夢を見ていた。
とても長く、幸せな夢だ。
好きな人と結婚して、子供ができた。
手のかかる長男しんのすけと、まだ言葉も喋れないのに、既に変わり者の頭角を現しつつある長女ひまわり。
毎日ヘトヘトになるまで残業して帰るのはなかなかどうしてハードだが、家で家族が迎えてくれると疲れも吹っ飛ぶ。
そりゃ時には喧嘩もする。離婚騒動なんてのもあったし、信じられないような事件に巻き込まれたこともあった。
喉元過ぎれば熱さを忘れるのことわざ通り、今では全部がいい思い出だ。
笑ったことも泣いたことも、ドキドキしたことも怖かったことも。
全部が、頭の中に思い出として残ってる。
絶対に忘れないし忘れられるような薄っぺらなものじゃ到底ない、かけがえのない家族の記録。
俺は――『野原ひろし』だった。そう思っていた。
でも違ったんだ。
あいつらにとっての『野原ひろし』は、俺じゃなかった。
俺が生きてきた人生も家族との思い出も、何もかも、本物のコピーでしかなかった。
俺にとってのしんのすけは世界に一人だけだ。
俺にとってのひまわりも、世界に一人だけだ。
綺麗なお姉さんにどれだけ鼻の下を伸ばしたって、俺の妻は野原みさえ、ただ一人だ。
けど、しんのすけにとっての父ちゃんは俺じゃない。
ひまわりのパパも、みさえにとっての『あなた』も、俺じゃない。
コピーなんかじゃなくて……本物の『野原ひろし』。それだけが、必要だった。――俺の居場所はそこにはなかった。
『野原ひろし』は――ビル壁に凭れて、機械の右手を見つめる。
あの時永遠に動かなくなったはずの身体(ボディ)は、どういうわけかまた動くようになっていた。
喜ぶべきことのはずなのに、どうしても喜ばしいとは思えない。
何故なら彼にはもうやるべきことも、やり残したこともないからだ。
決着は着いた。あの腕相撲に偽物の彼は負けて、本物の父は勝ったのだから。
それで偽物の役目は終わり。あとは本物と一緒に家族がいつまでも幸せで、笑っていてくれることを祈るばかりだった。
しかし、今、『野原ひろし』は生きていた。
身体が機械なことを鑑みると、再起動していた、という方が適切かもしれない。
曰く、聖杯戦争。
願いを懸けて潰し合う、物騒な戦いらしい。
バカバカしいと『野原ひろし』は吐き捨てた。
その悪趣味な漫画みたいな趣向もそうだが、その機会をよりによって自分へ渡してきたことに失笑が漏れた。
仮にその聖杯を手に入れたとして、何を願うというんだ。
『本物の野原ひろし』になりたいと願う? ――馬鹿を言え。『野原ひろし』は、かぶりを振ってそれを否定する。
自分が本物に成り代わるということはつまり、彼らにとっての父親を奪うことだ。
しんのすけ達を想っていれば、そんな行動に出ることなんて出来るわけがない。
それに……『野原ひろし』は負けた身だ。自分は野原家の一員じゃないと、敗北を通じて思い知らされた負け犬だ。
なら、潔く消えるのが格好いいってものだろう。情けなく縋りつくような真似をしようとは到底思えない。
『野原ひろし』は苦笑して、降参とばかりに両手を挙げた。
すると彼を追い立てていた黒づくめの暗殺者は怪訝な顔をし、今にも擲たんとしていた刀子を停止させる。
その言いたいことは分かる。要は、解せない、と思ったのだろう。
聖杯戦争に呼ばれておきながら、サーヴァントとやらを呼ぶこともなく殺される結果へ甘んずる姿勢が。
「心配しなくても、罠なんてねえよ」
聖杯戦争の仕組みに言いたいことはあるし、ろくでもないとも思う。
だが、願いを叶えたいという心を持つ連中の邪魔をするよりかは、さっさと退場した方がいいとも思った。
聖杯を手に入れても叶えたい願いはない。生き延びても、行く場所もない。
なのにいたずらに生き永らえて、まじめに願い事と向き合っている奴の障害になるなど――あんまりひどい話ではないか。
せめてやるなら一思いにやってくれ。そう言って、ひらひら手を振った。
暗殺者はやはり怪訝な表情を浮かべたまま、再び刀子を構えた。
それから、行き場をなくした機械の脳天めがけて、それをしなやかな動きで擲った。
と、同時のことだった。
二発の鋭い炸裂音が鳴って、『野原ひろし』を殺害せんとしていた刀子が粉々に砕け散った。
『野原ひろし』と暗殺者が同時に瞠目した。暗殺者が何が起きたのかを理解する前に、その首が胴から離れて捻れ飛んだ。
それで終わりだった。暗殺者の身体が粒子のように溶け始め、やがて虚空へ消えていった。
そして――路地の一角から機械の男へと歩み寄ってくる、小さな少女がひとり。
「――お怪我はありませんか、司令官(マスター)」
暗殺者を吹き飛ばした下手人とは思えないほど、幼い見た目だった。
年は高く見積もっても小学校高学年ほどだろう。
下手をすればもっと小さいかもしれない。そんな少女が、今、さも当然のように砲を放ったのを機械は見た。
諌める言葉は浮かばなかった。それに、きっと見当違いな言葉しかかけられないだろうと思った。
彼女は、『野原ひろし』を『司令官(マスター)』と呼んだ。こんな奇妙な機械をそんな風に呼ぶ者など、この作られた街の――聖杯戦争の舞台となる街の中には、きっと一人しか存在しない。
「……君が」
「はい。アーチャーのサーヴァント、名を『朝潮』と申します」
律儀に頭を下げ、真名を名乗る姿はまさしく利口な子供といった様子だ。
『野原ひろし』は、自身のサーヴァントと出会ったとしても態度を変えるつもりはなかった。
聖杯戦争をやる気はないから諦めてくれと、そう言うつもりだった。
しかし、現れたのは予想に反して小さな女の子。それは彼にとっても少なくない衝撃で――同時に、ある疑問を抱かせた。
「朝潮ちゃん――か。
朝潮ちゃんは、なんで聖杯が欲しいんだ?」
「…………」
不躾な質問だったかと少し後悔したが、どの道聞かないことには話が始まらない。
「ある戦争を、終わらせたいのです」
その言葉は、小さな子供が口にしたとは到底思えないほどの重みを孕んでいた。
「平和だった海は、水底から現れた『敵』によって奪われました。
そして私や……私の仲間達は、それから海を奪い返すために日夜戦っていました。
しかし――敵の侵食はあまりにも根が深かった。戦争が終わる気配はなく、散っていく仲間も多く出る始末」
もはや、それを終わらせるには――聖杯の力へ頼るしかないんです。
淀みなく言ってのける姿は、その突拍子もなく、それでいて重い事情が疑うべくもない真実であることを物語っていた。
『野原ひろし』は戦慄する。こんな子どもが戦場に立たされ、こんなことを言う世界があることに。
そして彼は自分の身勝手さを恥じた。考えてみれば当たり前のことだが、マスターとサーヴァントは一蓮托生の関係にある。聖杯をいらないと言って投げ出すのは勝手だが、それはアーチャーという少女の願いをも踏み躙ることを意味するのだ。
「……そっか。分かったよ」
『野原ひろし』は、自分の内に湧き上がってくる熱いものを感じていた。
聖杯戦争は間違っている。それでも、この子を見捨てて身勝手に勝負へ背を向けるのは『格好悪いこと』だ。
最愛のしんのすけからとーちゃんと呼ばれた男が、そんな真似をしていいはずがない。
……たとえそこに『ロボ』の枕詞が付いていたとしても、だ。
「んじゃ、まずはメシでも食いに行くか!」
「え……あの、サーヴァントに食事は――」
「はっはっはっ! 気にすんなって、子どもは食わねえと大きくなれないぞ!」
『野原ひろし』だった男の人生は終わった。
ここから先は延長戦だ。相変わらず聖杯にかける望みはないし、随分不真面目なマスターだと自分でも思う。
ただ。この小さなサーヴァントの願いは叶えてあげたいと――そう思うのだ。
【クラス】
アーチャー
【真名】
朝潮@艦隊これくしょん
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運B 宝具D
↓
筋力C 耐久C 敏捷A 魔力E 幸運B 宝具D
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
艦娘:A
駆逐艦・朝潮が少女として転生した。
水上ではステータス以上の力を発揮することが可能である。
自己保存:E
危機的状況に際して、生き残れる可能性が上昇する。
【宝具】
『改装――朝潮改』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
更なる改装を瞬間的に施すことによって、自らのステータスを上昇させることが出来る。
一度この宝具を使用すれば、もう改装前の状態へ戻すことは不可能。しかし魔力消費が劇的に変わるというわけではない。
【weapon】
(平常時)12.7cm連装砲、61cm四連装魚雷
(朝潮改)10cm連装高角砲、61cm四連装(酸素)魚雷
【人物背景】
朝潮型駆逐艦のネームシップ。
バランスの取れた量産型駆逐艦として建造され、戦線を支えた。
彼女の進化改良型が後の陽炎型駆逐艦となる。
【マスター】
ロボとーちゃん@クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!逆襲のロボとーちゃん
【マスターとしての願い】
聖杯はいらないが、アーチャーの願いを叶えたい
【weapon】
『ロボとーちゃん』
彼の体そのもの。様々な機能が内蔵されているが、無理は禁物。
【人物背景】
『野原ひろし』の記憶を持つロボット。
息子と触れ合い、もう一人の自分と戦い、そして負けた。
【方針】
聖杯戦争のノウハウはよくわからないが、とにかく安全第一。
最終更新:2015年12月08日 01:38