「ハァ・・・ハァ・・・」
鉄枷はターミナルを全速力で疾走していた。先程出会った啄達から春咲に関する全ての真実を知ったからである。
鉄枷は走る。一刻も早く春咲に会いたい。話したい。自分の心の中にある色んなモノを打ち明けたい。
「クソッ。人が急いでいる時によぉ・・・」
だが、そんな急ぎに急いでいる鉄枷の前に立ち塞がる者達がいた。それは・・・
「抵部!!この瓦礫の“腕”に触れろ!!そして補強!!」
「あいあいまむ!!」
今やこのターミナルにおいて最大の戦闘を繰り広げている者達。
「おりゃああああぁぁっっ!!!!」
「はあああああぁぁぁっっ!!!」
上空で巨大な“腕”と衝撃波が激突する。だが、“腕”はビクともしない。
「何っ!?」
「潰れろやあああぁぁっ!!!」
巨大な“腕”が上空に居る者達―不動と仮屋―をブッ飛ばすために振るわれる。
「はっ!!」
「!!あの女・・・!!」
「水楯、すまん」
「助かったよ~」
“腕”が直撃する寸前、下方から水のロープが不動達に巻き付き、牽引することで“腕”の一撃から逃れる。
不動達を助けた少女―水楯―は、更に渦潮状に回転させ続けていた大量の水を敵―こちらに“ガトリング砲”を向けた閨秀達―に向けて放出する。
「!?」
「・・・!!」
伸び上がった水は、弾丸である石やコンテナを含めた“ガトリング砲”を形成する全てを飲み込む。もちろん、『皆無重量』の制御下にある以上、閨秀も念動力で水に干渉はできる。
だが、そもそもの話としてレベル4の水流操作系能力者が全力で水の制御を行った場合、レベル3程度の念動力では完全に動きを封じることはできない。
水楯は、『粘水操作』により水の粘度を操作することで、飲み込んだ石やコンテナを“ガトリング砲”の中心であるクレーンに引っ付けて動かせないようにする。
そして、水楯が操作する大量の水が“ガトリング砲”のみならず閨秀にまで及ぼうとする。
「!!させるかっ!!」
「!!」
閨秀は、咄嗟の判断で“ガトリング砲”自体を水楯へ向けて射出する。高速で飛来して来るそれに反応する水楯。
回避行動を取り何とか直撃は避けるが、地面との衝突で発生した風圧までは避けられない。吹っ飛ぶ水楯に追い討ちを掛けようとした閨秀だが、
「「はああああぁぁぁっっ!!!」」
「ちっ!!!」
それを不動と仮屋が防ぐ。合体技である大衝撃波を閨秀へ向けて放ち、閨秀が反射的に抵部の『物体補強』で補強された“腕”を盾にして防御する。
拮抗する大衝撃波と“腕”。その結果は・・・
「くっ!!」
「うわっ!!」
「うおっ!!」
引き分け。不動達が放った大衝撃波は“腕”を破壊することには成功したが、閨秀達へは届かなかった。だが、“腕”を破壊された衝撃で閨秀達がグラつく。
その隙を、体勢を立て直した水楯の制御する水の大槍が襲う。
「まだまだぁ!!!」
閨秀は、すぐさま防御用として支配する水全てを水楯の大槍へ衝突させる。水楯の方が全体量としては多いものの、大槍の勢いは減衰してしまう。
その僅かな時間で閨秀は大槍の射程から離脱し、水楯の援護として自分に向かって来た不動達へ空中分解した“腕”の残骸を波状攻撃として繰り出す。
「仮屋!!」
「うん!!」
閨秀の逆襲に対して、大きい残骸は不動が、小さい残骸は仮屋がそれぞれの能力でもって対処・破壊する。
この戦闘は未だに収束の気配が見えない。それ等全てを、離れた場所から眺める鉄枷は毒づく。
「くそっ!ここを突破できりゃあ、春咲先輩が居る(予定の)場所まで一気に行けるのによ。あんな馬鹿げたバトルされてちゃあ、ぶっちゃけ踏み込めねぇ!!」
鉄枷は啄達の情報から、上空に居る女達を“花盛の宙姫”とその仲間の風紀委員と判断している。
ガスマスクを被っている2人組については、最初はサッパリわからなかったが加勢に来た女の姿を見たことで見当が付いた。
あの3人は、以前のバイキングで一緒になった『
シンボル』のメンバー。
「とりあえず、強行突破は無理だ。迂回するしかねぇな。くそっ、このターミナルの地理ってぶっちゃけよくわかんねぇんだけどな」
鉄枷は強行突破を諦め迂回する選択を取る。息切れ激しい中、それでも鉄枷は駆ける脚を止めない。己が敬愛する先輩に会うまでは。
「オラアアアァァッ!!!」
「ハアアアァァッッ!!!」
「・・・・・・」
場所は変わって。3つあるターミナル出入り口の1つ、その近辺で行われているのは、荒我と焔火の2人組と過激派救済委員の1人である麻鬼との戦闘である。
荒我はレベル0なので素の身体能力と経験でもって応戦し、焔火は電気を用いて己が身体能力を引き上げた上で攻撃を繰り出している。だが、麻鬼には一撃もまともに入らない。
「(くそったれ!!)」
「(何よ、コイツ!?なんて身のこなしなの・・・!!まるで神谷先輩と手合わせしているみたい!!)」
荒我と焔火は、麻鬼の実力に戦慄を禁じ得ない。2人掛かりで攻めているのに、傷一つ与えられない。徐々に焦り始める2人の心情を看破したように、
「どうした?散々意気込んでいながら、結局はこの程度か?」
挑発の言葉を向けて来る。当然、その言葉の真意について深く考えない荒我は即座に反応してしまう。
「何だとぉ!?テメェ!!」
「荒我!?待って!!」
焔火の制止も聞かず、荒我が麻鬼に突っ込む。右拳を振り被り、麻鬼の顔面へぶち込もうとする。
「フッ!!」
「ガハッ!!」
カウンター。しかも頭突き。麻鬼は荒我が自分へ拳を放つ直前に合わせて踏み込み、荒我の顔面へ頭突きを喰らわせた。
この一撃で荒我の鼻から結構な量の血が出て来た。隙だらけになった荒我に追撃を加えようと、麻鬼が“小型ナイフ”を形成し突っ込もうとする。
「させるか!!」
「!!」
それを、焔火の電撃が防ぐ。彼女は軽度ならば電撃の槍を扱うことができた。電撃を避けるために後方へ飛び退いた麻鬼は、焔火に言葉を向ける。
「やるな、女。俺の突進に合わせた電撃の槍。戦い慣れているな」
「アンタみたいな変質者に褒められても嬉しく無いわよ。それに、私には
焔火緋花って名前がちゃんとあるの!何時までも女、女って連呼してんじゃ無いわよ!!」
「別に構わんだろう?どうでもいいことだ」
「よくないわよ!!」
焔火の言葉に肩を竦める麻鬼。その態度に怒りながらも、焔火は鼻血を出して蹲っている荒我に駆け寄る。
「大丈夫、荒我?」
「あぁ。大したこたぁ無ぇよ。助かったぜ、緋花」
「見え見えの挑発に乗って馬鹿みたいに突っ込むからよ」
「う、うるせぇ!!」
憎まれ口を叩きながらも、荒我の元気な様子に焔火は安心する。この男はこうでなくては。
「取り込み中の所悪いが、そろそろ準備運動は終わりにさせてもらうぞ」
「なっ!?」
「えっ!?」
麻鬼の発言に驚愕する2人。息一つ乱していない目の前の男は断言する。今まではお遊びだったことを。
麻鬼は、ポケットから取り出した手袋を両手に嵌める。鉄爪付きのそれは、麻鬼が本気で戦闘に望む証。
「確か、神谷の『閃光真剣』は近・中距離対応型の能力だったが・・・俺の『閃光小針』はどちらかと言えば近距離型だな。
小針という投擲武器もあるにはあるが、威力や範囲がな・・・。これでは絶対的な武器とは言い難い。
風紀委員時代は、この問題点について散々悩んだものだ。神谷にも指摘される始末だったしな・・・」
「(言われてみれば・・・この男の能力って神谷先輩の『閃光真剣』と似てる・・・?まさか、同系統の!?)」
麻鬼の誰に聞かせるでも無い独り言から、焔火は先輩風紀委員である神谷の能力を連想する。してしまう。
「だが、今は違う。それを・・・証明しよう。神谷の後輩と相見えることでな!!」
「!!」
「来るぞ、緋花!!」
麻鬼が疾走する。その先に居るのは・・・焔火。焔火は、麻鬼のどんな動きにも対応できるように身構える。あわよくば、さっき荒我に喰らわせたようにカウンターを喰らわせる。
「(あの鉄爪から“ナイフ”か“針”を形成するつもり?それとも・・・)」
焔火は麻鬼の出方を今までの戦闘から予測する。だが、麻鬼が繰り出した攻撃はそのどれでも無かった。
ズアッ!!!
それは、意図した動きでは無かった。ただ、体が絶命の危機に反応したというだけ。焔火は、反射的に前へ倒れ込むような回避行動を取った。
無造作に結われた焔火の髪の毛が断ち切られる。それを可能にしたのは・・・“剣”。麻鬼の鉄爪から伸びている“剣”。
「まだ、終わっていないぞ?」
「グハッ!!」
瞬間的に前へ倒れ込む形になった焔火の顎に、麻鬼の膝蹴りが突き刺さる。その強烈な一撃をまともに喰らった焔火は、後方に吹っ飛ばされる。
顎に喰らったことにより脳が揺られ、意識が混濁する焔火。倒れた彼女にとどめを刺そうと麻鬼が“剣”を振り被る。
「うおおおおぉぉぉっっ!!!」
「!!」
そこへ、荒我が近くにあった石を投擲しながら突っ込んで来た。顔面へ向けて飛来してきたそれ等を、新たに左手の鉄爪に発生させた“剣”にて切り払う麻鬼。
「投擲のお返しだ。受け取れ」
「おわっ!?」
麻鬼が突っ込んでくる荒我へ向けて左手の“剣”の切っ先を向ける。そこから・・・“剣”が高速で射出される。
喧嘩慣れ(+成瀬台の教師である餅川の熱き指導の下)している荒我は常人に比べて動体視力が鍛えられている。故に、その一撃をギリギリながら避けることができた。
「・・・ボーっとしてんじゃ無いわよ!!」
「!!」
荒我に対処していた麻鬼に、焔火の怒りが混じった声が掛けられる。混濁状態から立ち直った焔火が、電撃を纏った右拳を麻鬼へ放つ。
ガシッ!!
「なっ!?」
「残念だったな。この手袋は・・・絶縁性付きだ」
焔火の拳は麻鬼の左手で止められる。そして・・・
「あああああぁぁぁっっ!!!!」
焔火の右拳を掴んだままの左手に力を込める麻鬼。その並外れた握力で焔火の拳を破壊しようとする。
「その手を・・・離しやがれええぇぇっっ!!!」
「!!」
今度こそ麻鬼に接近戦を仕掛けようと突進して来る荒我。それを目に映し、麻鬼は焔火を掴んでいた左手に、最大の力を込める。ボキボキッっと嫌な音が聞こえた。
「あああああぁぁっっ!!!」
「そら、しっかり受け取れ!!」
「!?」
麻鬼は、荒我に向けて左腕を振る。焔火ごと。その結果、突進中の荒我とブン投げられた焔火の体が衝突する。
「ガハッ!!」
当然突進中の荒我が、身長170cmもの体格を誇る焔火を避けることはできない。結構な衝突音が戦場に鳴り響いた。
「ゴホッ、ゲホッ。・・・おい、緋花!!しっかりしろ!!」
「グウウゥゥ・・・!!!」
荒我が声を掛けるも、焔火は右手を押さえたまま苦悶の表情を浮かべる。彼女の右手は、麻鬼の握力によってかなり痛め付けられていた。
「・・・その程度か?神谷の後輩なら、もう少し俺を楽しませてくれると思ったんだがな。期待外れだったか」
「テメェ・・・!!」
近くにあるコンテナに背を預け、余裕綽々といった態度を示す麻鬼に荒我は敵意を剥き出しにする。
「その様子では、神谷の奴も堕落しているかもしれんな。・・・だから、言ったのだ。風紀委員のような『偽善者』共の巣窟に身を置いて守れるもの等何一つ無いと」
「・・・・・・『偽善者』?風紀委員が・・・?」
「緋花!?」
麻鬼の言葉に、今まで苦しんでいた焔火が反応する。麻鬼は、焔火の言葉に反応し、言葉を続ける。
「そうだ。『偽善者』、あるいは『お偉方の犬』と言ってもいい。あのような堕落した組織に身を置いていれば、いずれ自滅する。
殊更『風紀委員』であることに拘り、規則をもって縛り、本当に大事なものを守ろうとしない、目を向けない、肝心な時に役に立たない!!それが、風紀委員だ」
麻鬼の言葉が、焔火の胸に突き刺さる。麻鬼がそう考えるようになった理由を焔火は知らない。だが、目の前の男が嘘を吐いているようには見えなかった。
「『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』?笑わせるな。お前達の方こそ『正しさ』というものを勘違いしてはいないか?
お前達が風紀委員の信念として与えられるこれこそが・・・お偉方からの押し付けでしか無いことに何故気付かない!?
所詮は駒を言いように扱うための見栄えのいい飾りでしか無いあの言葉に・・・どうすれば誇りが持てるのだ!?」
『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。これは、風紀委員の信念であると同時に焔火緋花の信念でもある。
麻鬼は、この自分が抱いた信念が“与えられたもの”でしか無いと言うのだ。
「その点で言えば、あの『裏切り者』は個人的には嫌いでは無い。風紀委員という枠から飛び出そうとしたあの女は、俺は嫌いでは無い。
風紀委員のままというのが残念ではあったが・・・。あれだけの制裁をその身に刻まれてもここに報復へ来るくらいだ。それなりの覚悟があるのだろう。フフッ、益々気に入った」
麻鬼の饒舌な話し振りを、もう焔火は聞いていない。ただ、気に入らなかった。神谷の元同僚で自分の元先輩と名乗る男が発した言葉を。
「・・・!!」
「お、おい、緋花・・・!!」
「ほう。まだ立ち上がるだけの気概は残っていたか」
荒我の心配の声を無視し、焔火は立ち上がる。その強烈な視線が射抜くのは・・・麻鬼。
「私は・・・押し付けられてなんかいない!!」
口から零れる激情が行き着く先は・・・麻鬼。そして・・・自分自身。
「『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』。これは、私の信念でもある!!誰かに押し付けられたとか、強制されたとか、そんなことは絶対に無い!!」
「それは、女。お前の勘違いだ。『偽善者』共からの刷り込みでしか無い」
「違う!!これは、私の心の底からの思いよ!!」
だが、麻鬼は目の前の風紀委員の言葉を否定する。これもまた・・・譲れないが故に。
「ならば、聞く。そのお前の信念とやらは、何時生まれたものだ?」
「えっ・・・?」
それは、焔火にとって予想外の言葉。
「女。お前は何時から風紀委員なのだ?」
「わ、私はまだ入りたてよ!風紀委員になって1ヶ月が経ったばかりよ!!」
「ほう・・・」
「そ、それがどうしたっていうのよ!?」
麻鬼は、焔火の返答を受けて笑みを浮かべる。
「最初の質問に対する回答がまだだな。どうだ、そのお前の信念とやらは何時生まれたのだ。答えろ、女」
「そ、それは・・・」
「答え難いか?ならば、俺が言い当ててやろう。お前のその信念は、風紀委員になって以降に生まれたもの。違うか?」
「・・・!!」
麻鬼の指摘に焔火は答えられない。その態度が答えであると麻鬼は判断する。
「女。それでは、どうやって証明できると言うのだ?お前の信念が、お偉方から押し付けられたものでは無いと、一体誰に証明できる?そんなことは・・・不可能だ」
「・・・さい」
焔火の体が震え始める。それを無視するかのように、或いは更に焚き付けるかのように、麻鬼は言葉を紡いで行く。
「女。いい加減に認めたらどうだ?『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』というお前の信念は、お前自ら見出した信念では無い。
堕落極まりない『偽善者』共に刷り込まれた“偽物”でしか無いと!!」
「・・・るさい・・・!!」
「そうすれば、お前も悟るだろう。いずれ、あの巣窟は崩壊する。そして、その時になってようやく気付くのでは遅いのだ。
さぁ、自分に正直になれ。今ならまだ間に合う。お前も・・・神谷も・・・」
執拗に自分の信念を揺さぶって来る麻鬼に・・・焔火はもう我慢できなかった。
「うるさいって・・・言ってんのよ!!!この変質者がああぁぁ!!!」
焔火は、麻鬼へ突進する。自分の耳を、心を、信念を汚すその減らず口を黙らすために。
「・・・仕方が無い。こうなれば、強硬手段でもって気が付かせてやる他無いか。フッ、“後輩”のために働くのも“先輩”の務めか」
“先輩”や“後輩”に込められた幾重の意味を、怒りに染まっている焔火には理解できない。ただ、目の前の男を叩き潰す。それのみであった。
「ハアアアァァッッ!!!」
能力で自身の身体能力を最大限にまで引き上げた焔火の、凄まじい跳び蹴りが麻鬼の顔面へ突き刺さろうとする。
「フッ」
だが、動きが一直線であるために、幾ら速かろうが麻鬼には通じない。体を捻ることでかわした麻鬼は、コンテナへ突き刺さった焔火の左脚へ向けて小針を放つ。
「グアッ!!」
自分の左脚に何本も刺さった小針の痛みに一瞬動きが鈍る焔火。その一瞬に・・・
「そらっ!!」
「ガアアアアァァッッ!!!」
麻鬼が焔火の右足を踏み潰す。その激痛に絶叫をあげる焔火の喉を、麻鬼の左手が掴み上げ、コンテナへ叩き込む。
「グアアアアァァッ!!!」
「緋花!!・・・うわっ!?」
「近付くな。近付けば・・・この女の首を俺の“剣”で刎ねるぞ?」
「くっ・・・!!」
駆け付けようとした荒我の足先に、“剣”を射出し警告する麻鬼。荒我の動きが止まったのを確認した後に、麻鬼は喉を掴まれて苦しむ焔火に向けて語り掛ける。
「俺がその気になれば、お前を殺すことは造作も無い。なのに、それをしない。何故だかわかるか、女?」
「ガハッ、グホッ・・・」
「お前こそ、まだ風紀委員となって日も浅いお前だからこそ、まだ引き返せると俺は踏む。
あんな『偽善者』共の巣窟から早く抜け出すんだ。甘言で釣り、“偽物”を刷り込むあんな組織を早く見限れ。そうすれば、お前も本当の信念をいうものを見出せるだろう。俺のように」
麻鬼の右手から発生している“剣”が、焔火の左頬に触れる。血が・・・一筋流れる。呼吸困難状態の焔火の目が虚ろになり始める。
「カハッ・・・ハッ・・・」
「さあ、お前も本当の正義に目覚めるのだ。誰に強制されたわけでも無い、真実の正義を・・・」
「・・・うるせぇよ・・・!!」
一方的な会話。そこに割り込むのは・・・“剣”による警告を無視して麻鬼達に向かって歩き出す男。名は
荒我拳。
「・・・何か言ったか、『裏切り者』?」
「あ・・・ら、が・・・」
「テメェに緋花の何がわかるってんだ!!」
麻鬼の殺気に、しかし荒我は怯まない。
「ほう。ならば、お前にはこの女のことがわかるとでも言うのか?」
「緋花はな・・・俺のような碌でも無ぇ人間を、喧嘩しか能が無ぇこんな俺のちっぽけな意地ってヤツを認めてくれるんだよ!!
普通なら軽蔑や偏見の一つ二つざらにあるってのによぉ・・・緋花は曇り一つ無ぇ目ン玉で見てくれた!!認めてくれた!!」
荒我は、いつかの屋台での光景を思い出す。そして、倉庫を後にした今日のことも。
「『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』って言ってよぉ、俺が救済委員でバレた後もちゃんと見てくれた!!救済委員ってモンに縛られずに!!俺個人を!!
テメェなんかにグダグダ言われる前によぉ、もうとっくにそれは緋花の信念になってんだよ!!わかったか、クソ野郎!!!」
荒我は、腹の底から声を出して吠える。自分を認めてくれた人間に応えるために。
「俺からしたらよぉ、テメェの方が風紀委員ってヤツに縛られている風にしか見えねぇけどな。テメェに人のことが言えんのか、あぁ!?」
「・・・どうやら、死にたいようだな。いいだろう、望み通りに殺してやる」
荒我の挑発に、無意識に声が低くなる麻鬼。今彼の頭の中には荒我に対する敵意しか無い。だから、気が付かない。自分が掴んでいる目の前の少女の・・・戦意が戻った瞳に。
「ガアアアアアァァァッッ!!!!」
「グハッ!!!」
焔火から電撃の槍が飛ぶ。油断していた麻鬼は、電撃の直撃を受けて倒れ込む。その隙に、這いずりながらもその場から動こうとする焔火に荒我が駆け寄り、抱きかかえる。
「大丈夫か、緋花!?・・・すまねぇ、俺に力が無ぇばかりに・・・」
「そ、そんなこと無いよ。だって、荒我のおかげで・・・私・・・」
「・・・くくっ。これは、手痛いしっぺ返しを喰らったな」
「「!!」」
荒我と焔火が振り向くと、そこには焔火の電撃を受けながらも立ち上がる麻鬼の姿があった。
「嘘・・・でしょ?確かに槍は直撃した筈なのに・・・!!」
「くそっ・・・!!」
「確かに直撃はしたが、威力が落ちていたようだな。まぁ、あれだけの危機的状況下で全力を振り絞れるわけが無いがな。俺達の能力は、全て演算によって成立しているのだから・・・む?」
まだ戦えると宣言する麻鬼は気付いた。それは、荒我や焔火も遅れて認識する。
「上空の光が・・・」
「消えた・・・?」
荒我と焔火はそれぞれ言葉でもって戦場の異変に言及する。今まで戦場を広範囲に渡って照らしていた上空の光源が全て消滅したのだ。
「(・・・あれは)」
麻鬼は、光源が消滅する前にあることに気が付いた。気が付き、推測し、そして・・・“剣”を消滅させる。
これ以上の戦闘継続を望まないとでも言っているかのように、麻鬼は荒我達に背を向ける。
「テメェ・・・一体どういうつもり・・・」
「外せない用事ができた。お前達を相手にする時間が惜しいくらいの・・・な」
麻鬼は振り返らない。振り返らないまま、言葉を漏らす。
「・・・頑固な所も神谷によく似ている。“先輩”の背中を見て“後輩”は育つというのは、あながち間違いでは無いのかもしれんな。
そもそも、この短い戦闘で考え方を改めさせるというのに無理があったな。・・・いずれ実感する時が来る。それを待っても遅くはないか」
「わ・・・私は・・・!!」
「女。今のお前の言葉に力は無い。何故ならこの俺の信念に、正義に、お前は抗い切れなかったからだ。それが、紛れも無い事実。違うか?」
「・・・!!」
「『裏切り者』が幾ら吠えようが、現実は変わらない。俺に圧倒されたという現実はな。・・・現実に抗いつつも己が信念を貫き通したいのならば、それに見合うだけの力が要る。
女。今のお前にはそれが無い。俺の言葉に迷い、移ろい、ブレてしまったお前の信念に・・・貫き通す価値は無い。よくよく考えることだ。後悔する前に。
それまでは・・・生かしておいてやろう。では、さらばだ。俺の“後輩”」
そうして、麻鬼は去って行った。殺すことができた“後輩”と『裏切り者』をあえて生かしたこと、それこそが麻鬼が突き付けた荒我と焔火にとって容赦無い現実であった。
「本当に大丈夫か、緋花?」
「意識はハッキリしてるよ。ただ、足をやられちゃってるから・・・動けないな」
麻鬼が去った後、荒我は焔火を比較的安全な場所へ運んだ後に彼女の状態を確認していた。負傷箇所で特に酷いのが、両足と右手であった。
「今の私は、荒我や斬山さんの足手まといにしかならないから・・・行って」
「緋花・・・」
「このままやられっぱなしっていうのは気に食わないじゃない?荒我だってそうでしょ?だから・・・行って。斬山さんも荒我の力が要るかもしれないじゃん。だから・・・ね?」
焔火は荒我の体を押して、戦場復帰を急かす。その勢いに押され、荒我は斬山の助勢に向かう。そして、1人になった焔火は、改めて自分の体を見渡す。
「はぁ・・・。こりゃ、ゆかりっちに怒られちゃうなぁ。先輩達にも叱られるかも。そもそも私って非番だったんだし。『何勝手な行動取ってんだー!!』って・・・怒ら・・・れ・・・」
次第に言葉が途切れ途切れになって行く。
「る・・・な・・・。あ、れ・・・?わ、たし・・・な、に泣いて・・・るの?ま・・・負ける、こ、となんて・・・今、まで、にも・・・あった、のに・・・」
焔火は自分が何時の間にか涙を流していることに気付く。
「・・・!!わ、たしって・・・私、の信念って・・・“偽物”なの、かな?価値が・・・無い、のかな?」
麻鬼の言葉が焔火の心を重くする。自分は麻鬼に勝てなかった。自分を否定するあの男に。それどころか手加減され、あまつさえ生かされた。
「私達って・・・『偽善者』なの?・・・わからない。わからないよぉ・・・」
焔火は、痛む脚を抱きかかえながらすすり泣く。風紀委員になろうと決めた自分の決断は、自分が抱く信念は本当に正しかったのか?それが、今の焔火にはわからなくなっていた。
「・・・ったくよ。人を急かしといて自分は泣き崩れるのってどうよ。急かされた俺が馬鹿みたいじゃねぇかよ」
「えっ・・・」
そこに居たのは、焔火が急いで送り出した筈の荒我。彼は、焔火の泣き顔を見てすごく嫌そうな顔をしていた。
「もしこのことが斬山さんに知られたら、『拳は女心が読めない残念な男だな』ってずっと言われまくるぜ?勘弁してくれよ、緋花」
「あっ、これは・・・その・・・」
顔を赤くした焔火は、両腕で涙を拭う。荒我に泣いている所を見られて恥ずかしくなっているのだ。
ポン!
「荒我・・・?」
「あんな野郎の言うことなんざ気にすんな。あいつにお前の何がわかるってんだ。あいつだって、結局は自分の物差しでしかお前を測れてないんだぜ?」
焔火の頭に手を置く荒我。その大きな手が、焔火の黒髪を撫でる。
「俺だって、お前のことは俺の物差しで見てっから間違ってる部分ってのはあると思う。あいつは現実云々言ってるけど、ようするに自分の考えを押し付けてるだけだ。
それは別に悪いことなんかじゃねぇ。俺だってガンガン言いまくってるし、それで斬山さんに押し掛けたりしたしな」
「荒我・・・!!」
「だからよ、緋花。お前もガンガン言ってやれ。あんな野郎の言葉に負けてんじゃ無ぇよ。
俺もお前も、実際の喧嘩じゃあいつに負けちまったけどよ。それでも・・・この心(ハート)だけは意地でも屈しないって姿を堂々と見せ付けてやろうぜ」
荒我の力強い言葉。倉庫で麻鬼と対峙した時も、命の危機を迎えてさえ自分を貫き通した荒我だからこそ、価値がある信念の篭った言葉。
「うん・・・!!うん・・・!!!」
焔火は、荒我の言葉に何度も頷く。その姿を見て、荒我もようやく安堵する。
「よしっ。それじゃあ、斬山さんを探すか!こっから何をするにしても、斬山さんと合流した方がいいし。さっきからケータイが繋がらねぇのが少し心配だけど」
「う、うん・・・そうだね」
「そんじゃあ乗れ、緋花!」
「えっ?」
見れば、荒我が腰を落として手招きしている。ようは、おんぶすると言っているのだ。
「また1人で泣かれるのはご免だからな。さっさとしろ!!」
「で・・・でも・・・」
「ん?何だよ?何か問題でも?」
荒我は焔火に怪訝な視線を向ける。焔火は、顔を俯かせながら小声で喋る。
「わ・・・私ってその・・・大きいし・・・お、おも、重いかも・・・しれ・・・」
「あぁ?そんなモン気にしてる場合かよ。今は戦場真っ只中に居るんだぜ?それに、さっきお前の肩を担いでここへ運んだじゃねぇか。もう忘れたのかよ?」
「い、いや・・・忘れたわけじゃないんだけど・・・」
焔火は顔を真紅に染める。肩を担ぐのとおんぶとでは、何か変化があるのだろうか。荒我にはサッパリわからない。
「それじゃあ、さっさとしろよ!お前の体重なんか問題無ぇよ!何せ、俺は日々鍛えてるからな。主にステゴロで」
「そ、そう。・・・それじゃあ・・・お願い、荒我」
「おう!」
すったもんだの末に、ようやくおんぶを了承した焔火が荒我の首に腕を交差させる。そして、荒我が焔火をおんぶし、立ち上がる。
「だ、大丈夫、荒我?」
「全然問題無ぇよ!(うん?何か背中にムニュムニュ押し付けられている感触があるな。何だ、コレ?)」
2人がこれから向かうのは斬山の所。暗闇に染まったこのターミナルで人1人を探すのは困難だがやるしか無い。歩き始める荒我。
「(む?やっぱ変な感触だ。歩く度に弾む感触みたいなものが・・・。一体緋花の何が・・・・・・!!!!)」
「ん?どうしたの、荒我?急に立ち止まったりしちゃって?やっぱり・・・重かった?」
「・・・イヤ、ゼンゼンモンダイネェヨ。ウン、モンダイナイ、モンダイナイ」
「・・・何でカタコトになってんの?」
疑問符を浮かべる焔火からは、彼女の大きな胸が自分の背中に当っていることにようやく気付いた荒我の赤面は見ることができない。やはりこの男、色んな意味で残念な男である。
continue!!
最終更新:2012年12月15日 01:07