ここは世界一優しい おかえりが待ってる場所
さりげない日常 ふわりと 抱きしめてくれるよ
ここは世界一暖かい 春が訪れる場所
ほら 花のこえが聞こえてる――――
◆ ◆
一条蛍は震えていた。
背負った赤いランドセルはその大きな体に不似合いで、見る者が見れば倒錯趣味だろうかと顔を顰めるかもしれない。
だが、その外見に反して彼女の心はまだまだ未熟の一言に尽きる。
どんなに背が高くたって、顔立ちが美しかったって、蛍はこれでも小学五年生の幼女でしかないのだ。
土砂降りの雨が降り注ぐ雑踏の片隅で、蛍は自分の傘を取り落とし、膝を抱えて小動物のように振動している。
がちがちと耳障りな音が聞こえる。
それは、彼女の歯が上下し、歯の根が合わずぶつかり合う音に違いなかった。
見慣れていたはずの通学路は、いつしか初めて訪れた場所に変わっていた。
胸元に取り付けられた小学校の名札には違和感しかない。
こんな名前の学校は知らない。
自分の通う学校はあの分校しかないし、その前の学校とも違っている。
何もかも。
そう、何もかもが自分の記憶と異なっているのだ。
なのに周りの人々は誰も、それに気が付いている様子がない。
まるで、おかしいのは蛍の方であるかのように。
おかしな世界はつつがなく回っていた。
そのことが不気味で空寒くて、彼女は人前も憚らずに膝を屈した。
ここはどこで、私は誰なのだろう。
何もわからない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
わからないけれど、頭の中にうごめいている言葉がいくつもあった。
聖杯戦争。
サーヴァント。
願いを叶える戦い。
魔術。
根源。
令呪。
契約。
どれ一つ、そうどれ一つとして、蛍に意味を正しく理解できる言葉はない。
その筈だ。
オカルト趣味に傾倒している覚えもない一条蛍にとって、魔術なんて言葉は漫画の世界だけの概念である。
そうでなければおかしいのだ。
なのに、自分は確かに知識としてそれを知っている。
まるで―――誰かに――――何かに――――刷り込まれたかのように、ぞんざいにぽんと投げ置かれている。
この町の暮らしに、蛍の暮らしに欠かせないものとなっていた少女たちの姿はない。
マイペースで不思議なあの子も、皆のムードメーカーであるあの子も、あこがれの先輩も。
少なくとも、一条蛍がこの町で過ごした時間の中で彼女たちと出会った覚えはなかった。
友達なら、ここは喜ぶべき場面なのだろう。
誰も私のような思いをせずに済むのだから、胸を撫で下ろすのが褒められた姿なのだろう。
「ひぐっ……えぐっ……」
しかしながら、一条蛍はあくまでただの小学生だ。
魔術の世界など、それこそ手に余る知識であって。
聖杯をめぐる戦いなどと言われてもピンと来ない、平和な世界の住人なのだ。
そんな彼女にそれを要求するなど、あまりに酷という話。
「先輩ぃ……みんなぁ……どこぉ……!」
泣きじゃくる声は雨風にかき消されて、誰の耳にも届かない。
あの村だったなら、きっと誰かが手を差し伸べてくれた。
それは知り合いかもしれないし、知らない人かもしれない。
優しさと思いやりに満ちた、のどかでやさしいあの村ならば。
でも、ここにはそんな優しさもぬくもりも不在だった。
なにも、ない。
そう、なにも。
蛍を助けてくれるものは、なにもない。
この町の住人たちに、そんな機能は与えられていないから。
ひとりきりでいつまでも声をあげて泣きじゃくる蛍の前に、いつの間にかひとりの女の子が立っていた。
気付いた蛍は顔を上げる。
……きっと、背丈なら蛍より大分小さいだろう。
もっとも、それは蛍が大きすぎるだけなので――多分、年上のはずだ。
その人は優しい顔をしていた。
少なくともそれは、この町では見たことのない表情だった。
あの田舎を思わせる、穏やかで温かいぬくもりに満ちた目が、そこにはあった。
「泣かないで。一人じゃ、ないよ」
よく見るとその人の服装は、少しだけおかしかった。
周囲から浮いている。コスプレイヤー、というのだろうか。とにかくそういった類の、どこか非現実的な衣装だ。
けれども、面と向かってそれをからかったり指摘したり出来る者はきっといないに違いない。
それほどまでに、その格好は彼女によく似合っていた。
可愛らしいが、しかし決してそれだけじゃない――気高い強さを感じさせるところが、特に。
「ひとりじゃ、ない?」
「うん。確かに、ここはきっとあなたの居るべき場所じゃないと思うけど。
でも――私がいるから。必ず、私があなたの大好きなところへ送ってあげるから。だから、ひとりじゃないよ」
「助けて、くれるんですか?」
「もちろん」
優しく蛍の頭に手を載せ、ゆっくりと左右に動かす。
彼女は傘を持っていて、それで蛍が濡れないようにもしてくれていた。
自分が濡れることも厭わずに、ただ目の前の泣いている子どものことだけを考えていた。
蛍は不思議と、自分の心にわだかまっていたたくさんの不安がほどけていくのを感じる。
理由はわからない。
わからないが、どういうわけかこの人を見ていると――体の芯から勇気が沸いてくるのだ。
一条蛍は聖杯戦争などという儀式に順応できる精神性は持っていない。
でも、目の前の彼女が自分にとっての何であるのかは理解できた。
――サーヴァント。この偽物だらけの世界の中で、ただ一人だけの……私の味方。
「ありがとう、ございます……えっと……」
「《ブレイバー》。私も呼ばれ慣れてない名前だけど、私のことはそう呼んでほしいな」
「わ……わかりました、ブレイバーさん! ――あ。私は一条蛍といいます。改めて、よろしくお願いします……!」
ブレイバー。
それは本来のクラス定義にはありえない、勇気ある者のみが適合するイレギュラー・クラスだ。
ブレイバーのサーヴァントは、弱者に、諦めた者に、立ち上がる勇気を与える。
歴史の中にいつだとて存在し、時に華々しく語り継がれ、時に誰にも知られず密やかに生まれた彼ら・彼女ら。
人類史の発展に不可欠なその存在を、人々は賞賛を込めてこう呼んだ。
【クラス】
ブレイバー
【真名】
犬吠埼樹@結城友奈は勇者である
【ステータス】
筋力D+ 耐久D+ 敏捷C+ 魔力B++ 幸運D++ 宝具C++
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
勇気:A+
勇者と謳われる存在に共通する要素。主役の条件たる概念。
彼女は臆病な性分の持ち主だったが、仲間と共に歩む中で最高ランクの勇気を見出した。
打開不可能なほどの逆境に追い込まれた場合、幸運判定にプラス補正を受け、更に各種ステータスが1ランク上昇する。
輝ける背中:A
自身と敵対していないことを条件に、「弱き者」「諦めた者」の前で勇気を示すことで発動するスキル。
人間であれサーヴァントであれ、その存在に温かく眩い勇気を分け与える。
それで決起するかどうかは本人次第だが、英霊がこの効果を受ければ、ステータスの上昇も時には見込めるかもしれない。
【保有スキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
精霊の加護(偽):A
二体の精霊を連れている。精霊は自動防御の機能を持ち、ブレイバーへの攻撃を防ぐ働きを見せる。
だが、彼らが勇者を守るのは決して善意からではなく……
神性:C+
宝具の使用によって手に入れたスキル。
宝具を使用する度にランクは上昇していき、最大でA+ランクにまで到達する。
【宝具】
ホシトハナ
『星と花』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1
ブレイバーが使用する勇者というシステムに内蔵された、強大な力を発揮するための切り札。
精神面を中心に様々な要素で蓄積されていく満開ゲージをすべて消費し、普段の自身を超越した力を得ることが出来る。
幸運以外の全てのステータスが上昇し、解除後には筋力、耐久、敏捷のどれかが永続的に1ランク上昇する。
しかし、咲き誇った花がその後散るように、真名解放を行った勇者には「散華」と呼ばれる機構が働いてしまう。
散華は身体機能の一部を彼女へ力をもたらした神性、神樹に捧げることを意味し、一度捧げた機能・部位が戻ってくることは決してない。宝具を使う度に、勇者は無惨な姿へと成り果てていく。
【weapon】
ワイヤー。これを素早く伸ばし、敵を断ち切る。
【人物背景】
讃州中学勇者部の部員であり、本物の勇者に選ばれた少女。
姉の風とは対照的に、とても気弱な性格をしている。そのため、昔から姉の陰に隠れがちな存在だった。
しかし勇者として戦う中で彼女も成長を遂げ、最終的にはかねてからの希望だった「姉と並んで歩くこと」を超えて、姉の前へ立って歩くような大活躍を見せるまでになる。
【サーヴァントとしての願い】
マスターを無事に帰すことを最優先。
聖杯戦争は間違っていると思うので、聖杯が誰かの手に渡ることは出来れば阻止したい。
【マスター】
一条蛍@のんのんびより
【マスターとしての願い】
帰りたい。
【weapon】
なし
【能力・技能】
まるっきりの一般人。ただ、そのプロポーションと顔立ちは歳不相応なものがある。
【人物背景】
旭丘分校に通う小学生。
東京出身で、父親の仕事の都合で田舎の旭丘分校に転校してきた。あだ名は「ほたるん」。
分校の女子生徒の中でもっとも高い164cmの身長の持ち主で、身長以外も小学生とは思えないほど発育がよく、落ち着いた言動や雰囲気からよく周囲から大人と間違われる。
【方針】
人殺しはしたくないし、叶えたい願いもない。
なるべく戦わずに帰れる手段を探したい。
最終更新:2015年12月11日 22:59