永久に続くのではないかと思われる苦痛だった。
 苦い離別で人生の階段を転げ落ち、そのまま落ち続けるだけの十年余りだった。
 落ちている間、何一つ幸せらしいものを感じることはない。
 ただ運命を呪いながら、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて。
 少女は、お釈迦様の垂らした蜘蛛の糸で救い上げられた。
 彼女は喜んだ。この人のために生きようと、ずいぶん久しぶりに笑った。

 けれど、お釈迦様は程なく死んでしまった。
 かつて少女がそうだったように、人生の階段をごろごろと転げ落ちて、動かなくなった。
 少女はお釈迦様を助けられなかった。
 少女は嘆いた。
 少女は喚いた。
 少女は叫んだ。
 少女は少女は少女は少女は少女は少女は少女は。

 呪った。

 奇跡とは等しく薄汚れていることを少女は悟った。
 この人界を生きる上で、眼に見えないものに祈りをかけることが如何ほど無意味であるかを理解した。
 釈迦の無念と神への不信は、純粋無垢だった少女を魔女へと変えた。
 それでも、魔女となっても彼女は非力だった。
 世界を変える力などどこにもない。少女にできたことは、自分の世界をつくることだけだった。
 けれどつくった世界はどれもガランドウ。光だけがあって、どこまでも空寒いハリボテの偽物。
 それでも、少女は一心不乱に願って繰り返した。
 誰より神秘を呪っていながら、その実少女は誰より目に見えない奇跡を欲していた。
 その奇跡の名を少女は知らなかったが、追い求めていたのは皮肉にも、とある聖遺物の特徴と合致していた。
 どんな願いでも叶える力を。
 自分だけが扱える、汚れていない絶対の奇跡を。
 しかし、小さな魔女はあまりに弱い。
 諦めて膝を付き、いつぶりかの涙を流した。

 そんな彼女の前に、誰かが立っていた。

 それが誰なのかを、少女はついぞ正しく理解しなかった。
 彼もそれでよかったし、少女もそれでよかった。
 彼は少女の箱庭を変える。より理性的に、それでいて精微な姿へと。
 そのような御業を披露しておきながら、彼は言った。
 己は神秘を望まない。己が望むのは、科学の果てである。
 彼の言葉は難しくて、少女には理解できなかった。
 けど、自分たちはどちらも、神秘なんてものはこれっぽっちも望んじゃいないことだけはわかった。

 それから世界は完成した。
 偽りの日々が二十四時間、一秒のズレもなき精巧さで積み重なっていく。
 紛い物なれど、それは否定しようのない一つの世界であり、宇宙であった。

 最後に、少女と彼は世界の窓を開けた。

 作り物の魂では、どれだけ似通ったものを作り重ねて混ぜ合わせても、所詮本物には到底敵わない。
 こればかりは、世界を司る二人でもどうしようもなかった。
 だから窓を開けて、外からこの世界へ招き入れることにしたのだった。
 こうして、魔女の庭は彼女と友人のものだけではなくなってしまった。
 その代わり、魔女と彼がこの世界の何をさしおいても育てたがった『器』は、ついに完璧な姿となった。
 あとは、これに注ぎ込むものを集めるだけ。
 魔女は笑った。ずいぶん久し振りに笑った。
 もうじきすべてが叶うと思うと――幼い心は隠しきれず高揚し、きゃっきゃとはしゃぎたい気分になった。

 そうして、魔女を助けた科学の男もやはり笑っていた。
 怜悧で、とても冷たい笑顔だった。
 輝かしさも愚かしさもともに承知している。
 なれば我こそ人が持つ物質文明への幻想、その代行者として生き果てよう――彼方の誓いは霊核の奥に今もまだ、ある。

 この世界は神秘でできている。
 しかし内部は0と1の地平に支配され、黄金に瞬く今はまだ飢えたその器も、内ではいびつな機関音を鳴らしていた。
 この世界は科学でできている。


 ――少女は、『神秘』を見放したのだ。


 さあ、聖杯戦争を始めよう。
 心配しなくても、神様なんていやしない。
 思うがままに戦って、思うがままに願いを叶えよう。
 すべてを、願いのもとに。きっと懐かしいあの場所が、光輝の向こうで待っている。

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最終更新:2015年12月08日 19:07