学園都市第6学区裏路地にて…
「今から帰るんだから!邪魔するなら…」
「するなら?」
 スキルアウトの男たちが一人の少女を壁際に追い込んでいた。
「こうす…。な、なんで…そんなものが…」
 少女が掌で小さな竜巻を発生させたとき、スキルアウトの一人が握っていた拳銃の銃口を少女に向けた。
「ビッグスパイダー舐めんなよ?」
「いや、やめて…」
 その瞬間少女の掌の竜巻は消え、少女は恐怖のあまりその場で膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。
「おい?なんだよ?さっきまでの威勢はどうしたんだよ~?」
 男が少女に向かって拳銃の引き金を引こうとしたとき、気負いが全く感じ取れない少年の声が男たちの後ろから聞こえてきた。
「そこまでにしておいたほうがいいぜ」
「!?」
 男たちが声のした方を振り向くと、右手に片手直剣の閃光真剣を握った稜が立っていた。そして、絶句しているビッグスパイダーの男たちを一瞥し、さらに気負いないまま言葉を続けた
「今度はビッグスパイダーかよ…はぁ~…ったく、これで10件目…。風紀委員だ!全員務所にぶち込むからな」
「やれるもんならやってみ…うわぁ!!」
 稜はスキルアウトの一人が言い終える前に閃光真剣の刀身を鞭に変え、スキルアウトを一瞬で薙ぎ払った。
「ふぅ~…お前、怪我は?」
「だ、大丈夫!ありがとう!じゃね!!」
 被害者の少女は、稜が手を差し出すとその手を掴んで立ち上がり、頬をピンク色に染め、走ってどこかへと去っていった。
「一旦支部に戻るか…」

 176支部にて…
「巡回終わりました」
 稜が支部に戻ってくると、同じくスキルアウトに対応してきた狐月と緋花が自分のワークデスクに突っ伏して休息をとっていた。戻ってきたばかりの稜は疲れきった体をどうにか備え付けのソファーにドカっと座らせると、ぼそりと言う。
「あぁ…きついな…」
「お疲れ様です!どうぞ!」
「悪い…」
 稜はゆかりからヤシの実サイダーを受け取ると、飲み口を開け中身を一気に呷った。
「どう?スキルアウトの動きは」
「どうもこうも、事件数が増えただけで強さは変わってませんよ…」
 稜はジュースを飲みながら答えた。
 そんな時、 お役所仕事をしていた網枷 双真(あみがせ そうま) が急に質問を稜にぶつけ、稜もそれに返答した。
「どうしてそんなにスキルアウトが活発に?」
「さぁな?けど、武器の密輸の情報とかもあるし、案外武器があるからって調子ずいてきたんじゃねぇか?」
 すると、ゆかりが稜たちの方に体を向けて回答した。
「はい。確かにビッグスパイダーは、2年前から急激に勢力を発達させていました。おそらくその頃から、武器の密輸などはあったと思われます」
「そらまた…。つーか、そっちもそうだけど、なんかブラックウィザードとか言うきな臭せぇスキルアウトまででしゃばってきてるからな…」
「!!(チッ!)」
「?網枷?どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」
「いや、ちょっと具合が悪くなっただけだ」
 双真の異変にいち早く気づいたゆかりは、心配そうにいうと、双真はそう返した。
「無理はダメよ、風邪気味ならすぐに帰って体を休めなさい」
「分かりました。では、僕はこれで上がります」
 双真はそう言うと、177支部を後にした。すると、雅は突然思い出したかのように言った。
「あ、そうだ…稜!狐月!緋花!」
「「「はい」」」
 雅からの突然の呼び出しを受けると、机に突っ伏していたふたりはフッと姿勢を戻し話を聞く態勢に入ったのだった。
「三人とも明日はストレンジに行ってきて!」
「な、なぜです!」
「能力者を対象とした暴行事件の主謀者を調査か、拘束して欲しいって各支部に伝達があったの」
「つまり選りすぐりの結果が私たち3人だったってわけですね?」
「上等だ…やってやる!」
「そうですね!」

 その日の夜、スキルアウトブラックウィザードでは、幹部会が行われていた。
「二枚舌ァァ!表出ろやコラァ!」
「上等だ」
「黙れバカども。さっさと席につけ」
 その男は腰まで届くような長い白髪で、右眼に眼球の刺繍が入った眼帯をしており、無地の黒シャツとダメージジーンズに、黒いウインドブレイカーを羽織った男が後ろからぶっきらぼうに言うと、場の空気がピリっとしたものに変わる。
「「東雲さん!」」
「やっほー!今日は遅かったね」
(伊利乃さんすげェな……東雲さんとタメ口で……)
(チッ、相変わらず東雲さんへの忠誠心が足りん女だ)
 ブラックウィザードの幹部会は重要度により、強制参加と自由参加の場合がある。東雲と呼ばれるその男があまり強くとがめないことと、もともと自由気ままな無法者集団であるスキルアウトゆえに自由参加にすると極端に出席率が悪くなる。今回のメンバーは自由参加でもほぼ100%出席するメンバーだ。 東雲はそんな様子を特に気にすることもなく奥の席につき、ぶっきらぼうに言った。
「俺は貴様らのように暇ではない。暴れるしか脳がないバカでも理解できる計画を練るのに忙しい」
「そんなバカが既にここに1人いますがね。ヒヒッ」
「アァン?誰のことだコラ二枚舌!」
「んもう!またすぐ2人ともケンカするんだから!でもさ、わざわざ幹部会開いたってことは……」
「ああ。《例の品物》がやっと届いた」
 東雲という男のその一言に、幹部たちは騒然とした。
「おぉー、噂の能力者の演算妨害するとかいう機械?さっすが真慈!」
「でもそれって試作品だったんじゃねえっスか?」
「他のスキルアウト集団にもモニターとして配っているそうだ」
「しかしそんなシロモノ一体何者が……相手は信用できるんですか?東雲さん」
「何者だろうが俺の役に立てばそれでいい。害があれば切り捨てるだけだ。これが説明書だ」
そう言うと、東雲は大型のサウンドスピーカーのような機械の説明書を机いっぱいに広げた。
「コイツの操作方法を叩き込め。下っ端でも構わん。できるだけ多い方がいい」
「もう少しコンパクトにできれば、私の暗器レパートリーにも入りそうなのになぁ」
「「「どうやって仕込む気だ」」」
 すると、東雲が話を戻し、ふと気づいたように幹部の一人に聞く。
「会議を続けるぞバカども。ところで、また勝手に薬を流したゴミがいるようだが網枷、そいつらはどうした?」
「既に戸隠禊に『粛清』させました。奴なら証拠隠滅も完璧です」
「ご苦労。奴の幹部昇進も考えておくか」
「それはまだ待ったほうがいいかと思います」
「腕っぷしなら二枚舌より遥かに役に立つのにな」
「……フン」(あの男はいずれブラックウィザードに災いをもたらすかもしれん……俺と同じ裏切り者の匂いがする)
「ねえ、今回いない人にはどうやって知らせるの?」
「まあ今回はキャパシティダウンの知らせと業務報告くらいだから自由参加にした」
「不参加者やその部下にはいつも通り私から通達しておきましょう」
「ああ。計画が固まり次第、次は強制参加で行う。以上、解散だ」

 翌日第10学区、通称ストレンジにて…
「うわ~…なんつーか…」
「素敵…なんてお世辞にも言えませんよね…」
「まぁ、水清ければ魚は住まずとも言う。」
「とは言ったってモノには限度ってもんがあるだろ…ま、スキルアウトをやるようなやつらの場所だからな、普通って言ったら普通なのかもな…」
 そこは憂鬱な空気が全体を包み、まるで人のやる気そのものを呑み込むような雰囲気を漂わせている。 それは三人にとって初めての感覚で、驚愕の嵐だった。
「そう言えば、薬剤の違法所持しているスキルアウト…『ブラックウィザード』もここにある。」
「んじゃ俺らはそっちだな」
「どうしてですか?」
「だってよ、ビックスパイダーならあちこちの支部から来てるわけだろ?だったら絶対乱戦になりそうだしな、そっちは他に任せて、俺らはこっちの件を片付けたほうがよさそうだ」
「神谷君の意見に異議はないな。せっかくのチャンスをみすみす逃すのも惜しい。」
 こうして三人はブラックウィザードの本拠地へ向かうことにした。 そして、ブラックウィザードに繋がる道に入ると、大勢のスキルアウトが三人を取り囲んだ。
「こいつらブラックウィザードの手下か?」
「聞くまででもないだろう?」
「来ますよ、先輩方」
「おい!俺らと戦る気だぜ?」
「あはははは!!」
 ブラックウィザードの手下たちが次々と笑い始めた。
「何がおかしいんだよ!!」
「おい《あれ》つけろっ!!」
「あれって…くぅっ!!頭が…」
「なに…これ…」
 手下たちの後方のワンボックスカーから突如流れた甲高い音を聞くが、三人にとてつもない頭痛を与えた。しかし、スキルアウト側は全員が笑って三人を見ていた。
「こんな小細工…。!?」
 稜は胸ポケットから針を抜き取り閃光真剣を出そうとしたが、一瞬だけ片手直剣を形成しすぐに消えた。
「演算が…」
「《キャパシティダウン》ってやつだよ…お前らの演算を掻き乱す音波があるみたいでな…」
「ま、俺らにはただの甲高い音にしか、聞こえねぇんだが」
 絶体絶命。前までの三人ならそう思っていたが、今は違っていた。稜は叫ぶように三人に言った。
パターンBだ!!」
「「了解!」」
 パターンB、それは対術メインの戦法のことで、不測の事態を想定するための雅が考えた戦法だった。
「なんだ!?おわ!!!」
「はぁっ!!」
「ぐはぁ!」
「この野郎!!」
「あらよっと!!」
「うわぁ!!」
 緋花の鋭い上段蹴りが男の首を的確に捉え、狐月の右ストレートを別の男にヒットさせ、 稜も襲い掛かってきた男を背負い投げし、音を出しているスピーカーに激突させた。その瞬間、音は止んだ。
「音が止んだら…勝てねぇ…逃げろぉ!!!」
 勝機が消えた手下たちは倒れた仲間を見捨て、本拠地へと逃げて行った。
「ふぅ~…けっこう効いたな…」
「しかし…」
 狐月は今の戦闘で倒れたスキルアウトをちらりと見て、話を続けた。
「無能の彼らが、なぜこのような音波出力装置を持っているのだろうか。」
「さぁな?邪の道は蛇って言うからな…どっかの親切な誰かさんが提供したんじゃねぇの?」
「う~ん…謎が謎を呼びますね」
「さすがは先輩方…強いですね?」
「「!?」」
「それにしても…予定より早いですね?」
首にチョーカーを着けた少女が現れた。
「!?…なんで…なんでお前が…」
「稜先輩、彼女は一体?」
「《風路 鏡子(ふうろ きょうこ)》、元風紀委員で176支部のメンバーだったやつだ…」
「え?えぇ!?」
「なぜ貴女がこんなところに!!道を開けなさい!私たちはこの先の『ブラックウィザード』に用がある。」
「じゃあ尚更無理です…だって…わたしブラックウィザードのメンバーですから!!」
「「「ッ!!」」」
 鏡子はいきなり3人に攻撃をしかけた。彼女は風力切断(エアーカッター)の能力者だが…
「威力が上がってる!?しかも射程距離が以前より…」
 狙いこそ外れたが3人の後ろにあったビルの柱に亀裂が入っていた。
「わたしだって昔のままではありません、先輩方が強くなるように、わたしも強くなるんです!」
「なら力ずくで通るだけだ…」
 稜は閃光真剣で片手直剣を作り、構えた。
 すると、鏡子は突然狂ったかのように笑い出し、さらに言葉を続けた。
「ハハ…アハハハハハ!!!! …。じゃあ…殺します…あなた達を始末したら、あの人がご褒美をくれるんですっ。だ、だ、だから、死んでえええッ!」
「げ!?」
「クッ!」
「きゃ!!!」
 鏡子は暴走状態で能力を発揮した。そんな状態ではさすがの稜達も予測ができない。つまり、彼女から2メートル以内に入れば風の刃物の餌食になるのは目に見えている。
「さっきまで威勢はどうしたんですか?神谷先輩!!」
「くそ…」
「斑先輩も…早く何か飛ばして来てください!!」
「なら…」
 狐月は道端に落ちていたコンクリートの塊を、鏡子に向けて飛ばした。
「な!?」
しかし、そのコンクリートの塊も、彼女の前で乱雑に切り落とされ地面に落っこちたのだった。
「そっちの新人さんもどうぞ遠慮なく…」
「このおぉぉ!!!」
「やめろ!!焔火!」
「え…」
 稜の言葉で緋花は静止した。
「今行ったら死ぬぞ!」
「じゃあどうしたら…」
「この距離は届かないはず、なら、向こうの威力が下がるまで待つしかねぇだろ」
「なんてアバウトな…」
「そうか?けど、あんな状態で能力なんか使ってたら、普通は疲れると思うけどな」
 稜は何の気負いも無く言うと、鏡子の能力が突然弱まったのだった。すると、稜はつぶやくように言った。
「行けるな…」
 稜は向こうの出力が下がった瞬間、一気に鏡子との間合いを詰めるようにダッシュをした。
「な!?」
「悪いな…」
「う!…」
 稜は鏡子との間合いを詰めきると、向こうが能力を使う前に腹部に一撃、パンチを叩きつけた。すると、鏡子は数歩後ろに下がって腹部の殴られた場所を両手で押さえた。
「残念だったな…お前じゃ俺らの足止めは無理だ…」
 稜が一歩踏み出すと、鏡子は突然、発狂するように叫んだ。
「いや…来ないで…いや!いや!いやぁぁぁぁぁぁ!!!!! 」
「いきなりなんだよ?!」
「はっ、は、虫、虫がうじゃうじゃしてるんです。キモチワルイ……う、ううう……」
「虫?」
「おそらく薬の副作用で幻覚が見えている…そのせいだ…」
「だ、大丈夫なんですか?」
「麻薬に手を出した愚かなヒトの末路だ。誰も、何もできない…」
「情けなく、哀れな捨て駒となりし者よ…」
「「「!?」」」
 聞き覚えのある声。そして、三人はその声がした方に視線を向けると、黒縁眼鏡こそ掛けてはいな代わりに、風紀委員の腕章を裏返した所に《ブラックウィザード》の印の入った黒い腕章をしている。その姿は昨日まで稜たちと一緒に仕事をこなしてきた網枷双真ではなく、スキルアウト、《ブラックウィザード》の一員としての網枷双真だった。
「網枷…てめぇ…なんのつもりだ!!」
「俺の守りたいものと風紀委員の守るものは違った。それだけだ」
「そ、双真…さん…やあぁぁぁぁぁぁ!!!む、虫がぁぁぁ!!!いや!来ないで!!」
「まぁ、待て、こいつらを片付けたら、与えてやる」
「どうして…双真先輩が…」
「あの方こそが、この腐った世界を変えてくれる唯一の存在だ。だから、俺はあのお方に従うまでだ」
「腐ってやがる…。俺たちは遅すぎたみたいだな…」
 稜はぼそりと呟くように言うと、胸ポケットから針を一本取り出し、閃光真剣を片手直剣に形成した。そして、双真にその剣先を突きつけ、大きな声で言った。
「網枷双真!!風路鏡子!!薬物違法所持容疑で拘束する!!お前ら二人を、務所に叩き込む!!」
 三人は双真に向かって構えた。新たな戦いの火蓋が今、切って落とされた。
END

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最終更新:2013年01月09日 13:38