(二日目)13時33分


第七学区。
『学び舎の園』の地下七〇〇〇メートルにある大施設。
核シェルターR-177。
約一〇〇〇〇人程度の人間が生活を送ることが可能な設備を持ち、施設内の人間全てが入るほどの多目的ホールがあった。中央には、巨大スクリーンがあり、地下までの有線を通して、外部の情報を得ることが出来る。
午後には、携帯食料や水が配られ、人々はそのホールに待機していた。
大半は近辺にある生徒であり、『警備員(アンチスキル)』を除けば、大人は非常に少ない。
これほどの大規模な民間人の避難は前代未聞だった。一種の緊張感に駆られ、話題のネタとしては格好のモノであろう。
しかし、
周囲は、凍りつくような静寂が支配していた。
誰一人声を上げていない。
話声も聞こえない。
カラン、と空のスチール缶を蹴った音だけが、ホールに鳴り響いた。
その異様な沈黙の中に、一人の少女が現れる。
黒いマントを羽織った長点上機学園の女子生徒、『超能力者(レベル5)』第三位、『心理掌握(メンタルアウト)』至宝院久蘭。
手すりにつまかり、自力では歩行すらままならない程、視界が揺れていた。
徐々に意識が遠のいていく。
異変を察知した彼女は、いち早くこのシェルターを回った。
厨房で料理を行っている人々も、シェルター内にあるエレベーターを警護している『警備員(アンチスキル)』も、御坂美琴によって一悶着あったエレベーターエリアも、修理の途中で人々は気を失っていた。
次々と人が倒れていく中、至宝院久蘭はその「根源」を突き止めた。
そして、理解する。
(こういうこと、だった、のですね―――)
薄れゆく意識の中、彼女の心に輝くのは愛しい人の姿。
(私は――貴方に――すべてを捧げます)
光に手を伸ばした。
ただただ、彼が愛しい。
あの日から、彼女の心は上条当麻が潜むようになった。
彼の心に、至宝院久蘭がいなくとも、彼女の心には彼しかいない。
だからこそ、彼女に身に起っている事を、自ら受け止めた。
(私は、貴方を愛しています――――当麻様)
そして、至宝院久蘭の意識は闇に落ちた。





第一八学区。
「これが…本当に能力者同士の戦い?」
「うっわー!すげえ!見てよあれ。樹木が高層ビルの中央に刺さってる!」
「竜巻が大量発生した後に、数発ミサイルをブチ込まれたってほうが納得できるね」
「バターを切るように切り裂かれているビルの光景は、むしろ芸術にすら見えます、とミサカは――」
モノレールに乗りながら、窓から見える『魔神』と『魔王』の戦いの惨状を見て声を上げる少女たちを見て、
ぶちっ。
黒マントを羽織る御坂美琴は、
「何でアンタたちがいるのよ?!てか誰!?」
と叫んだ。
その大声に、
「「「「「ほへ?」」」」」」
車内の床で、コンビニの弁当を食べる少女たちは振り向いた。
四人は黒のスーツを着込んでいるが、四人とも中学生程度の未成年であるため、服装に違和感がある。
その上、機械仕掛けの羽やら、装飾に凝ったデザインの槍やらを所持しているため、その異様さは見てとれる。
「それに風水!アンタは久蘭の傍にいるんじゃなかったの?!」
ビシィ!と指さした先には、メイド服姿の少女がいた。
栗色のフワフワした髪に、子犬のように可愛いクリクリとした瞳、身長一五〇センチ弱にして若干一四歳で九〇センチの驚異的なバストを持つ、久蘭終身専属萌えメイドこと剣多風水がそこに佇んでいた。
「私は、久蘭御姉様に命じられただけです。他意はありません。美琴御姉様」
と、一切感情を出さない表情と口調で、御坂美琴に返答した。
可愛らしい表情であるがゆえに、機械のように喋る剣多風水は、妙な迫力がある。

御坂美琴を含める少女たちは、モノレールの先頭車両に乗っていた。
席には、御坂と同じ顔をした少女たちがズラリと座っているので、八人の彼女たちは操縦席の前にある壁に寄り掛かっていた。
『妹達(シスターズ)』。
頭にはゴーグルを付け、膝にはアサルトライフルが置いてある。頭上の荷物置き場には、黒い長方形の箱が規則正しく置かれていた。
このモノレールに乗っている人数は二〇〇人程度で、他の『妹達(シスターズ)』は、五〇〇台に及ぶトラックで、とある『荷物』と共に移動している。
車内の先頭に、シスターズと異なる少女たちはいた。
黒マントを羽織った御坂美琴。
他のシスターズの管理者であり、美琴と瓜二つの唯一のロングヘアーを持つ『大能力者(レベル4)』ミサカ一〇〇三二号。
髑髏の帽子を被り、カジュアルな私服を着込んでいるミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』。
能力は『体内電気(インサイドエレクトロ)』であり、体内の電気信号を操ることで常人を逸した身体能力を有するが、電気の出力自体は静電気以下の電力しかなく、体外に電気を放出できないため、判定は『無能力者(レベル0)』。
至宝院久蘭の忠実な僕にして、久蘭派閥の二代目当主。兼お世話係の剣多風水。
ちなみに、白井黒子は意識が戻りかけたところを、ミサカ一〇〇三二号によるクロロフォルムで再び眠らされ、ミサカ一〇〇三三号の隣に座っていることをここに明記する。
ミサカ一〇〇三二号は、『お姉様(オリジナル)』に『あるもの』を手渡した。
 『あるもの』を見つめながら、御坂美琴は自嘲気味に呟いた。
「…まさか、私が『これ』を使うハメになるなんて、夢にも思わなかったわ。一体何の因果かしら?」
「ですが、これしか方法がありません、とミサカは冷静に判断しました…」
「まあね。あのバカを叩きのめすためには、私は『これ』に頼るしか無いのよね…風水、貴女からも至宝院お姉様に伝えてくれる?『感謝します』って…」
「…了解しました」
目を閉じたまま、メイド服姿の少女は呟いた。
 お姉様…と、寝言で呟く白井黒子は無視された。
レッサーは、御坂美琴を上から下まで見回すと、唐突に口を開いた。
「でもさー。当麻様が選んだ女だって聞いてたから、絶世の美女かと思ったら…」
「中の中ですね」
「なっ!?」
簡潔かつ辛辣な言葉が、美琴の心を抉った。
「当麻様の好みが分からないな。私的にはランシスの方が可愛いと思うけど」
「フロリスなんて、2回当麻様に抱きしめられたのにね。しかも、どっちも水ぬれで」
「やっぱり、温泉の抱きつきイベントの時、食い下がらないで襲っておくべきだったなぁ…ねぇ…ベイロープ」
「そうねー…全員ヌードで迫ったら、私たち今頃、当麻様に仕えるメス犬ペッ…」
四人の少女、『新たなる光』のメンバー、ドロシー、ランシス、フロリス、ベイロープが口を揃えて言葉を吐く。
もちろん、彼女たちが、所属する『神上派閥』のリーダーである上条当麻に、どのような感情を抱いているかは、先ほどの発言で明白である。
追いうちのように、御坂美琴と瓜二つの容姿をした少女が、
「今のお姉さまの立場を的確に表現した言葉です、とミサカは一言付け加えます」
「いやっ!付け加えちゃダメだろ!」
ビシィ!とミサカ一〇〇三二号の危険発言に、右手でミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』は突っ込みを入れた。制服姿の御坂シリーズと異なり、一人だけカジュアルな私服を着込んだミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』はとても目立つ。
常盤台の制服は着ておらず、ジーンズにブラックとイエローのバスケットシューズ。男が舌を出している絵の入ったプリントシャツ。半袖の紺のジャケットに三日月型のシルバーネックレスを身につけている。
もっとも、一際異様に見えるメイドこと剣多風水は、初めから除いている。
彼女は、目と口を閉ざしたまま、壁に寄り掛かることも無く、人形のように直立していた。
コソコソと、フロリスはミサカに話かけ、
「ねぇ…もしかして貴方のクローンって、当麻様の日替わりペッ…」
「それ以上の発言は良俗違反となるのでコメントを控えてください、とミサカは公的意見を述べつつ、実はそれこそが我々『妹達(シスターズ)』の悲願であると一言付け加えます」
「だから!付け加えちゃダメだろ!」
「…ゼロ。貴女も当麻様の女になることは本望でしょう?」
「…あ…いや、それは、そうなんだけど…ひぃ!」
バチバチィ!と頭上で電気をならす御坂美琴を見て、ゼロはおし黙った。
「ちょっと!『新たなる光』のやつら!アンタたちも神上派閥のメンバーでしょ?!」
「…同時に貴女のライバルでもあります、はい」
下目で睨みつけるフロリスに、うっ…と声を潜める御坂美琴。
「そうよ。私が上条当麻の恋人よ!何か不満?」
『不満タラタラDEATHよ!』
四人の声が一斉にハモった。
あまりの迫力に御坂美琴も気圧され、ドロシーが口をモゴモゴして喋り始めた。
「なぁーにが、『俺の恋人を守ってくれ』ですか!この命令を受けた時のショックときたら…くぅー!!当麻様の命令だから、従っているんですよ!し・か・た・な・く・ね!もしも貴女が私たちの足を引っ張るようなことをすれば、普通に殺しますから!」
と、堂々と殺人予告をつげられた。
「なぁっ!?」
冷たい目でベイロープは、
「そうゆうことよん♪ミス・ミサカ。上条当麻を狙っている女性は、星の数だけいると想いなさい」
「ベイロープ?あんた…くやしくないの?こんな●ャップが当麻様の恋人だなんて…」
「確かに、内心穏やかじゃないわ。むしろ、この場で殺してやりたいくらい♪」
「っ!?」
ランシスをなだめるベイロープも笑顔で、殺意をむき出しにする。
御坂美琴は黒マントを揺らせ、体勢を身構える。
ベイロープの碧眼が、当麻の恋人を射抜く。
「でもね。当麻様が愛するだけのモノを、貴女は持っているんでしょう?チカラもかなり凄そうだし…それくらいは分かってるでしょう?みんな」
彼女の言葉に、『新たなる光』のメンバーはうつむいた。
そうして、彼女たちは思考を冷静にし、御坂に対する敵意が徐々に薄れていく。

その姿を見て、ああ…と、御坂美琴は思う。

彼女たちも、本気で上条当麻を愛しているのだ、と。
このような事はいつものことなので御坂は慣れ切っていた。だからこそ、彼女たちの立場を考えることは避けた。そうしてしまうと、いくら精神力が強かろうと押しつぶされてしまいそうで。
(…当麻、この事はきっちりと「払って」もらうわよ)
と、心の中で思いながら。
瞳にくやし涙を浮かべるフロリスは、もう一度、御坂を睨みつけると、
「そこのメイドの子!貴女もオンナならわかるでしょ!好きな男に対するこの気持ちが―」
その言葉に、剣多風水はゆっくり目を開け、


「…私には理解できません。私は真性のレズビアンなので」


空気が凍りついた。
会話を無視していた『妹達(シスターズ)』さえ、ザザザッ!と一斉に彼女の方向に視線を傾けた。
「…彼女の爆弾発言には突っ込まないのですか?とミサカはミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニング)』に問いかけます」
「いやっ!内容がヘヴィすぎて突っ込めねえから!」
ビシィ!と即座に、ゼロはミサカ一〇〇三二号につっこみを入れた。




(二日目)14時47分


『天使』は三メートルを超える槍を軽々と振るい、シルビアに猛然と襲いかかる。
彼女は、二刀の剣を眼前で交差し、『天使』の槍の強烈な突きを防いだ。
にやりとシルビアは笑うと、『聖痕(スティグマ)』を発動させ、純白の槍をへし折った。
“Un arbre grandit――”
(樹木に命を宿せ――)
刀身に刻まれた呪文が光りだす。メキメキィ!と太い樹木がアスファルトを突き破って『天使』の体に絡みついた。
だが、それもほんの一瞬。
ジュワッ!と、水が短時間で沸騰したような音が鳴り、『天使』の翼が樹木をドロドロに溶解した。
「っらあッ!」
その隙を、聖人は見逃さなかった。
甲冑を身につけていない首筋に剣を立てる。
『天使』は俊敏に反応し、鋭く伸びる剣先は『天使』の紫色の髪と頬を掠めて、空を貫いた。
身を引いた同時に、
ドドドドンッ!
『天使』の翼から、シルビアに向けて大量の羽が発射される。
樹木を容易に溶解させる『天使』の羽。
瞬く間に、彼女の体が白い羽に包み込まれ――


“Je l'annule!”
(解き放て!)


バァン!という爆発音に、『天使』は身を震わせた。
聖人の身を包む聖鎧が解除され、白い羽は凄い勢いで吹き飛ばされた。まるで四方に飛び散る散弾銃のブレッドのように、鎧のパーツはアスファルトの地面や壁に激突する。そして、シルビアの紫色の騎士服が露わになった。
彼女は袖で額の汗を拭うと、右手に持っていた剣をアスファルトに突き刺した。胸ポケットから赤い糸を取り出し、ブロンドの長い髪を結え始める。
ポニーテールのように髪を束ね、軽く頭を回すと、再び剣を取った。
その間、『天使』は折れた槍を再生し、身構える。
『天使』は理解していた。彼女が剣を手放していても、剣に刻まれている術式が自動的に発動し、同じ罠にかかってしまうことを。
シルビアは肩を回しながら、首をコキコキと鳴らす。
「ふぅー…騎士の聖鎧は重くて性に合わないわねぇ…やっぱりこっちの方が身軽でいいわ」
『天使』は唱える。
“La llama de la purga pasa por usted――”
(清らかなる炎は、全てを浄化する――)
詠唱とともに、槍の先から火の魔術が展開され、紅蓮の炎が『天使』の身を包みこんでいく。
先ほど、五和が発動させた魔術とは比較にならないほど強大な威力を持っていた。
「…天使のくせに、人の使う魔術が使えるなんて」
「そんなに驚くことかい?」
神父の黒服に身を包んだステイル=マグヌスは、背に赤々と燃える『魔女狩りの王(インノケンティウス)』を従えたまま、
「あのツンツン頭の男に関わってからというもの、語るにも語り尽くせない程散々な目にあってね。僕は、何が起きても大抵のことには驚かないようになってしまったよ」
ステイルが右腕を上げると同時に、『魔女狩りの王(インノケンティウス)』の掌に、大きな火球が生み出された。
そして、『天使』の方角に投げ飛ばされ、直撃する。
シルビアと並び立ち、
「『あの術式』を完成させるまで、まだまだ僕たちは時間を稼がなきゃならない。神裂のように、先に倒れてくれるなよ?聖人」
「それはこっちのセリフだ。ヒヨッコが」
視線を合わせず、軽口をたたき合った二人は即座に『天使』へと足を飛ばした。





同時刻。
第一二学区。
『魔神』と六人の魔術師たちが、激戦を繰り広げる戦場から一〇キロほど離れた教会では、違う意味での戦争が展開されていた。
「もがっー!インデックスさんのカレーはまじ最高です!」
「…貴方の食欲の業について、もう注意する気も失せました。アンジェレネ」
「まろやかだが、後味を残さないさっぱりした味わい。そして、口に残るピリ辛のテイスト…心に残るカレーの風味…まさしく『芸術(アート)』だっ!」
教会の大食堂では、二〇〇名を越えるシスターが、インデックス手製のカレーで賑わっていた。
扉を開けた途端、室内に漂うカレーの匂いと、ガヤガヤと騒ぐシスターたちの光景に二人は言葉を失った。
『一方通行(アクセラレータ)』こと御堂シンラは、
「なンだ、この連中は…」
隣にいたアニェーゼ=サンクティスは頭をかかえていた。頭をおさえながら、
「…見苦しいところをお見せてしまって、申し訳ありません」
シンラは、隣にいる赤毛の少女、アニェーゼがこのシスター軍団のリーダーであることは先ほど耳にしていた。この光景は彼女にとっても予想外だったのだろう。あからさまに落ち込む彼女を見たシンラは、
「…心中察するぜ」
と、小さく呟いた。
がつがつをカレーを口に入れる彼女たちは、『一方通行(アクセラレータ)』の肉体を再生するために、気を失うほどの魔力を提供した。その後に、栄養源である食物を摂取することは当然の行動である。
アニェーゼは、空席は無いかとキョロキョロと見回していたところ、

「あー!もしかして君、『一方通行(アクセラレータ)』くん?」

一人の女性が大きな声を上げた。
その声で、カレーを一心不乱に食べていたシスターたちは一斉に『一方通行(アクセラレータ)』の方へ目を向けた。
突然の事に、シンラは息を詰まらせる。
反応が出遅れた『一方通行(アクセラレータ)』を横目に、アニェーゼがギラリと目を光らせる。今度はシスターたちが言葉を詰まされた。だが、彼女の口から出た言葉は皆の予想に反するものだった。
「…仕方ありません。今回ばかりは目を瞑ります」
一瞬の静寂の後、皆は歓声を上げた。
『わお!愛してます!隊長!』『流石はアニェーゼ隊長!やっぱり最高です!』などといおう声も混じり、高い声が上がるばかり。一度大きな溜息をついたアニェーゼは、
「で・す・が!」
「この後もきっちり働いてもらいやがりますからね!魔力を今のうちに蓄えておきなさい!」
『イエス!マイロード!』
ひゃっほう!という声に、彼女たちは再び食事に戻った。品位のかけらも無い。二人分の空席を見つけたアニェーゼはシンラを連れて、長いテーブルの隅に座る。『一方通行(アクセラレータ)』がふと向かい側に目をやると、そこには修道服を身に纏っていない黒スーツを着込んだ一人の女性がいた。
目が合うなりにこやかに、
「私は、オリアナ=トムソン。『神上派閥』専属の運び屋をやってまぁす。国家機密のシロモノから耳寄りな情報まで、何でもね♪」
「…まともな職種につくことをお勧めするぜ」
普通の男ならうっとりと見とれるほどの色香漂う笑顔に、シンラは自分と似た「匂い」を嗅ぎ取った。いくら高級な服や化粧で覆い尽くそうとも、体から身じみでる泥と血が入り混じった匂いは、裏社会を駆けずり回る同業者には見抜かれてしまう。
「同じことを言うのね」
「あ?」
「こうして会うのは二度目なんだけどね。今、記憶が無いんでしょう?」
『一方通行(アクセラレータ)』は思わず息をのんだ。
フフンと笑うオリアナは、言葉を続ける。
「貴方からの依頼はかなり危険なシロモノだったけど、その分マネーは、はずませてもらったから。私にとっては御贔屓の顧客よ?シンラくん。でも、ご主人様の頼みごとでもあったから、お姉さん頑張っちゃったけど♪」
「ご主人様?」
シンラの問いに答えたのは、会話を聞いていた第三者だった。
ドン!とシンラとアニェーゼの眼前に大盛りのカレーが置かれた。
「と・う・まのことだよ!」
カレーを運んできた銀髪碧眼シスター、インデックスは怒りに身を震わせていた。
彼女の心境を無視してオリアナは、
「インデックスちゃん。私にもおかわりいだだける?本場のインドカレーより、私はこっちの方が好きだわ」
「この極東のカレーは、インドカレーとは別物だよ。…ちょっと待ってて」
そう言って、厨房に戻ろうとするインデックスをアニェーゼが慌てて引きとめた。
「ちょ、ちょっと!インデックスさん!貴方が雑用をする必要はありませんよ!」
「いいの。アニェーゼ。これは私が好きでやっていることだから」
「で、ですが…」
「大丈夫。食べ終わった人達は皆手伝いに回ってるから。心配しなくていいかも」
「…痛み入ります。大魔術師様」
大きく頭を下げたアニェーゼは、肩を狭くして再び席に着いた。
隣でその光景を見ていた『一方通行(アクセラレータ)』は、
「インデックスって言ったか…あいつ、そンなに偉いのか?」
「…魔術の世界では、彼女は神と崇められてもおかしくない存在なんです。ですから、魔術師たちの前ではくれぐれも軽率な言動は控えてください…」
「あの娘もご主人様と同格の『魔神』だからね。我々の世界では、知らない者はいないほどの有名人よ?もちろん、この時代の貴方も知っていることだけどね♪」
オリアナはにこにことした笑顔で、シンラとアニェーゼの会話に入った。
いまひとつ人間性が掴めない彼女に対して、『一方通行(アクセラレータ)』は警戒した視線を浴びせる。
「なンでも知ってるって顔だな」
「ええ。知ってるわよ。この作戦の意義も目的も概要も全て…」
「じゃあ、ドラゴンを倒せる唯一無二の方法ってノは何だ?」
「いきなり核心?せっかちなのねん♪」
オリアナの笑顔が癇に障ったが、『一方通行(アクセラレータ)』は無視した。
「…言っておくが、ドラゴンはいくらテメェら魔術師が束になっても勝てる相手じゃねェ…オレたち科学側と手を結んだところで、死体が増えるだけだ」
「シンラくんの言うとおりよ。今の戦力では、ドラゴンには勝てない」
オリアナはあっさりと肯定した。
戦力差は『圧倒的』ではなく、『絶対的』に負けているという事実を。
「…『君』づけは止めろ。次言ったら容赦しねェぞ」
「あらあら…怖い坊やね」
シンラは本気で言った。だが、オリアナはその殺気を真正面から受け止めつつも、顔に張り付かせた笑顔が絶えることは無かった。
「じゃあ、どうするつもりだ?」
「『法の書』って知ってる?」
オリアナの言葉に、『一方通行(アクセラレータ)』は表情を変えた。だが、彼女の表情は依然として微笑んだまま変わらない。
「貴方のお父さんが記した『法の書』にね、ドラゴンを倒すために記された伝説級の魔術があるの。私たちはそれを発動させる。それだけじゃない。『法の書』にはドラゴンの正体についても記されていた。これは――」
「ふははははははッ!!」
『一方通行(アクセラレータ)』は、オリアナの言葉を笑い声で遮った。
口を引きつらせ、声高らかに嘲笑する。
「ハッ!伝説ゥ?そんな御大層なシロモノに縋って、最後は神頼みか?魔術師ってのは現実を直視しない理想主義者(オメデタサン)が多いみたいだな。そンなだから、テメェらは科学に後れをとるンだよ」
「…その意見については、私も否定しないわ」
 オリアナの笑顔を変わらない。だが、彼女が吐いた返答には、多少なりとも重みが感じられた。それを聞き流していた『一方通行(アクセラレータ)』だったが、
「でもシンラ。貴方は勘違いをしている」
「アァ?」
「伝説『級』であって、伝説とは言ってないわよ?」
「話にならねェ…一パーセントでも希望があるから諦めないってか?それは馬鹿がやることだ。
いいか?絶望的な局面から逆転する『奇跡』ってノはなァ。小説やマンガでしか有り得ないンだよ。それが現実的に起こらないから、フィクションで面白いンだ。世間で『奇跡』って言われているシロモノは、『演出された必然』なンだよ。理想と現実の分別もつかねえヤツは、人の上に立つ者である前に人間として終わってンな」
その言葉に、オリアナは腕を組んで、そっと笑みをこぼした。
柔らかくも鋭い視線で、向かい側に入る少年を見据え、

「私の目の前にその『奇跡』がいるっていうのにね…」

と、オリアナは意味深い言葉を告げた。
『一方通行(アクセラレータ)』は、彼女の含みある視線と言葉に疑問を持った。
「…なンだと?」
「もう一度言っておくけど、私の言っていることは本当よ?ご主人様から直に聞いたのはこの私なんだから」
見る者全てを魅了するようなウインクと共に、


「もちろん、ベッドの上でね♪」


 と、爆弾を落とした。
その途端、周囲からブバッ!とカレーを吹きだした音が矢継ぎ早に響く。 
無論、隣にいた赤毛のシスターも例外ではなかった。
 カレーライスにスプーンを突き刺したまま、『一方通行(アクセラレータ)』は嘆息する。
 ドダドダドダァ!とシスターがオリアナの前に詰め掛け、咽返るほどのカレーの匂いが、『一方通行(アクセラレータ)』の周囲に蔓延した。
そして、シスターの面々がその真相を探るべく口を開こうとして、
「――っ!?」
言い知れぬ殺気に、シンラは身を震った。


「オリアナ……その話、くわしく聞かせてほしいかも」


いつの間にか、オリアナの背後に銀髪碧眼シスターが立っていた。
彼女の座った目と低い声に、シスターたちは一斉に声を殺す。
「あ、あはははは……インデックスちゃん?頼んでいた私のカレーは?」
オリアナの震える声が室内に空しく響く。
その光景を、向かい側の席で見ていた『一方通行(アクセラレータ)』は興味が湧かず、スプーンで掬ったカレーライスを一口頬張った。
インデックスが作ったカレーライスは、シンラの舌すらうならせる絶品だった。

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最終更新:2010年01月28日 23:22