町外れ、人の寄り付かない廃屋ばかりが立ち並ぶ異様な団地街。
 その昔、町から都会への移住が進む中で住人数が激減。
 瞬く間にゴーストタウンの様相を呈したというそこに寄り付く者は、肝試し目的の若者でさえそうはいない。
 いつか取り壊される日が来るのか。きっと、あと十年間はそんな日は来ないだろう。
 何故ならこの町は、毒にも薬にもならないオブジェクトの除去に金をばら撒けるほど裕福な財政状況にはないからだ。
 所詮は都会の真似事をしているだけで、実情は着実と滅びへの道を歩み続けている。
 それに気付いているのは、あくまでもお上の一部の人間たちのみ。

「やれやれ、聖杯さんもドロドロしたリアルを追求するのが好きなことで」

 そういう設定だ。
 あるいはその「設定」は、彼女のために用意されたものなのかもしれない。
 廃団地街の一角にぽつりと存在する書庫ビルディング。
 通称、幽霊屋敷。
 鍵のかかっていない大きな鉄扉は現実離れしてすらおり、内部には持ち主を失った書籍と、それを納める本棚がずらりと、所狭しと並んでいる。
 図書館。いや、違う。書籍の形で保存される、情報の倉庫だ。
 ビルディングすべてが書籍で埋まっている。ある意味では見事だ。
 逆に言えば、聖杯が設定した時代と世界観には不似合いな建造物でもある。
 無論、プログラムされた通りにしか行動することの出来ない者たちは、そこに一縷の疑問すら抱かないだろうが。

「『立ち入ったものは死人に呪われる』。
 『主のいなくなった屋敷をさまよう人形の霊が出る』。
 『行ったら呪われ、狂った挙句に飛び降りて死んでしまう』。
 ……やれやれ。どっからどう尾鰭が付いたんだか、偉い剣呑な話になっちまって。
 情報に踊らされるってのは滑稽だねえ。オジサンも改めないとなあ、たはは」

 鉄扉を開き、埃臭い情報の倉庫へ足を踏み入れる。
 人間の作った建造物であるにも関わらず、そこにはおよそ生活感と呼べるものが欠片もない。

「おーい、マスター。今帰ったぜ~っと」

 声はあまり反響しない。
 書籍へと吸い込まれて。
 声の反響が終わると。
 しん、と静寂がビルディングに満ちる。
 書棚に充ちた玄関ホールの先で、何かが動いた。
 暗がりから歩み寄ってくる人影がある。
 ホールの奥から、何者かが、姿を見せる。ひとり――いや、ひとつというべきか。

 それは人間ではない。
 人間ではなかった。
 とても、よく似た姿をしているけれども。

「お帰りなさいませ、サーヴァント・ランサー様」

 薄皮の一枚下は鋼鉄の機械だ。
 芸術品。
 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 唇が動くと声が届いた。
 人間のものと一切変わりがないような声は、魔術の賜物にすら匹敵する……ともすれば凌駕するほどの出来だ。
 人間の体には不自然な球体関節さえ優雅に映えて見えるのだから、芸術に造趣の深くない者にも理解がし易い。

 まるで人間のようだ。
 しかし、やはり人間ではない。
 繊細な彫り込みの瞳も、よくよく見れば硝子製であるとわかる。
 埃さえ積もった書庫の城。こんな場所に、こんなに見事な少女の機械細工。
 不自然だ。持ち主の消えた無人の書庫、幽霊屋敷には不自然な存在だ。

「お勤めご苦労様です。ワタシには検索機能があります。お探しの情報を仰って下さい」
「……お探しの情報ねえ。ま、とりあえず中に入れてくれよ。オジサン、外回りで結構疲れてんでね」
「了解しました。ランサー様。こちらへどうぞ」

 どこか無機質な声。
 彼女の口にする内容はちぐはぐだ。
 少なくとも、聖杯戦争のマスターの言動とはかけ離れている。
 先導する彼女へ気怠げな様子で付いて行きつつ、ふと思い出したようにランサーのサーヴァントは切り出した。

「そういや、今更だけどさ。マスター、名前は? 聞いてなかったよねぇオジサン」
「私に型式番号は付属していません。私はオーダーメイドです。
 私の通称をお付けになる前に。クライン様がお亡くなりになりました」
「……あぁ、そう」

 クライン様。
 前に苦心して引き出したところによれば、彼女の主であったという人物。
 だが逆に言えば、ランサーは彼女のことを何も知らない。
 コーヒーを淹れるのが得意だとか、そういった当たり障りのない話のみだ。
 その他の内容はやれ幻想生物がどうだとか、異形都市だとか、情報の検索だとか。
 ランサーには門外漢も甚だしい分野になっていくもので、早々に匙を投げた次第である。

 案内された先。世辞にも綺麗とはいえない有様の部屋に設置された椅子に腰掛け、深い溜息をつく。
 ここは居心地が悪い場所だ。他者の侵入を拒むような、閉ざされ、ある意味では完結した世界。

「自動人形ねえ」

 彼女はかつて、ランサーへ自らをそう名乗った。

「オジサンには、そうは見えないんだが」

 人形だと言ったのは誰だったか?
 人間ではないと言ったのは、誰だった?

「なあマスターよ。アンタは一体誰なんだい?」
「――私は――」
「ああ、いや、いいって。ただの独り言さ。年を取ると気苦労が耐えなくてねぇ」

 口をついて出た疑問は、ランサーが自らの主にずっと感じているもの。
 自動人形を名乗りながら、その実、自分自身のことは何も語っていないような。
 そんなものを、彼女からは感じるのだ。

「いやあ、若い子ってのは難しいねえ」

 くたびれた微笑を浮かべて、ひび割れたソファに体重を預けた。
 分からないことも、腑に落ちないことも山ほどある。
 しかし聖杯戦争に呼ばれ、マスターを得たならばその責任くらいは果たそう。
 彼女が聖杯を望んでいるのか、それとも望んでいないのか。
 それは分からない。今のランサーには、知るすべもない。
 彼女がそれを語るまでは、とにかく生かすことに腐心しよう。
 もしも望みがあるというなら聖杯を狙う。そうでないなら、やはり生かして返す方にシフトする。
 面倒だが、呼ばれたからにはそれなりに汗水を流すとしよう。

 トロイア戦争の大英雄ヘクトールは、いつも通りにやる気のないまま、ひっそりと本気を出していく。


  ◇   ◇


 ――クライン夫妻について。
 ワタシを製造した第1級市民の夫妻である。
 本来、彼らは下層第1層の、すなわち富裕層の市民であった。
 しかし。ワタシの製造を境に、彼らは私有財産の殆どを売却している。
 その売却額は、記録されているワタシの製造費用と同一。
 この数字の一致についてはワタシは詳細な情報を持たない。

「……情報を、持たない」

 そう。

「……ワタシは、何も知らない」

 ……知らない。


【クラス】
ランサー

【真名】
ヘクトール@Fate/Grand Order

【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運B 宝具B

【属性】
秩序・中庸

【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【保有スキル】
軍略:C
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

友誼の証明:C
詳細不明。
ゲーム中では、敵単体へ中確率でスタン効果を付与+チャージを中確率で減少させる効果として描かれている。

仕切り直し:B
窮地から離脱する能力。 
不利な状況から脱出する方法を瞬時に思い付くことができる。
加えて逃走に専念する場合、相手の追跡判定にペナルティを与える。

【宝具】

『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』
ランク:A 種別:対軍宝具
世界のあらゆる物を貫くと讃えられる槍。後に槍としての機能は失われ、ローランの使う絶世剣デュランダルとなる。
ヘクトールは剣の柄を伸ばして槍として投擲することを好んだため、槍の形状をとっている。
実際、穂先にあたる部分の形状は明らかに剣である。
真名開放の際は、投擲の構えに入ると同時に籠手を着けた右腕から噴射炎のようなものが発生し、そこから擲たれて着弾する。

【人物背景】
『兜輝くヘクトール』と讃えられたトロイアの王子であり、トロイア戦争においてトロイア防衛の総大将を務めた大英雄であり、軍略・武勇・政治の全てに秀でた将軍。
英雄然とした来歴に反してやる気のない言動が散見され真剣味がないと思われがちだが、実際はいつでも本気。
これは、政治家としての側面が本気であることを隠させているためである。宝具である自分の愛槍の名前もろくに覚えておらず、本人としては武器は投げて殺せればなんでもいいと思っている節があり、かなりのリアリスト。

【サーヴァントとしての願い】
特に無し


【マスター】
ルアハ@赫炎のインガノック-what a beautiful people-

【マスターとしての願い】
――――――。

【Weapon】
なし

【方針】
1級市民の資産家、アーサー・クラインの娘。本名をR・ルアハ・クライン。
5年ほど前に重度の変異病のため、肉体のほとんどを機関化した。
その際、クライン夫妻は私有財産のほとんどを彼女の機関化手術に充てる。正式情報においては死亡扱いとなったルアハは、情報の抜け殻のごとき書庫ビルディングで自動人形としてひっそりと過ごすことになる。

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最終更新:2015年12月08日 01:59