その直後、界刺の携帯が鳴り響く。
界刺は、携帯の画面に表示されている電話主を確認し、一息を吐いた後に電話に出る。
「もしもし」
「界刺さん!!今何処にいるんですか!!」
電話主は一厘であった。彼女は大声で界刺に問い掛ける。その声には焦りの色が十二分に含まれていた。
「何処って、公園だよ。この前、君とWデートした時のさ」
「な、何でそんな所に・・・」
「いやね、あのお嬢さんと待ち合わせしていたんだよ。この前貸した俺の服を返してもらうために」
「は、春咲先輩はそこにいるんですか!?」
一厘は一縷の希望を持って界刺に春咲が傍にいるか確認する。だが、
「いんや、いない。どうやら、風紀委員だったことが過激派の救済委員達にバレて、しかもとっ捕まったようだ。さっきメールで連絡が来たよ」
「えっ・・・?」
界刺のあっけらかんとした発言に言葉を失う一厘。
「え~と、なになに。『今から裏切り者の安田改め
春咲桜を“制裁”しま~す!何と、彼女は風紀委員だったのです!
この裏切りも同然な彼女に私達過激派は断固たる“制裁”を加えようと思います。もし、参加したければ、第6学区の○○まで。』って文面だな。
ご丁寧にとっ捕まったあのお嬢さんの写真付き。全く趣味が悪いねぇ」
「・・・・・・」
「あのお嬢さんが下手を打ったのか、過激派の連中が調べ上げたのか、どっちにしろバレるのが早-な。俺の予想より結構・・・」
「・・・してるんですか?」
「えっ?何?」
界刺の他人事のような口調に、何時の間にか声が低くなる一厘。その声色にははっきりとした憤怒の意思が込められていた。
「そこまでわかってて・・・あなたは一体何をしているんですか!!?何のためにあなたが『そこ』にいるんですか!!?」
「ちょっ!!大声で話すな!耳が遠くなるっつーの!」
「真面目に答えて下さい!!何故あなたは春咲先輩を助けに行かないんです!!?
今こうやって、あなたがボーっとしている間にも春咲先輩が危険な目に合ってるかもしれないんですよ!!?」
「・・・かもな」
「私なら、すぐに春咲先輩を助けに駆け付けます!!なのに、あなたは・・・!!『学園都市の人間を守りに行く』って言った言葉、あれは嘘だったんですか!!?」
一厘の頭の中は、今や界刺に対する憤怒や疑問しかなかった。電話の先にいる男が理解できない。何故平然としていられるのか。
確かに
界刺得世という男は変わっていると常々考えていた。だが、ここまでの大馬鹿野郎だったとは、一厘は夢にも思わなかった。
人が危険な目に合っているのにも関わらず、助けようとしない薄情者。今の界刺に対する印象が、まさしくそうだった。
「嘘じゃないよ、リンリン」
なのに、電話の先にいる男の口調には一切の淀みが感じられなかった。まるで、一厘が激怒することを見越していたように。
「ただ、俺にとって学園都市の人間を守るってのは、『
シンボル』が・・・正確には真刺の奴が唱えた信念に基づいているってだけの話なんだよ」
「『シンボル』の信念?」
「そう。『高位能力者が責任と自覚を持って学園都市内の人間を守る手本となる』という信念さ」
「だったら、尚更です!!何であなたはその信念に基づいて、春咲先輩を救おうとしないんですか!?」
一厘は、いよいよわけがわからなくなってくる。界刺は『シンボル』の信念に沿って学園都市の人間を守ると言っている。
ならば、何故春咲を救おうとしないのか?『高位能力者が責任と自覚を持って学園都市内の人間を守る手本となる』というのなら、尚更に。
「君は、あのお嬢さんを“今”助けることが正しいと思うのかい?」
だから、界刺の逆質問をすぐには理解できなかった。
「はっ?・・・た、正しいに決まっているじゃないですか!!春咲先輩が危ない目に合っているかもしれないのに、何故それがいけないんですか!?」
「それは風紀委員として?それとも
一厘鈴音としてかい?」
「どっちもです!!私自身として!そして、風紀委員として!!『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』という私達風紀委員の信念に懸けて!!」
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。それは風紀委員の心得の1つであり、それ自体がスローガンとなっている在り方。
一厘はこの信念を背負うことに誇りを持っていた。それは、風紀委員一厘鈴音という少女の行動指針にもなっていた。
「『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』か・・・。いい言葉だね」
「いい加減はぐらかさないで下さい!!何故あなたは・・・」
「なら、ハッキリ言わせてもらうよ、リンちゃん。君があのお嬢さんを“今”助けに行くことは・・・『正しくない』!!」
「!!!」
界刺は断言する。一厘が一厘鈴音自身として、そして風紀委員として下した“春咲桜を今すぐ助けに行く”という判断が『間違っている』と。
「・・・ど、どういうこと・・・」
「さっきの質問への返答がまだだったね。え~と、『シンボル』の一員として何故助けないのか・・・だったかな。それなら、話は簡単だ。
“今”助けに行ったら、春咲桜という少女に責任と自覚を持たすことができないからだ」
「えっ・・・?」
「まぁ、これは俺の考えだから、君がどうしてもあのお嬢さんをすぐに助けに行くってんなら、俺にはそれを止める権利は無い。
場所は今さっき教えたよね。行きたければ行ってくるといい。行って、助けて・・・その結果として、君があのお嬢さんの『何を』守れるのか・・・楽しみにしているよ。それじゃ」
そうして、界刺は電話を切った。それで話は終わりとでも言わんばかりに。
一厘は、呆然としていた。もう通話が切れているのに携帯を耳元から離さない。
「(わ、私は『間違った』ことなんか言っていない!!『正しいこと』を言った筈!!春咲先輩が危険な目に合うのを黙って見過ごせるわけない!!風紀委員として!!私自身にとっても!!)」
人が危険な目に合っているのに助けないわけがない。そんな光景を見たなら、聞いたなら、知ったなら躊躇無く助ける。それが一厘鈴音という少女の『正しいこと』。
「(な、なのに!!なのに!!!何であの人はあんなことを言うの!?何で『正しくない』って言うの!?何で・・・どうして・・・)」
一厘の頭の中はぐっちゃぐちゃになっていた。そのために、自分がヨロヨロと歩いていたことにも気が付かない。
ズタッ!!
ゴンッ!!
「キャッ!!痛~っ・・・」
どこかで躓いたのか転倒してしまい、机の角に頭をぶつけてしまう一厘。ぶつけた痛みが一厘を襲う。
数十秒後、一厘は立ち上がらないまま地べたに座り、背中をぶつけた机にもたれ掛けていた。
「(もう・・・何よ!!何なのよ!!ワケわかんない!!何で私がこんな思いをしないといけないの!?何で“私”をあんな男に否定されないといけないの!?)」
半ば自暴自棄になりかけている一厘。何が『正しく』て、何が『間違っている』のか、その判断が今の彼女にはできない。
「(私は『正しい』!!あの男の方が『間違っている』!!そうよ、今からすぐに春咲先輩を助けに行って・・・私が『正しい』ってことを証明してやる!!)」
一厘はよろめきながらも何とか立ち上がる。今この瞬間にも春咲がケガを負わされているかもしれない。そんな先輩の姿を絶対に見たくない。
一厘はすぐに支部の戸締りに掛かる。数分後、後は消灯し、戸締りをし、支部を出るだけとなった。
「(そうよ・・・そうよ!!あんな男を信じたのがそもそもの間違いだった!!私が最初から春咲先輩に付いていたら、こんなことにはなってなかった!!
見てなさい・・・バカ界刺!!あなたが『間違っている』ってことを・・・私が『正しい』ってことを証明してあげ・・・)」
『行って、助けて・・・その結果として、君があのお嬢さんの『何を』守れるのか・・・楽しみにしているよ』
「!!!」
だが、そんな彼女だからこそ、他人を人一倍気遣う心優しい彼女だからこそ、気が付いてしまった・・・それは矛盾。
『“今”助けに行ったら、春咲桜という少女に責任と自覚を持たすことができないからだ』
本来全く関係無い界刺得世が、自分の生活を削ってまで何のために、それこそ救済委員になってまで何故春咲桜の傍にいたのか。
『風紀委員の皆は・・・優しい。でも、誰1人だって私の本当の気持ちに気が付かない!!気が付いてくれない!!
「大丈夫だよ」って。「レベルなんて関係無い」ってそればかり。大丈夫なわけ無いでしょ!!関係無いわけないでしょ!!!
そんな・・・こんな私に気を使ってくれる皆が・・・とてつもなく煩わしかった!!その気配りが・・・私だけが無力だと証明しているかのようで!!』
春咲桜が、何故救済委員になったのか。何故自分達風紀委員に悩みを打ち明けてくれなかったのか。
『(私は「正しい」!!あの男の方が「間違っている」!!そうよ、今からすぐに春咲先輩を助けに行って・・・私が「正しい」ってことを証明してやる!!)』
それなのに、一厘鈴音は自分の『正しさ』を証明するために春咲を助けに行くと心の中で決めた。決めてしまった。
それは、嘘偽りの無い一厘鈴音という少女の本音。春咲桜というレベルの低い少女―弱者―に対して、一厘鈴音というレベルの高い少女―強者―が抱いた・・・差別的な感情。
「ハハハ。・・・ハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!」
自分の心中に潜んでいたその感情を自覚した瞬間、その場に座り込んで高々に笑い声を挙げる一厘。その目には・・・涙が溢れていた。
「ハハハハハッッッ!!!何よ!何なのよ!!この気持ちは!!この感情は!!!」
大声で笑いながら、涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにし、手で顔を覆う。
「馬鹿だ!!私は救いようが無い大馬鹿だ!!!何よ・・・春咲先輩のことを真剣に考えていなかったのは、私の方じゃない!!!」
泣き声が混じるその言葉は・・・春咲に対する懺悔か。
「私は自分の『正しさ』を証明するために先輩を助けにいこうとした!!何の言い訳もできない、それが私の本音だった!!!
何でよ・・・何でこんな感情が私の中にあるのよ!!!私は・・・ただ先輩のことが心配だっただけ・・・だけだった筈なのに!!!」
遂には顔を地面につき、うずくまってしまう。
「・・・あの人の言う通り、私が『間違っていた』!!私は『正しくなかった』!!!こんな、こんな私に春咲先輩を救う資格なんて無い!!!私は・・・私は風紀委員失格だ・・・!!!」
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。それが、一厘鈴音の支えだった。その支えが今、脆く崩れようとしていた。
「こんな、こんなものを!!風紀委員の腕章なんて!!私に付ける資格は無い!!!・・・・・・こ・・・こん・・・こんなもの!!!」
自分の腕に付けていた風紀委員の腕章を乱暴に掴み、それを引き千切ろうとする一厘。彼女はいよいよもって、引き返せない地点にまでその足を進めようとしていた。
ピロロロロロロロ~
その間際に鳴り響く一厘の携帯電話。その着信音に気付いた一厘は、今まさに引き千切ろうとしていた腕章から手を離し、震える手で電話主を確認する。
そして、携帯の画面に表示された名前に瞠目し・・・3度の息を吐いた後、ようやく電話に出る。
「・・・・・・もしもし」
「あ。リンリン?まだ支部に残ってる?」
飄々としたその声の主は―界刺。
「・・・・・・何よ」
「いやね。ちょっと調べモンをして欲しいっていうか、ある場所の地図をメールして欲しいと思って。
その感じだと、まだ支部を飛び出ていないようだね。よかった、よかった」
先程の剣呑とした応酬など忘れてしまっているのか、その口調は何時もの彼そのものであった。
そんな界刺に、一厘は涙声になりながらも言葉を告げる。
「・・・あのね」
「うん?」
「あなたの言う通り、私は『間違っていた』。私は・・・自分の『正しさ』を証明するために春咲先輩を助けようとしていた」
「・・・」
「全然春咲先輩のためじゃ無かった。私は心の何処かで思っていた。“弱い”春咲先輩を“強い”私が守ってあげないと。支えてあげないとって。
でも、違った。本当は・・・先輩を見下していたんだ。先輩のために気を使っていたんじゃない。自分のために先輩を気遣っていたんだ!!」
「・・・・」
「ホント、こんな私がよく先輩を助けようって言えたもんだよね。心の底では自分より弱い人って見下していたのにね!!ホント・・・・・・私って最低だ」
一厘の懺悔の言葉は止まらない。それだけ、己が自覚した感情が衝撃だったのか。
その瞳から流れ落ちる涙は、一向に止む気配は無い。
「だから・・・私は先輩の所に行けない。助けに行く資格なんて無い!風紀委員である資格なんて無い!!だって・・・私は、こんなにも醜い人間なんだもの・・・!!!」
慟哭。もう、そうとしか形容ができない程一厘は悲鳴を挙げていた。
完全なる自己否定。今までの自分を形作ってきたものの崩壊。
このままでは、彼女は・・・
「へ~、色々思い詰めてたんだね~。んふっ。ところでさ、さっきの地図の件を早くお願いしたいんだけど」
「・・・・・・へっ?」
全く・・・鈍感と言うべきか、肝が据わっていると言うべきか、界刺は事ここに至っても平然と己の依頼を口にしていた。何時もの胡散臭い笑い声付きで。
「だ・か・ら、さっき調べて欲しいっつった地図のメールの件だよ!全くこれだからリンリンは・・・」
「・・・あっ。ちょ、ちょっと待って下さい。今パソコンを再起動しますから」
「再起動?ってことは、本当に飛び出る寸前だったのか。ヒュ~、危ねぇ」
涙で目を腫らしながらも、界刺の依頼のためにパソコンを再起動する一厘。彼の役に立つことが、せめてもの償い。そう考えているのかもしれない。
「あ、そうだ。パソコンが立ち上がる前まで、ちょっとお話しようか、リンちゃん」
「・・・話・・・ですか?」
「うん。まどろっこしいのは抜きでいくよ。君の懺悔なんか、俺にとってはどうでもいい」
「!!!」
界刺の口から零れたのは・・・懺悔の否定。
「そんなことは俺にじゃ無く、あのお嬢さんに言うべきだろ。俺は君の下僕でも何でも無いんだから。そこんトコ、履き違えないでくれる?」
「・・・ご、ごめんなさい」
一厘は先の醜態を謝罪する。自分でも抑えられなかったあの懺悔に、界刺を巻き込んでしまった。それは、一厘の心を重くする。
「わかってくれたんならいいよ。それと・・・これは確認事項なんだけど」
「・・・何ですか?」
まだ、パソコンの再起動までには至らない。それに多少イラつきながら一厘は界刺の言葉を待つ。
「君はさ、あのお嬢さんを助けたくないの?」
「!!!!」
その一言は・・・一厘の胸を真正面から貫いた。
「わ・・・私には、そんな資格なんてありません!!こんな私に・・・。それに、あなただって言ったじゃないですか。“今”は先輩を助けないって!!」
「うん、言った。但し“今”はね。その後は話が別だ」
界刺は一厘の心の奥底を抉り取る。
「今回お嬢さんの身に降り掛かった火の粉は・・・言ってしまえば自業自得だ。
風紀委員と救済委員の掛け持ちをするのなら、いずれこうなることは目に見えていた。あのお嬢さんは、そのツケを現在進行中で払っているだけの話さ」
「・・・」
「現在進行中、つまり“今”お嬢さんを助けに行ったら、今までの俺の努力が全て水の泡になる。
これは、彼女の問題だ。彼女自身で解決しなきゃならないことだ。たとえ、どんな結果になろうとも。
なのに、誰かが助けたら・・・それこそあのお嬢さんは今度こそ悟るだろう。『自分が無力』だってな。それじゃあ・・・話にならない。
春咲桜に必要なのは・・・“救いの手”なんかじゃ無い。“自分で立ち上がる足”だ!!」
「!!!・・・“自分で立ち上がる足”?」
一厘の心に界刺の言葉が広がっていく。それは容赦の無い・・・温かな『何か』。
「そう。それが自分の行動に責任と自覚を持つってことだ。俺は守られる側にもそれを求める。でないと、不公平だからね。
だから、俺達に精々できるのは彼女が自分の足で立てるように補助してやるくらいだ。
だから、俺は救済委員として、そして俺自身の意思であのお嬢さんを補助していたんだ」
「でも・・・私には・・・そんな資格が・・・」
「・・・ったくメンドくさい奴だなあ、君は。助ける資格?風紀委員失格?んなことはどうでもいいんだよ!
確かに君はあのお嬢さんを知らず知らずの内に差別していたのかもしれない。自分のために利用していたのかもしれない。
だが、それがどうしたってんだ!!あのお嬢さんを救う理由にそんな付属品が必要なのかよ!
これが最後の質問だ。5秒以内に答えろ!・・・お前は、春咲桜を救いたくはねぇのか!?答えろ、一厘鈴音!!」
“これが最後”。そう断言した界刺の問いに、一厘鈴音は・・・
「た・・・助けたい。助けたい!!先輩を、春咲先輩を救いたい!!!」
その瞳から再び涙が零れ落ちる。顔をくしゃくしゃにしながらも、涙声に喉を詰まらせながらも、一厘は答えを放つ。これもまた・・・嘘偽りの無い一厘鈴音という少女の本音。
「・・・わかった。なら、俺の依頼が終わった後に、俺が居る公園へ来い。場所は言わなくてもわかってんだろ」
「えっ?」
「今はその付属品・・・助ける資格とか、風紀委員失格とか、そいつ等の判断は保留にしときなよ。
その判断を下すのは・・・今回のことが全部終わってからでも遅くはない」
「・・・」
「そういえば全然気にしていなかったけど、他の風紀委員は支部にいないの?何かその様子だと、君1人みたいだね」
「・・・色々あって、今は私1人です。ただ・・・」
「ただ?」
「鉄枷が誰かからの電話を受けて・・・飛び出して行っちゃったんです。『春咲先輩が・・・』って言葉は聞きました。鉄枷の顔が瞬く間に青ざめていくのも」
「・・・成程。よりにもよってお嬢さんが所属する支部に連絡して、お嬢さんを完膚なきまでに叩き潰すつもりだな。下手したら、他の支部にも連絡が回ってるかも」
「そ、そんな!それじゃあ春咲先輩は・・・」
「今はそんな後処理についてどうこう言っても仕方無ぇよ。・・・なるようにしかならないと思うぜ」
そう言葉を交わしている中、ようやくパソコンが再起動した。それを確認した一厘は、界刺が求めた地図の情報を調べにパソコンに向かい合ったのである。
そして10分後、界刺の依頼通りに所定の地図をメールし終えた一厘は、今度こそ支部を後にするために、戸締りの準備に入る。
「そうやって、公園(そこ)に留まっているということは、何らかの作戦みたいなものがあるってことですよね」
「まぁね。こんな事態もおおよそ想定していたし。規模が予想以上にデカいのが不安要素だが。後はお嬢さん次第だな。もし、“リタイア”しちまったら・・・それもしゃーねーよ」
「っっ・・・!!」
「人はいつか死ぬもんさ。それが早いか遅いか、それだけの違いだ。まぁ、自分から死にに行く奴にはなりたくないけど。
リンリン・・・悪いが俺はこういう人間だ。今までも、これからも・・・な。あのお嬢さんが意地を見せるってんなら、力を貸してやる。こんな俺でも・・・君はいいのかい?」
「・・・今の私には、あなたが『正しい』のか『間違っている』のかの判断は下せません。だから・・・今はあなたと共に行きます。
もし、春咲先輩があなたの言う“リタイア”になったら・・・その時は私もその咎を負い・・・」
「それがいけないんだよ、リンちゃん。それはそれ。これはこれ。あのお嬢さんの問題と君の問題を混合するな。
そんなことに囚われてちゃあ、本当に大事な時に間違った一歩を選択しちまうぜ?囚われるな・・・見誤るな・・・見極めろ・・・掴み取れ・・・!!」
『界刺は・・・容赦しないよ』
「(本当にこの人は・・・)」
一厘は今更ながら形製が自分へ放った忠告の真意を理解する。全くもって界刺は容赦しない。平然と自分の心をかき乱す。抉り取る。蹂躙する。
だが、だからこそ一厘は己の醜さに気付けたのかもしれない。己の感情と向かい合うことができたのかもしれない。
だから、一厘鈴音は界刺得世と共に行くと決めた。その判断に―何が『正しい』のか、何が『間違っている』のかわからない一厘が下した―後悔は・・・無い。
「・・・よし。戸締り完了。これからすぐにそちらに向かいます!!」
「あいよ。・・・本当はこんなことになる前に何とかしたかったが、仕方無ぇ。改めて何とかするしかねぇか」
支部を出る一厘。その足は駆け足。その足で
風輪学園の校門をもうすぐ越える。
「リンリン!!」
「はい!!」
そんな彼女に界刺が声を掛ける。それは、あの公園で既に言ったこと。
「君の力を借りなきゃいけなくなったけど・・・準備はいいかい?」
それは、界刺なりの気遣いの言葉。“一厘が春咲を救う作戦に参加してもいい”。界刺は一厘にそう言っているのだ。
「もちろん、私だけじゃ無いですよね!?」
一厘はその言葉に含まれる真意を汲み取り、その上で・・・もう一度だけ界刺に甘える。
「そりゃそうだ。俺やリンちゃんだけでできることなんてたかが知れている。
これもお嬢さん次第だけど・・・もちろん、他の奴等にも協力してもらうつもりだよ。俺やリンリンにはできないことを・・・ね」
それに応える界刺。一厘は思う。これが人を信じるということなのか・・・と。これが人を信頼するということなのか・・・と。
そして、きっと界刺は信じている。信頼している。春咲が意地を見せることを。でなければ、「協力」なんて言葉は・・・きっとあの人の口からは出て来ない。
それがわかったから・・・一厘は叫ぶ。それ―自分に欠けていたモノ―を教えてくれた界刺に、今できる精一杯の感謝を込めて叫ぶ。
「わかりました!!春咲先輩を救えるならこの一厘鈴音の命、あなたに預けますよ!!!」
continue!!
最終更新:2012年05月14日 21:21