黒鉄一輝は体力維持のために日課として早朝にランニングを行っている。
聖杯戦争に参加している立場ではあるが今も続いており、走り切ったところだ。
その距離はざっと二十キロメートルであり、彼は毎日これをこなしている。

腕を広げ身体を大きく逸し太陽の光を浴びる。
汗が反射しきらきらと輝く彼にタオルを差し出すのがサーヴァントである。

「お疲れ様です、マスター」
「あぁ、ありがとうセイバー」

青いスポーツタオルを受け取った一輝は顔を軽く拭き上げ次は頭の汗を取る。
その際に女性特有の香りが意識を刺激する。
自然と視線がセイバーへと映るが、彼女は眩しい笑顔を浮かべているだけだった。
一輝は同年代の男と比べれば些か禁欲的ではあるが、立派な青少年でもある。
顔が朱を帯びるもセイバーは全く気にしておらず、寧ろ気づいていないようだ。

「結構軽く走り切りましたけど距離は充分ありましたよね。流石ですマスター」
「どんな時でも続けるようにしてたからね。何も褒められることじゃないよ」
「継続は力なりってマスターの国でも言うじゃないですか。飲み物買ってきますね」

とことこと歩き始めたセイバーの背中を見つめる黒鉄一輝はサーヴァントを考える。
会話をしても、姿を見ても自分と変わらない人間にしか感じ取れない。
けれど魔力――秘められた力は明らかに人間の枠を超えた一種の奇跡とでも取れる。

セイバーは強い。
マスターである自分が保証し、彼女が誰かに負けることが有るなど今は考えもしない。
しかしそれはどの参加者も同じであろう。
願いのために己の信念と全てを掛けて殺し合う裏の戦争。
たった一つの願望器に縋る戦に、絶対など言い切れないのだ。

常に全力は当たり前だ。
一筋縄でいかないのも理解している。
己の立場を再認識し決意を固めた所でセイバーがスポーツドリンクを持って来た。

「難しい顔してどうしましたか?」
「いやなんでもないよ。それよりも、ありがとう」
「いえいえ、これでも私、軍では気が利く方だったんですよ?」
「だろうね。一緒に行動していて解るよ。ありがとうセイバー」
「お……」

喉音を響かせながらドリンクを体内へ循環させる。
冷たい栄養が疲れ切った身体を癒やすように、思い込みに近いが楽になる。

「……もしかしてセイバーも飲みたい?」
「違いますー。それはマスターの分ですからどうぞ」
「……?」

視線を感じた一輝はセイバーにドリンクを差し出すも拒否されてしまった。
擬音で例えるならば「むすー」とした顔を浮かべている彼女はどうかしたのだろうか、と考える。
もし自分のことで気を悪くしたら申し訳ないとも思うが、原因は不明である。

「マスターはもしかして女の子を無意識で落とす天然なのでしょうかねー」
「ん、なにか言ったかなセイバー?」
「なんでもありません。気にしないで――ください」

世界は常に切り替えで溢れかえっている。

例えばテストシーズンに突入するとクラスが勉強モードへ移行するように。
得点圏にランナーが到達した際に代打を投入するように。

血や硝煙が絡んでいなくても、世界は突然、その色を変える時がある。

「現在地からそう遠くない――東で露骨な魔力の反応を確認しました」

表情が引き締まり僅かながら日常のようだった空気が張り詰める。
聖杯戦争において魔力や魔術は切り離せない存在であり、生命ラインでもある。
無くなれば消失し、貯蓄があればあるほど贅沢に使用が可能だ。

「数は――単体ではありませんね。
 戦闘でしょう。でなければ日中から堂々と」

セイバーは一呼吸すると、言い切った。

「余程の戦闘狂でも無い限りは……ですね」

まるで心当たりがあるかのように、少し溜息を混じりながら。
少しだけ太陽を見上げている。誰かを思い出しているようにも見える。

「これだけ音が聞こえれば誰だって気付くはず……誘われているのか?」
「祝砲の類では無いと思います。挑発や誘いよりも戦闘のためにやむを得ず、と言ったところでしょうね」

轟音が響く。
身体の芯にまで到達するそれは聞き慣れた音を極限にまで戦闘へと昇華させたものだ。

催し物で聞くような報音。
そんな優しいものではなく、戦闘に特化させた人類の英知である。
砲撃だ。人を、建物を、街を焼き尽くすような悪魔の落し物だ。

「響きからしてこれは――当然のように兵器。
 ただ人力で運ぶような移動砲台では無いですね。そして」
「そして……聞き覚えでも?」
「時代が重なっていたかは一度忘れましょう。
 この音は私の所属――独軍で聞き慣れたような【軍艦の砲撃音】に似ている」

風を斬る音や一帯を包み込む余韻。
一輝からすれば音で国を見分けるなど不可能である。
聞き慣れた、或いは深い関わりがあるならば可能であった。けれど初めて聞く音で判断は不可能である。

「まさか軍艦を召喚してる……サーヴァントなら有り得る話になるのか」
「堂々と召喚しているかどうかは不明ですが、関係はしていると考えるべきです」
「でも、僕たちは進まなきゃならない」
「当然です。もちろん必ず戦闘する必要はありません。同盟も視野にいれるべきですよマスター」

「解っているよ。戦況は見誤らない。
 退く時に退けない……無謀と勇気は違うから」

「そうですか――安心しました! マスターなら最悪「僕が時間を稼ぐからその間に逃げろ」なんて平気で言いそうでしたので」

「はは……よし」

もう汗は引いていた。
タオルを適当に腕へ巻き付け一気にドリンクを飲み干すと近くのゴミ箱へ放り投げる。
美しい曲線を描き、缶はゴミ箱の中へ収まった。

「行こう――これが最初の接触だ」

「無理だけはくれぐれも」

「信頼しているよ、セイバー」

「全く……そう言われたら頑張るしかないじゃないですか」

向かう先は東だ。
感じた魔力の熱源体は予測ではあるが二つだ。
彼らが辿り着いた時に滞在しているかは不明だが、少なくとも手掛かりは掴めるだろう。
砲撃を行うほどの戦闘だ。戦闘痕が見つからない方が可怪しい。

何も最初から喧嘩腰で向かうわけでは無い。
折り合いが付けば同盟も視野に入れるべきだ。全戦連勝と都合よく物語は進まない。
接触が吉と出るか凶と出るか。或いは接触せずに無駄足となって終わるのか。
結果は動いた者にしか与えられなく、未来を垣間見れない彼らにとっては想像の域である。

けれど。

転ぶ先を選べないのもまた――物語だ。



【B-3/一日目・午前】



【黒鉄一輝@落第騎士の英雄譚】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] ジャージ、タオル
[道具] なし
[所持金] 一般的
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取る。
0:止まってしまうこと、夢というアイデンティティが無くなることへの恐れ。
1:東へ向かい他の参加者との接触を図る。
2:後戻りはしたくない、前に進むしかない。
3:精神的な疲弊からくる重圧(無自覚の痛み)が辛い。
[備考]
※通知はまだ見てません。



【セイバー(ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン)@Dies irae】
[状態] 健康
[装備] 軍服
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターが幸福で終わるように、刃を振るう。
0:勝利の裏側にある奇跡が本物なのか、疑念。
1:東へ向かい他の参加者との接触を図る。
2:同盟、不戦――結べるものがあるなら、結ぶ。
3:マスターである一輝の生存が再優先。
[備考]
Bismarckの砲撃音を聞き独製の兵器を使用したと予測しています。

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最終更新:2016年04月29日 01:57