第5話「一見すると交差しているように見えるけど、別の角度から見ると実はすれ違っていたりする。」

イギリス ロンドン
イギリス及びイングランドの首都であるロンドン。ヨーロッパでも有数の歴史ある都市であり、中世から近世にかけての建築が未だに多く残っている。ウェストミンスター宮殿然り、タワーブリッジ然り、ロンドン塔然りだ。世界有数の経済、文化、交通、エンターテインメントなどの中心の一つであり、ニューヨークと並ぶ世界都市、金融センターである。
夏が過ぎ、初雁の頃となって少し肌寒くなった街の中でほとんどの人が長袖を着用し、肌を露出することなどなかったが、一人だけ違っていた。
ホテルで昂焚の行先を聞き出し、昂焚と空港ですれ違いになってしまったラテン系美女はドイツに居た時と同じ格好だった。
周囲の視線(主に男性)を惹きつけながら彼女は路地裏へと入り込んだ。
彼女の姿を見ていた市民たちは「おいおい。やめておけよ。」と言いたそうな顔をしていたが、彼女はそんなこともお構いなしに路地裏へと入っていった。
整然としていた表参道とは違い、路地裏は建物に囲まれて日が照らされず、表では見られないゴミが散乱していた。そして、パンクファッションに身を包んだ粗暴な男たちや無気力なホームレスの姿があった。

「おい姉ちゃん。ここは俺たち“ライダーズ”の縄張りだぜ。」

粗暴な男たちが「うへへへへ」と気味の悪いお決まりの薄ら笑いを浮かべながら、4人で女を囲んだ。
それでも彼女は抵抗しようとも逃げようともせず、まるで飛び交う羽虫のように完全に無視していた。

「おいおい。よく見りゃ上玉じゃねぇか。」

「そんな格好しやがって、誘ってるんですかぁ?」

女の背後を陣取った男が手を伸ばして、女の肩に手を置こうとする。

ドガッ!!

突如、男は女が持っていた槍の石突に腹部を突かれ、口から唾液やら何やらを吐きながらその場に倒れ込んだ。

「てめぇ!やりやがったな!」

正面の男が拳を構え、左右の2人がポケットからナイフを取り出した。

「3対1じゃどうしようもねぇだろっと!!」

右側の男がナイフを突き立て、女に刺しかかるが軽々と避けられ、ナイフを持った腕を掴まれた。そして、グリッという不吉な音と共に腕が変な方向に曲がっていしまった。

「うぎゃああああああああ!!!!!!!!」

男は醜い悲鳴を上げて腕を抑えながら、戦場からログアウトする。
左側の男はビビりなのだろうか、腕を折られた光景を見て恐れおののき、今にも逃げ出しそうな顔だった。―――――というか、もう全力ダッシュで逃げていた。
そして、残されたのは正面の拳を構えた男だった。

「女に・・・女に嘗められっぱなしは性に合わねぇんだよ!」

男は渾身の力を振り絞って助走をつけて女に殴りかかる。それを女は余裕を持って、待っていたが、そこで思わぬハプニングが発生する。
走って殴りかかってきた男は自分たちが捨てた缶ビールに足をかけてしまい、バランスを崩してしまう。そして、バランスを整えようと慌てて前に足を進め、最終的にその顔を女の胸元にダイブしてしまったのだ。
男は慌てて女から離れようと手を動かすが、これまた偶然か必然か、女の胸を鷲掴みしたのだ。
これなんてラッキースケベ、と言わんばかりのハプニングなのだが、これが許されるのはハーレム作品の主人公のみ。名も無きモブである不良Aの身の丈には合わない許されざる行為だった。
男が女から離れるとそこに見えるのは、鬼神と修羅と閻魔が一人の女性の中に同居している光景だった。

ひぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなs――――――――ひぎぃ!うぼぉあ!もう勘弁して!ぐえっ!もうしませんから!許し―――――――――――ママ―――――――――――ン!!

それから数分後

もはや顔面が原型を留めない肉塊へと変貌してしまった哀れなラッキースケベ不良Aは大量の血を噴き出しながら、路地裏を真っ赤に染めていた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

そして、同時に謝罪の意を示し続け、「ごめんなさい」がゲシュタルト崩壊しても謝罪し続けていた。
だが、彼はすぐに女に頭を踏み潰されて気絶した。

「ユマ=ヴェンチェス=バルムブロジオの身体を弄んでいいのは、この世界で尼乃昂焚ただ一人だ!」

彼女はそう高らかに叫んでいた・・・が、無気力なホームレスしか聞いていなかった。

「な、なぁ、嬢ちゃん。」

「あぁ?」

ユマは声をかけてきたホームレスを睨みつける。

「嬢ちゃんはその・・・アマノタカヤとかいう男を探しているのかい?」

「そうだけど、知っているのか?」

「いや、知らないけど、日本人街に行った方がいいんじゃないか?」

「日本人街?ここにもあるのか?」

「ああ。そこの川の向こうに日本人街があるぞ。」

ホームレスはそう言って、川の方を指さした。

「分かった。ありがとな。オッサン。」

ユマはお礼を言うと、ホームレスが呼びとめようとしたにも関わらず、全力ダッシュで路地裏から走り去っていった。

「お礼は・・・お金が良かったんだけどねぇ・・・・。」



そして、尼乃昂焚はロンドン近郊にある中国人がよく集まる街、いわゆる中華街にいた。
他の市街とは一切の調和を廃した中華独特の雰囲気を放つこの街の一角にある北京料理店の中に尼乃昂焚はいた。右手に箸を持ち、料理人から運ばれてくる料理を子どもの様な笑顔で心待ちにしていた。

「イタリアに来たのなら、イタリア料理店の戸を叩け。フランスに来たのなら、フランス料理店の戸を叩け。イギリスに来たのなら、中華料理店の戸を叩け。」

これは「イギリスの飯は不味い」というエスニックジョークでは常識中の常識となっているネタを遊んだジョークである。昂焚はそのまま意味を受け取ってしまい、ドイツから来た日本人旅行者がイギリスで中華料理を食べると言う多国籍カオス行動へと発展してしまったのだ。
だけどもイギリス料理のフィッシュ&チップスは美味いとジョークは語る。

「はいよ!乾焼蝦仁《カンシャオシャーレン》お待ち!」

昂焚のテーブルの前へと置かれた乾焼蝦仁。日本ではエビチリとして有名な料理だ。

「いっただきま~す。」

手を合わせてそう言うと、昂焚はエビに手をつけようとした。・・・が、それを躊躇った。別にエビが不味そうだとか、箸が悪いとか、そういうものではない。背後が何か騒がしいのだ。
こういった店で静寂というものを求めるのが間違いなのだが、昂焚の背後に人だかりが出来て一つのテーブルを囲んでいたのだ。
昂焚は何が怒っているのか気になり、箸とエビチリが入った皿を持って、食べながらそのテーブルの方へと向かった。行儀が悪いのはスルーだ。

「うおおおお!!」

「よっしゃあ!また俺の勝ちだな。」

「ちくしょー!もってけ泥棒!」

「この嬢ちゃんすげえな!」

テーブルを囲んでいる男たちの会話から察するに何かの賭けをしているようだった。
その人だかりの中から一人の少女の声が聞こえる。

「ねえねえ。そこのカッコいいお兄ちゃん。あたしと勝負しない?」

「無理無理。あんたには敵わねぇよ。」

「俺もパスだ。」

「勝ち目のない勝負はしない主義なんでね。」

そう言って、テーブルを取り囲む男たちはぞろぞろとその場から離れていく。人の層が薄くなっていったところで昂焚はテーブルの状況を隙間から覗くことが出来た。
テーブルには大量に重ねられた皿と一組の男女がいた。
男の方は妊娠9ヶ月の妊婦の如く、腹を膨らませた巨漢の東洋人、おそらく中国人であろう。今にも吐きそうな顔で突っ伏しており、彼の友人であろうか、別の男が介抱していた。
女の方は金髪碧眼の少女だった。快活そうな顔立ちで屋内で優雅にダンスを踊っているよりは、屋外を元気に走り回っている方が相応しい美少女だ。キャミソールとデニムホットパンツというどこぞの槍を振り回すラテン系美女を彷彿させる格好だった。
昂焚は状況からしてこう考えた。考えたと言うよりは、ほぼこれであっているのだろう。
少女と巨漢の大食い対決が発生し、周囲の男たちはどちらが勝つのか金で賭けていたのだろう。

(痩せの大食いという奴か。)

昂焚がそう思っていると、件の痩せの大食い美少女と目があった。

「あ、そこの乾焼蝦仁を食べてるイケメンのおじさん。あたしと――――」

昂焚に向けて持っていたスプーンを向けて勝負を申し込む少女だったが、喋るのを途中で止めてしまった。それと同時に誰も気づかないくらい微かに口元が笑う。

ビュルゥン!!

突如、昂焚の左頬スレスレのところを何かが通過し、背後にある立て看板がバターンという音を立てて倒れる。何も見えなかった、何をやったのかは分からなかった。だが、これだけは言える。

“彼女は魔術師だ。”

「おじさんは“こっちの方”で勝負しよ♪」

「言っておくが、まだギリギリ20代だ。」



日本人街
近代的でありつつもどこか英国の伝統を窺わせる建築物が立ち並ぶ日本人街。東洋人の姿を多く見かけるが、今は混血や開放化によって白人も姿も多く見かける。
ユマはそこに辿りつき、昂焚の唯一の手がかりである写真を握り締めていた。ここまで来ると昂焚に近付いた気分がして何故か安心してしまう。

「日本人街って言っても、祖国にあった日本人街とはまた違うんだな。」

ユマの出身地である中南米にも日本人街はあったが、やはり気候や国の文化が違う。

(世界を1周してまで来たんだ。もうすぐ・・・)

彼女は写真を強く握りしめる。ずっと大切にしていたのだろうか、その写真はかなり色褪せており、何度もしわくちゃになって広げてを繰り返しているようにも見えた。

「とにかく聞き込みだ。逆らう奴はぶっ殺す。」

ミュンヘンのホテルのように少し怒っている様な顔で彼女は日本人街を練り歩く。“とにかく脅す”が彼女の聞き込みスタイルなのだ。“そうしている”と言うよりは、“それしか知らない”のだ。
すると前方からユマに向かって一人の女性が歩いて来る。
年齢は自分と同年代ぐらいの東洋人の女だ。身長は170cm前後で腰まで伸びた黒髪を白糸で結び、ポニーテールにしている。一目で分かる巨乳であり、服装は布地が極端に少ない魔改造巫女装束とも言うべきものだろうか。スリットが深く、横から足や腰が丸見えなのだが、どう見ても考えても下着の紐が見えないのだ。
こんなエロチックな格好をすれば、男なら誰もが欲望に負けて振り向いてしまうのが性なのだが、周囲の老若男女は寧ろ彼女から目を逸らしていた。まるで見てはいけないもの、存在を認識してはいけないもの、関わっていけいないもの扱いだ。
それもそのはず、彼女は狂っていたのだ。そのエロスを覆って潰してしまうぐらいにヤバかった。目は虚ろ、常に口が半開きで、時々そこから涎を垂らす。毅然としていれば美女と呼ばれるのに・・・もったいない。更に右手には竹刀が握られていた。

(うちの地元にもいたな・・・。ドラッグのやり過ぎで頭がイっちゃった奴。ああいうのには関わらないのが一番だ。)

長年の勘がそう訴えている。訴えないとしても誰もがそう判断するだろう。
このまま突き進むと彼女と接触してしまう。そうすれば、どんな面倒に巻き込まれるか分からないと思ったユマは脇道に入ろうとした。
――――が、何者かに腕を掴まれ、脇道に行くのを阻まれた。
彼女が振り向くと、そこには前方50m先にいたはずの狂女がユマの手をしっかりと掴み、虚ろな目でこちらを見ていた。

「あなたの頭には火星をボールに見立てたドッジボールをした黒人プロサッカープレーヤーが嘆きを叫ぶきっかけとなった激辛りんご飴を人類にもたらした虹色のミミズが刺さっているよ。」

(なんかワケ分からんこと言いだした―――――――!!!)

「離せぇ!離せっつってんだろ!このヤク中が!!」

ユマが必死に彼女を振りほどこうとするが、狂女は一向に離れようとしない。それどころか・・・

「枝を・・・あなたの頭に刺さっている開祖が使ったトイレットペーパーの原料となったイグドラシルを絶望させる強大な世界樹の枝を取らなければ、再びイカが太陽を喰らって、白熱電球の時代は終わりを告げ、再び蛍光灯の時代が来るのよ。」

「なにわけ分かんないこと言ってんだよ!ってか、私の頭に刺さってたのはミミズじゃねぇのかよ!いや、ミミズでも嫌だけどさ!」

ユマは怒りのあまり、本気で彼女を蹴り飛ばす。
勢い余って狂女は数メートルも飛ばされ、街路樹に激突する。

(今のうちに・・・・)

ユマは今の自分が出し得る限りの全力を持って逃走する。だが、狂女も彼女と同等かそれ以上のスピードで追いかけて来た。身体をクネクネさせながらエロチックな雰囲気を醸し出す舞をしながら全力ダッシュとはなんと気味の悪い光景だった。白昼に堂々としたホラーである。

「待ちなさい!あなたの大脳新皮質を傷つけずに大脳髄質を貫いている黄金の象を格納した冷蔵庫のコンセントを抜かないと夜明けと共に天王星から来るタヌキの派遣社員がサービス残業で人類に新たなシュールストレミングの雨をもたらすことになるわ!」

「こっち来んな――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!」



尼乃昂焚は目覚めると、そこは真っ暗な空間だった。
何も見えない、動けない。足が重く、手が後方に縛られて何も出来ない。それと同時に股が裂けるように痛かった。まだ耐えられる範囲ではあるが・・・
端的に言おう。尼乃昂焚はあの痩せの大食い美少女たちに敗北したのだ。

痩せの大食い美少女に勝負を持ちかけられた昂焚は食事を済ませ、少女に誘導されるがまま中華料理店を出た。そして、中華街を突きぬけ、ロンドン中心部にあるトラファルガー広場へと辿りついた。
全体的に白かグレーを基調とした石畳の地面とそびえ立つ巨大な柱、そして左右に大きな噴水があり、水色の鮮やかな水が無彩色の地面とのコントラストで映えている。
普段なら地元の人間や観光客で賑わっているはずなのだが、既に人払いのルーンがあちらこちらに貼られており、広場は独占された2人だけの空間になっていた。
2人は互いに距離を取り、正面から向き合う対戦スタイルとなっている。

「逃げるチャンスなんていくらでもあったのに、のこのこ付いてきちゃったんだ。」

「売られた喧嘩は絶対に買うってタイプの人間じゃないんだがなぁ・・・。そんな良い笑顔で挑まれたら断り辛いんだよね。」

「そう・・・だったら、負けても言い訳しないでよね!」

少女が右腕の拳を握ると、拳を一気に前へ突き出す。それと同時に周囲の木の葉が微かに舞い上がる。

「!?」

昂焚は咄嗟に背中に背負っていた棺桶トランクを前面に出し、盾にする。
予想通り、トランク越しで昂焚に衝撃が伝わる。両腕と両足に踏ん張りを入れ、全体重を前にかけても拮抗するのが精一杯だ。

「結構強めに設定したんだけど、それって本当に木製なの?」

「一応、木製だ。だけど、木を嘗めるなよ。引っ張り強度は鉄の4倍、圧縮強度は鉄の7倍。火さえなければこいつは最強の盾だ。」

「ああ。ステイルが相手だったら、一瞬で消し炭だろうね。」

「そりゃあ、彼は炎の魔術を使うからな。でもそれ以前に彼はチートだろ。弱冠14歳にして現存するルーン24文字を完全に解析し、その上新たな文字を6つも生み出すとか、天才って一言で片づけて良いレベルじゃない。」

「随分と詳しいね。知り合いだったりする?」

「会った事は無い。君の方こそ“ステイル”なんて呼び捨てで随分と馴れ馴れしいんじゃないか?」

昂焚の質問に少女は高らかに胸を張り、そこに手を当てて誇らしげに答える。

「そりゃあ、私たちは必要悪の教会《ネセサリウス》だからね。ある程度の面識はあるよ。」

「まぁ、なんとなく分かってはいたんだけどな。」

昂焚は都牟刈大刀《ツムガリノタチ》をトランクの側面の蓋から引き抜く。それと同時にトランクを降ろし、その場に置く。

「うわぉ。そっちも凄い霊装持ってるね。」

「そっち“も”ってことは、お前も持ってるんだろ?魔術で見えないようにしているだけで・・・」

「さぁ、どうだろうね。」

少女は再び右手の拳を握り、再び拳を前に突き出す体勢に入る。
同時に昂焚も都牟刈大刀の刀身や枝を伸長させ、クネクネと動く7匹の鋼鉄の蛇のようにする。その全てが剣のグリップに直結していた。

「そういえば、名乗ってなかったね。あたしはマティルダ=エアルドレッド。みんなはマチって呼んでる。殺すつもりは無いから、魔法名は名乗らないよ。」

「それは助かるな。俺は尼乃昂焚。フリーの日系魔術師だ。あとは運び屋モドキもやっている。こっちは宗教が違うから魔法名なんて大層なものは持っていない。」

「それじゃあ、行っくよ―――!!」

マチが再び溜めこんだ右の拳を一気に前へと突き出す。彼女の動きに呼応するかのように圧縮された空気が射出され、真っ直ぐ昂焚の方へと向かってきた。
昂焚が横へステップすることで風の槍を避けることが出来た。予備動作が大きく、真っ直ぐにしか進まないのは攻撃手段としては大きな欠点だった。

(これは簡単に勝てるかも・・・)

避けたと同時に昂焚は都牟刈大刀の枝を伸ばしてマチに攻撃する。距離こそ離れているが、最長50mまで伸びる鋼鉄の蛇を使えば十分に届く距離だった。その上、身体そのものが刃で構成されている蛇は触れるだけで傷つける凶器だ。丸腰で露出の多い格好をしているマチには相性が良かった。
4匹の蛇は真っ直ぐと突き進み、先端の刃でマチを串刺しにしようとするが、その全てが彼女の右腕によって弾き返される。そこそこ重い一撃ではある。鉄と鉄がぶつかり合った音が鳴り、そこに火花が散る。

(やっぱり霊装はそこにあるのか。)

昂焚の思惑通りだった。
マチは鋼鉄の蛇を弾くと、瞬時に潜り抜けて昂焚の方へと全力疾走して一気に距離を縮める。風の魔術を応用し、自身の推進力として利用しているようだ。
2本の鋼鉄の蛇が左右から同時に攻撃を仕掛けるが右手から風の槍を噴出することで軌道を逸らし、左から来た蛇もなんとか回避する。少し左肩の肉を切られたが、ダメージを物ともせず、突き進む。

「っとぉ!」

マチが突然、足を止めて急停止する。
ズガァァァァァァァァァァァン!!
マチの目の前スレスレのところを地面から飛び出した鋼鉄の蛇が彼女の眼前の虚空を切り裂く。

(その攻撃はリサーチ済みだよ♪)

地面から突き出た蛇も身体を捻ることで軽々と避け、彼女は両腕の拳を握るボクシングスタイルで昂焚までの距離を詰めた。
今の昂焚は都牟刈大刀を持っているものの、丸腰同然だった。全ての蛇が伸長した状態であり、剣の枝に戻るにもマチのスピードの前には数刻足りない。
そして、昂焚が攻撃を仕掛けてからものの5秒でマチは拳が届く零距離まで詰めていた。こうなれば、後は肉体同士がぶつかり合うドッグファイトだ。

「こうなれば、後は正々堂々のドッグファイトだよ!」

昂焚は何も持っていない左手の掌をマチの前に突き出す。手の平には何かしら東洋風の刻印が刻まれていた。マジックで簡素に書かれたものだが、記号として成り立っているのなら十分に条件は満たしていた。

「!?」

マチは昂焚が何かしらの魔術を行使すると予測し、バックステップで引き下がる。
それを見て、昂焚はフンと少し鼻で笑う。

「これはフェイクだ。」

瞬間、マチの足に何かが巻きつく感覚と激痛が走る。昂焚の都牟刈大刀が彼女の足首に巻きついていたのだ。

「一瞬でも俺に時間を与えたのがいけなかったな。」

巻きついた都牟刈大刀の枝はバチバチとスタンガンと同程度の電流を流して彼女を気絶させた。
彼女が気絶しているのを見て安心すると、昂焚は全ての蛇を剣の枝へと戻す。

―――――その勝利の余韻があなたの敗北になるのよ。日本には“勝って兜の緒を締めよ”って諺があるでしょう?―――――

背後から聞こえる少女の声と共に昂焚の身体は瞬時にベルトで拘束され、気絶させられたのだ。

そして、現在に至る。
身体を革のベルトで拘束され、足は重り付きの足かせで異様なまでに重力に引っ張られる。そして、座らされている椅子は真ん中を頂点とした山型になっており、その構造のせいで股が裂けるように痛い。
さるぐつわはされておらず、いくらでも大声で叫ぶことは出来るのだが、そうしないということは、この部屋の主は防音設備に自信があるのだろう。
実際に股が裂けそうな痛さに「痛い!痛い!これは痛い!」と叫んでみたが、虚しく反響するだけだった。

「気がついたようね。」

その一言と共に部屋の十数本の蝋燭に同時に火がついた。
明るくなって部屋の状況が渡せるようになった。部屋はかなり狭い。6畳一間のボロアパートと同じくらいだ。周囲の壁や天井、床はグレーのレンガで構成されていた。
だが、そんなことはどうでもいい。この部屋はとにかく異常だったのだ。壁全体に鎖や拘束具、手術用の道具などが見受けられ、他にも鋼鉄の乙女《アガペ》や鉄の処女《アイアンメイデン》、祈りの椅子《インタロゲーション・チェアー》がずらりと並んでいた。
そして、昂焚は自分が座らされている椅子にも目を向ける。

はい。どう見ても拷問器具“三角木馬”で拷問部屋です。ありがとうございました。

そして、目の前の扉が開き、一人の少女が入ってきた。
日本でいる中学生程度の少女だ。肌は白く、髪はセミロングのブロンドという典型的な白人ではあったが、双眸は東洋人を思わせる黒であり、黒真珠のように輝いていた。
布面積が極めて低い黒革製のボンテージを着用しており、とても目の向けどころに困る格好だ。その上、黒革+編み上げ式の米軍が使うようなゴツイブーツをはいている。両手には鉄の枷が嵌められており、右手の枷と左手の枷に渡って鉄の鎖が繋がれており、ボンテージ+軍靴+手枷・足枷という組み合わせがエロチックなのだ。特に手枷・足枷という拘束具は“服従”を暗喩させ、脳の中は卑猥なピンク妄想が大爆発させる。・・・のだが、昂焚のストライクゾーンからは離れていた。
そして、昂焚はまず一言、反射神経に従うまま即答した。

「チェンジ」

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最終更新:2020年10月31日 14:29