「潰すと言ったが、あれは嘘だ」
「ガクッ!!」
「「はっ・・・?」」
界刺のぶっちゃけ発言に春咲はガクッっとなり、躯園と林檎は呆気に取られる。何せ数秒前の宣戦布告を速攻で取り下げたのである。
「界刺さん!?ど、どういうつもりですか!?」
「いやね、こういう場面だし俺もキメた方がいいと思ってあんなこと言ってみたんだけど、何かしっくりこなくて」
「はい!?」
「え~と、そっちのツインテールの娘が
春咲林檎・・・ちゃんかな?初めまして~界刺です!趣味は古着店巡りです!!よろしく!!」
「ど、どうも・・・」
「林檎!?何普通に返事しているのよ!?あの男は私達の敵なのよ!?」
「何合コンみたいに自己紹介してるんですか、界刺さん!?」
「へぇ。お嬢さんって合コンに行ったことあるんだ?俺なんか合コンに誘われもしないのに・・・」
「ブッ!!わ、私だって行ったことないですよ!!」
「林檎ちゃん。君のお姉さん・・・こっちのね、こんなこと言ってるけど、実は大胆且つ過激な女の子だったんだよ。知ってた?」
「桜が?大胆?過激?」
「うん。だってこのお嬢さん、俺に『自分のありのままの姿を見て下さい』つって、自分の裸を見せ付けてくるわ、自分の小ぶりな胸に俺の手を持って行グハッ!!!」
「ハァ・・・ハァ・・・」
「あ・・・あのお嬢さんが俺の鳩尾に一撃入れる程に成長するなんて・・・お兄ちゃん嬉しい・・・ガクッ」
「誰がお兄ちゃんですか!?誰が!!?」
「「・・・・・・」」
躯園と林檎は言葉を失う。色んな意味で。眼前にある光景は、春咲に鳩尾を殴られ、地面に倒れ込む界刺という何とも間抜けな絵ヅラであったからだ。
こいつ等・・・ここに何しに来た?というのが、躯園と林檎が抱いた正直な感想であった。
「桜・・・アンタ、何しに来たの?まさか、こんなコントみたいな姿を私達に見せに現れたってわけじゃないわよね?」
「躯園お姉ちゃん・・・。あ、当たり前です!!」
「り、林檎ちゃん・・・!!ヘルプミー。君のお姉さんがいじめるよ・・・!!」
「だ、大丈夫?すごい音がしたけど・・・」
「林檎!!」
「界刺さん!!」
「「はい!!」」
林檎と界刺は躯園と春咲の怒声に凍り付く。そして、2人揃ってコソコソ話を展開し始める。
林檎としては、界刺と会うのは初めてであるためか、先程のコント紛いの光景も合わさって何処と無く界刺に対する警戒心が薄いようだ。
「(だから、言ったろ?過激だって。家でもあんな感じなの?)」
「(いや、桜のあんな姿・・・家でも見たことないよ。あたしも今、すっごく驚いているんだから)」
「(俺、あの娘達の近くに居たくない。また、どやされる)」
「(・・・お兄さん、ここへ何しに来たの?)」
「(いやね、俺のスーツが過激派の連中に燃やされたっつーから、その借りを返しに)」
「(あ~・・・あの趣味の悪いスーツってお兄さんのヤツだったんだ)」
「(趣味悪いって・・・持ち主の前で堂々と言い放つなんて、酷くね?)」
「(だってねぇ・・・あれは・・・)」
何やらお互い気が合うのか、コソコソ話に熱中し始める林檎と界刺。その光景に躯園と春咲は苛立ちを隠せない。
「桜・・・アンタが連れて来たあの男・・・一体何がしたいの!?何が目的なの!?人様の妹に寄ってたかるハイエナみたいなあの男は!?」
「そ、そんなの私だってわかんないよ!!界刺さん・・・。つくづく常識外れな人・・・!!」
ここは、戦場真っ只中である。何時自分の命が脅かされるかわからない場所である。そんな所でふざけた言動を取る界刺に対して、躯園も春咲も混乱していた。
「お~い!!春咲のでっかい方のお姉さん!!それと、ちっさい方のお姉さん!!ちょっといい!?」
「気安く話し掛けないで!!ハイエナ風情が!!」
「だ、誰がちっさいですってぇぇ!!!」
「・・・ハイエナって・・・。それに、ちっさいってのはそっちの意味じゃ・・・。お嬢さん・・・案外気にしてたんだ」
躯園と春咲の罵声と抗議に少々凹む界刺だが、とりあえず言葉を続ける。
「とりあえずさ~、俺と林檎ちゃんはこっから退避すっから、後は2人でお好きにバトっても何でもしてねぇ。それじゃあ!」
「何が『それじゃあ!』よ!!全然意味不明なんだけど!!」
「界刺さん・・・!?」
界刺の突拍子も無い発言に驚きを隠せない躯園と春咲。
「だってさぁ。林檎ちゃんって救済委員でも何でも無いんでしょ?」
「そ、それは・・・」
「だったら、俺にとって林檎ちゃんは敵じゃ無い。俺の敵はあくまで過激派の連中だし。俺のスーツを燃やしやがった・・・な」
「界刺さん!」
「お嬢さん。前にも言ったよね。俺は君に何があっても何もするつもりは無いよ。そして、ここは・・・君の“戦場”なんだろ?」
「!!」
春咲の目が見開く。そう、ここは
春咲桜にとっての“戦場”。
「落とし前・・・つまり、君のお姉さんとのケリは君がつけないと。俺が手助けしたら意味が無いよ。それがさ・・・君が果たすべき責任だろう?」
今回の元凶の1人である春咲桜が独力で果たさなければならない責任。
「そして・・・大きいお姉さん。君にはお嬢さんと向かい合ってやる義務があるよ」
「私が?フッ、そんな義務なんて・・・」
「何せ、君等の制裁を乗り越えてまでここに来たんだ。その覚悟分くらいは応えてやってもいいんじゃない?曲がりなりにも、同じ家族なんだし。
それとも・・・逃げるのかい?この“戦場”から・・・無様に尻尾を巻いて・・・ね?」
「!!!」
躯園は界刺の言う“戦場”の意味を即座に理解した。“戦場”・・・すなわち“春咲桜との決着”。
躯園は想像する。否、想像してしまった。“戦場”から逃げる自分の姿を。このターミナル(せんじょう)から逃げていた姿を重ねるように。
そんな姿を・・・そんな体たらくを・・・
春咲躯園は許容できなかった。界刺の挑発を・・・決して看過することはできなかった。
「・・・いいわ。そこまで言うんだったら、受けてあげるわ。出来損ないのクズの言う足掻きを・・・ね」
「躯園姉ちゃん・・・」
「林檎。心配しないで。この私が、あんなクズに負けるわけがない。そうでしょ?」
「う、うん!!」
林檎の心配する声に応えた後に、躯園は界刺に向き直る。
「でも、それとあなたに林檎を任せるのは話が別。あなたに任せられると思って?
大体、偉そうなことを言っている割に、結局はあなたもこの戦場から尻尾を巻いて逃げるってことじゃない?桜をほったらかしにして」
「うん、そうなるね」
「
プライドの1つも無いのね。怖気付いたの、ハイエナ?それに・・・聞いたわよ。あなた、雅艶にボコボコにされたんだってね。その借りを返さなくてもいいの?」
「あのさぁ~・・・何で俺の能力が効かない相手とまた戦わないといけないの?」
「・・・はっ?」
躯園は目の前の男から発せられた言葉に、迂闊にも素の声を出してしまった。
「何でもかんでもさ、根性とかで乗り切れるわけ無ぇんだし。相性最悪っつんならカチ合わない選択肢を取るに決まってんじゃないの。君・・・もしかして頭悪い?」
「・・・!!」
「それにさぁ、俺がわざわざ行かなくてもさぁ・・・見てるんだろ?ご自慢の透視能力で。この俺をず~っとよ」
「!!」
「(雅艶さん・・・)」
「(・・・気付かれていたか)」
林檎が念話で斬山と戦闘中の雅艶に話し掛ける。雅艶は自分に集めている『多角透視』以外、つまり2つの『多角透視』の内1つを界刺の監視に当てていた。
(ちなみに、もう1つは“花盛の宙姫”の早期発見目的で上空を回遊させていた)
「雅艶の透視範囲はよくわかんねぇけど、監視対象として『
シンボル』のリーダーである俺を外さないってくらいは予測できる。
どうだ、雅艶。俺は林檎ちゃんに危害を加えるようなモンは何一つ持ってねぇぞ!」
「(雅艶さん・・・)」
「(・・・確かに、奴は武器の類を『何一つ』持っていない)」
雅艶の『多角透視』で覗いても、界刺には武器類に相当する物は所持していない。
「それにさぁ、雅艶の能力と林檎ちゃんの能力があれば、俺が何をしたって十分に叩き潰せるんじゃねぇのか?何なら、今から俺に『音響砲弾』の回線を繋いだっていいぜ?」
「えっ・・・!?」
「さ、林檎ちゃん。俺に攻撃用の回線を繋ぐんだ。もし、俺が君に何か危害を加えようとしたら、俺の頭に大音量をぶち込むといい。
そうすりゃ、林檎ちゃんの“鎖”で俺は無力化。穏健派の連中に加勢することもできない。一石二鳥じゃねぇか!
俺達の居場所は雅艶に筒抜けなんだろうし、俺が何か罠を張っていたとしても雅艶がそれを見抜くだろう。なぁ、何か問題でもあんの?」
「で、でも・・・」
「(こいつ・・・。頭がおかしいんじゃないの!?)」
「(界刺さん。一体何を・・・?)」
「(変人・・・。何を企んでいる!?)」
あっけらかんとした界刺の言葉に躯園、春咲、雅艶は訝しむ。界刺の言葉は確かに的を射ている。
だからこそ、理解できない。自分を苦境に追い詰めるような真似を率先してやろうとする男の意図を。
「・・・いいよ。あたし、お兄さんと一緒に逃げる」
「林檎!?で、でも・・・!!」
林檎の承諾発言に躯園は制止を掛けようとする。だが、
「お兄さんの言う通りだよ。お兄さんがあたしに何かしようとしても、この林檎ちゃんの『音響砲弾』で何とかしてみせる!
それに、あたしも役に立ちたいんだ。さっきは・・・全く役に立てなかったから。このお兄さんを引き付けるくらいなら、あたしにだってできる!」
「林檎・・・」
林檎の目に決断した者が放つ光が見えた。見えたからこそ、躯園も決断する。
「・・・わかったわ。私の“唯一”の自慢の妹。あなたの決断を私は尊重するわ。必ず・・・ここから逃げ切るのよ。いいわね、林檎?」
「うん!躯園姉ちゃんも、絶対に逃げ切ってね!」
「えぇ。クズとの決着をつけたらすぐにあなたの元へ行くわ、林檎」
「・・・・・・」
躯園と林檎。2人の『姉妹』が織り成す光景に、複雑な感情を抱くのは春咲。何故自分はあそこにいないのか。どうしても考えてしまうそれを察したのか・・・
「お嬢さん」
「界刺さん・・・」
後方から界刺の声が掛かる。
「ってなわけで、俺は林檎ちゃんとさっさと逃げるんで、後はよろしく」
「・・・全く。仕方の無い人ですねぇ、あなたは」
春咲は界刺が逃げるなんてこれっぽちも思っていなかった。彼の意図がわからずとも、そう思える程の“何か”を、2人は確かに築いていた。
「1人だけど、大丈夫?」
「あなたがさっき言ったんじゃないですか。私に何があっても何もしないって」
「あぁ・・・そうだったね」
だから、春咲は界刺を笑顔で送り出す。そこには、1人で躯園と対峙することへの不安は無かった。ここは―私の“戦場”。
「それじゃあ・・・」
バン!!!
「痛っ・・・」
界刺に思い切り背中を叩かれる。それは、まるで“戦場”へ送り出すかのような強さでもって。
「行って来い、春咲桜。自分の力を、君のお姉さんに・・・この世界に見せ付けてやれ!!」
それは、春咲に対する檄であり、励ましであり・・・信頼の証であった。
それがわかったから、春咲は大声で応える。体中が歓喜で震える余り、思わず涙が出てしまいそうな自分を厳しく律しながら。
「はいっ!!!!」
対峙するは、己が姉・・・春咲躯園。春咲桜の“戦場”が今―開始(はじ)まる!!
continue!!
最終更新:2012年05月20日 17:31