結論から言えば――棗鈴は、"殺し合うつもりが無いマスター"ではない。
鈴には戦う理由と、叶えるべき願いがある。
鈴は聖杯を欲しており、その為に戦う覚悟を決め、心の底から聖杯戦争における勝利を渇望している。
なればこそ、鈴にとって目の前の青年とサーヴァントは倒すべき敵で、乗り越えるべきハードルの一つであった。
たとえ青年の方が顔をぐしゃぐしゃにして気絶しているという、明らかに"訳あり"の様子だったとしても。
寧ろ好機としてそれに付け込み、排除するべき気概を見せねばならない場面の筈だった。

「……何なんだ、お前ら?」

しかし鈴は怪訝な顔をしたまま、一向に傍らのランサーへ指示を出そうとしない。
当然ながら、松野一松という青年と棗鈴の間に存在する共通点は殆ど皆無だ。
片やコミュニケーション障害気味とはいえ、花の女子高生真っ盛りの美少女。
片やいい歳して働きもせず実家でニート暮らしのどこに出しても恥ずかしいダメ人間。
人付き合いが苦手ということは共通点として挙げられるかもしれないが、それ以外はほぼ壊滅している。
そもそも普段の一松であれば、鈴のような美少女と対面した日にはまともに話すこともままならなくなってしまう筈だ。
そんな二人の間に存在する最も確かな共通点が、甲高い声で何かを伝えようと鳴く、この愛らしい猫達だった。

虚構の世界に暮らす、虚構の猫達。
それでもNPC達とは違い、聖杯戦争の参加者に干渉することが可能であるのか。
彼らは皆鈴の方を見つめて、何やら伝えようとしている。
……そんなことをされては、とてもじゃないが手を出せない。
リトルバスターズの為に戦わねばならないと言っても、鈴は猫達という、彼らとはまた別な友人達の声を無視できない。

「いやまあ……色々ありまして」

頭を下げたまま、サーヴァントの少女が疲れたように苦笑した。
色々あったことくらい、見れば分かる。
さしずめ他の主従に襲われて殺されかけるも、命からがら逃げ延びた――と言ったところだろうか。

「……どうする、ランサー?」
「ふぅむ。まずはその"色々"とやらについて詳しく伺わないことには、何とも言えませんなあ」
「だよな。……よし、話してみろ」

うんうんと頷いて、鈴は眼前のサーヴァントにそう促す。
彼女は脳内の情報を整理する為か、十秒ほど考えた後、ぽつりぽつりと話し始めた。
その内容は――予想を超えて壮絶で、鈴としても顔色を強張らせずにはいられないものだった。

同じ顔をしたトランプの少女達。
低級ステータスのサーヴァントでは太刀打ち出来ない物量差に殺されかけ、紆余曲折を経てどうにか生き延びた。
しかしその代わりに……彼女のマスターは大きなものを失った。
血を分けた実の兄を、死に目に会うことも出来ず、手の届かない場所で亡くしてしまったというのだ。
彼女が語り終えた時、鈴は暫し圧倒されていた。
聖杯戦争に参加していながら、棗鈴がまだ触れたことのなかった殺し合いの側面。

「それは……大変だったんだな」

あまりにも壮絶な話の内容に圧倒され、鈴は月並みな感想を口にするしか出来ない。
どう反応すればいいのか分からない微妙な気まずさの中で、もう一度少女のマスターの顔を見る。
色々な感情がごちゃ混ぜになったような、そんな顔をしていた。
居た堪れなくなってすぐに目を背ける。……殺し合いの中でこんなことを思うのは良いことではないのだろうが、かわいそうだと、素直にそう思った。
そして問題はここからだ。
彼女達に何があったのかは分かった、彼女達が聖杯戦争にどういう姿勢で臨んでいるのかも分かった。
――この二人は、聖杯を求めていない。戦ってまで叶えたい願いなんて大それたものを持っているわけでもないのに迷い込んでしまった、非業の主従。
故に、本来聖杯を求める鈴達と道が交わることは決してないだろう二人なのだが……

「ランサー、あたし……こいつらを放っとくのはなんかいやだ」

これが彼女の兄だったなら、無情に助けを求める手を蹴り飛ばしたかもしれない。
彼は守るべきものの為ならば、自己を凍らせて冷徹になれる人間だ。
この場で殺しはせずとも、都合のいい傀儡として使い潰しに掛かったことだろう。
だが鈴はその点あまりにも幼く――それ以上に優しい娘だった。

少なくとも鈴には、目の前の助けを求める声を無碍には出来なかった。
これが聖杯戦争で、自分が聖杯を目指す限り未来の敵対は確実だということは知っている。理解している。
ならば、此処で同盟相手としても碌に使えないだろう眼前の彼女達を助けるのは不合理な行動だ。
弾除けとして使うというのならばまだしも、連れ回すことに意味はない。

……それでも。助けを求められたのなら、助けなければならない。
大事なものを失くして泣いている人と、それを守ろうと願う人。ついでに仲良しの猫達。
これだけの条件が揃っているのにそれを蹴り飛ばすのは、リトルバスターズの名折れだ。

「はっはっはっ、マスターらしい結論ですな。しかしマスター、一つ大切なことをお忘れではありませんか?」
「……分かってるよ。おいお前――えぇと、サーヴァント……ええい、何者だお前は!!」
「あ、シップです。一応、エクストラクラス……ってやつかな」
「そうか。ならシップ、先に言っとくけど、あたし達はお前達とは違う」

彼女達――シップ達を利用しようと考えるのであれば、此処でわざわざそれを伝えるメリットは勿論ない。
鈴が心から助けようと思っているからこそ、彼女は馬鹿正直とも言える誠実さでそれを伝えることにした。
もっとも仮に利用を目論んでいたとしても、鈴のことだ。どこかでぽろっと漏らしてしまっていただろうが。

「あたしは聖杯がほしい。聖杯戦争には勝たなきゃいけない。
だからその……あれだ。いつかお前を倒すことになるぞ、シップ」

シップにとってそれは、予想していた通りの台詞だった。
他の主従に助けを求めるという時点で、相手が聖杯戦争に乗っている可能性は十分あった。
だからわざわざ"殺し合うつもりが無いマスターなら"と前置きをした上で助けを求めたのだ。

「……まあ、痛いのは正直嫌だけど」

それでも、あの場面で出会ったのが彼女だったのは幸運だったとシップは思う。
聖杯戦争に乗っている人間やサーヴァントにとって、自分はカモだ。その自覚はシップにもある。
ステータスは壊滅的と言っていいそれで、多少心得のあるマスターならば容易に倒されかねない。
利用価値も絶無に等しいのに、この少女は助けたいと言ってくれている。
それなら、こちらも譲歩するべきだろう。
シップは躊躇うこともなく、口を開いた。

「――いいよ、必要になったらいつでもあたしを殺して。これでもサーヴァントだからね、死んだことはあるし、今更怖いとかは思わない」
「………お前」
「でも、一個だけ。無茶言うようだけどさ、一松……あたしのマスターだけは連れて帰ってやってほしい」

どうせ、聖杯にかける願いなんて持っちゃいないのだ。
英霊なのだから、死んだ後はどうなるかだとか、あれこれ不安に思う必要もない。
死んで、消えて、英霊の座に戻るだけ。
久々の現世を満喫できないのは残念だが、今度はまた英霊の座でダラダラ過ごすのも悪くはないだろう。

「頼まれたからね。この通り頼りないサーヴァントだけど……そのくらいはやってあげなきゃだし」

シップにとって、此処だけは譲れない。
松野一松を助けてほしい。
寿命を少し伸ばすとかではなく、生きて、この世界から帰してやってほしいのだ。

「その代わり、弱いなりに働くよ。こんなんでも弾除けくらいにはなると思うからさ」
「心配ご無用。敵の攻撃を体を張って受けるのは、この私の十八番ですからなあ!」
「うっさい、黙ってろこの変態っ」

ぬぅぅん! とその鍛え抜かれたボディでアピールしてくるランサーをふしゃー!と一喝し、鈴は嘆息する。

最初は困惑したし少し疑いもした。それでも今となっては分かる。このシップというサーヴァントは"いいやつ"だ。
どこか気だるげな喋り方をしてはいるものの、マスターの為に自分が死ぬことを厭わない根性を持つ、船の英霊。
シップという単語の意味は鈴にも分かる。船、ということは――彼女は軍艦由来の英霊だったりするのだろうか。
……そんなことはどうだっていい。重要なのは、自分が彼女とそのマスターを助けると言ってしまったこと。
言ってしまったからには引き下がれない。きちんと助けて、リトルバスターズの役目を果たすしかない。

「……とりあえず、話は分かった。でも此処でいつまでも話してるのもあれだから、とりあえずどっか場所を移すぞ」
「――信じてくれたの?」
「まあ……そうなるな。お前はいいやつらしいってのもあったし、それと……猫だ」
「猫?」
「こいつらは単純なように見えて、ちゃんと人を見てるからな。悪いやつには寄り付かないし、優しくしてくれた奴らにはそんな風にべったり懐く。……ほら、その証拠にあたしのランサーを見ろ。猫達に総威嚇されてるだろ。変態だからだ」

さしもの猫達も、ランサーの怪しすぎる見た目には警戒の色を露わにしていた。
ランサーはそれに対し「ぬぁぜだあああ!! こうなればこのスパルタ式動物懐柔術を……!!」と奇矯な対応を取っていたが、鈴は突っ込むのも面倒なのでそれを無視した。シップもそれに倣う。グータラするのが好きなシップにとって、根っからのトレーニング派のランサーは明らかに合わない存在なのである。

「――あ、でも」

そこで不意に、鈴は何かに気付いたようにその足を止めた。

「そいつ、いいのか? その……兄貴が死んだんだろ? 死体は――」

そこから先は言いたくないと、鈴は途中で台詞を切る。
シップから聞いた話によれば、その死を知ったのは突然のことだったという。
ならばその死体がまだ町中に放置されている可能性は、十分にある。
シップのマスターの心情としては、それを回収したい思いが強いのではないか――鈴はそう思ったのだ。

「そりゃ、出来るなら探して見つけた方が一松の為には良いんだろうけど……」
「……その様子だと、分かってらっしゃるようですな。その選択が持つリスクの大きさを」
「この街には今、平気で戦闘を起こすサーヴァントがごろごろ彷徨いてる。
 折角拾った命をいきなり捨てることにもなりかねないし……此処はやっぱり、残念だけど見送るしかないと思う」

シップ――望月は、戦争の苛烈さを知る『艦娘』だ。
いつもだらけていても、その頭の中には軍人としての知慧が詰め込まれている。
そこから客観的に判断して、今はとにかく、一旦体勢を立て直すべきだという結論に至った。
彼女がそう言い、ランサーもその判断を肯定している。
……なら、鈴に言えることはない。少し微妙な感情だったが、それで納得することにした。

「それじゃ、とりあえず一旦どっかに避難するか」

……とは言ったものの、どこにすべきか。
考える鈴を横目に、シップはランサーに背負われた自分のマスターを見やる。
顔には乾き始めた涙が未だ張り付いて痛々しく、その様は親に置き去りにされた子供のようでさえあった。

(ごめん、一松。一松は多分……あたしが勝手なことしたって知ったら怒るよね)

自分の命を担保にした同盟契約。
一松はなんだかんだ言って優しい男だ。
きっと怒るだろうし、慌てふためくだろう。
その様がシップには容易に想像できるのが、何だかおかしかった。

(それでも――頼まれたから、やり遂げるよ)

松野一松のサーヴァントとして、必ず彼をこの悪夢のような世界から脱出させる。
シップの想いは固く、その覚悟もまた固い。
そこに気だるげな顔をして、日々を自堕落に過ごしていた少女の姿はなかった。

――あるのは、かつて世界を託されて戦った戦乙女の覚悟。
一体の、立派なサーヴァントの顔だった。


【B-5・路地裏/一日目・夕方】

【棗鈴@リトルバスターズ!】
[状態] 健康
[令呪] 残り三画
[装備] 学校指定の制服
[道具] 学生カバン(教室に保管、中に猫じゃらし)
[所持金] 数千円程度
[思考・状況]
基本行動方針:勝ちたい
1:とりあえずシップ達を助ける。
2:『元山』は留守だったし、どうしよう…
3:野良猫たちの面倒を見る
4:他のマスターを殺すなんてことができるのか…?
[備考]
元山総帥とは同じ高校のクラスメイトという設定です。
ファルからの通達を聞きました。

レオニダス一世@Fate/Grand Order】
[状態] 健康
[装備] 槍
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従う。マスターを鍛える
1:マスターの方針に従い、シップ達と一先ずは同盟。
2:放課後もマスターを護衛

【松野一松@おそ松さん】
[状態] 気絶
[令呪] 残り三画
[装備] 松パーカー(赤)、猫数匹(一緒にいる)
[道具] 一条蛍に関する資料の写し、財布、猫じゃらし、救急道具、着替え、にぼし、エロ本(全て荷物袋の中)
[所持金] そう多くは無い(飲み代やレンタル彼女を賄える程度)
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:???
※フラッグコーポレーションから『一条蛍の身辺調査』の依頼を受けましたが、依頼人については『ハタ坊の知人』としか知りません

【望月@艦隊これくしょん】
[状態] 健康、強い決意
[装備] 『61cm三連装魚雷』
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:頑張る
1:……どうにかなった、か。
2:一松を生還させてあげたい

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最終更新:2016年12月10日 12:32