FileN ダイヤモンドよりも堅い意志
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!! 待ちやがれそこのアフロァァァ!!」
風輪学園の校舎で無駄に騒がしい男の声が響き渡る。
雄叫びを上げる男の両手にはススのようなものがついたグローブがはめられており、動かすたびに廊下にこぼれ落ちていく。
名は晩葉旭《ばんばあさひ》。
風輪学園で“17人目”のレベル4となる人物だった。
「オーーイエーー! 風紀委員に自ら擦り寄っていったワンコロが俺に何のようだよ?」
「うっせえ!! ただ『レベル4に力を借りる』とか言っておきかながら、すっかり俺だけ忘れてた風紀委員どもがムカついたから、怒鳴りこみに行ってやっただけだっつーの!」
尚も逃げつつけるアフロの男を追いかける晩葉。
風輪学園のレベル4には順位が一六までしかないのに、なぜ一七人目のレベル4が存在するのか。
それは晩葉がレベル4になった時期が関係してる。
基本的に、レベル4の順位決まるのは新入生が入ってきて一ヶ月後。つまりは五月だ。
ここで決まったら来年の五月までは変更がない。
というのも一々変えていったら混乱を生むだけだし、レベル3からレベル4になる者などそうそういないからである。
だが晩葉はその“そうそういない”者になってしまった。
そう、彼がレベル4になったのは約三週間前。
もちろん順位には組み入れられない。
「あァァァァァァアア!! 思い出しただけでムカツイてきた!! 何で俺だけ除け者にされんだよ!! 俺が順位に組み入れられさえすれば第一位は夢じゃねえっつーのにィィィ!!」
「ま、そんなことはどうでもいいが、なんでお前はさっきから俺を追っかけてんの? 言っておくが俺はそっちの趣味ないぞ」
「黙れやァァ! このアフロォォォ! 俺は見たんだよ! テメェが警備用のロボットをぶっ壊してんのをさァァァ!!」
階建にさしかかり、アフロの男はわずか二歩で踊り場まで登り切る。
晩葉も真似しようとしたが、ずっこけて思いっ切り顔をぶつけた。
「いってぇ……」
それでも鼻血を拭い、晩葉は追いかけ続ける。
「いやーまじしつこいねーー。つーか、確かにぶっ壊したけどそれでお前になんか迷惑かけた? 俺」
「いんや、そういう問題じゃねえんだよ!! 風紀委員の野郎が言ってたのは、集金が行われていた場所の監視カメラは必ずと言っていいほど発電能力者に破壊されてたんだ! その犯人を見つけといて逃さねえ道理がねえ!」
なるほど……と、感心するアフロ男。
気がつくと、場所は三階に移されていた。
時刻はもう下校時刻ギリギリ、大方の生徒がいないこの中なら目立つアフロ頭を見つけ出すのは難しくはない。
はずだったのだが……
「ちくしょォォォォォォ!! 見失ったァァァ!!」
曲がり角を曲がった瞬間、男の姿は消えていたのだ。
「あいつは空間移動移動系の能力者じゃねえだろ……? なのに何で……」
標的を失った晩葉はしばらくキョロキョロと辺りを見渡すが、やはりいそうにない。
「……チッ、まあいい。風紀委員にあいつのことを伝えれば、どこのどいつかなんてすぐにわかるんだ……」
晩葉はあのアフロ男のことを風紀委員に教えに行こうとした。
だが玄関を出た先でふとあの言葉が思い出される。
『風紀委員に自ら擦り寄っていったワンコロが俺に何のようだよ?』
グッ、と拳を強く握りしめた。
確かにこのことを風紀委員に伝えれば、あいつはすぐに取り押さえられ『アヴェンジャー』とやらの正体も明るみになるだろう。
しかし、それは晩葉の力ではない。すべて風紀委員の力によっての結果だった。
「俺は……犬じゃねえ……」
RPGで言うなら、出てきたモンスターをすべて仲間のCPUに任せて戦いを進めるようなもの、自分は『防御』でもなんでも適当なコマンドを選択すればいいだけだ。
そして戦いが終われば、おこぼれの経験地を貰える。自分は何もしないで手に入れた経験値を。
「あの野郎……! 舐め腐りやがって……!」
だから晩葉は一五九支部へ向かう足を止めた。
あの男だけは誰の力も借りず、自分の力だけでひっとらえる。
そのためには風紀委員なんてものは晩葉にとって邪魔でしかなかった。
「俺は誰かに命じられなけりゃ動けねぇ犬じゃねえんだ! そのことをあいつに思い知らせてやるッ!」
◇ ◇ ◇
「あーーあ。 なにやってんのよ。だから動くときはもう少し慎重にっていったじゃない」
晩葉がアフロ男を見失った場所から少し離れた場所で、一人の少女が呟く。
「おーーソーリーソーリー。助かったぜ白高城ちゃん」
その少女は
白高城天理。
そして今フザけた謝罪を述べたのがそのアフロ男、
坂東将生《ばんどうまさみ》。
どちらも『アヴェンジャー』の一員で、坂東は木原一派と対をなす坂東一派の頭だった。
「だいたいね。何で警備用のロボを壊す必要があったの? 今はまだその必要なんて無いでしょ」
「いやーー、俺が歩いてたら。それにつまずいてさ……ついカッとなってやった、後悔はしていない」
白高城は呆れながら坂東を見る。
「それに、あんたもう顔が割れちゃったんだからヤバくない? もしあの男が風紀委員にチクったら……即座にあなたのいる教室に乗り込んでくるわよ?」
「ん……まあ、それは大丈夫だろ。多分あいつは風紀委員に俺のことを報告しない」
坂東の言葉に焦りは感じられない。それよか確信に近い何かを秘めていた。
「なんでそんなことがわかんのよ」
「あいつは周りから“風紀委員の犬”って呼ばれてるからな。それを気にしてあいつは極度に風紀委員を頼ろうとしなくなってる」
「“風紀委員の犬”って……そんな事言ったら今協力してるレベル4全員に言えることじゃない」
坂東は頭のアフロかをガリガリと掻きむしって言う。
「まあ、やってることは変わんねえんだよなーー。だけど、あいつは風紀委員に頼まれた訳じゃねえのに自分から頼まれに行った。ここが他のレベル4と違うとこだ」
と、いうと? と白高城は首をかしげる。
「要するに……見る奴から見たら。他のレベル4がいやいや協力してる中、あいつだけは自分から尻尾を振りにいった風紀委員の忠実な下僕に見えたってわけ」
「確かに、そういうふうに見えたっておかしくないわね」
「だろ?」
そう言って、坂東は立ち上がった。
近くには窓が設置されていて、グラウンドの様子が窺える。
「まあ、こうやってコソコソ行動すんのもそろそろ終わりかもしれないけどな」
その光景を眺めつつ、坂東はポツリと呟いた。
どこか寂しげなその表情が、夕日に照らされいっそう引き立たせている。
「それは、どういうこと?」
白高城も隣りから外を覗きこむ。
「……なんでも、木原一派の連中がレベル4の何人かをボコって拉致ってるらしい。それが、あっちにバレるのも時間の問題。もしそうなったら俺達と風紀委員で紛争レベルの戦闘が繰り広げられることになるぜ?」
「そんな……」
「どちらが勝っても、この学園に変化が起きる。もちろん悪い方のな」
白高城はもしかしたら、今一番この状態が統制のとれてる状態なのかもしれないと思う。
もし自分達アヴェンジャーがこの学園を覆い尽くしてしまったら、果たしてこの学園はどうなるのだろうか。
少なくとも校舎は荒れ果て、暴力ばかりが横行するような最悪の空間になってしまうのではないか。
「それで……そのレベル4達って誰なの?」
白高城は念の為に木原に潰されたレベル4の確認をする。
それはレベル4の中に一人だけ知り合いがいたからだ。
自分の悪行を見ていながらも、それを黙認してくれている優しいレベル4が。
「ああ、確か――――」
頭の中で“あの順位”だけは言わないでくれ、そう願う白高城。
「今のところ一六位、一二位、八位、がとっ捕まってるらしいな」
◇ ◇ ◇
晩葉はムシャクシャしていた。
自分は決して間違ったことをしていないのに、何らかの後ろめたさを感じるのだ。
それはやはりあの男の悪事を黙認しているからなのだろうか。
「ああァァァァ!! うざってェェェ!! ちょうスッキリしねえェェェ!!」
結局どこにもよらないまま寮の前まで帰ってきてしまった。
しかし、自分の部屋にいたってイライラは降り積もるばかりなので、近くにある公園まで歩を進める。
ブランコに乗ると、ギシィと音が立つ。
その音さえもまるでブランコが自分を拒絶しているかのようで、一層腹立たしい。
「くっそ……死ぬほど努力してまで掴み取ったレベル4だっつ―のに……どいつもこいつも俺の努力も知らねえで!! 勝手ばかり言いやがって!! 何が風紀委員の犬だ!! 俺は、ただ―――」
「わはははははははははははははははははは」
突如として、笑い声が聞こえてきた。
まったく空気を読まない登場に、晩葉は血管がブチ切れる一歩手前。
「わはははははははははは……ゲホッゲホッ……わははははは」
その声はドンドンと近づいてくる。
その度に晩葉の怒りも頂点へと近づいていった。
「―――ふう、よく笑った。どう? 晩葉もすっきりしたか?」
目の前に現れたのは茶髪にツンツン頭の男。身長は晩葉よりも高く180には達しているだろうか。
「ふ―――」
「ふ……?」
「――――っざけんなあぁァァァァァァ!!!」
ドン!! と、腰を下ろしていたブランコを後ろにはじけ飛ばし、その男へ突っ込む晩葉。
怒りのままに動く晩葉の動きは直線的過ぎて簡単にかわされてしまう。
「おいおいおい。いきなり何すんだ晩葉。俺はただお前がしょんぼりしてるから、励まそうと思って……」
そう弁解の言葉を述べるのは、晩葉と同じクラスの
破顔大笑。
晩葉にとって、破顔はいつもヘラヘラしてて気に喰わない奴だった。
「何が励ますダァァァァ!! どうせてめえも俺を馬鹿にしてんだろぉぉぉぉがぁぁ!! あぁァァァンッ!?」
「ん? 何で俺がお前をバカにしなきゃいけないんだ? お前は17人目のレベル4なんだから逆に尊敬だってしてるぜ?」
そんな言葉を何の悪びれもなくはっきり言う破顔は、天然なのか狙っているのかはわからない。
だが、その発言を笑って言うものだから晩葉には皮肉にしか聞こえないというのだけは確かな事実だった。
「なめてんのかこんのやろぉぉぉ!!」
晩葉はグローブに、500mlのビンに詰めた炭をふりかけ、馴染ませていく。
そして、
「そのヘラヘラ顔をやめろっつってんだヨォォォォ!!」
その右腕を破顔の顔面狙って思いっ切り振り払った。
「はははは……」
その拳が破顔の顔面に到達する時。
「!」
さっきまで笑っていた破顔の顔が真顔になり、その拳を紙一重の所でかわす。
バギィィィィンン!! という、金属が噛み砕かれるような音が聞こえた。
それは、晩葉の拳が遊具の鉄柱を粉々に粉砕する音。
通常ならこんなことはできない。そう、その拳は大能力者《レベル4》の力をふんだんに使った荒業だったのだ。
「わははははは!! すげえな!! これがレベル4の力か! つーか、今の避けてなかった死んでたぜ俺!? やべーーびびった~。はははははは!!」
再びいつもの笑顔を取り戻した破顔。
晩葉は鉄柱にめり込んだ右腕を引きぬく。さっきまでは炭で包まれていたグローブが、なにやら結晶のようなものに包まれていた。
これが晩葉の能力、鉄拳制裁(ナックルデシジョン)。
炭素の構造を操る能力で、グローブについた炭を同素体であるダイヤモンドへと変質させたのだ。
「悪い……やりすぎた」
少し間違ったら大怪我を与えていた現実にようやく気づき、晩葉は落ち着きを取り戻す。
だが、破顔は相変わらず笑って、
「わははははは!! 気にすんな気にすんな! 俺も変な誤解生んじまって悪かったな!!」
もはや、一々笑うこの脳天気に何を言ったって無駄だろう。
そう判断した晩葉は力なくベンチに座り込む。
「もういい。お陰で元気になったよ。だからとっとと帰れクソヤロウ」
「わははははは!! クソヤロウとは酷いなコノヤロウ! ん……クソヤロウとコノヤロウ……語呂が良いな! ははははは!!」
はぁ、とため息をつく晩葉。
自分もこの男ほど脳天気になれればどれだけ楽なことか。
「おっと。話がそれたな。そんなことより俺はお前の悩みを聞くまで戻ないぞ! どうだ嬉しいか? はははははは!」
ドカンと巨体を揺らして、晩葉の隣に腰を掛けてきた破顔。
余計なお世話でしかなかったが、力づくというのもめんどくさい。
ここは素直に悩みを聞かせてやるのが手っ取り早く済む方法だった。
「なあ――――、破顔。俺が周りの奴らからなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「ん? 悪いな。俺は学校では漫才の研究に打ち込みすぎてそういう話に疎いんだ」
「“風紀委員の犬”……だとさ。レベル4になった俺は自分の凄さを周りに証明したかった。だから積極的に風紀委員を手伝おうとした。だというのによ……」
「晩葉……お前……」
しばらく沈黙が訪れた。
そして、ようやく破顔の口から言葉が漏れる。
「わははははは!! “風紀委員の犬”かぁ!! 人間なのに犬。がははははは!!」
正確には“笑い”声、だったが。
「てめえ……やっぱり俺を馬鹿にしてんだろ……今度こそテメエのその顔面粉砕してやらあぁァァァ!!」
「おっと! ストップ! 待て! 俺の話を聞け!」
晩葉が能力を発動する前に破顔はガチりと両腕を掴んだ。
チッと、振りかざした拳を止める晩葉。
「なんだよ……ちくしょうが……」
「俺が言いたいのは、晩葉は意志が弱くてクヨクヨしてんだなってことだ!」
は? と、言葉を返す晩葉。
この男は一体何をほざいているのだろうか。
“風紀委員の犬”と呼ばれてムシャクシャしてるのがどうやったら意思の弱さに結びつくというのか。
「だって、お前は自分の凄さを周りに見せつけたいんだろ? なら何を言われようと自分を貫けば良いじゃねえか! いちいち犬だなんて言われて立ち止まってたら、何時まで経ってもお前の凄さなんて証明できねえぞ?」
「それは……」
「俺はさっきお前の能力を見た。すげえな、炭素を操ってダイヤモンドに変えちまうんだから! ……けど、お前の意思はダイヤモンドほど堅くない」
晩葉は何も言い返せなかった。
この男の話を聞けば聞くほど、まさにその通りだったのだから。
「自分の意志を貫け! そうだ、ダイヤモンドよりも堅い意志を持て! 晩葉旭!! わははははは!!」
公園で破顔の爆笑する声が響き渡る。
何分も何分も。
そうしてしばらくして、、晩葉は拳を強く握りしめると、
「うるせぇ、うるせぇ!!! うるせぇェェェェェ!!!」
内に溜め込んだものが爆発したかのように、晩葉の激昂は破顔の笑い声をかき消す。
木々に止まってた野鳥は何事かと羽根をばたつかせ飛び出してきた。
「そうだ、俺はてめえの言う通り、周りばかりを気にしてた! それをようやくテメエのおせっかいでそれに気づかせられたんだよ!!」
だからな、と晩葉は続ける。
「俺はこれから自分のことは自分で考えて、やりたいようにする!! それが『ダイヤモンドよりも堅い意志』を持つっていうことだろッ!!」
その言葉を聞いて破顔はフット笑った。
この男、晩葉旭は自分のやっていることに疑問を持っていた。
このまま風紀委員の犬呼ばわりされてていいのか、だからと言ってこのまま奴らをほっといていいのか。
そして、それら全ての判断を気づかないうちに心の奥底で誰かに委ねていたのだろう。
確かに、何もかもを自分だけで解決しようというのは意志が堅いのではなく、ただの愚者だ。
だが、『ダイヤモンドよりも堅い意志』を持つということは他人の言葉にあっちこっち流されず、自分で考えること。
自分自身の決断を他人に委ねていたら、いつまでたっても寄り道したままなのだから。
「俺は今ここで決めた……!」
晩葉はスクリと立ち上がる。
その目にもう迷いはない。
「俺は、犬だと呼ばれようがろうが、猿と呼ばれようが風紀委員を全力で手伝う!! だが、あいつだけはこの俺の手で決着をつけたい!! だからあのアフロのことは風紀委員は言わねえ!!」
事情をすべて知ったわけではないが、破顔はついに迷いを吹っ切った晩葉を見て満足気な笑みを浮かべる。それはいつもの大笑いとは少し違った、柔らかい笑み。
「そのいきだ晩葉ぁ! がははははは!!」
晩葉の率直な願望。それは誰にも邪魔されず、自分だけでたどり着いた結論でもあった。
「おう! テメエにもこれから先の俺の武勇伝を聞かせてやる!! その時は笑わずに真剣に聞きやがれよ!!」
二人の男の笑い声が公園中に広がる。
すべての迷いを振り切った晩葉の、新しい歩みが始まろうとしていた――――
最終更新:2012年05月26日 01:57