File1 数えるのは羊ではなく


「ん~~、これいじめじゃね?」

放課後、学校帰りの途中で吹間はピタリと足を止め、そんなことを呟いた。もちろん隣には誰も居ないし、それを聞く者はいない。
だが、彼がこのような発言をしたのには理由がある。
それはこの風紀強化週間で自分にだけ一度もお呼びがかからないこと。
まるで、自分だけハブられているかのようで、少し気に食わなかった。

「あ、もしもし一厘ちゃん? これどういうことなの説明して」

だから吹間は先日に連絡先を交換しておいた一厘へと電話をかける。

『何ですか、1位さん。こっちは色々と立て込んでるんで、用がないならかけて来ないでください』

電話の向こうから聞こえてくる一厘の声は何やらそっけない。前回自分に眠らされたことを未だに根に持っているのだろうか。

「えーー、やっぱイジメでしょ。他のレベル4には必死でお願いしてんのに、何で俺にだけそんな冷たいの?」

「あなたは、先日の会議で『協力しない』って意思をしっかり表明したでしょ。これは強制ではないんで、別にやりたくないならやらなくて結構なんです。それに、頼みに行ったってあなた絶対断るし……」

一厘の言うことはまさに的を射ていた。別段吹間はそれに協力したいというわけではない。ただ自分だけこんなに冷えた扱いを受けるのがなんとも言えなかっただけ。
要するに、構ってもらえないからつまんないのである。

「だってーー、最初は断ってたレベル4には必死で頼み込んで渋々了承を得ていたじゃん~~ その努力を俺にも向けられないわけ?」

「破輩先輩からのお達しなんです。『あいつだけは何を言っても無駄だからほっとけ』てね」

「はーー、流石はボルテックス。よくわかってらっしゃることで……」

パタンと携帯を閉じ、吹間は再び歩き出す。とりあえず溜め込んでいたお菓子が底をつきたので、今日はその買い足しでも行こうか、なんて考えながら。


◇ ◇ ◇


近くにあったスーパーマーケットではタイムセールということもあってかなり混み合っていた。主には自炊してる大学生が一パックの肉のため死闘を繰り広げている。

「やーー、めんどくさいね、まったく」

吹間はお菓子が目当てでここに来てるため、別にそのタイムセールの会場には用はなかった。
しかしそこを通らなければ、目当てのお菓子コーナーに辿り着くことができないのだ。

どうしたものか、としばらく考える。

「あっそうだ、能力使えばいい話しじゃん」

吹間の能力は、一度に何十人も眠りにつかせることが出来る能力。
目の前でわんさかいるタイムセールの覇者達を眠らせることだって可能だ。

ようし、と意気込んで能力を行使しようとした時。

「やめた方がいいですよ」

ポンと何者かに手を置かれた。
その手を見ると丁寧に切り揃えられた爪と、白い肌が目に付く。
しばらくそれを見つめた吹間はまた顔を前にやり、

「ふ~~ん。黒二ーもお菓子買いにきたの?」

「冗談を。僕は晩ご飯の支度ですよ」

吹間の後ろには、微小を浮かべ佇む黒丹羽千責がいた。
同じ学園の同じレベル4。彼らはそこまで互いに干渉しない。ただ同類の人物か、というぐらいの認識ぐらいで済ませるのが基本といったところだ。

「そろそろこのタイムセールは終わります。だからもう少し待ちましょう、貴方の能力で寝てしまった人が、どこかぶつけるといけませんしね」

だからこうやって話すことも稀有だった。

「はいはい。そういえば、黒ニーは風紀委員に協力してないの? こんな時間にうろついてるって事は」

「……ハハッ。別にレベル4は毎日手伝わなければいけないというわけじゃないんです。そうですね、僕は今日ちょうど休みだったわけで」

へえ、と言葉を返す吹間。
それから他愛ない話がしばらく続いた。次のテストの範囲やおすすめの参考書などなど。
レベル4とは言え、話すことはそこらの学生と何ら変わらない。
そんなこんなでようやく目の前のタイムセールが終わった。
目当ての者を入手できて歓喜の声を上げるものもあれば、何一つゲットできずに落胆するものもいる。まさにここは戦場だった。

「うおっしゃぁあああああ!! まさか豪華絢爛焼肉セットが定価の三十%オフで手に入るとは思はなかったぜえェェェ!!」

「うっし、ナイスだ萬代! 今日はお前んとこの寮で焼肉パーティーをしようぜ!! つっても二人じゃつまんねよな……あ」

「……あ」

そんな中タイムセールの人ごみから出てきた二人の男に目があった。否、あってしまった。
その男らはどちらも風輪学園の生徒で、学年は吹間と黒丹羽より一つ上の二学年。
一人は陸上部部長、萬代超流《ばんだいこえる》。もう一人はボディビルディング部部長、吾味真吾《ごみしんご》。
彼らはいろんな意味で学園内では有名な人物、もちろん吹間達が知らないはずがない。

「おおう! まさかこんなところで我が学園の1位と6位に会えるとは!! これも何かの縁!! 今日は朝まで飲み明かそうぜ!!」

萬代が抱きつくように二人の方へと突っ込んでいく、だが吹間と黒丹羽はそれを慣れた形でいなし、萬代はそのまま壁に突っ込んだ。

「んーー先輩方の気遣いは嬉しいんだけどねーー。俺はお菓子の買い足ししなきゃいけなくて~~」

吹間はそのままお菓子コーナーへと進む。
だが前方に吾味が立ちふさがり

「ふむ。貴様は無類のお菓子好きというわけかっ! ならちょうどいい! 俺の寮に『無駄な脂肪をつけるな』ということで没収したお菓子が山ほどある! ついてくるなら好きなだけ食ってもいいぞ!!」

それを見て若干呆れる黒丹羽。いくらお菓子好きだからといって、さすがにそれで釣られるほど……

「おーー、さすがは先輩。そんならいくらでもついていきますよ」

吹間はあっさりとそれを承諾した。
なんでも『めんどくさい』で断るような気がしていたが、お菓子さえあればなんでも引き受けるのだろうか、と黒丹羽は考える。

すると

「んんっ!? こんなひょろひょろの腕ではろくにダンベルもろくに握れんぞ!? お前ももっと肉を食って、体つきを良くしないとな!!」

ガシッと、さっき壁に衝突したはずの萬代が後ろから黒丹羽の二の腕を掴んできた。

「いや……僕は一人で食べるから大丈夫です。御三方でどうぞ」

それを振り払って黒丹羽は離れようとするが、そうはうまくいかない。

「まーーまーー、黒ニーも行かない? じゃないと俺が眠らせた後に運ばなきゃいけなくなるから面倒だし」

お菓子がただで手に入るのがよほど嬉しいのか、いつもより吹間のテンションが高い。
もしかしたら何か企んでいるのかもしれないが、その表情はどちらともとれた。

もはやこの時点で、自分に選択権はないことを黒丹羽は悟った。


◇ ◇ ◇


吹間と黒丹羽を含めた四人は萬代の寮まで来ていた。
男の一人部屋というのは汚らしいようなイメージがあるが、この男、萬代越流のところはそうでもない。
きちんと整頓されたスポーツ関連の雑誌。棚には陸上競技での数々のトロフィーが収められており、壁には賞状が飾られている。

「うわーー凄いねえ。あちこち賞状とトロフィーで埋め尽くされてるよ」

純粋に感嘆の声を上げる吹間。

「はあ……なんでこんなことに」

と、ベランダから外を眺め、ため息を漏らす黒丹羽。
二人はなんでも客人らしく、萬代と吾味が準備を終えるまでただ待つだけでよかった。

「おーーい。萬代、ホットプレートはどこにやった?」

「うん? 確か押入れのとこに入れたと思うが……」

などのやり取りが順調に進む中、吹間は吾味から貰い受けたお菓子に手を伸ばす。
食事の前に間食を取るのはどうかと思うが、それを指摘する者はいない。第一位というのはそれだけ自由奔放な人物というのが、ここにいる者は全員わかっていたからだ。

「う~~ん。ポテチにグリーンカレー味っつーのはいただけないかなーー。それならまだクリームシチュー味のほうが……」

あれこれ食べ比べする吹間はそこで黒丹羽の方を見た。
その表情はどこか暗く、あまり気分がいいようには見えない。

「黒二ーも食べる? あんま美味しくないけど」

「結構です。そんなことより……」

黒丹羽は顔を上げて吹間の方を見る。
そして何かを言いたげにその口が言葉を紡ぎ出そうとした時。

「おーーい、後輩二人!! 準備ができたぞ! さっさとこっちにこーーい!!」

奥のほうから吾味の呼ぶ声が聞こえてきた。
黒丹羽は小さく返事して、

「やっぱなんでもないです。さっさと行きましょうか」

それだけを残し萬代のところへと向かうのだった。
部屋の奥に一人取り残された吹間は少し首を捻って、

「う~~ん。そこで引くとは随分と気にさせてくれるねぇ」

そう言って後を追う。


◇ ◇ ◇


机の横に並べられてある、豪華絢爛焼肉セット一二〇〇〇円(三割引のため八四〇〇円)は一セットだけではなかった。

「ちょっと……これは……」

黒丹羽が顔をひきつらせる。
なんせ一セットでも四人で食べるのには一苦労だというのに、それがが三つも積み上げられているのだ。
困惑する黒丹羽を見て満足そうに笑みを浮かべる萬代と吾味は、一口サイズに切った野菜を台所から待ちだしてドヤ顔で語る。

「ククク……いつから豪華絢爛焼肉セットが一つだけと錯覚していた? 俺と吾味の金をあわせてこれだけの肉を用意したのだ!!」

「これも全てはあの日の雪辱を晴らすため!! そして次に開催される大食い大会へ向けての予行練習というわけだ!!」

そんな光景を眺めつつも、吹間は気楽そうな様子で

「さすがは先輩。太っ腹ーー」

何一つ動じない面持ちでそう呟くのだけ。
この状況に何の躊躇いも感じないのか、吹間は一人早々と箸を握り食べ始めようとした。

そんな時。

吾味が素早い手つきで肉の盛られた皿を吹間から取り上げる。あまりの素早さに吹間は一瞬硬直し、

「ん~~? どうしたんですか?」

今回は多少ながら不機嫌そうな様子を示して箸をカチカチと鳴らす。

「まったく、日本の食文化は礼に始まり礼に終わる。しっかり『いただきます』を言わんといかんだろう!」

吾味はまるで吹間の兄のようにそのことをたしなめる。いままでレベル4の一位として好きなようにしてきた吹間はあまり叱られるということに慣れていない。
それもあってかバツが悪そうに少しだけ頭を掻いた。

「よし! じゃあみんなで『いただきます』を言うぞ! ほれ、手をあわせて~~~」

萬代の言葉に吾味と吹間はノリノリで、黒丹羽はやや恥ずかしがりながら。

「「いただきま~す!!」」

「……いただきます」

こうして、男達の大食いと言う名の限界への挑戦が始まった。

「こっから先は、完璧なセルフサービスだぜ? 欲しいもんは自分で焼いて自分で食う! それが、男同士水入らずの焼肉パーティーっていうもんだ!」

吾味の説明に黒丹羽は苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。
その一方で、吹間は黙々と食べ始めていた。

(あー、肉ってこんなに固かったっけ? 噛みきれねぇや)

最近間食ばかりで夕食を済ませてしまっていた吹間にとって、肉の感触はどこか懐かしいものを感じさせた。
そして、こうやって大勢で食事をとることも。


◇ ◇ ◇


「いやーーやっぱこれだけの人数で食うと減りも早いな。どうだ、もう半分は片付いただろ?」

しばらく食べ続けた吾味は残りの肉の量を確認する。
確かに、半分以上は片付いていた。


“飽くまで”一セット目のだが。


「おいぃぃぃ!? まだ二セットも残ってるだと!? クッ、こんなんじゃ今日中に食いきれねえぞ! 賞味期限今日までだっつ―のに!!」

「落ち着け吾味。あの時俺らはこの身をもって味わっただろ! 食事というのは競技と同じ! 途中で諦めちまったらゴールへはたどり着けねぇ! たとえ胃が破裂しようと、走り続けるしかないんだ! 完食と言う名のゴールへ!」

「そうだったな……まだ俺達の意志は折れちゃいね! 食い続けようぜ!! 萬代!」

「おうよ!!」

ジュウジュウと油を弾くホットプレートと、この男達。果たしてどちらが熱いのだろうか。

それからも萬代と吾味の快進撃は続く、わずか数分の内に一つまた一つと肉を減らしていき、ようやく一セット目が終了を迎えそうになっていった。
だがこの時点でもう吹間は手を止めていた。その理由は至極単純。ただ“満腹”というだけだ。
隣に座る黒丹羽も上の空といった感じで、一向に箸が進んでいない。

「はあ、やっぱ最初にお菓子を食べてたのがいけなかったか~~? せっかくこんな楽しい食事だっていうのにそんなに食べれなくて残念」

吹間はお世辞や社交辞令の様なものではなく、ただ素直に心のままを伝えた。
自分の周囲の者たちは、誰もが『恐れ多い』や『吊り合わない』などを口実にして、ロクに食事にも付き合ってくれない。
だが、この二人の男は違う。
たとえ自分がレベル4だろうが学園トップだろうが、別け隔てなく接してくれる。一人の人間として、身近な後輩として扱ってくれるのだ。
それが吹間は素直に嬉しかった。

「おうおう、無理すんな! これは俺達の始めたことだ! 最後は俺達できちっとケリつけてやるから。気楽にしてていいぞ!」

「お? だが、黒丹羽はまだイケそうじゃないか?」

「はい?」

口まで運んでいった肉は黒丹羽の唇に触れると一瞬にして消えた。
それはものすごい速さで飲み込んだわけではなく、能力を使って肉を一瞬で気化させただけだった。

「――――って、おい! なに能力使って自分のノルマ消化してんだぁぁ!! 罰としてお前にはもう一皿追加! そして能力の使用も厳禁!」

「これは……酷い」

吹間はそんな様子を見ながら笑った。それにつられて残り三人も少しづつ笑い始める。
どうやら満腹になったのは腹だけでは無かった、そう吹間は思った。

ホットプレートから伝わる熱気は、むさ苦しさとはまた違う温かさを放っていた。


◇ ◇ ◇


焼肉パーティーの開始からおよそ二時間が経過しようとしていた。
時刻は七時半、それだというのに豪華絢爛焼肉セットはまだ二セット目の三割しか減らせていなく、全員の手が止まっていた。
黒丹羽と吹間はそれぞれのことをし、吾味と萬代は何故か大きないびきを掻いて寝ている。
なんでも、『一回寝ればまた腹が空っぽになって食べ続けられる』とのことで吹間に寝かしてもらったのである。

「ねえ、黒ニー」

そんな二人を見ながら吹間は呟く。

「……なんですか?」

「さっき何か言い掛けてたけど、何が言いたかったの?」

黒丹羽は少し顔を横にそらして、

「いえ、特に大したことではないんで」

そのまま会話を中断しようとした。
だが、そんなとこで素直に引き下がるほど吹間も甘くはない。

「ええ~~いいじゃん。暇なんだからさ~~」

吹間は手に持ったポテチを無理くり黒丹羽の顔に押し付けてくる。
しかも味は臭いのきついドリアン味。
これにはさすがの黒丹羽も堪えて、

「わ、わかりましたから! それをしまって下さい!」

吹間は心良く頷いて、ドリアン味のポテチを袋にしまう。もちろん臭いが漏れないようしっかりと袋の口を縛って。
それから黒丹羽は喋り出した。

「僕が聞きたかったのは、貴方がどうして風紀強化週間に参加しなかったのかということです。僕には『めんどくさい』以外にも理由があるように思えて」

「なるほど、聞きたかったのはそういうことね~~」

換気のために開けた窓からは虫の羽音がしつこく聞こえてくる。しかし、今はそれすらも耳には入って来なかった。

「一言で言うと、“つまんない”からかな」

「“つまんない”?」

「うん、そう。だってゲームとかでも一緒でしょ。こつこつと順序立てて進めていくシミュレーションゲームがあるとすれば、俺はその中で言う“チート”。そのコマンドを入力すればあっさりゲームクリアっていうね」

何を言ってるんだ、と黒丹羽は思った。
確かに吹間の能力があれば対峙した敵を何の苦労なく戦闘不能まで持ち込むことが出来る。しかし、それは“アクションゲーム”の場合だ。
“シミュレーションゲーム”というなら元々すべてのことを把握していて、最短ルートで事を終えること。
だとしたら――――

「風紀委員には悪いけど、俺は知ってるんだよねぇ。『アヴェンジャー』のことも黒ニーのことも」

「!!」

そこで、黒丹羽は自分の偽りの仮面がベリベリと音を立てて剥がれていくのを感じた。
そこにあらわになった自分の顔は今どのような表情で吹間を見てるのかさえもわからない。

一方、吹間はピクリとも表情を変えずに黒丹羽へと近よる。

「と、言っても。全部じゃあないけど、ね」

「へ……え。そうですか……それで“お前”はどうする気だ……?」

黒丹羽の言葉遣いが変わり、乱暴なものへと近づく。
それを楽しむかのように吹間は少し口の端を歪めて、

「なーーんちゃって、冗談だよ。結局は“めんどくさい”以外に考えた適当な口実」

「……く」

黒丹羽はこの男の言葉を全て鵜呑みにしていいか判断しかねていた。
なんでもこの男が言うと、全てに裏があるように聞こえ、こっちの反応を見て楽しんでいるようにも取れるのだ。

「まぁ、本当に『アヴェンジャー』の正体がわかろうと、俺はほっとくけどね~~」

黒丹羽がそんな疑念を加速させる中、吹間は続ける。

「さっき言った通り。この学園サスペンスを、俺っていうチートで終わらせるのがつまんないし、どうせならもっと大事になったほうが面白いしね」

この場に風紀委員の誰かがいたら、思いっきり吹間をぶん殴りにかかるだろう。
『貴様は誰かが傷ついてるのを笑って眺めるだけかッ!』て具合に。
しかし黒丹羽はそんな事は言わないし、責める気もなかった。むしろ、百歩譲って吹間が『アヴェンジャー』や自分のことを知っているとしても、干渉してくる気がないなら好都合だ。

そう思っていたはずなのに。

「……自分が本気を出せば、いつでもこの騒動を終わらせられるとでも?」

『アヴェンジャー』はこの男の気まぐれでいつでも潰せる。そんな事実が許せなかったのか、何故かそんな言葉を漏らしてしまった。
その怒気を含んだ言葉を、吹間は待っていたかのように言う。

「ま、そういうことになるね」

黒丹羽はギリッと歯ぎしりをする。
この男は舐めている。なにもかも、全て。
ここまで純粋に人を馬鹿にしている者を見るのは、憤りを通り越して関心すらさせた。

「そうですか……随分と自信を持っているようですね」

「ふふっ、どうも」

この後、両者の間に何かしらの険悪なムードが漂ったのは言うまでもない。


◇ ◇ ◇


またしばらく時間が経過した。お互い会話のネタがないのか、さっきの事を未だに引きずっているのか、黙ったままで。
吹間は壁に掛けてある時計に目をやると、そろそろ吾味達を起こす時間が近づいてきたことに気づく。

「ん~~そろそろ先輩方起こさなきゃな。黒ニーも手伝ってくれない?」

「……」

「黒ニー?」

黒丹羽からの返事はない。吹間は不思議がりながら黒丹羽の肩を少し叩くと、

「! ……っと」

どうやら寝ていたらしく黒丹羽は肩を震わせ、ゆっくりと顔をあげる。
その寝起きの顔は悪夢を見ていたかのように、戦慄の色一色に染まっていた。

「少し寝てました。最近どうも寝不足気味で……」

少し苦笑いして髪をいじる黒丹羽。

「んじゃ~~、寝かせることに関してのプロフェッショナルであるこの俺が、そんな黒ニーにとっておきの安眠方法を教えてあげるよ」

吹間はどこから持ちだしたかもわからない羊のぬいぐるみを取り出して、

「それはね。羊が一匹~~羊が二匹~~、って数えること。俺は能力使わずにいつもこの方法で寝てるかな~~。これが結構効くのよ」

もはやツッコむ気力もないのか黒丹羽は少し微笑み返すだけだった。
そして、

「ん~~? 黒ニーもう帰っちゃうの? まだ消灯時間には早いよ?」

黒丹羽は席から離れ、玄関の方へと歩いてく。
一歩。また一歩と床を踏む度に大きく音を響かせながら。

「先輩方には“ご馳走様でした”と伝えておいて下さい。それと、安眠のアドバイスありがとうございます」

吹間に背を向けたまま、部屋の外へと繋がるドアが開いた。
夜の風が室内にビュウと雪崩れ込む。

「ただ……」

黒丹羽の声は風の音に遮られ、うまく聞き取れなかった。
だが、吹間にはこう言った様に聞こえた。

『“俺”が数えなきゃいけないのは、羊ではなく“自分の罪”だ』

本当に言ったのか、それとも吹間の幻聴だったのかはもう確認のしようがない。
何故なら、黒丹羽はもう既に部屋から出ていったのだから

バタン、というドアの閉まる音で現実へと引き戻された吹間。
そこには先ほどと何一つ変わらない光景が広がっていた。

「ううっ! さぶい! 誰だドアを開けたのっ!」

その夜風に当てられたのか、吹間が起こすまでもなく吾味と萬代は目覚めた。
せっかく大音量を放つ目覚まし時計を使えるチャンスだったのに、それがフイになって少し残念がる吹間。

「あ~~、今黒ニーが帰ったところです」

「なに黒丹羽が!? ……まあ、仕方がない。あっちにもあっちの用事があるからな」

「それよりも萬代。やはり一回寝た後ならまだ入りそうだぞ! 残りの肉もさっさと食べちまおうぜ!」

「おお! そうだった!! まだ俺たちの徒競走は中盤ってとこだったな!!」

再び食事を再開する二人。その中で吹間はなにやらニヤついていた。
まったくの傍観者が、これからの展開を客観的に楽しみにするかのような表情で。

(さーーて……これからどうなんのかな。あの男も、この学園も)

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最終更新:2012年05月31日 20:40