野々原紀子が求めていたのはささやかな幸せだった。
学校に通って友達と一緒に勉強したり遊んだりする。家に帰ったら宿題を片付けて、両親と一緒に、今日の出来事を話しながら晩ごはんを食べる。
お母さんと一緒にお風呂に入り、まだ少し大きすぎるベッドで眠りにつく。
たまに怖い夢を見て起きてしまうこともあるが、お母さんとお父さんに慰められてまた眠りにつく。
野々原紀子が――のっこちゃんが求めてきたのは、そんなささやかな幸せだけだった。

魔法少女の力もそのために使ってきた。のっこちゃんの魔法は『自分の感情を周囲に伝播させる』魔法だ。
のっこちゃんが楽しいと思えばその感情が伝わり、周りにいる皆が楽しくなる。
その力を使い、のっこちゃんは身近な人々に幸せな気分にしてきた。
難しいことではない。のっこちゃん自身が幸せなのだから、ただそれを分け与えればいい。
たまには暗い気持ちになってしまうこともある。しかしそれを抑えるのは、そう難しくはなかった。
皆が幸せならば、それが重なりあってのっこちゃんもさらに幸せになる日々。あのときは本当に心の底から幸せだった。
お母さんが病気で倒れてしまうまでは。

あのころののっこちゃんには病気の細かい症状まではわからなかったが、治療にはお金と時間がかかり、しかも絶対に治る保証もないことはわかった。
不安と恐怖に苛まれる中、さらに追い打ちをかけるようにお父さんがお母さんとのっこちゃんをおいて姿を消した。
怒りはなく、ただ絶望した。
今にして思えば、あれはのっこちゃんの魔法のせいだったのだろうかとも思う。
あのときの自分は感情をコントロールする余裕も冷静さもなく、感じた不安や恐怖を垂れ流しにしていた。
大人で、現実的な思考もできるお父さんは、それに耐え切れなくなり逃げ出したのかもしれない。
まあ理由なんて今となってはどうでもいいことだが。

絶望にくれるなか、タイミングを見計らったかのように――あるいは本当に見計らっていたのだろうか――知り合いの魔法少女から力を貸して欲しいと言われた。
ある平和主義の少女に、のっこちゃんの魔法で怒りを与えてほしいというものだった。
その魔法少女が住む場所は、最近事件や事故による死亡のニュースが多発しているところだ。
提示された報酬額は不自然なほどに多くて、子供ながらにこれがまともな仕事でないことは察せられた。
のっこちゃんは迷わず引き受けた。お母さんの病気を治すためにも、のっこちゃん自身が生きるためにも、お金が必要だった。

程なくして怒りを与えた少女が、何者かに殺害されたとニュースで報道された。
のっこちゃんは仕事を持ってきた魔法少女を告発したりはしなかった。
それどころかまた同じようなことがあったらぜひ協力させて欲しいと頼み込んだ。
のっこちゃんに莫大なお金が必要だ。子供がお金を稼ぐ手段は限られている。

のっこちゃんが求めているのはささやか幸せだけだった。
だがささやかな方法では、それは叶わなくなった。
あるいは。
直接手を下したわけではないとはいえ、この手はもう血に染まっている。
自分はもう資格を失っていて、死ぬまで幸せになることは叶わないのかもしれにない。






そして、その予感は現実のものとなった。



前の椅子には並んで座るお母さんとお父さん。テーブルの上にはお母さんが料理が並べられている。
特別凝った作りなわけでもないが、のっこちゃんにとってはどんな凄腕シェフが作ったものよりも、好きな料理だ。
三人でテレビを見ながら、どうでもいい話をして一緒に食べる。
時計を見て二人が慌てだした。二人共もう仕事に行かなければいけない時間だ。今日はいつもよりも早く出なくてはいけないのだ。
お母さんもお父さんも急いでご飯を食べる。「食器は私が洗っておくから」とのっこちゃんが言うと「おみやげ買ってくるね」と言って二人とも家を出た。
のっこちゃんは食器を丁寧に洗い、自室に入る。
昨日の内に準備した、ランドセルの中身をもう一度確認した。

これはどこにでもあるような日常だ。
もしも映画だったなら、見ている人が退屈して居眠りをしてしまうような退屈な日常。
どこにでもあるようで、のっこちゃんにはずっとなかった日常だ。
わかっている。この日常は偽物だ。
本物のお母さんは今も入院している。お父さんはどこにいるのかもわからない。
それでも嬉しかった。

もう戻らないと思っていた幸福な日々を偽物とはいえ取り戻すことができた。
大好きなお母さんとお父さんと一緒に過ごすことができた。
自らの首にスコップを突き立て、死を覚悟していたのっこちゃんにとっては限外なくらいの幸せだ。
自分がこれまでにしてきたことを考えれば――もう満足して今度こそ、この命を罪を償うために捧げるのが正しいとすら思う。

――でも、目の前にこの日常を本物にする手段がある……

聖杯。それが真に万能の願望機なら、失われた幸福な日々を、本当に取り戻すことができるかもしれない。
それだけではない。のっこちゃんが間接的に命を奪ってしまった多くの人々の死も、なかったことにできるかもしれない。
今度こそ幸せな人生を歩めるかもしれない。

だがそれは多くのサーヴァントやマスターたちを犠牲にした先にある道だ。
聖杯戦争のルールはあのゲームほど厳しくはない。
探せば誰も殺さずに終わらせる方法が見つかる可能性もある。生きるために仕方なく――では済まされない。
サーヴァントは「ぼくは君の意思を尊重する」と言ってくれている。決めるのは他の誰でもない。のっこちゃんだ。

だからのっこちゃんは決断した。
この街に来て、記憶を取り戻してから一ヶ月以上。長い時間を要したが――決断した。

聖杯を手に入れる。
のっこちゃんが誰に罪悪感を感じることもない、ささやかで幸せな日常を取り戻すにはもうそれしかない。

「決めたのかい?」

背後から聞き覚えのある声がして、のっこちゃんの心臓がトクンと跳ねた。
振り返るとそこには予想通り、この戦いを共に戦うパートナー、サーヴァントライダーがいた。

「こんにちわ、ライダーさん」
「こんにちわ、マスター」

ライダーは頭にかぶっていた中折れ帽を取ってお辞儀をした。
彼を姿を見ていると、なぜだか身体が熱くなる。
いつからこんな風になったのだろう。最初はむしろ気味の悪くて怖いとさえ思っていたのに。

いつの間にか彼といると安らぎを感じるようになっていた。
誰にも話したことがない自分の境遇への思いも打ち明けていた。
この気持ちが恋なのかはわからない。今まで恋なんて一度もしたことがないのだから。
ただ彼がのっこちゃんにとってとても大切な存在になっているのは確かだった。
聖杯を望む理由の一つに、彼の願いを叶えたいという思いがあるくらいに。

「ライダーさん、私は聖杯を手に入れます」

ライダーのぬめりとした手がのっこちゃんの頭を撫でる。
お世辞にも気持ちいい感触とはいえない手だ。だけどのっこちゃんは彼に頭を撫でてもらうのが好きだった。

「君がそれを望むなら、ぼくも聖杯を手に入れるために全力を尽くすよ」

ライダーの背中に生えた三枚の羽が蠢く。細長い、トカゲに似た顔を歪ませて笑みを浮かべた。

「大丈夫さ。君のお母さんを思う気持ちはあれば必ず勝てる。ぼくは信じているんだ。この世で最も強いのは愛の力だってね」



自分は野々原紀子に愛されている。
それはライダーにとって確認するまでもない当たり前のことだった。なぜならその愛はライダーが宝具によって与えたものなのだから。
ライダーに童女を愛でる趣味があるわけではないし、まして野々原紀子を愛しているわけでもない。
ライダーの属する種族は人間とは違う価値観を持っている。
野々原紀子の容姿が人間の基準でいえばかなりの美形であることは理解できるが、ライダーにとっては醜く不気味な部類だ。
たとえどれだけ性格が良かったとしても、等身大のゴキブリに好意を抱く人間などいないだろう。それこそライダーの宝具でも使わない限り。
それ以前にライダーが誰かを愛するということ自体がありえない。

ライダーは好きなのは人が愛によって苦しむ姿だ。
自分の内より生じたと信じていた愛が与えられたものだと教えられ、それでもなお愛に逆らうことができず、自分の大切なものを捧げて絶望した顔を見る瞬間に最高の幸せを感じる。
ライダーの生において求めるものはそれだけだといっても過言ではない。

無論、愛を与えるのは誰でもいいというわけではない。
他人を傷つけることをなんとも思わない悪党や、操られていたのだから仕方ないと割り切れるような達観した人間は駄目だ。

人を思いやる優しさを持っていなければいけない。
絶対に譲ることのできない大切なものを持ちっていなければいけない。
愛を持たない孤独な人物でなくてはいけない。
そういう人間でなければより味わい深い絶望は見せてくれない。

その点、野々原紀子は実に好ましかった。
母のために他者を切り捨てる強い意思を持つと同時に、そのことに罪悪感を抱く優しさも持っている。
母から愛されているはいるが、家では一人きりで孤独を感じている。
満点とはいえないが、一から育てたわけでもない人間として十分な合格点だ。
そういう意味ではライダーは野々原紀子のことを愛しているともいえる。

ただ不満もある。現状ライダーと野々原紀子の利害が完全に一致しているところだ。
聖杯戦争のシステム上、仕方がない面もあるが、これではどうしても足並みが揃いがちになってしまう。
彼女を絶望させるのが難しくなるだろう。

――その辺りは今後の課題だね

ライダー――テグネウにとって愛による絶望は勝利よりも優先される。
勝つために絶望を妥協することは許されなかった。



【クラス】ライダー
【真名】テグネウ@六花の勇者
【属性】混沌・悪

【パラメーター】
筋力:D 耐久:Dランク 敏捷:E 魔力:B 幸運:C 宝具:EX

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【人物背景】
目覚めれば世界が終わると伝説に語られる魔神より生み出された凶魔(いわゆる魔物)。
その中でも特に優れた、凶魔を統べる三統領の一体。
通常、凶魔は魔神への深い忠誠心を持って生まれてくるが、例外的に彼は魔神への忠誠を一切持たずに生まれた。
愛こそが人や凶魔を強くすると信じており、愛を踏みにじることに最高の喜びを感じている。
そのためなら努力を惜しまず、踏みにじるために自分好みのカップルを一から育てることもある。
挨拶を非常に重んじており、敵に対しても会ったときにはまず挨拶する。

【保有スキル】

計略:A
 物事を思い通りに運ぶための才能。状況操作能力。
 戦闘のイニシアティブ判定において常に有利な修正を得る。

カリスマ:C
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、小国の王としてはCランクで十分と言える。

支配種の凶魔:B
 自分の身体の一部を他の凶魔に食わせることでその凶魔を強化し、支配できる。
 一度に操れる凶魔は一体だけで、二メートル以上離れると効力が失われる。
 凶魔は『核』が破壊されない限りはいくら傷ついても再生するため、食わせた部分も何れ再生する。

 現在ライダーはこの能力で戦闘能力の高い凶魔の身体を操っている。
 彼の本当の姿は脆弱で、イチジクの実の形をしている。

蹂愛欲求:EX
 誰かの愛を弄び、踏みにじりたいという欲求。
 彼にとって愛を踏みにじるという行為は、その他のなによりも優先される。
 自身が誰かを愛することは求めず、魅了などの精神干渉に対して強い耐性を持つ。

【宝具】
『特質凶具の一番』
ランク:D 種別:大軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:40
統括体と呼ばれる一体と、従属体と呼ばれる三十九体で構成された凶魔。
統括体が考えた通りに従属体は動き、統括体が見聞きしたものは従属体にも伝達される(従属体が見聞きしたものは統括体に伝達されない)。
統括体からの指示がなくても、従属体は自分の考え、判断で行動できる。

支配種の能力を統括体に使うことで、ライダーは四十体の凶魔を同時に支配、強化できる。

ランク:EX(自己評価) 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
『愛(テグネウが信じるただ一つの感情)』
対象とした人物に強制的に誰かを愛させる。誰を愛するかはライダーが自由に決められる。
愛する者が危機に陥れば陥るほどその愛は強まっていく。対象に触れれば強くなった愛を弱めることもできる。
ライダーが死んだときこの宝具の効力も失われる。
効果が出るまでに一ヶ月近くの時間が必要。
聖杯戦争の最中にのっこちゃん以外の者に使うのは事実上不可能と思われる。

ライダーは愛こそがこの世でもっとも強い力であり、愛だけが奇跡を起こすと信じている。
よって愛を操るこの宝具は彼にとってあらゆる宝具を凌ぐ最強の宝具である。


【weapon】
三枚羽の凶魔。
普段ライダーが自らの肉体として用いている凶魔。
身長は役二メートル。トカゲの顔と、鱗に覆われた胴体。羽毛に覆われた腕と足に、両生類のような手を持っている。
背中には二枚の黒い羽と、その中央に生えた白い羽がある。
胸にも口がありライダーの本体であるイチジクはそこに隠れている。

支配種の能力を受けた状態での身体能力は筋力、耐久、敏腕、共にBランク相当。

【サーヴァントとしての願い】
二度目の生。

【方針】
愛を踏みにじり、勝利する


【マスター】
のっこちゃん(野々原紀子)@魔法少女育成計画restart

【weapon】
モップ

【能力・技能】
『まわりの人の気分を変えることができるよ』
およそ半径二十メートル以内の生物に、自分の感情を伝播させる。
心に闇や傷を抱える者にはよく効く。
Cランク以上の対魔力を持つ者には無効になる。

【マスターとしての願い】
誰に罪悪感を抱くこともないささやかで幸せな日常。

【人物背景】
眞鍋河第三小学校に通う小学四年生。十歳の子供だが魔法少女歴は六年のベテラン。
普段は魔法でクラスの雰囲気を良くしたり、病気のお母さんを元気づけたりしながら生活している。
病気の母親をおいて父親が逃げ出したあと、お金を稼ぐために犯罪に加担していた。
そのことをネタに脅され、ゲームの死が現実の死に直結したあるゲームにおいて、他プレイヤーの最終目標である魔王を担うことになる。
死亡後からの参戦。

【方針】
聖杯を手に入れる。

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最終更新:2015年12月08日 02:11