。

それすらも許されないと言うなら、この世で嫌われ者が生きていく方法って何なのだろう。…これじゃあ、悪人を作っているのは周りの環境だ…なんて誰かの主張を頭から認めたくなっちゃうの。

「とにかく、今後はこの様な事が無い様にしっかりと反省を――――」

厳重注意と言う名の説教を受けつつ、この世の真実なんて所詮こんな物だと醒めてくる。事実は多数派によって用意に螺子枉げられて、少数派はその歪みの代償を負う。

そもそも本当に暴行の事実―――それも三人相手に能力を使って―――があったのなら厳重注意で済む筈が無い。これは唯、この事実を公表し私に「前科」と言うレッテルを貼ることで私の評判を下げる為の策だから…実刑なんかは必要で無かったのだ。

(どうして…相手を「引き摺り下ろす」為にここまで出来るの?どうして、自分がそこまで登る事を考えないの?)

それが最近の私の考える事だった。彼女らはそこまで面倒な手段を用いて私を下まで引き摺り下ろそうとした。

その労力を使って自分に磨きを掛けたなら、きっと少しは嫉妬する相手に近づけるのに。何故ソレをしないのかが私には不思議でならなかった。

―――でも、きっと…ソレがわからないから私は独りなんだろうな。


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事実、その事件がきっかけで私の周りからは更に人が居なくなった。元々誰かが近付いて来たところで、結局いつかは離れていっていたのだから関係ないけど。

でも、気づけば自分がしばらく他人と会話らしい会話をしていない事に気が付いて、悲しくなる。

「…あ…ここは…。そういえば、ここであの子が絡まれてたんだっけ」

気づけば目線の先には件の路地裏。そしてそこには何時かの日の焼き直しかの様に、見慣れた状況が繰り広げられていた。

もちろんその演目を演じるのは別の人物だけど、繰り広げられているのは同じ。不良の様な見た目をしている男子三人が中学生らしき女の子に詰め寄っている。

…でも、今度は私が動いたりしない。だって既にその三人に前に立ちはだかるかのように、ウニの様な頭をした少年が立っていたらだ。

特別強いわけでもない。でも、それでもちっとも怯む様子の無いその姿に気勢を削がれた様に不良たちは去っていく。私はその様子を一部始終見ていた。周りの人達は、そちらをちらりと眺めるだけで通り過ぎていくだけの中、私だけじっと。

助けられた女子生徒は、とても感謝した様子で少年に頭を下げていた。…あの少年と私の違いは何なのだろう。どうしてここまで、違うのだろう。

そんな分かりそうもない疑問を感じながら、私の足は自然とその場を離れていった。私にはもう一つ考えなくちゃいけないことがあったからだ。

―――「デスサイズ」と呼ばれる連続通り魔が、現在学園都市を賑わせている事だ。

手口は至って簡単。背後から長い刃物でざっくりと、一太刀。被害者は誰もが重傷で後遺症を残している者も多いとか。

しかし、この通り魔は世間からヒーロー染みた人気を博している。それは何故か?狙う相手にその理由がある。

要するにダークヒーローの様な扱いなのだ。非道な振る舞いをしておきながら、法で裁かれなかったり何らかの理由で罪を免れたり、そういう人物を狙って傷害事件は起きている。そんな背景もあってか一般生徒の一部から狂的な信仰を得ているという次第だ。

…何ていうか、引っかかる話だなと私は思っている。やっている事は悪い事なのに、それを認めている人が多数居る。

ああ、やっぱり引っかかる。何でこんなに私は気にしているんだろう。そんな事を考えながら、自分が歩いている場所に思い至る。

―――ああ、ここってそのデスサイズが良く現れるって噂の場所なの

しかも時間も気づけば遅くなり、陽は沈みきって辺りは良い感じに暗くなっていた。まさしく通り魔でも現れそうな雰囲気に溢れている。

白々しく言っては見たものの、私はそもそもそのデスサイズを探していたのだから笑えないのだけれど。犯人は現場へ戻る、なんて言葉を思い出して一か八か訪れてみただけ。

そもそも何故私がデスサイズを探しているかと言えば、話が少し前に遡る事になる。

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「デスサイズ…?なんなの、それ…蜜柑クン、また私をからかってるの?」

「そんなつもりはございませんよ。今、学園都市を賑わせてる通り魔の事でさぁ。何でも悪い事したのに罰を受けていない、何かしらの裏の事情を抱えた連中を次々と襲ってるとか言う話でしてねぇ」

ここは、私が通っている学校の体育館裏である。まるでカツアゲでも横行してそうな雰囲気だが、今私の目の前に立っているのはそういった手合いではなく…今の有様の私と会話をする事の出来る数少ない人物だったりする。

「まぁ、何で俺がこんな事を伝えに来たか…なんて理由は言うまでも無いっすよね?」

「…私も、ターゲットの一人かもしれないから…でしょ?ふん、ご苦労な事なの」

ま、情報通の俺からすりゃあ…あの件が濡れ衣なんて事は火を見るより明らかなんすけど、と要らない後付を置いてから彼は手帳を取り出した。

「そこでなんすけど…こっちから仕掛けてみません?」

「…?どういう意味なの…?」

ふっ、と嫌な感じで笑って見せてから彼は私に耳打ちをした。今になって考えてみれば、彼も中々に最低な人間だったように思えてくるけれど…当時の私にはそれが酷く魅力的な提案に聞こえたのだ。

―――正義の味方気取りを倒して、本当の正義の味方になりたくないですか?

「正義の――味方…。なに、それ。そんなの私に全然似合わない…の」

「そうそう、一つ耳寄りな情報を教えておくっすよ。この前、先輩が助けたあの人なんすけど…どうしてあんな所に居たと思います?」

それは確かに気になっていた。彼女が絡まれていた場所は特に治安が悪く、スキルアウトの根城となっている場所だ。

一般の生徒が何の用事も無しに近付く場所では無かったし、彼女の様な人間が用を持つ場所でないのも確か。

…何せ、彼女はただ都市伝説や噂と言ったお話が好きなだけの何ら変わった所の無い女の子だったのだから。

「ですねぇ。ま、だからこそデスサイズ何ていうアングラな噂まで知ってしまったんでしょうけど」

「なに、それ。まるであの人がデスサイズを探していたみたいな…」

私へと視線をやる目の前の男の表情から、そも「まるで」が正しい事実を指しているのだと察した。彼女はデスサイズを探してあんな場所を彷徨っていたのだ。

でも、何故…?

「デスサイズの被害者は既にこの学校からも出てまさぁ。その生徒ってのは先輩とは違うクラスの子なんですが…件の彼女と一緒に居る姿が良く目撃されてました」

「えっ…その子も、デスサイズに狙われるような事情を抱えてたの?」

だとすれば少し意外だ。彼女がそういう類の人間とつるんでいる姿は想像できないからである。もちろん、そういう本性を隠されていた可能性は否定できないが。

「いえ、その被害者は至って健全で後ろめたい事情なんて皆無の生徒でしたよ。しかしその生徒は自分からデスサイズに襲い掛かったとか。…さしものデスサイズも向こうからこられちゃポリシーを崩さざるを得なかったんでしょうかねぇ」

「どうしてそんな真似を…。デスサイズが許せなかったから、なの?」

思いつく理由として最も有力なのはそれだ。
正義感に従って無茶な戦いを挑み、返り討ち。空しい話といわざるを得ない。

「さぁて、どうしてだか。何にせよ彼女がデスサイズを探していた理由はこれで予想が付くんじゃないですかい?」

「そう、なの…。うん、そういう理由なら納得…かな」

――――敵討ち。浮かんだのはそんな単語。
友達だったその子の敵討ちの為に彼女がデスサイズを探していたのなら…?

「さて、それを踏まえた上でのさっきの提案です。…悪い話じゃ無いと思いますよ?」

「…ほっといたら、あの人がデスサイズに殺されるかも…そっか、それは―――放っておけないの」

酷い目に合わされた、理不尽な恨みを向けられた、それらは本当の事。
でもだからって…死ににいくような真似を見逃すのはきっと人として間違っている。

「ええ。今度こそ正しい形でその人を―――助けてあげましょう、先輩?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そう、そんな言葉に簡単に惑わされて私は此処に立っている。でも結局街を探し回ってもその尻尾すら掴む事すら出来ずに、以前の犯行現場に戻ってきた次第だ。

ま、それはともかく…と私は後ろへ目をやる。何故ならば

「…通り魔って案外、お約束って言うのが分かる人なの」

「ふふ。気づかれちゃった…鋭いのね」

―――見つけた。まさか本当に現場に戻ってくるなんてね。

そして…嗚呼、目を合わさなくたって分かる。この人は「おかしい」人だ。それでも目を合わさなきゃいけないのだから気が滅入る。

ゆっくりと振り返った私が見たのは予想通り、常軌を逸した人物だったとしか言い様が無い。目は明らかにいっちゃってるし、顔も尋常じゃない感じに引き攣っている。落ち着いた口調なのが逆に恐ろしさを演出している。

これが世間がヒーローと湛える人物の実態なのだと知ると、酷く頭が醒めていく。…こんなのが、ヒーローだなんて。

「でも、死んでもらえば良いのよね。元々貴女も罪人なのだし」

「そっか…そうだよね、私が悪い事になってるの」

この前の暴行事件では、結局私が犯人なのに裁かれていないという認識で落ち着いている。
そりゃあ傍目から見れば私が物凄く悪い人に見えてるんだろうな。

そして私がここで被害に遭えば、きっとスカッとする人もたくさん居るんだろうな…。
でもさ、それって私が何かしたわけじゃないんだよ?私は唯、そこに居ただけ。出来る事をしただけ。

それなのに、それだけで許されないというのなら。
才能とは、資質とは、あるだけでその人を縛る鎖の様な物なのではないだろうか。

…いや、私にとっては鎖と言うより籠と言った方がしっくり来るかもね。

「―――はっ!」

なんて言ってる間に、デスサイズは私に向かって切りかかってきていた。咄嗟に身をかわしてすれ違いざまに火の玉を投げつける。切りかかってくる早さと精度は確かにこなれた物だったけど、その程度では当たらない。

(死なない程度に…っと―――――燃えろっ)

しかし私の投げた火の玉も、当たるはずのコースを辿った末に相手を素通りした。…と、そう見えたのは錯覚で、そもそもデスサイズは私の視覚が捉えた通りの場所には居なかったらしい。

火の玉を受けたデスサイズ―――の幻影は黒い霧となって散っていく。
…そう、つまりは彼女も能力者。黒い霧を生み出す能力、と言った所だろうか…?

「ふふふ…!そんなの当たらない、わ!」

黒い霧が散った後、背後から殺気が降りかかる。間髪入れずに振りぬかれた刃物が髪の先を掠めて閃く。―――さっきよりも攻撃が鋭くなっている。なるほど…

(力は出し惜しむ、切り札は隠しておく、油断させる手としては十分なの)

どうにも思った以上に戦いなれしているらしい敵に対し、私は距離を離す事を選んだ。
意外な事に追撃は無く、黒い霧は私を追いかけてくる事をせずにデスサイズの回りを漂っていた。

「ふふ…!すごいすごい。良く避けたね」

「それはこっちのセリフ…って言うか、貴女も能力者なんだ?」

てっきりスキルアウト(無能力者の中でもならず者を指す)の類かと思ってたんだけど…
どうにも彼女は能力者で、しかもそれなりに高位の能力を有しているらしい。

その証拠と言うには少々抽象的過ぎるが、彼女と相対していると高位能力者特有の独特な威圧感をひしひしと感じてくる。

「私の『黒死霧創(ブラックアウト)』…貴女にも味わせてあげる」

そう言って手を横に振りぬく彼女の周りから、先ほどと同じ黒い霧が噴出し始める。
霧はゆっくりと世界を寝食していくかの様に広がり、私の視界を塞いでいく。

その様子を眺めながらそれでも私は状況の経過を静観していた。
特に急いでどうにかしようとするつもりも無いし、焦る様な事でもない。

だから…、と私は一つ質問する。

「ね、一つ聞いてもいい?どうしてこんな事をしているの?」

質問を投げかけた途端に霧の広がりが遅くなる。
どうやら質問に答えてくれる程度の親切さは持ち合わせている様だった。

そして、彼女は私の質問へ対して呆けた表情を返した。
そんな事は聞くまでも無い事だろうと言いたげな顔で。

「どうしてって…それは、認めてくれる人が欲しいからよ」

…そうね、そして実際にこの人のしている人は他人に認められているのだ。
だとしたら私とこの人のどちらが世の中にとって「意味のある」存在なのか、それは考えなくても分かる事。

善か悪か。他人から認められる、受け入れられるという事においてその二つは重要でない。
彼女の様な悪人であっても需要があれば他人に認められるのだ。

「まぁそれだけじゃ無いんだけどね」

「…?他にも理由があるの?」

意外な事に彼女は自分語りを好むようで、私に語りかける。
ゆるやかに広がる霧は既に私の視界をほぼ全て覆い、彼女の姿を視認する事すら難しくなっているが、声は確かに私へ届いている様だった。

(霧の流れは見えているのに気流の流れを感じない…?これはもしかして…)

同時に私は彼女の能力について考察を進める。彼女の能力の実態が、実際に霧を噴出している訳では無いとするならば、彼女の能力は相手に黒い霧を「見せる」能力。

(認識を弄る能力…じゃあ、この霧は物理的に振り払えないの…)

「みんなは私が独断で標的を選んでいるって思ってるみたいだけど…本当はぁ…」

「本当は…?」

「本当は、私は依頼を受けて殺しているだけ…貴女もそう。殺してって頼まれたから、ね」

それは私にとって驚くに値する情報だった。
何せ今まで向けられてきた悪意とはそもそも質が違う。

散々恨まれたり憎まれたりの末に、排除と言う手段を狙って私をはじき出そうとした輩は数多い。しかし、それでも今まで私を「殺す」為に向かってきた者は居なかったからだ。

例え直接手を下さず、デスサイズと言う「手段」を用いていたとしてもこれは明確に私に向けられた「殺意」だ。

「―――――誰が、って聞いたら答えてくれるの?」

そして、私は何となく分かっていたのだ。結局私は道化で、すべては悪意の元に成り立っている事を。

「いいよ…冥土の土産に教えてあげる。■■■■■って女の子―――知ってるかしら?」

その名前を、私は良く知っていた。
だって私は今、その子を助ける為にこの場に立っていた筈だったのだから。

…でも、そんなのは全てまやかしだ。幻だ。幻想だ。…都合の良い、妄想だった。
他でもない彼女自身が私を殺さんと手を回していた、それが真実だった。

「ふ―――ふふふふっ、あははははっ!あはははははははははははっはははははは!!」

笑いが止まらない。どうしてこうにも私のやる事は裏目に出るのやら。
彼女がデスサイズを探していたのは敵討ちの為でも何でもなくて…彼女に依頼するため。

他でもない私を殺す為に、彼女はデスサイズを求めていたのだ。
そりゃあそんな事をしている最中に標的である私から助けられたりすれば、穏やかで居られる筈なんて無かった。

後からやってきた風紀委員のあの子も、きっと事情を知っていたのだ。
そう考えれば全て辻褄が合うし、理解が出来る。そして多分、そもそも私を殺そうとしたのも…

「察しは付いてるみたいだけど…私に襲い掛かってきたあの子は「力試し」って言ってたわ。…能力がすごくなくたってやれるんだ…意気込んでからついつい弾みで返り討ちにしちゃった」

そうか…きっと、その子は私の事を知っていたのだ。
能力至上主義のこの街では能力が低い者はそれだけで不当な扱いを受ける。

そんな不当な扱いを受けてきた人にとって私の存在は正に悪だ。
私を直接叩くことが出来ないのなら…間違った方法ででも自信を、自身を保つ手段が必要だ。
きっと彼女の力試しとはそういう意味だったのだろう。
だとしたら彼女の死もまた、私によるモノなのだろう。

「あははっ、力試しかぁ…。結局そこも私が原因だったの。その子も私の事妬んでた人の一人だったし。…もう、ほんと笑えてくるの」

ああ、そういう意味では彼女がデスサイズを探していたのも「私に対しての敵討ち」だったのかもしれない。実際に友人を殺したデスサイズを「手段」として使うなんて悪趣味極まりないけど。

―――何ていうかさ、ほんともう。

今まで善に拘ってきた私が馬鹿らしくなってくる。
嫉妬されて、それを恐がって何も出来ないくらいならいっそ…

「いっそ、私も――――人間を辞めてしまえたら楽なのにね」

「何を言っているのか知らないけど――――もう、殺すね?」

一瞬で場が冷める。狂人であっても、否、狂人であるからこその冷徹な一面。
それを出し惜しむことなく剥き出しにして向かってくるデスサイズに、私は。

「じゃ、さようなら。恨むなら依頼者の子を恨みなさいな―――黒死霧創」

視界が一瞬で黒く染まる。ゆっくりと広がっていた黒い霧が私の世界を完全に塗りつぶしたのだ。

手で払う…しかしそれは叶わない。触った感覚も手応えも無い。
なにせその霧は私の脳内に直接湧いているのだから払えるはずも無いのだ。

…そんなの、関係ないけど。

「ねぇねぇ。確かに貴女はヒーローなのかもしれないの。でもさ、貴女の事を快く思わない人だって居るんだよね?」

「――――――なっ!?ああああああああ、貴女いいいいい一体っ!?」

向かってくる敵(ヒーロー)の腕を掴んで私は笑う。
掴んだ腕は煙を上げ、肉が焼きつく音を立てながらその原型を失っていった。

単純な話、私が掴んだ腕を燃やしていると言うだけの話。
でもそこに込められた力は人に向けて良い領域を越えていて、つまりは「殺す為」の出力。

ああ、何故彼女の場所が分かったのかって?
それこそ単純な話だ。どれだけ視界を潰されようが、デスサイズ自身が熱を持った「物」なのだから炎を操る私に捉えられない筈が無い。

熱源を感知し、それを掴み取るだけ。何も難しくなんか無い。
黒い霧はいつの間にか晴れている。かわりに広がるのは赤き炎の波がデスサイズを蹂躙する光景だ。

苦悶の表情を通り越して醜く苦痛に歪む敵の顔を見ても、何も感じない。
…ヒーローも、力の前じゃ唯の人。表舞台(ヒーローサイド)に立てないのなら、怪物(モンスター)として舞台に立つ。
そう、これが私の初舞台。私は今から―――人を殺すのだ。

「…私?私はね…唯の怪物。あなた達ヒーローを殺す悪の化物。冥土の土産に教えてあげるの…私は―――」


―――――私の名前は『朱雀』触れるもの皆焼き尽くす、悪逆の翼。


私が朱雀という異名を名乗ったのはそれが最初だった。
最早私の言葉など聞こえていないであろう敵を見て、その手を握る力をにわかに強める。

たったそれでだけの事で腕を焼いていた炎は一瞬で燃え広がり、敵の姿を炎で覆った。
数秒、そんな短時間で目の前に居た敵は姿を消した。…否、その残骸である灰を残して消えたと言うべきか。

「あーあ…あっけない…。こんな、こんな簡単な事を躊躇って今まで生きてきたなんて…馬鹿みたいなの」

人を殺した後も、私の心は全く動かなかった。
目のまで灰になった何か等、もはや忘れてしまったと言わんばかりに興味が湧かない。

ああ、これからどうしよ。私を殺そうとしたあの子達をぶっ殺してやろうかな。
他にも殺したい奴が一杯いるの。あはは、すごいすごい!やる事が一杯!

何だか、むしろとても楽しい気分なの。今は不安も恐怖も何も感じない、最高の気分。

だからこそ、私は後ろから近付いてくる影にも何ら感想を抱かなかった。
そこに居ると言う事は私が敵を殺害する様子も目撃されていた、と言う事であるのも分かっていた上でだ。

「ふむ…そこのは良い実験サンプルだったんだがな…。まぁ「代替」など幾らでも効くがな」

「だぁれ?貴方も私の事を殺すの?」

現れた人物は、おおよそ人物と呼ぶに相応しくない外見をしていた。
その体の殆どは機械仕掛けである事が目に見えるし、そもそも放つ雰囲気が人間をやめている。

今の私の印象にすら残るこの異様な男と、私はこれから何度も顔を合わせる事になるのだが…。
ともかく、最初の出会いはこんな感じだった。


―――その男の名前は「木原 乖離」


これから先、私たちを最も苦しめる事になる男の名前。
そして何よりも…彼は良く似ているのだ。見た目の問題ではない。生き方が、考え方が。

誰に似ているって?そんなの決まっている。

私が後に出会う事になる黒猫の少女と、その男はどこまでも似通っていた。
―――四方視歩木原乖離。この二人が再び出会うきっかけを作った私が言うのだから間違いない。

私が視歩ちゃんに抱いた感情が恋だったのなら、きっと。
…私の初恋は此処から始まっていたのだと、今は思っている。



「―――俺と共に来るが良い。其処がお前の「才能を活かせる場所」だ」

「―――へぇ。じゃあ、案内してなの。私の才能を活かせるって言う「底」にさ」



さぁ、墜ちていこう。私の人生は其処からようやく始まるのだ。

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最終更新:2015年06月16日 22:36