「(似てる・・・?あたしが・・・?桜と・・・?)」
「(うん、似てる。さすがは血の繋がった姉妹だね)」
林檎が立ち止まる。それに釣られるように界刺も足を止めた。
「(じょ、冗談キツイな~、お兄さん。あたしの何処が桜なんかと似てるって言うのさ~?)」
「(自分に自信が無いとこ。そのくせ強がるとこ。自分の価値を他人の評価に求めるとこ。)」
「(・・・!!)」
無理矢理笑顔を作りながら話し掛けてくる林檎に、界刺は容赦無い言葉をぶつける。
「(君の言う自分より上の人間には愛嬌を、自分より下の人間には蔑みをってのは、ようは他人の評価を自分の価値に直結させているってことだろ?
愛嬌を振り撒くことで自分を評価してもらい、蔑むことで自分の価値を確認する。あのお嬢さんの場合は、また違ったアプローチだったけど)」
「(な、何でそんなことが、今日会ったばかりのお兄さんにわかるんだよ!?)」
「(わかるって言うか、唯の感想なんだけどね。大きい方のお姉さんに、君言ってたじゃん?『あたしも役に立ちたいんだ。さっきは・・・全く役に立てなかったから』って。そっから)」
「(!!そ、それは・・・)」
林檎は動揺する。確かに、自分は界刺に素の自分を見せた。本音も話した。しかし、たかだか分単位の会話である。
それだけで、この男は林檎の内面に容赦無く切り込んで来た。碧髪の男は・・・林檎自身ですら気付かなかったことまで抉り出す。
「(ここ最近、君のお姉さん・・・
春咲桜と一緒に行動を共にしたことで、少しは彼女についてわかったつもりなんだけど、君はそんな彼女にそっくりなんだよな。
自分の本音を誰にも打ち明けられない。自分に自信が持てない。自分に素直になれない。まだ他にもあるけど・・・聞きたい?)」
「(・・・聞きたくない)」
「(俺の知り合いにもね・・・居るんだよなぁ。癇癪ばっか起こすへそ曲がりがさぁ。君やお嬢さんは、そいつにも似てる部分があるなぁ)」
界刺は、立ち止まったまま上空を見上げる。今はここに居ない仲間を星空に思い浮かべるように。
「(どうして、素直になれないもんかね?俺なんか、いっつも自信満々でファッションとか見せびらかすぜ?流行させるくらいの勢いで!)」
「(・・・あのセンスで?少しは周囲とズレているとか思わないの?自分のセンスを疑わないの?)」
「(疑ったりなんかするもんか。そりゃあ、おかしい部分とかあったら直すくらいはするけど、周囲の評価なんて個人差ありきだろ?そんなもん一々気にしてられっか。
そんなもん気にしている暇があったら、新しいファッションを考えた方が何倍もいい。もし気にしたとしても、それで俺の“根本”がブレることは無いな、うん)」
「(・・・)」
界刺の言葉を理解した林檎は、目の前の男を羨ましいと思った。自分なんかいっつも周囲の顔色ばかり窺って、猫を被って、ウサ晴らしして。
必死に自分の価値や立ち位置を確かめようとしているのに、この男は林檎にとって重要な周囲の評価を全く気にしていないのだ。つまり・・・
「(お兄さんは・・・持っているんだね。あたしには無い・・・『確固たる自信』ってヤツを)」
「(人並み程度にはな)」
「人並み程度」。そんな何でもないような口振りで話す男が、自分が未だ持つことのできない『確固たる自信』を持つ界刺が、林檎はすごく羨ましかった。
そして・・・気付いてしまった。己の感情に。界刺に抱く感情に。
「(・・・そんな『確固たる自信』が無いあたしが・・・桜に似てるの?)」
「(うん、似てる。というか、似てたと言った方が正しいかな)」
「(えっ?)」
自分が抱く感情を後押しするかのうように、界刺の口から致命的な言葉が零れる。
「(あのお嬢さんは、今回の件で成長した・・・と思う。まだまだ不安定な所はあるけど。
それでも自分の足で立ち上がれるようになった。きっと、自分自身を認め始めているんだろうね)」
「(そ、それって・・・)」
「(自分を信じる。つまり、自信を持ち始めたってこと)」
「(!!!)」
それは、林檎にとって衝撃的な言葉。致命的な事実。未だ自分が持ったことの無い自信を、よりにもよって自分より劣る筈の姉―春咲桜―が持ち始めたという現実。
「(だからさ、君もお姉さんに負けてられないよ。まぁ、自分に自信を持つってのは、誰かから教えられるようなことじゃ無いけど・・・ね)」
界刺の檄を、しかし林檎は聞いていない。そんなことよりも。
「(ねぇ・・・お兄さん。桜はさ、自信を持ち始めたんだよね?)」
「(そうみたいだね。これも俺の感想でしか無いけど)」
「(そんでもって、お兄さんも『確固たる自信』を持っているんだよね?)」
「(さっきも言ったけど、人並み程度には。それが?)」
俯く林檎に界刺は怪訝な視線を向ける。界刺からは“見ることができない”その顔は、界刺に嫉妬の感情を抱いてしまった林檎の表情は、酷く歪んで・・・そして笑っていた。
それは、あのバイキングで界刺が目にした、俯く春咲桜が浮かべていた表情とよく似ていた。
「(じゃあさ・・・この林檎ちゃんがお兄さん達の自信をぶっ壊してあげるよ!!!)」
「(!?)。ガアアアアアアアァァァァッッッ!!!!!」
林檎は、界刺と繋いでいた念話回線を『音響砲弾』の本来の真価である大音量による攻撃回線に切り替える。
頭に響き渡る大音量に、界刺はその場に蹲る。その姿を見て、林檎は余裕の無い笑みを浮かべる。
「ほらほらほら!!!どうした、さっきまでのスカした態度はよぉ!!!幾らお兄さんでも、あたしの『音響砲弾』には勝てないか!!プッ!!なっさけねぇな!!!」
「ガアアアアアアアァァァァッッ!!!!」
林檎は嫉妬した。界刺に。そして、春咲に。自分には無いものを持っている、あるいは持とうとしている人間に。
どうして自分には無いのか。どうして自分には持てないのか。どうして・・・自分は置いて行かれるのか。
「くそっ、くそっ!!ふざけんじゃ無ぇよ!!どいつもこいつも自信タップリ加減を見せ付けやがって!!こっちは、猫被ってまで必死になって手に入れようとしているのによ!!!」
「グアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」
そう。自分より上と認める人間に愛嬌を振り撒くのも、自分より下だと判断した人間を蔑むのも、全ては自分を、自分の価値を確立するため。
自分自身を偽ってまで猫被りを続ける少女は・・・『確固たる自信』を持つための、これ以外の方法を知らなかった。否、知ろうとしなかった。
能力の強度というわかりやすい物差しを安易に頼った、それは彼女の甘さ。
「お兄さんの言う通り、あたしはこんなんだよ!!誰かに褒められたい!誰かに認めてもらいたい!!誰でもいい!!あたしを、あたしに自信を持たせて欲しい!!!
だから、猫被りすんだよ!!だから、素の自分を出さないんだよ!!自分を認めて欲しいから!!
そのためだったら、幾らでも愛嬌を振り撒いてやる!!幾らでも蔑んでやる!!暴力を使ってでも!!!」
「グホッ!!ガハッ!!アアアアアアアァァァァッッ!!!!」
林檎は、『音響砲弾』で蹲って動けない界刺に蹴りを何度もぶち込む。レベル4の人間を自分1人の手で叩き潰す。
同レベルの能力者と今まで戦闘経験の無い林檎にとって、界刺に暴力を振るうのはある種の快感を覚える行為だった。
「あぁ・・・。こういうのってすごく気持ちいいなぁ。優越感ってヤツ?雅艶さん達があんなに警戒していたお兄さんを、この林檎ちゃんが簡単に捻り潰す。
んふっ。最高に気持ちいい!!!いいストレス解消法を知れたなぁ。桜の奴はてんで才能が無い落ちこぼれだからつまんなくてさぁ」
林檎は、先日春咲を相手に試したストレス解消法を語り始める。
「グウウウウウウゥゥゥッッ!!!!」
「あっ!でもこの前はちょっと楽しかったなぁ。えっ、どうしてかって?フフッ、そりゃあ何たって、この林檎ちゃんのアイデアだったからに決まってる。ブイ!!
その時はね、あの落ちこぼれが夜中にコソっと帰って来たもんだからさぁ、罰ゲームの意味を込めて桜の体に“血文字”を刻んでやったんだぁ。このカッターナイフを使ってね。
胸に、お腹に、わき腹に、太ももに色んな文字を刻んでやったんだよ。あの時の桜の悲鳴と苦痛に歪んだ顔・・・すっごく面白かった!!
まぁ、今日の制裁はそれ以上だったけどね。あの血塗れの桜の顔、ボコボコにされた桜の体、見ててすっごく興奮した。『もっと!もっと!!』って思ったよ。
だからさぁ・・・今度はあたし1人で制裁してあげる。もちろん、桜をね。その育ち始めてる自信ってヤツを・・・全部粉々にするためにね」
林檎は、春咲を切り刻んだカッターナイフを手に転がし、後ろを振り返ろうとする。
「さぁて、そんだけ頭の中をかき回されたらお兄さんお得意の光操作もオジャンだよねぇ。これで、雅艶さん達の役に立てる。これで、峠さんの空間移動能力も復活する。
結果は・・・過激派の皆による穏健派の返り討ち。んふっ!だって、今ターミナルを照らしてる光源はもう消えて・・・」
キラッキラ
「えっ・・・?な、何で?どうして消えないの!?」
振り返った林檎は愕然とする。何故なら、ターミナルを照らし尽くす幾つもの光源が今尚光り輝いていたからだ。
光学系能力で作り出された光源が。その能力者である界刺の演算能力を妨害しても。
「ハハッ。ハハッ・・・。ハハハハハッッッ!!」
「!!」
林檎の耳に、『音響砲弾』で頭がガンガン痛む界刺の笑い声が聞こえて来た。ちなみに、『音響砲弾』による攻撃は中断している。
理由は、林檎が光源健在に驚愕したことによる攻撃に係る演算を中断してしまったのと、その笑い声を発する碧髪の男に自分の目に映る光景について問い質したかったからだ。
「い・・・一体これはどういうこと!?何であの光源は消えないの!?あたしの『音響砲弾』でお兄さんの演算能力をメチャクチャにしたのに!?」
「ハハハハハッッッ!!・・・林檎ちゃん。君は1つ思い違いをしているよ?」
「えっ?お、思い違い・・・?」
ついさっきまで『音響砲弾』を喰らわされた林檎に、何時もと変わらぬ口調で界刺は話し掛ける。その“異様”さに、林檎は恐怖を覚える。
何故この男は、自分をこんな状態に追いやった相手に平然と話し掛けられるのか?林檎には理解できない。
「確かに俺は光学系能力者だ。あれくらいの光源なら、幾らでも生み出せるさ」
「だ、だったら、何で・・・!!」
「でもね・・・あの光源を生み出したのが“俺”だなんて、俺は一言も言ってないよ?」
「!!!」
林檎は驚愕する。今まで上空に浮かぶ光源は、界刺の仕業だと考えていた。それは、林檎のみならず過激派共通の見解であった。だが、その見解が前提から崩される。
「(何・・・だ・・・と!?あの光源は奴の仕業じゃ無い!?ハッ!!ま、まさか・・・!!)」
林檎と界刺のやり取りを、念話回線を通じて聞いていた雅艶は驚愕すると共にある可能性に気付く。今まで自分が見落としていた可能性に。
(界刺の実際の言葉については林檎が聞いた内容をそのまま雅艶に伝え、念話部分については界刺―林檎―雅艶という回線が繋がれていた。
もちろん、界刺は雅艶と念話不能。逆も同様。林檎が中継していたという形である。)
「(雅艶さん!?こ、これは・・・)」
「(あの光源はその男の仕業では無い。奴以外にも、穏健派の中にレベル4の光学系能力者は居る!!)」
林檎の念話による問いに、雅艶はその名を呼んで答える。
「(『分裂光源』という、光のコピーを作成する光学系能力者・・・啄鴉という男がな・・・!!!)」
ここは、
金属操作と激戦を繰り広げたコンテナ群の、丁度その中の1つに乗って休憩している啄・ゲコ太・仲場の3名。休憩と言っても、傷の手当等で忙しいが。
「しっかしまぁ、『界刺の』作戦がうまく嵌ったって感じかな?あぁ、疲れた。あの2人も、無事ここから脱出できるといいけど・・・」
「それを判断するのはまだ早計だ。まだ、この戦場は収まっていないぞ、志道?」
「そりゃそうだけど・・・。あっ、そうだ。鴉よぉ、その『望遠機能付き』のサングラス、俺にも貸してくれよ。どんなもんなのか、一回見てみたいぜ」
「拙者も仲場と同じ思いでござる!師匠、そのサングラスなる物、後学のために拝借させて頂けませぬか?」
「駄目だ!これは、俺の暗黒闘気を高めるために界刺から譲り受けたのだからな!!」
「えぇ~!!」
「殺生な~!!」
啄の無慈悲な宣言にゲコ太と仲場が残念がる。実は、この3人組の中心である啄鴉こそが、今回勃発した穏健派VS過激派の全面戦争における穏健派側のキーパーソンであった。
『
峠上下。この女の子の空間移動能力を何としても封じないと』
あの公園で、界刺が放ったこの言葉。暗闇でなら高レベルの空間移動能力を発揮できる峠上下の封じ込め。
その為に戦場に幾つもの光源を浮かべる。それだけの光源を作り出せるのは、穏健派側においては界刺しか居なかった。
だが、過激派側が光源発生後に取る対処の1つとして、『界刺を無力化する』という選択肢を取る可能性は十分にあった。
『
シンボル』のリーダーである界刺は、過激派側にとっても要注意人物に違いない。戦力を界刺へ振り向けてくる可能性も、状況次第では十分にあった。
『光源を上空に発生させるのは俺じゃ無くて啄、お前だ』
故に、界刺は2段構えの作戦を提案する。予め界刺が発生させた光源を啄がコピーし、戦場では啄が発生させる。
もし、啄が光源を維持できなくなっても、その時は界刺が新たな光源を発生させる段取りになっていた。
もし過激派側が、最初に発生させた光源の主を界刺と判断すれば占めたもの。界刺を戦闘不能にしようが、光源は何時までも浮かんだままだ。
『その作戦では・・・俺は前面には出られないな』
この作戦上、啄は戦闘の前面に出ることはできない。早々に啄が戦闘不能になれば、作戦の意味が無い。そのため、金属操作戦では戦闘が佳境になるまでは後方で待機していたのだ。
その代わり、啄には穏健派側が戦場で行動しやすいように、花多狩に代わる指揮官的役割が宛がわれた。
『後方で待機してるんだから暇でしょ』
『俺には花多狩女史のような才覚は無い』
上は花多狩、下は啄の発言である。啄としては自分にそのような才覚は無いとのことだったが、それを翻意させたのは界刺と花多狩の説得であった。
界刺は、
十二人委員会の1人として『閃天動地』『閃劇』開発に啄等と共に関わった際に、啄の戦術的センスを見抜いていた。
それは、何時かのスキルアウト討伐の際に『閃天動地』を駆使して敵を撹乱した働きからも十分に感じ取れた・・・それは啄鴉の才覚。
実は、花多狩も以前から啄に指揮官的才能があることに感付いていた。いざという時にしか発揮できないのが残念過ぎるとも考えていたが。
『では、その戦場を俺の新必殺技「閃劇」のお披露目の舞台とする!!』
ともかくとして、界刺と花多狩の説得によってやる気になった啄は、界刺の提案を踏まえ完成させた『閃劇』の有効活用を思い付いた。
今回用いられた『閃劇』、つまり光のコピーは『閃天動地』という名の電飾が付いたマスク及びスーツであった。
外付けの機械で電飾を任意に点灯させることができるその特殊スーツのコピーを、啄は戦場における連絡用として用いることを提案した。
『赤の点灯は「ここに敵が居る」。青の点灯は「ここに仲間が居る」。緑の点灯は・・・』
啄の『分裂光源』は、コピーした時間の“長さ分”だけの光を自在に操作することができる。例えば、光の点灯や消灯といった具合に。
戦場では、自分の声が敵に気付かれる要因になる可能性がある場所である。携帯電話も同様に。メールを打つ場合は、隙やタイムラグといった問題も発生する。
それを解決ないし改善するための策が、『閃劇』であった。だが、『閃劇』=『分裂光源』は啄が知覚できる範囲でしか操作することができない。例えば・・・視力とか。
『そんじゃあ、これを使った方がいいな。俺の親友が最近眼鏡やサングラスに凝っててさ。これは、その親友から貰ったヤツ』
この問題を解決したのが、界刺から手渡された『望遠機能付き』のサングラスであった。
界刺の親友なる人物―不動―から貰ったというそれは、300m先までを望遠距離に収める特殊サングラスであった。
これを掛けることによって広範囲に渡る戦場把握と『閃劇』の操作範囲拡大を両立させた啄は、コンテナ上からこの戦場を見渡し、時には『閃劇』にて指示を出す司令塔となった。
ちなみに、金属操作が最初に見た啄は『分裂光源』によるコピーであり、それを操作する啄自身は200m以上も離れたコンテナ上に居た。
金属操作戦でも、後方から特殊サングラスと『閃劇』の併用で、金属操作を大いに惑わせた。何を隠そう、今回の全面戦争における影の立役者は啄鴉その人であった。
「まぁ、そんなことはどうでもいいけど」
林檎の『音響砲弾』によって今尚頭に激痛が走る界刺は、何とか体を起こしその場に座り込む。
「ねぇ、林檎ちゃん。こんなことを言うのもあれだけど・・・君があのお嬢さんにしたことなんか、俺にとってはどうでもいいことなんだよ」
「えっ・・・?」
林檎は、目の前に座り込んでいる男の発言に虚を突かれる。
「そりゃあ心情的にはムカつくし、腹も立つけど・・・結局はそれって君とあのお嬢さんの問題なわけだし。
もし、俺が無条件にあのお嬢さんの味方だったらさ。今こうして君と暢気に歩いてないって。君達の発言に怒り来るって、今頃はお嬢さんと一緒に・・・君達と戦ってるって」
「お、お兄さんって・・・一体誰の味方なの?何のためにここに居るの?」
界刺の言葉に益々頭が混乱する林檎。一体この男は何のためにここに居るのか。
「あれっ?言わなかったっけ?俺のスーツを燃やされた借りを返しに来たんだよ。あ、でも林檎ちゃんって過激派の救済委員じゃ無いんだよなぁ」
「だ・・・だったら・・・」
戦う理由は存在しない。そう発言しようとする林檎に先んじて界刺が言葉を放つ。
「そんじゃあ・・・君には“お嬢さんに応えるため”の総仕上げに付き合ってもらおうかな」
「!?」
界刺の目付きが変わる。視線が鋭くなる。纏う雰囲気が・・・一変する。
「さ、“桜に応えるため”?」
「そう。“俺が見極めるため”とも言い換えられるけど」
界刺は痛む頭を無視して立ち上がる。林檎は、すぐさま『音響砲弾』による攻撃を再開しようとするが・・・
「もう、それは俺には効かないよ」
「えっ!?」
界刺の衝撃的発言に、思わず能力行使を中断してしまう。
「あのお嬢さんはさ、前に俺に向かってこう言ったんだ。『無能力者やレベルの低い能力者の気持ちを知ろうとすらしない奴なんて生きる価値無し』ってね」
「い、生きる価値無しって・・・」
厳密には言っていないが、春咲は似たような趣旨の発言をしている。そして・・・それは界刺の心に刺さっていた。界刺が自分の目で見極めたいと思う程に。
『さっきもそう・・・「身の程を弁えろ」?「自分の才能を見極めて行動しろ」?あなたに・・・あなたみたいな高位能力者に私の何がわかるって言うんです!!』
「だから、俺はお嬢さんと共に救済委員になった。お嬢さんの言っていることが正しいのか?それとも間違っているのか?それを見極めるために・・・俺はここに居る」
『あなたみたいな能力者がいるから!!無能力者やレベルの低い能力者が反発するんです!!「どうでもいい」?あなたは・・・傲慢です!!』
「お嬢さん曰く、無能力者の気持ちは俺みたいな高位能力者にはわからないそうだ。だったら、俺はどうやってわかろうとすればいい?答えは至って単純だ」
『ええ・・・嫌ですよ。嫌に決まってるじゃないですか!!私の周りはレベルの高い人ばかり!!私だけが、私のレベルだけが低い!! 何で私なの!?何で私だけなの!?』
「つまり、こういう高位能力者達が跋扈する戦場で『能力を一切使わなければ』、高位能力者だろうが無能力者との違いは無い。そうだろ、林檎ちゃん?」
「!?えっ・・・えっ・・・。ま、まさか・・・お兄さんって・・・」
「うん。俺は、この戦場では『能力を一切使っていないよ』?でなけりゃあ、さっき林檎ちゃんから喰らった『音響砲弾』に対してもう少しマシな対応してるって!
例えば、閃光で目を眩ませて演算中断とかさ。・・・わかったかい、林檎ちゃん?これが、“お嬢さんに応えるため”に下した俺なりの筋ってヤツだ」
「・・・!!!」
林檎には、界刺が取った行動が理解できなかった。凶器や能力が跋扈する戦場で、高位能力者がその能力を一切行使せずに飛び込むその行動を。
幾ら春咲に応えるためと言っても、幾ら無能力者の気持ちを知るためとは言っても、それは余りにも無謀な行動だと林檎は判断せざるを得なかった。
「じ、自殺行為だよ、それって!!」
「いんや、違う。自殺ってのは俺がすごく嫌いな行動だし。それに・・・俺には“保険”がある。あ~、あんまり使いたくなかったんだけど、しゃーねーか。
確かに、無能力者(これ)はキツイなぁ。あのお嬢さんの言った通りかもしれねぇ。こりゃあ、俺の“根本”にある考え方をちょっと見直す必要があるな、うん」
「ほ・・・“保険”?」
「そ。さっき君や以前のお嬢さんに似てるって言ったへそ曲がりのスネ虫に掛けてもらった“保険”さ。あいつも、お嬢さんみたいにいい方向に変化して行ってくれるといいんだけど」
界刺の口から出た“保険”という単語に、何故か林檎は身震いした。
「林檎ちゃん。これは、俺からの忠告だ。君とこうして接した・・・俺と君がぶつかり合ったからこその忠告だ」
「えっ?」
界刺は、最後になるであろう林檎との会話に今の自分の思いを込める。
「自信を身に付けたいんなら・・・逃げるんじゃない」
「!!」
「月並みな表現でしかないけど・・・こればかりは、自分でぶつかって、跳ね返されて、ぶつかって、傷付いて、ぶつかっての繰り返しだ。
時には大きな挫折も味わうと思う。時には、酷く落ち込むこともあると思う。でも・・・逃げるな。ぶつかることでしか・・・自信は身に付けられない。
あのお嬢さん・・・春咲桜もぶつかって、傷付いて、それでも逃げずにぶつかって行ったから自信が身に付き始めている。君も一緒だ。ぶつかって行け。絶対に逃げるな。
今回は特別サービスだ。俺が君を、無能力者(のうりょくをつかわないおれ)が高位能力者(のうりょくをつかうきみ)の傲慢をへし折ってあげよう!!」
そうして、界刺の口からある言葉が放たれる。それは・・・合言葉。自身が信頼を置く仲間が掛けてくれた“保険”を発動させるための、それはトリガー。
「Nobody but you」
『シンボル』の“参謀”
形製流麗の『分身人形』によって界刺に掛けられた“保険”とは―
『1分間、自身が感じる痛覚を一切無視し、己に危害を及ぼした人間を全力で殴り倒す』
春咲林檎にとって短くも長い1分間の地獄(せいさい)が・・・幕を開ける。
「ハァ・・・ハァ・・・。羽香奈ちゃん、大丈夫?」
「ハァ・・・ハァ・・・。大丈夫。ハァ・・・ハァ・・・」
ここは、ターミナルを出た所の車道。農条と羽香奈は、戦場であるターミナルから脱出した後に、この車道に沿って走っていた。
「な、何とか脱出できた。啄に感謝ってね!」
「・・・確かに」
実は、農条達はターミナルを脱出しようと走っていた途中で、金属操作との戦いが終わった後の啄達と偶然出会ったのである。
農条達は、啄達にここから脱出する旨を伝えると、啄が『閃劇』による誘導を行ってくれたのである。そのおかげか、農条達は迅速にターミナルから脱出できた。
「ん?あれは・・・界刺!おーい!!」
「えっ?」
そんな農条達の視線の先に、車道に俯いて座っている界刺の姿があった。農条は、己が仲間に声を掛ける。
「どうした、界刺~?そんな所でへたり込ん・・・うわっ!!ど、どうしたんだ、この娘?」
「・・・林檎・・・ちゃん・・・!!」
農条と羽香奈が目にしたのは・・・界刺の隣に倒れている林檎。その顔や体は血に塗れていた。見ると、激しい殴打の形跡がはっきりと見て取れた。
「おい、界刺。・・・お前がやったのか?」
「・・・みたいだな。おかげで、頭がクラクラするわ、ジンジン痛いわで立つこともおぼつかねぇよ。やっぱ、能力使えないってのはキツイわ(ボソッ)」
「・・・何だそりゃ?林檎・・・ちゃんの台詞じゃね?そのボコボコにされた的な台詞は」
―地獄(せいさい)において、林檎から『音響砲弾』最大出力を頭に叩き込まれながらも“保険”で乗り切った―界刺の言葉に農条は訝しむ。
確かに界刺も至る所に傷跡が散見されるから、結構な激戦だったのは理解できる。理解できるが・・・そう戸惑ってしまう程に、林檎の惨状は酷いものであった。
「それより・・・その感じだと、ターミナルから脱出するみたいな流れ?」
「あぁ、そうだ」
「そんじゃあ、林檎ちゃんのこと頼むわ。このまま放っておくわけにもいかねぇし。第7学区に腕のいい医者が居る病院がある。前に食あたりで世話になった所なんだけど。
今日はそこが深夜の当番みてぇだから、そこに行けば何とかなるだろう。今からその地図をお前の携帯にメールするから」
「あぁ、そこなら知ってるってね。何かカエルみたいな顔をした医者の居る病院だろ。前にゲコ太が『リアルゲコ太がー!!』とか叫んでいたのをよく覚えてるってね」
「そうか。なら、ついでに他の連中で怪我してる奴等にそこへ行くように折を見てメールしといてくれよ」
「わかったってね。・・・界刺はどうすうの。見るからに辛そうってね」
「俺は・・・ターミナルに戻るわ。俺個人的な理由もあってね」
そう言って、界刺は痛む体をおして立ち上がる。農条は止めない。ただ、檄でもって界刺に応える。
「・・・わかった。界刺!絶対に死ぬんじゃ無いってね!!後で・・・旨いモンでも食いに行こうぜ!!打ち上げ的に!!」
「あぁ・・・。楽しみにしとくぜ・・・!!」
2人の男が互いに言葉を交わし、別々の道を歩いて行く。1人は2人の少女と共に。もう1人は、“見極める”ために戦場へ戻って行った。
continue!!
最終更新:2012年05月26日 00:19