少女が歩むのは花の旅路。
 いずれ現実を知り、苦悩するのが定めであろうとも。
 世界の全てが絶望に溶けようとも――この少女騎士(リリィ)は希望に溢れている。


その町へ越谷小鞠が足を踏み入れたのは、まったくの偶然だった。
小鞠は魔術師ではない。
それどころか、魔術なんてものがこの世にあるとすら信じていないごくごく普通の女の子。
人と違うところといえば、ドが付く田舎に住んでいることと……歳の割に細(こま)い体をしていることくらいのもの。
だから彼女を『町』が選んだのは紛れも無い偶然の結果なのだ。
その悪魔じみた偶然がなければ、小鞠は一生、魔術だの聖杯だのといった単語とは無縁に暮らしていたことだろう。

しかし、小鞠は選ばれてしまったのだ。
0と1の方程式で構築された、その『町』に。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……、」

幼く可愛らしい顔貌を不安と恐怖で歪ませて、越谷小鞠は見慣れない町並みを息を切らしながら駆け抜けていた。
通行人の体とぶつかることも多々あったが、いちいち謝っているだけの精神的余裕さえ今の彼女にはない。
だってまず、歩道を走っていて人とぶつかるということ自体が、小鞠にとっては珍しい事だったから。 ――ここ、どこ。走ったせいで喉が傷んで声にできず、心の中で彼女はそう問うた。

道はアスファルトで舗装されて、道路には自動車が何十台と行き来している。 コンビニが、スーパーマーケットが、雑貨屋がドラッグストアが病院が、そこかしこに立ち並んでいた。
一般的な価値観で都会と呼べるかどうかは別としても、小鞠の住む村に比べれば立派な大都会に見える。
どうして自分がこんな場所にいるのか、小鞠にはさっぱり心当たりがなかった。
記憶にあるのは、学校の大掃除に付き合わされてくたくたになって帰宅しようとしていたところまで。
迷いようもない何度も通った道であるのに、気付けば彼女はこの見知らぬ街へ迷い込んでいた。

「何でなのん……」

普段は出さないようにしている訛りが無意識に口から漏れてしまうほど、小鞠は狼狽している。

無理も無いだろう。 彼女が今着ている制服は、旭丘分校のものではなかった。
××市立××中学校と、ご丁寧に袖口に刺繍までしてある。
言うまでもなく、小鞠はこんな街に縁はない。
行った覚えもないし、第一前後の流れがあまりにも不自然だ。学校帰りに遠く離れた知らない街へ迷い込むなんて、それはまるで、この前妹から聞かされた怪談のようで……

「ひぃっ」

よせばいいのに自分で記憶を掘り返し、余計に顔を青褪めさせる小鞠。
よぎった想像を払拭すべく、乳酸で痛む足を押して走り出すが、その行動はことごとく裏目に出た。
ぜぇぜぇ肩で息をしながら走り続けること五分弱。気付けば人気のない、裏路地めいた場所。
がっくりと脱力して地面へへたり込み、小鞠はぐすぐすとべそをかき始める。

――そもそも、なんでこんなことになったのよ……。
考えても答えは出てこない。今日はいつも通り登校して、こき使われて、それからそれから……

「うぅ、なんか変な模様まで手に浮かんでるし……もうやだっ……」

聖杯戦争。 願望機を巡る争いに巻き込まれた証として、彼女の右手には、赤々とした三画の刻印『令呪』が顕れていた。
模様は見ようによっては花のようにも見え、そこそこ綺麗ではあるが、しかし状況が状況だ。
……どうしよう。
途方に暮れ、ぼうっと空を見上げる。
――その時、小鞠はごく当たり前の、こういう時に一番大事なことへ気が付いた。

「! そうだ、お巡りさん! お巡りさんなら、きっとお家まで帰してくれるわよねっ!」

実に安直。 この町にある学校の制服を着ていることなどについてはどう説明す るのかなど、一切考えてはいなかったが。
とりあえず小鞠は希望を見出し、地面を蹴るようにしてもう一度走り出した。
あまり超人じみた体力の持ち主ではないが、田舎育ちなだけはあってひ弱でもない。
何よりも、八方塞の現況に活路が見えたという喜びが彼女を大きく後押ししていた。
しかし、少女、越谷小鞠の受難はまだ終わりそうにもなく。

「わぶっ!?」
「……あぁ……? 痛えじゃねぇか、どこ見て歩いてんだコラ」
「あ……ご、ごめんなさいっ……!」
「おい、待てや。誰も行っていいなんて言ってねえだろ」

路地から飛び出る際、柄の悪い青年に思い切りぶつかってしまったのだ。
しかもぶつかった相手は、見るからに虫の居所が悪いようであった。
小鞠のあずかり知らないことだが、この青年は今、ちょっとした条例違反で切符を切られたばかりだった。
その矢先に不注意で衝突してきた少女がいるのなら、どうするかなど言うまでもなかろう。
背丈も小さく、いざとなれば気弱な小鞠は、八つ当たりのターゲットにするにはもってこいである。

「とりあえず、財布出せ。そしたら許してやるよ」
「え……」
「何意外そうな顔してんの? “今ならそれだけで勘弁してやる”って言ってんだぞ」

年も身長も上の異性に恫喝されている小鞠の姿は、心なしかいつもよりも更に小さく見える。
ふるふると小さく体を震わせて脅える彼女を、通行人は憐憫の目で見ながら、しかし誰一人助けようとはしない。
学校で習った通りに大声で助けを呼ぼうにも、これだけ密接されていれば逆に危険だ。 もし従わなければどうされてしまうのか。
……それから先を考えるのが怖くて、小鞠は静かに財布を取り出した。

震える手で、青年にそれを差し出す。
相手は乱雑に財布を奪い取ると、中身を改め始めた。 額が予想より少なかったのか不満気な表情をしていたが、丁度いいストレス発散にはなったのだろうか。
奪った財布を懐に仕舞うと、後は何も言わずに立ち去ろうとする。
どこの街でも当たり前に横行しているであろう、胸糞の悪い光景だった。
周りの大人達も、自分が巻き込まれるのを恐れて手出ししないのだから、これでは公開処刑と変わらない。

ぐすっ。小鞠が遂に堪え切れず、鼻を啜った――その時だ。

「待ちなさい」

凛とした――しかしまだ幼さを残した声が、去ろうとする悪輩を怖じることなく引き止めたのだ。
その声は、小鞠の背後から聞こえていた。
べそをかいて震える少女の頭にぽんと手を置くと、毅然とした面持 ちで彼女を庇うように前に出た人物。
彼女を一言で表現するならば、“可憐”に尽きた。
金髪を黒いリボンで纏め上げた、コスプレイヤーと見紛うような格好。
下手な容姿ですれば滑稽でしかないだろうそれは、しかしこの異国情緒漂う少女にはこの上なく似合っている。

「な……なんだてめえ。も、文句でもあんのかよっ」
「言うまでもありません。 女性、それも子女から金品を巻き上げるなど――恥を知りなさい! 」
「チッ……おい、一体どこの国のお嬢さんだか知らねえがよ……!」

衆人環視の中で、多少見た目が美しいとはいえ異性に罵倒されたことで逆上したのか。
青年は少女の胸倉を掴み上げた。
しょせん単なるコスプレ女。
どれだけ凄んだところで、男がちょっと脅してやれば簡単に折れる程度の器に決っている。
そう思っていたのだが、伸ばした手は簡単に少女の細腕で掴み取られ、そのままぐるりと捻られた。
こんな少女の、どこからこんな力が出るのか。
疑問符が浮かぶほどに彼女の力は強く、力押しではびくともしない。
予期せぬ逆襲に遭ったことと、これまで黙って傍観していた通行人たちからクスクスと笑い声が聞こえ始めたこと。
それらの要因が重なって、いよいよ気恥ずかしくなったのか、青年は小鞠の財布を乱暴に空いた方の手で軽く投げ捨てると、捻り上げる力が緩んだのを見計らって脱兎の如く逃げ出していった。

「まったく。何時の時代にも、ああいう輩は居るものですね――と。お怪我はありませんか、“マスター”?」

周囲からは、この奇矯な、それでいて勇気ある少女を讃える拍手がいつしか巻き起こっていた。
同時に見て見ぬふりをするのみだった自分達を民は恥じる。
次は自分がああしてみたいと、年端もいかない娘に憧れをさえ覚える者もあった。
そんな空気に満更でもなさそうにしながら、少女は小鞠をこう呼んだ。――“マスター”と。

初対面の相手にするには不可解な呼称。
しかし小鞠は、それすらどうでもよく思えるほどの感情に支配されていた。
綺麗というよりかはまだ“可愛い”と称するのが正しいだろう顔立ち。
お人形のようにシミ一つない肌――けれど何よりも、自分より大きな、怖い男の人に果敢に立ち向かうその姿が。

「――か」
「?」

まだまだ夢見がちな女の子、越谷小鞠の目には、とてもとても眩しく、何より――

「かっこいい……!!」

“格好よく”写っていた。


鞄の中にあった見覚えのない学生証に目を通すと、小鞠は至って簡単に、自分の家へと辿り着くことができた。
……もちろん、“元の世界の”越谷小鞠の家ではなかったが。
それでも家族構成はまったく同じ。
騒がしくも憎めない妹と、怒ると怖いが家族思いな母と、寡黙で頼れる兄が、いつも通りに小鞠を待っていた。 遅れたことに小言を言いつつも優しく出迎えてくれた母に少し謝って、家族団欒の夕食を摂る。
普段通りの自分でいられたか今ひとつ自信がなかったが、どうにかそれをやり過ごして。
――自分の部屋へ戻る……もとい部屋を“訪れ”て、そこでようやっと小鞠は一息つく。

「セイバーさん、居ますか?」
「はい、居ますよ。……やっぱり、聖杯が用意した日常には慣れませんか?」
「まあ、そうですね……いっそ、私の知る夏海達と完全に違っていてくれたら割り切れたかもしれませんけど……」

わずかな時間を共にしただけだが、この『越谷家』では確かに小鞠の知るままの家族達が暮らしていた。
会話の内容こそ少し違ったけれど、それでも一人ひとりの性格から癖まで、そっくりそのまま一緒だった。
これでは、偽物とはいえ蔑ろにできない。小鞠の胸中を察してか、少女……セイバーも静かに唇を噛んだ。

「あ、セイバーさんが気にすることじゃありませんよっ!  よく分からないけど、多分私が悪いんだと思いますし……」

小鞠はセイバーに助けられてから、家へと向かう道中で自分の置かれている状況を聞かされた。
聖杯戦争。
どんな願いでも叶えることのできるという、魔法のようなアイテムを巡ったその名の通りの『戦争』。
どうやらセイバーの話によると、小鞠はそんな恐ろしい催しへと巻き込まれてしまったらしい。
――願いを叶えるなんて余計なお世話だ、と思わずにはいられなかった。
自分には戦争をしてまで叶えたい願いなんてないし、第一今のままでも十分幸せな暮らしを送れていたのに。

「でも安心してください。マスターは私が護ります。それで必ず、本当のマスターの家へと帰してみせますから」
「セイバーさん……!」
「あ……えっと、自分で名乗っておいて何なんですけれど」

表情を輝かせて見上げる小鞠に、セイバーは少しばつが悪そうに言った。

「実は私、まだ剣士としては半人前なんです。なので、どうか“セイバー・ リリィ”とお呼びください」
「セイバー……リリィ、さん?」
「はい。改めてになりますが、これからよろしくお願いしますね。私のマスター、コマリ」


【クラス】
セイバー

【真名】
アルトリア・ペンドラゴン(リリィ)@Fate/Unlimited Codes

【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具B

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:C
騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、 野獣ランクの獣は乗りこなせない。

【保有スキル】
直感:B
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。しかし、勘がいいのも考え物。
とにかく目に付く人の悩みを敏感に感じ取ってしまうため、会う人会う人、つい手助けをしてしまう事に。

魔力放出:A
武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。
いわば魔力によるジェット噴射。強力な加護のない通常の武器では一撃の下に破壊されるだろう。

花の旅路:EX
後年の騎士王と呼ばれる時代と比べ、まだまだ半人前の騎士。
全体的に能力は低下しているが、その分マスターに要求する魔力負担も軽い。
宝具を使わない通常戦闘に限り、本来の三分の一の魔力供給で活動できる。

【宝具】

『勝利すべき黄金の剣』
ランク:B(条件付きでA+) 種別:対人宝具
カリバーン。
本来は王を選定するための剣。
対人宝具の『対人』は敵ではなく、これから所有するものに向けられたもの。
その持ち主が王として正しく、また完成した時、その威力は聖剣に相応しいものとなる。
本来、カリバーンは式典用のもの。これを武器として用い、真名を解放すればエクスカリバーと同規模の 火力を発揮するが、その刀身はアルトリアの魔力に耐えられず崩壊するだろう。

【人物背景】
理想の王になるため、日々研鑽する浪漫の騎士。
まだ半人前なので少女らしさを払拭できず、その心も夢と希望で満ちている。
諸国漫遊時のパーティーは義兄であるサー・ケイとお付きの魔術師マーリンで、 たいていアルトリアのお節介から始まり、マーリンのひやかしで大事になり、ケイが尻ぬぐいをするというものだった。

【サーヴァントとしての願い】
マスターを聖杯戦争から脱出させる。

【マスター】
越谷小鞠@のんのんびより

【マスターとしての願い】
本当の家へ帰りたい

【weapon】
なし

【能力・技能】
なし

【人物背景】
のどかな田舎の村で暮らす中学二年生。
しかし体つきが非常に幼く、身長はおよそ130に満たないくらい。
色々と細い(こまい)ことから、愛称は『こまちゃん(本人非公認)』。

【方針】
脱出狙い

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最終更新:2015年12月08日 01:21