「ああああああああああああ?!」
現界時、プリミティブが最初に耳にした音は「悲鳴」であった。
何事か――――――――驚き、すばやく辺りを見渡す。だが何もない。せせっこましく、薄暗いそこには誰もいないどころか、何もなかった。
今のは?
自分を呼んだのは?
今は何時代(いつ)だ?
少々戸惑うが、これは聖杯戦争。戦いにアクシデントはありがちだし、何より知らない場所にいきなり来てしまうのは初めてではない。ゆっくり伸びをしてリラックスした後、現状把握のために今一度辺りを観た。
地面――――――――木で出来ている。これは今踏んでいる足の感触でわかる。見上げる。天井も多分これだ。
横には石…?のようなもので作られた壁。よくわからないが、赤茶けたこれはあの未来で何度か見たことはある。
床に壁。ならばここは家か?そうだ、きっと家なのだろう。しかし。
旧(ふる)い――――――――
プリミティブはそう思った。無論、自分が生きてきた時代とは全く違う。
違うが、自分が一度蘇ったあの場所。
白い服を来た連中が沢山いたあの時代。猛き戦士が溢れていたあの時代に比べると、どこか親近感が湧く。それくらいには旧(ふる)めかしい。
「ああああああ!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
まただ。空を切り裂くような、気持ちをつんざくような。苦痛(いたみ)の声。致命傷を受けた餌があげる悲鳴によく似ているが、小さい笑い声も一緒に聞こえる。よくわからない。
…探すか
とりあえず声のした方に向かい歩く。目の前の扉を開き、先に続くこれまたせせっこましい道を渡り。もう一つの扉を開けた先。
そこに二人の人間が居た。小さな雄と、小さな小さな雌だった。
この雌がマスターか。プリミティブはそう直感した。
先にプリミティブに気づいたのは座り込んだ雌の方だった。扉に背を向ける雄を見ていたので、扉を開けて出てきたプリミティブと目があった。
手入れはされていない。しかし、艶ときらめきのある黒い髪に、大きくくりっとした目。宝石のような蒼い瞳。
身体は貧相。雌とまではいかぬ子供のような身体ではあるが、凡そ服とは呼べない無残なぼろ切れを纏っている。それでも、覗いた肌には若さからくる潤沢なみずみずしさがあった。
瞬間、プリミティブの脳裏に去来したイメージは花。それも小さく、可憐でまだ咲いていない蕾。
可愛い――――――――一も二もなく、プリミティブはそう思った。
「………?」
対する蕾は何事かわからず、朦朧とした顔でこちらを見ていた。
牙も向かず、爪も見せず、何もせず、ただ見ていただけ。だかそれが、雄の逆鱗に触れた。
髪の少ない散らかった頭をした、肥満(デブ)の醜い男がプリミティブに気づかぬまま、力任せに蕾の横っ面を引っ叩く。
明らかに興奮し、周りも見えていない雄。もんどりうって倒れこむ少女の上で手に持った透明なモノの上部を捻り、それを逆さに向けた。
透明なモノから、これまた透明な。しかし、強い刺激臭のする液体が流れ落ちる。その液体が少女の上に落ちた瞬間
「あああああああああああああああ!!うああああああああああ!!」
突如、絶叫(さけ)んだ。苦痛に転がる蕾。高笑いする雄。
刺激臭のする液体が何かと考えるより、先にプリミティブには気付いたことがあった。
これだ。さっき自分はこれを聞いたのだ。しかい何故?
何故この雄はマスターを痛めつけているのだ?
マスターは見たところ、食える場所などほとんどなさそうな小さい体。
対して雄は食うに困らないというか、食うに困ったことはなさそうな身体をしている。
ならば何故?食うでもないのに痛めつけ、その上で笑うのだ?
「ハル……?」
プリミティブ――――――――白亜紀から来た原人。現代での通称ピクル。
無駄の無い自然で生きてきた彼には、その雄の行為がまるで理解できなかった。
弱肉強食。群雄割拠の時代に生きた彼にとって、強いモノが弱いモノを食うのは理解できる。
往々にして賢くない恐竜達(あいつら)はそうするしかないし、あそこではそれが掟(
ルール)であった。
自然には無い、凡そ理解できぬ無駄な行為にプリミティブは困惑した。
しかしそれと同時に胸の奥から何かが湧きたち、髪が逆立つ。
「ハルラッッッ……!!」
可愛らしい蕾。
鍛えることも出来ぬ身体で。刃向かう牙もないであろう、そんな気もないであろう身体で、こんなに酷い傷を付けられている。
今までどんなに辛かったであろう。どんなに苦しかったであろう。
そう思うプリミティブの胸に湧き上がる義憤(いかり)――――――――。
自分と同じ種族であるにも関わらず弱い者を傷つけるこの蛮行…許すまじ
快楽のために傷つける蛮行…許すまじッ
美しい蕾を傷つける蛮行…許すまじッッ
この男、決して許すまじッッッ!!!
恐竜達(あいつら)よりも!
死んでも死なないあの男よりも!!
誰よりも!!!!
「ハルララッッッ!!!」
瞬間、プリミティブの五体は発火。雄が振り返るより早く突進し、そのだぶついた顎に向かって力任せに腕を振り上げる。
数多の恐竜達を屠ってきた剛腕にとって、無精な生活を送る雄の肉体は余りに脆く、余りに儚かった。
「………!!?」
着弾。
ボーリング玉以上はありそうな拳骨が顎から頭骨を豆腐の如くくだき、天に地に脳漿がぶちまけられる。
100キロはあろう雄の肉体が暴風に吹かれた葉のように猛烈に吹き飛び、天井に突き刺さった。
少女――――――――シルヴィは目の前で起きた事が理解できない。
褌の、しかしとても大きくムキムキなお兄さんが入ってきたと思ったら自分はご主人様に引っ叩かれ。
薬品をかけられたら、なぜか怒ったお兄さんがご主人様をものすごい速さでなにかをして。
何かをされてしまったご主人様は天井に突き刺さって動かなくなって。
「ハル……」
直感した。このお兄さんは助けてくれたのだと。
恐らく言葉は話せないのだろう。なんとなく、そんな気がする。
しかし話せぬまま大きな身体をかがませて。眉を下げ、こちらを気遣うような目で見てくる。
おずおずと、その大きすぎる手を差し伸べてくる。
「あ、あの。ありがとうご…」
手を取り、ふらつきながらも立ち上がる。礼を言おうとしたが、立ち上がった瞬間にまとったボロが脱げた。
その裸体に、その身体に、プリミティブは目を点にした。
美しさもあるが、それよりも傷――――――――あちらにもこちらにも。体中余す事のない無数の痕がプリミティブの目を引いた。
自分が過去負ったような噛まれたり、引っかかれた痕とは明らかに異なる。赤く爛れたり、皮が肉毎めくれていたり、ミミズが這ったような痕だったり。
何種類もの見たことが無い傷に困惑する。赤く爛れたものは赤くて、光っていて、とにかく熱い火(あれ)…あれで出来た傷に近いが…
そのどれもが見た事のない傷だった。
「…申し訳ありません。お見苦しいものを見せてしまいました。これらはこのご主人様…であった人に付けられたものです。」
少女がボロを拾いながら何か言っている。何を言っているのかわからないが、だいたいわかった。恐らくあの雄に傷つけられたのであろう。
可哀想に…プリミティブは悲痛な想いに目を閉じた。
こんな小さな体で、あんな大きな身体に抵抗も許されぬまま。出来ぬまま。
それはどれほどの恐怖だっただろう。どれほどの絶望だっただろう。どれほどの――――――――
「……え?なんで拝んで…?」
膝をつき、祈らずには居られなかった。
この蕾、この少女の身体に。
この少女の精神に。
この少女の人生に。
「あ、あの……頭あげてください。
とにかく、助かりましたから…」
何か言っている。何を言っているのかわからないが、困惑していることだけはわかる。
「…。ハル……」
再び脳裏に想い出が浮かぶ。
白亜紀。強き者が食らい、殺し、生き残るその中で。
争わず、主張せず。しかし懸命に生きるこぶりで控えめな蕾。
それはそれで美しいが、花は咲くものだ。咲くところも見てみたい。
期待して待つ日々…戦いの中とはまた違う、心を癒す時間…
ただ見るだけ。座って、ただ待つだけ。しかし満たされる心…
「……」
この娘も似たものを感じる。この蕾が咲いたらどうなるのだろう。
花開けばどれほど美しいだろう。笑えばどれほど可愛いのだろう。
咲かせたかった。傷つき、萎れたこの蕾に水をやり、元気にさせたい。
花を咲かせてあげたい。
「ルラ…」
原人は、頭を撫でた。
(この人は…何?)
わからなかった。この人はなんなのか?
誰なのか?
どこから来たのか?
なんなのか?
過去幾度も救いのような言葉を耳にしたが、幾度も裏切られた。その度に心を無くそうと努め、失ってきた。
痛いことも辛いことも、そうしたら少しはマシになった。だから心も感情もなくした筈だった。だというのに
(この胸の…これは…?)
鎖骨中央、下約10センチ。その奥に突如現れた痛みに似たモノ。
痺れる。それでいて甘い痛み。手放し難き…痛み。
その痺れに、痛みに、涙が溢れた。
「あ、あああ…」
あんなにも硬そうに握っていた拳骨が、あんなにも柔らかそうに解かれ。
こんなにも心配そうな目で頭の上に載せてくる。
語らずとも、語れずとも。
その目が、その行動が。何よりも彼の心を雄弁に物語っていた。
「怖かった…辛かった…!!!!」
感情をなくそうと勤め、言葉を、人を信じられなくなった少女を救ったものは。
皮肉にも感情を理解できず、言葉を解せず。文明とは程遠いところから来た原始人であった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
感激…?
感謝…?
喜び…?
どれともつかず、声にならない。しかしどんな言葉よりも悲痛な叫びがぼろ小屋に木霊する。
戻って来た心が、感情がぶっ放す叫び。
沢山叫んだ。沢山泣いた。
その場で叫んだ。ピクルにすがりながら泣いた。明けても暮れても泣き叫び続けた。
止めようとしても止まらなかった。
今迄の人生で流すはずだった何年分もの涙と叫びだったからだ。
言語を解せぬ原人にとって、それは何よりも堪えるものだった。
どんな爪や牙よりも痛かったし、どんな咆哮よりも響いた。
同時に決意を固める。大声で泣き縋るシルヴィを抱きしめながら心に決めた。
この娘はオレが守護(まも)らねばならぬ。
過去自分にできたような友達を作ってやりたい。友達を作ってあげて、笑わせてやりたい。
この瞬間、この戦いでの彼の望みが決った。
【CLASS】
原人(プリミティブ)
【真名】
ピクル@範馬刃牙&ピクル
【ステータス】
筋力A++ 耐久A++ 敏捷A++ 魔力- 幸運A+ 宝具-
【属性】
中立・中立
【クラス別スキル】
対魔力 EX
一億年近い過去の人類はそれ自体が奇跡の産物。その神秘性はどんな英霊とも比べられない。
種別を問わず、『魔術』に分類される物ではピクルを害することは不可能。
【固有スキル】
原始の肉体:A+
生物として完全な肉体を持ちながら、恐竜との戦いの中で磨かれた無類の肉体。
このスキルの所有者は、常に筋力・耐久がランクアップしているものとして扱われる。
捕食:A
敵対したサーヴァントとの勝負に勝った時に相手を捕食、または攻撃として噛み千切った際にその肉を喰らう。
このスキルの所有者はサーヴァント・及びマスターの肉を喰らった際、魔力が充填される。
千里眼:C
視力8.0以上。
白亜紀闘法:-
障害物を蹴ってそれをバネとして、超スピードで跳ね返る技術。
超一流のファイターですら目に負えないそれは、発動時に敏捷が一ランクアップする。
最終形態:-
骨格を変化させて攻撃力を大幅に上げる。
発動時、筋力に+補正がかかる。
【宝具】
なし
【weapon】
肉体
【サーヴァントとしての願い】
シルヴィを守護(まも)りぬく。シルヴィに友達を作ってあげたい。
そのうえでできるならば、自分も戦いたい
【人物背景】
古代の地層から蘇った原人。恐竜を素手で殺し捕食していた。
銃弾をも通さない鋼の肉体、頸椎が水牛並、警官隊・軍隊・M.P.B.Mを圧倒するなど尋常ではない戦力を持っている。
【戦術・方針・運用法】
守護(まも)り抜く。シルヴィは庇護欲をそそるが、単体では非常にか弱い存在なので常にピクルが戦う。
ピクルとしては集団に属し、その中にシルヴィを置きたい。自分一人よりは安全だろうし、何よりできる限り多くの友達を作ってあげたい。
襲ってくるものに対しては戦うし、食す。そうされるのは好きだし望んではいる。出来るなら自分も好んで狩りに行きたいが、シルヴィを最優先する。
刃牙や克己など多くの現代ファイターから社会を学んだ原人は、むやみに争う事を善しとはしない。
意思疎通は複雑なもので無ければなんとかなる。
【マスター】
シルヴィ@奴隷との生活
【マスターとしての願い】
ピクルの好きにさせたい。
ピクルともっと仲良くなりたい。
【weapon】
なし
【能力・技能】
無いが、非常に庇護欲をそそる。撫でたくなるし、嵌った者は撫でるだけで一日が終わってしまったりする。
【人物背景】
奴隷。数々の拷問を受けて心を閉ざしていたが、物言わぬピクルとの邂逅で少し心が開く。
【方針】
できる限りピクルに従う。
聖杯戦争の具体的なことはわからないが、ピクルの身振り手振りから何か大きな戦いに巻き込まれたことだけは理解している。
最終更新:2015年12月14日 20:49