「ハァ、ハァ……グゥッ……!?」
町外れに位置する、小さなあばら家の一室。
一人の男がベッドに横たわり、苦悶の声を上げていた。
その男の容姿は、明らかに普通ではなかった。
頭髪は色素が抜け落ち、年齢に不相応の白髪と化している。
そしてその顔面は、左半分が歪んでいた。
血管が大きく浮き出、皮膚が捩れ瞼はほぼ潰れており開かれそうにもない。
この異形を持つ青年―――間桐雁夜は、己の内に走る激痛と戦っていた。
彼の傍らに立つ、大きなハットをかぶった一人の青年―――呼び出したサーヴァント・ライダーと共に。
このサーヴァントが放った『鉄球』を、むき出しにした腹部の上で回転させながら。
「……よし、マスター。
処置は終わったぜ」
終わった。
そう告げると共に、ライダーは雁夜の腹部で回転していた鉄球を手に取りベルトのホルスターへとしまう。
同時に、雁夜の口から漏れていた苦痛の言は途切れた。
その表情は穏やかなものへと切り替わっており、そして口からは安堵のため息が漏れている。
「どうだ?」
「ああ……幾らかはマシになったよ。
ありがとう、ライダー」
雁夜はゆっくりとベッドから体を起こし、枕元に畳んであったシャツに腕を通す。
この聖杯戦争でマスターとして目覚めてから数日。
彼はずっと、ライダーの手で治療を受けていた。
何故、二人がこの様な事をしているのか。
事の発端は、おおよそ一年前に遡る……
◇◆◇
かつて雁夜は、悍しき間桐の家が持つ魔術の継承を拒み自由の身となるべく出奔した。
しかしその決断は、彼にとってあまりにも残酷な運命を告げることになった。
彼には、想いを寄せ続けていながらも、その幸せを願い敢えて身を引いた最愛の幼馴染―――遠坂葵がいた。
間桐の家を離れ魔術を捨てた後でも、彼女やその娘達との交流はずっと続けていた。
彼女達の幸福を、ずっと願い続けていた……そんなある日の事だった。
葵は、彼にこう告げたのだ。
――――桜を、間桐の家に養子に出した。
その言葉を聞いた途端、雁夜はただ絶望するしかなかった。
自身が間桐の継承を拒んだが為に、その呪わしき宿命を愛しき女性の娘に課す事になってしまったのだ。
そして、彼が急ぎ家に戻った時には……既に手遅れであった。
桜の肉体は、間桐の魔術に染められるべく蟲を使った調練によって歪められていた。
桜の心は、完全に壊され闇に沈んでいた。
その事実を知った時、雁夜は心の底から憎んだ。
桜を間桐の地獄に叩き落とした遠坂時臣を、間桐の地獄を作り出した間桐臓硯を。
『魔術師』という存在を、憎悪せずにはいられなかった。
しかし、希望は残されていた。
それこそが間桐臓硯が桜を求めた理由―――聖杯戦争だ。
自身が聖杯を手にする事さえ出来れば、桜がこれ以上苦しむ必要は何処にもない。
無茶なのは承知の上だった。
魔術の研鑽を一切行っていない身で聖杯戦争に望むなど、蛮勇ですらない無謀に他ならない。
勝てる見込みなどまずないだろう。
それでも、雁夜にはその一歩を踏み出さずにはいられなかった。
大切な者を救う為に、彼は賭けに出たのだ。
一年という聖杯戦争までの僅かな期間の内に、マスターとして相応しい実力を身につけるべく……その身に刻印虫を植え付けたのである。
魔力を補う代わりに自らの肉体を巣食うこの蟲を体内に取り込み一年の地獄を耐え切ることで、彼はどうにか力を身に付ける事に成功したのだ。
おかげで余命は僅か一ヶ月持つかどうかという有様だが……そこに、後悔は無かった。
そしていよいよ、彼はサーヴァント召喚の儀を翌日に控え、体力を少しでも温存すべく眠りについたのだが……
「……俺は……どうしてこんなところにいるんだ?」
目が覚めた時。
彼を待ち受けていたのは、全く見知らぬ土地であった。
間桐の家ではない小さなあばら家の中で、いつの間にか横たわっていたのだ。
周囲を見渡すも、人の気配も蟲の気配もまるでない。
「桜ちゃん……臓硯……いないのか?」
身近にいるはずの二人の名前を呼ぶも、やはり返事は返ってこない。
これはどういうことか。
不穏に思い、つい呼吸を荒げさせてしまう……
『よう……目覚めたみたいだな、マスター?』
その直後だった。
いきなり背後から、若い男性の声が聞こえてきたのだ。
雁夜は慌てて振り向くと……そこには、先程までは確かにいなかった筈の男の姿があった。
「お前は……?」
「ああ、あんたのサーヴァントだ。
クラスはライダー……よろしく頼むぜ?」
男―――ライダーは、金色に光る歯を見せて「ニョホ!」と笑いながら雁夜にそう確かに告げた。
それが、二人の出会いであった。
◇◆◇
「いつもすまないな……おかげで、十分に動けそうだ」
あれから数日の間。
雁夜はライダーにこの聖杯戦争についての説明を受けながら、こうして日々を過ごしていた。
曰く、どうやらこの場は冬木で行われる聖杯戦争とは別種らしく、
ルールやサーヴァントの数にも幾らかの差異があるらしい。
その事に最初は雁夜も困惑を隠しきれなかったものの、しかしこれが確かに聖杯戦争であるという事実を、今は完全に受け止めていた。
ならばやる事に何ら変わりはない。
聖杯を手に入れ、桜を解放する……その為に戦うまでなのだ。
「改めて言っとくが、俺に出来るのは応急処置……あくまで一時的に痛みを和らげるだけだ。
時間が経てばまた痛みが出てきちまうからな……気をつけろよ?」
「ああ、わかってるさ」
そしてその為の一環として、雁夜はこのライダーの治療を受けていた。
彼は生前に医者としての修練を積んでいたらしく、鉄球の『回転』を用いて肉体に効果をもたらすという特異な技術を持っているという。
それを知った雁夜は、これを自らの肉体に施してもらっており……効果は覿面であった。
刻印虫によって傷ついた肉体の根本的な治療にはならないものの、痛みの緩和という点で言えばこの上ない結果が出ている。
一時的とはいえ、全身を走り続けていた激痛を抑えられているのだ。
雁夜はライダーとの出会いに、素直に感謝していた。
これならば、この傷ついた体でも十分に戦えると。
桜を救う為に、力を振るうことができると。
「……ライダー。
俺は何としてでも聖杯を手にして桜ちゃんを助け出す。
世話になった身で言うのも悪いが、お前には相当な無茶を言う時もあるだろう。
それでも……どうか、頼む。」
「……分かってる、安心しろ。
お前の望みは必ず叶えてやるよ」
通常、触媒も特殊な詠唱も用いぬ召喚の儀式では、マスターとの相性が良いサーヴァントが呼び出されるとされている。
だからだろうか……ライダーは、そんな雁夜の痛ましく儚げな姿にある種の共感を覚えていた。
彼もまた生前、雁夜と似た願いを持っていた。
一人の少年を救う、ただそれだけの為に巨大なレースに挑んだ。
その裏に潜む巨悪との戦いに、世界を巻き込む大きな野望に挑んだ。
残念ながら、彼自身はその最中で惜しくも敗れ倒れたのだが……しかし、魂は受け継がれた。
共に旅を続けてきた相棒に、彼の誇りと意思は確かに受け継がれ……思い描いた形とはやや違えども、無事に戦いは終わりを告げたのだった。
雁夜は、かつての己と同じ願いを持ち……そしてどこか、その相棒に似ているのだ。
大切なモノの為、目的を果たすためならば殺人をも厭わない『漆黒の意思』が彼にはある。
あの相棒が持っていたのと同じ漆黒の意思を、彼は確かに持っている。
(……ほっとけねぇよな。
こんなんを見ちまったらよ……)
もしもこの聖杯戦争が、彼の言う本来の冬木の聖杯戦争で行われていたとしたら。
彼は桜を救う為に、桜の父である遠坂時臣を手にかけていたかもしれない。
それは彼女達の幸せを願いながらも幸せを奪う事に繋がる、矛盾した行いだ……ライダーはそれに気づいていた。
この聖杯戦争が冬木のものとは違う以上、全ては杞憂に終わったものの……雁夜は非常に危うい。
その『漆黒の意思』は、尊さのある反面一歩踏み外せば無残な結末を生むに違いないものだ。
だからこそ……彼の願いを叶えると共にそうならないようにするのは、ずっと漆黒の意思を持つ者の側に立ち続けていた自分の役目だ。
【CLASS】
ライダー
【真名】
ユリウス・カエサル・ツェペリ(ジャイロ・ツェペリ)@ジョジョの奇妙な冒険 スティール・ボール・ラン
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力E 幸運B 宝具A+
【属性】
秩序・中庸
【クラススキル】
騎乗:C
騎乗の才能。
大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、 野獣ランクの獣は乗りこなせない。
【保有スキル】
千里眼:C
視力の良さ。
遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
数多くの難敵と戦いながらも、敵の持つ能力を見切りその弱点を突いて打倒してきた。
外科手術:C
マスター及び自己の治療が可能。
医者として修練を積んできたため、道具と設備さえあれば古い時代の技術ではあるものの適切な処置が施せる。
【宝具】
『戦女神の名を冠する愛馬(ヴァルキリー)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1~30
生前にライダーが騎乗していた愛馬が宝具として昇華されたもの。
発動と共に、ストック・ホースの名馬ヴァルキリーを呼び出す。
ヴァルキリーは特殊な能力こそ持たぬ4歳馬だが、ライダーと共にあらゆる悪路・窮地を駆け抜けてきた名馬中の名馬。
その速力・脚力・持久力は高く、文字通りライダーの足がわりとなってきた宝具。
また、普通の馬であるが故に少ない魔力消費で開帳可能という利点がある。
この宝具の発動中にのみ『運命を穿つ無限の鉄球』を開帳する事が可能となる。
『運命を穿つ無限の鉄球(ボール・ブレイカー)』
ランク:A+ 種別:対人(対界)宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1~30
かつてライダーの一族が生み出した技術を復刻させ、騎乗のエネルギーを加える事で完成させた『回転の技術』が宝具として昇華されたもの。
『戦女神の名を冠する愛馬』を発動し騎乗している時にのみ使用が可能となる。
元々は盾や甲冑を身につけた騎士の防御を突き抜けるために開発された技術であり、
ライダー自身が繰り出した黄金長方形の回転エネルギーに、乗馬の走行形から得たもう一つの黄金長方形の回転を
乗せることによって、無限の回転エネルギーを乗せた鉄球を放つ。
その極めて高い回転エネルギーは『スタンド能力』と呼ばれる超能力に近い固有のヴィジョンを持つに至り、
人の持つ技術がもっともスタンドに近づいた姿と言われている。
鉄球の威力は計り知れなく、回転が持つ莫大なエネルギーは次元の壁すらも突き破る程。
ただしこの宝具を発動させるには、自然にある黄金長方形を確実に認識しなければならず、
且つ『戦女神の名を冠する愛馬』が十分な走行形を取れるだけの環境にあること、
そして用いる鉄球が寸分な狂いのない真円でなくてはならず、僅かに条件が欠けるだけでも本来の威力は発揮できなくなる。
【weapon】
『鉄球』
ライダーが生前より愛用し続けてきた、掌サイズの鉄球。
単なる投擲用の武器としても威力はあるが、その真価は自然に存在する『黄金長方形』を認識した時に発揮される。
黄金長方形の中心を結んでいくことにより生まれる『黄金の回転』エネルギーを鉄球に伝わらせ、
回転する鉄球の振動が生み出す『波紋』により様々な効果を引き起こす事が可能になる。
岩盤を簡単に抉り取るだけの破壊力を生み出したり、皮膚に回転の力を伝わらせる事で硬質化させ防御を高めるなど、
その技術は広く応用が効く。
生前は鉄の塊を削り取る事で作成していたが、サーヴァントとなった今は魔力で生成が可能。
【人物背景】
法事国家ネアポリス王国の法務官であり、伝統ある死刑執行人の家系ツェペリ家の長男。
また、ツェペリ家は表の顔として医者を家業ともしているため、医者としての修行も積んでいる。
環境に恵まれ順風満帆な日々を過ごしていたのだが、とある男爵家を巡る裁判に関わりその人生は一変する。
この男爵家では国王暗殺の計画が密かに企てられており、その事実を知った王国は一家を全員処刑する。
しかし、この時にたまたま男爵家で働いていた召使いである少年マルコも関係者の一員であるとされ、
無実であるにも関わらず彼には死刑判決が下されてしまったのである。
ジャイロはその判決に納得する事ができず、国王の恩赦を得て彼を救うべく
アメリカで行われる大陸横断レース『スティール・ボール・ラン』への出場を決意、優勝する事を誓う。
その最中で、唯一無二の相棒となるジョニィ・ジョースターと出会い、
彼と共にレースの裏に隠された真の目的『聖なる遺体の入手』を巡る戦いに巻き込まれる。
レースの終盤、真の主催者であるファニー・ヴァレンタイン大統領と戦い
次元の壁すらも突き抜ける無限の回転エネルギーを生み出す技術で後一歩のところまで追い詰めるも、
紙一重の差で大統領に敗北・死亡してしまう。
しかしその誇り高き魂は確かにジョニィに受け継がれ、大統領を打ち倒し『聖なる遺体』を巡る戦いに無事終止符は打たれた。
その後、遺体はジョニィの手により故国に返され、安らかな眠りについたのであった。
どこか飄々とした性格ではあるが面倒見がよく、臨機応変に戦術を変える大胆さ・緻密さの両方を持ち合わせている。
また、自分の中に確固たる倫理観を持って行動しており、明確な殺意を持って襲い来る相手には殺傷も辞さないが、
自分の側から殺意を持って他者を攻撃することは極力避けていた。
【サーヴァントとしての願い】
雁夜の願いを叶えるために戦う。
また、彼の持つ『漆黒の意思』が危うい方向に向かない様にする。
【基本戦術、方針、運用法】
ライダーでありながらもアーチャーとしての運用に近いサーヴァント。
鉄球の威力を発揮できる中~遠距離戦での戦闘を基本とする。
『黄金長方形』を認識できる自然が存在する場所でこそ鉄球の威力が活きてくるので、なるべく屋外での戦闘に持ち込む。
狭い場所ならば小回りを優先してそのまま、広い場所ならば宝具で愛馬を呼び出しその機動力を活かすという形で立ち回り方を切り替え戦う。
厳しいもののうまく条件が揃えば決定打となる『運命を穿つ無限の鉄球』を発動させられるので、
強敵との戦闘ではなるべく騎乗した状態を心がけたい。
【マスター】
間桐雁夜@Fate/Zero
【マスターとしての願い】
聖杯を勝ち取り、桜を救い出す。
【能力・技能】
間桐の魔術により、多量の蟲を使役して戦闘をする。
中でも、牛骨すら噛み砕く肉食虫「翅刃虫」を切り札としている。
ただし魔力総量自体はそこまで高いわけではなく、
且つ魔術を行使すると体内に植えつけられた刻印虫が反応し、肉体を内から破壊するという代償がある。
その為、魔力を使うだけでも血を吐くほどの苦痛を常に伴わなければならない。
【人物背景】
魔術の名門である間桐家の次男。
しかし正当な魔術師ではなく、資質はあったものの間桐の禍々しい魔術を拒み出奔した。
その後はフリールポライターとして各地を渡り歩いていたが、
幼馴染である遠坂葵より彼女の娘である桜が間桐の養子に出されたと知り、
驚愕するとともに間桐の家に戻った。
そこで間桐の修練を受けて陵辱され心を閉ざした桜を前にし、彼女を救うべく間桐臓硯と交渉。
自身が聖杯戦争に勝ち上がり聖杯を手にする代わりに桜を解放するようにと持ちかけ、聖杯戦争への参加を決める。
その為に一年間、足りない魔術回路を補うべく自らの肉体に刻印虫を植え付け、
地獄のような日々を耐えながらもマスターの資格を得る。
既にその体は余命一ヶ月という状態であったが、桜を救うべくその命の全てを燃やし尽くす覚悟でいる。
自身が家を継がなかったばかりに、桜が間桐の犠牲になってしまったという絶望。
禍々しい間桐の魔術への怒り、葵を幸せにしてくれるという期待を裏切った遠坂時臣への憎しみと、かねてからの嫉妬。
この様な思いから、聖杯戦争を引き金にして内に押さえ込んでいた憎悪を発露させている。
その為か、桜や葵達の幸せを願いながらも、彼女達から時臣を奪うことでそれを成し遂げようとしているという
大きな矛盾も抱えており、彼自身その事実には気づいていない。
【方針】
聖杯狙い。
体の痛みをライダーの処置で緩和しつつ、彼の強みを活かした戦法を取って戦っていく。
ライダーには感謝しており、彼の意見はできる限り尊重したい。
最終更新:2015年12月14日 20:53