幼馴染の血糊が染み込んで赤黒く変色したアスファルトに膝を突いた。 
 サイレンの音と群衆の声が、喧しくいつまでも大通りの真ん中に木霊している。
 まゆりは硬い道路へ打ち捨てられて、頭から明らかに致死量の血液を流し、腕があらぬ方向を向いていた。
 どう見ても死んでいる。これで生きているなど人間ではないし、そんなことはありえないと俺自身が一番よく知っている。
 哀れみの視線を憚ることなく注いでくる連中の中には、事切れたまゆりに携帯のカメラを向ける奴もちらほら見られる。
 胸倉を掴んでぶん殴ってやりたい衝動に普段なら駆られるところだが、今の俺にはその余裕さえなかった。
 椎名まゆりという少女を失ったことで悲嘆に暮れているから? ――いいや、違う。そうじゃない。心はじくじくと痛んでやまないが、それでも周囲が思っているほど、悲嘆は深くない。

 まゆりは大切な仲間だった。
 俺は誰一人としてラボメンを軽視してなどいないが、それでも付き合いの長さならこいつが一番長い。ぶっちぎりだ。
 そんな相手を目の前で失っておいて、悲しみを覚えないなど人間じゃないだろう。
 それでも俺は、彼女の死をどこか慣れたように見つめていた。
 どこかでこの光景を見たことがある。
 デジャヴという身体現象に襲われながら、俺はただ茫然とまゆりの死体を眺め……

 頭に電流が走った。
 もちろん誇張だが、そう錯覚するほどの衝撃であったことは確かだ。

 ――違う。デジャヴなんかじゃない。俺は、この光景を見たことがある。

 鼻をつく血の匂い。
 耳障りな声。
 サイレンの音。
 虚ろに虚空を見つめるまゆりの眼。
 命の抜けたその体を見たことがある。
 それも一度や二度じゃなく、何度も何度も、数えきれなくなるほど目にしてきた。

 頭に穴を空けたまゆりの死体。
 銃弾に胸を貫かれたまゆりの死体。
 脳漿をぶち撒けて死んだまゆりの死体。
 首が千切れたまゆりの死体。
 傷もなく、綺麗なままで心臓だけが動かないまゆりの死体。
 全身を緑のゲル状物質に変化させて、携帯電話の画面に映し出されたまゆりの死体。
 そんな記憶がすべてよみがえると同時に、俺は走り出していた。

 俺のやろうとしていたこと。
 俺が、目指していたこと。
 何もかも思い出した。
 だから走る必要があった、少なくとも、あんな場所で嘆きに暮れている暇などなかった。

 ブラウン管愛好者の男がぎょっとした。
 血飛沫に濡れた白衣を見てのことだろう。
 引き止める声を待たずに俺は階段を駆け上がる。
 ラボは無人だった。
 靴を脱ぐのも忘れて、ただ『それ』を探す。

 電話レンジ――タイムリープマシン。すべての発端になった、その機械を。

 何度も、それこそ数えるのが億劫になるほど使ったはずだ。
 それがある場所など、当然忘れるわけがない。
 そのはずなのに、それはどこにもなかった。
 心の鼓動が早まる。じっとりと、背中を伝う嫌な汗があった。

 すべてを忘れて過ごしてきた日常の時間を振り返り、その景色を述懐する。

 ……おかしい。

 タイムリープマシンの話が、話題に上ったことがこの世界線では記憶する限り一度もなかった。
 どくんどくんと鼓動がその響きを増していく。
 嫌な音色だった。口が渇いて、せり上がってくる感情を堪えるだけで精一杯になる。
 改造された電子レンジの姿がどこにもない。別な場所にレンジ自体はあったが、それは俺の知る電話レンジとはまったく違うデザインをしていた。そちらへ飛びついてみて、案の定全くの別物であることを確認する。

「馬鹿な……」

 嫌な予感が、現実味を帯びていく。
 体が震え始めて、足元ががくがくと覚束なくなった。
 気を抜けばこのまま崩折れてしまいそうなほど、その可能性はおぞましく、恐ろしい。
 この世界線は何かがおかしい。
 記憶をなくしていたこと。
 ラボの異変。
 椎名まゆりが死亡するという予定調和こそ起こりはしたものの、それ以外の部分へ背筋が粟立つ違和感を感じる。

「タイムリープマシン、が」

 本来ならありえないこと。
 しかし、現に目の前ではそうなっている。

「存在……しない?」

 それは――この世の何よりも、俺にとって絶望的な話だった。

 押し寄せた目眩に抵抗もできず体制を崩し、うつ伏せに倒れ込んで息を荒げる。
 まゆりは死んだ。ならば、やり直さなくてはならない。
 時間を遡って、また次の世界線へ移動しなければならない。

 しかしこの世界線には、それを可能とするためのタイムリープマシンさえ存在しないというのだ。
 絶望感がとめどなく溢れてきて、気を抜けば自棄を起こしてしまいたくなる。
 だって、こんなのは、あんまりすぎるだろう。

「――――違うッ!」

 下の階に響くのも構わず床を殴りつけ、叫んだ。
 駄々を捏ねる子供のようだと笑われても構わない。
 それでも、俺にはそう簡単に諦められる話では断じてないのだ。

「違う……俺は……!」

 しかし、こればかりはどうしようもない。
 世界を変えようとしたことへの、罰とでも言うつもりなのか。
 だとすればふざけるなと、一発殴り飛ばしてやりたい気分だった。
 一発と言わず、神とやらの顔の形が変わるまで、馬乗りになって殴り殺してやりたくなる。
 堰を切ったように涙が零れてフローリングに落ち、跳ねた。
 記憶の中のまゆりの顔が、ぐにゃりと歪んで赤く染まる。
 それはまるで、彼女の死が今度こそ避けようのない、絶対の事実として確定してしまったかのようで……


「諦めるの?」 


 そう。
 これまでかと、本当に諦めかけた時、その声が響いた。
 見上げた先にいたのは二人の女だった。
 当然、ラボメンの中にこんな女はいない。
 不法侵入、だとか。こいつらは何者だ、だとか。そういう考えよりも先に、俺は食いかかるように身を乗り出した。

「そんなわけ、無いだろう!」

 一度は確かに諦めかけた。
 もしも俺一人だったなら、きっとそのまま諦めてしまっただろう。
 その後どうなったかは定かではないが、とにかく、彼女の声が俺をその選択へと至らせなかった。

「まゆりは死なせない……俺は必ず、あいつを救う!」
「でも、どうやって? 頼みの綱の便利な機械は使えないんでしょ?」
「ぐ……」

 そこを突かれると、返す言葉に窮する。
 そんな俺の様子を見かねてか、もう一人。
 長身な方の女がくすくすと笑って、銀髪の女を窘めた。

「もう、あまりマスターを虐めるものではありませんわよ、メアリー。
 単純なことですわ、マスター。機械細工などに頼らずとも、あなたの願いは叶えられます」
「何……?」
「聖杯を使うのです」

 聖杯という単語には、当然俺も聞き覚えがあった。
 かの聖人が、最後の晩餐に用いたといわれる伝説の聖遺物。
 それを手に入れたものは、あらゆる願いを叶える力を得るという。

「そんなものが……」
「あるよ。だってこの世界は、その為にある偽物なんだ」

 そして僕たちは、マスターの願いを叶えるために召喚されたサーヴァントなんだよ。
 メアリーと呼ばれた女はそう付け足した。俺の頭の中に、再び蘇ってくる記憶がある。
 ――そうだ。どうして忘れていたのだろう。俺は本来、その為に此処へ来たのではないか。

「く……くく」
「……? マスター?」
「くくくくく――フゥーッ、ハッハッハッハッ! 思い出したぞ! 聖杯! それこそが、この俺が求める至高の聖遺物!!」
「あらメアリー、マスターが壊れてしまいましたわ」
「一発切っといた方がいいかな、アン」
「待てい! この鳳凰院凶真がようやく記憶を取り戻したというのに、なんだその反応は!?」
「僕らのマスター、こういう人だったんだね」
「つくづく、召喚主には恵まれませんわねえ」

 肩を竦め合うサーヴァント達。
 俺はもう完全に思い出した記憶の中から、サーヴァントについての知識を絞り出す。
 確かサーヴァントは、人類史に名を残した英雄……有り体に言えば、歴史上の人物から呼び出されることが多いらしい。
 眼前のこいつらは互いに「アン」「メアリー」と呼び合っていたが……もしや。

「……お前たち、アン・ボニーとメアリー・リードか……?」
「その通りだよ、マスター」
「大海賊時代の女海賊……ということはクラスは」
「ご明察。ライダーでございますわ」

 俺は魔術師なんて高尚な存在と関わり合いになったことはない。
 だから正直、この二人組のライダーが強いのかどうかを正しく理解は出来ない。
 それでも、彼女たちを呼び出したのはこの俺だ。
 信じるしかないだろう。俺は絶対に、聖杯を手に入れなければならない。
 たとえ、それ以外のあらゆる願いを蹴落としてでも。

「それじゃ、よろしく頼むよマスター。
 ここは何もかも嘘っぱちの町だけど、それでも――」
「面白い冒険が待っていそうですもの。精々期待していて下さいな、必ず聖杯を持ち帰って差し上げますわ」
「ああ。――任せたぞ、ライダー」

 ここに、新たなる世界線が始まった。


【クラス】
ライダー

【真名】
アン・ボニー&メアリー・リード@Fate/Grand Order

【パラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷A 魔力E 幸運B 宝具C

【属性】
混沌・悪/混沌・中庸

【クラススキル】
対魔力:D
一工程による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。


【保有スキル】
航海:A
人類史に名を残す航海者の証。
Aランクは船乗りとして破格の域である。

射撃:B
射撃の才能。
主に此方のスキルはアン・ボニーに関係する。

コンビネーション:C
二人一組のサーヴァントとして発揮する連携。
メアリーが接近戦を、アンが遠距離戦を担当する。

【宝具】
『比翼にして連理(カリビアン・フリーバード)』
ランク:C+ 種別:対人宝具
アン・ボニーとメアリー・リード、二人の女海賊による速攻の連携攻撃。
メアリーがソード・カトラスによる切り込みからの連撃を叩き込み、アンは銃による射撃で敵を穿つ。
海賊としての習性か、彼女達が追い詰められていればいるほど、この宝具の威力は破格のものとなる。

【weapon】
メアリー:ソード・カトラス
アン:長銃

【人物背景】
大海賊時代に名を馳せた女性海賊。
ジョン・ラカム船長の下で活躍した。アンは銃の名手、メアリーはカトラスでの切り込み役を担当したという。
女性同士ということもあってか馬が合い、コンビを組んで海賊稼業に専念した。
ジョン・ラカムの船で誰より勇猛果敢に戦ったのはこの二人である、という証言が幾つも遺されている。
今回は異例なことに二人一組のサーヴァントとして召喚された。
ステータスへのペナルティは存在しないがどちらか一人でも倒れると、もう一人も問答無用で戦闘不能となる。アンは最初から親しみやすく、メアリーは最初はとっつきにくいものの、心を開くと誰より懐いてくれるタイプのサーヴァントである。

【サーヴァントの願い】
聖杯に託す望みはない。ただ、聖杯という代物だけを求めている。


【マスター】
岡部倫太郎@Steins;Gate

【マスターとしての願い】
ラボメンが害されることのない、平和な世界線を実現する

【weapon】
なし

【能力・技能】
なし。
自称はするかもしれないが、全部妄想である。

【人物背景】
悪辣な運命を良しとせず、時間を飛び越えて戦い続ける青年。
厨二病に塗れた言動とは裏腹に常識的・良識的な性格をしている。

【方針】
聖杯狙い

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最終更新:2015年12月08日 02:13