住宅街の片隅に、幸せな少女が住んでいた。
暮らしは同級生の中でも一番豊かで、しかし少女自身の性格が悪いだとか、そういったありがちないわくも存在しない。
むしろ現実はその逆だった。
彼女は惜しげもなく自分の家へ友達を呼び、分け隔てなく笑顔で接し、誰からも好かれていた。
自分の裕福さにおごらず、舎弟を侍らせたりもせず、家族思いで優しいお嬢様。
少し純粋すぎるケはあったが、それも九歳という年齢に見合ったもので実に愛らしい。
彼女の家には、三人の家族が住んでいた。
それが奇妙な家族構成で、未だに裏では様々な噂がまことしやかに囁かれている。
もちろんほとんどが嘘っぱちなのだが、下衆の勘繰りをされても仕方ないほど、その構成は奇妙極まるものだった。
少女の母親と、居候の男が二人。父親はいない。
片方は頭がよく機械に強いエンジニアで、もう片方は正反対、力が強くて肉体労働をお手の物とする。
奥さんのお金目当てなのよ、だとか。
一つ屋根の下なら美味しい思いが出来るかもしれないと期待している、だとか。
心ない噂には兎角事欠かなかったが、少女は気にも留めていなかった。少女の家族もそうだった。
何故なら、この四人家族は奇妙でありながら、自分達がとても幸せであると日々実感していたからだ。
お金がある。でもそれ以上に笑顔がある。
それで十分だった。他に望むものなんて何もありはしなかった。
幸せで、豊かで、満たされていた。
そんなある日のこと、少女の母親が病に倒れた。
すぐに彼女は病院へ搬送され、検査入院で病状が事細かに明らかにされた。
適切な処置を怠れば死に至る可能性の極めて高い、重く難しい病。
そう聞いて、少女は泣いた。居候二人共々、抱き合って喪失の恐怖に泣いた。
けれど、現実は創作よりも遥かに彼女達へ優しかった。
医師の献身的な姿勢と最先端の投薬医療で病状はみるみる快方へ向かい、一ヶ月ほどが経過した頃、無事退院と相成った。
大の男二人が身を寄せ合って泣いた。泣き喚いた、と言い換えてもいいほどの有様だった。
当の彼女は困ったように微笑んだ。少しばかり窶れていたのは否めないが、それでも笑っていた。
家族の幸せは守られた。きっとこれからも、末永く彼女達はこの幸せを満喫しながら暮らしていくのだろう。
その次の日のことだった。
早朝、鶏が甲高く鳴いた頃――寝床に少女の姿はなかった。
家出。それは年頃の子どもにはごくありふれた行動であったが、しかしよりによってこのタイミングで、心優しい彼女と結び付けられる行動では断じてない。
即日捜索願が出され、彼女を知る誰もが心配に心を曇らせた。
必ず彼女を幸せな日々へ連れ戻してあげよう。
その思いのもとに、皆が力を合わせていた。
外国からある日突然やって来て、皆の太陽のように輝いていた女の子のために。
――少女の世界で、少女だけが泣いていた。
無人の海岸で体育座りをしながら、見上げる星空は曇っている。
あの家から見た星はもっと眩しくて、宝石の絨毯みたいに美しかったのに。
ここにはその輝きがない。より大きな輝きにかき消され、見えなくなってしまっているのだ。
この暮らしはとても楽しい。温かくて優しくて、足りないものなんて何もない。
友達は沢山いて、家に帰れば優しい家族が待っていてくれる。
おいしいご飯を食べてお風呂に浸かり、テレビを見たら規則正しく布団に入ってまた明日。
そんな変哲もない毎日は、けれどあまりにも輝いていた。
普通にしているだけでは、気付けないほどに眩しく。
「……でも、もう戻れない」
レパード。それが彼女の名前だ。
レパードは、母、ドロシーが助かった報せを受けて本気で喜んだ。
しかしその夜、彼女は夢から醒めるように全てを思い出してしまった。
――まるで夢みたい。そう思ってしまった途端、レパードの心は一瞬で現実へ引き戻された。
辺鄙な島。
質素な暮らし。
病に臥せった母。
ヤッターマンとヤッターキングダム。
助けられないまま、死んでいった母。
こんなの嘘だと笑い飛ばしてしまいたかった。
でも、どんなに虚勢を張っても……ただ虚しくなるだけだった。
これは夢だ。それもとびきり甘くて優しい、都合のいい夢だ。
現実のレパードに、こんなに沢山の友達はいない。
二人の子分は確かにいたけれど、母はあの島から出ることなく死んでしまった。
正義の味方と信じていたヤッターマンに裏切られ、そして決意し旅立ったのを覚えていた。
『ヤッターマンに、必ずデコピンをしてやるんだ!』
そんなことまで忘れていた自分を恥ずかしく思う。
いつものレパードなら、持ち前の前向きさですぐに未練を振り切ったろう。
ヤッターキングダムに待たせている二人のもとへ帰るために歩き出したはずだ。
しかし、今のレパードにそれは出来なかった。
何故なら彼女は、思い出してしまったからだ。
この街が何のために用意されたものであるのか。そして、自分はどうしてここにいるのか。
「お願いごとを叶える力なら……」
レパードは、自分を悪い子だと思った。
子供心に、そう願ってしまうことは今までしてきたことを全部水泡に帰させてしまうことだと理解していた。
それでも、レパードはその考えを捨てることが出来ない。
一度味わった仮初めの幸せの味わいは――どんな勇敢な決意だって揺らがせる、狂おしい甘みに満ちていた。
「生き返らせられる、かな」
そうしたら、お母さんやボヤッキー、トンズラーと過ごした幸せな暮らしが戻ってくる。
その力を使って、ヤッターマンにきついデコピンをしてやることだって可能かもしれない。
聖杯戦争は、気軽な気持ちで足を踏み入れていい戦いではない。十分にレパードはそう理解していたが、理解した上で、彼女はどうするかを決めかねていた。
――いや。最早決断権は彼女にはないと言ってよかった。この町へ招かれた時点で。そして何よりも、『与えられた役割』の殻を破ることが出来た時点で。レパードは聖杯戦争の舞台へ意図せず上がってしまっていたのだ。
「……ねえ、どうなのかな」
レパードはいつの間にか見えていた大きなシルエットに、すがるように問いかけた。
夜の暗闇だからか、それとも雲間からのぞく月明かりの差し加減からなのか、その姿は朧気にしか見えない。
ただ、レパードの倍近くあるのではないかというほどの長身が特徴的だった。
聖杯戦争の
ルールを理屈でなく、本能として理解させられたレパードには分かる。
彼が何なのか。――間違いない。彼は、彼こそが、自分にとってのサーヴァント。
「愚問ですぞ。聖杯は、手にした者の願いを必ず叶える財宝」
「じゃあ……!」
「無論、叶うでしょうな。マスターの願いは必ずや、聖杯の奇跡をもって成就することと思いますぞ!」
始まる聖杯戦争からは逃れられない。
だから大事なのは、それへどう向き合うかだった。
しかしレパードに、敵を殺して蹴落としていくような道を選ぶことは出来ない。
でも聖杯は欲しい。手に入れたいと心から思うし、その為に行動する覚悟だってある。
彼女の考えは言うまでもなく矛盾していて、失笑さえ買いかねないそれだったが――そのサーヴァントは呵々大笑した。
――面白い、と。
聖杯に託す願いを胸に集った英霊なら噴飯物の行動指針を聞かされてなお、彼はそう笑い飛ばしてみせたのだ。
……やがて雲間の裂け目が大きくなり、月光がより確かな形でその姿を照らし出す。
「上等ですぞ、マスター。わざわざ英霊の座から遠路遥々赴いてきた甲斐がありました。
このサーヴァント・ライダー、マスターの願いを叶えるべく身を粉にして働いてみせますぞい!」
「ライダー……!」
「それに――デュフ」
月明かりが照らし出した人相は、豊かな黒髭を蓄えていた。
髭には導火線が混じっており、眼光はどこか壮絶な輝きを湛える。
しかしその表情は……見るだけで本能的に背筋へ怖気が走るような、気色の悪い満面の笑みだった。
「デュフフフフフwwwロリっ子マスターのお願いとあれば断れませんなぁ! 拙者、海賊であると同時に紳士です故!」
――『黒髭』エドワード・ティーチ。
それが、レパードの引いたサーヴァントの真名だ。
暴虐の限りを尽くした世界一有名な大海賊。その生き様は散り際においてまでも壮絶で、安穏の二文字とはついぞ無縁。
彼は紛れもない英雄であり豪傑だ。嵐の海を馳せた経験でもって、聖杯戦争を邁進することだろう。
しかし。このサーヴァントには、一つ重大な問題がある。
……何をどう間違えたのか。
ライダー、黒髭は――どこに出しても恥ずかしい、立派な全方位オタクに仕上がっていた。
【クラス】
ライダー
【真名】
エドワード・ティーチ@Fate/Grand Order
【パラメーター】
筋力B+ 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具C
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
【保有スキル】
嵐の航海者:A
船と認識されるものを駆る才能。
集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。
海賊の誉れ:B
大海賊『黒髭』。
その生き様はまさしく、海賊の二文字に殉じている。
【宝具】
『アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)』
ランク:C++ 種別:対軍宝具
エドワード・ティーチの愛船。苛烈な砲撃や猛烈な移動力を誇る。
また、乗船している者が多ければ多いほど、強ければ強いほど宝具が強化されるという特性を持つ。
同盟を組むなどして、乗組員を獲得してから用いるのが適切と言えるだろう。
【weapon】
爪付きの手甲
【人物背景】
恐らく世界でもっとも有名な大海賊であり、海賊としてのイメージを決定付けた大悪党。
カリブ海を支配下に置き、酒と女と暴力に溺れ、莫大な財宝を手に入れた。
エドワード・ティーチが本名なのかどうかは定かではなく、海賊になる前の素性も明らかになっていない。
ともあれ彼は海賊として身を起こし、瞬く間に大船団を作り上げた。
一般の船人だけでなく、他の海賊たちですら黒髭を恐れたという。豊かに蓄えられた髭には、ところどころに導火線が編み込まれていて、爛々と光る眼はまさに地獄の女神そのものだったとか。部下たちもまた、彼を悪魔の化身と恐れた。
……そんな黒髭も今では立派な全方位オタクです。本当にありがとうございました。
【サーヴァントの願い】
聖杯入手。胸が躍りますぞ!
【マスター】
レパード@夜ノヤッターマン
【マスターとしての願い】
お母さんを生き返らせたい。
けれど、この願いへ迷いを抱いてもいる。
【weapon】
なし
【能力・技能】
なし。
ただ、彼女は明るく諦めが悪い。
【人物背景】
伝説の大泥棒・ドロンジョの末裔。
母を亡くし、憧れていた正義の味方に裏切られたことで、彼ら『ヤッターマン』におしおき(デコピン)をするために新生ドロンボー一味を結成、ヤッターキングダムへ乗り込んだ。
【方針】
負けたくはない。ライダーは気持ち悪い。
最終更新:2015年12月08日 02:12