「ぶっちゃけ最近暑くてたまんねぇ。もう夏真っ盛りって感じだな」
「そうっすね。さすがに支部内は冷房が入ってますからマシですけど」
ここは、昼間の
風輪学園第159支部。ここに所属する風紀委員の面々は、比較的高レベルの能力者が揃っている。
「そりゃあもう夏なんだし、当たり前じゃない」
「それだけならまだ耐えられるんだが、最近はぶっちゃけストレス溜まりまくりだからなあ」
「ストレス?あなたが?」
「そうだよ。学内で騒動が起きるわ、破輩先輩から蹴りを喰らうわ、おまけにリンちゃんに首を絞められるわで散々だっつーの」
「あ、あれはあなたが悪いんでしょうが!!このエロ鉄枷!!」
「ブッ!!ば、馬鹿言ってんじゃねぇ。だれがお前のカラダなんかに興味があるかってんだ!!」
「な、何を~!」
「鉄枷先輩!リンリンさん!落ち着いて!!」
「・・・・・・っていうか、“リンちゃん”とか“リンリン”ってもう決まっちゃったの?私の愛称として」
「「もちろん!」」
「ぐうううぅぅ!!あんのバカ界刺!余計なことを。今度会ったら一発ブン殴らないと気が済まないわ」
彼等159支部の面々は、現在風輪学園内で起きているある騒動の対処に全力を注いでいた。
そのため、普通ならほとんどのメンバーが巡回に出ている筈なのだが、今日は巡回等で知り得た情報の精査のため、
何人かの風紀委員メンバーが事務作業に集中していたのである。この話の顛末はまた別に語られることであろう。
今支部内にいるのは4人。鉄枷、湖后腹、一厘、そして・・・
「フア~ッ」
「あれ?春咲先輩、どうしたんすか?そんな大きい欠伸をして」
「あっ。・・・ごめんなさい」
「い、いや、別に謝る程のことじゃ無いっすよ。さ、最近は熱帯夜も続いていますし。なあ、湖后腹?」
「そうっすね。俺も時々寝苦しくて夜中に目が覚めることもありますし」
「・・・ありがとう、鉄枷君、湖后腹君。ちょっと寝不足で」
「や、やっぱり!ぶっちゃけ俺の観察眼も捨てたモンじゃ無いな。ハハハ!」
「(春咲先輩・・・)」
1人で勝手に上機嫌になる鉄枷を尻目に、一厘は春咲の体を心配していた。
「(やっぱり、風紀委員と救済委員の掛け持ちは体力的にキツそう・・・。目の下にクマができてるみたいだし。でも・・・)」
注意深く観察すればわかる。春咲の顔がやつれているのを。化粧で隠しているようだが、同じ女性の一厘の目は誤魔化されない。
「(表情は明るくなった。公園で見たあの切羽詰った顔に比べたら格段に。・・・やっぱりあの人のおかげなのかな・・・)」
鉄枷や湖后腹と会話する春咲の表情は、意外にも弾んでいた。普段は余り饒舌では無いあの春咲がである。
その変化に一厘は安堵すると同時に悔しさも滲ませていた。
「(・・・悔しいなあ。本っ当に悔しい・・・。こうなったら・・・)」
「ん?何ボーっとしてんだ、リンリン?」
「ゴメン。ちょっと巡回に行って来る。私の分まで事務作業頑張ってねぇ」
「はあ?何勝手なことを・・・」
「それじゃあ~」
「おい、こら!!」
鉄枷の制止も振り切り、一厘は支部を後にする。そんな一厘の行動を怪訝に思う3人であったが・・・
「よお!事務作業頑張ってるか!!」
「破輩先輩!巡回終わったんすか!?」
そこに159支部のリーダーである破輩が巡回から戻って来た。破輩は帰って来て早々に、冷蔵庫から飲料水を取り出し、中身を喉へ送って行く。
「今日も暑い、暑い。こりゃあリンちゃん当りに巡回を代わってもらった方がよかったな」
「・・・リンリンさんなら今さっき巡回に出ましたよ。当番じゃ無いにも関わらず」
「何!?ったく巡回するつもりがあるなら、初めから言っとけっつーの。疲れがドーっと出てきたわ」
湖后腹の言葉を聞いて一気に脱力する破輩。思わず備え付けのベンチに腰を下ろす。
「佐野はまだ巡回中か・・・。リンちゃんはいないが・・・まあいい。お前等、ちょっと集まれ」
「えっ?」
「何すか?」
「ぶっちゃけいい話っすか?それとも悪い話っすか?」
破輩の号令を受けて集まる鉄枷、湖后腹、春咲の3人。破輩はポケットに入れていたあるチラシを取り出し、3人に見せる。
「実はな・・・。今回掛かり切りになっている件が終わったら、パーっと騒ぎたいと思ってな。この店に予約をしようと思うんだが」
「あ!俺、この店知っています。最近噂になっている焼肉屋『根焼』じゃないっすか!」
「おっ!さすがは湖后腹。よく知っているな。実は、この前のバイキングで一緒になった『
シンボル』の不動に教えてもらってな」
そのチラシには『根焼』の名前と地図、そしてどこか怪しい風貌をしたサングラスの男がプリントされていた。・・・肝心の肉が写っていないが。
「おい、湖后腹。ぶっちゃけこの『根焼』ってトコの肉って旨いのかよ?」
「俺は食べに行ったことはないっすけど、巷じゃ旨いって評判になってますよ、ここ」
「へぇ・・・焼肉屋か。美味しそう・・・」
「そ、そうっすよね、春咲先輩!ぶっちゃけ俺も最近夏バテ気味だったし、ここいらでスタミナを付けないといけねぇよな!ハハハ!」
「まあ、そういうわけだ。一段落ついたら味見も兼ねて一度食べに行ってみようと思うんだが」
「マジっすか!?」
「但し、男連中はダメだ。金が幾らあっても足りんからな。女だけで行く」
「ガーン!!!」
「でだ。春咲。明後日の放課後に行ってみようかと思うんだが、どうだ?時間は空いているか?」
「あ、明後日ですか?・・・・・・すみません。その日は用事があって」
「・・・・・・そうか。なら記立やリンちゃんを誘ってみるか」
「本当にすみません」
「別にいいよ。春咲が断るのには『何か大事な用事がある』んだろうし。よしっ、それじゃあ解散。とっとと仕事に戻れ、お前等」
解散の号令を発し、鉄枷達を仕事に戻す破輩。今現在対処中の事案にはこうやって無駄口を叩いている余裕、つまり時間を浪費している余裕は無い。
なのに、あえて破輩は時間の浪費を選択した。それは、
春咲桜という仲間のことが気に掛かっていたからである。
「(とりあえず、表情は柔らかくなったか・・・。疲れてはいるようだが)」
破輩もまた春咲が疲労を溜めていることに気が付いていた。
「(今対処中の事案で疲労が溜まっているとも考えられるが・・・あれはそれだけじゃ無いと考えるのが妥当だな。
一厘が最近春咲をしきりに気にしているのも気に掛かる。・・・あのバイキングの後からってことも)」
さらに破輩は一厘が春咲を必要以上に気にしていることにも気が付いていた。さすがは159支部を纏め上げるリーダーと言ったところか。
「(不動に尋ねても「知らない」の一点張り。だが、あの男・・・界刺と言ったか、奴が関わっている・・・そんな気がする)」
あの時、店を後にした春咲を追うかのように界刺と水楯、そして一厘が店を後にしたことが破輩にはどうしても引っ掛かっている。
「(だが、今はそっちに時間を割く余裕は無い。全く・・・部下の気持ち1つマトモに察してやれないとは・・・リーダー失格だな)」
自分の机に戻った破輩は短く嘆息する。今は揺らいでいる場合では無い。懸案事項が幾つもある。リーダーたる自分に迷っている時間は無い。許されない。
それでもなお、破輩は視線を春咲に向けてしまう。それも、リーダーたる故の性と言うべきか。
「フア~ッ」
「どうした、そんな大きい欠伸をして」
「いやあ・・・最近寝不足で」
ところ変わって、ここは昼間の
成瀬台高校の屋上。夏休みも近くなってきたせいか、授業も短縮ver.になっている。
「例の・・・救済委員活動か?」
「そう。深夜の活動がザラだから、睡眠が足りないな。そのせいで、この前のテスト結果も芳しくなかったし」
「そのかわり、最近は『シンボル』の活動や朝の鍛錬もセーブしているが?」
「やっぱさ、人間たるもの夜にキチっと寝ないと駄目だね。今回のことでそれがよーくわかったよ」
屋上で会話をしているのは界刺と不動。界刺が昼寝をしたいと言ったのでここにいるのだ。
丁度この時間帯の成瀬台の屋上には影が大きくなって昼寝にはもってこいのスペースがある。
「ただでさえ最近は暑いしな。本音を言えば、救済委員なんてすぐにでもやめたいくらいさ」
「だが、そういうわけにもいかんのだろう?なら答えは1つ。やり遂げるのみだ」
「・・・・・・ハァ~」
2人揃って横になって昼寝に突入しようとする界刺と不動。だが、
ピロロロロロ~
「ん?何だ?くそっ、せっかく人が昼寝をしようと横になってんのに・・・。一体誰だ?」
面倒臭そうに掛かって来た携帯電話に出る界刺。そこから聞こえて来たのは・・・
「何だよ、リンリン?折角イイ気分で昼寝に突入しようとしてたのに。目覚まし時計気取りですかー!リンリンだけに。全くこれだからリンリンは・・・」
「な、何よ!電話に出て一言目がそれ!?」
「君さ~、支部内で言われない?『コイツ、空気が読めないなあ』ってさ」
「い、言われたこと無いわよ!!アンタと一緒にしないでくれる!!」
「・・・相変わらず口が悪いねぇ、君」
電話主は一厘であった。実は先日春咲を尾行していた最中に携帯電話の番号を交換していたのである。
「で、何?何の用件ですか?リンちゃんサマ?」
「ブハッ!文句の1つ2つぶつけてやるつもりだったけど・・・まぁ、いいわ。そんなことより!私の用件はね・・・」
「春咲桜のことだよね?」
「わ・・・わかってるんなら最初から言え、アホ界刺!!」
一厘の用件とは・・・もちろん春咲のことである。
「とりあえず、今の所は何とか過ごしているよ。というか同じ支部員なんだし、君の方があのお嬢さんと接する時間は多いんじゃないの?」
「そ・・・それは。最近は色々ゴタゴタがあって、余り春咲先輩とも話す機会無いし・・・。それに私は風輪の生徒じゃ無いし・・・」
「つまり、君はあのお嬢さんのためにな~んもしてやれていないってこと?違うかい、リンリン?」
「そ・・・そんなこと!!・・・いや、そう・・・です、はい」
界刺の容赦無い指摘に一厘の声は小さくなっていく。何せやっていることと言えば気に掛けているだけ。実質的には何もしていないのと同じだ。
「まあ、それでも少しは接する機会はあるんだろう?今日だってさ。どうだったの、お嬢さんの様子は」
「今日は・・・何て言うか明るかったです。あの公園で見た時の顔とは雲泥の差でした」
「・・・そうか」
「・・・あなたのおかげ・・・なんですよね?」
「いんや、俺は何もしていないよ。彼女が明るくなったんなら、それは彼女自身の中で何かが変わり始めたんじゃない?」
「変わり始めた?」
「うん。結局さ、人ってのは他人が何を言おうが中々変わらないんだよ。それが変わるんなら、それは本人の意思ってことだと俺は思う」
「・・・」
「いい傾向なんじゃない?今の所は。これが続いたら・・・彼女は立ち直れるかもね。いや、立ち直るじゃないな。ようやく自分の足で立つんだな、うん」
「そ、それじゃあ・・・」
「だけど、そう簡単に行く程現実は甘くないとも思ってたりするよ、俺は」
「・・・どういうことですか?」
「君に調べてもらっていた件・・・つまり、彼女の家庭事情だ。元々君が教えてくれたんじゃないか・・・。あのお嬢さんは中々家に帰らないってさ。
これは俺の予測だけど・・・彼女の家庭事情も今後無視できなくなると思う。ただでさえ風紀委員『だけ』の時も中々家に帰らなかったんだ。
今はそれに加えて救済委員の活動もしているんだし、益々家にいないってことだろう?この現状を家族が不審がると考えるのは妥当な予測じゃない?」
「・・・春咲先輩が家に帰りたがらないのは、支部員全員が知っています。理由が、家族内のレベルの差ということも」
「確かご両親が著名な科学者。んで、その子供達・・・春咲家には三姉妹がいて、その内長女と三女がレベル4だっけか?大層なエリート一家だね」
「・・・それは春咲先輩に対する皮肉ですか?」
「別に。俺は感想を言っただけだよ。・・・リンリン、俺が言っていた長女と三女の能力の詳細はわかったかい?」
「・・・三女・・・
春咲林檎については判明しています。ただ、長女の
春咲躯園に関しては
長点上機学園に通っているので、
彼女に関する情報は『書庫』を利用しても掴めていません。さすがは学園都市の中でも5本指に入る名門校。セキュリティもすごいです」
「そうか・・・。なら仕方無い。その三女・・・春咲林檎について教えてよ」
「わかりました・・・。言っときますけど、これはオフレコですからね。本当はこんな真似はしちゃ駄目なんですから」
「わかってるよ、リンちゃん」
というやり取りの後、一厘から春咲林檎に関する情報を聞いた界刺は電話を切る。
「どうやら思った以上に複雑そうだな」
「ああ、複雑だな。珍しく頭も使ってるしさ。全くいやになっちゃうよ、ホント」
「私から見れば、面倒臭がりなお前があの少女にそこまで肩入れする方が不思議ではあるがな。如何に命が懸かっているとはいえ」
『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星』
『全く、酷いもんだ・・・この世界って奴は。馬鹿が馬鹿やって馬鹿な目を見ないと、“こんなこと”にさえ気付かせてくれねぇんだもんな』
「・・・似てるんだよ(ボソッ)」
「ん?何か言ったのか?」
「いや・・・何でもねぇよ」
不動の言葉に相槌を打った後に眠りに入る界刺。結局2人は夕方近くまで昼寝に没頭していた。
continue!!
最終更新:2012年06月20日 20:53